ifウマ娘個別ストーリー(駿川たづな) 作:愉快な笛吹きさん
「はあっ……はあっ……」
ゴール板を駆け抜け、勢いを殺していくとその場に崩れ落ちる。
日が落ち、誰もいなくなった練習コース。冬の寒風が吹き付ける中、ターフにうずくまって独り荒い息を吐き続けている自分が酷く間抜けに思えてくる。
「……あともう一本」
それでも、体力が残っているうちは止めるつもりはない。理由があるし時間は無いから。たとえ限りなく無駄に近い努力だとしても、何も行動しないよりかは余程いい。
負けられない、負けたくない。
親愛なる――いや、最愛なるあの人へ今度こそ栄冠を届けるために。これが最後のチャンスなのだから。
「トレーナーさん……」
最愛の人の顔を思いながらぽつりと呟く。
これまで募りに募らせた想い。
今は白い息と共に消えていくこの胸の内を、今度こそ貴方に伝えよう。例え結果が駄目だとしても、何も行動しないよりかは余程いい。
「……よし」
気力が戻った。気合が入った。自分の持っている一切合切を注ぎ込んで、次のレースは勝ってみせよう。
年末を彩る大勝負――有マ記念に。
「すみません、お待たせしました!」
夕暮れの、約一ヶ月ぶりとなる芝の練習コース。ジャージに着替えたたづなさんが慌ただしい様子でこちらに駆けてきた。
「お疲れ様。もう業務の方は大丈夫なのか?」
「はい。どうにか一段落できるところまで処理できましたから。これで年末年始はゆっくりできそうです」
「まあその辺になるとイベント続きだもんな。特に重要なのが」
「有マ記念ですね」
「忘年会だよな」
タイミングこそばっちりなものの、意見のほどは見事に別れた。ひゅるりと風が吹く。
「トレーナーさんとはわかり合えないみたいですね」
「だから戦争も起きるんだろうな」
世の無常さを嘆きつつ、やるべきことはしっかりとやる。寒いので二人で当たり前体操――ではなく動的ストレッチを行ったあとはフロート走でフォームの確認。しばらくダートへ出張していたので環境に適したいくつかの修正点を指摘すると、まずは一本計測してみることにする。
ある程度の余裕を持たせた目標タイムを設定すると、たづなさんに走ってもらう。
――数分後、力強くゴール板を駆け抜けた彼女が息を弾ませながら戻ってきた。
「どんな感じだった?」
「悪くないと思います。パワーのいるダートで鍛えられたおかげなのか、スタートをはじめ全般的に加速が良くなった気がしますね」
「ああ、それは見ていて思ったな。結果論だがダートを経験して良かったよ」
「あと靴底の砂を気にしなくていいので気分良く走れます」
「どんだけはたいても無限に出てくるもんなあれ。まあ走りには全く関係無いけどさ」
苦笑しつつ、ふと思い出す。
「そういえばインソールって今どんな感じだ? あれも消耗品だからヘタってたら新しいのに交換しないとな」
「どうでしょう……今のところ違和感は無いですが、直接見ていただいた方が確実ですよね」
よいしょっとターフに座りこんだたづなさんがシューズを脱ぐとこちらに手渡してきた。
「最初に確認しておけば良かったな。悪い」
「大丈夫ですよ。後ろも向いておいた方がいいですか?」
「え、何で?」
「走り終えたのを嗅ぐおつもりなんですよね。恥ずかしいのでなるべく早く済ませていただけると」
「俺が特殊性癖持ち前提で話進めるの止めてくれないかな。単なるミスであって、断じて欲望満たす為に一計案じたとかじゃないから」
自分でわかるくらいに早口で捲し立てる。人間的信用が掛かっているのでかなり必死だった。
「そうでしたか……すみません」
そう呟き一旦は納得するたづなさんだったが、やはり疑われているのか、インソールを確認する間、ちらちらとこちらを覗いていた。
どうにか気付かないフリをしつつ、チェックを終えて靴を返すものの、今度は何故か不服そうな顔をされてしまう。ワケワカンナイヨー!
「次は何にするかな……ん?」
気を取り直し、タブレット片手に練習メニューの候補をピックアップしていたときだった。
スタンドの出入口から誰かがこちらにやってくる。既に辺りは薄暗く、自分たち以外は誰もいないのに珍しいこともあるものだ。
「またマンハッタンカフェさんでしょうか?」
互いに顔を見合わせると、たづなさんが呟く。
「多分違うかな。追加練習なら寺本が付き添わないはずが無いし」
そんなことを話していると、向こうもこちらの存在に気付いたらしい。
うおっ、とびっくりした声を上げると、若干歩みが速くなった。近くまで来ると、片手を上げながら軽く会釈をする。
「あ、どもども」
「ああ、お疲れ様」
「はい、こんばんは」
挨拶が済み、再び顔が上がるとようやく誰だか判別できた。もふもふした赤毛のツインテールに少し斜に構えたような雰囲気。
先輩の馬場トレーナーが担当しているナイスネイチャだった。
「いや〜、アタシの他にこんな時間に練習している娘がいるなんてね。珍しいこともあるもんだ」
「まあな、といっても今日だけだ。担当の方にたまたま外せない用事があってな」
「そうなんだ。暗かったから動物かなって思っちゃってさ。急いで見にきたら――うん?」
「どうした?」
「え、いや……何でたづなさんがそんな格好でここにいるのかなって」
「!?」
ネイチャの一言でこの場に衝撃が走った。
わたわたとしながらたづなさんが否定する。
「い、いえ……私はグリーンラベルと言いまして」
「いやたづなさんでしょ? 見ればわかりますって」
「ち、違うぞ。この娘はたづなさんの双子のグリーンラベルで」
「部室の蛍光灯が一本切れてるんですけど」
「わかりました。明日にでも交換して――あっ」
「ほら、たづなさんじゃん。やっぱウマ娘だったんだねー。前からちょっと怪しいなとは思ってたけど」
若干呆れた表情を浮かべながら即座に看破したネイチャ。
あっさり彼女に引っ掛けられたたづなさんを見れば、合掌しつつごめんなさいのポーズを取っている。可愛くはあるものの、それはもう認めたも同然なんだが。
はあ、とため息を吐く。
「ああそうだ。彼女はたづなさんだよ。夏合宿の前くらいから俺の担当になった」
「担当って……あっ、そういうプレイ的な?」
「正式にだよ。レースにも出てるしなんならこの前GⅠだって獲ってる」
どんなプレイを想像したのか訊いてみたかったものの、何やら事案の匂いがして踏み留まった。
訂正したあとに証拠のレース画像を彼女に見せると、ようやく納得を得る。
「そうなんだ……えっと、その」
言い淀むネイチャ。がらりと印象の変わってしまった理事長秘書にどうコンタクトを取るべきか迷っているらしい。
見かねたたづなさんが「今まで通りで構いませんよ」と助け船を出した。
「あーはい助かります。それで、一体何でこんな事を?」
落ち着いた彼女がどこかの人情刑事みたいな表情で訊ねてきた。やっぱりそうくるよな。
たづなさんがちらりとこちらを見る。『話してもいいですか?』という視線に軽く頷くと、ネイチャが途端に狼狽えだした。
「い、今のって、もしかしてアタシを消すためのやり取り……とか?」
「無い無い。さっきからデジタルやドーベル並に妄想たくましいなお前」
呆れた風に呟くと「コーヒー買ってくる」とたづなさんに言い残し、その場を去る。途中で後ろを覗き見れば彼女がネイチャに説明しているのが見えた。
やれやれと頭を掻く。生徒たちの中ではかなり聡い方だとは思っていたが、まさか一目で気付かれてしまうとは。
実家はスナックだと馬場さんから聞いていたので、それで顔覚えが良いのかもしれない。と同時に「特技は人の顔を覚えることだよ☆」と自信満々に言っていたファル子にはもうちょっと頑張ろうなとつっこんでおく。
とはいえ別にネイチャにバレること自体は構わない。彼女がデビューしたのはもう何年も前なのでクラシックレースでやりあう心配は無いからだ。
問題は彼女は交友関係がめっぽう広いことか。迂闊に言いふらされ、たづなさんの存在が明るみに出ることは避けたい。
戻ったら少し強めに言い含めようと心に留めておく。
が――
「あ、王子さま。お帰り〜」
「何だって?」
ポケットと両手、合わせて三本の缶コーヒーを買って戻ってくると、新手のプレイが始まっていた。
王子さま呼ばわりしつつ、いつかの商店街の住人たちと同じ種類の笑みを浮かべているネイチャに眉をしかめる。
「たづなさんから話、聞いたよ。いや〜まさに運命の出会いっていうか、過去に縛られた姫を救った王子さまだったんだねえ。トレーナーさんは」
「意味がわからん……単なる居酒屋のやり取りが何でそんな壮大な話になってるんだよ」
呻きながらたづなさんの方を見ると、さっと目をそらされた。きっとものすごい脚色が行われたことは想像に難くない。
くすりとネイチャが笑う。
「あ、勿論ここだけの話にしとくよ。チア衣装があればぜひ応援してあげたいとこだったんだけど」
「これ以上俺の羞恥心を試すのはやめてくれ……」
項垂れつつ、手にしたコーヒーを二人に手渡す。これ以上むず痒いワードが出る前にさっさと話を切り替えたかった。
「――で、ネイチャの方は何でここに? 馬場さんのトレーニングはしっかりこなしてるんだろ?」
「いやまあそうなんですが……ちょっと自主練というか」
「それなら尚更トレーナーさんと一緒の方が……レースも近いですし、誰もいない時にケガでもしたら、取り返しのつかないことになる恐れだってありますから」
自身もずっとケガに悩まされてきたからだろう。感情のこもった言葉でたづなさんが告げた。
が、ネイチャはふるふると首を横に振る。
「それはだめ。今回だけはトレーナーさんの手を煩わせたくないの」
「何で?」
「これが最後のレースになるだろうから。アタシのトレーナーさんね……もうすぐ海外に転勤しちゃうみたいなんだ」
いつもの愛想笑いに寂しそうな表情を貼り付けて。
今日二度目の驚きとなる言葉を彼女は呟いた。
事の始まりはちょうど一ヶ月前。ネイチャのトレーナーが突然理事長室に呼び出された。たまたま廊下で彼の姿を目にした彼女はこっそり後をつけると、理事長室の扉越しに聞き耳を立てる。そうして漏れ聞こえてきたのが、件の海外行きの話だったということだった。
「確かな話なのか? それは」
理事長室に最も縁の深いたづなさんに訊ねると、こくりと頷く。
「はい、私もあの場に同席していましたから……以前より海外のトレセン学園に人材を派遣して知識、経験を積み、その後学園に戻ってフィードバックする計画が上がっていたんです。ですがここ数年、アオハル杯やトゥインクルスタークライマックスなどの新レースが立て続けに開催されたことで進める暇がありませんでした」
その時の忙しさが記憶に過ったのだろう。
頬に手を当てたたづなさんが小さく息をついた。
「ですのでそろそろ計画を進めようと人選を検討した結果、人柄や実績などから馬場トレーナーさんに白羽の矢が立ったというわけです」
「じゃ、じゃあ理事長やたづなさんが勝手に決めたってこと? そんなのって」
「あ、いえ。もちろん最後は本人の意思を尊重しますよ。ですのであのときは確認の為にお越しいただきました」
「てことは、馬場さんはOKしたってわけか」
「はい。海外のノウハウを吸収できるのなら、と二つ返事でした」
「……何それ。そんなの勝手過ぎるよ、トレーナーさん」
悲しげに顔を歪めて、ネイチャが吐き捨てる。
かたや離れたくないという気持ち。かたやより成長したいという気持ち。どちらも理解できるために口を挟むことは難しい。
たづなさんの方も何かを言いかけては引っ込めるような仕草を見せている。
と、
「あの――」
「――うん……決めたよ。トレーナーさん、たづなさん」
たづなさんが何か言いかけた瞬間、ネイチャが声を上げた。
どこか覚悟の決まったその表情に、自分も、たづなさんも思わず彼女を見やる。
「海外行きがトレーナーさんの意思っていうなら、ちゃんと応援する。これまでお世話になったんだし、アタシのわがままであの人の足を引っ張りたくない」
「ナイスネイチャさん……」
「でもって、今度の有マ記念は絶対勝つ。これまで獲れなかったGⅠを獲って、悔いの残らない形でトレーナーさんを送り出してあげたいから――なんて、思っちゃったりするわけでして……はい」
ちょっとずつ頭が冷えてきたのだろう。最後は恥ずかしそうに顔を伏せて、ネイチャの決意表明は終了した。
たづなさんの方を見やるも、どうも先程の続きを口にする気は無いらしい。「そうですか……」と呟いたあとは何かを考えている様子だ。
すると、
「トレーナーさん」
「うん?」
返事をすると、顔を近付けてきたたづなさんが何やら耳打ちしてきた。
内容を把握すると少しばかり考える。とはいえスカウトのときに『わがままに全力で合わせる』と言ったことから反対する理由は無い。
承諾すると、礼を告げた彼女が再びネイチャの方を向く。
「ナイスネイチャさんの決意はわかりました。でしたら私もトレーニングに参加させてもらえないでしょうか?」
「へ?」
ぽかんとするネイチャの目を見つめて、たづなさんが説明する。
「心構えはすごく共感できるのですが、やはり冬場のこんな時間に一人でトレーニングするのはリスクがあります」
「それは……まあ」
「ですのでレースまでの間、合同でトレーニングしませんか? 私の方はしばらくレースはありませんし、安全面以外にも色々とお手伝いできるかと思いますよ?」
「そ……そりゃたづなさんがいてくれるなら安心だけどさ。で、でもいいの? トレーナーさんの都合だってあるんじゃ」
ちらりとネイチャの目がこちらに向けられる。
「まあ、いつもこんな時間に始めるわけじゃないしな。正直手間っちゃ手間だ」
「う、うん。やっぱりそうだよね……」
「けど困っているウマ娘を放っておくのもまた寝覚めが悪くてな」
「えっ?」
ぽかんとしたネイチャを見て、ふっと頬を緩める。
別に嘘ではない。たづなさんに持ちかけられなくても、何だかんだでちょっとした手助けくらいはしていただろうから。
これもトレーナーのサガか……そんな事を思いながら告げる。
「丁度たづなさんの併走相手も欲しいと思ってたしな。ネイチャさえ良ければ協力するぞ」
「ほ、ほんと!?」
驚くネイチャにああ、と大きく頷いてみせる。
「……ありがとう。たづなさん、トレーナーさん。じゃ、じゃあ短い間だけどその、よろしく……お願いします」
ぺこりと頭を下げるネイチャに、こちらもまた二人揃って挨拶を返した。
遅出早上がりでさっさと仕事を終えた太陽に代わり、月と冬の大三角形が空を彩り始めていた。
いつもの計測機器を設置し終えてスタート地点に戻ってくると、二人に声をかける。
「じゃあとりあえず始めるぞ。有馬記念と同じ右回りの2500。中山とはコーナーの形も高低差も違うから参考程度ってことで」
「わかりました」
「うん、了解」
二人が準備できたのを見計らい、スタートの掛け声と共に腕を振り下ろす。
レース展開としてはまあ概ね想像した通りだった。たづなさんのスタートにびっくりしたネイチャが後を追いかける。途中で何度か競りかけるも、たづなさんが上手く位置取りを行い、もう少しのところでいかせてくれない。
そうしてスタミナを消費していることに気付いたネイチャが下がって足を温存するものの、ラストスパートの伸びはいまいちだった。たづなさんもたづなさんで、初めての長距離併走のためにすっかりバテてしまっている。
結果、僅かな差でたづなさんの粘り勝ちとなった。
空と地面にそれぞれ荒い息を吐いている二人に飲み物を手渡すと、講評に入る。
「二人ともお疲れ様。良い報告と悪い報告、どっちから先に聞きたい?」
「ええと……」
顔を見合わせた二人がおずおずと後者を選択した。わかったと頷いて口を開く。
「まずタイムの方は、一応例年の一着とほぼ変わらない程度は出ている。とはいえ平坦な練習用コースで、かつ他のウマ娘もいない好条件でこれだと正直厳しい」
見えない刃に貫かれ、うぐっ、とネイチャが呻いた。
「で、この際たづなさんも含めるが、二人とも明確な弱点がある。たづなさんはスタミナ、そしてネイチャは受け身になり過ぎだ」
「えっとごめん、どういうこと?」
「単に相手についていくだけの走りになってるってことだ。初見だったのもあるんだろうが、競う相手に対するお前なりの勝ちパターンみたいなものが全然見えてこなかった」
自覚はあったのだろう。ネイチャが再びくぐもった声を上げる。
「続いて良い報告だが……まずはこの状況で本番を迎えなくて良かったことだ」
「全然良い報告じゃないんだけど……」
ぼそりと呟いたネイチャが肩を落とす。
救いはないのですか? と言わんばかりに悲しげにこちらを見つめてくるも、構わず先を続ける。
「それと、相手に合わせているだけの走りでこのタイムが出ていること。これが最も明るい材料だな」
「え?」
目をぱちくりとさせたネイチャに口角を上げる。
「わからないか? 自分の走りが全くできなかったにも関わらずこれだけのタイムが出た。基本的な能力が相当高い証拠だ。多分だが馬場さんのトレーニングで徹底的に基礎を叩きこまれたんじゃないか?」
推論を述べた瞬間、ネイチャの表情が変わった。どうやら当たりらしい。
「やっぱりか。目立った穴が無いから色んな局面に対応できるのは一つ強みだな。けどなあ……」
「何かあるんですか?」
丁度スポーツドリンクを飲み終えたたづなさんも会話に加わってきた。
ああ、と頷く。
「いや、いつもの馬場さんらしくない育て方だと思ってな」
そう口ずさむと記憶を引っ張り出してくる。あの人の担当バとは何度かレースで当たったが、良くも悪くも担当バの長所を最大限に活かしたピーキーな調整をする人だった。
結果もしっかり出ていたため、真逆といってもいい今のネイチャの仕上がりについてはきっと明確な意図があるのだろう。そのため自分が手を加えることにためらいが生じたのだが。
「えっと……多分それアタシがケガしたからだと思う」
突然、気まずそうに申し出たネイチャにぽかんとした。
どういうことだ? と先を促す。
「何年か前に、骨にちょっとした異常が見つかってさ。ちゃんと完治はしたんだけど、何故か末脚のキレが前より鈍くなっちゃったんだ。そのことをトレーナーさんに打ち明けたら、次の日から練習メニューががらっと変わって」
「ああ……つまり得意武器を失ったから総合的に強化して穴埋めしようとしたってことか」
「多分そう。トレーナーさんは何も言わなかったけど」
「きっとお前を動揺させないためだろうな……で、経験も無しに今までと真逆の方向にここまで伸ばしたのか。どんだけ勉強したんだよあの人」
畏怖の念を覚えつつ、あらためてネイチャを見やる。おそらく方針転換したことにより、レベルを上げて物理で殴るような大器晩成型の育成を目指しているのだろう。
結果が出るまでかなり我慢を強いられるやり方だが、彼女のトレーナーへの信頼度を鑑みれば決して悪くはない――と同時に、そんな状況下で突然海外へ行くことには疑問を感じる。
(……まあ、今度出会ったら訊いてみるかな)
何にせよ、本番まではあと僅か。真意はレース当日にでも本人を捕まえればわかるだろう。
今はネイチャの希望に添ってやればいい。
意識を切り替えると、次なる指示を二人に告げた。