ifウマ娘個別ストーリー(駿川たづな)   作:愉快な笛吹きさん

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秘書とトレーナーの聖蹄祭(前編)

 ――聖蹄祭

 

 トレセン学園で毎年秋に開催される大規模な学内イベントだ。クラスやチーム、または目的を共にしたグループによる店や出し物によってファンをもてなす、平たく言えばトレセン学園版の文化祭だ。

 

 放課後になればいつも賑やかさを増す練習用コースもこの時期だけは控えめだ。代わりに教室や廊下からは金槌やノコギリの音、完成度の高いコスプレを見た時の黄色い歓声や連日行われるデスマーチに対する悲鳴といったものが漏れ聞こえる。

 なので、

 

「もう無理ぃ〜!」

 

 まるで豚のような悲鳴を上げて、会議室のドアを勢い良く開け放った。どこでもいい、行き先は風に任せようと外界に足を踏み出しかけたところで、むんずと首根っこを捕まえられる。

 恐る恐る後ろを振り返れば、トレセン刑務所の名物獄卒である駿川たづなさんが、軽く青筋を浮かべながらにこやかに笑っていた。

 

「どこに行くんですかトレーナーさん。まだ作業は終わっていないですよ?」

 

「ひいっ」

 

 きょろきょろと辺りを警戒した後、自由への扉がたづなさんの手によってゆっくり閉ざされていく。

 あらためてこちらに振り向いた彼女の顔は、濃密な夜叉の気配を纏っていた。

 

「ち、違うんだよ。ちょっとタバコが吸いたくなってさ」

 

「喫煙者ではなかったはずですよね?」

 

「つ、ついでにトイレにも行きたくて」

 

「部屋に併設されています。あの扉の奥ですよ」

 

「シャバの……空気が吸いたいです」

 

「気が付かなくてすみません。今窓を開けますから」

 

「かゆい……うま……」

 

「お粥いいですよね。私は鮭フレーク派です」

 

 全ての言い訳をノータイムで返され、もはや打つ手は無くなった。足を引きずりながら、まるで本物のゾンビにでもなった気分で机に戻っていく。

 

 椅子に座ると、流石に心配になったのか、たづなさんから差し入れが手渡される。受け取ったガラス瓶の中には彼女の制服を濃くしたような濃緑色の液体が入っていた。ロイヤルビタージュースだ。

 彼女の優しさに自然と涙が溢れてくる。

 

「ありがとう。これで自害すればいいんですね?」

 

「そうですね。大体70年後くらいに効果が現れると思います」

 

「それもう寿命じゃん……大往生だよ」

 

 うう、と嘆きながら瓶の蓋を開ける。途端に漂いだした刺激臭に顔をしかめるものの、背に腹は変えられない。

 TVで流れていた栄養ドリンクのCMソングを心で歌いつつ、一気に飲み干す。

 

「まずいっ! もう一杯!――も飲みたくない。うええっ」

 

 這い寄る混沌のような苦味が喉奥から口内を蹂躙する。体力こそすっかり回復したものの、精神的な何かがガリガリと削られていく。

 

 何年か前に、このジュースを使ってウマ娘をぶっ続けでトレーニングやレースをさせる育成法が流行ったことがある。その時はスウィートカップケーキという、あまりの美味しさから気力がぐんぐんと湧いてくるケーキを共に食すことで精神の均衡を保っていたのだが、その後マスコミなどに取り上げられたせいで人気が高騰してしまい、今ではすっかり入手困難になってしまった。

 そうなるとビタージュースも自然とお払い箱になる。単体での使用はウマ娘のパフォーマンスを却って下げるだけでなく、強制すればするだけトレーナーとの関係にもヒビが入っていくことから、今ではこのやり方は殆ど行われていない。

 

 色々と長くなったが、つまるところ自分はいま、猛烈にカップケーキが食べたいということだ。

 

「トレーナーさん、お茶です。飲んでください」

 

「あ、ああ。ありがとう…………ふう、ちょっとだけマシになってきた」

 

「なら良かったです。いくらエアコンがあるとはいえ、こうもぶっ続けだと息が詰まりますよね。もうほんと、首元が暑くて暑くて」

 

「っ!?」

 

 長時間のデスクワークのため元から上着を脱いでいたたづなさんだったが、ここに来てさらにシャツのボタンを一つ外すと、手うちわで風を送り始めた。

 

 これまでより一段と顕著になった谷間に、スタンドからでも向こう正面を走るウマ娘の姿をはっきり捉えられる自慢の千里眼が高速でスキャンを開始する。どうやら着痩せするタイプらしい。育成評価はD、若しくはEといったところか。

 存分に堪能すると、たづなさんがボタンを締めだしたタイミングで目を逸らす。

 

「……よし、そろそろやるかな」

 

「あ、やる気が回復されたんですね。良かった」

 

「まあ、たづなさんのおかげかな。ごちそうさま」

 

 とても素晴らしい"カップ"ケーキでした。

 そう心で呟くと、再びPCに視線を落とした。

 

 

「ん、これは完成かな。たづなさん、次は?」

 

「ありがとうございます。ではこの一般訪問者用のパンフの誤字チェックをお願いしますね。その後は出店申請書の内容をある程度分類したうえでリスト化してください。扱う食材によって前日搬入でいいのか当日搬入か違ってきますので。それも済みましたら当日午後からURAの役員の方が訪問される予定なので、できるだけ見栄えの良い店舗だけを案内するための動線作成を――」

 

「いつも思うけど、この学園のスタッフのパワーバランス歪すぎないか? 今までこれだけの量の仕事を一人でこなしてたって異常だと思うんだが」

 

 そうぼやきながら手にした缶コーヒーに口を付ける。

 いくら生徒が中心となって主催する文化祭とはいえ、その間トレーナーたちが暇を持て余すということはない。寧ろ企画や出店のノウハウが無い生徒が殆どであることから、いつも以上に傍に寄り添い助言をしてやる必要がある。

 

 では担当ウマ娘が大人で、かつ理事長秘書だった場合はどうだろうか?

 当然ながら学園の管理責任者として、生徒会から上がってきた約2000人分もの生徒たちの申請内容を再チェックしたあとで正式に受理し、企画、出店の内容に応じた物品や食材を委細把握したあと漏れの無いように業者に手配し、更には出し物に使用する会場の時間割の作成や一般客への告知や案内、URAから視察に来るお偉いさんたちへの対策、その他諸々の準備などを、通常の業務の合間に昼夜を徹してお手伝いする簡単なお仕事が待っている。

 つまりはデスマーチだ。是非もない。

 

「やっぱりそうなんでしょうか? あと少しだけ頑張れば何とかできるかも……っていう場面をいくつも経験しているうちにこんな風になってしまって」

 

「仕事のできる人が更に仕事を増やされていく典型的な構図だなあ」

 

 多少減らしたつもりだが、未だうず高く積み上がった書類の山を見ながら呟いた。

 自覚はしているらしく、そうかもしれませんね、とたづなさんが同意する。

 

「ですが、これは私の選んだ生き方でもありますから。自身の力で一人でも多くのウマ娘とトレーナーさんを手助けできれば、と。それに――」

 

 一瞬、たづなさんが遠い目をした。

 

「聖蹄祭は……皆が楽しめる場にしたいんです。たとえ怪我でレースに出れない娘も、未だトレーナーさんに巡り会えない娘も、残念ながら学園を去ってしまうことになった娘も、その日だけは皆が笑顔で過ごせるように。ですのでご心配には及びませんよ、トレーナーさん」

 

「え?」

 

「さっき脱出しようとしたのも、私を息抜きに連れ出そうとする口実だったんですよね。お気遣いありがとうございます」

 

(ぐうっ!)

 

 もはや母性すら漂うたづなさんのスマイルに、胃と心がダメージを負う。ぶっちゃけさっきは本当に逃げ出そうとしただけに罪悪感が半端ない。或いはそれを狙っての作戦なのかもしれないが。

 仮にそうだとしても、彼女がこうまで仕事に入れ込む理由を聞いてしまえば、もはや手伝わないという選択肢は無い。隙を生じぬ二段構え、見事である。

 

「気付いてたんなら仕方無い……腹を括るよ。こうなったら一刻でも早く片付けてやる」

 

 彼女の勘違いに乗っかり、書類の束を引っ掴む。

 感心したのかそれとも計算通りか。視界の隅でたづなさんがくすりとするのが見えた。

 

 

「お……終わった……のか?」

 

「はい……終わり……ました」

 

 ――翌朝。机から全ての書類が消え、PC内に全ての必要なファイルが作成された事を確認すると、シャットダウンを実行した。

 画面が黒くなり、不眠不休で働いていたPCがしばしの眠りにつく。それを見届けた後にたづなさんと向かい合い、互いにバンザイポーズを取って、ぱんと手を合わせた。

 

「いやほんと……レースに勝ったときとはまた違った心地良さだな。もう二度とやりたくないけど」

 

 大仕事をやり遂げたという異様な充実感と疲労感が身体を支配していた。

 うんうんとたづなさんが頷く。

 

「大丈夫ですよ。修羅場を乗り切ったら次はもっと沢山の量をこなせるようになりますから。筋肉と同じです」

 

「そもそも超回復理論で乗り切ろうとする状況がおかしいと思うんだが。もういいけどさ」

 

 とりあえず、しばらくはこの規模のイベントはやってこない。仕事量の問題についてはおいおい考えることにして、席を立つ。

 

「とりあえずシャワーでも浴びてくるかな。いい加減さっぱりしたいし」

 

「そうですね。完徹したせいか、色んなところがベタベタしている感じで……うう」

 

 自分の体臭が気になるのか、たづなさんが恥ずかしそうに身を縮める。今は帽子も脱いでるため、顕になったウマ耳が忙しなく動いてるのが可愛い。

 

「なら先に済ましてきたら? その間にここを片付けておくから」

 

 朝の学園で二人同時にシャワー室に向かうなんてリスキーなフラグを立てるつもりはない。

 提案するとたづなさんがこくりと頷いた。さっと席を立ったものの、それがいけなかったのだろう。立ちくらみを起こした様子でふらっとこちらに倒れかかる。

 

「え? うわっ!」

 

 突然のタイミングだったうえに、徹夜明けの足腰では到底彼女の身体を支え切れなかった。

 そのまま押し倒されるような格好で床に倒れてしまう。

 

「いてて……無事か?」

 

 尻と背中を打った痛みとたづなさんの体重を感じつつ、声を出す。

 その瞬間、ふわりと彼女の匂いがした。徹夜明けを気にするだけのことはあって、トレーニング中の汗びっしょりのときとはまた違った、少しだけ強い香り。

 

「はい……すみません、足がふらついてしまって。痛かったですよね」

 

「いやまあ、大丈夫。ちょっとだけ……役得だったし」

 

「へっ? あっ……」

 

 気付いたたづなさんの顔がかあ〜っと赤くなる。おそらく作業中に開けていたのだろう。ボタン一つ分はだけたシャツの間からは、再び胸の谷間が顕になっていた。

 恥ずかしそうに腕で覆い隠そうとする仕草が、またも本能を刺激する。

 

(くそっ……)

 

 強烈な疲労と、いつも以上に感じるたづなさんの匂いにあてられて、頭がくらくらしてきた。

 無事ならばさっさと身体をどいてくれたらいいものを、何故か彼女は顔を赤くしながら時折こちらをチラ見するだけだ。

 と――

 

「そんなに役得……でしたか?」

 

 普段の明るさとは違った、どこかとろんとした声色でたづなさんが訊ねてきた。

 ごくりとしながら頷けば、軽く笑みを浮かべて徐々に顔が近付いてくる。

 

「た、たづなさん。待っ――」

 

「進捗っ!! やあやあ二人とも、作業のほどは捗っている…か……?」

 

 しん――と、時間が停止する。突如として現れたのは学園のトップを務める秋川やよい理事長。

 その彼女がドアを開け放ったポーズのままこちらをガン見し、だらだらと冷や汗を流している。

 

「ええと、理事長。これは」

 

「う……うむっ! 二人とも仲が良いようで何よりだな。だ、だがしかしここは学園内! そ、そういった作業はどこか外で行ってもらいたいのだが!?」

 

「壮大な誤解です。何もありません」

 

「だ、だがこの部屋の匂いやそこら中に転がったビタージュースの空き瓶は」

 

「連日の缶詰と徹夜の結果ですね。とりあえず俺よりもたづなさんに話を聞いてもらった方が―――たづなさん?」

 

 理事長が来たにしてはやけに反応が薄い。

 ようやく気付いて顔を向けてみれば、ちょうど良い居場所を見つけた猫のように、顔を埋めてすやすやと寝息を立てていた。

 

 

「――うむ、確認した。例年よりも随分早い完成だったな。君が手伝ってくれたおかげだ!」

 

「いえいえ、彼女のトレーナーになったんですから、これも仕事のうちですよ」

 

 電源の切れたたづなさんをソファに運んだあと、理事長にロイヤルでもビターでもないジュースが入ったカップを渡しながら告げる。

 ちなみに、たづなさんを担当することになった後、雇用主である理事長には真っ先に現役復帰の旨を伝えてある。『良かったな、たづな』『どうかたづなのことを精一杯支えてやってほしい!』といった温かな言葉をかけてもらったのは記憶に新しい。

 

 自身も席に着くと、理事長とテーブルを挟んで向かい合う。

 実に穏やかな空気だ。今なら打ち明けてもよさそうだと判断すると、にっこりと笑った。

 

「なので誰か応援に来てもらえませんか? 次はもう無理だと思います。マジで」

 

「そ、そんなにか……」

 

「ええ、働きアリでも労基に駆け込むレベルです」

 

 若干たじろいだ様子の理事長に、自信を持って即答する。アドレナリンが切れてきたのか、脳と身体の疲労が本気でヤバい。

 脈拍はまるでスパートを切ったかのように早まり、後頭部はゴルシのドロップキックを繰り返し浴びているかの如くずきずきと痛みを訴える。三途の川まで残り1ハロンといったところだろうか。

 

 もう今すぐにでも眠ってしまいたいところだったが、せっかくタイミング良く来てくれたのだ。どうしてもこれだけは訴えておきたかった。

 むむむ、と腕を組んで理事長が考えこむ。

 

「……承知! 君が倒れてしまうのは学園にもたづなにとっても痛手だ。誰か適任者がいないかあたってみよう。それでいいだろうか?」

 

「はい……お願い、します」

 

「うむ。任せるがよい。あと当日についてはたづなと二人で――」

 

 ほっとすると同時に力が抜けていく。理事長が何か言っているものの、もはや聞き取ることはできなかった。

 またあらためて――と呟いたのを最後に、そのまま意識を手放した。

 

 

「――と、いうわけでたづなよ。今回は応援が来てくれたためにお主の仕事は無い。よって今日一日はゆっくりすると良いぞ! はーっはっはっは!」

 

 聖蹄祭当日――例年のように見回りをはじめとした諸々の業務を行おうとしたたづなさんに、理事長から直々にお休みの命令が降された。

 ぽかんとしているたづなさんを横目で見つつ、この前聞きそびれたのはこれのことだったのかと今更にして気付く。

 

「お久しぶりですたづなさん。樫本です。アオハル杯のときには色々とお世話になりました」

 

 いつものたづなさんのポジションで控えていたのは少し癖のある長い黒髪の、いかにもキャリアウーマンといった感じの人間の女性だった。

 アオハル杯と聞いて、そういや何年か前に理事長の代理として学園にやって来た人だったことを思い出す。

 

 あれから色々とあったのだろう。以前とは見違えるほどに雰囲気が柔らかくなった彼女が握手を求めると、たづなさんがやんわりと包み込む。

 

「あ、はい。お久しぶりです樫本代理。その後お変わりなかったでしょうか?」

 

「はい。今もURAの方で役員をしています。とはいえ最近は色々あるのですが……」

 

 そう言うと、樫本代理がやや疲れた表情を見せる。きっと中間管理職特有の悩みがあるのだろう。

 

「っと、すみません、ここで言うのは場違いでしたね。今日は精一杯代わりを務めさせていただきますのでよろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします。ですが本当にいいんでしょうか? 色々とお忙しい立場のはずなのに……」

 

「ええ、大丈夫です。たまには現場の空気に直接触れることも必要なので。本部で無駄な会議ばかりしているときよりよっぽど気が楽です」

 

 場違いと口にしたはずが、またも本部の皮肉を口にする樫本代理。

 アオハル杯の後、彼女が本部に戻ったタイミングで大きめの人事異動があったらしいが、それと関係しているのだろうか?

 

「……わかりました。なら簡単に引継ぎだけさせていただきますね。こちらへどうぞ」

 

 樫本代理を伴ってたづなさんがこの場を離れていく。

 十分に距離が開いたのを見届けると、『一見落着』と書かれた扇子を満足そうに仰ぐ理事長に声をかけた。

 

「ありがとうございます理事長。まさかこうも早く対応してもらえるとは思いませんでした」

 

「うむ、たづなは何を言っても『大丈夫です』としか返ってこなかったからな。実態がわかって逆に感謝している! 今後もイベントの際には樫本代理に来てもらうつもりだから安心するといい!」

 

「理事長……!」

 

 部下の訴えを満点対応で返してくれた彼女に感動の念を禁じ得ない。

 もしアグネスデジタルが理事長を描いた本を出したときには必ず購入しようと心に誓う。

 

「というわけで、たづなのことを頼むぞ。二人で聖蹄祭をたっぷりと楽しむとよい。ただし学園内でのうまぴょい行為は禁止だ。いいか、絶対だぞ」

 

「どっちの意味に取ればいいんだか……」

 

 もはやフリにしか聞こえない理事長の言に割と本気で戸惑う。いやしないけどさ。

 

 

「お待たせしました。行きましょうか」

 

「あ、ああ……」

 

 引き継ぎも終わり、いよいよたづなさんと聖蹄祭を回ることとなった。一度自分の私室に戻ったあと雰囲気を一新させた彼女にどきりとする。

 オフィスカジュアルっぽい私服に、特徴的な尻尾にも似た後ろ髪をアップにまとめていた。更には伊達メガネ。

 よくよく見なければとても彼女だとわからないくらい一段と大人っぽくなっている。

 

「いやびっくりした。どこの美人ウマ娘かと思ったよ」

 

「ふふっ、ありがとうございます。制服のままだとサボってるように思われちゃいますから」

 

「ああなるほど。だったら俺も着替えた方がいいのかな? 去年あいつと一緒にコスプレしたときの白スーツが丁度ロッカーに眠ってるんだけど」

 

「それはちょっと……お水の人の同伴出勤っぽい感じがしますので」

 

 それもそうだなと同意すると、たづなさんと並んで歩き出す。まだ始まったばかりなので、校舎内まで入ってくる客はそう多くはない。

 

「どこか行ってみたい所とかはある?」

 

「そうですね……いえ、勝手がわからないのでトレーナーさんの都合で構いませんよ」

 

「わかった。ならいくつか寄る場所があるからそのついでに色々回っていこう」

 

 方針も決まったところでいくつか角を曲がり、校舎を出る。

 その間何人かのウマ娘とすれ違ったものの、皆たづなさんだと気付いた様子はない。

 

「お、やってるな」

 

 そうこうするうちに、目的地の一つだった大樹のウロがある庭に辿り着く。

 いつもは様々な思いを抱えたウマ娘が思いの丈を叫んで吐き出す場所なのだが、今日は一人のウマ娘が出す微かな鼻歌にとって代わられている。

 

「よう、来たぞ」

 

「あっトレーナーさん! もしかしてファル子の野外ライブ見に来てくれたの?」

 

 声をかけるなり歌を止めて反応したのはアイドルっぽい喋り方をする小柄なウマ娘だった。

 スマートファルコン――芝は苦手なものの、ダートではかなりの素質を持っているとの評判だ。最近新人のトレーナーがついたとのことだが、今はこの場にいないらしい。

 これまで殆ど面識は無かったのだが、この間生徒会室に野外ライブの申請書を出す場面にたまたま遭遇し、その際にこの場所をオススメしたことがあった。

 

「まあ約束したからな。で、やっぱりここは穴場だったろ? 校門前は毎年競争率が高いしな」

 

「うん! 静かで木陰もあるから人の出入りが多いみたい。いつも大声を出す場所だから先生も気にしないしね。さっきなんて、なんと五人のお客さんに聞いてもらえたんだよ♪」

 

「おお〜やるなあ!」

 

 そう褒めると、ファル子(ファルコンではなくそう呼んでほしいとのこと)が嬉しそうにはにかんだ。

 これまでにも色んな場所で野外ライブを行ってきたが、全くファンが増えなかったと聞いている。

 今回数人とはいえ足を止めてもらえたことは、彼女にとって大きな励みになったことだろう。

 

「ところでトレーナーさん、隣にいる大人っぽいウマ娘って、もしかして彼女さん?」

 

「まあそんな感じだな」

 

 この手の質問は曖昧な答えを堂々と返しておけば都合の良いように解釈してくれる。

 案の定、ファル子が黄色い声を上げていた。たづなさんの方まで赤くなるのは想定外だったが。

 

「そっか。じゃあ二人のために一生懸命歌うから応援してね☆ コーレスはこの前教えた通りだよ。ファル子が逃げたらー?」

 

「罰として筋トレ」

 

「即座に捕まえます」

 

「ちーがーうーよー!」

 

 地団駄を踏むファル子に、この後めちゃくちゃコーレスさせられた。

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