ifウマ娘個別ストーリー(駿川たづな)   作:愉快な笛吹きさん

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デビュー戦(○年ぶり二回目)

 秋晴れの気持ち良い午後の日差しが、ターフを鮮やかな緑に染め上げていた。

 

 日曜日の新潟競バ場、1200m、左回り、良馬場――たづなさん……もといグリーンラベルのデビュー戦がもうすぐ始まろうとしている――のだが。

 

「ほ、本当に……これを着ないといけないんですか?」

 

 選手控室で、ゼッケンの付いた体操服を手にしたたづなさんが、声と身体を震わせながら呟いた。

 もちろんだ、と頷く。

 

「たづなさんの言うように、以前は汎用勝負服の参加もOKだったんだけどな。一昨年のURAの規定改正で、GⅠレース以外は体操服の着用が義務付けられるようになったんだ。確か『勝負服まで着て負けたらダメージでかくない?』みたいな理由だったかな」

 

「これを着る方がダメージが大きいんですが……」

 

「ダメージ負うのが目下一名だけだしな。我慢するしかない。てかたづなさんレース観戦が趣味なのに知らなかったのか?」

 

「見に行くのはGⅠレースばかりでしたので……とんだ罠があったものです」

 

「誰一人罠だなんて思ってないだろうけどな」

 

 『コメ食いてー』の顔で肩を竦めるとカーテンを閉め、持っていたレースの見取り図に目を落とす。

 といっても特筆すべきところは特に無い。短距離なので楕円状のコースを約半周。コーナーが内回りかつ緩やかな下り坂のため外に膨らみがちになる傾向はあるものの、基本はよーいドンで前に出た者がほぼ勝者となる。

 

 良くも悪くもスタートダッシュで決まる単純明快さ。よってラベルの実力は隠せるし、何より負けてもあまり引き摺らないだろう――他のウマ娘が。

 

「お待たせしました……」

 

 カーテンが開き、恥ずかしそうな表情で体操服に着替えたたづなさんを見やる。

 本人はしきりに気にしているようだが、もともとが綺麗より可愛い系の顔なため、ぶっちゃけそこまで違和感は無い。仮にそういう系のお店であれば堂々と『現役JK』のタグが貼られることだろう。

 一方、肝心の下半身はといえば、尻のラインもトモの張り具合も申し分なかった。

 控室に来る前にパドックで前レースに出走したウマ娘たちをちらりと見たが、はっきりいって比較にもならない。草野球に甲子園球児が出てくるようなものだ。

 

「そんなにじろじろ見ないで下さい。やっぱり……無理がありますか?」

 

 ふと、たづなさんがおずおずと訊ねてきた。恋愛ゲームとかなら選択肢が出てくる場面だろうか。

 何とかやる気を上げてやりたいものの、相手は人生経験豊富な年上女性だ。下手な持ち上げはかえって逆効果になりかねない。

 なら――

 

「そう思うんなら走りで魅せればいい。たづなさんの一番輝いてる姿を見せつけたら、誰も外見なんて気にしないさ」

 

 下手に外見をフォローするのではなく、強ければ正義の理論で押し進める。バブル時代の言葉をバンバン使おうが、ナイフや薙刀持ち出して斬りつけてくるPTAからクレームが来そうなイメージ映像を流そうが、結果を出せば受け入れられるのだ。

 それに、言葉自体に全く嘘はない。これまで色んな表情の彼女を見てきたが、やっぱり走っているときの顔が一番だった。

 

「もう……そういう言い方はズルいです。本当に口が上手いんですから、トレーナーさんは」

 

 まだ恥ずかしそうにしながらも、たづなさんの口元に笑みが浮かぶ。リセット無しの一発勝負は無事成功したようだ。

 

「俺なんて口下手な方だよ。ダスカとシチーの二人を受けもってる奴なんかイタリア人顔負けのトークスキルだぞ。『ゴール板を駆け抜けたら一番に抱きしめにいくよ。僕のテゾーロ(宝物)!』とか平気で言うからな」

 

「……すみません、最後の部分だけ聞きそびれてしまって。もう一度いいですか?」

 

「ああ。ゴール板を駆け抜けたら一番に抱きしめにいくよ。僕のテゾーロ、って――」

 

「はい。待ってますね」

 

「え?」

 

 食い気味に呟き、たづなさんがぽっと顔を赤らめる。何……だと。

 

「あ、いや……今のは」

 

「何だかやる気が湧いてきました」

 

「頼む……話を聞いて」

 

 やる気が回復したのは嬉しいが、流石にデビュー戦でそれは日本人のメンタルでは耐えられない。あと目立つし。

 結局、粘り強く交渉した結果、控室に帰ってきてから行うことになった。不満そうに口を尖らせていたが構うもんか。

 

 

(いよいよですね……)

 

 蹄鉄の音を地下バ道に響かせながら、本バ場入場の時を待つ。

 グリーンラベル。小さな嘘がきっかけで与えられた、私の新たな名前。あの時はまさかここに戻れる日が来るだなんて、思いもしなかった。

 

 

『おっとどうした※♯★&%@! 突然ターフに倒れこみました。パフォーマンス……ではないようです。これは何かトラブルか?』

 

「これは……まずい! 熱が出てるし痙攣しているぞ! 誰かタンカだ! 救急車を呼べ!」

 

「ふん……まさかこれで潰れてしまうとはな……失望したぞ」

 

 

 激しい熱と痛み、襲い来る恐怖。

 それがレース場で見た最後の光景だった。絶望の中でずっと埋もれていた時計の針は、ようやく動き出そうとしている。

 それもこれも、トレーナーさんのおかげだった。年下の、少々変わり者だが何かと頼りになる部下で後輩。そして最近は……

 

 ――よく頑張ったな。たづなさん。

 

「…………」

 

 彼の事を考えるだけで、緊張とはまた違った胸の高鳴りが起こる。今まで一度も経験したことは無かったが、多分――これがそうなのだろう。

 

 実れば……いいなあと思う。だがもし実らなくても、彼の存在が私のバ生に彩りを与えてくれたことは間違いない。

 

 何にせよ、彼には大きな恩ができた。とても返しきれないほどのそれに少しでも報いるため、私は勝たなくてはならない――

 

『さあお待たせしました! 本バ場入場です!』

 

 ぴしゃりと頬を打ち、気合いを入れる。すっきりとした頭が、今日は間違いなく絶好調であることを伝えていた。

 

 

『5枠10番、グリーンラベル。5番人気です』

 

 アナウンスが流れ、にわかに歓声が上がったスタンドに向かってたづなさんが流麗なお辞儀をする。

 礼儀正しいというよりは秘書仕事での癖がそのまま出たのだろう。もしかすると思いの外緊張しているのかもしれない。

 

「いよいよだな……で、どう見る?」

 

 そう言って、隣に立つ元担当に話を振る。少し前にたづなさんの事を電話で話していたのだが、まさかデビュー戦を見に来るとは思いもしなかった。

 以前より少し垢抜けた雰囲気になった彼女が、ふっと笑う。

 

「見た感じは5番が雰囲気良さそうかな。あとは12番だね。デビュー戦で外枠に振られたってのにあまり動じている様子もないし、スタミナに自信があるのかもね」

 

「俺の担当には触れてくれないのか?」

 

「二位の予想をしてるんだよ。一位が誰かなんてもうわかりきってるだろ? とんだ八百長レースがあったもんさ」

 

「ならお前も五年後にカムバックするか? 上手くいけば無双できるかもな」

 

 告げた途端に彼女が豪快に吹き出した。どうやらツボに入ったらしい。

 

「馬鹿言わないでくれよ。本格化も過ぎ去った状態で、学業や仕事に忙しくしながらのトレーニングでどれだけのものが残るんだか。たづなさんが規格外過ぎるんだよ」

 

「確かにな……」

 

 いくらトレーニングを積んだところで、結局は本格化を迎えた全盛期の走りには届かない。だのに今でもGⅠに出てもおかしくないほどの実力を有しているとか、現役バリバリの時はどれだけ凄まじいものだったのか。

 ……もっとも、その才能故の過剰な期待が足を壊される原因にもなってしまったのだろうが。

 

「これで負けた日にはトレーナー廃業だな」

 

「ならその時は私の会社で雇ってあげようか?」

 

「ああ、そういや引退前にそんなこと言ってたっけか。凄いな。一体何の会社を立ち上げたんだ?」

 

「アパレル関係だよ、ウマ娘用の。今は一般服のみの販売だけど、そのうち勝負服なんかも手がけたいと思ってる。てことで、はいこれ」

 

「名刺?」

 

「そ。GⅠ出場がほぼ確定のウマ娘がデビューするんだ。きっとそのうち必要になるだろうし、早いうちにツバつけとかなきゃね」

 

「ちゃっかりしてんなあ」

 

 新潟くんだりまでやってきたのはこれが目的だったらしい。卒業後も逞しくやっているようで何よりだ。

 くすりとして名刺をしまい込むと、全員が揃ったターフに視線を戻す。

 蹄鉄のチェックや動的ストレッチなどの最後の準備をしているなか、さっき彼女が挙げた二人のウマ娘に目を向けてみる。5番のブリッジコンプに12番のデュオアスピスか。なるほど……どちらも良い顔付きだが……何故かたづなさんの方に近付いているな。

 

 

「なんか見ない顔だね?」

 

「もしかして転校生とかですか?」

 

 ターフに座って蹄鉄とインソールのチェックをしていると、二人のウマ娘から話しかけられた。それぞれ5番と12番のゼッケンをしている。

 

「ご、ごめん。もしかして集中してた?」

 

 学生時代はレース直前に他の選手と話すなど到底考えられなかった。

 余程ぽかんとしていたのだろうか。勘違いした5番のウマ娘、ブリッジコンプさんが急にわたわたと手を振り始めた。背丈がビコーペガサスさんと同じくらいなので小動物的な可愛さを感じる。

 

「いえ、大丈夫ですよ。"久々の"レースなので少し緊張してしまっていたかもしれません」

 

「あはは、わかります。まともにレースするのって選抜レース以来ですもんね」

 

 12番のデュオアスピスさんが朗らかな笑顔を見せながら答えた。特徴的なボリュームのある鹿毛色のポニーテールがふわりと風に揺られている。

 

(へえ……)

 

 ちらりと他を見渡してみるも、彼女たち以外は誰かに話しかける選手はいない。自身の経験を振り返っても、初の公式戦で己以外の者にまで目を向けるのは中々に難しい。

 だとすれば、曲がりなりにもそれができているこの二人は間違いなく、このレースのライバル足り得るだろう。

 

「お二人は随分とリラックスされているようですね」

 

「そう見えるかな? でもそんなこと無いんだよ。単にここまで来たらじたばたしても意味無いかって開き直っただけで」

 

 えへへ、と内巻きの栗毛を指に絡ませながらブリッジコンプさんが笑う。謙遜こそしているものの、こういう切り替えのできる娘は本番に強い。

 

「私はそんなにかな。コンプちゃんが学園のクラスメートだったからたまたま話し掛けられただけで、ほんとは今も心臓がバクバクしてます」

 

「それなら掌に『人』の字を三回書いて飲み込むルーティンをやってみるのはどうでしょうか? 昔の人はそうやって緊張を解いたそうですよ」

 

「へえ〜そうなんだ。ちょっと面白いかも。でも私たちってウマ娘だよね? なら書くのは『ウマ娘』でいいのかな?」

 

「『ウマ』は漢字かカタカナどっちで書けばいいのか悩みますね……あ、その前にマジックがないと」

 

「指でなぞるだけで大丈夫ですよ。でないと昔は炭と筆を用意することになりますし」

 

「あはは、それもそうですね」

 

 そんなことを喋りながら、二人が素直に掌に字を書き始める。ふと周りを見れば、話を聞いていたらしい何人かの娘も同様に行っていた。

 若いなあ、と思わず忍び笑いが漏れる。

 

「……うん、何かちょっと固さが取れた気がします。効果ありますねこれ」

 

「多分他の作業に一時没頭することでストレスを和らげるんでしょうね。お役に立てたようで何よりです」

 

「アスちゃんを助けてくれてありがとう。あ、だけどレースになったら手加減はしないからね。全力を出して出して出し切って、今日は私が勝つからよろしく」

 

「お世話になりました。でもレースはレースなので。今日のライブでセンターに立つのは私です」

 

 礼を伸べた後は一転、清々しい対抗心をぶつけてくる二人を見て瞠目する。

 そう、そうだった。出走直前のこの気配が変わる瞬間。それまで抱えていた色々なものが削ぎ落とされ、全員がただ最速を追い求める獣に変わっていく。

 そんな空気が、私はたまらなく好きだったのだ。

 

 目を開いて、あらためて二人の顔を見つめる。

 そうして笑みを浮かべながら、きっぱりと告げた。

 

「私も譲るつもりはありません。今日は必ず勝たせていただきますね」

 

 

(さて……)

 

 ゲート内に足を踏み入れると、背後の扉が閉じられた。がしゃん、という重厚な音が、あとは前に進むしかない現実を突きつける。

 

 スタートの瞬間が間近に迫るなか、やるべきことを淡々とやっておく。半身になって両膝を軽く落とすと、猫が後ろ足で砂を掛けるような動きでターフを何度か引っ掻く。

 そうして少しばかり抉れた地面を踏み固め、足裏を引っ掛ければ簡易カタパルトの完成だ。

 効果があるかは不明だが、実際にこのルーティンにしてからはスタートが格段に良くなった。

 

 準備を終え、じっとその時を待つ。

 誰かの息遣いすらも途切れ、一瞬の静寂が訪れた刹那――眼前の光景が鉄の格子から芝の大地へと変わった。

 

「ふっ!」

 

 ベストからコンマ遅れてスタートすると、倒れこみそうになるギリギリまで上体を前傾させた。そのまま膝と股関節周りの筋力を総動員しながら一気に加速していく。

 スタート地点からコーナーまでの距離は約450m、現在視界の中に他の娘は見当たらないため、無理して内を押さえにいく必要は無いだろう。

 いくつかある仮想経路のうち、最も素直に進入していくルートを選択する。

 

 

(はっや!)

 

 余裕すら漂う動きでアウトから内ラチ側に切れ込んでいくグリーンラベルさんを見て、思わず心の中で声を上げた。

 スタートダッシュは決して悪くは無かった。その後の加速も、同期の中でもかなり上のほうだという自負がある。

 だけどさっき出会った見慣れないウマ娘の挙動は、そんな小さな競争をあざ笑うかのようだった。ゲートが開いた直後には既に一歩抜きん出ており、そこから一歩踏み出す毎に私の予想を悠々超えて加速していく。

 

 やらかしちゃったなあ、と心の中で呟く。

 何かの理由で学園を空けていたのか、もしくは 海外からの帰国子女とかなのか。

 人の良い世話焼きな新人ウマ娘だと思っていたあの娘は、もの凄い牙を隠し持っていた。

 でも、だからといって――

 

「諦める気は無いよっ!」

 

 ペース配分を調整し、一段ギアを上げる。バネもスピードも格上なら、あとは体力と根性で勝負するしかない。彼女より内枠だった有利もはたらいて、コーナー進入後はどうにかラベルさんの2バ身後ろを確保した。

 

「よしっ」

 

 流石にコーナー中はそこまでの速さはなかった。スリップストリームの恩恵を受けながら、ほんの少しだけ息を入れる。

 ここのコーナーは進むにつれて角度がきつくなる。スタートダッシュで水をあけられた以上、もはや逆転の目は最終コーナーにしかない。

 積み重なる筋疲労と角度に耐えかねて彼女が外にふくれる瞬間を、今か今かと待ち続ける。

 そして――

 

(ここだっ!)

 

 最終コーナー出口付近。

 最も角度が深くなる箇所で、それまで内ラチの蓋をしっかり閉めていたラベルさんが初めて外にぶれた。

 待ちに待った特等席。残った足でそこに転がりこもうとしたその瞬間、背後からの圧にぞくりとする。

 

「アスちゃんっ!?」

 

「――ここからが、私の勝負だよ!」

 

 

 今日はコンプちゃんとの叩き合いになるだろう。

 ターフに入るまではそう思っていた。そして実際に今そうなっていた。彼女の存在を除いて――

 

 ターフでコンプちゃんと話をしていると、ふと見覚えの無い娘がいることに気付いた。コンプちゃんに告げると、思い立ったらすぐ行動する友人は早速その娘に声を掛けていた。

 

 グリーンラベルさん――黒っぽい鹿毛と、落ち着いた雰囲気が印象的なウマ娘。

 レース前だからか、最初こそややヒリついた空気を醸し出していたものの、口を開けばそうでもない。温和で親切なその物腰は、まるで年の離れた先輩と会話をしているみたいだった。

 

 一応この人もチェックしておこう。

 そんな風に考えていた時期が私にもありました。とんでもない。まるで隼のようなスタートダッシュに教科書をなぞるかのようなコース取り。この時点で彼女にアプローチを仕掛けるのは早々に諦めた。

 だからターゲットをコンプちゃんに絞る。

 彼女がラベルさんの方に目を向けているのなら好都合。外から少しずつコンプちゃんの右斜め後ろに寄っていく。

 そうして二人が疲れてきた隙を突いて、一気に内を狙っていく漁夫の利作戦だ。

 

 

「くうっ……」

 

 コンプちゃんが対抗するものの、やはり前半にラベルさんと張り合ったツケが来たのか、ずるずると垂れていく。

 読み通りだった。即座に彼女のいたポジションに居座ると、外に流れていったラベルさんに注意を向ける。

 残り約350m、最後の直線、内外差で多少埋めた彼女との距離は約2バ身半。

 仕掛けるのなら――今しかない。

 

「はああああっ!」

 

 上体を前に傾け、スパートの体勢を取った。更に早まった心臓が、全力で逝ってこいと私に応える。

 いける――教官の訓練でも、選抜レースのときも、このバ身差であればひっくり返してきた。

 経験に裏打ちされた希望が、足に更なる力を伝える。絶好の局面。もはや負ける要素は見当たらない。

 ――なのに。

 

「なん、でっ……!」

 

 届かない。逃げウマで、それも友人と競り合って疲弊しているはずなのに! 差が縮まらない。それどころか……更に、前へ。

 

(ああ……そっか)

 

 ようやく、酷い思い違いをしていたことに気付く。こんな駆け引きなど何の意味もないほどに、彼女とはそもそものスペックが違っていたのだ。

 掴みかけた希望の糸があっさりと断たれるさまに、急激に足が重くなっていく。

 と――

 

「負け――るかあっ!」

 

(コンプちゃん!?)

 

 背後から聞こえてきたその声に、はっとする。一度は垂れたはずのコンプちゃんが、再び追い上げ、私を追い抜いた。

 その迫力に押されるようにして、足が勝手に前に出る。

 

「私はまだいける! やれるよ! 全力を出して出して、出しきるんだああ!」

 

 とっくに体力は尽きているはずのに。

 自身を鼓舞してそれでも諦めないコンプちゃんの勇姿に、一度は諦めかけた心に火が点く。

 

「う、んっ! わたしもっ!」

 

 そうして再び踏み出した一歩は、間違いなくこのレースで一番の力強さだった。

 差が縮まり、またも肩が並んだ友人と雄叫びを上げながら並走する。気のせいか、先程よりラベルさんとの距離も縮んだ感じがした――が、流石に届かない。

 ラベルさんに続き、最後は二人もつれこむようにゴールすると、スタンドの方から大きな歓声が湧き上がった。

 

 

「お疲れ様でした」

 

 スタッフから余分に頂いたスポーツドリンクを手にしながら、今も大の字で荒い息を吐き続ける二人に声を掛ける。

 ブリッジコンプさんとデュオアスピスさん。自分が予想した通り、いやそれ以上に追い詰められた彼女たちを労いたかった。

 

 ドリンクを受け取ったブリッジコンプさんがにへら、と笑う。

 

「もう、ラベルさん速過ぎだよ。はーあ、負けちゃったなあ」

 

「うん。けど……気持ち良かったなあ。とっても」

 

 文字通り、全てを出し尽くした二人の顔は晴れやかだった。順位こそ私がいたせいで一つずつ下がってしまっているものの、タイムについては二人揃ってレコード更新だ。

 この分なら次のレースは余裕を持って勝てることだろう。

 

「お二人も十分に強かったですよ。実際、最後の直線後半ではヒヤヒヤさせられましたから」

 

「あはは、ラベルさんにそう言ってもらえたら自信になりますね」

 

「うん。デビュー戦でこんな凄いレースができちゃったし、もしかしたら今後は私たちが短距離の主役になれちゃうかも?」

 

「わーそれいいね。ヘリオス先輩とパーマー先輩みたいに、いっそ三人で爆逃げトリオとか結成しちゃいます? といっても私は先行なんですけど」

 

 未だレースの興奮冷めやらずといった感じの二人が、キラキラした目でチーム結成を呼びかけてくる。

 いいなあ若いなあ青春だなあ、としみじみしたり、今後が楽しみな彼女たちと切磋琢磨するのも悪くはないとは思うものの、残念ながらその申し出を受けるわけにはいかなかった。

 すみませんと告げると、彼女たちの顔が残念そうに曇る。

 

「そっか……確かに私たちじゃ、ちょっとレベルが釣り合わないよね」

 

「あ、いえ決してそうではなくて。単にもっと長い距離を走りたいだけですよ」

 

「へ?」

 

「短距離も嫌いではないですが、いかんせんスタミナを持て余してしまいがちなので。今後は三冠路線を目指すためお二人とは別路線になりそうかなと思ったんです。すみません」

 

「あ、あの速さで……」

 

「スタミナを持て余すって……」

 

 今度こそ本当にぽかんとしてしまった彼女たちに、くすりと笑いかける。

 

「ですのでレースをするのはこれが最後かもしれませんね。共に走ったライバルとして、お二人のこれからの活躍に期待していますよ」

 

「わ、私たちが」

 

「ライバル……」

 

「ええ、間違いなく強敵でした。ではそろそろこの辺で。ウイニングライブもよろしくお願いしますね」

 

 最後にぺこりとお辞儀をすると、踵を返してこの場を立ち去る。そういえばこの後はトレーナーさんがハグをしてくれる約束だったか。

 果たしてどんな風に出迎えてくれるのか、ドキドキしてしまう。あ、でもその前に汗臭いと思われないか心配だ。先にトイレで身奇麗にしてきた方が良いだろうか?

 

 

「行っちゃったね……」

 

「うん……」

 

「ラベルさん……ライバルって言ってくれたね。あんなに強いウマ娘から」

 

「うん……」

 

「……アスちゃん」

 

「何? コンプちゃん」

 

「……私、もっともっと強くなるよ。強くなって……もう一度ラベルさんと一緒に走りたい」

 

「そっか……うん、応援するよ。コンプちゃんは器用だからね、きっとマイルや中距離だってこなせると思う」

 

「うん、ありがとう。爆逃げコンビ結成できなくてごめん」

 

「あはは、別にいいよ。ライバルが減るのは私にとっても好都合だし」

 

「うわあ普通に腹黒い。そういやさっきのレースでも露骨に漁夫の利を狙ってなかった?」

 

「バレてしまっては生かしてはおけない。コンプちゃん、あなたは知り過ぎた」

 

「止ーめーてー!」

 

 こちょこちょと腹をくすぐってくるデュオアスピスから夢中で逃げ回るブリッジコンプ。

 後に動画で拡散されたこの絡みは多くの視聴者が尊みを感じ、あるウマ娘は天国と下界を何度も往復するという珍事を生み出したという。

 

 

「ええと……そろそろ機嫌直してもらえないかな」

 

「いやです」

 

 すっかり日も暮れた中、トレセン学園への帰路をぶらぶらと歩く。

 その間、何度目かになるたづなさんへのアプローチを試みるも、ぷいっと顔を背けられてしまう。

 

 

 レース後、元担当がたづなさんに一言挨拶したいと言うので、一緒に控室へとやってきた。

 しばらくしてたづなさんが戻ってきた瞬間、ようやく約束のことを思い出す。

 

「トレーナーさん! やりました」

 

 元担当がいるとは露知らず。

 ドアを閉めるなり、半日放置させたタイキシャトルの如く両腕を広げ、満面の笑みで『求むハグ』のアプローチをしてくるたづなさんに、元担当の腹筋は瞬時に崩壊した。

 

「え? あ、あなたは……ええっ?」

 

 彼女の存在に気付いたたづなさんが顔を真っ赤にしながら瞬時に腕を引っ込めた。

 そのわざとらしさに再度元担当が爆笑する。

 

「あっははは、ひい……ひいっ。あ、あのたづなさんが、こんなベッタリになるなんて、想像もできなかったよ!」

 

「ち、違うんです! これはその……」

 

「いや思いっきりハグを求める仕草だったじゃん。両腕まで広げちゃってさ」

 

「コ、『コメくいてー』のポーズの練習です」

 

「ライブ曲は『Make debut!』でしょ? なんで『うまぴょい伝説』の振り付けがいるのかな」

 

「うう……」

 

「なあ……もうそろそろ」

 

「そうだね……ふふっ、たづなさんのそんな顔が見れただけで来た甲斐があったかも。トレーナーに趣味をバラしてくれた件はこれでチャラにしておくよ」

 

 最後に悪戯っぽい笑みを浮かべると、元担当が相好を崩した。からかいの対象から親しい者に対するそれに変えて、再びたづなさんに口を開く。

 

「じゃ、あらためて――お久しぶりですたづなさん。学園を去るときはしっかりした挨拶ができなくてすみませんでした。メイクデビューでの一着、本当におめでとうございます」

 

「ええ、こちらこそこんな遠くまで見にきていただいて、ありがとうございました」

 

 互いに手を握って旧交をあたためる元担当とたづなさん。

 その後、最終的に東京駅で別れるまで三人で居心地の良い時間を過ごしたものの、問題はその後だ。約束を忘れていたことを彼女から即座に看破されてしまい、今に至っている。

 むくれた横顔を見ながらどうしたものかと歩いていると、おもむろに彼女がこちらを向いた。

 

「静かですね」

 

「え? あ、ああ……」

 

 突然の脈絡のない発言に戸惑いながらも周囲を見渡す。辺りは住宅街。夕飯の時間帯だからか、付近に人の気配は無い。

 再びたづなさんの方を向けば、静かな目でこちらを見つめている。

 鈍い自分でも流石に察することができた。足を止めると、たづなさんも立ち止まる。

 流れのままに、彼女を抱き寄せた。

 

「……わかりましたか?」

 

「まあ流石に。デビュー戦勝利おめでとう、たづなさん」

 

「ありがとうございます。本当は控室で真っ先に褒めてほしかったんですよ?」

 

 不機嫌の理由は抱擁の約束じゃなくてそれだったのかと理解する。確かに、あいつがいたことでいつの間にか有耶無耶になってしまっていた。

 

「ごめん、次からは気をつけるよ。お詫びに何か希望があれば叶えさせてほしい」

 

 自分で言って短絡的な解決の仕方だとは思うものの、他に方法が浮かばなかった。

 うーん、と少しだけ思案したたづなさんが、口を開く。

 

「ではラーメンを食べに行きましょうか?」

 

「そんなのでいいのか?」

 

「はい。ですが店に入るまではこれで」

 

 そう言ってたづなさんがこちらの手を取って絡めてくる。

 いわゆる恋人繋ぎというやつだった。掌越しに伝わる彼女の温もりが、ほのかに顔を熱くさせる。

 

「これじゃないとだめか?」

 

「だめですね」

 

「わかった。じゃあ行こうか」

 

「ふふ……はい」

 

 すっかり機嫌を取り戻したたづなさんと夜道を歩く。

 色々とあったものの、彼女のデビュー戦は上々の滑り出しだった。




今回登場したウマ娘

ブリッジコンプ――グラスやイナリ、パーマーの個別ストーリーやメインストーリーのナリブ編でも出てくる多分一番有名なモブウマ娘。小さくて可愛い。うまゆる2話にも登場

デュオアスピス――アプリに登場するモブウマ娘。モブだけど短距離適正はA。アオハル杯のチームにも登場する。ビジュアルはかなりの美人さん。ワイトもきっとそう思ってるはず
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