基本的には曇らせです。自分も曇るし他者も曇らせます。
曇らせ・愉悦部の供給が足りませんでしたので、普及もかねて。少しでも心に残ったのならば幸いです。
初投稿なうえ遅筆ですのでご容赦を……
『悪逆』帝王。2つ名にその文字がついてまわるようになったのはいつからだったろう。
レース場の控え室。出番までの暇つぶしに心底どうでもいいことを思う。ひとりだけの部屋、静かで面白みもない。だからつい、つまらないことを考えてしまった。
「悪逆帝王、かぁ」
そう呼ばれる理由も分かっている。昔と違って、ボクが無愛想だからだろう。ファンサービスもしなくなったし、ウイニングライブもやる気にならなくて辞退している。だから、有馬記念の時はあれだけ騒いでいたファン達もほとんど残っていない。それどころかボクを悪役扱いして……まぁ、それもどうだっていいんだけどね。
結局、考えるのすら飽きちゃったから、備え付けテレビで今日のレースの中継番組を流すことにした。……ふーん、どうもボクの話をしているらしい。ちょうどいいや、見てみようじゃないか。
『こちらが前回のレースの様子ですね』
『時間ギリギリに入場、何も言わずにゲートに入っていきます』
『そして表情ひとつ変えずに走り抜き、当たり前のように勝利する。……力押し、とでも言うのでしょうか? 昔のような技巧にあふれる走りではないように思えますね』
『ですが強い走りですよ。最早執念と呼べるものすら感じてしまいます』
『レース後も淡々としていますね。インタビューを軽くあしらってすぐに帰っていきます。……彼女がこうなって、どのくらい経つのでしょうか』
『ファンの声援に答えず、サービスもせず、ライブも全て欠席。かつての帝王の姿は見る影もありません。おそらくは、例の事故──』
テレビの電源を消す。……あーあ、面白くないものを見ちゃったな。つけるんじゃなかったよ。
まだひとりで考え事をしてる方がマシだろう、という結論になって、結局また思考に戻る。
──そんな時だった。コンコンコン、と扉を叩く音。時計を見ても時間にはまだ早いから、どうやら来客らしい。が、ボクに来客……ね? 友人や仲間と呼べるものがいなくなって久しいから、誰だか見当がつかない。いや、2人だけ心当たりがあるけれど──まあいいや、どちらにせよ今は誰とも話す気になれない。いつも通りに無視をしておけば諦めて帰るだろう。そう思っていた。
けれど扉の向こうの相手は相当に頑固らしく、何度もノックが繰り返される。何度も、何度も、だんだんと強く。こんなことをする相手なんて、ひとりしか思い浮かばない。相手をしたくないからこのまま帰って欲しいけど──向こうはどうも痺れを切らしたようだった。
「メジロマックイーンです。入りますわよ」
無遠慮に開けられる扉。……やっぱり、君か。
「テイオー……」
「……レース前だよ、何しに来たのさ」
扉に背を向けるようにして座っているから彼女の表情は分からないし、そもそも見る気もない。ただ早く会話を終わらせたくて、振り向かずに返事をした。
「髪、結ばないのですね。それにずいぶんと伸びて……」
「……」
「貴方とこうやって戦うのも、これで何度目になるのでしょうか」
「……何? くだらない雑談ならさっさと帰ってよ。それとも勝ちを譲ってくれって泣きつきに来たの?」
君のことだ。なにか目的があって話しに来たんだろうけど、ボクがそれに付き合う義理はない。だから突き放す。これで帰ってくれれば良かったんだけど──
「っ……今日こそ、濁ったその瞳に私を映してみせますわ」
「はぁ……誰の目が濁ってるって?」
珍しく突っかかってくるから、仕方なく振り向く。
……何だ、髪切ったんだね、君。おおかたトレーナーに「髪が短い方が好み」って言われたんでしょ。ほら、ちゃんと見えてるじゃないか。ボクの目のどこが濁ってるって言うのさ。
「……その目ですわ、テイオー。レース前だというのに誰も眼中に無い……いえ、邪魔なものとして軽蔑さえしているその瞳。格式あるレースに出る者としてふさわしくありません。見ていて我慢なりませんの」
ノブレス・オブリージュってやつ? さすが、ご令嬢様らしい考えで……ムカつくなぁ。君のエゴをボクにも押し付けないでよ。
「ああそう。じゃ、君が視界に入れなきゃいいだけじゃない?」
「──っ! ……少なくとも、昔の貴方はそんな目をしていなかった。競うことを楽しんで、いつも希望と野望で輝いて……」
「うるさいな。説教ならごめんだよ、帰ってくれない?」
これだけ言ってもまだ帰らない。……だから嫌なんだよ、君と話すのは。ボクはひとりでいたいんだ、察しなよ。
「お断りします。それに、先程のような言い方だってしませんでしたわ。誰とでも真摯に向き合うのが貴方の長所だったじゃありませんか。ねぇ、昔の優しい貴方はどこに行ってしまったんですの?」
「……昔話なんかしたくないよ。思い出したくもない」
「……やはり、まだ引きずっているのですね? トレーナーさんの、事故のこと」
「っ……」
トレーナーの事故。よりにもよって1番聞きたくなかった言葉を言い当ててきた。昔のことを思い出すと、必ずボクのそばに彼がいる。でも今はいない……そうやって思うたびに、心がめちゃくちゃになるから思い出さないようにしてたのにさ。おかげで──あの日のことを思い出しちゃったじゃないか。
1年くらい前になるだろうか。骨折を乗り越えて有馬で優勝して、トレーナーともう少し頑張ってみようって話をして。しばらく何気ない日常を過ごしていた日のこと。──1本の電話が何もかもをぶち壊したんだ。『落ち着いて聞いてください』と『お気の毒ですが』……だっけ? あとはほとんど覚えていないや。
言われたことがよく分からなくてぼうっとしてたら、『こんな所で何してるんですかっ!』ってさ、たづなさんに捕まって……。慌てる理事長たちに病院に連れていかれて、そこで現実を思い知らされた。
唇をかみしめてうつむく理事長にたづなさん。
泣き崩れる仲間たち。
そして──氷のように冷たくなったトレーナー。
何で。どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして……
あの日の記憶は、ここで途切れている。思い出そうとしてもうまくいかない。
今も──ああくそ、頭が痛い。くしゃり、と前髪ごと額を覆う。
「その様子なら正解ですわね」
悪びれもせず言い切る姿に無性に腹が立って、思い切り睨み上げる。
「なんだよ、人の過去をえぐってさ。楽しい?」
「……必要なことです。ねぇ、テイオー……そろそろ前を向いてくださいまし」
「前?」
「ええ。あの日から、ずっと痛々しい貴方を見ていられませんの。……確かに事故のことは残念に思います。私だって、自分の身にあんなことが起きたら正気でいられる自信なんてありませんわ……。でも、いつかは乗り越えなければならないことです」
「……」
「ですから、お願いです。昔のように明るい貴方に戻ってください。皆さんもそれを望んでいますわ」
……ああ、なんだ。昔みたいに戻って欲しかったのか──そっか。
「そんなことを言うためだけに、わざわざレース前に来たんだ? 暇なんだね、君」
ごめんね、欠片も心に響かなかったよ。前って何さ。そもそも皆って誰だよ。その中にボクのトレーナーはいないんだろ? なら興味すらないね。だから、そうやって吐き捨てた。
瞬間。ボクの意思に関係なく、視界が大きく右にぶれた。響いた音と頬にヒリヒリと走る鋭い痛みから、彼女にビンタされたのだと気付く。
「いい加減にしなさい! いつまでそうしているつもりですの! そんなこと……そんなこと貴方のトレーナーさんは望んでいなかったはずですわ!」
なんだよ、言葉の次は暴力? そんな涙目で睨みつけてきたってさ、全然怖くないね。それに……何も知らないクセにボクのトレーナーを語るなよ。不愉快だ。
「……話はそれだけ?」
「──っ! ばか!」
廊下全体に響き渡るような大声。涙混じりの声でただ一言だけ残して、彼女は走り去っていった。……たぶん、もう二度と話すことはないだろうって、そんな気がする。
ああでも、ようやくひとりになれたよ。このままレースまで静かな空間にいたい。心を落ちつけたい。そう思っていたのに──
「テイオー、いるかい?」
今日はどうにも来客が多い日らしい。
「先程、泣きながら走り去るマックイーンを見かけたんだが──その様子だと、何かあったみたいだね」
こちらの頬を見たカイチョーが苦笑交じりに話を続ける。ボクに話す気はないから言葉を返さないけれど。
「別に言わなくたっていいさ、予想はつく。君のトレーナーのことだろう?」
「何? カイチョーまで説教しに来たの?」
勘弁してよ、ただでさえさっきのやり取りで疲れてるんだ。……だいたいさあ、カイチョーもいつまで保護者気分でいるつもりなの?
未だにおせっかいを焼いてくるカイチョーにも黒い気持ちが湧いて、少し強めに言い返す。だからだろうか、ほんの少し悲しそうな表情を見せた。
「悲憤慷慨。君の気持ちはよくわかるさ、けれどその気持ちを他人にぶつけるのは違うだろう?」
「……」
「相談してほしい、頼ってほしい、甘えてほしい。そう思って君に話しかけて、今まで何人が君のそばから離れていったと思う? ……どうして、そんな風になるまで溜め込んでしまったんだ」
「……ボクの勝手だろ」
今までもそうやって近付いてきたヤツはいたさ。でも、どいつもこいつもうわべだけの言葉で、なんにも響かなかった。中には『いつまでもこんなことで落ち込んでいないで』、なんて言ってきたヤツもいたね。……今思い返すだけでも腹が立つ。だからボクは誰とも話したくないんだよ。どうせこの気持ちを理解できないんだ。なら、この悲しみも、この怒りもボクだけのものだ。誰にも渡してやるもんか。
「……変わってしまったね、テイオー。昔の君は見る影もない。……それほど、君にとってトレーナーは大きなものだったんだね」
「……知った口をきかないでよ」
「養生喪死、とは少し違うけれど。死んだ者はきちんと弔って、今生きている者を大切にしなければならないよ。でなければトレーナーも安心して眠れないだろう? 彼の事は残念だが、乗り越えていかなければ──」
「お前らに何がわかるんだよっ!!」
感情のままに胸ぐらを掴む。
「ああそうさ、言ってることが正しいんだろうって分かってるさ……! だからなんだよ! 正論でボクを叩いて楽しいのかよ!」
「テイオー……」
「失ってないくせに……こんな想いを味わってないくせに! どいつもこいつも、気安く同情の言葉なんてかけてさぁ……」
「っ、やめろ……」
「笑ってるんだろ!? 自分じゃなくて良かったって! それともなにさ、『そんなこと』でいつまでもクヨクヨするなって!?」
「やめろ、テイオー……」
「トレーナーの死を『そんなこと』で済ませられるのかよ……! 上等だよ、お前らのトレーナーが死んでも同じことが言えるんだろ!? ならボクがこの手で──」
「やめろと言っているだろう!!」
掴んだ手を弾き飛ばされ、思い切り睨まれた。そのまま肩で息をするカイチョーと、再び睨み上げるボク。
無言の時間が流れる。……どれくらいそうしていただろうか。ぽつり、とカイチョーが口を開く。
「……何を言っても無駄のようだね」
だからなんだよ、うるさいな……。
「全てのウマ娘の幸福を願う私にとって、今の君の存在は邪魔でしかない。……お前が不幸なのはこの際どうでもいい、だが他人に不幸を振りまくな。それができないなら──お前は、私の敵だ」
敵、ね。バカにするなよ。皆の言う昔のボクなら、その言葉におびえて引き下がったかもしれない。でもさ……今さらなんにも響かないんだよ、ボクには。お前らの気持ちなんか知らない。──ううん、どうでもいい。
だから鼻で笑う。
「……これだけ言っても何も言わない、か」
「さようなら……失望したよ、トウカイテイオー」
……これでいい。邪魔なものは消えた。レースに勝つことだけを見ていられる。
何があっても、ボクは勝たなきゃいけないんだ。勝って証明しないといけない。最強無敵の、トウカイテイオー様だっていうことを。
それで──
それ、で……?
あれ……?
それで、どうしたいんだっけ? 何がしたかったんだっけ……?
どうしよう、おもいだせないや。
ボクは──ぼくは、なんのために、はしっていたんだっけ……。
もうなにもわからなくなっちゃった。