ダックスフンドの首輪 作:転音
第一話
自分という人間の異質さに気づいたのはいつだっただろうか。生まれた時から意識があったわけではないし、私にとって転生前の知識があるのは当然のことだった。あまりに当然すぎて、周りにわざわざ知識を言いふらしたりもしなかったくらいだ。周りの人から見れば少し大人びた、しかし十分普通の範囲に収まるような子供だっただろう。
言いふらしはせずとも、「記憶」の中の知識や経験を持ちある程度はそれを生かすことができていた。両親はたびたび言動に混じる違和感に気づいていたようだが、子供が奇妙な行動をするのなんてよくあることだと見逃していた。むしろ、天才だともてはやすことさえあった。
しかし学校に行って勉強をするようになると、私の中での常識は木っ端みじんに砕かれた。「記憶」と違う地名、国家、歴史、文化や宗教・・・日本という国は存在しなかったし、今は2022年でなく1934年であった。
あの時受けた衝撃は非常に大きなものだった。家に帰り、「記憶」の中の単語について親に質問攻めをしたことをよく覚えている。今覚えばこの時代の田舎の農家にそれほど高い教養があるはずはなく、両親は困ったように笑いながら顔を見合わせていた。
自身の異質さに気づいた私は、「記憶」とこの世界について学んだ。その結果違うことだらけだと思っていた私の「記憶」は、しかし案外この世界でも役に立つことが分かった。
基礎的な科学の知識はこの世界でも共通であるらしいし、「記憶」の中の国家はこの世界にも似た国家が存在する。どうやら祖国カールスラントはドイツにあたるらしい。学校の図書館に感謝したのは、「記憶」を含めても初めてだった。
学校の授業はレベルが低くて退屈だが、この世界で新たに学ばなくてはいけないことも多かった。宗教の有無や、形が違う北リベリオン大陸、なぜか存在するムー大陸(パシフィス島)・・・しかし特に大きいのはネウロイとウィッチの存在だろう。
ネウロイ。それは古くから怪異として知られる謎の・・・謎の・・・生物かすら分からないナニカである。だがありがたくないことに少なくとも人類の敵ではあるようで、1914年から始まったネウロイ大戦ではいくつかの国家が消滅するほどの大きな被害が出たらしい。しかもそれほどの被害を出しながらも、完全に脅威がなくなったわけではないらしく、その数を大きく減らしながらもたびたび各地に出没するとのことだ。
そしてウィッチ。こちらはネウロイに対抗することのできる唯一の存在で、魔法力を使って空を飛んだり、魔法を使ったりするらしい。魔女と呼ばれていることからもわかるが、基本的に魔法力は女性にしか発現しないらしく、驚くべきことに何と10代の少女が軍に所属してネウロイと戦っているらしい。
ウィッチや魔法は私の心をときめかせた。「記憶」では人が空を飛んだり、魔法を使うというのは全くあり得ないことだったから。男性の「記憶」を持つ私は、自分の性別に若干の違和感を感じながらも、少なくとも女の子に生まれてよかったと心から思った。
また、平和な日本の「記憶」がある私には国を消し去るような脅威がどこに潜んでいるか分からないというのはあまりにも恐ろしいことだった。しかし、残念ながら、そして喜ばしいことに年月とともに薄れていくような様子はない「記憶」は其れ以上に恐ろしい可能性を教えてくれた。
第二次ネウロイ大戦が、1939年におこる可能性である。
*****
この世界の歴史はなぜか「記憶」の中の歴史と似通ったところがある。それに気づいたのは学校でのネウロイ大戦に関する授業を受けた時だった。1914年・・・そして大戦。「記憶」では1914年といえば第一次世界大戦が起こった年である。年号や原因となった事件、巻き込まれた国々、使用された兵器やその犠牲になった人々について思い出すことができた。
その世界大戦と同じ年にネウロイによって大戦が引き起こされている。それも、第一次世界大戦と同じような順序で侵攻しながら。
これは偶然ではない。いや、偶然かどうかはどうでもいい。確かめる手段はないし、1度あったのだから2度目もありうると考えるべきだ。第二次世界大戦が起こった1939年にネウロイによる大侵攻が再び起きる。
私はどうするべきだ?私の両親は農家だ。私が子供であることを差し引いても、土地を捨てて逃げ出すなんて不可能である。私だけ逃げる?どうやって?ツテもないし、金もない。いい案も出ない。「記憶」があっても、私自身は平凡な農家の娘なのだ。画期的な技術を開発したりなんて到底できない。
考えに行き詰った時は突飛なことを考えてみるのも一つだ。例えば・・・ウィッチになるのはどうだろうか?一瞬頭に浮かんだ考えをすぐさま振り払う。冗談じゃない。いかに生き延びるかを考えているのに、敵の真正面に立つことになるウィッチなんて、寿命を縮めるだけだ。
いやいやしかしそうだろうか?戦闘技術を身に着けておくことは生き延びる上で役に立つような気もする。きっとキャンプのやり方なんかも教わるだろうし、戦闘に限らずとも学んで役に立つことは多い。それに家族を守れる。
ウィッチは好待遇とのうわさだし、まだ10代の女の子が「家族の近くで働きたい」とわがままを言うくらいは許してくれるのではないだろうか?あと魔法が使いたいし空も飛びたい。
ふむ。悪くない案に思えてきた。もし何かあればさっさとやめればいい。軍だって大人だ、幼い少女に好き好んで銃を持たせているわけではないだろう。カールスラントは大国だし、ウィッチの数も足りてるだろう。やめたいといえば簡単にやめさせてくれるかもしれない。もちろん、情報を集める必要はあるだろうが・・・
後から考えれば、子供の浅知恵と言わざるを得ないところは多々ある。それはもう挙げればきりがないほどに。しかし私は焦っていたのだ。
1939年まではあと5年、たった5年しかない。今の私は6歳である。まだ魔法力が発現していないし、していてもさすがに軍には入れない。入隊条件を調べてみたところ8歳以上と書いてあった。
よし、と。図書館のめぼしい本を一通り調べた後、私はひとまずの方針を決めた。魔法力が発現したら軍に入りウィッチになる。できれば、8歳で入りたいところだ・・・戦争が始まる前に抜けたいので。
残念ながら発現しなかったら、学校での優秀な成績をもって帝都ベルリンの学校に通う。私は天才ではないが、「記憶」のおかげで頭はいい。教師に頼んで何とか学校に行けるかもしれないツテは見つけた。使えるかまでは分からないが、使えるくらいの優秀さを示せば可能性はゼロでもないだろう。戦争が始まったら、家族もベルリンに招けばいい。
もし学校に行けなかったらひとまずは農家として生活するしかないだろう。軍資金をためつつ、避難の用意を進めるのだ。
いずれのルートをたどるにしても、勉強に運動に・・・努力することが必要不可欠。特に体力は軍に入っても農家になってもネウロイから逃げることになっても役に立つはずだ。クラスメイトの、特に男子からは本の虫と散々からかわれたが、明日からはむしろ彼らよりも運動しなくては。
翌日、黙々と走り込みを始めた私─────メラニー・ギルベアタ・クラインを見て男子どころか教師までもが目を見開いていた。ちょっとスカッとしたが、今までどう思われていたのかと悲しくなった。
*****
1937年 カールスラント南部 バイエルン州 レヒフェルトウィッチ養成所にて
「ペースが落ちているぞ!しっかり走れ!」
「はい」
「声が小さい!!」
「はい!!!」
秋の終わりが近づき、冬が始まるかというころ・・・私は地獄の走り込みをしていた。
決心から3年、ヒスパニア戦役(多分スペイン内戦)や扶桑海事変(おそらく支那事変)など、「記憶」世界を再現するかのようにネウロイの出現があり、1939年にネウロイ大戦が起きることへの確信を強めながら、相当迷ったものの私は軍に入隊することにした。
理由は簡単、選択肢がなかった。学校に行くことに失敗したこととどうやっても逃げられない。というか、第二次世界大戦は欧州全土を舞台にした大戦争である。イギリスも空爆を受けているし、中立だったスウェーデンがこの世界ではノルウェーなどを飲み込んだバルトランドという国家になっている以上、安全ともいえない。ヘルウェティア(スイス)はもしかしたら安全かもしれないが、カールスラント、ガリア、ヴェネツィア、ロマーニャなどがネウロイに落とされれば陸の孤島である。
早めに逃げるのは両親の説得も難しいだろうし、遅くなってはネウロイ以外の・・・伝染病や飢餓で死にかねない。
と、いうわけで戦うのがおそらく家族と自分を守るのに一番いい方法だろう。ウィッチは給与もいいし・・・親が避難先で仕事につけなくてもある程度は援助できる。
私は自分がかわいいが、育ててくれた親を捨てられないような凡人だった。
そして一度決心したはずのことが揺らいでしまうような凡人でもあった。私は軍に入ったことを後悔し始めていたのだ。つまり、訓練がきつかった。
訓練の内容は、基礎体力作りや飛行訓練、射撃訓練、魔法力のコントロール訓練、などなどいかにも軍隊じみた訓練もあり、もちろん座学もある。つらい。
カールスラントではウィッチの訓練は普通およそ2年にわたって行われる。これは他国に比べてやや長い。世界に誇る軍の質の高さをウィッチにおいても保つためだろうが、そのための厳しい訓練が私に襲い掛かっていた。
といっても訓練を受けるのは10代の少女であり、軍もそれは分かっている。だからたぶん、きっと、この訓練は普通の軍人に比べたら楽なのだろうが・・・私は会ったことも見たこともない新兵に同情した。
ウィッチになった理由の一つである「空を飛ぶこと」。そのためにはストライカーユニットという足に機械のズボンのようなものを履き、背中にランドセルのような形で魔導エンジンを背負う少女が装備するにはなかなかゴツイ代物を使える必要があるのだが・・・これもなかなか難しい。というか、使える人のほうが少ない。訓練開始から約半年、起動するだけならともかく、とべる子はほとんどおらず全体の2割ほど。
そんなんだからカールスラントでは航空ウィッチが不足しているらしく、私のような数秒ほんの少し宙に浮いてはひっくり返っていても適正アリとみなして航空ウィッチとして育成するほどだ。助かったが、いいのだろうか?
さて、ヒイヒイ言いながら必死に訓練と座学に食らいついている私だが、少々気になる人物がいる。同期のエーリカ・ハルトマン。わずか2週間の飛行訓練で空を飛べるようになった化け物クラスの大天才である。
そんな彼女の何が気になるのか?ズバリ、もしかして彼女エーリヒ・ハルトマンなんじゃないか?という疑念である。エーリヒ・ハルトマンといえば「記憶」では撃墜記録のギネスを持ってるやべー奴だが、だとしたらそりゃあ飛ぶくらいわけないだろうし、天才っぷりに納得がいく。
ただ確定といえるほどでもない。性格はどうやら消極的。まじめでおとなしい印象を受けるのだが・・・「記憶」ではハルトマンは割と問題児だったとなっている。だが今のところ彼女にそんな様子は見えない。
近づいてみるべきだろうか?エーリヒ・ハルトマンは第二次世界大戦を通して一度も僚機を撃墜されていないという実績がある。彼女と親しくなっておけば、万が一戦場に出るときにも助けてもらえるかもしれない。史上最強のウィッチに助けてもらえるのだ、めったなことでは死なないだろう。
仮にエーリカがエーリヒほど優秀でなくても天才であることに変わりはない。幸い、飛び方や寮での生活など共通の話題になるものは山ほどあるし・・・少しでも飛行がうまくなれば御の字である。もう数センチ浮かんではバランスを崩してひっくり返るのはごめんだ。
あてにならない損得勘定は得に傾き、私はハルトマンに近づくことにした。
そして私は、未来で自分の失敗を悟るのだ。自身が他人への情を捨てられるような人間ではないことをすでに知っていたはずなのに。経験から学べない私は、やはり凡人だった。
主人公
メラニー(Melanie) ・ギルベアタ(Gilberta)・クライン(Klein)
1928年 4月11日生まれ
使い魔はフクロウ
カールスラント南部、バイエルン州の田舎農家の娘。「記憶」から第二次ネウロイ大戦が起きると予想。自分と家族を守るために手段を探す。「記憶」の影響か普通の子供に比べればやや大人びており、一度立ち止まって考えられる冷静さがある。一方で子供ゆえの未熟さも残っているため、冷静に思考をしたうえで見通しが甘かったりすることが多々ある。
固有魔法:精神感応
テレパシーに近い。ノータイムでお互いの考えていることを直接相手の脳に送ることができる。どの程度強く魔法をかけるかで相手の思考を完全に読むことも、相手が隠したいと思えば隠せるようにすることもできる。
発動のためには素肌での接触が必要。より深く魔法をかけるならより長い時間相手に触れている必要がある。
魔力効率もよく、メラニー単体でというよりはほかのウィッチとの連携面で非常に役立つ強力な固有魔法。
2022/9/21 5:52 誤字修正
2022/9/23 14:42 修正
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