ダックスフンドの首輪 作:転音
1939年 10月
人類の状況は絶望的というほかなかった。
突如として黒海から上陸してきたネウロイの大群にダキアは対応できず瞬く間に陥落、その隣国であるモエシアもまた陥落した。
同じく黒海に面する北の大国・オラーシャ帝国は、国境の軍が突破されるとすぐに後方の予備戦力を展開・・・そしてそれも突破されすでにキエフは陥落、今はドニエプル川沿いに決死の抵抗を続けているものの、北部への進撃は抑えられず。ネウロイはバルト海に到達、スオムス国境に迫っている。
そして私の所属するJG52はオストマルク防衛線・・・アルプス山脈からズデーテン、カルパティア山脈にかけて構築された防衛線・・・の山の切れ目となっているリンツ上空の防空任務を担当することになった。
*****
ストライカーユニットを履き、滑走路に立つといよいよ出撃。
「緊張しているか?」
先ほどから深呼吸を繰り返す私にそう声をかけてくださったのは、今回の出撃で私とロッテを組むゲルトルート・バルクホルン中尉、私の所属する第4飛行中隊の副隊長でもある。つまり上官だ。
「すみません」
「いや、謝らなくていい。仕方のないことだ」
「安心しろ。私がいる。それに、新兵がいきなり大活躍するなんて思ってない。今日のお前の任務は、ただ飛んで、私の後ろをついてくるだけでいい」
「了解しました!」
よし!いい返事だ。そういうとバルクホルン中尉は私の頭をひと撫でし、前を向く。
「いくぞ!出撃だ!」
「「「了解!」」」
今回の出撃は防空任務、戦闘機による哨戒で発見された小規模なネウロイの迎撃である。ここは山の切れ目でネウロイにとっては攻めやすい地形であり、大量かつ高頻度でネウロイが攻めてくる。
そんななかでいきなり激戦に放り込まれたりすることなく、ある程度安全に初出撃を経験できるのは運がいい。
「クライン!」
「は、はい!」
「ボーとするな!敵の位置は分かってるが、油断大敵だ!」
「すみません!」
怒られてしまった。ちゃんとしなくては・・・気を引き締めて、警戒しながら飛ぶ。
しばらくすると遠くの空に赤い光が見えた。さすがにバルクホルン中尉は私よりも先に気づいていたようで、即座に指示が飛ぶ。
「前方に目標!ネウロイだ!僚機は長機にしっかりついていけ!」
「了解!」
戦闘開始だ。私は言われた通りバルクホルン中尉の後ろをできるだけ離れずに飛ぶ。のだが
(くっ!やっぱり訓練とは違う!やってることは同じはずなのに!)
何というか、無駄に力が入っている感じがする。思うように体が動かない。訓練学校でエーリカと一緒に訓練したときはその無茶苦茶な機動に苦戦したが、それでも何とかついていけていた。固有魔法を使っていないとはいえ、普通の機動でここまで苦戦するなんてっ!
瞬間、私の右の頬を弾丸がかすめる。
一拍遅れて死の恐怖が私を支配した。
・・・
突然頬を叩かれて、気が付いたら目の前にバルクホルン中尉の顔があった。落ち着いたかと聞かれたので、はいと答える。正直あまり覚えていないが、銃が弾切れになっているので恐らく怖くなって撃ちまくったんだろう。
「はぁ・・・はぁ・・・すみませんでした」
「大丈夫だ。それより、ほらみろ。お前のおかげでネウロイはもうほとんどコアしか残ってないぞ」
「え・・?あっ、本当だ・・・」
「せっかくだ。初撃墜と行こうじゃないか。・・・行けるな?」
なんと、わざわざ残してくれていたようだ。危なくないのだろうか?だが、ここまでお膳立てされたのなら仕事をするべきだろう。素早くリロードを行い息を整える。不思議と緊張はなくなっていた。
「行けます」
「よし。狙って・・・撃て!」
こうして、予想外にもハルトマンより早く撃墜を記録することになったのだった。
*****
バルクホルン Side
「緊張しているか?」
先ほどから深呼吸を繰り返し、落ち着かない様子の少女。訓練学校ではハルトマン、マルセイユに次いで三番手の優秀なウィッチとのことだが・・・無理もない、初出撃がこんな大規模戦闘真っ只中では
「すみません」
「いや、謝らなくていい。仕方のないことだ」
できれば、うまく緊張をほぐすために会話の一つもしたいところだが・・・あいにく、そこまでの時間はなかった。
「安心しろ。私がいる。それに、新兵がいきなり大活躍するなんて思ってない。今日のお前の任務は、ただ飛んで、私の後ろをついてくるだけでいい」
「了解しました!」
よし!いい返事だ。そう言って頭をなでると、彼女ははにかむような笑顔を浮かべた。
・・・本当に、ちゃんと守ってやらないと。そうだ、私がしっかりしなければ。
「いくぞ!出撃だ!」
「「「了解!」」」
エンジンを動かし、離陸。遅れることなく全員が飛び立ったことを確認する。クライン少尉は考え事に耽るクセがあるらしいからな・・・一応、気にかけておくとしよう。
流石に初出撃の道中にそんなことはないだろうと思ったら、そんなことがあった。・・・後で説教してやらねば。
ネウロイと接敵してからは、問題はないように見えた。しっかり私の機動についてきているし、時々は射撃も行っている。有効打にはなっていないが、そこまでできれば上出来だろう。
敵の攻撃をかわしつつ、ひたすらコアを探す。が、見つからない。こればっかりは運が悪いとしか言いようがないが、その運の悪さが事件を招いた。
ネウロイの放った弾丸を回避したその時だった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「っ!クライン少尉!?」
まずい、完全に恐慌状態になってしまっている。おそらくだが、核を探すために近づいたことが原因で至近弾が増えたのが原因だろう。自身の判断を呪うがもう遅い。
大声を上げながら銃を乱射しているあの様子では声をかけても届かないだろう。
「近づくしかないか!少尉っ!」
幸い、ネウロイは彼女の滅多打ちのおかげで体を大きく損傷しており、攻撃は止んでいる。彼女の銃の弾切れをまって近づくしかない。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「このっ!落ち着けー!!」
平手打ちを一発。一応落ちないように体を支えネウロイから距離をとる。・・・しばらくすると、彼女の瞳に理性が戻っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・すみませんでした」
「大丈夫だ。それより、ほらみろ。お前のおかげでネウロイはもうほとんどコアしか残ってないぞ」
「え・・?あっ、本当だ・・・」
「せっかくだ。初撃墜と行こうじゃないか。・・・行けるな?」
彼女は荒い息を収めて、素早くリロードを行う。
「行けます」
「よし。狙って・・・撃て!」
私にも、クライン少尉にも反省点は多々あったが・・・それでも初出撃、初撃墜という輝かしいデビューを果たした彼女に、ひとまずは素直な賞賛を送るのだった。
*****
クライン Side
その後は無事に基地に戻ると、初出撃初撃墜を盛大にお祝いされた。
一緒に出撃したマルセイユも撃墜を記録したらしく、ボニン少佐が
「今年の新人は優秀だな」
と、頬をほころばせていた。もっとも緩んだ頬はマルセイユの命令無視と独断専行を聞いてすぐに引きつっていたが。
ハルトマンは私が頬に怪我してることでバルクホルン中尉に「一歩間違えれば死んでた!」とつかみかからん勢いだった。さすがに上官相手にする態度じゃないとおもうのだが、中尉は頭を下げていた。それに毒気を抜かれたのか、ハルトマンも非礼を詫び、一件落着となった。
バルクホルン中尉はあとで私にもちゃんと謝罪してくれたので、私としてはとくに思うことはない。しっかり過ちを認めて謝罪してくれるあたり、良い上官なのだろう。
それはそれとして、私も注意を受けた。飛んでるときに考え事をしてしまうクセをなくすこと。ひとまずは、それを直そうと思う。今日のことで本当にあっさり死にかねないことを体感したし、私は生き延びたいのだから当然だ。
それから、残念なことが一つ。私の固有魔法である精神感応は、上に危険視されたらしく、使用には上官の許可が必要かつ普段は「通信魔法」として、例えるなら無線機のような使い方しか許されないこととなった。また普段から手袋やタイツ様のズボンの着用など、素肌を外に出さない格好をするようにと命令が下りた。
外部に情報が洩れれば、どのような事件が起こるか分からないため、私の固有魔法について知っているのはJG52では飛行隊長以上の士官しかいない。もちろんハルトマンとマルセイユにも箝口令が敷かれた。
ハルトマンとしては私の成長スピードが遅くなることを危惧しているようだった。
「ほんっとにいいの?感覚共有とかもできなくなっちゃうんだよ?」
「仕方ないよ」
「仕方なくないよ!今日だって危なかったんだし・・・やっぱり私ボニン少佐に話して」
「いいってよしなよ・・・エーリカのほうこそ、今度こそ営倉行になっちゃうよ」
それに・・・と私は言葉を続ける。
「エーリカさえ黙ってたら、私とエーリカで共有する分には大丈夫でしょ」
「・・・でも、ベテランの人たちから共有してもらえた方が」
「無理なものは仕方ない。だから頼りにしてるよ?フラウ?」
「絶対うそでしょ」
嘘じゃない。割とガチで命かけているので頼りにしているのだが。まあ、何とか納得してもらえた。
今日はたまたま小規模だった。明日がどうかは分からない。聞くところによるとトランシルバニアで孤立している部隊が獅子奮迅の大活躍とのことなので、そのおかげでこちら側は当分はましかもしれないけど・・・知識の通りなら1945年まで続く戦いなのだ。間違いなく楽はできないだろう。
エーリカにはああいったけど、出来れば共有はできた方がいい。ボニン少佐に話してみよう。エーリカと違って私にはバツが与えられる理由がないから、説教を食らうだけで済むはずだ。
「なるほど・・・」
「何とかなりませんか?私を通じて、経験や感覚の共有が出来れば、隊全体の練度の向上にもつながります」
「むりだな」
ボニン少佐はすぐにそういった。
「確かにメリットは大きい・・・だが、結局のところ優先されるのは情報漏洩を防止することだ」
「ボニン少佐・・・」
「隊のウィッチと共有するとなると、その危険性が高まる。飛行隊長以上の者たちは知っているが、君が共有の時に情報を盗む可能性を考えれば」
「私の魔法は、見せたくないと念じれば見せないようにすることもできます」
「だが強く魔法をかければそれもできないのだろう?」
「それは・・・」
「君が、コントロールできてしまうのが問題なんだ。深く魔法をかけるには長く触れている必要があるらしいが・・・どの程度長くか、というのも君の自己申告でしかない。従って、触れる時間による調整などもできない」
正論だ。しかし受け入れがたい正論である。ボニン少佐は私の気持ちを見透かしたように言葉を続ける。
「戦場を経験して、強くなることに必死になるのは分かる。だがこれ以上は・・・君をスパイとして疑わなくてはいけないかもしれないぞ?」
「っ!?そんなつもりは」
「分かっている。・・・部屋に戻って、ゆっくり休むように。期待しているよ」
「・・・ありがとうございます。失礼しました」
やはり、無理だったか・・・説得できる材料もない。固有魔法は希少かつそれぞれで性質がバラバラであることから、自己申告に基づくものが大きい。機械などによって、実際にどの程度の効果なのかなど確かめることが出来ないのだ。今回は、それが悪かった。
うーん、と唸ってみるが名案は出ない。というか、ボニン少佐に出ないなら私が考えたところでどうにかなるはずもない。言われた通り、ゆっくり休むとしよう。
私の初出撃から数日後、再び小規模なネウロイが現れ今度はハルトマンの初出撃となった。
結果は散々なものだったらしい。どうやら、私が危うく死にかけたことでハルトマンはネウロイとの戦闘に強い恐怖を感じたようで・・・パニックに陥って長機のロスマン曹長をネウロイと誤認した挙句、魔力切れで墜落した。
顔を真っ赤にして恥ずかしがるハルトマンはなかなか可愛かった。でも、それはそれとして墜落と聞いてかなりヒヤッとしたのでもう二度とやめてほしい。「記憶」では無事でも、現実でどうなるかは分からないのだから。
因みに、からかわれたのが嫌だったのかどうなのか1か月後にはハルトマンも初撃墜を記録した。なお、今度は降ってきたネウロイの破片がストライカーユニットにあたって墜落していた。本人はそんなこと気にせず
「追いついた!」
と得意顔だったが、さすがに新人といえどこうも高頻度でユニットを壊されてはバツを与えないわけにいかないらしく、3日間の飛行禁止と始末書を書かされていた。
それにしても、ハルトマンはからかわれたからと言ってむきになるような性質でもないと思っていたのだが・・・案外、意地を張る時もあるんだなと少し意外に思った。
お気に入り十人・・・?しかも☆9評価二人・・・!?
見ていただけたうえ、評価までしていただいてありがとうございます。精進します。
今作の世界地図は黒海がリアルと同じ形の地図を採用しました。ご承知おきください。といっても、それほど本編に影響があるかといわれると分からないですが。
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