ツバキくんは絵が得意   作:にえる

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「軽い……」

 

 自分の手を見れば、痛みで震えていたことが嘘のように落ち着いていた。

 手だけではない。

 足も力強く大地を捉えている。

 まるで重心がこの大地の下にあるかのような安定感。

 本当に昨日までと同じ自分なのだろうか。

 生まれ変わった気にすらなっていた。

 

「あまりにも体が軽すぎる……」

 

 独り呟く。

 肉体という枷から解き放たれたようだった。

 強靭な肉体になったおかげか、心が満ち足りて余裕を作っていた。

 魔物も一人で討伐できるに違いない。

 ブラックウーズも難なく討伐できるだろう。

 あるのは強い万能感だった。

 いや、違う。

 万能感というあやふやな感覚ではない。

 俺はいま、本当に万能だ。

 それを証明してみせよう、そう思って足元の小石を拾う。

 それは羽のように軽すぎた。

 石を投擲し、一歩を踏み出す。

 その前に、石はテキトーな所で落ちた。

 妙だな……。

 

 重さを忘れたかのように軽い身体を動かし、石を拾う。

 先ほどは慣れない感覚で失敗しただけだろう。

 これほどまでに体が軽かったことは生まれてから一度だって無かった。

 さっきの失敗からどのように体を動かせばいいか、シミュレーションも終えた。

 自身で投げた石を、キャッチしてまた投げる。

 石で一人キャッチボールをするだけだ。

 イメージは十分できていた。

 軽く石を投げて……まあ、そうだよな。

 離れた場所にぽとりと落ちた石を見て、納得と物足りなさの混じった奇妙な感覚を覚えた。

 

「ツバキくん、魔力痛が治まった子供ははしゃぎ回ってケガすることがよくあるので気を付けるように」

 

 俺が石を投げて遊んでいると思ったのだろう、後ろで見ていた神父様にそう声を掛けられた。

 ひゃい……。

 薄々気づいていたけど、魔物に無双する夢が叶うことは無さそうだ。

 戦うのは怖いから良かったのかもしれない。

 

 石遊びを切り上げた後は墓地まで水瓶を抱えて歩き、軽めに掃除した。

 炊事場には、身体を丸めた大人が隠れられるほどの巨大な水瓶がいくつもあるので持ち上がらないかとこっそりと試してみたが結果は変わらず。

 体感としては墓地の行き来がちょっとだけ早くなり、掃除の手際がよくなった気がした。

 誤差の範囲内だろう。

 

 劇的な変化があったのは写本の作業をした時だった。

 俺には語彙が無いので言葉には限りがあって上手く表現できないのだが、とてもキレ(・・)がいい。

 指先どころか筆の先まで神経が通っているかのように、繊細なタッチを可能としている気がする。

 普段からミスなく文字を書けているので誤差みたいなものだけど。

 これは絵が描きたくなる。

 キャラクターのイラストとか漫画を描いてもたぶん絵が上手い程度で終わるだろうが、風景画、それも手軽な写実なら物凄い出来になる予感がする。

 感覚的にはめちゃくちゃ凄い偽札が作れそうなレベル。

 手元にある写本の道具で会心の絵が描けるかと聞かれればそうじゃない。

 淹れ方が良くてもティーパックの紅茶が高級茶葉にはなれないのと一緒なのだろう。

 スカイツリーから落下した人の着地点が集中治療室だったら助かるのか、みたいな。

 

 そわそわしていて浮足立つというか、居ても立っても居られないというか。

 お昼を過ぎてもこの気持ちが収まらない。

 どうにかならないものか。

 絵が描きたい。

 残しておきたい絵を描きたい。

 絵を描く仕事があるかもしれないので、僅かな期待とともにギルドに向かってみる。

 ギルドが混み合うのは討伐に出かけたり新たな依頼が貼り出される朝、またはそれぞれの仕事を果たして報告に来る夕や夜の刻限だった。

 つまり今は閑古鳥が鳴いているはず。

 

「名前は無い」「いえ、無いとこちらと致しましてはとても困るのですが……」「でも本当に無いぜ?」「えぇ……」

 

 鳴いてなかった。

 なんでー。

 わちゃわちゃとして楽しそうな一角から少し離れたミアーラさんの前に行く。

 はらはらとした様子で他の席に視線を飛ばしていた様子だったが、俺に気付くと即座に居住まいを正した。

 今日もその豊かな金髪はきっちりと整えられているし、服装に汚れや皺のひとつもない。

 

「こんにちは、ミアーラさん。お仕事に来ました」

 

「はい、こんにちは。希望はありますでしょうか。……魔力痛だったと聞いているので、討伐等は推奨できませんが」

 

 挨拶は微笑んで返してくれたのだが、その後は少し疑うような眼差しを向けられてしまった。

 調査後に様子を見に来てくれた冒険者さんに、魔力痛で思ったように動けない旨を話したのだが、ミアーラさんに伝えてくれていたらしい。

 確かにあの万能感を抱いたまま槍を持ったら外に突撃したかもしれないが、今は別の気持ちが強い。

 

「絵をですね、とても描きたいんです」

 

「はあ、絵を……?」

 

「何か無いでしょうか。看板とか、献立表の絵とか」

 

「そういえばファティさんからツバキさんの絵がとても上手だと聞いたことがありましたね。……なるほど、今度募集案件に含めてみようかな」

 

 お仕事の幅が増やせますね、とミアーラさんが微笑んでくれた。

 やっぱり増えるんだ、それは嬉しい。

 しかし、今は絵を描く仕事はないらしい。

 急な要望なので仕方ないが、それはそれとしてとても悲しい。

 

「あの、ツバキさん……」

 

「大丈夫です……。じゃあ何か仕事があればやりますので……」

 

 隠し切れず露骨に落ち込んでしまった。

 俺の様子に焦ったミアーラさんが助けを求めるように周りを見回すが、隣の席にいる人たちや棚から書類を探していた人たちは潮が引くように下がっていった。

 雰囲気が暗くなってしまったのは俺の我が儘のせいだ。

 気を取り直そう。

 

「オルトリヴロレの証明はあるんだけど無理?」「本当だ……しかも多脚討伐……。その、自称でもいいので何か名乗って貰えればこちらとしては……」「それはちょっとな……」

 

 落ち込んで静かになったせいで他のブースで行われている会話が聞こえてくる。

 オルトリヴロレは宗教の無い国の名前だったはずなので、外国からここまで来た人のようだ。

 話を聞くに、名前は無いらしい。

 冒険者ギルドの登録には名前や出身地が必要だが、すでに冒険者となっている場合はどうなるのだろう。

 同じように話を聞いていたらしいミアーラさんと目が合うとにっこり微笑まれた。

 あれ、俺いま何かやれちゃいますか?

 

 

 

 

 

 はあ、とつい熱の篭ったため息を吐く。

 狭いギルドの一室にいる俺の傍にはギルドから貸し出された画材があり、手には絵画筆が握られていた。

 質はそこそこで道具としてはそれほど良いというわけではないが、この世界ではとても貴重な品でもある。

 そもそも上限を見ると天井知らずだ。

 金が有り余っているような連中が専用の道具を作らせ、お抱えの絵描きに与えるような世界。

 一般的に絵を描くとしても、紙を刻んで黒を染み込ませるだけ。

 これは違う。

 色を塗り、紙に色を乗せることができる。

 綺麗な絵を描く、それだけのために用意された道具の尊さと言ったら。

 

 目の前には名前が無いと主張する青年の姿があった。

 ミアーラさんが彼に提案したのは、随分とお高い筆代を払えば名前の代わりに似顔絵をギルドが控えることだった。

 諦めて名乗るかと思ったが、彼は喜んで筆代を出すことを選んだ。

 おかげで俺は絵を描くことができる幸運に恵まれたのだから感謝しかない。

 

「オルトリヴロレから来られたんですか?」

 

「ん? ああ、そうなんだよ! ここまで来たけどすっげえ遠いのな!」

 

 なははー、と彼は輝くような笑顔を見せた。

 白と黒が混ざり合ったような灰色の髪は傷んでいるのか、光沢が全く無い。

 目つきも普通で、瞳の色は頭髪と同じ灰色。

 身長は百九十センチだろうか、百七十を超える俺よりもずっと高い。

 肌はよく日に焼けている。

 布の服の上から通して見ても、鎧のように鍛えられた筋肉で全身が覆われているのがわかった。

 

「山とか川とかダンジョンとか街とか村とかいっぱい超えないといけないからびっくりしたわ。ほとんど護衛も受けないしパーティとか組まないまま来たから魔物にもいっぱい襲われてやべーよ」

 

 びっくりとかやべーで済むらしい。

 俺が同じことをしたら、魔物がいなくても体力が持たないか迷って死ぬと思う。

 魔物が出たらすぐ死ねるからそっちのほうが楽なのかもしれないが。

 

「それは大変でしたね。あ、自己紹介をしておきますね。俺の名前はツバキです、よろしくお願いします。冒険者の証明書もあります。あとは月光派の助祭位相当でもあります」

 

「よろしく! お、新人じゃん。大変だよな。オレも何したらいいかわかんなくてとりあえずぶっ殺しまくってたわ。ツバキも困ったらぶっ殺してみたらいいんじゃないか?」

 

 とりあえずぶっ殺してたらしいが俺にはできない。

 話を聞きながら絵を描こうとして気づく。

 鉛筆が無いから気軽に下絵が描けない。

 普段使っているブラックウーズのインクで下書きを考えたが、あれは粘りが強い癖のある性質をしている。

 固い筆で紙の表面を薄く掘って埋める感じになってしまう。

 用意された絵具の色も五種ほどしかないので、一気に描いてしまう事にする。

 今日は絶好調すぎて、簡単に出来る予感が俺にはあった。

 運がいい。

 

「名前は無いんでしたっけ」

 

「ああ、無い。だから寄ったギルドが悪いと依頼を受けられなくてなあ。途中でぶっ殺した魔物の素材だけ売って金を稼いで旅してた」

 

「それは……大変でしたか?」

 

「いや、面白かったぞ!」

 

「とても良い旅だったんですね」

 

「そんな良くも無かったな。寝ようとした洞窟がハイヴクラスタになってて核を潰すまで戦うハメになって結局一睡もできなかったりもあったし。でも予想できないことが起きるのは面白いからツバキもやってみ!」

 

 あれの不意打ちはマジでやばいぜー、と笑った。

 興味はあるけど、やりたいかどうかで言えばやりたくない。

 話を聞きながらも、絵を描く手は止まらない。

 彼も上機嫌のまま俺が知らない冒険の話を続けてくれる。

 仕事なのにこんなに楽しくていいのだろうか。

 

「楽しそうだな!」

 

「楽しいですよ!」

 

「そうだよな! 冒険はいいぞ!」

 

「いいですよね。冒険の話もとても面白いんですけど、俺は絵も好きなんですよ」

 

 今は借りてるけど自分専用の道具を買うのが夢なんですよ、と俺は言った。

 ギルドでしか使えない道具だとギルドのことしか描けない。

 それじゃ物足りない。

 俺は教会を描きたいし、それが終わったら街を描きたいし、外も描きたいし、魔物も描きたい。

 ドラゴンだって見て描きたいよ。

 久しぶりにちゃんとした道具で絵を描いているせいなのか、俺はつい熱が入ったように主張していた。

 彼はわかるよ、と頷いた。

 

「俺もな、勇者になりたくてな!」

 

「勇者! いいですね! 俺は勇者も描きたい!」

 

「俺が勇者になったら描け!」

 

「もう描いてます!」

 

「じゃあ俺もう勇者だわ!」

 

 二人でわはは、と笑った。

 話が面白いためか、絵の出来がいいためか、高揚した気分が納まらない。

 そうだ、彼は勇者なんだ。

 俺は勇者を描いている。

 冗談でもなく、そんな予感があった。

 俺はきっと運がいい。

 いや、違う。

 俺はずっと運がいいんだ。

 

「でも名前が無い勇者はいませんよね」

 

「そう、それが問題なんだよな。ツバキは神父様かなんかだろ。なんか名付けたりしないのか? カッコいいの教えてくれよ」

 

 オレ宗教とかよくわかんねーんだけどよ、と勇者が続けた。

 俺が知っている名前となると、古い力のある言葉ばかりになってしまう。

 正しい意味と正しい読み方を知らなければ読むことすら儘ならない。

 知らなくても稀に適合できるが、それが幸運なのか不幸なのかはわからない。

 勇者なら適合できてしまうのではないか、俺は好奇心を抑えられなかった。

 

「グラックエーケーセブンとか、アンジーナインとかならありますけど」

 

「いや、それはやめとこう! カッコよくないからな!」

 

 断られて残念な気持ちと、安堵の気持ちが混ざり合っていた。

 勧めるべきじゃない。

 だが同時に、力ある言葉を得た姿が気になってしまったのも事実だった。

 きっともっと上位の名前も気に入らないに違いない。

 

「もっと毒のある名前しか思いつきませんね!」

 

「お前もなかなかあぶねえやつじゃん! へへ、面白れぇ男だ!」

 

 二人でよくわからないままげらげら笑って、そして絵が完成した。

 道具が良ければもっと良い絵が描けるのはもちろんだが、これには今の俺ができる最上の物という自負があった。

 いや、違う。

 例え道具がよくても、昨日の俺には描けない物だ。

 勇者を目指す彼をよく表している、まだ未熟でそれでいて力に溢れている姿が描かれた一枚の絵。

 

「これが、オレ……?」

 

 完成した絵をドヤ顔で見せれば、勇者はプロに化粧してもらった少女みたいなことを呟いた。

 絵具の種類が少なかったのでモノトーン調だが、それでも今この瞬間だけならこの世界でもっとも美しい絵であるという自信があった。

 自分で描いといてあれだけど、あまりにも出来がよすぎた。

 もう会心すぎて手が震えてる。

 

「これがオレ! オレだよオレ! これがオレなんだぜ!!!」

 

「うわっ」

 

「うおおおおおおおおおお!!!」 

 

 オレオレ詐欺みたいなことを叫び出した勇者に驚く。

 わかるよ。

 俺も叫び出したいけど、後方神絵師面してドヤ顔浮かべたい気持ちが勝った。

 俺の絵を持ったまま、勇者が部屋から飛び出していった。

 二階の小部屋を借りていたのだが、物凄い勢いで階段を下りている音が聞こえた。

 というか一息で飛び下りてないか?

 

 「見てくれ! オレだよこれ! オレだよ!」「誰?」「誰なんです!?」「オレだよ!!!!」「だから誰なんだって」「この絵がオレなんだぜええええええ!!!」「一体おまえは誰なんだ?」「まさか助祭ひゃまの絵……? どうしてここに!?」

 

 下には戻ってきた冒険者たちがいるのだろう、騒がしい声がこの部屋にまで聞こえた。

 小さな窓を通して外を見れば、もう夕方ほどの時刻になっていた。

 どどど、と音がしてそちらに目を向ける。

 勇者が笑顔で戻ってきたようだった。

 「オレを全員に見せてきた!」らしい。

 喜んでくれて嬉しいよ。

 

「やべーよ! さっきのでお金足りる!?」

 

「足ります足ります」

 

「はー、やっぱいい街は違うな……。マジで全部違うぜ……。これ貰えないかな……」

 

「名前が決まったら貰えばいいのでは?」

 

「っ! それだ! これはオレが勇者になれたときの記念にする!」

 

 勇者が興奮したように絵を掲げて見ていた。

 なんなら俺が欲しい。

 俺が勇者になったら貰えないかな。

 街を訪れた勇者というシチュエーションを前に、俺は思いついたことがある。

 歓迎の意を伝えるやつだ。

 喜んでいるところに水を差すのは悪いが、俺もやりたいようにしたい。

 会心の絵が描けた気持ちで駆け抜ける。

 勇者がこちらに注目するよう咳払いを一度。

 そして……。

 

「では改めて、ここはセトリオードの街です! 勇者さん、貴方を歓迎します!」

 

 俺は笑顔でそう言った。

 やっぱり街に来た勇者にはこうしないとな。

 

「オレを歓迎してくれるのか……?」

 

 呆然とした様子で呟いた。

 どんな様子だろうとも、俺の返事は決まっていた。

 

「もちろんです! 勇者が来てくれて、俺はとても嬉しい」

 

「……オレも、とても嬉しいよ」

 

 それは噛みしめるような言葉だった。

 俺が笑顔だったからか、勇者も笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 少し残念そうな表情を浮かべて、勇者がその会心の似顔絵を受付に提出した。

 ミアーラさんもその出来を褒めてくれた。

 毎日こんな仕事が出来たらいいのに、という気持ちになった。

 同時にこれを毎日やったら早死にしそうだとも。

 

「ツバキ! ありがとう! 今度一緒に冒険に行こう!」

 

「行きたいですけど俺めっちゃ弱いです!」

 

「オレは強いだから大丈夫だ! でも危ないから安全なとこにする!」

 

「じゃあ行きます!」

 

「よっしゃあああああ!」

 

「やったああああ!」

 

「漁の解禁が近いって聞いたぜ! サーモンランに行こう!!!」

 

「行きまぁす!!!」

 

 ひゃっはー、とテンションが上がったまま受付で約束する。

 ミアーラさんが頭痛を抑えるように額に手を当てていた。

 楽しみだな、サーモンラン。

 

 

 

 サーモンランってなに????

 

 

 

 

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