「アメリアさん、ちょうどいいところに」
魔物の討伐とは異なる疲れを自覚しながらギルドへと報告に来たアメリアを見て、受付嬢のミアーラが安堵の息を吐いた。
普段よりもギルド内が活気づいていた。
面倒事か、とアメリアは警戒の度合いを高めた。
知り合いの薬師に付き合い、街の外で数種類の薬草を採集し終えての帰りに立ち寄っただけだった。
草原や林、森の中を歩き回るのはいい、普段からやっている。
討伐の緊張は頭や全身を使うが、採集は慣れない姿勢を続ける必要があったため、体は休息を求めていた。
「……なんです。あんまり面倒事を持ち込まれたら森焼きますよ?」
「手軽に焼かないでください。十日後に漁が解禁になるのはご存知でしょうか」
「まあ、街の風物詩ですから」
解禁なんて優しい物じゃないでしょう、アメリアはそう言いたかったがぐっと堪えた。
産まれた川を目指して遡上する魚で溢れるあの光景を表現するには、ルーシリアの馬鹿が得意とする早口でも無ければ時間が掛かって仕方がない。
不満ばかりかと言えばそうでもなく、解禁となれば市場に多く出回るので安価で魚が手に入るのはとても有難い。
ギルドが冒険者にも漁を推奨し、率先して買い取ってくれ、その時期ならば併設されている酒場で比較的安く料理を食べることもできる。
漁期以外でも街では逸れた魚が売られることもあり、それは時期を間違えた時知らずのサーモンランとして解禁を予感させるものであった。
「二人で漁に行くとのことですが、どちらもサーモンラン初心者でして。案内や助けになってあげて欲しいな、と」
「パーティ斡旋ですか? ご存じの通り、私はもう半分くらい固定を組んでます」
「言葉通りの意味です。その、特殊な二人なので……」
こちらです勇者さん、ミアーラが離れた位置に声を掛ける。
受けるとも言っていないが、ギルドの受付嬢がそのまま放り出すには躊躇する特殊な事情とやらを聴いてみようじゃないか。
少しの好奇心がアメリアを引き留まらせた。
「そっちが漁に詳しいって人か! よろしくな! 俺は勇者だ!」
これは、
ギルドに入ってから全く気付かなかった存在を認識した瞬間、肉体と精神、心が異常を悟る。
アメリアの心臓が早鐘を打つように鼓動が速まり、急激に取り込まれた情報と概念を打ち消すために魔力核が神経に魔力を回していた。
あまりの速さに、魔力痛染みた違和感が全身を襲う。
「こちらはアメリアさん、四足級パーティに所属している魔法使いです」
「よろしく頼むな! エルフのおねーさん! 魔法使えるなんて凄いんだな! ……そうか、魔法が使えるのか」
確証は無いが、見られている。
その表情がアメリアにはわからない。
おそらく顔と思われる部位に目を合わせているが、なにせ正しく
灰色の頭髪や、日に焼けた肌、体格のいい体などは確認できる。
それだけだった。
「それでこちらが案内を依頼している勇者さんです。……たぶん職業ですね。オルトリヴロレから来た多脚を狩れるソロです」
「勇者だ!」
「ツバキさんが一緒に漁に行くと言い出しまして……」
「ああ! 楽しみだよな! ツバキはオレを歓迎してくれたよ」
その言葉による精神の負荷で、アメリアの早鐘を打っていた心臓が縮まるようだった。
何を歓迎したのかわかっているのだろうか。
オルトリヴロレは宗教を捨てた隣国だ。
この国で尊いとされる価値観のほとんどは宗教を中心に出来上がっている。
オルトリヴロレは仮想敵国の軸となる宗教を否定することからはじまり、そのまま統制されている。
常識とは国によって異なる。
黒い髪など都合のいい迫害の対象にすぎない。
「……どうも、勇者さん。名前をお聞きしても?」
「無いよ。名前は無い」
「……それはとても、理性的な判断ですね」
僅かに困ったような表情を浮かべているミアーラにはわからないだろう。
おそらく性別や身長、声程度の情報のみしか得ていないのに、それが自然だと感じているはずだった。
格が離れた者では正しく認識できない。
祈ることで精神をはじまりとした力を得るように、意味を込めた名前がそうあれと願われるように。
この世のそれこそ法則か、概念か、約束か、いずれにしろ理外の外にある何かを歪めていた。
その歪みは、アメリアが長い年月を掛けて得た耐性と、研鑽した技術による対抗すらも容易に貫通していた。
それほどに凄まじい力だった。
最早それは呪いですらあった。
勇者と呼ぶしかない男と顔合わせを済ませたので別れ、酒場へと向かう。
サーモンランの最中に勇者が暴れたとしても、街はすぐ傍で周囲には冒険者もいるはずだ。
案内くらいなら受けよう。
それにアメリアには興味があった。
魔法は言葉と繋がることもある。
その名前を知ることが出来た時、アメリアはより一層強い魔法を使える可能性が高かった。
今のままでは足りない。
もっともっと魔法の神髄を知らねばならない。
より強い魔法で、より鮮やかに。
「私はエルフの森を焼く」
「やばいこと言ってるじゃん」
アメリアの呟きに、ルーシリアが僅かに慄く。
エルフの森を焼くことの重大さをいつだって教えてきたのに、なぜこんな反応を返されなくてはいけないのか。
アメリアは少し悩んだが、頭が悪いせいだなと答えを出した。
「ずっと思ってたんだけど」
「はい」
「焼いたらいいことあるの?」
赤い髪と豊かな胸に全てを取られ、空になった頭部を搭載しているルーシリアとは違うローレットに笑みを浮かべる。
アメリアは故郷の森を焼かれて住処から追い出された。
思い出すのは、自身を含めたエルフたちを追い立てながら木々をへし折る泥のゴーレムたちだった。
どれだけ対抗しようとも成すすべなく森は焼かれ、エルフは放っておかれた。
そこから人里に混ざって暮らすようになった。
そして自然の流れを知った。
「焼いたらいいことあるのかと言えばあります。そしてエルフがクソかと聞かれたらクソです」
「エルフについては聞いてない」
「そもそもエルフ関係なくアメリアは馬鹿だからね」
音程を取りながら机を叩くルーシリアをひと睨みし、話を戻す。
「エルフは長命です。私も見た目とは全然違う」
「ばばあお小遣いちょうだい」
えへ、と笑う赤い馬鹿の目の前で炎を発生させ、前髪を炙ってみせる。
突然の熱と炎に驚き、のたうち回る姿には年頃の少女が持つべき色気は一切ない。
「その長い寿命を使って植物を植え続けます。そしてエルフは魔力を感じ取る感覚に優れています」
「それは……いいんじゃない?」
「自分の育てた木が一番だと競い合い、最強の世界樹を作ると盛り上がって馬鹿でかい木々を乱立します」
「それは……いいんじゃない?」
「木が魔力溜まりとなって街を飲み込んだり、ダンジョンを構成したりします。強い魔物も寄せ付けます」
「ばか」
だからアメリアはエルフの森を焼く。
森を焼かれたエルフは、興味を失ったとばかりに別の場所で植林を始める。
自然は回復するし、最強を夢見た木が呆気なく燃えるのを背にして虫けらのように追い立てられていくエルフの後ろ姿は最高だ。
「そして私はエルフを追い出すダークエルフとなりました」
ライバルは泥ゴーレムの術師であるダークエルフだ。
なぜゴーレムを操ってエルフの森を破壊するのかは知らない。
たぶんアメリアと同じで楽しいからだろう。わかるよ。
「エルフの森なんて滅ぼせばいい物は今は関係なくてですね」
「自分から話したせいじゃん、ばばあボケたの?」
再び炎を灯そうとすれば、魔法の起こりを拳の介入によって捻じ曲げられた。
そのままルーシリアが煽るように机を叩き始める。
「……話を戻しますが、サーモンランでツバキさんの案内をすることになりまして」
「え!? 助祭様をあんな場所に!?」
「正気じゃないよ」
「私もそう思います。オルトリヴロレから来た冒険者が誘ったらしく」
「あー、あれね。しょうがないよ」とルーシリアが納得したように頷いた。
アメリアにはわからないが、しょうがない理由があったらしい。
そうですか、と納得したいわけでもないが。
「一緒にいきませんか? 許可は貰っています」
「私のキュートな前髪がこんな可愛くなくなっていけるわけないでしょ? 助祭様に見せるなら常に可愛いは作らないといけないのわかる?」
「じょ、助祭ひゃまと!? うひょおおお!」とでも叫びながら食いつくかと思ったが、そう上手くはいかないらしい。
アメリアの想像を裏切った前赤髪ちりちりエイプを無視し、ローレットを見る。
なぜかしょんぼりと落ち込んでいた。
「十日後ですが」
「……明日から護衛がある」
「し、知らないんですけど」
「前髪ちりちりエイプと二人でいく」
誰がエイプよー、と叫ぶ前髪ちりちりエイプ。
ここで大事なのはアメリアはハブられていたことだ。
「アメリアの馬鹿は体力ないから置いていく。この先の戦いに付いてこれないでしょ」
「ルーシリアの馬鹿! いつも相談しなさいって言ってるでしょうが!」
魔法を読んだエイプがどや顔で拳を振る。
アメリアはこの馬鹿が、とカップをその空っぽの頭に振り下ろした。
飲み物を取られたローレットは、「ぬわああああ」と頭を抑えるルーシリアのカップを即座に手にした。
「で、なんでいきなり護衛を?」
「ふ、ふふふ、ドラゴンを探しに行くのよ!」
不意打ちによる痛みで目の端に涙を浮かべながらルーシリアが不敵に笑う。
ドラゴンを探しに行くとはまた変わったことを思いつくものだ。
どうやら噂で目撃例も増えているらしい。
とはいえ、街や山を幾つか越えなければならない距離だったが。
「一流の冒険者なら筆代を出すとね、似顔絵を描いてもらえるのよ」
ギルドの受付で聞いた、と。
ふーん、とアメリアが聞き流す。
「直接頼めば」
ローレットが呟く。
正論だった。
だが正論が正しいとはアメリアは思っていない。
「だって恥ずかしいし……」
「きっしょい」
自身の赤い髪を指先で弄び、何を想像しているのかルーシリアは頬を赤らめて言った。
ローレットの意見は正論だった。
だが正論が正しいとはアメリアは思っていない。
「あ、助祭様だとサーモンランに轢かれると思うから注意してあげてね」
確かにあの華奢な体では耐えられないだろう。
ルーシリアの意見は正論だった。
正論は正しいので救われる命もあるとアメリアは思った。