ツバキくんは絵が得意   作:にえる

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 早朝、アメリアがギルドに着くと、閑散とした室内で目当ての二人がけらけらと笑っているのを見つけた。

 海辺の街よりもたらされたサーモンランの情報を基に漁の解禁日が決まったので、顔合わせは済ませるついでにあらかじめ約束の時間を伝えておいた。

 時間を守る律義さはあるらしい。

 それにしても、教会の助祭にあたる地位を持つというツバキと、その教会を拒む国から来た勇者を名乗る男が楽しそうに喋っている光景は、アメリアにとって奇妙と表現する他ない。

 教会狂いのルーシリアに言わせれば「オルトリヴロレから来たやつが助祭様に初撃を与えていないならたぶん安全」との話だったが。

 

「この前ブラックウーズを釣りましたよ。槍のここに巻き付けてある紐で、こう」

 

「ブラックウーズを釣ったのか! ……いや、あれって釣れるのか?」

 

「釣るっていうか、同行してくれた冒険者さんがひゅって引き上げるって感じでしたけど」

 

「面白そうじゃん! オレもやりてえな! 殴ってぶっ殺したことしかないからよ!」

 

 ツバキが天井に向けた槍を軽く動かしながら説明し、それを見た勇者は「オレも途中で良い感じの棒を拾うぜ!」と言い出していた。

 「やばいですね!」「やばいぜ!」「エクスカリバーですね!」「なにそれかっこいい! オレのエクスカリバーを拾うぜ!」と何が楽しいのかさっぱりな会話をしている。

 さっきまで話していた釣りはどうした、こいつらを引率するのか、アメリアは無かったはずの頭痛に襲われた。

 感じていたはずの違和感が薄れていく代わりに、何か別の面倒が隠れている気がしてならない。

 

「おはようございますアメリアさん! 今日はよろしくお願いします!」

 

 気付いたツバキがアメリアに手を振りながら笑顔で挨拶すれば、後を追うように勇者も「おはよう!」と続けた。

 

「おはようございます。二人ともお早いですね」

 

「楽しみで早起きしました」

 

「魔力痛と聞いてましたがどうですか?」

 

「治りました。最近は体の調子もいいんですよ」

 

 ツバキの言葉に、なるほどと頷く。

 赤い馬鹿が「魔力痛ってなに!? 死ぬの!? 世界の十割を喪失するから私消滅するかも!」とぴいぴい喚いていたのを思い出した。

 魔力は外気とともに取り込まれて核内に貯蔵され、ゆっくりと体内を巡り、体外へと排出される。

 排出される形は個々人によって癖のように異なるが、必要に応じて、例えば外界の魔力を取り込みすぎた場合など、体内を巡る魔力の流れが拡張されたり増設される。

 新しい流れが体内に出来るのだから痛むのも当然で、放っておけばそのうち治まるとルーシリアの馬鹿に伝えたのを思い出した。

 結局騒ぐのは収まらなかったが。

 かつて「何が宗教よ、説教してきたらぶっ殺してやる」とキレにキレていた闇のルーシリア、お前は今どこにいる。

 

「なにっ! ツバキは病気だったのか!?」

 

「いや、魔力のある場所でいっぱい動くと痛くなるってやつになってました。子供がなるらしいので何度も言われると実はちょっと恥ずかしい」

 

「はえー、こっわ。初めて聞いたわ。……オレもなるのかな」

 

「ここら一帯の濃度ではならないと思いますよ。オルトリヴロレは国全域の魔力が遥かに濃いので比べ物になりません」

 

 頬を赤らめながら首を傾げるツバキに代わり、軽く説明する。

 国の根幹が異なるためか、アメリアの持つ知識では環境も遥かに違う様相となっていた。

 勇者が来た国は個々人の身体技能に優れていることが特徴だった。

 説明を終えると、ぱちぱちと二人から拍手を貰う。

 ぼんやりと思考が進み、考えが至るのはこの勇者が魔力痛を覚えるとしたら……。

 

「おねーさん、すげー詳しいのな! ……エルフだからか?」

 

「魔法を扱うなら基礎みたいなもので」

 

 ハッとする。

 この街ではそうではないかもしれないが、遠方ではエルフと教会は深い確執を持つ。

 過去に教会で貯蔵している陽光と月光を盗んで木の栽培に使った愚か者がいたためだ。

 伝承によると広域を浸食した森ごと光に飲み込まれて消えたとされている。

 それで済めば良かったのだが、どうやら見事な世界樹となったのは確からしく、しかもそのエルフは満足気な表情を浮かべていたと記されていた。

 エルフは会心の出来を誇る大作とともに世を去るのを本望としている。

 教会にも「街を犠牲にして天に至る(きざはし)を生み出した邪悪なエルフは不敵な笑みとともに浄化された」と伝わっている。

 事実を裏付ける記録に誘われ、今でも教会から盗み出そうと暗躍するエルフも少なくない。

 そのため、場所によっては軌道派などに属する騎士位の称号持ちに殺されても可笑しくない。

 

「いや、私は確かにエルフですけどダークエルフなので……」

 

「そうなんですか。俺、エルフ見たの初めてです。……耳は長くないんですね」

 

「あ、はい。魔法を使ったらちょっと長く見えるかもしれません」

 

 すごーい、と呟くツバキを見て肩の力が抜ける。

 それもそうだ。

 この街はそういうものだと思い出した。

 

「ダークエルフって肌は黒くないんですか?」

 

「いえ、ならないですね。黒い肌なら『夜』とか『星』の星辰持ちになりますよね? エルフの森を燃やすのがダークエルフですよ」

 

 なぜか困惑した表情で「えぇ……」と漏らした。

 勇者もちょっと引いているが、エルフに引ける育ちじゃないと思う。

 アメリアが話した通り、エルフとダークエルフに容姿の差異があるはずも無い。

 エルフとしての正しい価値観を否定するためにダークエルフと呼ばれるだけだから。

 普通のエルフに混ざって森に入り、それぞれの評価を聞いてから燃やすのが一番楽しい。

 

「街? 里? ちょっとわかりませんけど、住処を焼くのはよくないと思うんですよね」

 

「でもエルフは植樹しますよ」

 

「植樹」

 

「しかも魔力の流れに敏感なので、放っておくと森がとんでもないことになりますよ」

 

 ツバキは教会関係者なのだから、残されている記録に心当たりがあるのだろう。

 悩む素振りを見せたところをアメリアは押すことにした。

 おまえもエルフの森を焼かないか?

 

「魔物となってクラスタ形成して街が飲み込まれることもあります。多脚のフォージツリーはエルフが生み出してしまったと言っても過言ではありません」

 

「えっ」

 

「あれめっちゃ強いからな。エルフばかじゃん」

 

「しかも満足したら放っておく始末。燃やせば流れを散らせて土壌も肥えるので良いことづくめです」

 

「被害があんまり出ないならいいと思います……」

 

「エルフばかじゃん」

 

 納得してツバキが快諾してくれたように見えた。

 勇者がなははー、と笑う。

 パーティメンバーも高く評価していたが、確かに話がわかる相手だ。

 勇者も意外と話がわかる。

 アメリア、教会スキ!

 

「それならオレもエルフをぶっ殺したほうがいいか?」

 

「個体数は少ないのでやめてあげてください……」

 

 エルフは逃げ惑うどころではなくなるだろう。

 それに、世界樹級にまで成長した樹は強大な魔物も呼び寄せる。

 この勇者が、その魔物との戦いを糧にすると思うと、アメリアは背筋が凍る思いだった。

 

「ちょっと話し込んでしまいましたね。そろそろ行きましょうか」

 

 アメリアは話を変えるついでに提案する。

 サーモンランに向けて街を出たほうが良いのは確かだ。

 二人が「はーい」と力の抜ける返事で答えた。

 アメリアが外に向けて歩き始めると、二人も後を追いかけて来る。

 

「あんまり街の外に出たことないから楽しみなんですよね。自分の意志で出たことほとんど無いので」

 

「やばいな! オレは記憶にない時からだから……数えるの苦手でわっかんねーわ!」

 

「でも長い時間外にいたことはありますよ。洗礼を受けた後に他の街から来たんで」

 

「洗礼かー。オレよくわかんねーんだよな。やりてーって言ったらやれんの?」

 

「できますけど死にますね」

 

「死ぬのかよ! やべーじゃん!」

 

「マジでやべーですよ! お月様が見てきますよ!」

 

「やべーじゃん! 教会ってやべーな! そういえば教会があるとアンデッドが少ないんだろ? あっちはマジで多いからやべーよ! 臭すぎてやべーからよ!」

 

「それってやべーじゃん!」

 

 やべーやべーと二人で楽しそうに話しているが、実態はもっとやばい。

 教会に祈る者は皆が知っている。

 洗礼は何も与えない。

 ただ、『お月様が見ている』ことを明らかにするだけだと。

 月光が齎す奇跡が洗礼であり、そして教会よりそれらを盗んだエルフを『お月様が見た』のも奇跡の一つだということを。

 

「なあ、これやばくないか?」

 

「やばいですね」

 

「やべーよなあ!?」

 

「やべーですよ!」

 

 教会の奇跡は魔法と実は異なるらしい、と燃やした森のエルフから盗んだ研究に思いを馳せていると後ろの二人が騒ぎ出した。

 門を出るまでは手遊びしていて、外に出れば拾った石ころのどっちが綺麗かを競い合っていたので放っておいた。

 すでに森の中を進んでいるが、アメリアが魔力を読んで魔物を避けているため危険はないはずだった。

 それに勇者もいる。

 それが騒ぎ出すとは異常事態だろうか。

 張っていた気が更に張り詰め、魔力が体内の流路を駆け巡る。

 そしてアメリアが即座に振り向けば……。

 

「とうとうエクスカリバー、拾っちゃったな……」

 

「かっこよ……」

 

 一振りの剣ほどの長さがある、丈夫そうな木の枝を天に掲げる勇者の姿。

 ツバキも思わずといった具合で褒めているが、立派な槍を持っていることを忘れたのだろうか。

 ルーシリアが護衛で遠出しててよかった。

 ここにあんなツバキ全肯定拳闘士など居たらアメリア一人ではどうにもならなかった。

 そろそろ集中するように、とアメリアが声をかける前に、勇者が警戒心を露にした。

 ツバキは呆けていた。

 

「……敵か? ひと当てする」

 

「あ、それはだめ……」

 

「居合かっこよ……」

 

 勇者がゆっくりとした動きで枝を腰だめに構え、解き放った。

 アメリアの目に捉えることのできない速さで振りぬかれた枝から、重さすら感じるほどの魔力が放出された。

 制止の言葉は間に合わなかった。

 しょうがないとばかりに頭を切り替える。

 勇者の魔力によって、なぎ倒された木々の間に混ざって僅かな魚が落ちていた。

 

「こっちに来ますよ! サーモンランは下手すると死人が出ます! ツバキさんは轢かれないように気を付けてください! 勇者さんは……なんか頑張って!」

 

 「死人!?」「おうまかせろー!」と二人の声を聞きながら、魔力の流れから離れるようにツバキを庇いながら移動する。

 森の中から「きたぞ!」「サーモンランだ!」「俺はこの木の裏を選ぶぜ!」「ここで金を稼いで結婚するんだ!」と叫び声が矢継ぎ早に聞こえる。

 そして、どどど、と轟音が響き渡るとともに地を揺らしながらアメリアの視界いっぱいに魚が現れた。

 

「なんだこれは」

 

 ツバキが呟いた。

 ほんとにね、アメリアは頷いた。

 

「上から来るぞ! 気を付けろ!」

 

 そう言って、勇者は空から降ってきた魚群に飲まれた。

 気を付けろとは一体なんだったのか。

 俺も言ってみたかった、ツバキが呟いた。

 死んでしまいますよ、アメリアが呟いた。

 

「なんだこれは! 魚の群れか! 違う! これは魚の川だ! オレはいま魚だったのか!」

 

 魚群に逆らうように泳ぐ男が一人。

 その姿はまさにサーモンランの勇者だった。

 

 

 




なんだこれは。
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