勇者の似顔絵を描かせてもらったおかげなのか、ギルドの依頼で絵を描く仕事も受けられるようになった。
絵を描く際には以前使った二階の一室を使って良いと言われた。
まだ『ギルドでは絵を描く依頼も出来るようになった』と周知している段階なので依頼があるわけではないのだけれど。
折角なのでギルドの職員にお願いして掃除をさせてもらえば、積み重なった雑貨の下から古い資料や書物が出てきた。
相談すると、外部に持ち出さなければ時間がある時なら好きに読んでいいと許可された。
掃除中の読書という魅了に負け、途中で掃除を切り上げて資料をぺらぺらと捲り、興味を惹かれる一冊を手に取る。
教会では目にすることのない記録が記されていた。
まあサーモンランについてなんだけどね。
勇者が暴れたキングサーモンの乱みたいな頭がぶっ飛んだ規模は無いようだが、謎のお祭りは各地であるらしい。
ここら一帯ではサーモンランが最大のようだ。
まあ鯨も来てくれるからな……。
サーモンランや謎祭りの行く末は遠い隣国付近まで続き、お祭りが終わると魔物の分布や森の構造が変わるらしい。
「ツバキさん、えっと、お待たせしました……」
後ろからファティに呼ばれ、資料を畳みながら立ち上がる。
窓から射しこむ光を利用して読んでいたので、開けっ放しだった扉には背を向けていた。
ギルドの講習だというので一緒に来たのだが、嬉しいことに帰りもご一緒してくれるらしい。
「もう終わったんだ? ファティのことを考えていたらすぐだったから気づかなかったな」
軽口を叩きながら振り向けば、開いたままの扉の傍には見る見るうちに普段よりも遥かに血色が良くなっていくファティと、同じ年頃の女の子が数人いた。
なるほど、と棚に資料を戻す。
勉強してたら友達もいるよな、いくつでも女の子は可愛いよな、混ざりたいなあ、と考えている間にも事態は動いているようだった。
「ちがうの、ほんとうにちがうの……」と呟くファティのか細い声を掻き消すように、きゃあきゃあと黄色い声が響いた。
ニコニコしながら女の子たちに手を振って見せれば、一層甲高い声を挙げて逃げ出すように走っていった。
もう恋バナとかで盛り上がる年なのかな。
残されたファティに、アンバーの十万倍は鋭そうな上目遣いで睨まれた。
「……ちょっと恥ずかしかったです」
「ちょっとで良かった。一緒に帰らないって言われたら泣いちゃうところだった」
はい、と手を差し出す。
ひんやりとした小さな手で握り返される。
いつもより込められている力が強い気がして、それが何となく嬉しい。
遠慮する女の子も好きだけど、遠慮しつつも時には気安くしてくれる女の子も好きだ。
ニコニコしながら手を繋いで階段へと向かえば、まだ帰っていなかったさっきの女の子たちが代わる代わるこちらを覗いていた。
どうやら階段で待ち伏せしていたらしい。
きゃあきゃあと楽しそうに声を挙げながらばたばたと下りて行った。
「こら! 危ないから走らない!」と注意する冒険者の低い声に続いて「ごめんなさーい!」と軽やかに女の子たちが口々に謝ってた声が聞こえた。
手を更に強く握られて、ファティを見れば耳の先までいつもより健康そうな血色をしていた。
淡い水色の髪がほんのりと輝いている。
「ああ、失敗した」
「ツバキさん……?」
そう大げさにそう言えば、ファティの水色の瞳が不安そうに揺れていた。
握っている手の力が緩まった。
「ファティを抱きしめれば良かったね」
「ツバキさんっ」
少し強めに握り返してそう言って笑いかける。
アンバーの百万倍は鋭そうな上目遣いで睨まれた。
是非ともこのままの可愛いファティでいて欲しい。
「いつもやってるから慣れてるでしょ。ほら、寝る時に」
「もう、知らないっ……!」
俺の言葉に怒ったのか、ファティにぐいぐいと繋いだ手を引っ張られる。
笑いながら「危ないよ」と声を掛けつつ、ちょっとだけ抵抗して普段よりも遅めに階段を下りた。
一階には冒険者たちの姿が疎らにあるくらいだった。
こういう場面では、かつて読んだ小説なら「へへへ、可愛い女を侍らせてるじゃねーか。ひっひひ、こっちに寄越せ。弱い男に明日はねえ、フッフッフ」と素行の悪い冒険者に絡まれるイメージなのだが、まったくそういう素振りは無かった。
兄弟姉妹が多く、何も親から継げないため冒険者になる者が多い。
仲がいいね、と見られているか。
それとも、ロリコンきっしょ、と見られているか。
「お、ツバキ。ちょうどよかった!」
上機嫌な勇者が現れた!
軽い挨拶を交わすと、すぐに本題を話し始めた。
といっても要領を得ないため詳しい内容はわからず、ただ「できらあ!」と叫ぶ女が酒場に現れたとだけわかった。
「酒場のマスターも来てほしいって言ってたからよ! 用があるからちょっと来て……」
勇者が俺の後ろに隠れていたファティを見て言葉を詰まらせた。
ファティがしがみつくような強さで俺の服を握っていたので頭を撫でる。
ジッと見ている。
羨ましいのだろうか。
「教会で暮らしている子ですよ」
「へえ……」
「紹介しましょうか」
「いや、いいさ! ……幸運そうだ、良い事だ」
「……大丈夫? 頭撫でる?」
俺の提案に、勇者が口を半開きにした間の抜けた顔になった。
少し経ってから大声で笑いだした。
「ツバキは面白れえ男だな! オレはサーモンランの勇者だからな! もういらないぜ!」
「サーモンランの勇者はここにいるぞ! みんな付いて来い! ツバキも来い!」「勇者!」「サーモンランの勇者!」「うおおおおお!」と叫び、周囲にいた冒険者を引き連れて勇者は酒場に繋がる扉に入って行った。
「御呼ばれしちゃったな。俺は行くけどファティは……」
「行きますっ」
行くらしい。
「私がいないとツバキさんは迷っちゃいますっ」
らしいよ。
何故かやる気になったファティにぐいぐいと引っ張られながら酒場に続く扉を通る。
妙に長い廊下の先はとても賑わっていた。
サーモンランによる収入で楽しめているのだろう。
一日の間に断続的な波が続くので、魚を目標数捕まえたらその日はお休みにする人もいるのだとか。
漁は過酷だからいいと思う。
上からも来るからな。
正しい手続きをしておくと夜間も漁が出来るとも聞いた。
篝火で照らした森の中で作業するので手当が僅かに付いたり、夜食が振る舞われる等聞く限りでは楽しそうだった。
「こっち来いよ!」
入ってすぐ傍にあるカウンター席に座っている勇者に呼ばれ、その隣に座る。
料理がずらりと並んでいて、好きに食べていいと言われたので有難く魚をつまむ。
貝も並んでいるので、こいつらも遠路はるばる跳ねて来たのだろうかと考えてしまう。
「それで用ってなんです?」
「それはな……」
俺の問いかけに勇者が答えようとして女性の大声に遮られた。
「できらあ!」
できるらしい。
なにが?