「ってことらしいんだよ! 頼んだわ!」
何故か説明した気になった勇者が「キングサーモンうめーよ!」と超巨大クジラ肉にかぶりついた。
勇者が注文したであろう山積みの料理をファティに食べさせる。
カウンター内に、俺と同じように困った様子の筋肉に満ちた偉丈夫が居た。
「困ったわね」
やっぱり困ってたらしい。
なんと奇遇な。
目が合ったので頷けば、ほっとしたように息を吐いた。
「神父ちゃん、ちょっと相談があるのよ」
彼はこの酒場のマスターであるマッスルアルティメイトさんだ。
ご存じの通り、マッスルアルティメイトの名に違わぬ究極の筋肉を持つ、雄々しい肉体としなやかな女性らしさが同居している凄い人だ。
ギルドマスターのマッスルオーダーさんとは双子で、マッスルアルティメイトさんが弟になる。
周知のとおり、マッスルアルティメイトさんの兄のマッスルオーダーさんは部位毎にキレのある筋肉を持ち、マッスルオーダーさんの弟のマッスルアルティメイトさんは黄金のように整いながらもしなやかな筋肉が自慢だ。
代々受け継いだ、微妙に力があって意味の弱い名前がキメラ的な融合を果たした結果、満ち満ちた筋肉を得る肉体を持つマッスルな名前となった。
同じような名前のサーモンランは、名前を分解して勇者サーモンとして名乗れるくらいになっていた。
マッサルみたいな名前の人が結構な筋肉を誇っていたからまさか……?
「聞くだけなら。それで相談とは?」
「それがね……「できらあ!」ってわけなのよ」
「なんて?」
「できらあ!」と度々遮られてしまうので、あまり見たくないが視線を勇者の傍に向ければ知らない人がいた。
誰なのさ。
パツキンと呼べる金髪の女性が、豊かなおっぱいをばるんばるんさせながら勇者の隣で叫んでいた。
「やってみせろ!」
勇者が笑いながら煽れば。
「できらあ!」
と、ばるんばるんさせながら女性が叫ぶ。
「酒場と同じ条件な!」
「できらあ!」
できるらしい。
これもう勇者が着火した案件なのでは。
マッスルアルティメイトさんが詳しく話してくれることになった。
といってもそんなに複雑な話ではない。
近所にある料理屋の娘が外で料理修行を終えて帰ってきて、自信満々にギルド酒場を倒しに来たらしい。
なんで?
最初は普通に食べていたが、急にこれよりもっと美味い料理を作れる! と言い出したと教えてくれた。
なんで?
急に料理漫画みたいな展開が来たな。
怖い。怖くない?
「ギルドにも面子があるのよね。売られた喧嘩は買いたいけど、相手が引き下がってくれるなら追わないで済むのよ。それが……」
勇者がげらげらと笑いながら囃し立てていた。
周囲の冒険者も酒の肴とばかりに声をあげている。
「ギルドと同じ値段でできるんよなあ!?」
「え!? 同じ値段で!?」
「何を驚いてんだよ! 当たり前だろうが! できねえのか!?」
「で、できらあ!」
冷や汗をかきながら女性が言う。
「出来そうに無い」
と俺が言えば。
「そうですね」
とファティが俺と半分に分けたお菓子を食べながら同意し。
「困ったわあ」
とマッスルアルティメイトさんが呟き。
「じょ、助祭ひゃま!? どうしてここに!?」
と遠くで聞き覚えのある声が聞こえた。
「ヨシ! やってみせろ!」
何度目か勇者が勧めれば。
「で、できらあ!」
「ホントにいいの? やっちゃうわよ?」
「え!?」
マッスルアルティメイトさんが乗り気になってしまう。
なぜか俺に困ったような視線を向けてくる「できらあ」さん(仮)。
俺の困った様子を見兼ねたのか、勇者が手で制して「オレに任せろ」と言った。
任せてみよう。
彼はサーモンランの勇者だからな。
「おまえは『月との約束』で勝負しろ! オレが見届けてやる! 見てみたい!」
「えっ!?」
「できらあ」さん(仮)が勇者を見てこいつ正気かよ、驚いていた。
俺も驚いたよ。
『月との約束』が使われるのは凶悪な犯罪が主だ。
教会は中立の立場を保ち、犯罪者などの事情聴取を手伝うこともある。
そこでの素行が悪質な場合に使用される。
かなり有用な嘘発見器みたいな機能を持っているのだが、問題が一つ。
「いや、でも約束を破ると下手すれば死にますよ?」
俺は止めようとする。
お月様がおこだとマジで死ぬ。
死人が出るような約束をこんなしょうもないことで結びたくない。
ほっとしたような「できらあ」さん(仮)の表情に、そもそも喧嘩を売らなければ良かったのでは、と思ってしまう。
「破らなければいい! おまえは全てを守れ! オレは守りたい物を守るけどよ!」
「えっ!?」
勇者が言う。
それは、そうかもしれませんが……。
一つだけこの場で言えるのは、正論は人を救わないってことだ。
「おまえ、破るのかよ! わざわざ神父に来てもらって結ぶ約束を!」
「ま、守れらあ!」
守れらあ、とは一体。
モッツアレラの親戚か、クロレラの親か。
「ヨシ! じゃあ料理勝負だ! 同じ値段で出してどっちが美味いか競え!」
「え!? 同じ値段で!?」
「うるせぇ! 条件とか勝手に決めてくれ! オレは食うだけだ!」
そういうわけで、ギルド酒場と街の料理人の娘が料理勝負となった。
細かい条件はギルドが持つ書式に沿うようだ。
「できらあ」さん(仮)に、「で、できらあ!」、と叫ばれ、マッスルアルティメイトさん曰く不正があるかもとまごつかれたが、教会指定の書式なので多分大丈夫だろう。
自身で確認するように言ったところ、文字が読めないらしくて俺が読まないといけなくなった。
結局「わかんねえ!」と叫ばれたけど。
「えっと、これって負けた方は、どうなるんでしょう」
俺の腕にしがみつきながらファティが呟いた。
確かに。
俺も頷けば、勇者が答えた。
「負けたら死ね! おまえ意味わからんからそっちのほうが楽だ!」
満面の笑みだった。
ひどすぎる……。
「流石に死はちょっと……。負けた方が相手の店を手伝うとか」
「ダメよ。信頼の無い相手は働かせられないわ。真面目に働くかもわからないし、動けるかもわからない。それに、負けて何をするかわからないもの。どっちにしても良くないことだわ」
俺の提案は正論によってマッスルアルティメイトさんに却下された。
思いつきだけでアルティメットな筋肉には勝てない。
「時間奴隷にしましょう」
「まあ、それが妥当ですかね」
確かにそれくらいなら、と俺も提案に乗った。
双方で話し合って競ってくれないだろうか。
こんなことで『月との約束』をしたくないんだけど。
「申し訳ないけど、ギルドとして正式に依頼するわよ。組織としての面子を蔑ろにして冒険者ギルドの看板は掲げられないの」
そうだろうな、と俺は観念して頷いた。
勇者に肩を叩かれ、そちらを向く。
わからないことがあったらしい。
「なあ、ツバキ。時間奴隷ってなんだよ」
「あ、そうですよね。えっと、時間を調べて報せる奴隷になることですかね。時間奴隷は丁稚とか従業員と違い、原則的には自ら労働の解除ができない身分になります。時間は教会等で知ることができるのですが、わざわざ調べるのも大変なのでそういう役割が求められた結果なのでしょうね」
「それでか! でもよ、奴隷って酷くないか?」
「俺もそう思いますけど、別に誰かの奴隷って意味じゃないですからね。時間に侍るって感じです」
「ふーん?」
「悪いことをしたり、罪を認めた人の……カルマ値かな、そういうのを減らすためですかね。『お月様は見ている』ので。あとは『時間』という目には見えないけれど、傍で我々を支配している力を一時的に信仰し、またその力を皆に伝えるので守って下さいねって意味もあるのかもしれませんね。限度はありますが」
「はあー、変わってんな。刻限を知らせる鐘が無いからどうしてんだろうとは思ってたけどよ」
「感覚が鋭くなるスキルを持ってる人も多いですからね。思いやりでしょうか」
「思いやり! 思いやりか! それは面白いな! オレみたいなやつには厳しい街だけどそういうの好きだぜ!」
何が琴線に触れたかわからないが、なははー、と勇者が上機嫌に笑い出した。
街によっては無かったりもするらしいからなあ。
利便性を考えるとこっちのほうが少数派かもしれないが。
というか普通に少数派な気がしてきたな。
「あれ、じゃあ勇者は時間を知るにはどうしてたんですか?」
「なんもしてないなー。今日も朝来たらギルド閉まってたしよ」
聞けば明け方から立って待っていたらしい。
ギルドの熱烈ファンの方かな。
退屈じゃなかったのかと尋ねると、サーモンランの勇者としてみんなから声を掛けられたから楽しかったとのこと。
あと通りで買い食いしまくって超楽しいとも。
このままいけば近いうちに街の勇者になりそう。
「ごめんなさいね、神父ちゃん。この場で『月との約束』をやってもらっちゃっていいかしら」
「いいですよ。別に特別な許可が必要とかでは無いので」
期日を決め、互いに合意した条件を読んで問題が無いか軽く確認する。
後は諸注意を告げる。
破ったらマジでやばいよ、ってくらいの内容だけど。
「それではやりますよ。いいですね」
「ええ、お願いね」
「で、できらあ!」
できるのは俺だよ。
というわけで一瞬で約束を終えた。
みんなこれだけって肩透かしした表情を浮かべている。
勇者も拍子抜けした顔をしていたが、結局こういうのは話だけが先行しているものだ。
本質は受けてみないとわからない。
体感した身としては、やってることは洗礼も約束もほとんど一緒な気がしないでもない。
そんなわけで約束を結んだので俺は中立の立場となり、長く酒場に居て疲れたのかいつもより血色が悪いファティと気持ち強めに手を繋いで帰った。
結局「できらあ」さん(仮)は負けたけど。
ギルドは雇用を拒否したので、市場で雇い主を探すことになりそうだったが、煽った責任を取るために勇者が雇った。