ツバキくんは絵が得意   作:にえる

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 最近まとまったお金を手にすることができた。

 奇祭としか思えないサーモンランで活躍した勇者のおかげだった。

 最初「三人で山分けしよう!」と勇者が言い出したが、流石に一緒に行って見ていただけなのでそんなに多くは受け取れないと断った。

 それでも多めの金銭と、キングサーモンのクジラ肉を貰った。

 まだ足りないと駄々を捏ねる勇者にキングサーモンのひげも貰うことでなんとか宥めた。

 鯨のひげとは、鯨が口を開くと生えているわさわさとしているあれだ。

 ひげというか牙じゃないかって硬さだったが。

 

 そんなわけで無駄遣いしても心が痛まないくらいには金銭に余裕が出来たのだが、教会が俄かに忙しくなってきた。

 話を聞くと、どうやら遠くの地でアンデッドが増えているらしい。

 今のところは国境線近くや隣国の問題だが、数が日に日に増えているようだ。

 ハイヴクラスタどころかレイドクラスタを形成したら神父様が呼び出されるかもしれない。

 もしものため、教会の天井を換装する前準備などで日中は俺も教会に詰める必要があり、ギルドには行けるが依頼を受けて外に出るのは難しくなりそうだ。

 サーモンランの影響で森に居る魔物の様相が変わっているらしく、俺が外に出られないと伝えるとほっとされた。

 

 残念だけど自身でブラックウーズを採取することは断念し、ギルドを通して素材を買うことにした。

 これを研究してなんやかんやいい感じの物にならないかと思ったわけだ。

 本当は画材やら絵具が欲しいのだが、それらを揃えられる程ではない。

 普段の写本に使うような紙やインクは比較的安価なのだけど、絵を描くにはちょっと合ってない。

 ちょっとどころか全く合ってない。

 なんなら切り絵のほうが楽にできてしまう。

 ……今度やってみようかな。

 

「今日はブラックウーズを使ってなんかいい感じのインクを作ってみよう」

 

「はぁい」

 

 興味深そうにブラックウーズの素材を触っているアンバー。

 つい最近サーモンランで一緒に漁をしたアメリアさんが夕食を食べていったのだが、ブラックウーズの素材について話を聞くことができた。

 核を潰すと水分を失ってみるみる小さくなり、最後に残るのが鉱石に似た素材らしい。

 インクを扱っている商人が大量に仕入れるので、原料として使っているのは間違いないだろうとも教えてくれた。

 

「それでどうする? 割っちゃう?」

 

「うーん、何にもわからん。割っちゃおうかなあ」

 

 インクを買いに行くと、液体のまま売られている。

 壺とセットでも売られているが、後で壺を返せば上乗せされた分を返してもらえる。

 インク壺を持っていっても割安になるので、最初に壺ごと買い、次からは中身のインクだけを買う形が多いだろうか。

 教会やギルド等の大口顧客には商人側が補充に来てくれるので助かっている。

 墨みたいなのを水で薄める形式でも無いので、正しいレシピとかがあるのだろうか。

 

「ちょっと削ってみるか」

 

「あたしやろうか?」

 

「いや俺がやるよ」

 

 「なんでー」と不満を漏らすが、アンバーは不器用だからな。

 槍以外の武器として持ち歩いているナイフを取り出し、表面を削ってみる。

 しょりしょりとした音を立てながら削れて粉になっていく。

 素材表面に出っ張る形であった凸面を削り切ってしまったので、少し回して削ってみる。

 今度はぱきりと薄く割れてしまった。

 なんだろうなあこれ。

 素材を包んでいた紙には黒い粉が溜まっている。

 真っ黒で僅かに艶があり、触れても粗めの砂のようであまり手に付かない。

 

「ツバキの髪みたい、ね?」

 

「俺の髪はブラックウーズだった……?」

 

「髪に塗ったらあたしもツバキみたいになれる?」

 

 黒い粉の間近まで顔を近づけたアンバーが呟いた。

 喋ると吐息で飛んでしまいそうだ。

 

「なれないよ。それでも塗りたいなら塗ってもいいけど。その代わり俺もアンバーみたいな髪にする」

 

「……塗らないからツバキはそのままでいてね」

 

 俺の言葉を真に受けたのか、粉からすぐに離れて俺の顔を覗き込んだ。

 この美しい髪が汚れるのはどうしても止めたかった。

 アンバーなら何色でも綺麗だとは思うけれど、わざわざ汚すのはやめてほしい。

 

「水と混ぜてみようか」

 

 そう言ってから井戸に向かう。

 外にいるアンバーというのはかなり珍しい。

 市場で買ってきた陶器の器に、紙で包んでおいた粉を入れる。

 

「あたしがやります。神童だったので」

 

「任せます。神童だったアンバーに」

 

 はい、と挙手したかつての神童アンバー。

 任せた、と器と木のヘラを渡せば小さくはにかんで器の中身を混ぜ始める。

 二人でにこにこして見つめ合う。

 べしゃべしゃとアンバーがちょっと零していた。

 器見ないで混ぜたらそりゃそうなるよ。

 

「うーん」

 

 水が掛かったアンバーの手を見る。

 汚れなど何一つ無いように白い。

 手にした器の中身は黒い砂が沈殿しているようだった。

 道具を置いて、井戸水を汲む。

 

「ごめんね?」

 

「怒ってないよ。粉が水と混ざってないなって。ほら、手を洗わないと」

 

 汲み上げた水でアンバーの手を洗えば、ちょっとくすぐったそうに身をよじっている。

 水に濡れ、月光で煌めくと本当に月のようだ。

 あまりにも綺麗な肌なので、汚れが残っていたら目立つだろう。

 月明かりの下でじろじろと腕を見るのはちょっとあれかもしれないが、アンバーは何も言わずに好きにさせてくれているので遠慮なく調べる。

 

「ふふふ、ツバキ真剣すぎ」

 

「これでもまだ足りないくらいだって。大丈夫、綺麗だよ」

 

 墨の代わりとして使われている素材なのだから、気を付けたほうがいいに決まっている。

 取り残した素材が偶然刺青の代わりになる特性があったりしたら困るだろう。

 

「ツバキはあたしの手が好き?」

 

「手も好き」

 

「手も?」

 

 残っていた反対の手も差し出されたので、わざとらしいくらいに恭しく手をつなぐ。

 ひんやりとした小さくて柔らかい女の子の手を楽しむ。

 アンバーの手を握っていたら全人類が安心して冒険できるのではないだろうか。

 緊張とは無縁の世界だ。

 

「アンバー」

 

「な、なに」

 

 俺は真剣な顔を繕う。

 アンバーも何かを察した様で、真剣に見返してきた。

 その瞳もいつだって綺麗だった。

 ところで何を察したのだろうか。俺にも教えて欲しい。

 

「胸も好きだよ」

 

「……ツバキってばか」

 

「アンバーは世間知らずだから知らないんだな」

 

「あたしはツバキがばかって知ってるもん」

 

「俺だけじゃないんだよなあ」

 

「ツバキだけだもん」

 

「男はみんな大きい胸が好きなんだよ」

 

「ツバキも?」

 

「そりゃあ大好き」

 

 ふふふ、とアンバーが穏やかに笑う。

 俺も真剣だった表情を崩し、つられて笑う。

 

「……ツバキってばか、ね?」

 

 お月見しよう、と手を引かれる。

 俺もしたかったところだ、道具の片づけは後回しでいいだろう。

 屈託なく笑うアンバーを見ればきっと誰だって……。

 

 

 

 

 

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