ツバキくんは絵が得意   作:にえる

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 ブラックウーズを使ってのインク作りははっきりいって進んでいないが、焦る必要はない。

 自身の知識と能力を踏まえて、作れたらいいな、くらいに思っている。

 上手くインクが出来たとしても、絵に使えるか確かめる術がない。

 今のところ絵を描くための筆も紙も無いからだ。

 インクが出来たら筆と紙、いや、どれも試してみて何かしらうまくいったら使って他はいつか買ってもいいのかもしれない。

 

 この世界の筆は、堅い素材を細く研磨して鋭利にした物を束ねている。

 筆先に留めた少量のインクが、微細な引っかき傷に似た筆跡に流れ込んで薄く固まる。

 紙に染み込ませたり、絵具を乗せるのとはまた違った癖がある。

 キングサーモンの髭は文具としては優れた物になるだろうと神父様が喜んでいた。

 絵画等に使える毛を束ねた筆にはできないのが惜しい。

 羽根ペンや万年筆のように加工できないかとも思ったが、そもそも出来たとしてもインクが染み込むことに適した紙はやはり高価だった。

 

 紙は魔物の皮が主な原料となっていて、とても丈夫な代わりに表面が硬質で撥水性が高い。

 原料の皮をよく乾燥させ、伸ばして研磨する手順で加工される。

 より薄く、そして皺無く伸ばせるほど腕のいい職人とされ、品質が高くなり価格も上がる。

 写本では、この紙の表面を削るように文字を刻み書く。

 教会内に保存する写本で使用される紙は低めの品質が使われているが、売りに出される物はほどほどの品質の紙が多い。

 似顔絵に使った紙は薄くよく研磨した後、更に表面に白い塗料が塗られていた。

 あれは鉱石の粉末を溶かした物であるらしく、それだけ値段も高くなる。

 そこまでの品質は求めていないので、幾らか収まるだろうがそれでも高価にはなる。

 

 研磨前の皮を買って自分で試行錯誤して研磨するのもありかもしれない。

 そもそも何で研磨しているのか知らないけど。

 こうなると道具を集めていくだけでお金が無くなっていきそうだ。

 理想を追い求めるとなるとある程度は許容しなければならないのかもしれない。

 今更だけど神父の真似事をしながらお金のために駆け回るのは、あんまりよろしく無いのではないだろうか。

 俺は正気に戻った。

 でもやっぱり絵が描きたい。

 俺は欲望に身を委ねた。

 

「そういうわけなので神父様、絵筆を買ってください」

 

「ツバキくんが司祭になったら他の教会からお祝いを頂けるので買いましょう」

 

「それはちょっと……」

 

「ツバキくんが栄えある司教になったらお祝いで本聖堂にある素晴らしい一品を貰ってきましょう」

 

「それもちょっと……」

 

「じゃあ駄目です」

 

 そんなあ、とひんひん泣く。

 俺が我が儘を言える相手は神父様くらいしかいないのに悲しい。

 本聖堂にある画材はやばい。

 偉人として列聖した肖像画を描くための由緒正しき道具だ。

 

「買うか手作りすればよろしい」

 

「一応手作りのためにブラックウーズの素材でちょっと試してみました」

 

「ああ、アンバーエイトが上機嫌でしたね。遊べて楽しかったと」

 

「それならよかったです。俺も楽しいですから」

 

 確かに興味の無いアンバーからしたら遊びみたいなものだろうか。

 遊びでもいいから偶然都合のいいインクが出来上がったりしてほしいよ。

 本人も楽しかったみたいなので飽きるまで一緒に試行錯誤してもらおう。

 一人でやるよりも、二人のほうが楽しいし、それも美少女が相手してくれるならもっと楽しいに決まっている。

 うきうきです。

 

「その調子であの子たちと遊んであげてください。素直な気持ちで接してあげることが一番大事です」

 

「異存はありませんが、べたべたして気持ち悪いとか言われたら泣きます」

 

「そうなったら独り立ちですよ」

 

「つらくて二人に話しかけられなくなります」

 

「そうしたら他の女の子に優しくすればよろしい。ツバキくんなら出来る!」

 

 なんか最低なことを力強く言われたが、流石に俺だってショックを受けて引きずるから難しいと思う。

 軽口だって余裕が無ければ言えないのだ。

 神父様から二人は過去に色々あったので優しくしてあげて欲しいと言われ、そのまま反応がいい触れあいを続けてたら今の感じになってしまった。

 かつては拒絶されたらやめようと思ったが、今はどこまでいけるのか楽しくなってる自分がいる。

 俺はこのままで大丈夫なのかい。

 でも女の子なら全部好きだから止まれない。

 好みは年上で胸の大きな女性だけど。

 

「それで、天井は使えそうですか。俺はあんまりよくわかってないんですけど」

 

「司祭になれば意外と頻繁に使うことになるのでわかりますよ。……これなら十分でしょうね」

 

 本堂に梯子をかけて屋根まで昇り、間近で巨大な天窓の調子を確かめている神父様に問う。

 ここには無いが、陽光を溜めていない状態と見比べると輝きが違うとのことだ。

 

「やっぱり使うんですか」

 

「使うでしょうね。先触れの騎士位の方が来ましたから」

 

 早朝と呼べる時間、大層な鎧をガチャガチャと鳴らしながら騎士位の人が尋ねに来た。

 礼儀正しい人だったし、すぐに神父様が対応したのでどうということもなかったが。

 騎士位の人はめちゃくちゃ強いらしい。

 もはや規格統一されたあの鎧を着てれば強いって感じすら抱かせる。

 用件はアンデッドへの対策。

 

「自然消滅とかしませんかね。なんかドラゴンも出てるらしいじゃないですか、あっち。化け物は化け物同士でぶつかって欲しい」

 

「墓地などでハイヴを形成してくれたら良かったのですが、どうやら死霊の軍勢(コープスパーティ)を形成して進んでいるようなので。近いうちにレイドクラスタに変異するでしょう」

 

「放っておくのはまずいですかね」

 

「それはもう。近場まで来たら冒険者はこぞって参戦させられますので前線行きかもしれませんよ」

 

「そうなったら勇者の背に隠れます。俺の知る中で最も強い。マジで強い。アンデッドもたぶん余裕」

 

 冗談交じりで言われたが、ぞっとする話だ。

 アンデッドは死体から生まれるが、負の魔力からも現れる。

 流れが滞った魔力溜まりには環境が変化してダンジョンが生じ、これが魔物の群れにも当てはまる。

 アンデッドの場合は草木や空気を腐らせるのが基本だ。

 ハイヴはその場で留まってダンジョンとなり、深層に核が生じてこれを壊すまで存在し続ける。

 資源も産出するので危険性が無ければ意外と放置されるが、アンデッドによるものは放置できないだろう。

 勇者は一人で壊したらしいが普通は兵士や冒険者、聖職者などを投入して破壊する。

 レイドはより大型になり、環境も劇的に変化させ、場合によっては移動までする。

 深海の果て、地の底、空の極限、世界樹の森等が最高位のレイドクラスタではないかと言われているらしい。

 吸血鬼の城とかもダンジョンらしいが、白夜中に移動が確認されるらしい。極夜だったかも。

 

「私も勇者くんとちょっと話しましたよ。彼は面白かった。……まさかサーモンランで名前を上書きして緩和するとは」

 

「面白いですよね。しかも優しいし。無敵か。無敵だった」

 

「ちょっと優しいかはわかりませんが、確かに面白いことを言っていました。街の外に出てる途中、パンを無理矢理食べさせてくる女の子と出会ったらしいですよ」

 

「えぇ……。パン食わせ妖怪が来ちゃったんですか……」

 

「来るでしょうね。彼女は司祭なので街を巡って教会に声を掛けているはずです」

 

 焼いたパンを配るために街中を駆け巡る少女を思い出す。

 あれで扱いとしては聖女らしい。

 年中馬車で街を周ってパンを配っているとは聞くが、今回の死霊の軍勢(コープスパーティ)では伝令も兼ねているようだ。

 

「ツバキくんも挨拶しに行ってもいいですよ。一緒にパンを配ったらいい」

 

「いや、わざわざ俺が手伝うことでもないかなって。それならファティの勉強みるか、アンバーの相手します」

 

「私はそういう割り切ったところを好ましく感じますし、この教会を預かる身としても素晴らしいと喝采したい。それはそれとして外の教会の子にも優しくしてあげたほうがいいとは思います」

 

 優しくはしてますよ、と返事しながら梯子を下りる。

 でもぼっちのアンバーやちょっと友達がいるファティと比べ、パン聖女は人気者だからなあ。

 優先順位は低く見積もるのも仕方ない。

 

「アンジナちゃんが来ましたよ!!! おまえら、パンを食べろ!!! 貧しくても豊かでも、ひもじくてもお腹いっぱいでも私のためにパンを食べなさあい!!! ファティエル!!! あなたも私の糧になるのです!!!」

 

 神父様と話していた話題の中心がどうやら教会内に攻め込んで来たらしい。

 短い銀髪をしたエプロンドレスの少女が、両手にパンを掲げて叫んでいた。

 俺たちの作業を下から眺めていたファティ目掛けて跳びかかると、その口にパンを詰め込み始めた。

 やめなよ、と俺が止めに入れば、少女は満面の笑みで籠から両手にパンを装填した。

 

「ツバキ様!!! さあこのパンを食べなさい!!! 貴方の聖女アンジーナインちゃんのパンですよ!!!! さあ!!! さあ!!!!」

 

 圧が凄い。

 彼女の名前はアンジーナイン、力ある名前を得た聖女。

 その胸はとても貧しかった。

 たぶん、いやきっとファティより貧しい。

 でもファティよりむちむちしている。

 たぶんパンのせいだ。

 とりあえずパンを受け取り、片方を神父様に渡す。

 

「神父様、なんでアンジーってこんなパン狂いなんですかね。初めて会ったときはもっと清楚でしたよ」

 

「ツバキくんの提案でしょう。彼女はパンを配る少女アンジナの名前を得てますからね。そう思われることで力ある名前を捻じ曲げていますよ」

 

 俺の言葉に神父様が答えてくれる。

 なるほどなあ。

 深いなあ。

 

「うわあ、あたしアンジーナインきらーい」

 

 俺の手からアンバーがパンを取り上げ、嫌そうに食べていた。

 その胸はとても豊かだった。

 ファティとアンジーを足しても足りない。

 掛け算したら勝てるがその勝利に意味は無いのだろう。

 

「私だってアンバーエイトは嫌いですよ!!! こらっ!!! ツバキ様のパンを食べるな!!!」

 

 

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