ツバキくんは絵が得意   作:にえる

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 神父様が死霊の軍勢(コープスパーティ)対策に代表として出立して十数日が過ぎた。

 俺とアンバーが代理として運営をしているのだが、どうにも慣れそうにない。

 お祈りに来てくれる人も減ってしまった気がする。

 経験や人望が足りないので仕方ないことだが、少し気落ちしてしまう。

 教会の皆が率先して手伝ってくれているのに不甲斐ない。

 子供たちはちょっと距離あったけど。

 夜間だけだったアンバーの活動時間がじわじわと増えている。

 寝ているアンバーを前にした人たちは、相談事をするよりも真摯に祈ってばかりなのだけど。

 

 俺の気持ちも、教会がどのような状況でも、人が亡くなるのは代わらない。

 ここ数日で亡くなる人が少し増えているように感じたが、神父様がいないために掛かる精神負担のせいかもしれない。

 今日もまた埋葬するための新たな墓が必要となったので、教会をアンバーに任せて俺は外に出ることになった。

 諸々の準備や手続きをやらないといけない。

 

 現場に向かえば、若くして亡くなった遺体が待っていた。

 体調を崩したまま快復せずに亡くなってしまったとのことで、薬師が用意した死亡届に似た診断書を受け取る。

 親族も知人もそれほど多くないとのことで、お別れは済ませているそうだ。

 遺体は棺に入れて運ぶこともあるが、基本的には死後硬直した体を固い布で包み、家族や親族が墓まで連れて行く。

 お月様に最期を見せるための文化的な意味もある。

 死後硬直にも残された者たちが運びやすいように死者が気を遣っているといった話や、月光への導きを前にして姿勢を正すためといった話もある。

 

 集まった男性で穴を掘り、女性は遺体に巻いていた布を緩める。

 これが本当の最期となる。

 手伝いがあった場合、埋葬前にもう一度お別れができるようにしている。

 埋めてしまえばアンデッドにならない限り、二度とこの顔を見ることは無い。

 

「これより杭を打ち立てます」

 

 十分な時間を待ってから掛けた俺の言葉に、年配の男性が「……お願いします」と呟いた。

 彼は故人の父親だと聞いていた。

 集まってくれた親戚の人たちも、口数少ないまま遺体を見守っていた。

 この場に神父様が居たら俺は何と言っていただろうか。

 甘えたように出来ないとでも呟いたかもしれないし、強がって何も言わなかったかもしれない。

 教会に常備されている杭を、遺体の胸に打つ。

 笑顔は浮かばない、言葉はない、ただ冷静だった、静かだった、それこそ月のように。

 母親は気丈に振る舞いながら俺にも気を遣ってくれていたが限界だったのだろう、すすり泣き始めた。

 その涙に感化されるように父親も肩を震わせた。

 俺の両親が同じ立場だったらどんな反応をしたのだろうか。

 ある日突然いなくなったのだから、多分同じように泣いているかもしれない。

 俺の両親はどんな顔だったか……。

 

「……教会に所属する聖女の奇跡による聖水を用いて清め、布で包みます」

 

 向けられた複数の視線に気づき、次の行動に移る。

 「おお……」という声が口々に漏れる。

 教会へと知らせに来た人に運ばせた水瓶の水を使い、遺体の顔を綺麗にする。

 次に服の隙間から露出している部分の肌を拭く。

 土気色だった肌がほんの僅かだけ人らしさを取り戻したようだった。

 顔と杭を避けるよう再び布を巻き、残っていた聖水で湿らせる。

 手伝って貰いながら穴の底に眠らせ、土を被せる。

 土から飛び出した木の杭だけが遺体の場所を知らせてくれる。

 

「月がその魂を穏やかに眠らせてくれるよう、皆で祈りましょう。……月光の導きを」

 

 涙をこらえている人もいれば、止まらなくなってしまった人もいる。

 それでも参列者たちが口々に「……月光の導きを」と呟く。

 月光へのお願いであり、別れの言葉でもあるからだ。

 重い足取りで帰る背を見送る。

 どうしても葬儀を終えたばかりの墓地は物悲しい。

 墓地を掃除しているときも寂しくなるが、これほど空虚に感じることはない。

 神父様との約束でこういうものを描くことは無いが、この空気を前にしたら描こうとは思わない。

 せっかくこの世界にいるのだから。

 美しいもの、素晴らしいものを描きたいと強く思っている。

 

 

 

 

 

「あら、神父ちゃん。お疲れかしら」

 

 空になった水瓶を抱えて歩いていると、酒場の前を掃除していたマッスルアルティメイトさんに声を掛けられた。

 自分ではわからなかったが、いや、ちょっとわかっていたが、少し疲れているらしい。

 誤魔化すように愛想笑いを浮かべれば、「そんなんじゃだめよー」と優しく注意された。

 年上で胸も厚い、これで女性だったら俺は惚れていただろう。

 

「サーモンランの勇者ちゃんも忙しいみたいだし」

 

「勇者も忙しいんですか?」

 

「本人がそう言ってたから。あの子に関しては私も詳しくはわからないけど。最近は頻りに街を出入りしているものだから衛兵にしょっぴかれかけてたわ」

 

 今も街の中と外を走り回っているようだ。

 サーモンランの勇者ほどの男なら仕方ない、とみんな許容している様子だとマッスルアルティメイトさんが教えてくれた。

 みんな心が広い。

 

「そろそろ司祭も帰って来るから安心なさいな」

 

「本当?」

 

「ホントよ」

 

「助かった」

 

 つい安堵の声を漏らす。

 このままだと教会を優先しすぎて敬虔な神父になってしまうところだった。

 マッスルアルティメイトさんは優し気に笑った。

 

「数日もすれば会えるわよ。でもちょっと気を付けたほうがいいこともあるのよね。今回のレイドで活躍した冒険者がこの街に来るみたいなのよ」

 

 穏やかだった表情が一変し、目線が鋭くなる。

 声も心なしか低くなり、はち切れそうな筋肉をともなって、見えない圧を発しているようだ。

 

「……オルトリヴロレからも来るわ」

 

「ああ、勇者もそこから来ましたね」

 

「そう、サーモンランの勇者ちゃんもあっちから来たわ。言っておくけどあの子みたいなのは少ないわよ。神父ちゃんは特に気を付けなさいな。あっちの国は他人にパンやワインを配るもの好きは生きていられないの。月光にすら祈れない」

 

「……絵を描くもの好きは?」

 

 にっこりと笑ったマッスルアルティメイトさんはそのまま酒場へと戻っていった。

 そんな意味深に引かれると怖いんだけど。

 追いかけて詳しく聞きたかったが、俺も教会に帰らないといけない。

 引きこもり気質のアンバーが心配になってきた。

 アンバーが相談に乗ったらどんな感じに答えるのだろうか。

 行商人が商売の相談に来ても「あたし馬車きらい」って言いそう。

 

 

 

 

 

 

 

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