早朝に神父様が帰還した。
代官の方等に挨拶していたら教会に顔を出せたのが昼くらいになっていたが、それでも十分早いと思う。
「神父ひゃまああああ!」とテンション高く飛び出したいところだが、俺はまだ代理を任されているので我慢した。
俺がいつもの助祭位相当だったら我慢できなかった。
子供たちに囲まれた神父様を眺めていると、同道していた軌道派の人から手紙を受け取った。
差出人はアンジーだった。
汚染地区が国境線近くであり、前線の緊張緩和を目的としてパンを振る舞うので逗留を余儀なくされた旨が書かれていた。
面倒なことに隣国にも汚染が広がっていて、消毒を受けられないため鎮静化に至れないようだった。
神父様についても書かれていて、現場に着くと状況を確認し、各教会の代表に挨拶すると現場の人手が過剰だからとすぐに帰ってしまったとのことだ。
教会が心配で帰ってきてくれたに違いない。
度々司祭になれると言ってもらえるが、責任ある立場と言うのが俺にはまだ早いのだろう。
手紙の最後には「また一緒にパン屋をやりましょうね」と締めくくられていた。
俺も「パン焼くの頑張ってね」と締める手紙を返信しておこう。
次から次へと神父様に挨拶に来る人が現れるので、俺が話す暇もない。
頼れる範囲に神父様が居るだけでも肩の荷が下りた気持ちだ。
教会に籠っているだけだったので身体的には結構余裕なのだが、精神的に疲れているのを自覚している。
四六時中アンバーが付き添ってくれていたのでこれでも疲労は軽減されているはずなのだが。
日中は俺を手伝うために起きていてくれたアンバーも気が抜けたのか、いつも通り眠っていた。
ファティもこっくりこっくりと船を漕いでいた。
俺も眠いが、神父様の漫談は満員御礼状態なのでこちらに相談に来る人もいる。
相談といっても俺が答えを出すことは無い。
言葉にすることで悩みや目的を明確にするためだけに聞くことが多い。
そりゃあ食べ物の味とか、染め物の出来とかなら俺も話すけど。
本人が言葉にした事物に対して「お月様が見ていますよ」と真剣に伝える。
間違っていると思っているのなら踏みとどまるし、正しいと思っているのなら月光に祈る。
無言になる人もいて、俺は何もしないが。
隠し事 VS 嘘 VSダークライの戦争が起きるかもしれない。
結局は俺も神父様に倣って「お月様が見ていますよ」と笑顔で伝えて相談は終わりだ。
「子供たち、そろそろお勉強に戻らないと俺の隣で勉強させます。今から
神父様の出待ちファンが引いたと思ったら、再び子供たちが攻め込んで来たので注意する。
今回はアンバーを抱えている。
蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。
身を清めてきます、と神父様も同じように出て行ったが、そう間を置かずに戻ってきた。
さっきまでは無かった紙袋を携えて。
「ツバキくん、お疲れさまでした。今をもって代理の任を解除します」
「神父様こそ大変だったのでしょう。遠路でのお役目で怪我も病気もなくて帰ってきていただけたので安心しましたよ。俺も大変だったかと聞かれたらめっちゃ大変でしたけど」
「問題は生じなかったと聞いていますよ。司祭となるのもそう遠くないのでしょう。これを機に教会を任せて楽したくなりました」
「勘弁してください。もうクタクタですよ」
俺が疲れたように答えると「ほほほ」と神父様が笑った。
代理として動くのは初めてではないが、一番長かったのも確かだ。
問題は起きなかったが、それだって教会の人たちが俺に気を遣っていたからに過ぎない。
今だって疲れで判断が鈍っているし、司祭となるとこの積み重ねばかりだと思うととんでもないことになりそうだ。
「その様子ですと頑張ってくれたみたいですからね。人員が過剰だったので本聖堂に話をしに行ったついでと言ったら悪いですが。……お土産を貰ってきました」
「こ、これは……!」
手渡された紙袋の中には、油性の色鉛筆とスケッチブックが入っていた。
感動で手が震える。
ホント?
夢じゃないよね?
「持ち主に言うのも妙な話ですが、どうしても描きたいと思った物だけを描くようにしてください。……これはとても貴重な物ですからね」
「し、神父ひゃまああああ!」
あまりにも嬉しすぎて叫ぶ俺。
起きるアンバーとファティ。
笑顔の神父様。
他に人が居なくて良かった。
「教会! 教会を描きます! 普段の教会が好きなので!」とテンションが上がった流れでアンバーとファティを収めて絵を描こうとするが、アンバーに拒まれた。
ファティは描いたことがあるから、アンバーをどうしても描きたい。
アンバーを追い詰め、壁ドンして逃げられないよう囲み、顔を近づけながら「描かせて? ね?」と迫る。
俺は、俺が好きな物を描きたくてしょうがない。
憧れを前にしたら止まれないよな!?
ファティを一万倍薄めたような鋭さの眠たげな眼をしたアンバーに説教された。
凄いよ俺、アンバーに説教させるなんて。
アンバーを一億倍鋭くした目でファティにも説教された。
凄くないよ俺、ファティは頻繁にぷんすかしてるからな。
憧れを前にしても止まれたわ。
「なんか気まずくなっちゃってギルドに来ました」
「ツバキもそういうところあんのな!」
「そりゃあ、ありますよ」
昨日はしゃぎすぎたせいで二人に迷惑をかけ、今日もちょっと距離を取られているので昼には教会を出てギルドにやってきた。
そこで見つけた勇者に事情を話せば愉快そうに笑われた。
笑ってくれるなら話としてまだ浮かばれるってものだ。
でも欲しくてたまらなかった物を手に入れたんだからテンション上がっても仕方ないと思う。
まだ俺は浮かれているよ。
「つまり、オレを描きたい! そういうことだろ!?」
「うーん……」
「つまり、サーモンランの勇者を描きたい! そういうことだろ!?」
「うーん……。違います」
「違うのかよ!」
えー、と露骨に残念がる勇者を見ると描いてもいい気持ちも芽生える。
が、俺は普段の教会を描かないで断念している。
妥協はできない。
サーモンランの勇者は素晴らしくカッコよかったが、思い出になってしまう。
俺の美化を勇者に押し付けたくない。
まだ理由はある。
「なんか、こう……。こう、なんかが足りないんですよ。こういう、こう」
「な、なんだよ」
「あるじゃないですか。うおおおお、みたいな」
「や、やめろ! オレに変な精神攻撃もどきをするな!」
言葉に出来ない気持ちを、手をぐにゃぐにゃさせながら勇者に伝える。
流石の勇者も言葉なき精神汚染には勝てないようだ。
伝わりそうで伝わらない、でもやっぱりちょっと伝わる何か。
嫌そうな勇者を見てつい笑えば、勇者も同じように笑う。
「こう、熱みたいなのがあるじゃないですか。うおおおおおって。その勢いで描きたい」
「ふーん?」
なんとか言葉にするが、勇者にはあまり伝わらなかった。
俺もうまく説明できないが、なんかこう、と言うよりはマシだろうか。
「勇者もサーモンランの勇者になったら、うおおおおおってなりましたよね」
「おう! なったぞ!」
「でも今はうおおおおおってしてないじゃないですか」
「確かに! でも、今もうおおおおってなるけどな!」
「そういうわけで、一番うおおおおってなる所を描きたいんですよ」
「……オレが勇者になる時ってことか?」
「っ! それです!」
勇者に関して言えば、最高潮に達したその瞬間を収めたい。
既に最高傑作みたいな似顔絵が描けているせいかもしれない。
未熟な俺のこだわりというやつだろうか。
「難しいな! いま描いてくれ!」
「ダメです!」
「つれーよ」
「言えたじゃないですか」
勇者の言う通り今描いても構わないのかもしれない。
時間をかけて、色鉛筆を使い、綺麗な紙で今の勇者を描いても傑作にはなる。
何も無駄なことじゃない。
だが、だからこそ今じゃない。
「……わかった! オレが『うおおおおお!』を探すぜ! そして『うおおおおお!』ってなったらツバキに頼むわ!」
「良いんですか……?」
「当たり前だろ! オレはもっと勇者になるからな! 見てろよ!」
「うおおおおお!」と勇者は吠えると枝を掲げた。
キリっとしている。
「どう?」と聞かれた。
判断は早い。
「うーん、全然ダメ。勇者じゃなくなります」
「ダメだっ! それはダメ! ……でも『うおおおおお!』ってなんだろうな?」
「うーん」
「……今日はわからないから別のことやるかぁ」
「街の中にも外にも妙な所があるから見回りするぜ!」と言って勇者はギルドから出て行った。
妙っていうのが何なのか俺にはわからないが、勇者が言っているのだから本当に妙なんだろう。
勇者は勘が良い……らしい。
俺にはわからない。
でもまあ困ったら相談に来るだろうから任せておく。
俺も行こうかと提案したら「まだそん時じゃねんだわ!」って断られた。
そもそもの話、その時とやらは来るのだろうか。
「ツバキさん、お時間よろしいでしょうか」
勇者を見送るとすぐに話しかけてきたのはミアーラさんだった。
普段はギルドで受付をしているのでこちらの様子を窺っていたのかもしれない。
ちょっと声が大きかっただろうか。
「すみません。ちょっと騒いでしまいましたか」
「他の方はもっと大きな声を出しますから」
問題ないですよ、と微笑みを浮かべるミアーラさんは魅力的だったが、その後の話は全く魅力的じゃなかった。
「……ギルドから依頼がありまして。オルトリヴロレから来た冒険者たちの似顔絵を描いてほしいのです」
なんか嫌な依頼だったな、と思い返す。
勇者を描くのも断ってしまったから流れでやめようかと思ったが、何となく描いてしまった。
こちらが話しかけてもあまりいい反応は返ってこなかった。
仲間同士で話しているのを漏れ聞いた限りでは、セトリオードを拠点に活動するつもりらしい。
勇者と違って全員名前はあるようだったが、街で活動するにあたって名を少しでも売るために似顔絵を描くことにしたみたいだ。
ギルドが似顔絵を回収するのにな。
とはいえ上級のパーティらしく、筆代も気にならないのだろう。
もしかして筆代が気にならない財力を蓄えられるパーティとしての評判が欲しかったのだろうか。
今日はどうにもうまくいかない日だと考えながら歩く。
嫌な依頼のことを考えても答えは出ない。
パーティ全員を描いていたら遅くなってしまった。
これファティにまた怒られないだろうか。
むしろ怒られたほうがいい気がする。
無視されたらとても悲しいよ。
「……絵を描くだけで金を取るのはおかしくないか? おかしいよな」
通りには男が立っていて、苛立ちを抑えきれないとばかりに鋭い目を俺に向けていた。
見覚えがある。
さっきまで顔を合わせて似顔絵を描いていたんだから見覚えがあるのは当然だった。
「どうかしま……え?」
「金は?」
「は?」
「金は?」
俺は冒険者というものを甘く見ていた。
距離があったはずなのに、一瞬で迫られていた。
握られた左の手首に込められた力が強すぎて、みしみしと音を立てているように感じた。
その痛みで目じりから涙が零れた。
「……持って、ない」
「あーあ」
つまらなそうにそう言った。
ぼきんと何かが折れる音がして、経験したことのない痛みが腕を襲っていた。
汗が噴き出る。
「あああああああ!」
痛みで叫べば、男がはじめて楽しそうに笑った。