「俺もやるからさ。ほら、片手は問題ない」
「ダメです」
「でもほら、元気だよ」
「ダメです」
「でも……」
「えっと、わかりました」
「じゃあ……」
「私も腕を折ります」
「なんで?」
吊った片腕は確かに使えないが、残りは元気だから。
そういうアピールを繰り返したのがいけなかったのか。
あまりにも手持ち無沙汰なので手伝いを申し出れば、ファティにとんでもないことを言われた。
「私の腕が折れているのを見てツバキさんはきっと色々心配すると思います」
「確かに。ファティの綺麗な腕が折れたら心臓が止まるかもしれない」
「えっと、そういうことです」
「ファティの腕は綺麗ってこと?」
「……私も腕を折ります」
「冗談! 冗談だから! よく考えたらファティと手を繋ぐので精一杯だった! これなら俺は何も出来ないね!」
その淡い水色の瞳は本気だと俺に伝えていた。
どこかにぶつけるつもりだったファティの手を取り、小さな手を包むように握る。
やばかった。
腕を折られた時より焦ったかもしれない。
「もう……」
「まあまあ。確かにファティが止めるのもわかる。写本の道具より綺麗で触り心地もいいからこっちのほうが好きだな」
黙々と写本の作業を行うファティ。
暇なので、その柔らかで白すぎる小さな手を繰り返しにぎにぎと優しく握る。
時折弱弱しい力で握り返されるのが心地いい。
やっぱり手は握手するためにあるんだよな。
「私も、その、ツバキさんの手が好きですよ?」
「あまりにも可愛すぎる。独り占めするのは勿体ないから腕が治ったら街中にファティの可愛さを見せつけないといけないなあ」
「……じゃあ私もツバキさんを見せつけます」
えへへー、と二人で顔を合わせて笑い合う。
とても癒される。
癒されるが、実は隣国から来た冒険者に折られた腕が痛い。
添え木と固い布でぐるぐると巻かれて固定してあるし、ポーションも飲んでいるので数日で治るらしい。
ちなみにこの添え木は遺体を貫く杭の余分で出来ているし、固い布も遺体を包む時に使っている物だ。
固定したけど、それでも痛い物は痛い。
じわじわと骨がくっついているのが腕の中から感じられて気持ち悪いし、患部が熱くて痛い。
助祭位相当を持ってて、教会には子供たちが居て、ファティが四六時中くっついてて、夜間は魔力と水晶使いまくりのアンバーがいるので耐えられている。
俺がただの冒険者なら耐えられなかったかもしれないが、そもそも冒険者としての力があれば腕は折られない気がする。
「来た」
早く腕が治ってくれないかなと考えていると、傍で眠っていたアンバーが呟いた。
普段は眠たげながらも柔らかな目をしているが、今は寝起きもあって細くしか開いていないため物凄く不機嫌に見えた。
ファティも直前まで穏やかに笑っていたのに、表情が失せて能面のようになっていた。
こ、こわい。
「すまん。受け取ってくれ」
疲れた顔をした冒険者の人が小さく呟きながら、俺の前にお金を置いた。
依頼料のつもりかわからないが随分と多い。
医療費も兼ねてるのかな。
それでも多い気がする。
隣国からパーティを率いて拠点を移した人だ。
依頼を受けて俺が彼らの似顔絵を描いたが、パーティ内の人に腕を折られたのでちょっと怖かった。
今では憔悴していく様子に心配すらしてしまう。
「いえ、多すぎますから。適正の依頼料を……」
「弟がやったことだ、兄として……弟はずっと前に死んだのに何を俺がやるんだ? 俺なんかが何をやれるんだ? 弟は死んだんだぞ。俺だけ生きてるのか? 弟は死んだのか? 俺はなんだ? 『声』が聞こえねえんだ。迷った時に聞こえる『声』が聞こえねえんだよ」
冒険者の人がぶつぶつと呟いていた。
視線は中空を漂っていて、天窓を避けるようだった。
これはたぶん精神を病んでしまったんじゃないかな。
幻聴まで聞こえていることだし。
俺の腕を折った人への対応とか、医療費とかで苦労したのかも。
このまま冒険者として活動したら死んでしまいそうだ。
必要なのは休息だと思う。
「まず貴方が聞こえている声ですが、教会では聞こえません。お祈りすれば外でも聞こえなくなります」
「そうだ。『声』が、『声』が聞こえねえんだ……」
「そうです。聞こえません。貴方は答えにたどり着いている。教会はお祈りする場所です。お祈りは自分一人でするものなのです。聞こえなくて当然です」
精神を病んでる人の言葉は否定しないほうがいいかもしれないが、お祈りする場所だからなあ。
休むなら教会が一番だと思うので、お祈りのために滞在するのもいい。
ファティとアンバーも可愛いし、神父様も相談に乗ってくれる。
ご飯も出るし、本もあるし、井戸もすぐ傍にある。
子どもに混ざれるなら勉強もできる。
改めて考えるとめっちゃいい場所なのでは。
「俺はどうしたらいいんだ……」
「まず神父様とお話しましょう。あちらに居られます」
俺が手で指し示せば、本を読んでいた神父様がこちらに気付いたようで手を振ってくれた。
「次にお祈りします」
「……何を? ……何を祈ればいい?」
「それがわかるまで教会にいるといいですよ。教会の仕事を手伝ってくれるならご飯を食べられますし、泊まれますよ。ほら、神父様が待っています。貴方が今すべきことは神父様を待たせることなのですか?」
俺がにっこりと告げれば、冒険者の人は「あ、ああ」とだけ呟いた。
お金を返そうとすると、それだけは力強く拒否されてしまった。
俺に使ってほしいと言い残して神父様のほうへと歩いて行った。
「やっぱりツバキは冒険者やんないほうがいいと思うの。大変だもん。あんな感じになっちゃうよ。神父様のほうが似合ってる、ね?」
「確かに」
冒険者の人を見ていたアンバーが言った。
言葉から俺の冒険者活動に対する不満を感じられる。
同意すればアンバーは笑みまで浮かべてみせた。
ファティはどちらでも良さそうだが、外でソロ活動するとなると猛烈に反対してくる。
「俺は心が疲れるほど一生懸命やれそうにないからね。さっきの人も偉い。勇者も偉い。みんな偉いし凄いよ。そういう凄い所を見習うためにも冒険者を頑張らないとな」
笑みを浮かべていたアンバーは「なんでー」と頬を膨らませて不機嫌をアピールし始めた。
膨らんだ頬を突いて空気を出せば、ファティを一千万倍薄めた鋭い目で睨まれた。
そのまま頬から耳、側頭部、頭頂、とゆっくり手を滑らせながら撫でる。
不機嫌はどこへやら、アンバーはくすぐったそうに笑った。
「お金、どうしようか。……教会の備品でも揃える?」
「えっと、その、ツバキさんに使ってほしいって言ってましたから……」
「それじゃあ貰っちゃおうかな」
寄付金を着服する悪い聖職者の気持ちになるが、正直なところお金が貰えるのは有難い。
腕が折れたせいで定期的にポーションを買わないといけないし、最初に使った教会の物も補充したのでお金が飛ぶように消えていく。
依頼を受けたのに逆に赤字で悲しいが、冒険者は自己責任によって修羅が支配する世界と化してるからなあ、あんまり知らんけど。
この世界、実は魔法で怪我などの外傷をパっと治療できない。
魔法による治療もあるのだけど、一般人にはとても高価なので薬師が調剤したポーションに頼り切りになる。
治癒魔法に頼る場合は個々人の身体構造にはムラがあるので、詳細に調べて患部に魔法をかけるのだと聞いた。
ポーションは薬効毎の薬を飲んだり塗ったりして終わる。
ポーションは医療保険無しの診察や投薬、治癒魔法は保険無しの高度医療による手術というイメージだ。
冒険者もポーションを飲むが、俺より遥かに早く回復するらしい。
俺は冒険者じゃなかった……?
「とりあえず神父様みたいな服を仕立てて貰おうかなあ。質素な服はダメだってわかったから」
「ツバキ司祭になるの!? 新しい教会作る!? そしたらあたし助祭やるよ!」
「私も、ギルド職員やります!」
はいはい! と片手を挙げて二人がアピールする。
俺が司祭とかになったらアンバーに助祭を頼みたくなるけど、この教会の助祭がいなくなっちゃうじゃん。
アンバーは可愛いから引っこ抜くとお祈りに来る人たちに恨まれそう。
それにファティがギルド職員になったら可愛すぎて教会との仲もずぶずぶになりそう。
魔性の女ファティの誕生かあ。
「いや、一人前じゃないから司祭にはならないよ。ただ、質素な布の服だと教会関係者だとわからない冒険者とかが絡んで来るから。俺もそういう他人の目とか気にするのを怠っていたのが悪かったのもある」
「えー」と二人が口を揃えて不満を表した。
そもそもファティはまだギルド職員になってないじゃん。
自分の生活もそうだが、他人にも生活がある。
ちゃんと領分を守らないといけないし、それをわかりやすくするほうがいい。
つまり自己防衛。
自分の力なんて当てにしちゃだめ。
民家の壁を破壊しながら駆け付けて登場した勇者に助けられたから、やっぱり他人との協調が大事なんだよね。
感想も増えてきてとてもありがたいです。
ただ、リアルが忙しくなっつきたので執筆時間確保のために感想返しを減らします。