ツバキくんは絵が得意   作:にえる

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「新しい服を手に入れましたー! かっこよくない?」

 

 イエイイエーイ、と教会内で新衣装のお披露目をしてみる。

 少し伸縮性のある黒いスラックスもどき、黒いシャツもどき、カソックに似た黒いコートを着ているだけなんだけど。

 コートは立襟で銀色のボタンが三つ、裾は足首まで隠れるくらい長くて走るとひらひらする。

 得られた反応は三者三様だった。

 アンバーはそれほど興味は無さそうで、ファティはぱちぱちと拍手してくれて、神父様はにこにこしている。

 出資者の隣国から来た冒険者の人は子供に囲まれていた。

 

「ふつー。いつもとあんまり変わんないじゃん」

 

「まあ、それはそうなんだけど。外に行くときはこれを着るってだけだから」

 

 眠たそうに机に身を預けたアンバーが辛口でコメントをくれた。

 教会内にいるときはコートを上に着ていないだけなので、アンバーにとってはあまり目新しくないのだろう。

 相談を聞いたり、勉強を教えるのに布の服だと流石にちょっと威厳がなさすぎるので神父様のお下がりを着ていた。

 コートも貰っているが、あれは葬儀とか埋葬用に上に羽織っている。

 死臭とかで臭いらしいし……。

 

「あたしは白がいいと思うな。白にしない?」

 

「白は着ないなあ」

 

 アンバーが白を推してくるがそれに応えることは出来そうにない。

 赤や白は月の色なので、俺にはちょっと気軽に着る勇気が無いからだ。

 かつて滅んだ宗教国家の指導者が教皇となって白い衣装を、教皇を支える枢機卿は赤を着ていたらしい。

 国を運営するには政治闘争とか後ろ暗い働きも必要になってなんやかんやあって滅んだけど。

 今では大きな問題が起きた時に教皇位として臨時の教会指導者が選ばれる程度で、高い位階は空席状態だ。

 とはいえアンバーやアンジー、ファティは結構白系を着ていることがある。

 普段は絵に描いたような黒い修道服を着ているが、神父様が街の外に出る時等は白を基調とした修道服を着ていた。

 アンジーに至っては白がメインだ。

 俺は世間知らずだし、思っているより教会では白がメジャーなのかもしれない。

 

「私はとてもいいと思います。えっと、布の服だと悪い人に絡まれやすそうでした」

 

「嘘でしょ……」

 

 まさか腕を折られたのは布の服のせいだった……?

 今日から布の服は追放する。

 やっぱり嘘、掃除とかで着るからね。

 

「ツバキくん、キミも歩み始めたようですね。この長く続く司祭への道を、ね……」

 

「ないです」

 

 神父様はうんうんと頷きながら勝手に納得して去って行った。

 聖奠(せいてん)が手に入らないと司祭にはなれないし、欲しいと思う気持ちが全くないからなあ。

 手に入れたら本格的に司祭を目指してもいいけど、そんなことにはならなそうだ。

 だって奇跡は怖いからな。

 あんまり覚えてないけど日本で生きていた記憶と価値観が奇跡を拒む。

 この怖さを上回るほどの欲があったら手に入るのだろうけど、そうなるとお月様に見られたら死んでしまいそうだ。

 

「今日はファティと一緒にギルドに行くから」

 

 勉強会があるというので俺も付いて行くことにした。

 腕が折れてからギルドから離れていたので、久しぶりに顔を出したかった。

 

「えー? あたしとの時間すくなすぎない?」

 

「むしろ多すぎな気がするよ、俺は」

 

 なんでー、という不満の声を聞き流す。

 実際のところ、早朝の墓地掃除、午後にギルド以外は一緒にいるから十分なくらいだ。

 葬儀があればアンバーを残して外に出るけど、その代わりにギルドに行かなかったりするからな。

 本人は寝てるからわからなかったりするかもしれないが。

 

「ファティエルばっかりズルい。ズルくない?」

 

「そうか、ファティは狡かったのか……。あまりにも可愛いから気付かなかった……」

 

「ず、ずるくないです! 絶対アンバーエイトのほうがずるい!」

 

「そうか、アンバーは狡かったのか……。あまりにも可愛いから気付かなかった……」

 

「待って。ファティエルのほうがズルいよ。ギルドで一緒にいるし。あたしのほうがホントのこと言ってるよ。ツバキならわかるでしょ、ね?」

 

「わ、私は講習があるから一緒に行くだけだもん! ……ツバキさんならわかりますよね?」

 

 なるほどなあ、と呟く。

 二人の主張と事実関係を踏まえるとどちらが本当のことを言っているかわかってくる。

 そもそも何が狡いのかよくわからないが、そこは重要じゃないんだ。

 

「厳正な審議の結果、アンバーの負けかな」

 

「なんでー。あたしのほうが胸おっきいよ?」

 

「胸の大きさで物事を決めたらマッスルオーダーさんに勝てるわけ無いんだが?」

 

「誰?」

 

「マッスルアルティメイトさんにも勝てるわけ無いんだが?」

 

「ホントに誰? あたしよりかわいいの? ツバキ取られちゃう?」

 

「あの、筋肉が凄くてアンバーエイトより胸周りが厚い男性だからね……」

 

「ホントに可愛くても名前がちょっとなあ」

 

 しょんぼりするアンバーに、ファティが説明し、俺もマッスル系の名前への不満を呟く。

 しかし、筋肉が人体となったかのようなマッスルボディは言葉を尽くしても伝わらないだろう。

 俺も冒険者だからあの筋肉には憧れ……ステーキをひと口で食べて骨もサクサクしてそうな筋肉はちょっと遠慮したいな。

 

「負けたアンバーは俺にわしゃわしゃされます」

 

「ツバキさん! 私も、私もやりたいです!」

 

 前からやりたかったので、月に似た銀色の長く美しい髪をわしゃわしゃと無造作にかき混ぜる。

 指の間を髪が滑らかに流れていくのが少しくすぐったい。

 ファティもやりたかったらしく、俺の真似をして髪をいじくる。

 やられっぱなしになっていたアンバーは楽しそうに「きゃー」と小さな悲鳴を挙げた。

 途中からアンバーとファティに襲われて俺もわしゃわしゃされ、お返しにアンバーと一緒にファティをわしゃわしゃした。

 そのまま軽く遊んでいると、アンバーが眠たそうに船を漕ぎ始めた。

 ギルドにも行く予定があるので終わりにする。

 ファティがアンバーの髪を整えている間に裏庭の井戸まで行き、少量の水を被って乱れた髪を戻そうとする。

 布で軽く水を切り、髪をかき上げて戻る。

 

「ツバキさん、えっと、まだ髪が濡れてますけど……」

 

「そのうち乾くからへーきへーき」

 

 壁際に寝せようかとアンバーを運ぼうとしたが、腕に負荷が掛かるということでそのまま長椅子にごろ寝させることになった。

 毛布を掛ければ大丈夫かな。

 アンバーのことは神父様も見てくれるのでそちらに任せて教会を出る。

 ファティと手を繋いで通りを歩き、顔が合えば軽く挨拶されるので「こんにちはー。腕は治りましたよー」と手を振りながら返していく。

 ちょっと大きめに声を張れば噂話とかで周知されるだろう。

 

「いいですか、ツバキさん。知らない人に付いて行ったら危ないですからね? ホントに注意してくださいね? ギルドも別に安全じゃないですからね?」

 

「付いてこられたから回避できなかっただけだから」

 

「一人にならないようにってことです。私ならもちろん大丈夫ですし、お知り合いの冒険者さんに頼んでもいいと思います」

 

「……そうだね。今日は一緒に帰ろうか」

 

 ギルドに着いたというのに一向に講習が行われる部屋に向かおうとしないファティに注意を受ける。

 うんうんと頷くが、そういえばこの注意っていつもと変わらなくないか。

 俺が腕を折られることを予言していた……?

 冗談は置いといて、ファティに一緒に帰る約束をしてぐいぐいと背中を押して階段に向かわせる。

 まだ注意が足りない様子だったが、俺の腕に負担が掛かることを考えてくれたのか、ファティはすぐに階段を上っていった。

 俺もギルドの受付に挨拶しようかと思ったが、ちょっと踏ん切りがつかない。

 腕が治りましたー、とかだと嫌味っぽくないだろうか。

 

「なあ、似顔絵くれよ。オルトリヴロレから来たやつらに混ざって余分なのがあったんだろ?」

 

「何度来てもダメな物はダメですって」

 

 どうしようかとカウンターを見て回っていると、勇者がダル絡みしているのを見つけた。

 ミアーラさんも勇者の粘りにすっかり困っているようだった。

 依頼の話とかだったら流石に入れないが、ダル絡みや世間話なら俺が入っても大丈夫だろう。

 ただし勇者に限る。

 

「こんにちはー。お久しぶりです」

 

「おっ、ツバキじゃん! やっと治ったのか!? おまえほんと脆いのな! やべーから気をつけろよ! 死ぬぞ!」

 

 醸し出されていた真面目な空気が霧散した勇者が、けらけらと笑いながら隣に座れよと言ってくれた。

 有難く隣に座れば、ミアーラさんがホッと一息ついた。

 

「ツバキさん、お久しぶりです。怪我されたと聞いておりましたが……」

 

「もう治ったので大丈夫ですよ」

 

「それなら良かったです。骨を折られたと聞いてギルドで騒ぎに……折られたんでしたっけ。あれ? 転んだと聞いて。でも……私が紹介した……?」

 

 最初は普通に挨拶してくれたのだが、痛ましげな表情になったと思ったら段々だと表情が消え、虚ろな目で呟き始めた。

 視線は中空を漂っていて、まるで外を避けている。

 これ大丈夫?

 ギルドが激務すぎるんじゃないの?

 ぱん、と勇者が両手を叩いて音を鳴らした。

 

「待ちな! もう治ってるから腕の話はどうでもいいんだよ! ツバキが脆すぎるから日課になってもオレはおかしくないと思うぜ!」

 

「流石にそれはおかしいと思ってほしいですね」

 

 ミアーラさんもまだぼんやりしているようだが、視線と意識はこっちに向いたようだ。

 

「オレは似顔絵が欲しいんだけどよ! ツバキも頼んでくれねえかな!」

 

「勇者が来た時のやつですか? 難しそう」

 

「それじゃなくて! いや、それはめちゃくちゃ欲しいけど。腕を折られた日に描いたやつあんじゃん? その中に余分なやつがあるんだよ、絶対に」

 

「そうなんですか?」

 

 あるのかな。

 わからないけど、勇者がそう言うならあるのかもしれない。

 パーティ脱退とか追放が起きたとか。

 依頼料が払えなくてやっぱり破棄……いや、十分なお金も貰ったからそんなこと無いだろうし。

 

「……そうですね。パーティメンバーではない似顔絵が混ざっていたのは確かです」

 

 視線が定まらないミアーラさんが肯定する。

 知らないうちに俺は依頼とは関係ない人を描いていたらしい。

 こ、こわい……。

 

「オレはそれが欲しいんだけど」

 

「規約で渡せないことになってます……」

 

「じゃあツバキに渡せばいいじゃん。そしたらオレが貰うからよ」

 

 「いいよな?」と勇者に問われる。

 俺が持っててもしょうがないし、プライバシーとか個人情報保護とかもあんまりない世界だからな。

 もしかすると隣国で何か関係があった相手だから必死になっているのかも。

 

「渡せません……」

 

「ダメなんですか? 規約かなあ」

 

「それとも筆代がいるか? 金ならあるけどよ」

 

 今後の活動にも繋がってきそうなので理由を聞こうとすると、ミアーラさんはやはり視線を宙に巡らせるだけだった。

 休んでいた俺が言うのも変というか、休んだおかげで回復したからむしろ正しいのか。

 どっちにしろ休んだほうがいいのではないかと思えてきたな。

 

「ミアーラさん?」

 

「はい、ツバキさん。聞こえてます。『声』がダメだっていうんですよ。『声』が。……『声』が聞こえない?」

 

「また『声』かよ」

 

 勇者がめんどくさそうに頭を掻いた。

 

「勇者はわかります?」

 

「そんなもん幻聴だから聞こえないって言ってやりゃあいいんだよ。相手に届けばそれでいい。ツバキは神父だから通りやすいんじゃねーかな」

 

 そういうものなのかな。

 驚かせたらダメだろうと優しく何度か声をかけるが、こちらに視線を向けてくれない。

 教会で休まなくて大丈夫か心配だけど、とりあえず身を乗り出してミアーラさんの両手を握る。

 

「ミアーラさん、声は聞こえません」

 

「ですが『声』は……」

 

「俺には聞こえませんよ。ミアーラさんには聞こえるんですか?」

 

「いえ、聞こえません……」

 

 俺が笑顔で目を合わせれば、ミアーラさんは落ち着いたようだった。

 そこからすぐに似顔絵をくれたが、今日は体調が優れないのでこれからお休みを貰うらしい。

 

「ミアーラさんは心配してくれたんですね、ありがとうございます。俺が転んで折った腕はもう治りましたよ。だから何も心配しないでゆっくり休んでください」

 

 教会に来てもいいですからね、と告げれば弱弱しく微笑んでくれた。

 その後は受け取った似顔絵は勇者に横流しする。

 腕を折って来る危険人物として通りに配るかちょっと悩んだけど。

 

「記憶を捻じ曲げるスキルを持ってるみたいなんだよな、こいつ」

 

「えっ、スキルってそんな頓珍漢なことも出来るんですか」

 

「そんな驚くか? 奇跡とかあるだろ」

 

「あ、確かに」

 

 奇跡はぶっ壊れスキルみたいなものだよな。

 他にもなぜ土葬文化なのかといえば死者の蘇生があるためだ。

 おとぎ話に半分足を突っ込んでいるとはいえ、奇跡によって蘇生が叶うかもしれないという一縷の望みに賭けていた側面が文化として今の今まで残っていたりする。

 教会の奇跡には無い。

 俺が知る限り月が望んでいるものは、人が人のままでいることだけだ。

 

「腕を折られたことが無かったことになってたりするからな」

 

「なるほど、ちょうど良かったです。これ以上心配されなくて済みますね」

 

 神父は心配される者ではないのです、と告げる。

 勇者は納得いっていないようだが。

 

「そういえば俺の腕を折った人はあの後どうなったんですか? 記憶を消してとんずら?」

 

「なんだとんずらって……。外に逃げようとしたから捕まえていっぱい折ったぜ」

 

「イッパイオッタゼ」

 

 なんだそのイッパイアッテナみたいなノリは。それなのに全くファンシーじゃない。

 腕を折っただけで何かがいっぱい折られるの?

 

「そんで色々あって月がピカってなって消えたな。あれはオレも耐えらんねーよ」

 

「えっ、消えたの?」

 

 腕を折っただけで消されるの?

 怖くない?

 

「直撃して無さそうだったからな。あれは逃げたな。……やっぱり怪しいよな」

 

「何がです?」

 

 酒場へと続く扉を開けた勇者は、しゃがみこんで床を叩き始めた。

 ギルドの裏にある酒場へと繋がっている、少しだけ長い廊下。

 

「違ったらツバキも謝ってくれ!」

 

 俺が何かを言う前に、勇者の体が僅かにブレた。

 破砕音とともに衝撃が俺の体を通り抜ける。

 床の木の板を突き破り、地面すらも砕くと、底からブラックウーズが溢れ出た。

 

「謝らなくて済みそうだ! 良かったな!」

 

 勇者が笑顔で言うが、俺の思考は別のところにあった。

 ブラックウーズはどのくらいいるのか。

 もしも街の浸食が地下全体に及んでいれば、月によって街が消される可能性が出てくる。

 いにしえの宗教国家を滅ぼした奇跡。

 俺はそれが怖い。

 

 

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