ツバキくんは絵が得意   作:にえる

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「冒険者ギルドが一番ブラックウーズに浸食されていたみたいです。通りや教会は影響なし。場所によっては宿の下にも入り込んでいたようですね。他にも……」

 

 大まかな調査結果として、ブラックウーズは人の集まりやすい場所に浸食していたことを伝えた。

 俺の言葉に、森の中で行動を共にしている三人が小さく頷いた。

 気づかないまま街で放置していたらそのうちブラックウーズ同士が互いに引き寄せ合ってくっつき、肥大化していったのは想像するのに難しくない。

 ギルドの倉庫のみならず他にもブラックウーズが潜り込んでいたことで、色々と考える必要があるだろう。

 自然発生なのか、人為的な物なのか。

 

「ブラックウーズが街中に入り込もうとするのは珍しい話ではないですからね。魔力や水に惹かれますから。魔力に関して言えば街中だと人に吸われて濃度が薄まるので怪しいですが。それよりも私としては教会騎士の連中が率先して出てくることに驚きましたね。森を燃やす前に馬鹿なエルフたちが殺されるのでは?」

 

「じゃあアメリアおばば死んじゃうじゃん」

 

「馬鹿なエルフって言いましたけど?」

 

「馬鹿なエルフのおばあちゃんじゃん」

 

 前を歩いていたアメリアさんと冒険者さんが軽口の応酬後、火花をまき散らしながら喧嘩を始めた。

 襲い掛かる火の粉をリズムよく拳で散らしていた冒険者さんだったが、拳圧で消し切れなかった火花がその赤い前髪を燃やし始めていた。

 「ぎゃあああ!」と低めの声とともに転がっていくが、その先には炎の壁が広がっていた。

 冒険者さんはごろごろと転がってそれらを巧みに避け、そして沼に落ちた。

 助けなくていいのだろうかと隣を歩くローレットさんに視線を向ければ、何故か一輪の花をくれた。

 その後は音もなく姿を消してしまった。

 たぶんこういう感じのパーティだと信じて深く考えるのはやめた。

 

「教会が活発に動くのは珍しいですよね」

 

 これからエルフの様子を見に行くのだが、すでに一仕事を終えたような顔でアメリアさんが言った。

 

「えっと……神父様がブラックウーズの駆除に協力すると宣言したからでしょうね。潜んでいる魔物を探知しやすいスキルを持っている騎士位の方もいますから」

 

 ギルドでの話し合いを終えるとすぐに神父様が他の派閥にも手紙を出していたことを思い出す。

 本来はサーモンランの流路上にある人里離れた場所や、深い森をダンジョン化させるのが定番らしく、街中をいきなりブラックウーズで染めるのは賢い手ではないとも教えてくれた。

 

「……そういえば騎士の種類によってスキルが増えたりしますか?」

 

「よくご存知ですね。向き不向きはありますけど要望によって騎士位とかが授与されて、それに付随してたりしますね。アンデッドに特効を持つ聖騎士とか。ただ、職業とか称号を知ってるからって勝手に名乗ると危ないですよ。聖人の名前を名乗ったら人格を失いかけた、なんて小話もありますからね」

 

 アメリアさんが勝手に名乗るとは思わないが、注意しておく。

 名前、職業、肩書、称号、二つ名。

 人や物を指す言葉というのは色々な種類がある。

 言葉と意味によって大きく在り方なども変わってしまうこともある。

 かつての聖人の生まれ変わりだと信じて名乗り続け、元の人格が消えそうになった記録もある。……ボカされてたから消えたのかも。

 俺が知っている限りでも人名は影響が大きいので健康に良くなさそうだった。

 言葉の意味や読み方の影響が残りやすいのだろうか。

 勝手に名乗ると自分が信じ込んだ意味の影響も受けやすいとかあるかもしれない。

 

「エルフも似たことをしてますので名乗りについては理解してますよ」

 

「そうなんですか? あ、寿命が長いからそこら辺の知識も深いのかな」

 

「寿命の長さから語り継ぐことは無くも無いのですが研究とかしてるわけでもないですし……。んー、なんて言えばいいのか」

 

 困った様子のアメリアさんが、背嚢から丸い何かを取り出した。

 植樹などの活動するエルフが付けている木を彫って作った仮面らしい。

 目の部分だけ穴が空けられている簡素な物で、個性等は全く感じられない。

 これに布の服や外套を纏うのだという。

 

「これを着けてエルフを名乗ります。その時、個々人の名前は無いものとします」

 

「……怪しい儀式なのでは?」

 

「……私から言えるのは、エルフはまともじゃないってことくらいですね」

 

 街に生きる人々からすれば急に森を拡大することで猟場や採取場の環境を破壊する種族でしかない。

 植樹活動してる個人としての素性がバレないようにエルフをしている、というのがアメリアさんの話だ。

 

「あとエルフが教会から色々と盗んだ時にめちゃくちゃにブチ切れさせたって記録がありまして。多分それのせいもあるんじゃないかと」

 

「アメおばもやっぱりエルフなんだね。その話を聞いてたら教会のある街で暮らそうってならないよ。おばばになると面の皮が厚くなるの?」

 

「誰がおばばですか。エルフの中でも私はまだまだ若いんですけど。それにダークエルフなので問題ないですからね。悪いのはエルフ。ツバキさんもそう言っています」

 

 言ったかな……。言ったかも……。

 ずぶ濡れになった冒険者さんが炎の壁で雑に乾燥されているのを見ていると、冒険者について色々と考えさせられる。

 エルフを見たいからと浮ついた気持ちで調査パーティに混ざったのはちょっと判断を間違えたかもしれない。

 

「ギルドマスターに頼んで用意してもらった仮面と外套を纏ってエルフに混ざります。あとローレットには外から観察するよう頼んでますので。……場合によってはツバキさんは面倒な連中に絡まれるかもしれませんが」

 

 アメリアさんから仮面と布の外套を受け取る。

 面倒事と言いながら眉間に皺を寄せていた。

 

「助祭様は私が守る!」

 

「おバカなルーシリアだとエルフを刺激するのでやめたほうがいいと思いますね」

 

「私を名前で呼ぶんじゃない!」

 

「なんだこいつ……」

 

 アメリアさんと冒険者さんが楽しそうにはしゃいでいるのを眺めながら仮面と外套を着ける。

 これがこの世界のエルフ。

 ……なんか思ってたのと全然違うな。

 アメリアさんは背もあってエルフっぽい体型だけど、これ着けたら全く関係ないし。

 なんとなく振り向けば、少し離れた場所の木の上で俺と同じようにエルフの仮面と外套を着けてこちらに手を振るローレットさんが見えた。

 

「馬鹿が木の養分にさせられそうですが、まあいいでしょう。今回の目的はエルフがどのくらい森を広げているのか確認することと、森を燃やすことです。愚かなエルフどもはブラックウーズによって土壌が豊かになると考えている節があるので、街から除去したことを煽れたら最高ですね」

 

「……そんな目的でしたっけ」

 

「助祭様、アメリアはおバカになってるのであまり信じてはだめです」

 

 「本来の目的は観察、退去勧告です」と冒険者さんが言う。

 俺の知っている通りで安心した。

 他にも違いは無いだろうかと冒険者さんとすり合わせを行う。

 事のあらましだが、ギルドでブラックウーズによる影響を話し合ってる時にアメリアさんが飛び込んで来たのが発端だった。

 アメリアさんに植樹会場への案内として手紙が届いたのでわかったらしい。

 ご丁寧にもその手紙には集合場所や時間、持ち物などが記されていた。

 アメリアさんは植樹エルフとしてのカバーストーリーを持っていて、その宛名に届くようになっていると教えてくれた。

 そういうわけで、色々と忙しいギルドは大まかな方向性だけ示して依頼を出し、俺が興味を示すと誘ってくれたというわけだ。

 アメリアさんの案内で、今は時間に余裕を持ちながら集合場所に向かっている。

 勇者も来ようとしたのだがエルフを皆殺しにしそうという理由でアメリアさんに断られていたため、ブラックウーズを元気に潰しているだろう。

 つまり……なんなんだろう、この状況。

 

「飛び込みますよ、祭り会場に」

 

 仮面越しでも上機嫌だとわかるアメリアさんが指し示す方向に朽ちた大木があった。

 よく見ると切れ目があり、その中が揺らいでいるようだった。

 アメリアさんが躊躇いなく手を入れると、吸い込まれるように消えていった。

 

「これはたぶんダンジョンですね」

 

「えぇ……」

 

 恐る恐る俺も手を入れると、視界が一瞬だけ暗転し、目の前には開けた土地が広がっていた。

 樹上や地面に木製の小屋が乱立していて、俺と同じような仮面を着けたエルフたちがぞろぞろと集まってきていた。

 

「ダンジョン化もそうだけど、出入り口もたくさんあるみたい。全部制御してるのかな。エルフやばいなあ」

 

 冒険者さんが呟いた。

 確かにそうだ。

 こんな人数のエルフが街の外に集まっていたらすぐに報告されているだろうが、そんな話は見聞きしていなかった。

 青色の髪をしたアメリアさんが少し離れた位置で待っていたので合流する。

 

「ここがエルフの植樹会場です。こうやって魔力の流れでダンジョンもどきを作って安全に世界樹を育てます。十分に育った世界樹はダンジョンもどきや外の魔力を取り込んで本格的なダンジョンを形成します。外からは突然森や世界樹が現れたように見えるでしょうね。……今回は三つの部族が集まってます。互いの威信を懸けた品評会となるかもしれません」

 

 アメリアさんは真剣に話してくれていたが、俺にはそれどころではなかった。

 周りにエルフが集まってきていたからだ。

 俺の周囲が人口密集地と化していた。

 これがエルフのダンジョンの特徴なの……?

 

「退きな! 雑魚エルフども!」

 

 雄々しくも高い女性の声が響いた。

 声に呼応するように密集していたエルフたちが引いていくと、俺より身長が高そうなエルフが迫って来ていた。

 周りのエルフは視線を奪われたように、そのエルフから顔を動かせないでいるようだった。

 俺は助けを求めてきょろきょろと周りを見ていた。

 何故か冒険者さんがアメリアさんに抑え込まれていた。

 

「お前、男のエルフだろ? 私の物になれ」

 

 声の主であるエルフが、目の前まで来てそう言った。

 突然そう言われても、どう反応すればいいのか困ってしまう。

 

「ちょっと何言ってるのかわからないですね」

 

 そう俺が言うと、何が面白いのかそのエルフは大笑いした。

 俺は教会に帰りたくなってきた。

 

「強気なのは嫌いじゃないが、私の顔を見てもその態度を崩さないでいられるか知りたくなった。……私の名前を知ってもお前は変わらないでいられるかな?」

 

 そのエルフが他のエルフと同じ簡素な仮面を取れば、周囲のエルフがざわめきだした。

 そこには、絵に描いたようなエルフがいた。

 ザ・エルフって感じ。

 白い肌で怜悧でゴブリンとかオークに弱そう。

 俺、生のエルフって初めて見たよ。

 いや、アメリアさんがいたわ。

 でもあの人ってダークエルフだからな。

 やっぱり生のエルフは初めてで合ってるか。

 

「ふっ、何か言ってみろ。この美しい私に、な。それとも言葉が出ないか?」

 

「エルフなのに耳は長くないんですね」

 

「……? うん? もう一回言ってくれるか?」

 

「耳は長くないんですね」

 

 エルフが首を傾げた。

 俺も首を傾げた。

 

「……なるほどな。私を前にして凄まじい精神力だ。面白い。何処まで耐えられるか見ものじゃないか。私の名前はビューティー。美しい名前のビューティーだ。この世界で最も美しいのがこの私。あらゆる全てを置き去りにして世界一の美しさは最早罪。そうでしょう?」

 

「はあ……」

 

「何か言いたいことがあるんじゃないか?」

 

「いや、別に……」

 

「素直になれ。抗うな。心が壊れるぞ。世界一美しい私に言え」

 

「じゃあ聞いてもいいですか」

 

「許そう」

 

「名前が美しいんですか? 容姿が美しいんですか?」

 

「そうじゃない!」

 

「えぇ……」

 

 何故か怒られてしまった。

 容姿は確かに綺麗だと思うけど、名前がちょっとださいというか。

 これどっちがどうなんだろう。

 名前の影響で自分が美しいと思っているのか、容姿にも効果があるのか。

 俺の価値基準だとアンバーが一番だからなあ。

 美しい名前と名乗ってるから意味も理解してるだろう。

 それでアンバーのほうが美しいってなると名前ってあんまり意味ないのかって思っちゃうよな。

 そういうことを意識してしまってうまく返せない。

 貴女は美しいという意味の名前を持っていますが、それだけですねって言うのか? 人の心とか無いやつの言葉なのでは。

 

「あるだろう! 私を褒め称える言葉が!」

 

「……元気ですね?」

 

「ちーがーうーだーろー!」

 

「っ! 声がとてもおおきい!」

 

「違う! 違う違う違う! 美しいと言え!」

 

「いや、それはちょっと……」

 

「なんでだよおおおおお! 簡単だろうがああああ! 傅いてよおおおお! せっかくのまともな男なんだよおおお!」

 

 ビューティーとかいう名前のエルフが地団駄を踏み始めた。

 ホントに踏むんだなあって気持ちになってしまった。

 周囲のエルフが「美しいですよ!」「頑張って!」とか声をかけているが、頑張ってどうにかなる問題ではないと思う。

 離れた位置にいるアメリアさんはゲラゲラと笑っているが助けてくれてもいいんじゃないか。

 教会に帰りたい。

 

「世界一って言ったじゃないですか」

 

「そうだ! 私は世界一なんだ! 世界一美しいのがこの私! そうでしょう!?」

 

「世界一ならアンバーだから、その、ごめんね?」

 

「謝るなあああああ! そいつ誰なのよおおおおおおお!」

 

「世界一美しくて可憐なアンバーをご存知ない!?」

 

「誰だよおおおお! 世界一は私だろうがあああああああ!」

 

「アンバーです」

 

「誰なのおおおおお! 私は……そ、そんな名前じゃないんだよおおおお!」

 

「それはそう」

 

 反応が面白くなってきたのでアンバーを推しまくると「ふざけるなああああ!」と叫びながら地面に転がり始めた。

 このまま沼に落ちたらさっきの冒険者さんと一緒だなと思ったが、残念ながら沼は無さそうだった。

 

「まあまあ、順番なんて意識するからダメなんですよ。大事なのは心」

 

「そんな言葉が聞きたいんじゃないんだよおおおおおおお! こっちはあああああ!」

 

「そうなると世界一はアンバーですね。あなたは世界二……でもないですね。三、四、五……十……うーん」

 

 ちらっとこっちを見てるビューティーというエルフに指折り数えて見せる。

 

「両手じゃ足りないので近くのエルフさんの手を借りてもいいですか?」

 

「どう゛じでな゛ん゛だよ゛お゛お゛ぉ゛お!!! ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!!」

 

 地面に転がって手足をジタバタしながら叫び出した。

 世界一じゃないのに世界一を名乗るから俺も同意できなかったというか。

 アンバーを超えてから出直してきてほしい。

 

「エルフやばいなあ」

 

 泣きわめくエルフを見ながら俺は呟いた。

 

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