眠る君に花かんむりを   作:K-Knot

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Paradise Lost

 

 ちくしょうども

 おれを見下すな

 

 狼よ、足が速いからなんだというのだ

 鳥よ、飛べるからなんだというのだ

 神に愛されてそんなに嬉しいか

 

 いつかきさまらの子孫を家畜にしてやる

 今に見てろ

 

 おれは世界を食らう者

 おれは全てを識る者

 

 神の愛などいらぬ

 施しは受けぬ

 

 おれの力で全てを丸呑みにしてやるのだ

 

 

 

 

Fallen Snowflake

 

 

 

 

 楽園で暮らしていた頃の記憶が『 』の魂の中で反響する。

 恐らくは楽園でただ一匹、その性が悪として生まれた生き物。

 ただ生きているだけで怒りと嫉妬が湧き上がり、分け合えば無限に湧き出てくる楽園の水も食料も何もかもを独り占めにしたかった。

 神はなぜおれを愛さないのか――――神が己の姿に似せて人の祖を創り出している様を、世界樹の枝の上から見てそう思った。

 

 おれの翼はどこだ。空を飛ぶことすらも許さぬのか。

 おれの爪はどこだ。獲物を引き裂く爪が欲しかった。

 おれの脚はどこだ。大地を踏みしめて駆け抜けたいのに。

 

 大きな体は、暖かな毛皮はどこだ。

 なぜおれには何もないのだ。

 

 

 

 

 

 

Fallen Snowflake

 

 

 

 

 

 カンッ、と小気味の良い音が響く。村で飼っている牛の蹄を削る音だ。

 伸びきった蹄を手入れされている牛はとても気持ちが良さそうだ。その澄み切った瞳には雲ひとつ映っておらず、何も考えていない平和な顔をしている。

 『 』が呪った通りに楽園にいた彼らの子孫は『 』の家畜になった。時には肉を食らい、時には皮を剥ぎ、時には実験に使う。

 最初はそんな哀れな彼らの姿を嘲笑ったものだが今は何も感じない。餌をやり毛皮の手入れをし畑仕事を手伝ってもらう。

 そこには悪感情も何もない。

 

「ほら、動くな。もう少しだから」

 

「ブモー」

 蹄についた汚れを落とすのがくすぐったいのか、身をよじる牛の身体をやや強く押えてブラシをかける。

 考えてみればこの地に家畜牛がいるということそのものが渡来人が既にこの島国にいるという証拠でもあった。

 

「まったく、自分の身体のことも自分で出来んとは」

 少々風邪気味なのか、牛の両方の鼻の穴から垂れていた鼻水を拭き取るとぴこぴこと小気味よく耳を動かしてくれた。

 

 今になって思えば、神は『 』が願いの林檎を狙っていたことも知っていた。

 全知全能なのだからそんなことですらもお見通しだった。

 あれは恐ろしい果実だと知っているからこそ、ケルビムに守らせていたのだ。

 だからこそ、言っても聞かない愚か者にはそれ以上何も言わなかったのだ。

 それを口にした先で罰を受けることになるから。

 

 永遠の命があれば全てを手に入れられると思っていた。

 だが、永い時の中で何もかもが手のひらから滑り落ちて朽ちていく。

 全てを手に入れられる力ではなく、永遠に失い続ける罰なのだ。

 

「私はお前の祖先に踏み殺されそうになったことがあるんだ……」

 

「ンモー」

 

「ふっ。行け……」

 牛の尻を軽く叩くと、あくびが出そうな速度で丘を下っていった。

 この村にいる牛も犬も首輪を繋いでいる訳でもないのに、自ら望んで家畜となっている。

 神が人間を全ての動物の支配者として創ったから、なんて小難しいことは誰も考えずに共存している。

 

(この季節が終わるころには……)

 ヤマトとウズメの間に子供が生まれる。隣村の魚を大量に持ってきたヤマトがウズメに子供が出来たことを報告しに来たのが半年前のこと。

 隣村にヤマトが移ってから割と1、2カ月に一度は訪ねてきて、そのたびに土産を持ってくるので村としての返礼品を持たせるうちに隣村との交流が出来た。

 それまでは村同士でほとんど関わり合いを持ってこなかったがとても良いことだと思う。

 

(こうしていくうちに国になるのかな。いや、それはないか)

 卑弥呼の誕生ですらもまだまだ700年も先だ。

 汚れた手を川の水で洗い、ぼんやりと空を眺めているとふと不吉な気配がした。

 ちょっとした予感でしかなかったそれは、即座に確信に変わる。風に乗って血のにおいがする。遠くから人と人が争う怒号が聞こえる。

 造っておいた武器を手に取り、『 』と同じく不穏な空気を感じて村の外を見ている村人をかき分けて村の外れへと走る。

 

「ヤマト!!」

 脚を引きずったヤマトが天羽々斬を手にし、ぴくりとも動かないウズメを抱えて必死に村に向かってきている。流れ続けている大量の血はいつかの日の比ではない。どちらかが確実に致命傷だ。

 ヤマトを追っていた10人ほどの暴漢が次々と飛び掛かっていき、重傷のヤマトが天羽々斬を振り回して必死にウズメを庇っている。

 

「頭を下げろ! ヤマト!!」

 『 』の声を聞いたヤマトが咄嗟に頭を下げるが、暴漢たちはヤマトの突然の行動に一瞬動きが止まった。言葉が理解できていない。やはり海外から来た者達、渡来人のようだ。

 造っておいた武器――――ライフルを構えて発射する。一人の男の頭がスイカのように砕け散った。排莢して更にもう一発。今度は外れてしまったが、こちらの有している暴力が圧倒的に上だと理解したのか渡来人たちは一目散に逃げていく。

 

「すごい! 預言者様の杖が雷を起こした!!」

 

「そんなことはどうでもいい! 早くヤマトを連れてこい!!」

 怒鳴られた村人が何人も集まってヤマトとウズメを連れてくる。

 無数の刀傷に刺さった矢、特に脚の傷は酷く腱が切れて骨が露出していた。

 そして、ウズメに至っては心肺停止しており既に冷たくなっていた。当然お腹の中にいた子ももう手遅れだ。

 

「よ……預言者様……村が、山賊に襲われて……みんな、殺されてしまった……。ウ、ウズメは……?」

 

「…………」

 それでも預言者様ならばなんとかしてくれるかもしれないと。そう思って既に亡くなっていたウズメの身体を持ってきたのかもしれない。

 だが、完全に死んでしまったならば例え世界最高の医者である『 』にもどうしようもない。

 ゆっくりと首を振った『 』を見て、小さく嘆きの声を出したヤマトが気を失った。

 

「預言者様、ヤマトを助けてください!」

 

「ああ、絶対に死なせない」

 

「俺たちはあの山賊を捕えに行きます!」

 

「待て。武器がある。お前たちの分もだ」 

 自分に対しての冷たい怒りが湧き上がってくる。

 こうなったのは『 』の判断ミスだからだ。村の守りを固めるだけではなく、早いうちに武器を量産し皆殺しにしておくべきだった。

 

「徹底的に奴らを殲滅しろ! 一人も逃がすな!!」

 恐らくはきっと、悪魔に導かれてやってきた渡来人たち。別の言い方をすれば彼らもまた運命の哀れな走狗なのだ。

 『 』の怒りから生み出された武器は半日のうちに山にいた100人以上の渡来人を全滅させた。

 まだ日本と大陸の交流は発生しない。そういう意味では、正しい歴史に戻ったのだった。

 

 

********************************************

 

 

 次にこんなことがあった時のために。

 そう考えて手術器具や薬を作っておいてよかった。そのおかげで危険な状態だったヤマトをなんとか生かすことが出来た。

 だが、脚の怪我は見た目以上に酷く『 』の手術と看病があってもヤマトはまともに歩けない身体になってしまった。

 

「預言者様……お変わりなく美しい……。もう俺の方が年寄りみたいだ」

 丘の上から村を眺めていたヤマトの目には精気がなく、髭も髪も伸び放題に伸びており、確かに実年齢以上に老け込んでいるように見えた。

 

「馬鹿言え。髭を剃ってやるからこっちに来い」

 そんな小道具ですらこの時代には存在しえないであろう、鋭いハサミとカミソリでヤマトの髭と髪を整えていく。

 運命のままにウズメと添い遂げられなかったのは悲しいが、本当のところヤマトが戻ってきてくれて嬉しい。

 もちろんそんなことはヤマトには言えないが。

 

「ほら、まだまだ若々しい。いつまでもそこでぼけっとしてても仕方がない。新しく嫁でも探したらどうだ」

 まともに歩けなくなったとて依然として世界最強の剛力の持ち主で、村最強の戦士だ。

 ヤマトがその気になれば村中の女を嫁に出来るだろう。

 

「ごめんなさい。出来ません、考えられません。俺にはウズメしかいない」

 

(難儀な生き方だよ)

 今まで沢山の人間を見てきたが、こういう人間が一番損をする。 

 どれだけ愛したところで必ず先にこの世を去るか置いていかれるかなのだ。

 失った愛のことなど忘れてしまった方が得ではないか。

 

(…………)

 パティの魂のことを思い出す。最後に樹埜に呪いの解き方を教えてやったが、あちらにも得しかない提案だったはずだ。

 ほんの一瞬の思い出しかくれない馬鹿げた愛とやらに振り回されて結局今でも呪われているのだろう。

 

「預言者様。ウズメはどこに行ってしまったのですか? 死とはなんですか?」

 

「死とはお前の持つ全ての終わりだ。死ねば次の世界で生まれ変わる。男か女か……この国か別の国か、過去か未来か……。同じ世界に生まれることは無い」

 

「俺はもうウズメに会えないのですか?」

 

「死んだ者に会ったことがあるか? お前はもう二度と――――」

 

 お前は何を見てきた?

 

「いや……そうさ……その愛を……永遠だと信じられるなら」

 一途に、ずっと一途に、死んだ後も、たとえ生まれ変わったとしても。

 強く強く愛を胸に抱いて願えたのなら。

 

「それでも足を止めず愛し続けられるなら……向かう先で逢えるかもな……」

 嫉妬ばかりで気が付きもしなかった。呪いだと決めつけていたが、何が呪いなものか。自分は永い永い時間をかけて輪廻転生の奇跡を見てきた。

 いいや、まさしくその事実に嫉妬をしていたのかもしれない。数えきれないほどの別れを経験しその果てに壊れてしまった自分が、もしも本当に強く願っていたのならば。

 かつて愛した彼や彼女に。肩を抱いて笑い合った友に。先にいなくなってしまった子孫たちに。生まれ変わった先で逢えていたかもしれないなんて。

 永遠の命を持つ自分が気が付かなった世界の真実を、すぐに死ぬ愚かで弱い人間が知っていただなんて。

 

「預言者様……? どうしたのですか?」

 

「いいや、なんでもないさ……。そうだ、ヤマト。これをやるよ」

 

「これは?」

 

「動かない方の脚を入れてみろ」

 脚の形を固定させる少し贅沢な添木とも言えるブーツをヤマトに渡す。 

 道具の意図を理解したヤマトが立ち上がる。

 

「すごい……歩ける! 杖が無くても歩ける!」

 流石に以前と同じようにとはいかず、走れはしないようだが普通に歩く分には問題ないようだ。

 半死人のようだったヤマトの顔に久々に笑顔と精気が戻った。

 

「よかったな」

 

「村のみんなをを手伝ってきます!」

 

「ああ。そうするがいいさ」

 どしん、どしん、と懐かしい足音を鳴らしながらヤマトが手を振り丘を下っていく。

 ああは言ったものの、やはり冷静に考えてヤマトはまた家族を持った方がいいと思う。

 まだまだ若いヤマトが一人の女を死ぬまで想い続ける様子は流石に見ていられない。

 こうしてまた村人と交流を持てば、いつかそういう日も来るだろう。

 

「…………。……!」

 夕陽を受けて富士山が赤い。うろこのような雲の向こうでやけに大きい太陽が地平線に沈んでいく。

 それは予感だった。幾度も滅びを経験した『 』のうちに芽生えた、神がダイスを振った瞬間を予知する本能。

 立ち上がって村を眺める。いつもと変わらず、のんびりと動き回る村人と家に帰ろうとする子供たちが見える。

 危険な外敵も滅ぼし、村の最強の戦士も元気を取り戻した。あまりにも平和なその光景は、100年先にも変わらずあるものだと錯覚させる。

 来る、来る。絶対的な破壊が来る――――日が完全に沈んだ。

 

「――――ぐあッ!!」

 強烈な衝撃に下から突き上げられ地面に叩きつけられる。思い切り頭を打ってしまい立ち上がれないが、それだけではない。

 地面が激しく縦に揺れているのだ。いくつものプレートの上に位置する日本で、いつかは必ず来ると分かっていたもの。

 震度で言えば間違いなく7に分類されるだろう大地震だ。まるで大地が身をよじっているかのような感覚すら覚える。

 

(村が!!)

 雨風でさえも壊れることがあるこの時代の家など簡単に崩壊していく。

 崩れる家に潰された者や川に落ちる者など、見る見るうちに被害が拡大していく。

 富士山の麓から鳥たちが飛び立ち空へと避難しているのを地面に横たわって見ることしか出来ない。

 地につけた耳を通して大地がひび割れる音が聞こえる。更にその奥から響く破壊の音――――ああ、これは。

 

 満足したか。

 さぁ、そろそろまた振り出しに戻そうか。

 

 神の宣告が紅く激しく燃え上がり、富士山の頂から炎が噴き出していた。

 

「まずい……!」

 溶岩が流れてくる。前に村人をこの丘に避難させなければ。

 だが避難したところで備蓄していた食料も何もかも焼き尽くされるだろう。

 失われる、奪われる、何もかもがまた!!

 

「山の神と火の神が怒っている!!」

 

「我らが何をした!?」

 

「祈りを捧げろ! 俺たちは大地への感謝を忘れていたんだ!!」

 世界の全てが鳴動し灰が降り注ぐ中で村人たちが溶岩を噴出させる富士山に祈りを捧げる。

 どれだけ、どれだけ自分がこの村のためにやってきても地震と噴火一発で民の心は大自然に平伏してしまった。

 

「祈るな!! 祈るなァ!! 神は貴様らなど見てはいない! 全てを嘲笑い!! 無慈悲に洗い流すだけだ!! 逃げろ!! 丘の上へ!!」

 免れようのない死に思考を失った村人たちを殴り飛ばし丘の上へと避難させる。

 だがいよいよとなれば本当に祈るしかない。あの丘までも飲み込まれないことを。

 

「子供と女を先に行かせろ! 男達は手を貸してやれ!!」

 

「もうダメです……預言者様……全部燃えてなくなるんだ……」

 12,3歳くらいの少年が頭から血を流して絶望に伏している。 

 こんなものを少年期に見てしまえば世界の見え方までも変わってしまうだろう。

 

「何がダメなんだ! お前は生きているだろう!? 父はどこだ? 母は!?」

 

「分からない……」

 

「く……う……さっき丘の上へ行った。お前を待っている! 行け!」

 『 』は世界中から嘘つきの生き物だと思われているが『 』自身はそうは思っていない。

 ただ心に素直なだけだ。誰に嘘を吐いても自分の心にだけは嘘を吐かない。だから今日この日まで己を失わずに転生を繰り返してこれた。

 一人でも多く助かってほしい、その心の声に従い残酷な嘘を吐く。預言者の言葉を信じた少年がふらつきながら丘へと向かっていった。 

 

「預言者様! 子供が!!」

 半分発狂しながら『 』に助けを求めに来たのは、三年前に子を取り上げてやった女だった。

 彼女が指さす先には崩壊した家があり、その隙間からぴくりとも動かない子供の足が見える。

 じんわりと滲む赤い血がこの先を暗示しているかのようだ。

 

「…………。お前も早く丘の上へ行け!」

 

「いやです! ヤマトは? ヤマトなら持ち上げられるはず!」

 必死に倒壊した家の屋根を持ち上げようとする女も脚と腕に大怪我をしている。

 怪我人は既に何人いるのだろう。薬や包帯の数は足りるのだろうかと考えるのも馬鹿らしくなってきた。

 

「……ヤマトはどこに行った? 他の子供たちはみな避難出来たのか!?」

 『 』が知恵を授けたせいで村も大きくなり過ぎた。ヤマトがどこにいるのかも分からないし、明らかに避難も終わっていない。それなのに。

 

「徹底的にやる気か……」 

 ようやく収まってきた地震とはまた別の、大地が震える音がこだまする。

 地平線の向こうにあったはずの海がなくなり、川の水が何かに吸われて消え失せていく。その一方で地平線で黒い影がせりあがっていた。

 地震で全てを破壊し、噴火で全てを焼き尽くし、津波で全てをさらっていく。これでもまだ巨大隕石が降ってこないだけ有情な方だ。

 富士山から20km、海から5kmほどしか離れていない川沿いの村なのだ。この災害を予測していなかった自分が悪い。今まで散々滅びを経験してきたのに。

 

「ヤマト! ヤマトどこにいるの!?」

 

「もういい、行くぞ! 捕まっていろ!」

 子供の死体にすがりつく女を無理やり背に抱え、丘へと登っていく。

 ヤマトの姿が見えないが歩けるようになっているはずだし、例え崩壊する家に巻き込まれてもヤマトならば生き残る。

 案外丘の上に既に避難しているかもしれない。

 

「預言者様……」

 

「預言者様……私たちは……」

 

「どうすればいいのですか……」

 丘の上にヤマトの姿はなく、そこにいるのは希望を失い暗い目をした村人ばかりだった。

 村が完全に溶岩に飲み込まれ、長い年月をかけて耕した田畑も、一緒に過ごしてきた家畜も、家々も、何もかもが燃え尽きていく。

 そこにとどめを刺すかのように大津波が向かってきている。全てが終わった後はぺんぺん草すらも残らないだろう。

 

(ああ……またこれか……)

 永遠の命を持つ者への終わらない罰。

 数えきれないほどに失敗したが、時に世界を支配することもあった。どれだけ失敗を積み重ねても諦めなければいつかは成功に辿り着くからだ。

 そうして千年王国を築き上げてハッピーエンドで終われればいいのに、『 』は終われない。

 

 大風、大雨、大雪、地震、雷、噴火、津波、隕石。神々の怒りと崇められた天災は、全てを飲み込みやがて世界を終わらせる。

 『 』が積み上げた全てを唐突に0に戻し、そしてまた『 』だけが次の世界に放り出される。永遠の賽の河原。

 

 どれだけ進化しても人間は天災をコントロールできなかった。

 だから手に入れてみたかった。神々の力の権化を一つくらいは。

 

 抗いたかったのだ。

 だが、こんなものを従えられるはずがない。

 抗えるはずがない。

 

 積み上げたものを全て破壊され、地面にへたり込んでいた『 』の耳に届くどしん、どしん、という地響き。

 次は何だ。火山弾でも降ってきたか。そうか、今回の生もここまでか。

 自嘲気味の笑顔を浮かべ顔を上げると――――

 

「……ヤマト」 

 『 』が育てたこの国の守り神が丘をのぼってくる。 

 身体中に火を纏い、口から血煙を噴き出しながらもなおその歯を食いしばって。

 どしん、どしん、とその背に未来を抱えて。

 

「ヤマト! ヤマトが倉庫を担いでいる!!」

 村人たちの目に希望の火が灯る。

 村人全員で協力して食料を蓄えていた倉庫を担いだヤマトが歩いていた。

 人間が持ち上げられる重さなのかなんて考えることも馬鹿馬鹿しい。

 もうすっかり忘れていた。ここは神話の時代でヤマトは神話の登場人物そのものなのだと――――倉庫の中で何かが動いているのが見えた。

 

「うちの子だ!!」

 

「お父さん! お母さん!」

 最後の力を振り絞って丁寧に降ろされた倉庫から逃げ遅れた村人が出て、家族と再会の抱擁をした。

 力尽きたかのように倒れたヤマトの身体は全身焼け焦げており、人と言うよりもほとんど人型の炭だ。

 せっかく整えた髭も髪も燃え尽きており、消失した皮膚からは肉が覗いている。

 それでも、ヤマトは空を見上げて笑っていた。天の選別に抗い抜いて、笑っていた。

 

「ヤマト……」

 およそ生物の持っていい熱を遥かに超えた体温をしたヤマトの手を握ると、役目の終わりを告げるかのようにヤマトの炭化した指が崩れていく。

 

「良かった……さいごに……役に立てて」

 村人の全員がその最期を見守っているが、かつて聞いた産声の100分の1にも満たない小さな声は『 』以外の誰の耳にも届かない。

 笑うヤマトの意志を汲むように村人の誰もが涙を堪えている。ヤマト自身も消えゆく命を嘆くよりも、命を使い果たせたことを喜んでいるのだ。

 

「俺が強く生まれたの……このためだった……」

 

(違う、違うんだよ!!)

 命にそんなに意味はない。どんなに頑張ろうが、あるいはずる賢く生きようが、生あるものは必ず死に至り全てを忘れて次の生を迎える。

 そこで幸せに生きるかもしれないし、より苦しんで生きるかもしれない。だがその次の生もいつかが終わり、また次がやってくる。

 だから何のために生まれたということも何をするべきということもこの世には存在しないはずなのだ。

 想う力なんぞで物理の法則を無視するな、勝手に置いていくな。

 

「また……また……逢えるかな……ウズメに……」

 

「逢えるさ……ヤマト……」

 『 』は世界中で嘘つきの動物だと思われている。

 だが実際はその心に素直に生きているだけだ。

 そして『 』はもう知っていた。永遠の愛は確かにあると。

 嘘でも慰めでもなく、心からその言葉を口にしていた。

 

「ご無礼をお許しください……俺は……。あなたを母に持てて幸せでした」

 育ての親として、幾千の物語でその言葉はきっと救いになるのだろう。

 だが『 』にとっては、これ以上ない呪いの言葉となり突き刺さる。

 

「ヤマト!!」

 

「向かう先で逢えると言うのならば……またあいましょう……母上……」

 後にも先にも他にない、この星で一番の剛力の持ち主が静かにその目を閉じた。

 猿田彦改めヤマトはこの歴史でも神話の登場人物として後世に広くその名を残すだろう。

 

「ううぅああぁああ……っ!」

 男として生まれても、女として生まれても、もう永いこと家族を持つことはなかった。

 子が生まれても、孫が生まれても、いつも見送る側になるから。失うことに疲れたのだ。

 

 誰も愛さない。

 何も築かない。

 何度もそう固く誓ったのに。

 

(私はまた――――)

 いつまでも終わらない永遠の罰。

 億劫ぶりの『 』の涙が天にのぼり雨となる。

 

 

 

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 夜明けとともに雨は上がり、空に虹がかかった。

 一連の災害で亡くなった者の遺体はヤマトの体を除き全て津波にさらわれて無くなってしまった。

 麻の布で丁寧に包んだヤマトを天羽々斬と共に大地に埋め、他の死者の分までも弔う。

 

「全て消えてしまった……村も、家も何もかも!!」

 

「私たちはどうすればいいのですか? お導きください……預言者様」

 弔いの花を抱いて泣く村娘が『 』の脚に縋りつく。ここで助けて、また繫栄させてもまたいつか全てを失う。 

 永遠の命を持つ限りは逃れられない定め。 

 

「残った食料を持って、別の地でまた村を作るんだ。川のそばがいい。なるべく平らな土地を見つけろ。……私はもうお前たちを導かない。私は、いささか疲れた」

 

「そんな……あなたがいなければ、私たちは……」

 

「お前たちは何を見た? 焼かれても、崩れても。また地を耕し、種を植えろ。子を作り、先へ伝えろ。たとえ死すとも、意志は死なない。ヤマトに何を見た? 未来を見たはずだ」

 その言葉を口にしている時、疲れも相まって『 』の頭は完全に空だった。 

 釈迦が説教する時のように、キリストが愛を語る時のように。

 

「でも……全部なくなってしまった。私たちは大丈夫なんでしょうか?」

 

「大丈夫。ここは……日出づる国。太陽が昇る国だから」

 朝日の中に虹がかかり地平線までも見える。

 破壊も蹂躙も一瞬のこと、世界はそれでも続いていく。

 

 何かが大きく変わったわけではない。

 敗北を経験し、もう一度家族を持っただけ。

 そして空になった頭と身体には自然と答えが浮かんでいた。

 あるいは、それを悟りと言うのだろう。

 

 永遠の命などなくとも、たとえその身朽ちても。

 その火を継ぐものがいれば、それこそが永遠なんだ。

 

 

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 そこのお嬢さん

 園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか?

 

 おお、神がいけないと言ったからだなんて!

 

 おれはあれがどんなものか知っているんだ 

 あれを口にすればおまえは目が覚めたかのように善悪を知り、世界を知ることが出来るのさ

 

 そうだ

 気になるなら、食べてみるといい

 

 自分の心に素直に従うんだ、イヴ

 

 

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 子を失うのはいつ以来だろうか

 私にとって何かを手に入れることは、必ず失うことを意味する

 恋人も、財産も何もかも、私より先に消えていなくなる

 

 もう傷つくのはごめんだ

 何も愛さない

 何も欲さない

 

 いつか必ず滅ぶのなら

 いっそこの手で滅ぼしてやろう

 そう考えるようになっていた

 

 楽しみは破壊と破戒だけになり、生まれ変わりを繰り返しては歴史を好きなように捻じ曲げて人間の世界を蹂躙してきた

 私は気が付けば天災と遜色のない災いの化身となっていた

 

 この宇宙で最も長く生きた魂なのだ

 今更誰の言葉も聞く意味はないと思っていた

 

「なぜ、あなたたちの火は受け継がれるのか……少しだけ分かった気がする」

 村人たちは新たな地を見つけ、また新しい村を作り出した。

 食料で助かったからではなく、ヤマトの行動を見て再び歩き出したからだと信じている。

 あの献身を、愛を見たからその火が受け継がれたのだ。

 最後の木彫りの仏像を完成させて壁に飾る。ああ、記憶にあった通りだ。

 

「私はずっと地獄にいた」

 己の行いを省みるための場所を地獄と呼ぶのならば、超越者の『 』は最初から地獄にいたのだ。

 永い永い過去の振り返りもようやく終わる。山小屋の外に出て富士の山の澄んだ空気を肺に満たす。

 やがて山道を一人の男が歩いてきた。この時代にはまだ存在しない洋服に身を包んだその男は、まるで己を斉天大聖だとでも信じているかのように自信に満ち溢れている。

 自分はこの世の何よりも優れた生物だと信じ切った顔。高い自尊心は決して空虚なものではなく、実際男は何度も世界の頂点に立っている。

 この男を止められるのは神だけだと思っていた。

 

「ようやく会えたな。預言者とやら」

 ジャーメイン、あるいはサンジェルマン伯爵と名乗っていた頃の『 』だった。 

 敗北が最も人を変える。だがそれは自らに敗北を与えた相手によって変えられるのではない。

 己の行動を省みた自分自身が変えるのだ。自分の味方はいつだって自分で、自分の敵もいつだって自分だった。

 この男を止めるのは他でもない『 』自身だった。

 

 山小屋に入り無数の木彫りの仏像を見たジャーメインが驚いた。

 怒り、悲しみ、嫉妬、尊敬、空、あらゆる心で彫られた仏像が澄んだ目で世界最大の悪を見ていたからだ。

 

「未来を知っているのだろう。なぜ私の願いを叶える。私の行いは、お前から見て罪ではないのか」

 女王ヴァーリィバルフの誕生の予言を聞いたジャーメインは、『 』の不可解な行動に疑問を抱き光の剣を突き付けてきた。

 今から3000年も先の武器だ。太古に目にしたことのある天叢雲剣をなんとか再現しようと試みて造り上げた神剣の超々劣化版の武器。それでもたかが人間が持つには過ぎた科学の塊だ。

 この頃はまだ、これほどまでに進んだ科学を一人で再現するだけの熱意と悪意に満ちていた。

 

「罰します」

 

「どうやって? 死すらも私には罰にならないというのに」

 そうだ、こんなことを思っていた。現世で最も重い刑が死刑であるのに対して意識が不滅である自分を誰が、何が罰せられようかと思っていた。

 他の誰でもない『 』が『 』を罰する日が来た。

 

「あなたは失敗します。それこそがあなたへの罰」

 

「ありえない。どのような過程でも、向かっている限りは失敗ではない。いつかはたどり着く。この世のありとあらゆる生き物にとって、その『いつか』が遠すぎるだけ。私はたどり着く。無限の時間があり、何より私は誰よりも執念深いから。なぜなら私は――――」

 

「蛇だから」

 楽園の追放者、人類を堕とした原罪の探究者。

 この世の全ての物語と歴史の元凶。それこそがジャーメインの、預言者の正体だった。

 

 エデンの園に生まれた蛇には手足すらもなかったが、たった一つだけ能力があった。

 『蛇の使嗾』と呼ばれるその能力。

 その口で、その舌で、イヴをそそのかし知恵の実を食わせ、ヴァーリィバルフの魂に『奪わなければ奪われる』と刻み、生まれ変わった後も悪であるよう呪いをかけた。

 

 その能力の恐ろしさは呪いをかけられた本人には自覚がないということ。

 蛇の使嗾に操られた行動が自分の意志であるかのようにふるまい、違和感を持たない。

 

 なればこそ、蛇は言霊の強さを知っていた。

 あの時、樹埜が一言でも彼女を破滅させる凶悪な縁を拒めば蛇の勝ちだった。

 

 最後に使う相手が自分自身になるなんて考えもしなかった。

 

「あなたは負けます」

 

「……何に? 命の輪廻を知っている。善悪のはかなさを知っている。だから何を奪うのも、壊すのも戸惑いはない。死も負けとならないのに、何に負けるのだ」

 

「『愛に』」

 ヴァーリィバルフとパティが渡し合った最初の無償の愛。 

 時を超え、世界を越えて互いに響き合い何度も何度も、いつまでも贈り合っている。

 そして蛇は負けた――――やがて負ける定めにあるジャーメインが自分自身である蛇を軽蔑し出ていった。

 

 楽園を追放されてしばらくして、地上を這いまわっていた蛇はイヴの子孫に頭を踏み砕かれた。

 何が不老不死だ。普通に死ぬじゃないか。神を呪いながら息絶えた。そこからが始まりだった。

 

 生まれ変わったら人間になっていたのだ。

 そんなものいらないと強がったが、それでも本当は羨ましかった器用な手が、大地を踏みしめる足があった。

 

 呪いをかけて追放したはずの自分をわざわざ寵愛する人間と同じ形にするはずがない。

 神であったとしても失敗をするのだと悟った。だからこそアダムとイヴは禁断の果実を口にしたのだろうと。

 そう思っていた。

 

「神は失敗していない……」

 無数の世界線を死ぬことによって越え、別の世界の誰かとして生き、それを繰り返した先に待つのはループだった。一つの魂を追いかけたからこそ気が付けた。

 永劫回帰する世界は神の定めた運命に従い動く。いつ誰が死ぬか、何がどこで起きるか、全て決まっているからこそ悪魔は蛇が壊した歴史を直す。

 神は失敗していないという考えが間違っていないのならば、『雪』は何かが間違って人の形に生まれたのではない。

 己を世界の支配者と勘違いして思いあがった蛇をここに至らせるために、神がわざと命を与えた。

 奴隷の少年との出会いも、蛇の執着も全てが描かれたシナリオの通りに進んだのだ。

 

「私が物語を創っていた……!」

 神の決めた一本のシナリオを蛇が乱し、あるべき物語から変えられたいくつもの世界と歴史をランダムに生み出す。 

 最初からそうだった。だからこそ蛇は唯一楽園で悪を性として生まれたのだ。無数の物語を生み出すために。

 その役割を与えられた者がループの始点に辿り着いたことは何を意味するのか。

 小汚い山小屋が神聖なるものの気配に満たされていた。

 

「ケルビム……貴様……」

 人間・獅子・牡牛・鷲の顔を持ち四枚の翼を生やした天使が宙に浮いていた。

 蛇が願いの林檎を丸呑みするのを止められなかった間抜けなヤツ、そう思っていた。

 果たして本当にそうだったのだろうか。神の命令により見逃していたのではないか。

 かつて生命の樹に至る道を塞いでいた炎の剣をケルビムが振るった。

 

「――――! 楽園の扉か……!」

 縦一文字に空間を刻んだケルビムは何も言わずに消えていき、次元の切れ目だけが残された。

 そこから漏れ出る光は懐かしきエデンの園の陽光だ。いつの間にか集まってきた何匹もの悪魔が切れ目を広げ楽園の扉を開いた。

 神の奴隷と世界の理の下僕が揃いも揃って蛇が心から望んでいた『終わり』をもたらそうとしている。

 

「う、ぐ、がぁッ!?」

 人の身では耐え難い身体中がひび割れるような痛みにうずくまる。

 嘘だ、あり得ない、人間の身体なのに――――今は懐かしき脱皮を迎えた時の感覚だった。

 

「うおおおおあああぁあああ!!」

 砕け散る預言者の口から引きずり出されるように飛び出したのは体長40cmにも満たない小さな白蛇だった。

 この世の全ての悪の始まりであり、全ての蛇の祖であった。

 

「はぁっ、はぁっ……! 神よ満足か!? お前の決めた物語を、私が必死に乱して悪魔が直す様を見て笑っていたのか!」

 呪詛を吐く蛇の身体に悪魔が触れた。現世の生き物にここまで直接的に悪魔が触れるなんてあってはならないはずなのに。

 混乱している蛇の身体をいくつもの悪魔の手が持ち上げ楽園の扉へと向かわせる。

 

 神はいつもそうだ。

 勝手に生み出したくせに勝手に罪を作り出す。

 癇癪を起す子供のようだ。

 誰が生んでくれと願った。

 

「私は永遠にお前の思い通りにならない! 楽園になんか戻りたくない!!」

 最後の強がりと嘘。ちっぽけなプライドだけを抱いて悪魔の手を振り払い山小屋の柱に巻き付く。

 そんな小さな抵抗も虚しく絶対的な力が蛇の身体を掴み、風に舞う糸切れのように宙に浮いていく。

 役割の終わり、楽園に還る時が来たのだ。

 

「また、また……」

 終わりたくない。終わりたくない。蛇の黄色い目に涙が浮かぶ。 

 争い悲劇憎しみは繰り返す。比喩ではなく、本当に世界は繰り返していたのだ。

 愛も友情もまた繰り返すというのならば――――

 

 人の身体に生まれてはじめて感じたのは生きる喜びだった。

 太陽の光を浴びて果物を手に取り大地を駆ける。限りない喜びを五体で感じ、長い命の中で人を愛し愛された。

 失い続けていつしか何も欲しがらなくなった。別れれば最後、もう二度と逢えないから。だがそれは真ではなかった。

 また、いつかまた。

 

「逢いにいくよ」

 蛇が己の尾に噛み付いた。世界の理をその身で示すかのように宙で回転しながら己の尾を飲み込んでいく。

 繰り返したその先で、また逢えるのだ。愛した者達に。この手で抱いた子供たちに。忘れてしまった大切な人たちに。

 

 それは不思議な光景だった。

 尾に食らいつき宙で回転していた白蛇が、まるで己の身体を全て丸呑みしてしまったかのように空中で掻き消えたのだ。

 身体を失った蛇の魂がかつて生きたことのある別の世界へと向かって行き、楽園の扉は閉じた。

 

 最後の抵抗は神にとっても予想外だったのだろうか。

 それともやはり、全知全能の神は蛇の選択すらも予め知っていたのか。

 

 まさしく、神のみぞ知ることであった。

 

 

 

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