表向きはこの街に数ある建物と同じ、零細企業が間借りしているボロいビルだった。
一階はフロント兼オフィス。二階は恐らく部下への制裁にも用いられるジム。三階に社長室と小さなキッチンがある。
エレベーターはないためまずオフィスを通らなければならなかった。
「おはようございます!!」
××の姿を見るなり明らかに反社会的勢力の人間に腰90度の挨拶をされた。
つい先日まで陰気な大学生だったのになぜこんなことになってしまったのか。
最終的には自分で選んだ道なので文句も言えない。
「烈はどこだ」
「え? さっきどこかへ出かけましたよ」
「どこへ?」
「社長、俺たちに行き先教えてくれないんで……」
呼び出したくせに消えるとはどういう了見だ――――携帯を探して懐に手を入れると烈の忠実な部下はライターを取り出した。
「俺は煙草は吸わない」
既に火もついていたライターを押しのけ階段を上る。
二階のジムでは、リングの上で血を吐いている男を烈の部下たちが囲んでリンチしていた。
金を返せなかった哀れな債務者か、あるいは金を回収できなかった部下なのか。
どちらにせよ興味はないので三階まで上がり社長室に入るとノートパソコンが開きっぱなしだった。
「どこ行ったんだあのバカ」
コップの中に入っている氷が溶け切っていないのを見るに、パソコンで何かを見て飛び出したらしい。
先日教えてもらったパスワードでパソコンのロックを解除する。
「なるほど」
烈が見ていたのは地図と弁護士便利帳だった。
悪徳な闇金業者はリストアップされてネットで公開されている。
闇金業は『闇金に借金するような馬鹿』を同業者と取り合う仕事だと言える。
金を貸すだけなら誰でも出来るが、回収は一筋縄ではいかず、そこで目立ったトラブルを起こせば簡単にネットに晒される――――ということを烈に伝えたのがつい先日の話だ。
地図を見るに、少ない牌小さいパイを食い合う近場の同業者の元に向かったらしい。
思い立ったらすぐ行動するという馬鹿の極みに思えるが、その行動力があるから若くして社長をやれているのだろう。
「ちょっといいですかね(笑) 烈君のところに行くんでしょう?」
「判田……何しているんだお前」
人ひとり立つのが限界の小さなベランダに判田がいた。
非常用の梯子がおりているのを見るに、正面からではなくこちらから入ってきたらしい。
「いやぁ、あたし三階以外入っちゃダメって言われているんですよ。社員に顔見せるのも基本ダメ」
自らを殺し屋だと言っており、実際に目の前で簡単に人を殺した。
おそらく判田は烈の秘密兵器であるため、本当に烈に危機が訪れるまでは表に出てこないことを言いつけられているのだろう。
確かにあの日、判田が乱入してこなければ××は確実に烈を殺していた。
「なにか用か」
「これ、烈君に届けてあげてくださいね。いつも届けてあげてるのにすぐいなくなっちゃうんだから(涙)」
判田が差し出してきたのは丁寧に包まれた弁当箱だった。
何やら禍々しい気配を放っており、開けなくてもろくでもない物が入っていることが想像できた。
それとなく急いだほうがいいと言われ、××は舌打ちを一つして烈が殴り込みに行ったであろう闇金業者のオフィスに向かった。
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この建物の何階か、と考える必要もなかった。
闇金業者がいるにしては薄っぺらすぎる扉は乱暴に蹴破られており、中に入ると既に人が倒れていた。
「おう、××。どうした」
爽やかとも言えるような挨拶とは裏腹に、烈の足元では4人の男が血まみれで倒れている。
おまけにライバル業者を潰すだけでは飽き足らず、金まで根こそぎ奪おうとしているのか金庫に触れているところだった。
倒れている男のうち一人はまだ意識があるところを見るに、この男から金庫の暗証番号を聞いたのだろう。
「お前が呼んだんだろうが」
「そうだったな。仕事を覚えてもらわなきゃならねえからな」
これも仕事と言えば確かにそうなるのかもしれない。金庫から現金200万円と顧客リストを手に入れた烈は満足そうに笑いながら煙草に火を付けた。
言ってしまえば強盗をしているのに証拠を残すことを微塵も気にしていない。
「判田から渡せって」
「おお! 忘れてたぜ、俺の弁当!」
まるで自分の事務所であるかのように椅子に座った烈が弁当箱を開ける。
出てきたのはよく火の通された人の手だった。知らぬうちに麻薬の運び屋になっていたという話はよくあるが、気づかないフリをしながら人体の一部を運んでいたと考えると最悪の気分だ。
「この親指の付け根のとこがな、一番うまいんだ」
「うあ、ああ! ふあぁあ――――!!」
「!!」
目の前で平然と人を食い始めた男への恐怖が臨界点に達したのか、倒れていた男は情けない悲鳴をあげながら出口へと向かった。
逃がせば自分にとってもよくない結果になる――――結論を弾き出す前に××は男の顔に蹴りを入れていた。
「おほっ! いいね~加減がない。でもな、もっと効果的なのは……」
口を乱暴に拭いながら近づいてきた烈が男の顔を持ち上げ、既に歯が何本か折れている口を開いた。
「ここだ!」
××の蹴りとは暴力の深度が別物の烈の蹴りは、爪先が深々と男の口に入るように叩き込まれ、見える限り全ての歯が折れてしまった。
「殺るときはうつ伏せにして、石段か何かを噛んでもらって首をかかとで踏みつける。人間殴っても蹴ってもそうそう死なねえが、きちんとダメージを与えればすぐ死ぬ。ちゃんと覚えろよ」
そうそう死なない――――××が潰した目を覆う眼帯を指さしながら笑顔で人の殺し方を教示している。
やはり冷静に考えてみても兄は気が狂っているようだ。
「おう、逃げてどうすんだ? 警察に行くのか? 『闇金業者なんですけど怖いお兄さんにボコボコにされました。助けてください』ってか? そりゃ傑作だからやってくれてもいいぞ」
この事務所を抑えられた時点で彼ら全員の住所も何もかも烈に知られることになるため、一時的な逃走は全く意味がない。
警察に駆け込んでうまい言い訳を用意したところで、暴行の現場であるこのオフィスへ警察を入れたくないのは彼らの方だろう。
「俺の明日の弁当になるのと金持ってくるのどっちがいい? いくら持ってこれる?」
「……2……いや、300れふ……」
「なんだおい、稼げてねーなぁ。同業者として忠告しといてやる。俺みたいなのに目をつけられるまでに、それっぽちしか稼げないなら向いてねえ。親御さんのとこに帰ってやり直しな」
「はい……」
「よし! 600万で許してやる」
「え、300じゃ」
「明日までに持ってこなかったらお前のモツを親御さんに食わせてやるからな」
一番タチが悪い男に目を付けられてしまった馬鹿な闇金業者に同情する。
烈には殺人の罪悪感がない。ないというより、豚や牛を食うために殺しているのと同程度の感覚なのだろう。
しかも殺人鬼の判田とコンビを組んでいるのがまた最悪だ。
人を食うのが大好きな男と人を切り刻むのが大好きな男。思いつく限り最悪の組み合わせだ。
仮に捕まっても衝撃的な内容過ぎて地上波を流れるニュースにはならないかもしれない。
次行くぞ、という言葉に湧き上がる嫌な予感を抑えながら××は血まみれの事務所を後にした。
********************************************
築40年のその団地の中庭は地元でも最悪の暴走族の集会場だった。
話を聞くと烈も以前はこの辺りで暴走族をやっていたらしい。
確かに小さいころからバカバイクがパラリラやかましくて夜も眠れないと思っていたが、まさかその中に実の兄がいたとは想像してもいなかった。
「すいません、無理です」
その暴走族の集団がほぼ土下座のような体勢で烈に頭を下げていた。
足元には小分けにされたパックに詰められた白い粉が置かれている。
「あ?」
「仁英会が本物さばいているのに偽物が売れるわけないじゃないですか……」
(最悪な先輩だな)
本物の暴力団が本物の覚醒剤を売っている中で偽物の薬物を売れと命令していたらしい。
ステッカーを高値で売りつけるなんてありきたりな行為が可愛く見える程だ。
「それにあの偽物なんなんですか……? あれ、あれ、なんだか……」
頭を下げている不良少年の声が震えている。黒の混じった茶髪が汗でじっとりと肌に張り付いている。
尋常ではない恐怖を烈に感じていることが見てわかった。
「なんだ。言ってみろ」
「爺ちゃんの葬式の時に見た……遺灰そっくりで……」
(…………)
地獄の餓鬼のように人を貪り食う烈でも骨までは食わない。
あの骨をその辺に捨てたりゴミ捨て場に出したりはしないだろうと思っていたが、まさか。
かはっ、と破滅の狂気を顔に湛えて笑った烈が先ほど強盗をした100万円の札束を地面に投げた。
「恭一郎、本物だったらパクられたとき罪が重くなるだろ? なんも法に触れてないものを金でやり取りしてんだからいいじゃねーか」
「で、でも……」
「このままじゃバックの仁英会が出てくる、だろ」
「はい」
「呼べ。俺を。そこに」
「え?」
「それは手間賃だ。俺を呼べ。それだけでいい。加勢しろとか言ってねえ。ただ呼べばいいんだ」
不良や暴走族のその後は主に三つに分かれる。
何者にもなれず、ただの社会不適合者に成り果てる者が大半。
だが、時に度を過ぎた暴力性を備えた者はケツもちのヤクザにスカウトされる。
そして更に時折、他を寄せ付けない暴力と狡猾さを持った者が烈のように怖いもの知らずの半グレとなる。
暴走族も暴力団も社会のはみだし者の集団でありながら、強固な縦社会だ。
先輩の言うことは基本絶対だが、ケツもちのヤクザに逆らうこともまた許されない。
ただ呼べばいいと烈は言うが、死ねと言っているのと同じだ。
オタク学生に暴力を振るって1000円をカツアゲするくせに目の前の100万円に手を伸ばせない。
恭一郎と呼ばれた少年が泣きを入れようとした瞬間だった。
「きょうちゃん、そいつか?」
十数台のバイクが示し合わせたかのように烈と××を囲んだ。
確かに彼に残されたのはこの手しかなかっただろう。
無茶苦茶な命令も、最悪の先輩もお得意の暴力で無かったことにしてしまえばいい。
よりによってこんな日についてきてしまうなんて、それこそ最悪だが可哀想なのは彼らの方だ。
烈がむしろこういう状況を望む破滅的な性格をしていることは、既にこの場の誰よりも知っている。
「お友達呼んでいたのかぁ」
ニコニコと笑顔を浮かべながらのんびりした言葉を口にしながら、鉄パイプを持ったノーヘルの少年に烈が近づいていく。
あまりにも間の抜けた行動に対して反応できなかったのか、既に武器の有利性を潰される距離まで烈に侵入されてしまっており、ターゲットにされた少年はまだバイクから降りてすらもいなかった。
「ふふふ……ははっ……――――ぬうぅううあああああっッ!!」
そんな馬鹿な――――その場にいる誰もが、バイクごと少年を持ち上げた烈を見て同じ言葉を頭に浮かべた。
あわせて250kgはあるはずの鉄の塊を別のバイクに投げつけた瞬間にはもう勝負は決したようなものだった。
多数で囲んでどうにかなる相手ではない、紛うことなき怪物。武器を手にした少年たちは息をするのも忘れ、烈の行動を呆けたように眺めていた。
「恭一郎。お前、ちゃんと俺のこと伝えたのか? バイクを持ち上げて、鉄パイプ引きちぎる奴だぞって」
地面に落ちた鉄パイプを捩じ切り、その切断面を周囲の少年たちに突き付ける。
この状況で誰が烈に立ち向かえるというのだろう。確かにこれだけの数がいれば勝てることには勝てる。
だが、確実に最初にぶつかった数人は死ぬことになるだろう。
「お前の伝え方が悪かったせいで死ぬぞ、こいつら!」
「うわぁっ!!」
当たれば言葉通りに死ぬであろう勢いで振り下ろされたパイプを、なんとかその少年は避けることが出来た。
恐ろしいのは、バイクを大きく傷付けたその一撃を烈が本気で人間に当てようとしていたことだ。
「何悲鳴出してんだ。痛くねえくせに。良かったじゃねえか、身体に当たってたら……治らねえ傷になっていたぞ」
鉄パイプを放り投げた烈が眼帯をめくり××に抉られた目を空気に晒していた。
子供が集まって騒ぐ不良ごっことは違う、本物の暴力の世界の住人。この狂気に触れてなお跳ねっかえる勇気を持った者などおらず、彼らはせめて烈と目を合わせないように俯いていた。
アイドリングしているバイクの音だけが団地に響き渡るのはあまりにも耐え難い空気だった。
「同じことをやらせろ。分かったな」
遺灰のパックをばら撒いた烈は壊れたバイクを踏み越えて次の目的地へと向かった。
闇金業者を半殺しにして、暴走族を恐喝してもまだ半日だ。
これが烈の日常なのだとしたら、あまりにも自分とは生きてきた世界が違い過ぎる。
今度はどんな最悪の場所に連れていかれるのかと思いきや。
「はは、いいな。タッパもあるから似合ってるぞ」
「…………」
次はどこの誰を殴りに行くのかと身構えていたのに、気が付けば××は姿見の前でスーツを着ていた。
連れてこられたのは大型ショッピングモール内の紳士服専門店だった。
「頭がいいんだから、なるべくそれ着てろ。恰好から入れ」
「じゃあなんでお前はずっとタンクトップなんだ?」
「暴力に大事なのはイメージだからだ。毒のある蛇はそうだと分かる色をしているだろ。万が一暴力のフェーズに入ったらタダじゃすまない。俺の仕事はそう思わせることが大事なんだ」
びっしりと暴力的なタトゥーが刻まれた腕を惜しげもなく晒しているのはある種の示威行為のつもりらしい。
一番スーツ売り場なんかとは縁遠い人間なのに、そんな恰好をしているせいで烈が来た瞬間に波が引くように他の客は消えてしまった。
営業妨害甚だしいが、一方でその状況は烈の言葉が正論であることを示してもいた。
「日本に原爆が落ちてなかったらどこかの国に落とされていた。その威力を世界中の人間が知っているから核兵器は抑止力になっている。この国はババを引いたのさ」
(こいつ……)
倫理観もなくまず暴力から入る人間なので、頭が悪いと決めつけていたが、道徳や法は一旦無視して烈の行動や言葉を振り返ってみれば、地頭の良さを思わせる部分が多い。
結局は血は争えないということなのだろうか。
「よし、次はメガネ買うか。頭よさそーに見えるヤツ」
「目悪くない」
「ダテでいいんだよ。入社祝いに買ってやる」
「おい、なんで俺の就職先がお前のところになるんだ」
「もう卒業なのに就活もしてねぇし院に行くわけでもねぇんだろ? いいじゃねぇか。ほら行くぞ」
伊達メガネだけではなく、その後も色んな理由をつけてはショッピングモール中を引きずり回された。
××は認めたくなかったが、それは忘れかけていた家族という存在がどんなものだったかを思い出させた。
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友人も全くおらず、家族を全て亡くして久しい××にとって、大衆居酒屋に入るのは初めての経験だった。
目の前でねぎまを三本一気に喰らう烈を見て混乱する。まさか人肉以外も口にするとは思わなかった。
「ほら、飲めよ。飲んだことあんのか?」
「タタキの金持って酒飲むとか正気か?」
懐には強盗して奪った万札の束があるのにガブガブと酒を飲んでいる兄からビールを注がれ、仕方なくジョッキを手に取る。
まぁ、烈が酔いつぶれたところでこんな見た目の男の懐を漁る命知らずは流石にいないと思うが。
「おー。割と飲めるな。流石弟だ」
「なんでそんな楽しそうなんだ、お前」
つい先日自分に片目を潰されたというのに、自分を連れまわして烈は一日中上機嫌だった。
げたげたと下品に笑いながら大ジョッキを空けた烈は口を開いた。
「親父にもおふくろにもボコボコのボコにされまくったしよぉ、親父のズケトリどもはガキの俺にまでゴマするし、こんなんだから友達の一人もいやしねぇ。でもさ、兄弟ってこういうもんなんじゃねーの? こうしてみたかったんだわ」
(…………)
思い出すのはかつて同じ屋根の下で暮らしていた従弟の『空』のことだった。
まだ赤ん坊だった空に一日中暇さえあれば話しかけ、天気がいい日は腕に抱いてよく近所を散歩していた。
もしも生きていれば今頃は手を繋いでショッピングモールでオモチャの一つでも買ってあげていたのだろうか。
かつて空を抱いた手には何もなく、ただただグロテスクな火傷の痕だけが残っていた。
「いとこの空……弟って言っていたか。弟が出来た時どう思った? 嬉しかったか?」
「…………。ああ」
「……俺も……自分に弟がいるって知った時は、嬉しかったのかもな……ははは、あはは……」
居酒屋の外からヘリコプターの音が聞こえる。
震える空気はいつも空の色を思い出させるが、いつの間にか自分の中の空は灰色一色になってしまった。
いまにも雪が降りそうなほどに灰色の空、二度と晴れることはない。
「お前が何を考えているか分かるぞ……なぁ、きっと気に入らないヤツらどいつもこいつもぶっ殺したら、すっきりと晴れ渡るさ」
「九兆円だ」
「?」
「仁英会と伯西会を合わせた年間収入だ。エチオピア、ルクセンブルグ、グアテマラ……立派な一つの国のGDPと同等の収入を持つ連中をどうやって相手にするんだ」
「……考えろよ、考えろ。お前なら、お前ならきっとやれるさ……」
どれだけの規模の物を相手にしようとしているのか、少しでも理解出来ているのだろうか。
あまりにも投げやりな言葉を吐いて烈はテーブルに置いてあった焼酎を飲み干し――――
「は?」
そのままの勢いで机に突っ伏してしまった。
脚を蹴っ飛ばしても全く動かず、あろうことかいびきまでかきはじめた。
「お前っ、あんな飲み方して酒に弱いのかよ!」
なにはともあれ、ようやくこれでタチの悪い兄から解放された。
さっさと会計を終えて出口へ向かう。そのまま家へと向かえれば楽だったのだが。
「くそっ、事務所に捨ててやるっ」
本当に強盗した金を持ったまま酔いつぶれてしまった兄を半分引きずる形で背負いながら××は事務所へと向かった。
兄に買ってもらった高いスーツは、早くも社会不適合者のにおいが染みついてしまっていた。
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目につくヤクザを片っ端から捕まえて殺していたら当然だが警察に捕まる。
色々と策を練ってみたものの、反社会的勢力に自分たちのような半グレが立ち向かうにはどうしたって犯罪に手を染めることになる。
そうなればヤクザに殺される前に刑務所にぶち込まれて終わりだ。
「だから、どうにも出来ねえ。コツコツ闇金業で金貯めて真っ当な手段でフロント企業の一つでも買ってみるか」
「おいおいおいおい、××よォ~~~~俺がお前に期待してんのはそんな言葉じゃねえ。もっとこう、圧倒的で天才的な作戦ってヤツを捻りだしてくれよォ」
「だからあったとしても警察に捕まるって言ってんだろうが」
「あの~、ちょっといいですかね(笑)」
「あぁ!? 今話してるところだろうが、判田ァ!」
「いやいや、ボスは暴力団を相手にする方法はあるが警察に捕まるって言ってるんですよね?」
(なんでこんなこと説明しなきゃいけないんだ)
こんなこと小学生でも分かりそうなものなのに、なぜいい大人が三人も集まってそんな当たり前のことについて悩まなければならないのか。
大体いま烈が捕まっていないことだって奇跡みたいなものなのに、それが続くわけがない。
「なんとか出来るかもしれませんよぉ(笑)」
「あぁ?」
「なんとかってなんだ。日本は立派な法治国家なの分かっているのか?」
うふふ、と重そうな荷物を背負い直しながら気色の悪い笑い方をした判田は何を考えているのか分からない。
最初からそうだ。既にこの殺人鬼と出会ってから数か月経っているが、この男が何を考え思っているのか分かったことなど一度もない。
烈も気が狂っているが、兄弟であるし動機も十分に理解できる。だが、ただただ人を殺し解体するのが好きという常識から最も離れたところにいる判田を理解する術などない。
「吉と出るか凶と出るかはあなたたち次第ですけどねぇ。あたしに任せてくれれば面白いことになるかもしれませんよ」
「言うじゃねえの。ただの人殺しが趣味のイカレポン吉じゃないのか、お前」
「ええ、ええ。イカレポン吉に2,3日いただけませんですかね?(笑)」
今のままでは埒が明かないことだけは確かであるため、その場は判田に任せるしかなかった。
この時のことを振り返って考えてみれば、判田は待っていたのかもしれない。
烈の悪意が行き詰まる時を。自然とその提案を切りだせる瞬間を。
そして3日後、判田が突然客を連れてやってきた。
その男は血生臭いオフィスに不釣り合いな高級スーツに身を包み、家一軒が立つほどの高価な腕時計を身に付けていた。
「なんだこのオッサン!?」
「判田……てめぇ……とんでもないのを連れて来やがったな」
2mの巨漢である判田にも劣らない体格をしているその男は、××と烈をまるでゴミ漁りをするカラスを見るような目で睨みつけている。
烈は混乱しているが、××はその男を知っていた。
「え、なに、誰よ。誰なのこのデカいオッサン」
「こいつは……馬喰直斗……。警察庁長官だ!」
「はぁああ判田ァ!? てめえ何考えてポリ公連れて来てんだ!?!?」
烈が激怒して馬喰の元に詰め寄る。烈は今必死に頭の中で警察庁トップを消す段取りを構築している最中だろう。
「判田ァ……」
ようやく口を開いて薄暗いオフィスに響いた馬喰の声は、むしろ暴力の世界の住人であるかのように低く、人を威圧するものだった。
「はい、なんでしょ(笑)」
「一秒でバレてんじゃねえか! どうなってんだコラァ!!」
金属がぶつかり合うその音は、体重にして100kgを優に超えるであろう判田が殴り飛ばされ壁に叩きつけられた音だった。
衝撃に耐えきれず判田が背負っていた荷物から大量の刃物がばらまかれた。
想像だにしていない状況に烈も動きが止まってしまっている。
「いや~(涙) すみませェん……その子、お話した通りとっっっても賢いんでぇ……」
「ガキ、なんで俺の事を知っている?」
「……1年前に、講演であんたの話を聞いた」
「1年前? 講演……。なんだ、お前、東大出てこんなことやってんのか?」
警察庁のトップともなれば国をけん引する程のエリートで、当然庁内も超高学歴の人間が大多数だ。
馬喰直斗は東大法学部を卒業した、いわば××の大先輩にあたる人間であり、その縁あって馬喰は1年ほど前にキャリアを志す後輩に向けて講演を行っていた。
ほとんどの学生は将来のために受講していたが、××だけは違った。恨み憎しみゆえに警察のトップの顔を見に行っていたのだ。
「ざけんな、サツに用はねえから帰れ!!」
「落ち着け、こいつに俺らを逮捕する権限はない」
警察庁は刑法の運用や規則の作成、全国の警察署の管理を行っているが、実際に犯罪者を捕まえるのは彼らではなく警察官だ。
とは言っても、こんなところにいていい人間ではないことだけは確かだが。
それにしても、判田はなぜこんな男とパイプがあるのだろう。普段から何も話さずニヤニヤとしているだけで、私生活の事など一切匂わせもしないため想像もつかない。
だが、自分たちの考えを受けて警察庁長官を連れてきた理由は何となくだが推測は出来る。そして馬喰の立ち居振る舞いを見て、××の中でその推測は確信へと近づいていった。
「権限だと……? ガキが……」
薄暗い部屋でも煌々と光って見える馬喰の目に浮かぶ血管が膨らんだのが見えた。
××に向かって一歩、二歩――――素人でも分かる格闘技経験者の構え、死の予感。
庇うように目の前に飛び出した烈の背中が走馬灯のようにやたらとゆっくりとこちらに近づいてきた。
「ごあッ!?」
「がっ!?」
壁に叩きつけられて目の前が揺れ、しばらくは何が起きたのか分からなかった。
烈の大きな背中が近づいてきたと思ったら吹き飛ばされていたのだ。
その烈も起き上がろうとしながらもまともに動くことが出来ず、床に吐しゃ物をぶちまけている。
「確かに逮捕する権限はねぇよ。だがなァ……ぶち殺すぞ! クソガキどもが!!」
中段に突き出された馬喰の拳から判断するに、一撃で烈をぶっ飛ばしその勢いで××までもこんな状態にしたのだろう。
オフィスの床にヒビが入っていると思ったら、馬喰が踏み込んだ足から亀裂が始まっていた。
コンクリートの床も砕くほどの膂力を持った一撃は、恐らく烈がこれまでの人生で受けた作品の中でも最上位のものだろう。
「おぇええええぇ――――…………あー……こりゃ……八極拳か。デコ助が……」
昼飯を全て出し切った烈が前後不覚になりながらも立ち上がる。
八極拳なんて実際に見るのは初めてだ。というか、見えてすらいなかった。
もう50代に入っているであろうにこの圧倒的な暴力。確かに講演の時からやたらとガタイのいい男だと思ってはいたが、こんなにも滅茶苦茶な人間だとは思わなかった。
「ほー。あれ喰らって立つか。言うだけはあるな」
「テメェ、こりゃ普通に暴行罪じゃねぇのか!? 善良な市民に向かって警察のトップがこんなことしていいと思ってんのか!? おぉ!?」
「およしなさいな。殺されちゃいますよ(笑)」
先ほど制裁をくらったはずの判田が、馬喰に殴りかかろうとしていた烈を止めていた。
確定的だ。判田がこの男を連れてきた理由。
「その男なら……犯罪のもみ消しが出来るってことか」
「あのなぁ、そんなことやっていいと思っとるの? よりにもよって警察庁長官様が」
「いいもなにも。この人、息子さんの廻斗くんの事件もみ消しまくって――――」
再びコンクリートの床を踏み砕いた馬喰が判田の背に全体重を乗せて肘を叩きこんでいた。
裡門頂肘と呼ばれるその技は、おしゃべりな殺人鬼の口を有無を言わさず塞ぐ。
「他人様の家のことペラペラ喋ってんじゃねえ!!」
「メチャクチャだ、くそったれ。なんて男連れて来やがった……」
比較的ダメージの少なかった××の前に馬喰が立つ。
この場で全員を殺す力があり、それを無かったことにする権力もある。
日本国の理不尽の塊が××の背中を踏みつけた。
「お前は? そんなヤワな身体で暴力団のシノギの一つでも潰せるのか?」
「うおぉ……!」
馬喰の体重が食い込んでいき背骨、肋骨が嫌な音を立て内臓が潰されていく。
「動機は何だ? 東大出て裏社会に足を踏み入れる理由は?」
警察のトップがのうのうとその言葉を宣う。怒りのあまり肌の下で血が凍り付くような感覚がした。
なぜ大学で法を学んだのか。この国が法治国家だから、検事となり自分から全てを奪った連中に報いを受けさせてやろうと思ったからだ。
なぜこんな場所にいるのか。法だけでは裁けない奴らがいると知ったからだ。法をすり抜け狡猾に闇に蠢動する悪は自分が真っ当な道に人生を捧げても消せないと知った。
「て、め……ぇら、クソ警察が……無能な、せいで……家族、全員殺された……」
人生で一番幸せだったのは高校生の時だった。優しい伯父夫婦に引き取られ、高校に行かせてくれて自由に勉強させてくれた。
彼らの息子は、まるで本当の弟のように××によく似ていた。自分と違い、優しく裕福な両親のもとで育つこの子は、きっと自分が憧れていても歩めない人生を行くんだろうと、そう思っていた。
両腕を蝕む火傷の痕が疼くたびに、湧き上がってくる憎悪。燃える赤子を抱いた消えない記憶。
「てめえらがやらねえから! 俺がやるんだ!! どいつもこいつもケジメを付けさせてやる、地獄に送ってやる!!」
いつの間にか××の背を踏みつけていた馬喰の足はどけられていた。
掴みかかる××の叫びを聞いた馬喰は数秒考えこみ、口を開いた。
「そうか、お前……あの爆破事件の……」
「知っているくせに何故何もしねぇ!? あれを指示した奴は!? 原因を作った連中は!? 全員捕まえて殺せよ!! やらねえなら俺がやるぞ!! 聞いてんのか馬喰ォ!!」
××が検事になる道を途中で終えてしまった大きな原因は、鈍化して動かない警察と悪を裁けない法のせいだと言っていい。
その頂点の一人が、××の軽い体を突き飛ばしていた。
「法にのっとって押さえるにはな、ヤマ一つでも証拠集めてフダとって山ほどやることがある。そうこうしているうちに次の悪はのさばる。これでも日本は平和な国であろうと努力している。知った口利いてんじゃねえぞ小僧」
これでも他の国に比べればずっと平和な国だと言っているのだろう。それはそうなのかもしれない。少なくとも道を歩いてていきなり撃たれたりはしないのだから。
だが、その平和の庇護からこぼれてしまう犠牲者は確実に存在し、自分のようになる者だっているのだ。
ああ、次の悪がのさばるとは正しくこのことなのだろう。
「毒には毒をだ。やってみろ、半グレども」
「おいおいおい、自分が何言ってるか分かってんのか? ぶっ殺しまくるぜ。正直何がどう影響与えるかわかんねー」
「その前に確実にお前らが殺されて死ぬだろう。全員消えてくれりゃそれで結構」
「言うじゃねえか……オッサン」
烈はまた噴火寸前になっているが、馬喰の言葉は紛れもない本音だろう。
日本では年間8万人の人間が行方不明になっている。そのうちの15%は見つからないまま闇に消えるが、大半は反社会的勢力かそれに準ずる者達だと言われている。
裏社会の人間同士が潰し合ってくれるなら、それが表に出ない限りは勝手にやり合っていてほしいのだ。
1億人も人間が住む日本で、そんなところまで目を光らせるのは金の無駄でしかない。
「100年先も日本が大国であるためには、今のうちに膿を出しとかなきゃいかん。たとえ多少血が流れてもな。……ガキ、お前の言っていることは正しい。潔白な正義や法じゃいつまでたっても国は綺麗にならん」
「それで俺らアウトローを使うってのか」
第二次世界大戦に負けて、日本の闇市やら何やらをしきって勢力を伸ばしたのが反社会的勢力だ。
事実あの時代は国も統治を愚連隊に頼っていた部分があるし、バブルの時代は企業や国に代わって暴力団が地上げを行っていた。
切ろうとすれば血が流れる日本のガンは綺麗ごとでは無くなってはくれない。
「使いやせん。勝手にしろ。少しだけ目を瞑ってやるって言ってんだ。終わったら勝手に死ね」
「…………」
「小僧、最後に先輩として教えといてやる」
「なんだ」
「悪はこの世に栄えない」
この場の全員に釘を刺すような言葉を吐き捨てて馬喰は出ていった。
嵐に襲われたオフィスの中で、倒れた椅子を起こした烈が乱暴に座り煙草に火を付けた。
「馬喰……息子の名前は廻斗って言ったか?」
「ええ、廻斗くんです」
「あの?」
「はい、そうです。嶺狼流の馬喰廻斗くんです」
「あのガキの親父かよ!」
日本最大の武道団体である求道会館が数年前にイカレたトーナメントを開催し、それは今日まで毎年開催されている。
最強を掲げる全ての男たちが争い合う武道大会だった。小学生、中学生、高校生、そして社会人の部があり、優勝賞金はそれぞれ1000万円、3000万円、5000万円、1億円。
テレビでも放映されるその大会は高い視聴率を誇り、並み居る巨大企業がスポンサーとなっているため、今ではオリンピック級の金が動く興行だ。
得られる確かな最強の称号と金は、日本中の隠れた猛者たちを表に引きずり出した。その中で際立って目立っていたのが5人しかいない嶺狼流という流派を掲げた子供たちだった。
嶺狼流の馬喰廻斗は日本最強の中学生として世界中の人間に知られている。それこそ、格闘技などほぼ見ない××でもその名を知っているくらいには。
「廻斗くんも中々滅茶苦茶な子でしてね(笑) 暇つぶしにヤクザの事務所に押し入って一人で潰しちゃうんですよ」
そんな事件聞いたこともない、と言おうとして気が付く。判田が言いかけていたのはそのことだったのだ。
暴力団相手に磨いた技を思うままに振るい、父がその事件を毎回もみ消しているのだろう。
こう言ってしまってはなんだが、あの父親にしてその子ありと言った感じだ。
「おい、中坊だろ?」
「烈くんも喧嘩では負けなしだったでしょう? ただ、上には上がいるんですよ。高校生の中にも彼より強い子はいないんじゃないですかねぇ。ああ、でも彼の弟弟子のリオくんって子がまた強くてですね。なにしろ嶺狼流は5歳までに格闘技経験があってかつ両親の身長が合わせて365cm以上じゃないとそもそも入れないですし、」
「待て待て。なんでそんな詳しいんだお前?」
「……あたしも武道家の端くれだからですねぇ(笑) 破門されてますけど(涙)」
(こいつ……)
饒舌な癖に本心や過去のことを全く話さない男であったため、今一つ掴みどころのない男だった。
今日になって初めて判田が自分のことを話したが、それはまるで蛇が獲物を前にして裂けた口を開いたかのようで、そこはかとなく不気味だった。
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それから数か月して、××は1Kのマンションを借りていた。
仁英会と伯西会の事務所およびフロント企業が集まる街の丁度中心にあり、普通の人間であればいくら家賃が安くとも絶対に選ばないような物件であった。
部屋には所狭しとモニタが並べられており、事務所と企業に出る人間を無機質に映し出している。
朝も昼もなく、出入りする人間とその行動様式をひたすらに観察して割り出していたのだ。
殺しのライセンスを手に入れたところで、目につくヤクザを適当に殺していては馬喰の言葉通り道半ばどころか何も出来ずに死ぬことになる。
巨大組織を崩すため、とにかく最小の手数で効果的な攻撃を行う必要があった。
『これは何をしているんだ?』
『花に水をやっている。見れば分かるだろう』
感情のほとんどない目で大粒の雨が降る外を眺めながら、××は丁寧に花壇の手入れをしている。
窓際に置いたその小さな花壇は無機質な機械だらけの部屋の雰囲気とあまりにもミスマッチだ。
だからこそ、アニマも思わず質問したのだろう。
『そんな感性があるのに、お前は悪人に……いや、逆か』
『…………』
花を育てて愛でるような普通の感性の持ち主だった。
だからこそ、壊れた先で悪の道を選んでしまった。
樹木の化け物は芽を出しているその花を見て、聞いてしまったことを後悔するかのように唸り、別の話題を出した。
『ひたすら行動を観察しているだけか? 何か悩んでいるように見えるが』
『馬喰のあの言葉は嘘じゃないだろうが……俺たちが裏社会と潰し合いをしたところでヤツに直接の利益はないだろう。馬喰は官僚だ。あそこまで上り詰めた人間が自分に得のない行動をするはずがない。何が目的なのかを考えていたんだ』
その答えに辿り着くにはこの時点であまりにもヒントが少なかった。
だが、執念深くこの街を蝕む暴力団の行動を追っていたおかげで、××はこの日誰よりも早くこの血生臭い抗争の正体に気が付くことが出来たのだ。
『出ていったぞ!』
モニターを眺めていた××が、突如として金づちを懐に入れて雨の中に飛び出していった。
先ほどまでの様子と違い、その行動は余りにも衝動的だった。
モニターの一つが映し出していたのは伯西会の事務所。
その事務所に数日前から下っ端が盗んできた車が停まっていたことに××は気が付いていた。恐らくは犯罪に使うためにその場にあるのであろうことも。
その車に乗り込んだのは若頭補佐と幹部候補生の男であり、その時点で下っ端に任されるケチな強盗や死体処理ではないことは明らかだった。
スタンガン、荒縄、いくつかの刃物――――手際よく誘拐するための道具を積んで向かった先がどこかということまで分かった訳ではなかったが、××は己の勘に従い傘もささずに走っていた。
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中が見えないようスモークガラスにしたバンが路肩に止まっている。
発展途上国ならまだしも、平和な先進国である日本でその目的を察せる人間はいないだろう。
見つけられないならばそれはそれで良かった。行先など分かっておらず、ただこの場所へ走っただけなのだから。
最悪の勘が当たってしまったことと、それを実行しようとしている無法者達への怒りを込めて、××は金づちをドアガラスに叩きつけた。
「なんじゃぁ――ッ!? 仁英会か、」
中の幹部候補生が言葉を言い終える前に金づちで顔を殴りつける。血が飛び散り歯がいくつか折れたが気絶はしていない。
こんなことになるのなら人の効率的な意識の失わせ方を烈に聞いておけばよかった。
今さら後悔しても仕方がない。二度、三度、ドアを開けようとする男の頭に凶器を思い切りぶつける。
骨が折れる嫌な音、目玉が潰れる感触が伝わってくる。既に一生治らない傷を負わせているが、どちらにせよ生かして返すつもりなどなかった――――助手席から出てきた若頭補佐に引き剝がされた。
「ガキコラァ――ッ!!」
躊躇もせずに取り出したのは、中国から密輸した拳銃、トカレフだった。
雨で濡れた地面に倒れた××に向けられた銃口は間を置かずに弾丸を発射した。
「うぉおおお!!」
なんとか躱したが腕を掠めただけで鋭い痛みが奔る。流れ出た血が道路脇の排水溝に吸い込まれていく。
自分たちの叫びも、銃声も大雨のせいで近隣住民の耳には届いていないようだ。
今さら情けないとも思うが、警察が駆けつけてくれれば一目で銃を持つこの男たちが取り押さえられるだろうに。
暴力は必ず先手を取る――――狂気に取り込まれた兄の教えは間違っていなかった。
今この場は暴力だけが全てを解決する手段だ。更に弾を発射しようとした男の爪先に金づちを振り下ろす。
「死ね!!」
足へのダメージに思わず屈んだ男の顎に当たった金づちを振りぬく。
偶然にも当たり所が良かったらしく、男はその一撃で意識を失い崩れ落ち――――
「う゛っ!?」
××の脇腹が短刀で貫かれていた。ただの1対2ではなく、武器を持った喧嘩のプロ達が相手だと分かってたはずなのに。
顔が半分潰れた男が短刀から手を離し、血の泡を吹きながらこちらに銃を向けてきたのが見えた。
何とか発射される前にその手ごと掴むが、簡単に振りほどかれてしまう。
腹に刃物が刺さったまま力が出るように人間は作られていない。しかしその引き金が引かれることはなかった。
「あっ? あっ!?」
男の手が赤い氷に蝕まれ銃ごと凍り付いていたのだ。
また血が凍っている――――何が起こっているかを考える前に、脇腹から流れ続ける血を男の顔になすり付ける。
果たして目論見通りに凍り付いた血は、確実に殺しの経験があるであろう幹部候補生の口と鼻を塞ぎ呼吸を阻害していた。
偶然でも必然でもなんでもいい、血を吐きながら叫び金づちをでたらめに何度も振り下ろす。
「ゴミども! ゴミどもが!! その刃を、その銃を!! 誰に向けるつもりだった!? 死ね、死ね! 殺してやる!!」
目玉、鼻、額、喉仏、鎖骨――――目についた箇所全てを平らにするかのように金属をぶつける。
10回目まではまだ意識があったと思う。20回振り下ろした後は、男の顔は原型がわからないほどに凸凹になり、体中の骨は砕けて静かになっていた。
ようやく鎮火した怒りと同期するように男を蝕んでいた血の氷が溶けて雨に流されていく。
歯を食いしばり、脇腹に刺さったままのドスの柄を握り抜いていく。
「うっ……ぐっ、うう……」
引き抜いたその刃物は容易に人を絶命せしめるほどの刃渡りをしている。
これを、こんな凶器をカタギの人間に向けようとしていたのだ。いつかに自分の家族全てを奪った日のように。
殺してやる。バラバラにして豚の餌にしてやる。本来ならば犠牲者を押し込めておくはずだった後部座席に二人を無理やり入れる。
血が流れ続ける脇腹をおさえながら運転席に乗り込もうとしたとき、誰かが道を曲がってきた。
「未亜菜……」
「××くん……!? 何をしているの!? 酷い怪我……」
数年ぶりに会った世界で最も大事な人は、記憶よりもずっと美しくなっていた。
結婚式に出席しなくて良かった。きっと自分は平常心のままではいられなかっただろうから。
傘を放り出してこちらに駆けてくる彼女を前に、冷静に状況を確認する。
見るからにカタギの車ではないが、幸い後部座席もスモークガラスであるおかげで中に押し込んだヤクザは外から見えない。
血は流れているが、刃物による傷だとは分からないはずだ。
「ねぇ、何をしているの? 検事になるって言っていたのに……」
「……そうだな。……それよりも、やりたいことが見つかったんだ」
そう、まさしくこの男たちの目的は未亜菜もしくはその旦那の誘拐だった。
法律を学んだからなんだというのか。検事になっていたらこの現実は変えられていたのか。
誘拐されて全てが終わり、事が発覚してから追及することしか出来ない。
最初から悪に徹する覚悟を決めた者達の前では、本当の意味で法律は人を守ってくれない。
暴力は必ず先手を取るからだ。本当に誰かを守りたいときは、悪に堕ちるしかない。
「どうしてそんな大怪我をしているの? すぐそこ、私の家だから……手当てして救急車呼ばなきゃ」
ここで何をしているのか、今何をしているのかということよりも怪我の心配をしてくれている。
小学生のころ、父に酒瓶で殴られて寒空の下に追い出された日も、未亜菜は自分の親に黙って部屋に匿ってくれたことが何度もあった。
その変わらない優しさを壊そうとする者がいるのなら、こうするしかなかった。
「ごめんね、結婚式行けなくて。本当はご祝儀だって送りたかったけど……」
「そんなこといいから!」
家に連れて行こうと××の血まみれの手を握った未亜菜の手を振り払い、いよいよ最悪の道に進む覚悟を決める。
「俺の血で君の――――」
言いかけて歯を食いしばる。そうじゃないだろう。
それは現実を認めたくない自己防衛の言葉だ。自分でこの道を選んだのに、今更心を守ろうとするな。
「君たちの家を汚すわけにはいかない」
「…………」
「今、幸せか?」
俺は幸せじゃないよ、もう何もかも壊れてしまったよ――――頬に触れようとした手は最早誰のものかも分からない血で真っ赤で、思わず触れる直前で手を止める。
きっとこれからもっと赤くなるであろう手を、未亜菜はあえて握って頷いた。気が狂ってしまいそうだったが、既にもう狂っているのかもしれない。
「大丈夫。何も心配することはないからね。きっと君はずっと幸せだから」
血で汚れた運転席に乗り込みエンジンをかける。バックミラー越しに目が合いそうになってしまったので顔を伏せてアクセルを踏む。
きっとまだ話をしたかったであろう未亜菜を置いて××は車を発進させた。
『まだ行かない方がいいんじゃないか』
車を追おうとした××の手をアニマが掴んで止める。
何を言いたいかはすぐに分かった。生前は無理やりにこの場を去ったため、その後に未亜菜が何をしたかを知らない。
(……車に入れた人たち、誰?)
未亜菜が雨に流されかけている血に指で触れ、××が去って行った道を眺めている。
あまりにも自然だったため、気が付くのに数秒かかった。
『なぜ未亜菜の心の声が聞こえる!?』
『そうか、早いな』
『何が!?』
『地獄耳ってやつだろ。人の心の声を聞く悪魔なんて世界中の創作で見るだろう?』
『意味が違うだろうが』
悪魔化が進み自分以外の人間の心の声も聞こえるようになってしまったのだろう。
よりによってその最初の相手が、一番心の声を知りたくて一番知りたくなかった相手だなんて。
『たとえば、お前の兄はあれでもお前を愛していたようだぞ』
『うるさい!』
未だに死の瞬間は思い出せないが、きっと確実に烈は××が死ぬ瞬間までそばにいたのだろう。 今更こんな木の化け物に言われずとも知っている。
自分は少しでも烈に弟としての感情を見せたことがあっただろうか――――もうこれ以上後悔を増やさないでほしい。
(あなたの未来を壊したのは誰?)
小中高と同じクラスだった未亜菜は、××が天才だと知っている数少ない人間だった。
未亜菜と同じく県で一番の高校に受かった時も、大学に受かった時も、一人ぼっちになって泣いていた××の代わりに喜んでくれた。
いつだってそうだったが、天才の未来を夢見るのは本人よりも周囲の人間だった。
煙の付き纏う不運に心まで潰されかけていた××の未来を、誰よりも夢見てくれていた彼女をこんな顔にさせてしまっていたのだ。
『俺が、俺が自分で選んだんだ!』
届くはずもない言葉を叫ぶ
既に暴行、傷害、無免許運転、誘拐と、未亜菜が願った未来と真逆の行いをしている。そしてこれから確実に監禁、強要、脅迫、殺人の罪を犯す。
本来であれば未来を約束されたはずの天才だった男の犯罪者としての一日目は、既にその道の本業の者でも及ばないほどに血に塗れていた。
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拉致した二人は当然拷問するつもりだったが、やはりというかその役目は烈が買って出た。
判田に傷を手当てしてもらっている間も、ズタ袋を被せられた若頭補佐を烈は嬉々として拷問していた。
「極道ってよぉ、道を極めるって書くんだろ?」
服を全て脱がされ手足を拘束された若頭補佐の上に座った烈が刺青を脅すようにナイフでなぞっている。
伯西会系列の枝とはいえ若頭補佐は立派な組長候補のはずだが、こうなってしまえば威厳も何もない。
「で、道を極めてどうしてチンポに真珠を入れるんだ? 道ってチンポ道なのか? ん?」
「――――ッ!! ッ!!」
ナイフがずぶずぶと肌を切り裂いていき、血が噴き出て裂け目から黄色い脂肪が覗く。
大暴れしている分だけ傷は深くなっていく。
「動くなよ。おめぇのモンモン似合ってねえから、俺がヤマタノオロチンポ彫ってやろうってんだ」
恐らくは一番プライドを傷つける方法だろう。そんな傷を背中に負わされては生きて帰れても極道など続けられるはずもない。
「『僕チンの道はチンポ道でちゅ』って言えよ。そしたら許してやるよ」
ズタ袋の下では目隠しをされ、当然口も塞がれているため何も言えるはずもない。
もごもごと言葉になっていない言葉がズタ袋の下から漏れ出て、烈はいきなりブチ切れた。
「言えよ! 言え!! 言わねえのかコラッ!? 殺すぞ! 死ね! 死ねよゴミ!!」
その爆発の仕方は××とよく似ており否が応でも血の繋がりを感じる。
全く動けない男を何度も力任せに踏みつけ蹴とばしている。恨みがない相手にも関わらずあの暴力は凄まじい。
血がにじみ出したズタ袋を烈が取り外すと既にぐちゃぐちゃの顔が出てきた。
「ケ……ケンゴ……は……?」
猿ぐつわを外されて出てきた名は聞いたことがないが、一緒に誘拐してきた幹部候補生の名前だろう。
烈も誰を指しているのか分かったようで、部屋の隅から『それ』を持ってきた。
「こいつのことか?」
鼻と耳がそぎ落とされ、歯を全て叩きおられた生首だった。
先に覚醒してしまったこの男は空腹だった烈に拷問された上に殺され、目玉をほじくられて食われたのだ。
「う……おぉぉおおお! 鬼畜ども! テメェ、須能だなコラ! 仁義もクソもねぇ半グレが!!」
「おう、このケンゴくんは仁義もクソもあるから必死にお前の分まで命乞いしれくれたぞ。『アニキ、アニキだけは助けてくれェー』ってさ。あっはははっはっは!!」
ボロボロの生首を血涙を流す若頭補佐の前に近づける――――どころか無理やりにくっつける。
「可愛い部下なんだろ!? 労ってやれよ! キスの一つでもしてやれ!! アツいベロチューしろよ! ほら! ほら!!」
「うごぉおおああぁあああ!!」
「あっそーだ! 舌も俺が引き千切っちまったんだった!」
「やめろ、くだらねえ……」
傷を縫い終わった××が生首を叩き落とし蹴とばす。
拷問を楽しむのはいいが、聞きたいことも聞かずに一人殺すとは思わなかった。
これ以上やらせてはまた殺してしまいそうだったので交代する。
「おい。なんでお前ら関西からわざわざ関東に来た?」
「し……知らん……」
「判田、こいつの膝から下を切り落とせ」
「お安い御用で(笑)」
「知らねぇんだよ! 上からの指示だから!」
今さら脅しではないことは分かっているのだろう。
嘘ではないと血を噴きながら叫んでいる。
「上?」
「伯西会の本部ってことになりますかねぇ」
超縦社会の暴力団は上司がやれと言ったらどんな理不尽な命令でもこなす。
たとえ犯罪であっても忠実に命令を遂行する。もちろん逮捕されるが、その代わり懲役が終わった後にはそれなりの地位が用意されるのだ。
この男の立場を考えるに、命令を下した者もまだ中間層だろう。
つまりこれ以上『誰から』『なぜ』と尋問したところで本質にたどり着けない。
聞き方を変える必要がある。
「わざわざ仁英会のナワバリ壊して侵攻してくるには金がいるはずだ。それだけの旨味があるのか? 資金源は?」
「よく……わからねえ……」
「おいやっぱ足切れ」
「待っていました(笑)」
「だから知らねえんだよ! そうだ! 八十八銀行の本部長がIPOだかなんだかの話持ってくるって聞いたことがある!! でもそれだけだ!」
「あーあ、ダメだこいつ。頭が悪すぎて金の流れが分かってねえんだ」
(八十八銀行……)
日本でも大手の銀行の一つだ。インタージャパンフィナンシャルグループの一角で、傘下には銀行以外にも信託銀行や証券もある。
IPO(新規公開株)は証券会社によって引き受けられ、申し込んで来た顧客に抽選で販売されるが、一般的にIPOは儲かることが多いため、完全にランダムではなく実際は優良顧客に優先して割り当てられる。
その割り当て先に暴力団がいたとは倫理もコンプライアンスもあったものではないが、何故そこで得た金をこんなことに使うのだろう。
そして何故、八十八銀行は暴力団を儲けさせる真似をしているのか。
もっと聞き出したいところだが、この様子ではそもそもの儲かる仕組みすらも分かっていなさそうだ。
拷問をするにしても頭が悪すぎてこっちが欲しい情報の選択すらも出来ていない。
「まだ聞きたいことあるのか?」
「いや、もうない。こいつじゃ無理だ」
「じゃ、殺すか」
「待てや! 何をしてるか分かってんのか!? 何に喧嘩売ってるか分かってんのか!?」
「当然分かってるぜ。お前らを潰すためにやってんだから」
「地獄に堕ちるぞ……ガキども」
「上等だコラッ!! 地獄でテメェの肉貪り散らかしてやるからな!!」
用済みと判断した烈が岩のようにごつい手を何度も振り下ろす。
先ほどまでとは違い、今度こそ命を奪うための暴力だ。
刃物も銃もあるのに殴り殺すことを選ぶのか――――そこまで考えて、××の中にある考えが生まれた。
これほどまでに悪魔的な発想が浮かぶこと自体、××にとってこの道が天職であることを示していた。
「待て。俺が殺す」
「おっ。デザート」
××が取り出した注射器には仁英会がさばいている覚せい剤が入っている。
『デザート』という名で若者に広まっており、シャブ漬けの未成年がセックスに狂い、下品な金持ちが売れないグラビアアイドルに注射している代物だ。
一度注射したが最後、頭に太陽が生まれたかのように覚醒し、五感の全てが何倍にも敏感になるという。
そして効果が切れれば何も感じなくなってしまいデザートを求めるようになってしまう。
甘いお菓子という意味で若者たちは認識しているが、その実の意味は『砂漠』だった。
手にした注射器は五本、感覚が鋭くなるどころではなく完全に致死量である。
「や……やめろ……」
「少なくともアレよりは苦しまずに死ねる」
生首だけになってしまった男の身体は直視できないほどにバラバラにされしまった。
生きたまま食われることに比べればオーバードーズで死ねるならずっとマシだろう。
極道の矜持も捨てて必死に懇願する男の腕を踏みつけ、デザートを静脈に全て流し込む。
「う……うぉおおおおおクソガキどもがぁ!! テメェらの親もダチも全員殺したるからなぁ!!」
「「そんなものはいない」」
烈と××の言葉が被った。
騒げば騒ぐほど覚せい剤が身体中を素早く駆け巡るというのに、頭の悪い呪詛を撒き散らしている。
出来ることなら鼓動を今すぐにでも止めたいくらいだろう。そして1分もせずにその瞬間は来た。
「あ……――――……ぉ」
目が一気に充血し、血涙が流れ、鼻血が壊れた蛇口のように噴き出た。
常識ではあり得ないほどに瞳孔が拡大し、粘ついた唾液の泡を散らしながら男の心臓は動きを止めた。
「判田、こいつバラバラにして――――」
「リョーカイ、ボス。あたしも同じことを考えていました。……あなた、悪魔ですねぇ(笑)」
後日、××が誘拐した二人の死体は解体され、関西の伯西会関連の事務所およびフロント企業の前に投げ捨てられた。
若頭補佐の死体は特に丁寧に解体され、剥がされた生皮が刺青を晒すように伯西会本部の入り口前に張り付けられていた。
仁英会のフロント企業の人間を誘拐するはずだった二人が失敗して殺され、死体は伯西会関連の場所に捨てられた。
そして体内からは仁英会がさばいている覚せい剤が検出された。誰が見ても仁英会の仕業だと誤解するだろう。
この日を境に、各所で表立った抗争が発生するようになり、両陣営は見る見るうちに体力を削られていった。
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血の川に映る己の姿はもう半分ほど悪魔になっていた。
元々白かった肌は更に白く染まり、同じく白くなった髪は何故か首元まで伸びてしまった。
それだけで人を殺せそうな鋭い牙に鋭い爪が生え、頭からは角が伸び、顔には呪いのような黒い紋様が浮かび上がり目は血のように赤い。
ここまで振り返っただけでも死刑になってもおかしくない程の罪を犯していたが、これは始まりにすぎなかった。
「これからまたヤクザを捕まえて拷問するのか?」
ひび割れた地獄の空を眺めるアニマの声は『もううんざりだ』という響きを含んでいる。
彼がどんな人間だったかは知らないが、たとえどんな悪人でもあんな凄惨な拷問を見ればそういう反応にもなるだろう。
「いや。この時点で俺は欲しい情報は全部手に入れたから、もうしない」
あのクラブハウスの関係者は仁英会の人間に固く守られていると思い込んだだろうから、伯西会はもうあんな大胆な行動には出ないだろう。
つまり、そうそう今回のような誘拐も出来なくなった。
「欲しい情報?」
「伯西会の目的と馬喰の意図だ」
「あれだけでか?」
「…………。八十八銀行は財務省の天下り先の一つだ。財務省は伯西会の間接的なパトロンと言っていい。何の利権や目的があって関東に進出したのかまでは知らないけどな」
「それで? 馬喰の意図は?」
「財務省一強状態を気に食わない連中は官僚にもたくさんいる。馬喰もその一人だったってことだ」
日本という経済大国の財布を握っているため、財務省は省庁序列で圧倒的な一位であり、警察庁は警察を動かせることとパチンコの利権を持っていることから序列は二位となっている。
官僚に限らず、財務省に国が振り回されることを良く思わない人間は一般人の中ですらも多数いる。多少痛みを伴うともこの国の膿を出し切る、という馬喰の言葉が嘘でないのならばそういうことなのだろう。
裏社会の争いに半グレも積極的に介入させ潰し合わせる。そこで財務省関与の尻尾の一つでも掴めれば良し。
上手くいかなくとも裏社会の人間が勝手に死ぬだけなのだから馬喰に損はなく、警察のトップが彼である以上何を告発しようとも握りつぶされる。
最良の結果は序列の変動だろう。もしも達成されれば馬喰は良かれ悪しかれ歴史に名を残すことになる。
「アウトロー気取りが気付けば政治のコマか」
「いいや、そうはならなかった。俺の動きは馬喰の想定を、コントロール出来る範疇を遥かに超えたんだ」
そのきっかけは日本から遠く離れた国で起こった内紛だった。話すよりも見に行った方が早いだろうと次の過去へと飛んでいく。
(……なんでずっとついてくるんだろう?)
思えば地獄に堕ちてすぐに出会ってからずっと一緒にいる。
理由を考えながら翼を広げて飛んでいるとすぐにそれらしい回答が浮かんできた。
ここが地獄だからだ。気分が悪くなるほど広大で殺風景な空間にはぽつぽつと悪魔がいるばかり。
本当はやらなければならないことがあるが、それを諦めて退屈していたのならば××の人生ほど見ていて面白いものはないだろう。
これから××は他国で戦争を起こす。たった一人の人間の悪意が、政治家でもなんでもない男が国すらも傾ける物語。
悪魔の暇つぶしにはきっと最適だ。