これは中央トレセンで働くトレーナーの視点。
彼はウマ娘を指導する存在になって三年、ベテランとは表現できないが、それなりの知識と経験を得た一人と表現できる。
そんな彼は新人、いや、転職者、地方からやってきた新しいトレーナーの奇抜な行動に度肝を抜かれている。
「ヤスケ、仕掛けろ!」
メガフォンではなく、トランシーバーを使用してウマ娘の仕掛けるタイミングを指示している。
ヤスケと呼ばれるウマ娘には、事前に遠隔イヤーフォンを改造した指示器のような物を予め装備させ、正しい仕掛けのタイミングを的確に指示している。
彼は四人のウマ娘を囲っている。それも校内随一と表現できる二脚を持つウマ娘だ。
イッテンコウセイ、シャイニングレオを除く二人は模擬レースに何度も挑み、そして三番手にもなれなかったような……表現するなら落ちこぼれ、その二人を柔軟な発想だけで――クラシック戦線上位の状態に仕上げている。
彼以外も地方のトレーナー、名をタクヤ、彼の実力、そして選球眼に驚きを隠すことができない。
言うならば――魔法使い。
『そんな落ちこぼれを指導しても無駄だよ、中央は質が高いんだ』
彼は落ちこぼれの二人を指導するタクヤにそう投げた。
だが、タクヤはその表現に目をギラつかせ――
『才能ってのは、努力を含めた才能なわけ? じゃあ、この子達は努力の方向音痴をしてるだけじゃん! それを落ちこぼれなんて心外ってもんだぜ! チョーSだよな!』
そう言い放った。
子供のような語彙力の無さ、知的じゃない言い回し、ただ暑苦しいだけの男。
だが、目線は誰よりもウマ娘、いや、学生の為に低くなっている。
模擬レース、メイクデビュー、この二つとも勝てずに学園を去るウマ娘も少なくない。それをトレーナー達は才能や努力だと吐き捨てる。
――彼はそれをしない。
ただ愚直に、
ただ真っ直ぐに、
ただ明るく、
彼女達に一筋の光を与えている。
中央の人間なら鼻で笑う行為、新人とも言える年齢なら、才能があるイッテンコウセイ、シャイニングレオのどちらかを手に入れればいいだけ。だが、それをしない。
その根底にあるのは、彼の師。異端者とも称される伝説のトレーナー
【トレーナー紳士・マサヒコ】
数々のウマ娘をG1戦線に送り出し、日本のみならず、世界の記録すら保持する男。
初年度にメジロ『想像にお任せします』を担当し、日本のレースを荒らし、渡米。ケンタッキーダービー、凱旋門賞、ドバイワールドカップなど、数々のレースにウマ娘を送り出し、生ける伝説と呼ばれている。
そして、結婚して三日で離婚したという武勇伝まである。
彼の指導方針は唯一つ、
【正しい走りをしていれば勝てる。そこに才能の付け入る隙間は無い】
才能の否定、努力の肯定こそがマサヒコ流の真髄。
時のウマ娘達は彼のことを無責任な奴だと表現する。だが、彼の人となりを知る存在にとって、その無責任こそが最大の貢献。無責任だからこそ発生する責任、これが彼を伝説と表現させる最大の意味。
ただ無責任に、
ただ素直に、
ただ走りに、
――貫くような正論を放つ。
彼の教え子の中には、
怪我をしてトレーナーから逃げられたウマ娘、
才能が無いと切り捨てられたウマ娘、
頭が悪いと捨てられたウマ娘、
出来損ないと表現してもいい彼女達がいる。
そのすべてを一粒残さず前線に立たせた功績、正しく伝説。
「……でも、時代遅れだ。今の時代、ウマ娘は才能で選ぶ時代だ」
彼は弱音のように吐いた。
そう、何十年も前のレースなら、トレーナーの指導だけで劇的な変化、そして成長が見受けられた。
だが、現代の競技において必要なのは「才能」、才能が無ければ走っても無駄だという心理が生まれている。
理由、それはトレーナー人口の増加、レースに出場するウマ娘の増加。
この二つの要因によって、レースは高度に発展し、フラットな状態に立たされている。
そんな平坦な競技に必要なのは【唯一抜きん出て並ぶ者なし】、この精神。この言葉の解釈によってトレーナーは才能を重視するようになった。
最初から抜きん出ていれば勝てる。
最初から抜きん出ていれば成長する。
最初から抜きん出ていれば大成する。
最初から抜きん出ていれば才能だけで片付けられる。
この歪んだ精神が中央の才能至上主義流行の原因になった。
確かに、最初から才能というブーストがあるのなら、その後のブーストも悪くない。指導する人間なら、先行きが明るい方が心地良いだろう。
――それの全否定こそがマサヒコの教え。
拓也県にあるチューウゼートレセンでは【唯一抜きん出て並ぶ者なし】という言葉は使われない。
代わりに使用されている言葉、それは――
心
技 忠 体
この三角の言葉、心技体という古からの言葉に忠誠心を意味する忠を足しただけの言葉。
この4つの漢字、意味は単純。
心、心が強ければ前を向いて走れる。
技、技術があれば賢く走れる。
体、体があればレースで走れる。
忠、忠を誓う存在がいるなら――道を踏み外さずに走れる。
時に、この思想は古典的とも言われている。
「古い考え方をしている……才能の否定なんて……」
才能主義、
努力主義、
この二つは相容れない。
だからこそ、どちらかを選んだ人間にとって――片方は気持ち悪さすら感じる。
彼は才能主義を選んだ。
勝利する者は才能によって選ばれる。才能によって駆け抜ける。才能によって――人を喜ばせる。
すべてを才能で一括り、それがどれだけ楽か、開けた道か、想像にかたくない。
「コウセイ! おまえは本当に器用だな、次はヤスケの隣で追い込みやってみろ!」
「はい! ウチ、タクヤさんに絶対服従たい♡」
ふと現実に引き戻される感覚。
去年引退した担当、G1戦線にこそ出られなかったが……自分の思うような走りをした担当……。
もし、彼女がタクヤという古い思想の持ち主に育てられていたら? 彼は暗い表情で砂の乗った芝を睨みつける。
彼は彼女に先行で走ることを命じた。
理由? それはウマ娘が先行で走ることが多い、ただそれだけ。
彼は彼女にそれ以外を求めたか?
彼はそれ以外を求めなかった。
言うならば変化、理の外にある可能性。その可能性をどれだけ引き出すことが出来たのか?
彼は自問自答を繰り返す。そして、辿り着いたのは――自己防衛。
「なんで昔のことを……先行で良い走りをしてたんだ……」
そして、彼だけじゃない、彼らは思うのだ。
――才能がある奴は速い。
今、タクヤが指導しているウマ娘は紛れもなく才能の塊。ダイヤの原石、それも輝きも見せている。
数日前まで輝いていなかった存在、それが光り輝いている。
人間は他人の物を欲しがる生き物だと言われている。
だからこそ――奪える宝石は奪ってしまう。
「イッテンコウセイとシャイニングレオは無理だろうが……センゴクヤスケとエーアイサッカは見落としていた。アレの指導じゃない、開花したんだ! そう、少しのキッカケによって開花した。それはアレの功績じゃない。そう、そうなんだ……!」
タクヤの指導によって劇的に花開いた二人のウマ娘。だが、彼はトレーナーとしての契約を誰とも結んでいない。
五人は担当するという啖呵を切る彼だが、この場所で原石を懐に入れないというのは愚行! ハイエナの前で狩りをする程の暴挙。
彼らは手に入れられる存在なら恥を気にしない。
「なあ、トレーナーA? 俺、次の模擬レースでセンゴクヤスケをスカウトしようと思うんだ」
「じゃあ、俺はエーアイサッカをスカウトだな! あの長く使える足はいい」
「ちょっと! 私は二人とも譲らないわよ!! 毎回ドベがあそこまでの走りをするなんて聞いてないし!!」
こうして、貪欲な光を放つ瞳、それが増えていく。
表現するならタクヤの虜。
タクヤが磨く原石の虜。
自分で磨くことが出来ない原石を欲しがる構図の出来上がりである。
「お前達! オレの師匠が言ってた言葉があるぜ! 理想と現実は相容れない、でも!
――どちらも見えないモノじゃない!
いいか? 理想と現実、どっちも見えるんだよ! どっちか手に入れられるんだよ!!
だから、諦める現実を捨てて、諦めない理想を手に入れろ!
勝てない理想を捨てて、勝てる現実を掴み取れ!
自分の都合が良い方を掴み取れば良い! それが失敗でも、生きているってことに変わりないぜ!!」
「「「「ウッス!!」」」」
……そして、彼女達は走り続ける。
ノリと勢いだけの一人称視点を書いてると硬派な三人称視点を書きたくなっちゃうんだよね!
前話が適当になりすぎた戒めっす! 読者様! お収めください。
評価の時に「ナス」が入ってたら嬉しいなぁ♪
ヨーグルトと麦茶と読者様の感想だけが俺の養分だぜ!!
次回:タクヤかそれ以外か(50くらい)
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タクヤ(メインストーリー)
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ダイワスカーレット
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ウオッカ
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カレンチャン二回目
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カワカミプリンセス
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スイープトウショウ
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どぼめじろう先生
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クリーク&ウララ(親子)
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ハジケ組
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サウナ
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別世界の義父(タキオン・ギム爺など)
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ノムリッシュウマ娘
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麻雀
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トレーナー交流
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平成三強+タマ
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ニジンスキー系の会
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カラオケ
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中華料理人コウセイ
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逃げシス勧誘
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しらねーよ、そんなの