ONEPIECE FILM N.G.   作:悠々―ゆうゆう―

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歌姫の地獄、そして―――

『―――……ゴードン?』

『……ああ……目が覚めたんだね』

 

 いつの間にか眠っていたウタ。寝かされていたベッドから起きて外に出てみれば……その先は燃え盛るエレジア。そして傷だらけのゴードン。

 

『ゴードン……これ……シャンクスは? ……みんなは?』

 

 ウタは夜の闇を深くする光を、国を焼いていく炎を呆然と見詰めながら包帯に血を滲ませるゴードンへ尋ねた。彼は僅かに視線を彷徨わせる。まるで今から口にする言葉が酷く言い難いかのように。

 そうして逡巡した後にゴードンはウタに伝える。伝えなければ、そう決めていたことを。

 

『……ッ!! 彼らが!!! 彼らが全て……奪った……ッ! ……君は騙されていたんだ赤髪海賊団に!!!』

 

 真に迫る。体を震わせながらゴードンは必死に言葉にする。

 

『彼に、シャンクスに!!! 全てはこの国の宝を奪う為!!! 君は利用されたんだ!!!』

『――――――』

 

 水平線の向こう、自分を置き去りにして海の彼方へ進む海賊船。やって来る海軍の軍艦から逃げるように進む海賊船をウタは見つけ―――走り出す。

 

『……ッ!!? どうしてェーーッ!!?』

 

 憧れていた街が。好きになれた、此処に住む人々が好きにしてくれた国が……炎に呑まれている。

 走る。少女は走る。誰も居ない街を。居なくなってしまった街を。

 悲鳴さえ絶えてしまった死人の山を見ないように。視界に映るそれらが幻であることを祈りながら少女は走る。

 

『いやだァーーッ!!? 置いて行かないでェーーッ!!?』

 

 港に辿り着くも船が戻ってくることは無い。遠く離れている海賊船から聞こえてくるのは大勢の高笑い。見えるのは甲板に山と積まれた宝箱や物資を囲んで杯を掲げる―――

 

『何でだよォおおおおおおッ!!?』

『危ないウタ!!?』

 

 海に落ちそうに……無謀にも船を追い掛けようとするウタの小さな体をゴードンは抱き留める。腕の中で彼女は泣き叫びながら暴れる。

 どれだけ遠くに居ようと見間違う筈が無い。ウタは知っている。自分が育った船レッド・フォース号を、船員一人一人の顔と名を、そして大好きな父親―――

 

『シャンクスゥううううーーッ!!! うあァアアああああああああああッ!!?』

 

 誰もウタを見てくれない。彼らは背を向けてただ笑うのみ。いつだって彼女を温かく見守ってくれた筈の家族達はもう遙か海の向こう。

 

 略奪し、国を滅ぼし、自分を捨てた。

 少女の心に刻まれたその傷は深く、消えること無く残ることになった。

 

 

 

 

『―――ここまでが表向き伝わっている、ウタが知っているエレジア滅亡の事件。彼女はシャンクスとその仲間達がエレジアを滅ぼしたと思っている』

 

 ゴードンはそこまで語ると表情を歪める。それは自身の罪を懺悔する者の表情で。

 

『……だが違う! 違うんだ本当は……赤髪海賊団がエレジアを滅ぼしたんじゃない!』

 

 彼はこれまで隠し通してきた“真実”を口にする。

 

『―――“魔王”が……ッ!! “トットムジカ”が全てを滅ぼしたんだ!!!』

 

 慟哭と懺悔。その二つがない交ぜになった叫び。ゴードンのそれは城の資料室の高い高い天井へと吸い込まれていく。

 そこに描かれた天井画。薄闇に染まった不気味な画がまるで嗤うように揺らめいた。

 

 

 

 

 ■■■

 

 ころして ころして ころして

 

 歌を うたう

 

 ころして ころして ころして

 

 子どもたちの 歌を

 

 ころして ころして ころして

 

 みんなの ために つくった とくべつな歌

 

 ころして ころして ころして

 

 ■■■

 

 

 

 

 “それ”は曲だった。その曲が記された楽譜はエレジアの地下深く、城の資料室に封印されていた。歌の一音すら届かぬよう厳重に。だがパーティーの開催されたあの日、何故か“それ”は封印を破って地下から抜け出した。

 

『これは?』

 

 ソファに置かれていた古い楽譜。直前まで人々から求められるまま歌っていた少女ウタは“それ”を見つけて手に取ってしまった。これも自分に歌って欲しくて誰かが持ってきた物だと思ってしまった。

 だから歌ってしまう。その歌を。

 

『“トットムジカ”』

 

 

 

 

『―――“トットムジカ”はウタウタの能力者が歌うことにより、その恐ろしい力を顕現させる』

 

 ゴードンは天井画を見上げながらトットムジカについて語る。

 

『“魔王”とも呼ばれるそれは出現するなり幼かったウタを取り込んで暴れ始めた』

 

 巨人族を遙かに越える巨体で動き回り、(しもべ)を呼び出し蹂躙、吐き出す光線で周囲を焼く。単純、だが強力。人に害を為すのに小賢しい技は必要無いと言うようにトットムジカは暴れた。

 

『シャンクス達は戦ったのだ、トットムジカと。彼は自分の娘と……そしてエレジアを救おうとしてくれたんだ』

 

 事件の真相は世間に伝わった物と真逆と言って良かった。本来なら称賛されこそすれ国を滅ぼした汚名を被ることなど無かった筈。

 

『だが彼らは罪を被る選択をした』

『……娘の為に』

『そうだ』

 

 まだ年端もいかない子にどうして言えよう。お前がトットムジカを歌い“魔王”を呼び出したが為に国が滅んだなどと、エレジアの国民を皆殺しにしてしまったなどと。

 

 

 

 

 ―――歌い手(ウタ)が力尽き眠りに落ちたことで消滅したトットムジカ。全てが終わってしまった国でシャンクスはゴードンに告げる。

 

『―――おれ達がやった。おれ達がこの国を滅ぼした』

『何を……ッ!? 君達は戦ってくれた!!』

『……ウタ(あの子)には才能が在る。立派な歌手にしてやってくれ』

『……ッ!!?』

 

 シャンクスは燃え盛る街を見る。もうそこに生きている者など誰もいない。誰一人助けられなかった。今この国で生きているのはゴードンと赤髪海賊団、そして娘のウタだけ。

 

『私が!! 全ては私の所為!! この楽譜を捨てられなかった……ッ!! 一つの音楽として愛してしまった私の所為だ!!』

『あんたは悪く無い。悪いのは―――』

 

 眠ったままのウタ。無事で居てくれた彼女を建物へと運びベッドへ寝かせたシャンクスは笑顔を浮かべる。

 

『悪いのは海賊で十分さ』

 

 シャンクスは快活に笑う男だった。それは短い付き合いのゴードンでもよく知っている。だからその笑顔がいつも見せてくれていたそれとは違うと直ぐにわかった。

 

『……元気でな』

 

 我が子の頬を撫でる。最後に。その温もりを離したくなくても。

 そうして赤髪海賊団は愛する娘に背を向けて歩き出す。ゴードンの傍らで傷の手当てをしていたホンゴウもそれを終わらせるとその後へ続く。

 

『ッ!!!』

 

 遠ざかる彼らの背に向かってゴードンは声高々に誓う。

 

『私は誓う!!! あの子を立派な歌手にすると!!! 音楽を愛する者として、この身を賭して育て上げると此処に誓う!!!』

 

 トットムジカの楽譜を胸に強く掻き抱きながらゴードンは力強く宣誓した。シャンクス達はもう振り返らない。だけどその言葉はしっかりと彼らに届いていた。

 

 これがエレジア滅亡の真実。

 

 

 

 

『……こうしてウタは“海賊嫌い”となり、怒りや憎しみを抱くようになった。シャンクス達は罪を被ったが……本当に責められるべきは私―――』

 

 ゴードンがこうして全てを語り終えた直後だった。

 

『それは違ェぞ、おっさん』

『……え?』

『…………』

 

 皆が悲劇的な真実に神妙な顔をする中、ルフィだけは異を唱えた。『違うとはいったい?』と戸惑うゴードンにルフィはしかし―――

 

『……寝る!!』

 

 そんなことを言った。

 

『は!!?』

 

 困惑するゴードンを置いてルフィはさっさと資料室から出て行く。勝手な行動だがそれを咎める仲間は居ない。

 

 ただ呆然とルフィが居なくなるのを見送ったゴードンに、同じように残された仲間達は慰めるような言葉を掛ける。

 

『気を悪くしないでくれ』

『ああ見えてルフィも色々考えてる』

『まあそのまま一人突っ走って行くことも多いけど』

 

 仲間達に信頼されているのかいないのか。ゴードンはそんな彼らのルフィに対しての思いに何も言えず黙りこくる。

 そうして、ルフィが完全にこの場から立ち去ったタイミングでサンジはゴードンに礼を言う。

 

『……しかし、ありがとよ。()()のことをルフィの奴に黙っててくれて』

『ん? あ、ああ……確かに、その部分だけは濁したが……それにいったい何の意味が?』

 

 サンジはこの話し合いが行われる直前、ゴードンに直接伝えたことが有った。

 

『『君が廃棄した“あれ”のことはルフィには話さないで欲しい』……どうしてそんな頼みを?』

 

 ゴードンにとっては理解出来ない内容。サンジ自身もその頼みがこのエレジアの真実を知る直前までどれだけ意味を持つようになるのかわかっていなかった。

 果たしてサンジは“賭け”に勝った。

 

『作戦決行は明日。それまであのバカ正直なルフィをどうやって黙らせておくか考えていた』

 

 煙草を咥えるが場所が場所なので火は点けない。

 

『ウタちゃんはきっと()()を捨てられてそのことで頭がいっぱいになってる筈だ。あんたの話しが本当なら彼女の“計画”の要になる代物だからな』

 

 レディの辛い境遇を知って暗い表情のサンジはだがニヒルに笑ってそれを教える。

 

『それとなく聞いてくる筈さ、あれの在処を……誰が捨てたのかを。まあそれを聞いた所でルフィは知っちゃいないがな』

 

 ゴードンから事件の全貌を聞き終えて、サンジはこの策がウタに刺さると確信する。

 

『ルフィは嘘を吐けねェバカだが()()()()()()ならそんな心配する必要も無い。それに……他人の過去も自分からべらべら話すタイプでも無ェしな』

 

 ウタは()()のことに意識が割かれ、それ以外のことが疎かになる。それが明日の作戦決行までの時間稼ぎになるのだ。

 

 

 

 

 ―――仲間の力を借りてルフィはこの日この時この場所で、ウタと本気でぶつかり合う状況を作った。そうした全てが今、ウタの本心と向き合う為の手段だった。

 

「あの日、久し振りに会ってさ。直ぐにわかった。お前が今もシャンクスのことが大好きだって」

「……どうして?」

「見てりゃわかる」

「何それ……答えになってないじゃん」

 

 ウタはその場にへたり込んだ。そして体はフラフラと前後に揺れて今にも眠りに落ちてしまいそうな状態。だが目だけはしっかりとルフィを真正面から映す。

 まるで観念したかのように彼女はぽつりぽつりと話し出す。

 

「……ずっと、シャンクスがやったと思ってた。エレジアを滅ぼしたの……」

 

 “新時代”のマークの上から手の甲に爪を立てる。強く強く爪を立ててマークが歪む。

 

「ルフィの言う通り、そんなわけ無いのにさ。わたしはそれを信じることしか出来なかった」

 

 震える手。それは痛みによってでは無い。

 

「恨んで憎んで……海賊に怒りを向けて……わたしはこの場所でそうして生きてきた」

 

 怨嗟を漏らしたウタは「でもね」と、その言葉でこれまでの感情を切る。

 

「それまでの日々が変わる出来事が起きた」

 

 ウタは掌の上に一つの物体を創造する。それは“電伝虫”だった。ただ見た目だけ再現した玩具だが実物そっくりである。だからこそ、その電伝虫が普通の物とは違う外見をしていると直ぐにわかった。

 

「わたしの歌が皆に届けられるようになったの。3年ぐらいに前に。ちょっと変わった電伝虫が流れ着いて、その子達を使ってわたしは外の皆と繋がった。すごく楽しかったの。嬉しかった。だってわたしの歌で皆が喜んでくれたから」

 

 ()()の電伝虫によって世界中に自らの歌を発信出来るようになった。好きだった歌で、世界と繋がれるようになったのだ。

 

「わたしのこと“歌姫”だって言ってくれて。“救世主”って呼ばれた時はちょっと大袈裟だなって思ったけど―――」

 

 人々から称賛を受けるウタ。それは傷付いた彼女の心を癒やして“笑顔”を取り戻してくれた。

 

「もっとわたしに出来ることは無いかなって考えるようになった。その頃にはもう過去だけ見るんじゃなくて未来にも目を向けようって思えるようになってて……歌のお陰でわたしはまた前を向けるようになれた」

 

 睡魔と疲労で辛そうな表情のウタ。だがその顔に笑みを浮かべて彼女は当時の心情を語る。

 

「“救世主”……本当に皆を救えないか考えるようになったの。わたしのことを好きでいてくれる皆の力になりたかった。この世界で助けを求める皆と同じ痛みと悲しみを、わたし自身も抱えていると本気で思ってたから」

 

 浮かべた笑み。それは明るい物では無く、薄暗い物で。

 

「……バカだった。わたしは本当にバカだった」

 

 瞳の焦点が合わぬ笑顔でウタは言う。

 

「一年前に“真実”を知るその時まで……わたしは本気でそう思って生きていたんだ」

 

 12年前の地獄など生温い。彼女はその時、本当の地獄を知ることになった。

 

 

 

 

 ■■■

 

 そうして

 いつしか 子どもたちの歌は かわりはてました

 

 いのりと ねがいを こめた 音は

 いつしか いみを うしない

 

 つづく ことばは 世界への 

 

 怒り 呪い そして破滅

 

 はじめに いだいた りそうは きえはてて

 あとに のこるは 死

 

 死の こうしんは つづく

 

 世界から 怒りが きえぬかぎり

 世界を 呪うものが きえぬかぎり

 

 世界が 破滅する その時まで

 

 ■■■

 

 

 

 

 シャンクスに捨てられてから辛く苦しい日々が続いていた。だがここ数年はそんなことを考えることも少なくなるぐらいに充実していた。

 

『―――皆聴いてくれてありがとー!! ちょっと眠くなってきたから今日もこの辺で配信を終わるね!! じゃあね皆!! 明日も元気で!!』

 

 海岸で拾って2年程経った新種の電伝虫。それを使ってウタは定期的に歌配信を行うようになっていた。歌声に“能力”を乗せて、聴いてくれる皆に少しでも素晴らしい夢を届けられるように。

 

『ウタ』

『あ、ゴードン。さっき配信終わったんだー。だから今から寝るところ~』

『そうか……おやすみ』

『うんおやすみ!』

『……ウタ……ッ!』

『ん? どうしたの?』

『いや、その……ああー、うん。……最近、明るくなったね』

『……そうかな? ふふ。そうかもね!』

 

 ウタもそれは自分でも感じていた。前向きに明るくなれていることを。それはきっと自分の歌を楽しみに待ってくれている大勢の人が居るから、自分という存在が必要とされているから。

 自分を受け入れてもらえる“喜び”。それと合わせて彼らの“期待”に応えたいという“責任感”。それらがウタに活力を与えてくれていた。

 

『明日も明後日も、その次も……こんな日が続けば……良いなぁ……』

 

 そうしてウタは眠る。傷付いた心が癒やされる日々に微笑みながら。

 

 

『―――なんだろう、これ?』

 

 エレジア滅亡の映像を記録した電伝虫を森で拾ってしまったその日まで、ウタは昨日までの日々が続くと信じて疑っていなかった。

 起動して再生する。

 

『―――××月○○日△△時ッ!! わたしはこの映像を記録に残す!!!』

 

 この電伝虫を手に乗せた男が叫ぶ。大勢の悲鳴が数え切れない程上がる街の中で。必死な様子で辺りの光景を映像に残す。

 

『だからもしこの映像を見てくれた者は……ッ!!! ……頼む気を付けろ!!!』

 

 凄まじい激突音が幾度と無く響き渡る。街を燃やす炎に照らされて、遠くに恐ろしい怪物の影が映像に映り込む。

 

『“あの少女”は危険だ!!!』

 

 巨大な怪物に立ち向かう男達。彼らは強い……だがその強さがまるで通用していない。その奮闘も虚しく街は蹂躙される。悲鳴が減っていく。だんだんと、だんだんと、消えていく。

 

『あの子は……世界を滅ぼす存在だ!!!』

 

 その長い腕を振るえば建物が砕け散り崩れ去る。それはまるで子供が積み木で作った家を突いて壊すようで……怪物は嗤いながら全てを破壊していく。

 

『この映像を見た者は……ッ!!! あの子を、“ウタ”をどうか―――』

 

 怪物の雄叫びが響き渡る。怪音波。物理的破壊を伴って放たれた音の津波が周囲を飲み込む。

 

『ッ!!?』

 

 電伝虫の映像が()()()()()

 そのまま地面に落下したのか電伝虫はよたよたと動き出す。向かうのは先程まで自分を持っていた男の方。

 

『――――――』

 

 だが男は何も反応を返さない。だがそれも当然。

 男の首から上は飛来した瓦礫によって木っ端微塵に―――

 

『―――イヤァアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!』

 

 思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した全て。

 

 少女は思いだした。己の罪を。

 “救世主”などと烏滸(おこ)がましい。“歌姫”すらこの身に過ぎた称号。

 

『……あ……あはっ……あははは……』

 

 膝から崩れ落ちたウタは壊れたように笑う。頭が痛い。

 

『あはアハあはははアハハハあははははははアハハハハハハ!!?』

 

 笑い声が二重に聞こえる程、彼女の意識は現実から遠ざかっていく。頭が割れそう。そんな自分以外の誰にも届かない悲鳴と哄笑は彼女が気を失うその時まで続いた。

 そうして意識を手放した彼女の見る夢は、あの日の記憶の再生だった。

 

 ―――エレジア滅亡の日、ウタはシャンクスの船が水平線の果てに消えるまで見続けた。後ろから体をじりじりと焦がすような熱波と、それから庇うように彼女を抱き留めるゴードンの体温を感じながら。

 

『…………』

『ウタ。もう行こう。ここまで火の手は届かないが……危険なのに変わりない。無事な建物で夜を明かそう』

『…………』

 

 涙すら涸れて魂が抜けたようなウタ。ゴードンは本当にこの選択は正しかったのかと悩みながらも、だが託された使命は果たせねばと彼女の手を引いて歩き出そうとする。

 

『……ぁ……』

『……? ウタ、どうかした―――』

『……みんな……探さないと……生きてる人……』

『ッ!』

 

 ゴードンが強く手を握る前に、ウタはするりと抜け出し火の手が残る街へと駆け出す。

 

『いけないウタ!!? 行ってはいけない!!! ……ぐぅ!? ……も、戻ってくるんだ!!!』

 

 傷が痛む所為で満足に動けないゴードンはウタが行くのを止められない。必死で呼び掛けるもその声は彼女の耳に届かない。

 

 少女は一人、街を行く。

 

『……ハァ……ハァ……ハァ……!』

 

 夜の闇に赤い爪を立てる炎。その熱に肌を炙られながらもウタは生存者が残っていないか探す。

 

『誰かァーーッ!!! 誰か居ませんかァ――ッ!!! ……げほッげほッ!!? ……居たら返事を!!!』

 

 火に巻かれて焼けた死体は数知れず、同じように瓦礫に押し潰された死体も数知れず。何処に目を向けても死体死体死体、死体の山。

 

『……う……あぁ……』

 

 生存者を探しに来た。だがもう心が折れてしまった。

 死体を見るのは初めてでは無い。赤髪海賊団は積極的に他者を殺めるような真似はしないがそれでも海賊である。殺す時は容赦無く殺すのなんて戦闘時には船で留守番させられていたウタでも知っている当然の事実。

 だからウタは人が死んでいるこの状況でも自分は行動出来ると思っていた。思ってしまっていた。

 それは大きな間違いだった。

 

『ひっ……ぁ……ああ……ッ』

 

 何故ならこれは戦闘で落とした命では無いのだから。

 普通の一般人。幼いウタを可愛がってくれた大人達、一緒に遊んでくれた子供達、音楽を愛する人々―――老若男女関係無く骸へと変える“大虐殺”。

 

 少女の視界を埋め尽く死の群れ。そこには穏やかで美しい物など存在しない。全てが酷く惨たらしい。

 恐怖で頭がおかしくなりそうだった。自分から此処に来た筈なのに今直ぐこの場から逃げ出したかった。

 

『ぃ、いやぁ……―――あッ!?』

 

 だがウタは転んだ所為で逃げ出すことが出来なかった。何かを踏んづけてバランスを崩し転倒してしまったのだ。

 

『な、何が……』

 

 転倒した原因が何かを確認しようと目を向ける。

 

『――――――』

 

 全員死んだ。それは何となく知っていた。そう、()()()()。本当の意味で理解していたわけでは無い。だがウタは“それ”を見て強制的に理解させられる。

 

 それは小さな炭の塊だった。

 

(―――ねえウタちゃん。この子を抱いてくれないかしら)

 

 覚えている。赤子を連れた女性がウタにその子を抱かせてくれたことを。

 

(ほ~ら未来の歌姫様だよ~。良かったね抱っこしてもらえて)

 

 小さな、でも温かな命。子供である自分の腕では少し重い。

 

(……ねえシャンクス。わたしもこんな時があったの?)

(ああ、勿論。だがそんな昔のことでも無いぞ。おれからすればほんの少し前さ)

(ちょっとそれってわたしを子ども扱いしてるの? やめてよねレディに対して)

(おいおい拗ねるなよ)

(拗ねてないよ~だ。ほんと失礼しちゃう。……ねー、あなたもそう思うでしょ?)

 

 腕の中で赤子が微笑んだ。それはウタも釣られて笑顔になるような愛らしい表情で―――

 

『……ぁ……ぁぁ……』

 

 今となってはただの炭。

 ウタは逃げ出した。自分の足で踏み砕いてしまった炭の塊に背を向けて。全てを炭へと変える炎から抜け出す為に彼女は必死に走る。

 

 地獄だ。自分は今地獄に居る。シャンクスと共にこの国来なければこんな地獄は生まれなかった。

 

『ぅああああああああああ!!? シャンクスシャンクスシャンクスゥウウううーーッ!!!』

 

 好きだったのに。愛していたのに。尊敬していたのに。今は憎くて憎くて仕方が無い。

 

『ハッ、ハッ、ハッ……!?』

 

 火の手の届かぬ場所まで走り抜け、ウタはそこで倒れ込むように蹲る。

 

『……シャンクスが……! 海賊ッ……海賊のせいで……!?』

 

 捨てられた悲しさと怒りが心に穴を空ける。その虚無感が体から力を奪う。

 

『……ううぅ……どうしてぇ……? どうしてだよぉ……ッ!?』

 

 ウタは泣いて泣いて泣き続けた。追い掛けてきてくれたゴードンに保護されるまで。

 

 ―――こうして、少女の心に海賊に対しての怒りと憎しみが芽生えた。

 この日からウタは“海賊嫌い”として生きていく。その気持ちを歌に込め、ファンから“歌姫”や“救世主”と持て囃されるぐらい、その気持ちは彼女を強く形作った。

 

 なんて地獄なのだろう。今でもたまに悪夢でこの光景を見る。

 これまでは悪夢を見る度に怒りと憎しみを募らせていたウタだったが―――

 

 

『……なーんだ。やっぱりシャンクスは悪くなかったんだ』

 

 仰向けに寝そべりながら青空を流れる雲を見る。

 

『わたしだ』

 

 なんて滑稽なのだろう。

 

『わたしが……皆を殺した』

 

 禁忌の歌を使ってエレジアの人々を皆殺しにした張本人こそ自分だった。なのにそれを忘れ、その罪を全てシャンクス達に押し付けのうのうと被害者ぶって生きてきた。

 

「……い、いやッ!? ……違う!? 違うの! こ、こんな……ッ!? ……ぅうう!! ……ああああ……ああああああああああ!!?」

 

 視界が滲む。涙が溢れ出した。

 

『ごめん……ッ! ……ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい違うのわたしじゃないわたしは悪くっ……ううううッ!!! うあああああああああ!!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! ごめんなさいごめんなさ―――』

 

 今さら謝ったところで何もならないと云うのに、ウタは何度も何度も謝る。

 全ての罪を知った少女は一人、許される筈の無い謝罪を繰り返し、償うことなど不可能な絶望に泣き続けるのであった。

 

 

 

 

 ウタの真実の告白に合わせて“ウタワールド”を煌々と照らしていた七色の光柱がか細くなり……遂には消える。この世界での創造を補強するエネルギーの奔流が消え去った。音符の戦士達も粉々に砕ける。

 夢の中のエレジアが現実と同じように宵闇に包まれ、後に残ったのはウタとルフィ達だけ。

 

「…………」

 

 力無く項垂れるウタ。過去の大惨劇が自分の存在に起因する物だったと知った時の心境は如何ほどか。実際に見たわけでも無いルフィにとっては想像することしか出来ない。

 

「やっぱお前は悪くねェ」

 

 だがその答えだけは決して揺るがない。

 ふっと、気の抜けた笑い声がウタから漏れ出る。

 

「……優しいね、ルフィは」

 

 貴女(じぶん)は悪く無い。それは心が壊れてしまいそうな罪悪感から逃れる為に使ってきた言葉でもあり、ずっとずっと誰かに言って欲しかった言葉でもあった。

 泣き出してしまいそうな切ない気持ち。互いの誓いを描いたウタの左手がルフィへと伸ばされる。

 

「ありがとう……ルフィ」

 

 彼女はそう感謝を伝え、そして面を上げる。

 

「私ね」

 

 その顔には満面の笑み―――

 

 

 

「やっぱり、それでも……“新時代”を作りたいよ」

 

 

 

 身も心も傷だらけな、痛々しい満面の笑みだった。

 

「――――――!!!」

 

 直後、ウタの手がルフィの胸に添えられ―――放たれた黄金の炸裂によって彼の体は大きく後ろへ吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 ―――“新世界”の島、500年先の未来を歩んでいると言われる“エッグヘッド”。

 

『―――ギャ~~ッ!!? ヤメロ~~ッ!!? 同じチームだった仲だろうがこの人でナシめェーッ!!?』

「良いから大人しくせんかシーザー。そんなに逃げ回られると捕まえられんじゃろ」

 

 改造電伝虫が大画面に映し出すのは一人の男がロボットから逃走を続ける光景。それを横目に兵器の研究や開発を続ける女が一人。

 映像に映っている男……シーザー・クラウンは自らの肉体をガスに変化させてロボットの弾幕を必死に回避する。そうして逃げ回りながらもシーザーはロボットのカメラに向かって怒鳴り散らす。

 

『ふざけんじゃねェぞ()()()()()!!? 過去におれをチームから追放しただけじゃ飽き足らず今度は捕まえようってか!!? 何様だてめェは~ッ!!?』

「はっ! 科学者じゃよ、今も昔も……“100年先”もな!」

 

 “天才科学者”、“世界最大の頭脳を持つ男”とも称されるDr.ベガパンク……その頭脳を活かす為に複製した自分自身(クローン)(サテライト)”の1人たる“(リリス)”は片手で図面を引きつつもう片手でロボットを遠隔操作する。

 遠く離れた島に居る筈のシーザーはベガパンク・悪が出撃させた遠隔操作ロボ“VEGA-FORCE Ⅱ型-8号”による猛攻によって疲労困憊、捕獲されるのも時間の問題となっていた。

 

『クソっ!!! ロボ如きが舐めんじゃねェぞ!!! 喰らえ“ガスタネット”!!!』

 

 シーザーは逃げながら周囲に散布していた爆発性のガスに火花を散らして引火、ロボットを周辺諸共爆破する。

 轟音と共に爆炎に飲まれるロボットに中指を立てるシーザー。

 

『バァ~カァ~めェ~!!! いつまでもおれが遅れを取ると思ったら―――』

 

 爆炎を突き破り無傷で登場する“VEGA-FORCE Ⅱ型-8号”。

 

『って全然効いてねェーーッ!!?』

「効いとるぞ。あと27回、同等の威力の“ガスタネット”を直撃させれば継戦に影響が出る程度の破損が発生する」

『それを一般論で効いてねェって言うんだよこの“狂気の科学者”が!!?』

 

 シーザーは己の不幸に涙しながらこの状況を打開する為の手を必死で考える。

 

(麦わらの野郎の所為で始まったおれの転落人生! 数多の苦境を乗り越えようやく平穏を掴みかけた矢先に……ど~してベガパンクの野郎が出てくんだ!!?)

 

 四皇ビッグ・マムが統治する“万国(トットランド)”から命からがら逃亡に成功したシーザー。その後様々な取引きや出会いを経て何とか“新世界”に存在するとある島で生活基盤を構築しようとした矢先の出来事。突如として現れたベガパンク・悪が操るロボットによって彼の束の間の平穏は瞬く間に壊されたのだった。

 

『こうなったら島に住んでる奴らを人質に―――』

「止めておけシーザー。その手は(わし)には意味が無い」

 

 ベガパンク・悪はシーザー捕縛に当たって潜伏している島の情報を既に精査済み。仮に島民が()()したとしても社会的損害は最小限になるよう手は打ってある。だがこれは別の“(サテライト)”たる“(シャカ)”に知られた場合叱責では済まされないので彼女にとっても最終手段である。

 

「“シノクニ”じゃったか? お前が作ったあの」

『知ってんのか!? おれがあの作った最高傑さ―――』

「お前らしい実に“拝金的”なつまらん兵器じゃったな」

『――――――』

 

 シーザーの制作物をこき下ろしながらベガパンク・悪は描き上げた図面を部下に渡す。そして視線を液体が満ちる培養槽へと向ける。

 

「兵器の本質は“抑止”。強大な力で持って他者間で発生する争いを“奪う”為に存在する。相も変わらずお前は逆に争いを助長させて儲けようなどと……こっちは金欠でも頑張って居ると云うのに嘆かわしい」

 

 培養槽の中で眠る兵器―――“PX(パシフィスタ)”、その最新鋭機である“セラフィム”のバイタルを確認してベガパンク・悪は告げる。

 

「と、云う訳で……これ以上知人に手荒な真似はしたくないのでな。潔く捕まれ“3億ベリー(シーザー)”」

『お前今変な呼び方しただろ!!?』

 

 シーザーは歯軋りする。

 

『ヌゥ~~ッ!! お前は本当にいつもいつも目障りな野郎だ!!! つまらんだとォ!!? そんなことは実物を見てから言いやがれってんだ!!! 海軍に所属してんなら民間人に被害が出ればてめェの責任だ!!!』

 

 そう言ってシーザーが放つのは肉体に取り込んで同化した経験からようやくガスガスの能力で再現出来るようになった殺戮兵器“シノクニ”。

 もし広範囲に放てばこの島を文字通り死の国へと変貌させてしまう恐るべき毒ガス。それがシーザーから吹き出し―――

 

「本当に人の話を聴かん奴じゃ」

 

 拡散する直前、ロボットから発射されたミサイルがシーザーの近くに着弾してその効果を発揮する。

 

「―――再現兵器“氷河時代(アイスエイジ)”」

『――――――』

「ふむ“(ピタゴラス)”製だけあって中々の威力じゃが……やはり単純なエネルギー兵器の“レーザー”と比べれば見劣りするな。そうは思わんかシーザー・クラウン? ……回収しろ」

 

 凍結ミサイルによって毒ガスごと凍り付いたシーザーを見てベガパンクは“VEGA-FORCE Ⅱ型-8号”にその身柄の収容を命じる。その手際は見事で凍結した毒ガスの一欠片すら残さず胴体部分の格納庫へと放り込む。

 その光景を確認したベガパンク・悪は画面を消すと、少し前からずっと待機していた海兵に向き直る。

 

「……さて、待たせたな。確かわしらに要請が有るとか何とか……」

「は、はい! サカズキ元帥から協力要請が!!」

「確か“ウタウタの実”の能力者を捕らえる、又は殺害する任務じゃったか」

 

 ベガパンク・悪は海兵に顔の向きを固定したまま先程まで見ていた物とは別の研究資料を引っ張り出して新たに図面を引いていく。生体兵器に関するその資料は“PUNK”と銘打たれており、それは自身が着用しているボディスーツの胸元にも“PUNK-02”の形で刻まれていた。

 

 少しでも戦力が欲しいサカズキはDr.ベガパンクにも戦力を要請した。その対象は勿論―――

 

「“セラフィム”を借りたいんじゃろう? 見てわかるだろうが今セラフィムは調整中じゃ」

「そ、そこを何とか!! サカズキ元帥はどうしてもDr.ベガパンクの科学力を必要としているんです!!」

 

 サカズキは本気で動いている。それに応えたいとこの海兵はDr.ベガパンクを説得しようと言い募る。

 

「今回の件はこれまでにない規模の被害が予想され、それを未然に防ぐには“SSG”が開発した新兵器の力が―――」

「良いぞ」

「……え? ……い、今、なんと?」

 

 聞き間違いか? そう思った海兵は目を点にして聞き返すが、ベガパンク・悪は軽い感じで同じ答えを返す。

 

「セラフィムを使いたいのじゃろう? 良いぞ。残念ながらこの1体以外の調整は“終わらせてしまった”から今回の任務には回せん。こいつを連れて部隊と合流すると良い」

 

 ベガパンク・悪は培養槽の中で眠る女型のセラフィムを強化ガラス越しに叩く。

 要請が無事に通った。海兵はサカズキに良い報告が出来そうだと胸をなで下ろした……が、そんな彼にベガパンク・悪は「じゃが条件が有る」ととある物へ指を差す。

 

「戦力提供、その代わりと言っては何じゃが……ウタウタの能力者である歌姫ウタ、その娘の身柄を短期間でも良いから此方で預からせてはもらえんか?」

 

 それはテーブルに置かれたポスター。歌姫ウタのライブを告知するポスターであった。

 

「た、対象の身柄を、ですか?」

 

 海兵は突然ベガパンクが申し出た条件に慌てる。

 

「す、すいません。わたしにはそれを許可する権限が無く……」

「ああ構わん構わん。元帥に話しだけでも通してくれれば十分じゃ」

 

 ベガパンクは生体兵器“PUNK”の資料を片付けると次に別の資料をテーブルに広げる。

 

「ウタウタの能力。あの精神に働きかける力が有れば一部の研究が捗ると考えてのお願いじゃ。無理にとは言わん。身柄自体が駄目なら採血させてくれるだけでも良い」

 

 真新しい用紙を使った資料に銘打たれていたのは“血統因子と魂”の一文。

 

「歌を聴かせた者の精神を自らが支配する世界に招く……さてさて、この“聴ける者”が何処まで適応されるか……わしァ非常に興味が在る」

 

クククと笑うベガパンク・悪。

 

「これは“悪魔の実”を食わせられる人工物と条件は同一なのか? ……ああァ♡ 早く研究してみたい♡」

 

 恋する乙女のような顔で口にするのは研究への欲求。なまじ美女の外見をした“(リリス)”だから目のやり場に困る。彼女の部下達は「またか……」と疲れた様子を見せる。気付いているのかいないのかベガパンク・悪は周りになど目もくれず海兵に言う。

 

「海兵くん!!! このセラフィムを貸し出すのも言ってみれば“この研究”の一環じゃ!!! 一秒も取りこぼすこと無くデータを持ち帰ってくるのじゃ!!!」

「ええェ!? わ、わかりました!?」

 

 爛々と輝く瞳に射竦められる海兵。美人に真っ直ぐ見詰められている状況だが不思議と全然嬉しくない。むしろ怖い。

 ベガパンク・悪の圧に腰が引けている海兵。そんな彼を憐れに思ったのか、ベガパンクの部下である科学者の一人が声を掛ける。

 

「ふぅ……ドクター! あなたまた開発した兵器に“自爆装置”取り付けたでしょう!! あれ本当にやめてくださいって皆でお願いしましたよねェ!!?」

「ぬ!?」

 

 部下のその言葉にベガパンク・悪は眉根を寄せて彼の方を向く。

 

「何故じゃ!? 自爆スイッチほど有能な装置はそうそう存在せぬぞ!!?」

「事故が怖いんですって!!! どうしてあなたは人が入れる発明品全てに取り付けちゃうんですか!?」

「敵に囲まれ進退窮まれば自爆して諸共に吹き飛ばせ!!! 敵に鹵獲されてしまった場合もカウンターの如く吹き飛ばせる。ここまで機能美に満ちた発明も無かろうて!!!」

「そこは否定しませんが……だからってクソデカ自爆スイッチだけはやめてくださいよホント!!!」

 

 部下の科学者が「ほらァ!」と壁を指差せば、そこには見たことが有る感じで巨大な自爆スイッチの姿が。

 デカい上に自己主張が激しい自爆スイッチだった

 

「視認性が良く、押すにも相応の力が要る……完璧じゃな」

「視界の端にチラチラ映って気が気じゃ無いんですよ!!?」

 

 海兵から気を逸らすのが目的だった筈がいつの間にか本気の愚痴へと移行していた。

 

「あなたの故郷である“バルジモア”に有った研究所が吹っ飛んだのだってそれが原因でしょう!?  既に放棄されて無人だったから良かった物の……少しは自重してください」

「在ったな。そんなことも」

 

 世に言う“バルジモアの悪夢”である。

 経年劣化か、事故か……はたまたバカか()()の所為か。ベガパンク初期の研究所であったそれは自爆装置の爆発によって木っ端微塵に消え去った。

 

「あれは不幸な事件じゃったな。……じゃがな? 研究には失敗が付き物。それをわしら科学者は如何に糧とするかが肝要であるとは思わんか?」

「ドクターは素晴らしい科学者ですけど“アレ”だけは糧に出来て無いんですよ!!?」

 

 他の科学者達も同意なのかうんうんと頷いている。そんな彼らの熱意(切実)を浴びながらもベガパンク・悪は「まあまあ落ち着け」と微笑む。

 

「一応、一応聞いておくぞ?」

 

 そうしてベガパンクは部下に尋ねる。 

 

「万が一、万が一そのスイッチを誰かが押したとして―――」

 

 一点の曇りも無い瞳。

 

「……それ……わしのせいか?」

「“責任”って知ってます?」

 

 一点の曇り無く酷かった。部下なんて一周回って冷静に突っ込んでしまった程だ。こんなやり取りを傍で見ていた海兵は「本当に彼(♀)があの“天才科学者”なのか」と疑問を抱いてしまった。もっと超然とした人物を想像していたが存外、俗っぽい。これは“(サテライト)”の“(リリス)”だから余計にそんな側面が強いと云う事情も有るのだがこの海兵には知る由も無い。

 

「え、え~っと……じゃあわたしは元帥に報告するのでこの辺りで……」

「おお待て待て。行くならもう連れて行け」

 

 部下達から浴びせられる小言の嵐をシャワーの如く一身に受けていたベガパンク・悪は海兵を引き留めて培養槽を指差す。

 

「注意点は最初の“実戦テスト”の時に伝えた通りじゃ。これは人の形をしておるが“人に非ず”。調整していないこのセラフィムは尚更な」

 

 培養槽開放のスイッチを押すと中の液体が排水されて蓋が開く。

 目を開き、外へと足を踏み出す“セラフィム”。ベガパンク・悪はそれに衣服を手渡すと命じる。

 

「これより“PX-S-スネーク”は海軍本部元帥サカズキの命令によって行動、任務を遂行せよ」

「…………」

 

 褐色の肌、白い髪、そして黒い翼。滅びた筈の種族特徴を持ち、一般的な成人身長を超えた体格の子供は、返答代わりに笑みを浮かべる。

 無機質な笑み。プログラム通り表情を作ったセラフィムは背中を発火させて完全起動する。ベガパンク・悪は想定通り動き出したことを確認すると一つだけ海兵に忠告する。

 

「これはセラフィムとは関係無い情報なのじゃが……少し前にわしらの電伝虫が()()()()()を感知してな」

「特殊な……念波ですか?」

「ああ」

 

 電伝虫に画面を映させる。先程までシーザー捕獲の一部始終を映していたそれには現在何処かの海域を記した地図が表示されていた。そこに大きく映し出された島を指してベガパンク・悪は続ける。

 

「この島から発せられた念波じゃが……その波形パターンが以前ここで開発した試作品の物と一致しておった」

「ッ!!! この島は!!?」

 

 ベガパンクが指し示した島、それは―――

 

「そう。“音楽の都”エレジアじゃ」

 

 海軍の討伐目標である歌姫ウタが居る島。

 

「偶然漂流した物が流れ着いたのじゃろうな。3年程前から観測自体はされておったが……今回はその念波の“量”が問題じゃ」

「り、量? それに問題とは?」

 

 ベガパンクは地図を縮小、世界全体が映るようにすると実に愉快そうな笑みを浮かべる。

 

「わしら“SSG”はライブ当日にウタがこれを使って世界に中継すると予想、その際に想定される念波量。それが()()()()()観測された。その意味がわかるか?」

 

 ベガパンク・悪は予想する。エレジアで今何が起こっているのかを。

 

「早く行かんと……()()()()()かもなァ」

「……!!? これにて失礼!!! 御協力感謝します!!!」

「…………」

 

 急いでこの場を立ち去る海兵。その後ろを大きな歩幅で付いて行くセラフィム。

 

「―――さて」

 

 彼らを見送ったベガパンクは表情から笑みを消すと部下達に向き直る。

 

「諸君。研究の時間じゃ。対象は“ウタウタの能力”」

 

 施設内の電伝虫を全て受信状態にさせる。これでエレジアから発信される映像を余す所なくキャッチ出来る。

 

「政府から支給された“囚人”にも限りが有る。有意義に使おうじゃないか。あと自分で夢の世界に入りたい者が居れば事前に申告しておくように。わかったな?」

 

 突発的な非常事態。だがベガパンクはこの状況さえ利用して研究を行う。

 

「さあ……今回の研究でどれだけわしらは“神”に歩み寄れるかな?」

 

 天才科学者は先を見据える。常人では見通せない遙か先を。

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