エレジアに流れ着いた新種の電伝虫。ウタに拾われ世界と繋がるのに使われたそれは“SSG”が開発した試作品。“世界経済新聞”に取って代われるような大衆向け情報源を、そう政府から依頼されて研究したが「電伝虫という
「―――わたしに、覚悟が足りなかったから」
そのウタに飼われた電伝虫達が、全て夢の中。
「一歩を踏み出す勇気が。だから……
初めの歌によって既に眠りに落ちていた電伝虫達はウタの号令によって一斉に念波を“発信”する。
『NEW GENESIS』
エレジア周辺の島々から念波が届く。無差別に発信されたそれを受け取った電伝虫が映像を映し出す。そして受信した電伝虫達を中継にして更に遠くの島々へ。
『BEFORE』
突如として始まる歌姫の配信。それに世界がざわめく。
『NIGHT PARADE』
彼女の体を巡る鮮血は、まだ止まらない。
海を行く客船。歌姫ウタがライブを行うエレジアまで乗客を運ぶその乗合船は興奮の熱気に包まれていた。それはライブを楽しみに長い航海を耐えてきた一人の少女も例外では無く、彼女は電伝虫がもたらした光に目を輝かせる。
「ウタちゃん!!?」
白いシーツをスクリーン代わりに、乗客達は突如として始まったウタの配信に群がる。電伝虫が映し出すタイトルロゴが意味するのは祭り前の夜想曲。楽しい楽しい夜走曲。
―――そうして画面が切り替わり、満を持して彼女が登場する。
『皆ー!! こんばんは~!! ウタだよ!!』
歌姫が満天の星空の下、笑顔いっぱいの姿で映し出される。彼女の登場に、先程の船とは別の島から発ってきた乗合船の乗客達も沸き立つ。
『突然の配信、ビックリしたよね? ごめんね! ライブまで待ちきれなくてやっちゃった! あはは』
照れ臭そうにするウタ。彼女は“自分しか居ない”城の屋上でクルリと舞うとこれから行うことをファンの皆や偶然この映像を見ることになった人々へ説明する。
『初めてのライブ! それが本当に嬉しくて……ここまで来れたのもファンの皆が応援してくれたお陰だと思ってる!』
感謝の気持ち。それを伝えてウタは星空を仰ぐ。
『だから今日は特別にライブ前夜祭を一人で勝手に始めようと思いまァ~す!!! 皆に人気の有ったあの曲やこんな曲なんかを“自然(Natur)”の“夜風や潮騒(Gesause)”と共に!!』
月に掲げた左手を握り締める。
『“N.G.”で皆にお贈りするよ!!!』
そう告げるとウタはウィンクして舌をぺろっと出すと悪戯っぽい表情を浮かべる。
『……本当の前夜は忙しくて無理だから三日前夜祭で許してね♡』
「「「「―――おおおおおおおおお!!!」」」」
そんな些細なことなんて気にしない。彼女のファン達はそう答えるように盛大な歓声でウタが始めるスペシャルステージ『N.G.』を受け入れる。
電伝虫の受信によってファンからの声を受け取ったウタは花が咲いたような笑顔を浮かべた。
『ありがとう皆!!! 急な思い付きで始めた前夜祭だけど! 楽しんで行ってねェーーッ!!!』
さあ始めよう。
『今日この日を!!! “新時代”に続く夜にするよ!!!』
「U・T・A! U・T・A!」
世界各地で広がるU・T・Aコール。夜だろうと関係無い。ウタの配信を目に焼き付けようと彼らは彼女の声に耳を傾ける。
『眠たくなったら気にせず寝ちゃってね。この配信は皆を素敵な夢の世界に招待する為のものだから』
「せっかくのウタの配信! 寝ちゃうなんて勿体ないよ!」
羊飼いの少年がそう言うように歌姫のファン達はきっと眠る気は無いだろう。だからウタは笑顔で応える。
『ありがとう皆!! じゃあ私も頑張って夜が明けるまで頑張って“起きてる”ね!!!』
その言葉にファン達は笑う。だってウタはいつも数曲歌うと直ぐに眠くなって配信を終わらせるぐらい夜に弱い子なのだ。だからその言葉はファンへのサービス、それだけ自分達の気持ちに応えたい表れなのだと解釈した。
「良いぞプリンセス・ウタ!! おれ達はずっと応援してるぞー!!!」
「頑張ってねー!!!」
「ライブ当日に疲れなんて残すなよー!」
ファンの温かい言葉にウタは笑みを深める。彼らの言葉一つ一つが彼女の背を押す力になる。
だからウタは
「―――うん! 本当に皆ありがとう! わたしは大丈夫!」
“ウタワールド”に取り込まれて現実を見ていない電伝虫には映らない。その光景を見ているのは能力の影響から逃れていたロビン、フランキー、ブルックの3人だけ。
「ウタ!!? それはッ!」
ロビンはウタが取り出したそれを取り上げる為にハナハナの能力を行使しようとして―――その身を黒雲に包まれて視界を塞がれる。目標を見失う。これでは咲かせる場所を認識できない。
「ありゃゼウスか!? クソッ! おれ達で止めるぞブルック!!!」
「ええ!! 行きます!!!」
ロビンがウタを止められない代わりにフランキーとブルックが駆け出す。しかし彼らの前に立ち塞がったゾロとサンジによってその歩みが止められる。
「このッ!!?」
「ウタさん!!! ……それを“食べる”のは私、おすすめしませんよ?」
ゾロとサンジによって後ろへと弾かれたフランキーとブルック。だが何とかウタがやろうとしていることを止めようとブルックは落ち着きを持って説得を試みる。
「うちの船のコックさんが言っていましたよ。それは食べ物ではありません。直ぐに捨ててください」
「……それは出来ない相談」
ウタは手に持った“キノコ”をじっと見詰める。
「ブルックが言ったそのコックさんの所為でこれ……“ネズキノコ”、部屋に隠してた一本だけになっちゃったんだから……捨てるわけにはいかない」
そのキノコは色合いだけで見ればファンシーな、子供向けの菓子にでも有りそうな見た目をしている。
故に気を付けなければならない。自然界において特徴的な色や形をしている物にはそれだけの理由が在るのだから。それはこの“ネズキノコ”も例外では無い。
ウタはネズキノコを大事そうに握ると、眠気を堪えた鋭い目で麦わらの一味を睨む。
「人の物は勝手に捨てちゃいけないんだよ? 悪い人達……悪い海賊。海賊なんかが居るから皆が不幸になる……泣いてるんだ。今も苦しんでるんだ。だからッ!」
脳裏を駆けるファンの声。彼らの嘆き。願い。
『―――ここから逃げたいよ。ウタちゃんの歌だけずっと聴いてられる世界はないのかな?』
海賊が全てを奪っていく。食料も、金銭も、故郷も、笑顔も、家族を……命を。踏み躙り嘲笑いながら奪っていくのだ。
「―――わたしは!!!」
歌姫は叫ぶ。民衆の声に背を押され。彼らを救う為に。
「わたしは作らないといけないんだ!!! “新時代”を!!!」
彼ら以上に追い詰められた表情で、孤独で憐れな歌姫は叫ぶ。
「もう……ッ!!! 止まれない!!!」
何故なら彼女はもう、その心を抉り続ける殺戮の重責に耐えきれないから。だから―――
ウタは手に持ったネズキノコに食らい付くのだった。
“ウタワールド”のウタはルフィ達を黄金の五線譜によって突き放していた。そうして姿や声さえ隠して彼女は配信を始めた。
ウタがファンの声に応えている間もルフィ達はずっと彼女に呼び掛け続けていた。だがウタはそれに耳を貸さない。何を言っているのかなんてわかりきっているから。
(……本当はライブでやりたかったんだけど……仕方無いよね)
現実世界での自分がネズキノコを咀嚼し、嚥下したのを感じる。
命のカウントダウンが始まる。
「それじゃあ皆!!! 『NEW GENESIS』前の『N.G.』ライブを―――」
ウタが最期のライブを宣言しようとした時だった。
「ゲホッ!!? グゥうう!!? うおぇえええええ!!?」
現実でのウタがその場で膝を着いて胃の中身をぶち撒け、“ウタワールド”のウタはその心身に受けた衝撃によって身動きを取れなくなった。
混乱する思考。ウタは必死になって現状を理解しようとする。
(何が起きた? 気持ち悪い。吐いた? 何で? ネズキノコにそんな作用が有るなんて知らない)
手を着いた地面、その眼前には嘔吐したネズキノコ。手にはまだ食べかけが残っているが脳はそれを口に入れるのを拒否するかのようにウタへ吐き気を訴えてくる。
(こんな状態じゃ配信は出来ない!?)
ウタは自分に起きた異常を確認するまでこのライブ配信は不可能と判断、急遽電伝虫達が映し出す画面をタイトルロゴにして音声を適当な音楽に変える。
「……!!! ……はは」
そこでウタは気付いたルフィ達を追いやっていた黄金が消え失せているのを。それによって彼らが再び自分の近くにまで来ていたことを。
「……何? もしかして毒でも盛った?」
目の回るような不快感に表情を顰めながらウタは眼前に立つ彼らに尋ねる。この事態が自分の想定外ならば、つまりそれは誰かにとっての想定内。
ウタの考えは正鵠を射ていた。
「……毒を盛ったなんて人聞きが悪い」
そう言ったのはサンジだった。
「もしウタちゃんが……ネズキノコなんて口にしなければそんな辛い目に遭うことなんて無かったんだぜ?」
「……わたしに、何をしたの……ッ!?」
「…………」
サンジは目を閉じて眉間に皺を寄せている。この状況も元を正せば彼の本意では無いのだ。
「……君の私物から大量のネズキノコが出てきた時、おれはゾッとしたよ」
それはエレジアに来て行った歓迎会、その後に食料保管庫で発見した。二重底にされた箱に隠されていた物。
「あれを口にすれば人は眠れなくなる。それに精神の抑えが効かなくなって攻撃的に、凶暴化する」
「……!」
「だがそんな作用は問題じゃ無い。一番問題なのは―――」
サンジは目を開き、険しい顔でウタに告げる。
「あれを摂取すれば数時間後には
一人の料理人として、あんな物が食材と一緒に保管されているなど断じて許せなかった。その怒りを一身に受けながらもウタは気にした様子も無く笑う。
「へー……攻撃的になるなんて知らなかったけど……それ以外はわたし、ちゃんと知ってるよ? コックさん」
眠気と嘔吐による疲弊で立っているのも辛い筈のウタ。だが彼女は挑発的に言葉を投げる。
「でもさー。コックが人の食べる物にこんな吐いちゃうような毒なんて混ぜて良いの? 酷いねェ……本当に」
「…………」
「サンジの作ってくれた料理。美味しかったのに、本当に残ね―――」
ウタがそこまで言った時だった。
「毒じゃねェ!!! “治療”だ!!!」
「ッ!!?」
チョッパーがそう強く言い放ち、ウタの言葉を遮った。
「おれはあの時! サンジから相談を受けたんだ!」
チョッパーは語る。事の真相を。
時は麦わらの一味が総出でライブ会場の整備を始めた頃まで遡る。
『チョッパー、おれも手伝う。少し相談したいことも有るしな』
そう言ってサンジがチョッパーに持ち掛けた相談は深刻な内容だった。
『―――“ネズキノコ”って……猛毒じゃないか!? 何処にこんなものが!』
『ウタちゃんの私物。そこに隠してあった』
チョッパーに手渡されるネズキノコ、その現物。それを差してサンジは尋ねる。
『これの解毒剤って作れるか?』
『作れるかって……そりゃ作れるけど……』
チョッパーはう~んと難しい顔をする。
『何か問題でも有るのか?』
『問題っていうか……こういう毒物は摂取して吸収された時点で体にダメージが発生するんだ』
チョッパーはテーブルに広げていたライブ用の医療体制目録を脇に寄せ、そこに医薬品などを並べる。
『軽度の毒なら薬と本人の回復力で治るけど……猛毒の類いは重度の外傷に似る』
『……死なずとも手遅れは後遺症に繋がる、か?』
『ああ。だから毒物への対処の大前提は“摂らない”。これに尽きる』
『気にしないアホ2人が船に居るがな』
ワノ国で汚染された肉や水を食って「だから腹が痛ェのか」で済ませたアホ、そもそも毒への抗体がアホみたいに強くなったアホ。その2人の顔をサンジとチョッパーは思い浮かべる。
『……まあそんな例外を除けばだけど、おれの意見としては解毒剤を用意するぐらいなら毒物の元を絶って欲しい』
チョッパーは少し寂しそうな目をすると、静かに言う。
『毒だとわかって食べた人が……解毒薬を飲んでくれるとは限らないから』
『……そうだな』
サンジは頷くと煙草を口に咥え、毒キノコに色々と思う所が有るチョッパーを慮りつつ自分が発見したネズキノコに対して行ったことを教える。
『一応はチョッパーに渡したそれを除いて全部廃棄した』
『え? じゃあこれも処分したら解決じゃないのか?』
目の前に有る一つのネズキノコ。これさえ無くなれば―――
『もし分けて保管されてたら発見は困難だ』
『……! そうか。サンジが見つけた分だけって保証は無いのか』
サンジにそう言われてチョッパーはその可能性に思い至る。確かにそうなると対処は一層難しくなる。だから最悪の事態に備えて……もしウタがネズキノコを隠し持っていてそれを食べてしまった場合の解毒薬を求めてきたのだ。
『―――わかった! 解毒薬、作るよおれ!』
グッと蹄を握り締めてチョッパーは言う。
『おお、そうか! そりゃ助かる!』
『ああ任せてくれ』
そう胸を叩くチョッパー。だが直ぐに「ただし、一つだけ」と言葉を付け加える。
『サンジ。お前にも協力して欲しいことが有るんだ』
『おれにか? 何だ』
チョッパーは真剣な表情でテーブルに置かれたネズキノコを指し示す。
『毒素ってのは当たり前だけど特徴的な成分をしてる。だからこそおれはそれを利用して解毒薬とは別の薬を作る。簡単に言えば“特定の成分に反応して摂取者に激しい嘔吐感を与える”薬物を作る』
『……そんな物が作れるのか? まあ確かにそんな物が作れれば例え胃に入っても吐き出せる分体への悪影響は減るだろうが』
『できる! それでだ! おれがサンジに協力してほしいことは―――』
そうして口に出す協力の内容。
『その薬を料理に混ぜて出してほしいんだ』
『…………』
『すごく嫌そうな顔!!?』
『いや悪い。料理に客が望んで無い物を混ぜるって考えると……』
『ああ、料理人の誇りか』
『望んでたら剃刀でも入れるんだが』
『いやそうはならねェだろ!!?』
―――そうして、サンジとチョッパーは秘密裏にネズキノコへの対策を練っていったのであった。
「おれは作ったんだ。対ネズキノコ用排出薬を。それをサンジに頼んで“毎食”に混ぜて貰うよう頼んだんだ!!」
「……毎食ッ?」
「いつ食われるかわからないから!」
「…………」
ウタは歯軋りする。彼らが“今夜”に時間指定して作戦を決行してきたが、その理由は何てことは無い。
「なによ……食後ならいつでも良かったってわけ?」
「……そうでも無いさ。夕食が一番味付けが濃くても不自然じゃないからな。その分薬の量も増やせる」
サンジは事も無げに言うがそれは簡単なことではない。料理の味付けとは繊細なのだ。それが薬を混ぜるとなれば尚更。その上で全員が食べて美味いと思わせる料理に仕上げてくるのだから流石の腕である。
「…………」
ウタは気分の悪さにふらつきながらもその瞳からは決意の火を絶やすことは無かった。状況さえ見れば彼女の策は完全に潰されたと同義であるのに。
「ウタ」
だからルフィは呼び掛ける。
「もうこんなことやめろ。お前がそこまで悩んでんだったらおれが力になる」
「…………」
「おれだけじゃねェ。仲間も居る」
ルフィは何度でも手を伸ばす。何度も拒絶されようとも。どれだけ傷付こうとも。
「ライブの手伝いしたみたいにさ。おれ達がお前のこと、何とかしてやる」
目の前で友達が、大事な人が死んでしまうのは、もっと辛いから。それを思えば今までのウタの拒絶なんて何も痛くない。
「だからウタ―――」
パンッと、ルフィの手が叩いて弾かれる。
「ウタ、お前」
「……もう、遅いよ」
またもルフィを拒絶したウタは右手を頭上に掲げる。
「これ以上」
掲げた右手にナイフを創造して、ウタは構える。
「わたしのかくごをこわさないで」
瞳に涙を湛えた彼女はそう言った。
「だからね、ルフィ」
「…………」
現実世界で操ったルフィに運ばせたナイフを手に取り、ウタはそれを頭上へと掲げて構える。
ルフィを目の前にウタはナイフの鋒を定める。
「お願い」
麦わらの一味。彼らの制止の声が現実とウタワールド問わず響く……だが彼女はそれら全てを無視してナイフの柄を握る右手に力を込める。
「ここで……死んで?」
涙が溢れ、凶刃が振り下ろされた。
「――――――」
鮮血が散る。目を見開くルフィ。響く悲鳴。
「わたしは皆の歌姫……“救世主”。たとえネズキノコが無くたって……」
刃で肉を刺し貫いたウタは笑みを浮かべる。
「“新時代”に皆を連れて行く!!!」
凄絶な笑み。自らの掌をナイフで貫いたウタは返り血を浴びたルフィへ告げる。
「さあルフィ。184連勝を賭けて戦おう?」
痛みでそれ以外の感覚を押し退けたウタは狂気に瞳を光らせる。
「ここで決着を付ける。これまでの……わたしの
禁じられた力が―――胎動する。
突然配信が切れたことでファン達は心配していた。
「どうしたんだろうウタ……何かあったのかな?」
配信を始めて間もない頃は経験不足でトラブルなどしょっちゅうだった。それも1年2年と続ければ手慣れてスムーズに配信を行えていた。
それがここに来て不意のトラブル。ファン達の不安も一入(ひとしお)。
「やっぱり初ライブ前は色々と大変なのかな」
そうした彼らの心配が膨れ上がる……そんな時だった。電伝虫が映す映像に変化が起きたのは。
『あ。あー。あー。……聞こえる? やっほー? みんな聞こえてる?』
ウタの声だった。そして画面が一瞬だけ砂嵐のように光ると、パッと自然の風景へと切り替わった。
『ごめん皆。心配させちゃったね? こっちの方でトラブルが有ってね』
自然を背景にウタが画面に姿を現わす。
『だからちょっとお色直ししてました!』
そこに居たのは黒いシックなドレスコートに身を包んだウタだった。いつもとは雰囲気の違う装いにファンは驚く。
『ファンシー系でキめることが多かったけど、今日は夜の雰囲気に合わせて大人っぽい格好でいっちゃうよ!』
普段なら腕や脚を大きく出した活動的なデザインを好んで着ていたが今回はその逆、露出の殆どない落ち着いたデザインを身に纏ったウタはファンへその姿を見せる。
『どうかな? 似合う?』
そう聞けば当然のようにファンは「似合ってる!」と褒めてくれる。それが嬉しくて笑顔を浮かべたウタはヘッドフォンからマイクを展開して声を響かせる。
『ありがとう皆!!! えへへ! ……こうして話してるのも楽しいけど、やっぱり歌わなくっちゃね!!!』
遂に始まる歌配信。真っ赤な薔薇の意匠が鮮やかな左手で夜空を指差す。
『――――――』
静けさが周囲を包む。ウタが発する静謐な空気がファン達の喧騒を立ち所に押し流す。
月明かりのスポットライトが照らす。耳に届くのは自然が運ぶ草木や海のさざめきのみ。誰も彼もが待望する。
我らが歌姫の歌を。
『―――新時代はこの未来だ―――』
歌声が響く。静寂と寄り添いながら。
『―――世界中全部変えてしまえば―――』
楽器による伴奏など必要としない、圧倒的歌唱力。
『―――変えてしまえば―――』
人々は聴き惚れる。夜更けだろうと関係無い。彼らは眠気など吹っ飛ばして歌姫の声に耳を傾ける。
そう。民衆に聴いて貰うのに特殊な“能力”など必要無い。ただの歌で、世界は彼女に注目していく。
広がる。歌姫が歌い始めたことによって世界に彼女の声が広がっていく。
彼女はただ歌えば良いのだ。この声が世界を包むその時まで、何曲でも何曲でも。
そうして“最後の一度だけ能力を使えば”―――望みを果たせる。
(世界中の皆を!!! “新時代”へ連れて行ける!!!)
瞳に狂気の炎を宿してウタは歌う。不眠絶死の毒にも頼らず、能力にも頼らず、純粋な歌唱力のみで世界を釘付けにする。
窮地に追い込まれたことによって彼女の才能は更に輝きを増して、花開く。
終焉へと向かって、赤い花弁を散らしながら。
ウタの計画、それは大勢の人を“ウタワールド”に招き入れて全てが望むままになる『夢の世界で幸福に平和に暮らすこと』。
その世界でならウタは何でも出来る。ルフィ達に見せたように何も無い空間から美味しい食べ物を創造することも、誰もが遊べる遊戯用具や玩具を創造することも。何だって出来る。
全能に近い力を振るえる世界へ誘い、眠る者の肉体を意のままに操る。
強力な“ウタウタ”の能力……だがしかし、その能力にはウタ自身が思う唯一の欠点が存在する。それは―――
(わたしが眠ってしまうと全ての能力が解除されてしまうこと)
能力を宿した歌唱によって発揮される力。だが体力の消耗が大きく多様は出来ない。数曲も全力で歌えば睡魔に負けてしまう。
(皆を夢の世界に連れて来れても、それが直ぐに終わってしまっては意味が無い)
だからウタは求めた。“眠らず”に、尚且つ“夢の世界”を維持する方法……その手段を。
ウタウタの実を食した者は感覚的に理解していることが在る。それは能力を行使しながら眠りに落ちた時に、ほんの僅かに感じ取れる小さな小さな感覚。
(“眠り”と“死”は同列に語られる……でも本質は当然まったくの別物)
眠ることで能力が解除されるのを定められた道筋だと例えるなら、その感覚とは枝分かれした新たな“道”のような物。
だからこれまでウタウタの実を食した彼ら彼女らは本能的に知る。
(眠るのとは違うその道の先に……永遠が存在する)
その道とは“死”。
能力者の死によって完成する楽園。永遠の世界。完全不滅の“ウタワールド”。
道は見つけた。なら次はどうする?
(方法を。眠らずに死ぬ為の、確実な手段を)
そうして探し求める。そうして医学書を読み漁って気付けたことが有る。
「……あれ~? 即死って難しくない?」
そう、眠らずに息を引き取るというのが想像以上に困難だということを。
自刃だろうと服毒だろうと、果ては投身だろうと。人間は死の直前に“昏睡”や“失神”という状態を挟む。人体に備わった生命維持や苦痛に耐える為の防衛機能なのだが……これがウタの目的の邪魔をする。
(普通に自殺して能力が解除されたら意味が無い。わたしが欲しいのは確実な生から死への移行)
そうして探して探して―――遂にそれを見つけた。
「ネズキノコ。食べた者は数時間後に死に至る毒キノコ。その副作用は……“眠らなくなる”」
これを見つけた時、ウタは天恵だと思った。この世界が自分に目的を果たせと言っているのだと思った。
「これを使ってわたしは―――“新時代”を作る」
ネズキノコの存在によってウタの計画は明確となる。これによって万が一にでもウタワールドが解除されることは無い。大勢の人々を“新時代”へ連れて行ける。
全てはその為に。企画した初ライブもウタにとっては民衆を導く為の手段に過ぎない。
(わたしはこれで皆を辛い現実から救いだす!!!)
ウタは喜ぶ。死への恐怖は無い。
だって肉体が滅んでも心はずっと楽園に在るから。
皆と共に至った“新時代”には、永遠の幸福と平和しか存在しないのだから。
―――“ウタワールド”で発揮されるウタの拒絶の力は凄まじかった。
「ルフィ!? この状況マズいんじゃねェのか!?」
「ウタちゃんがライブを始めちまった!!!」
「…………」
再び発生した黄金の五線譜。それは七色の燐光を振り撒きながらウタの周囲を包み込み外界からの干渉を一切拒絶する。
同時に五線譜を彩る音符からは絶え間なく戦士達が産み落とされていく。
「斬っても斬ってもキリがねェ!!!」
ゾロが音符の戦士達を越えて五線譜に強烈な斬撃を放って破るも、何重にも張り巡らされたそれが次から次へと展開される。
「まるで鮫の歯じゃな。全く前に進めん!!!」
何とかウタに近付こうと麦わらの一味は全力で押し通ろうとするが、その差し迫った気持ちに反して距離は一向に縮まってはくれない。
「…………」
ルフィはウタに吹き飛ばされた状態、仰向けに寝転がったまま黙って空を見る。
胸の古傷がズキリと疼く。手を伸ばしても届かない鈍い痛みを感じながらルフィは口を開く。
「……これが、“新時代”……?」
ルフィはゴードンから聞いたウタの計画を思い出す。自分が死ぬことで永遠に続く夢の世界を実現するという計画を。
「……お前が望んだ夢……?」
そして脳裏に浮かぶウタの表情と言葉。
『ここで決着を付ける。これまでの……わたしの“全て”を懸けて!!!』
決意。
『これ以上わたしのかくごをこわさないで』
想い。
『私ね―――やっぱり、それでも……“新時代”を作りたいよ』
責任。
「……ふざけんな……」
飛び上がるように立ったルフィはその勢いのまま走り出す。
「“ギア
覇気で強化した筋肉に息を吹き込む。蒸気を上げながら肥大する肉体が強靱なる覇気を纏う。
「ォオオオオおおおおおおーーッ!!!」
覇気と空気によって得た巨体と弾性を活用、空中を蹴り弾いて高速疾走する。
構える拳が腕の中へとめり込むように沈みギリギリと音を立てて力が溜まっていく。今にも弾けそうな力を蓄えながらルフィが目指すのはただ一人。
立ち塞がる音符戦士を撥ね飛ばしながら突き進み、そして自らが進む道を遮る五線譜へ向けて蓄積された力を解き放つ。
「ふざけんなよ!!! ウタァああああああーーッ!!!」
怒りと共に放たれる“ゴムゴムの
“覇王色”の覇気さえ纏って放たれた一撃が周囲に凄まじい黒色の稲光を発生させる。余波だけで周囲の戦士は弾け飛んで消滅―――
「これが本当にお前の望んだことならッ!!!」
衝撃が浸透していく。幾重にも張り巡らされていた拒絶の障壁に深い深い亀裂が走る。
「これが本当にお前が目指した“新時代”なら!!!」
突き出した拳が五線譜を破壊した。衝撃が突風となって吹き荒れる。
砕けた硝子のように舞飛ぶ黄金の欠片。キラキラと光を瞬かせるそれはこの数日共に過ごしたウタの思い出を想起させる。ルフィの記憶に残るウタはいつも―――
「お前は!!! もっと!!! “心から笑えてる”筈だろうがァああああああーーッ!!!」
「……ッ!!?」
いつも、自分達に辛そうに歪む表情を隠していた。
「止めるッ!!!」
ルフィは怒りで髪を逆立てながら咆える。
「お前にそんな顔させる“新時代”なんて!!! おれがぶっ壊してでも止めてやる!!!」
例えそれが民衆の期待を裏切る結果になろうとも関係無い。彼はその力を大事なものを救う為に振るう。
「……受けて立ってあげる―――ルフィ!!!」
貫いた掌よりも痛む胸の奥、それを噛み殺して歌姫は猛る。例えその果てに幼馴染みを失おうとも、彼女はその力を“己”と民衆を救う為にふるう。
もう、どちらかが倒れるまで……この戦いは終わらない。