ONEPIECE FILM N.G.   作:悠々―ゆうゆう―

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闇夜に昇る陽光

 ルフィに会えたのが嬉しいのか彼に向かってパタパタと手を伸ばすサニー。ルフィはハンコックからそんなサニーを受け取ると横から下からと全身を観察する。顔を撫でる尻尾は獅子と云うより狐のようなふさふさした物でとても柔らかかった。

 

「サニ~!」

 

 サニーの予期しない登場に精神的にも物理的にも気が抜けたルフィは“ギア4”を解除してしまう。

 

「一体どうなってんだァ!?」

「俄に信じがたいが……本当にそなたの船なのじゃな」

 

 ルフィに抱き付いて頭の天辺までよじ登るサニーを見ながらハンコックは「ふむ」と少し考え込むと自身が気付いたことを述べる。

 

「……わらわ達が眠らされた音波はかなり強力じゃった。それこそこの島全域に届くと思わせる程に」

 

 事実、ウタの歌声はエレジア全てに届いていたのだろう。トットムジカによって増幅された力はそんな不可能を可能にしていた。

 

「その時にそなたの船も歌を聞いたのじゃろう。故にこの世界に囚われた」

「人間や動物以外にも効くんだな、あいつの能力」

「サ~ニィ!」

「くっ! ルフィに甘えおって羨ましい!」

 

 ルフィに撫でられているサニーをハンコックは爪を噛んで睨む。もし妹がこの場を見ていたら船に嫉妬しないでよ姉様と言っていたことだろう。

 

「そういえばハンコック」

「なんじゃルフィ?」

「お前はあんまり不思議に思わねェんだな。サニーがこうして生きてんの」

 

 最初は驚いたが先代の船である“ゴーイングメリー号”の件もあって物に魂が宿る……船妖精“クラバウターマン”が憑くことは知っていたのでルフィは現状を直ぐに受け入れることが出来た。しかしハンコックはそんなことなど知らない筈なのにサニーがルフィの船であると半ば確信して助けてくれた。

 そんな疑問にハンコックは何でも無い風に答える。

 

「なんじゃそんなことか。別に不思議ではない。わらわの能力は魅了した者を石に変える……つまり“生きた無機物”へと変える力じゃ。それは物には命が宿る余地が在ることの証明たり得る」

「……?」

 

 ハンコックの言っている意味が分からずルフィはサニーと一緒に首を傾げる。

 

「つまりじゃ! ……もし無機物に命が宿らないのであればわらわがメロメロで石化させた時点で相手は死んでなくてはおかしいという意味じゃ」

「……ああ……つまり不思議物質ってことか」

「う、ううゥーん……まあ、そういうことじゃ!」

 

 伝わったような伝わっていないような。ただこの説明を細々としても事態の解決には繋がらないと判断してハンコックは切り上げることにした。

 

「“メロメロの実”を食わされた後の余興で前任者が石化させた者の解除をやらされたが……まあ無理じゃった。流石にそれが石化させた本人で無くばいけなかったのか、それとも能力者の死と共に石になった者も死んで“ただの石”と判断されたのかまでは知らぬが」

 

 ハンコックは土埃を手で軽く払うと身形を整えてトットムジカに向き直る。

 

「しかしウタウタとは面白い力じゃな。形は違えど魂……心に不自由を架する点で見ればわらわの石化に近い」

「そうなのか?」

「うむ。こっちの死が肉体にどのような影響が出るかはわからぬが少なくとも現実の肉体が息絶えれば此方でも死ぬじゃろう? 石化した者も砕けば死ぬ」

「――――――」

 

 ハンコックの言葉を聞き、ルフィは頭の中で何かが繋がったような気がした。その微かな感覚を確かな物とする為にルフィはサニーを両手に抱えると目を合わせる。

 

「サニ~?」

「……生きてる……起きる」

 

 ウタワールドに囚われた者は眠る。そして解放されれば目覚める。幼い頃にウタの能力で眠った時も彼女が疲れて眠ってしまえば直ぐに起きることが出来た。

 

「この世界は“完璧”じゃねェ」

 

 掴んだ。

 

「……? ルフィ、今何か言ったか―――」

「サニーを助けてくれてありがとう。あとちょっとだけ頼む」

「サニ~」

 

 ルフィはサニーをハンコックに托す。

 

「え? ルフィ?」

「行ってくる!!! お前が来てくれたお陰だ、本当にありがとう!!!」

 

 困惑するハンコックに礼を告げてルフィは迷い無く駆け出す。全速力の走りはどんどんと距離を縮めていく。向かう先は勿論決まっている。

 伸ばした手が届いたのだ。

 

「“聞こえる”」

 

 ルフィは走る。ウタの元へ。魔王が生み出す黒い靄によって左腕が肘まで“消失”してしまっている彼女の元へ真っ直ぐに。

 

「……そうだ……この世界に居ようと……おれの体はそこに在る……!」

 

 ずっと聞こえていた。ただ気付けなかっただけで。

 

「“繋がってる”!!!」

 

 心臓の鼓動が二重になってルフィの胸を叩く。

 “解放”を望むように強く、強く……ルフィの心を打ち鳴らすのであった。

 

 

 

「ふふ……あは!? あははははははは!!?」

 

 ウタは今、とても気分が良いと思った。

 

 能力の全力行使。ウタワールドの維持とトットムジカを召喚しての戦闘行為、そして配信映像の為に電伝虫へ幻覚を見せる。それら全てが負荷となって彼女に圧し掛かる。

 睡魔を堪えたことで発生する頭痛と吐き気が前後不覚に陥らせ、ナイフで刺し貫いた左手が激痛と痺れを訴える。それらはまるで感情が叫ぶ悲鳴の騒音となってウタを苦しめた。

 

 ―――だがそれも少し前までのこと。今は違う。

 

 トットムジカが暴れれば暴れる程に自身を惑わす“雑音”が消え、体からは重さが無くなったかのように軽くなる。顔からは血の気が引き唇は青褪め指先は震えている、それなのに心は微睡みを揺蕩うようにふわふわと心地良いと思う。

 ウタは自分の左手を見ながら呟く。

 

「はぁー……『もう直ぐだ』」

 

 闇に呑まれ夢の世界から消えていく左手を。傷口から溢れ出す黒衣を身に纏う現実の左手を。ウタは裂けるような笑みを浮かべて見詰める。

 

「『もう少し、あと少しで……わたしは皆を“新時代”に連れて行ける!』」

 

 夢の肉体の崩壊は肘を越えて肩にまで及び始めるが……そこに恐怖は無いと思う。何故ならその現象が自身の消失で無いと彼女は感じているから。

 

 トットムジカが嗤う。嗤いながら暴れ狂う。その圧倒的な力で何もかも破壊する“感覚”が心地良いと思う。

 

「『待っててね皆!!』 『この辛い現実からわたしがきっと救ってみせるから!!』」

 

 感じる感じる感じる。現実の肉体が黒衣に包まれる程に“鼓動が弱まる”のを感じる。だがそれに反して意識の覚醒率は高い。

 

 ―――これなら目覚めながら息絶えられる―――

 

 それは確信。この黒衣が己の死装束(フェーネラルドレス)になるのだと云う確信。どうしてこのような状態になったのかはわからない。おそらくトットムジカが原因だろうと思うが……意味を探ることはウタにとって何の意味も無い。

 重要なのはあれだけ待ち望んだ“新時代”が目の前まで近付いている、その一点だけ。歓喜が止めどなく溢れてくるように思う。喉奥から漏れ出す笑いが魔王のそれと重なっていく。

 

「―――『それなのに』」

 

 ウタは笑みを浮かべて()を見下ろす。

 

「『ルフィは諦めてくれないんだね』」

「…………」

 

 暴れ狂うトットムジカの前に立つのはルフィ。戦いの中で傷付いた姿、しかしその身に宿す覇気に一切の陰りは無く。

 

「『もしかして未だ勝てる気でいるの?』」

「当たり前だ」

「…………」

 

 ルフィの迷いの無い言葉にウタの瞳が僅かに揺れる。

 

「『……ルフィがそう思っていても、現実はもうわたしの勝ちだよ。ここからの逆転なんて無理に決まってるでしょ?』」

「おれの限界を、お前が勝手に決めんな」

「『負け惜しみにしか聞こえないなァ……ほら、負け惜しみ~』」

 

 ウタは子供の頃にルフィに対してよくからかう意味でやっていた“負け惜しみ”の仕草をする……が、左腕はもう存在しないので右手だけで爪を立てる仕草を行った。これをすると負けず嫌いのルフィは直ぐに突っかかって来たものだ。

 

「…………」

 

 しかしウタの思惑に反してルフィは此方を見上げてくるのみ。視線は鋭いままだが動くことはしない。

 

「『……本当にまだ勝つ気で居るんだね、でも184連勝は―――』」

「ウタ」

 

 戦場の中に在って、ルフィの次の言葉は……

 

「やるよ。183連勝。お前に」

 

 静かに、だが確かにはっきりと届いた。

 

「『……は?』」

 

 ウタの笑顔が固まる。それはあの負けず嫌いなルフィの口から出た言葉だと信じられなくて、そしてそれを聞いた彼女の心には言葉に出来ない怒りが湧き上がってくる。

 

「『ルフィあんた―――』」

 

 ウタが何かを言い放とうとする、その前に。

 

「何勝だって構いやしねェよ」

 

 ルフィは強い力が込められた言葉で告げる。

 

「今、この時……お前に勝てるなら!!!」

 

 ドン!!!

 

「『ッ!!? 何!!?』」

 

 大きな音が響く。それままるで太鼓を強く叩いたような腹の底に響く音。

 

「ウタ」

 

 ドットット!!!

 

「『な、何なの!?』」

 

 その太鼓のような音はルフィから打ち鳴らされていた。

 ドンドットット♫、ドンドットット♫

 そんなドラムの音が夢の世界に響きルフィの体からはこれまでの比では無い覇気が迸る。

 

「『何が起きてるの!!!』」

 

 世界を揺らす程の力を放ちながらルフィはウタへ告げる。

 

「行くぞ。おれの全身全霊で……お前に勝つ!!! 勝って―――」

 

 ルフィの心臓がドラムを打つ。“解放のドラム”を。

 何の為に? そんなこと決まっている。

 

「お前を助ける!!!」

 

 助けるのだ。大事な友達を。ずっとずっと“泣いている”彼女を救うために、ルフィは自身の内に秘められた力を解放する。

 

「『ッ!!? ……ううゥ!!?』」

 

 ウタはそれがいつから目から溢れていたかなんて知らない。だが彼女は頬を伝うそれを意識から追い出すように猛る。ここで負けたらこれまでの全てが無駄になるから。

 思う。思う。思う。思い込んできたのだ。苦しくとも辛くとも。必死に自分は大丈夫だと、嬉しいのだと思い込ませたのだ。

 そうして苦痛や悲哀を心の底に沈める度に魔王の嗤い声は大きくなる。彼女が苦しめば苦しむ程に、悲しめば悲しむ程に、魔王は楽しそうに嗤うのだ。

 

「『ルフィーーッ!!!』」

 

 そんな憐れな少女を嗤う魔王の声。それを押し返すように―――

 

「アハハハハハハ!!!」

 

 明朗快活な笑い声が。太陽のような明るい笑い声が。

 

「アハハハハハハ!!!」

 

 目覚めた“神”の笑い声が魔王のそれを掻き消すように、エレジアへと響き渡った。

 

 

 

 

 現実のウタは目を見開く。有り得る筈が無い光景に。

 

「『何で……』」

 

 その光景に驚くのはウタだけでは無い。

 

「何だってんだ一体!!?」

「ええェ~~ッ!!? ルフィ先輩!!?」

 

 ドンドットット♫ ドンドットット♫ ……ドラムの音色と共に迸る覇気。ローとバルトロメオは突如として発生したそれに度肝を抜かれながらもその原因である男、ルフィに目を向ける。

 

 起き上がるルフィの体。

 

「麦わら屋!!! まさか操られて!!?」

「ぎゃ~~!!? 流石にこの状況はヤバいべェ~~!!?」

 

 ウタウタの力を聞いたが故に眠っていた者が起き上がる事をそう判断する2人。

 

「『そんな……有り得ない!!』」

 

 精神が“ウタワールド”に囚われている筈なのに、ウタウタの能力によって肉体の支配権は完全にウタが握っている筈なのに。

 

「……クッ……ハハ……! アハハ!! あっひゃっひゃっひゃっ!!!」

 

 自分は起き上がらせていない。笑わせてなどいない。わからないわからない。トットムジカに手一杯だったとは云え支配権は未だ自分が握っているのに起き上がってきたルフィの存在にウタは混乱する。

 

「『何をしたの!!? ルフィ!!!』」

 

 未知への恐怖がウタに攻撃という拒絶行動を取らせる。

 

「『……ッ!!! そのバリアももう限界!!! この一撃で全部全部終わらせてやる!!!』」

 

 度重なるトットムジカの攻撃によってバルトロメオの張ったバリアも壊れる寸前。ウタは理解不能な事態諸共、この場に居る全員を魔王の一撃によって消し去ろうとする。

 

「『勝つのは……』」

 

 止まってくれない涙を振り払うようにウタはトットムジカに命ずる。必死だった。一刻も早くルフィを倒さねばならないと焦燥に急かされた彼女は“左腕”を振り上げる。

 ウタの動きに合わせてトットムジカの腕が振り上げられた。そこに纏うのは怪光線として使っていた魔王の力。禍々しく周囲を照らす光をトットムジカは爪に宿してルフィに向ける。

 

「『勝つのはわたしだァ!!!』」

 

 放たれる魔爪。空間を引き千切りながら振り下ろされたそれは大気の摩擦と魔力によってまるで炎が燃え上がるように輝く。これまでで最も強力な一撃。直撃すればこのエレジアの大地を砕き割って揺るがす程の威力を秘めた破壊者の爪。

 

「――――――」

 

 絶体絶命の状況。ローは何とか意識を振り絞り“シャンブルズ”によって退避させようとして、バルトロメオは尊敬する麦わらの一味だけでも助ける為に自分の体を盾にするように前へ出る。

 そうして恐るべき魔王の爪がバリアへと接触し、バリアが砕けた瞬間―――

 

「アハハハハハハ!!! ……おりゃァああああああああ!!!」

 

 ルフィの姿が白へと染まり―――地面を掴むと勢いよく()()()()()()()()()

 

「『え?』」

「は?」

 

 魔王の一撃はその破壊力に相応しい轟音立てて激突……したのだが、その魔爪はルフィの手によってグニョ~ンと伸ばされた地面によって受け止められていた。

 

「『……なにそれ……』」

 

 おかしい。ただの地面がゴムのように引っ張り伸ばされたのもそうだが、大地を揺るがすような一撃をしっかりと受け止めきった事実が異常だった。

 そして異常はそれだけで終わらない。

 

「しししし!!! バーーーーン!!!」

「『ッ!!?』」

 

 弾き返された。ゴムなのだ、伸びれば当然縮む。トットムジカの爪が深くめり込んで引き伸ばされていた地面がその反動を一気に解放―――

 

「『きゃああ~~!!?』」

「ええええェ~~~~!!? スゲェ~~!!?」

 

 自身の力による反動を真面に受けたトットムジカが……大きな音を立てながら引っ繰り返った。

 それは魔王がこの世に生まれ落ちて初めて背中を地面に着けた瞬間であった。

 

「『……うそ……』」

 

 ウタはトットムジカの頭から落ちないようにしがみつきながら目の前で起きた事態を飲み込めずにいた。あの無敵の魔王の背に土が付いたのだ。それはあの日のシャンクスや仲間達にだって出来なかったことであり、それはつまり今のルフィの強さは―――

 

「『嘘だ!!!』」

 

 頭の中に浮かびそうになったその事実をウタは叫んで消し去る。

 

「『トットムジカは誰にも止められない!!? 誰も勝てない!!? そうじゃなきゃ……そうじゃなきゃわたしは!!?』」

 

 トットムジカは引っ繰り返された事が腹立たしかったのか歯を食いしばる険しい表情を浮かべて跳ね起きる。そして自分を転ばせた元凶である小さな人間を睨んだ。

 

 ドンドットット♫ ドンドットット♫

 

 白。炎のように揺らめき逆立つ髪から衣服に至るまで全身を白に染め上げ、吹き出る蒸気をまるで羽衣のように纏う姿は変化前の面影を残しつつも見る者に神秘的な印象を与える。

 “ギア4”とは全く違う変化を遂げたその姿こそ彼の最高到達点。打ち鳴らされる心臓のドラムが更なる“腕力”と“自由”を与える。

 

「『―――ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ―――!!!』」

 

 そのドラムの音を真っ向から消す為にウタは歌う。体力の消耗など考えている余裕は無い。呪われた歌によって力を増強したトットムジカは目障りなその小さな人間を壊そうと襲い掛かる。

 

「しししし!!」

 

 だが彼は怯まない。大地を削りながら迫る魔王の掌を前にしてもただ楽しそうに笑うのみ。当たれば常人など容易く絶命するその一撃を―――

 

「ホギャーー!?」

 

 真面に受けて上空へと吹き飛ばされた。

 

「『……ええぇ……?』」

「…………」

 

 先程見せた凄まじい能力はどうしたと聞きたくなる程に綺麗に空高く打ち上げられた彼をウタやロー達は呆然と見上げる。歌も涙も引っ込んでしまった。

 

「『……まさかこれで終わりなんてこと―――』」

 

 あの変身が虚仮おどしである筈が無いのはトットムジカを転がした力を見れば明らか。故にウタはこれで倒せたなどと思わない、思わないのだが……次に彼が起こした現象は彼女達の想像を遙かに越えてきた。

 夜空に影が掛かったのだ。トットムジカから月明かりを奪う程に大きな影が。

 

「『は?』」

 

 その巨体は空気を震わせながら落下してくる。

 

「ォオオオオーーーー!!!」

「うわァアーー!!? でっけェルフィ先輩が落ちてきたべーー!!?」

 

 それは正に“巨人(ギガント)”。一般人並みだった彼の体躯がまるで巨人族かそれ以上の巨体となって上空から降ってきたのだ。

 トットムジカはデカくなったから何だと言わんばかりに彼へ向かって四肢を振るう。鍵盤状の四肢は力任せに振るうだけでも高い破壊力を秘めているのだが―――

 

「よ~そろ~!!!」

「『ッ!!?』」

 

 彼はその攻撃を両手で掴んで受け止める。それで止められるのは2本までだがそれで十分、彼は掴んだそれを力任せに引っ張ると―――トットムジカの体がまるでゴムのように“伸びた”。そして彼は伸びるに任せて引っ張り回す。

 回す回す回す。伸びる手足に引き摺られてトットムジカの体が引き摺られる。

 

「『ちょちょちょちょちょっと~~~~!!?』」

「あっひゃっひゃっひゃっ!!!」

 

 速度が最高潮に達しブンブンと独楽のように回転する彼とトットムジカ。ウタの悲鳴とトットムジカの唸り声が回転の影響を受けて音程を乱れさせる。視界が高速で流れていく所為で自分の目玉が遅れて付いて来るような錯覚に陥る。

 そうして勢いが十分に乗ったのを確認した彼は―――

 

「ど~~……っせい!!!」

「『うわあああああ!!?』」

 

 自分がやられたように今度はトットムジカを上空へと放り投げた。まるでロケットでも打ち上げたような速度だ。

 

「『うわわわわわ!!? 高い速い高い速い高いィ~~~~!!?』」

 

 とんでもない速度で地上から離れていくことにウタは本能的恐怖を抱いてトットムジカの上で腹這いになる。姿勢を低くすることで誤って落ちることを避けての行動だが風圧が強くて身動きが取れないのも有る。

 

「『馬鹿げてる!!? 一体何がどうなってルフィはあんなになっちゃったの!!? ……ぐぅうう~~!? やばいやばいやばい!!! 何とか反撃を……!!!』」

 

 速度が落ちてきている。それは上昇がもうすぐ止まる証明。高高度での冷たい空気に晒されながらウタは必死に気持ちを落ち着けようとする。このままでは彼のペースに吞まれっきりだ。何とか落下が始まる前に状況を打開しようと思考を巡らせ―――

 

「うほほーい!」

「『……へ?』」

 

 少し離れた位置に彼が居た。先程までの巨人(ギガント)サイズでは無い通常サイズ……でも無かった。しかも形状は奇天烈……まん丸だった。

 風船のように体を大きく膨らませた彼はウタに向かって挨拶するように短く見える手を振る。

 

「『……いやいやいや!? おかしいおかしいおかしい!? 何で浮いてんの!?』」

 

 同じ所に居るのはまだ理解出来る。投げた時に掴んで一緒に上がったとか色々と考えられる。しかし()()のはちょっと待てと言いたくなった。空気吸って空気に浮くなよ、と。

 そんなウタのツッコミを聞いているのかいないのか彼は更に息を大きく吸い込み始める。

 

「フーン!! スゥ~~~~……うぎぎぎぎぎ!」

 

 そうしてより膨らんだ体を今度は腹の辺りから捻る。ぐるぐるぐるぐると何周も捻られる胴体がはち切れそうなぐらいパンパンになる。

 

「『今度は何を……ってキャア!!?』」

 

 ウタが警戒する、その前に彼の腕が伸びて彼女の体に巻き付く。しかも巻き付いただけで終わらず一本釣りでもするように彼はウタの身を上空へと引っ張り上げた。

 投げ出されるウタ。落下していくトットムジカ。浮遊感。

 

「ハハ!!! ……ぶふぅううううーー!!!」

 

 彼は落下していくトットムジカを追い掛けるように吐き出す息をジェットにして飛翔、捻られた体が元に戻る反動さえも利用し回転しながら高速落下する。

 そうして遠心力と落下の勢いを得た拳を覇気による武装硬化で更に強化、途轍もない力が込められた一撃が炸裂した。

 

「ふんがァアアーー!!!」

 

 ズドンと打ち抜くトットムジカの顔面。拳がめり込みめり込み……後頭部がぐにょ~んと伸びるぐらいめり込む威力。そうして強烈に殴られたことでトットムジカの落下速度が更に上がり遂には空中へ放り投げられた以上のスピードに至り……エレジアの大地が近付く。

 

 それはまるで隕石が落ちたかのような勢いでトットムジカは地面に激突、地震と錯覚してしまいそうな衝撃と振動が音楽の都を包み込んだ。

 

「『……め、めちゃくちゃだ……だけど!』」

 

 再び彼の腕によってぐるぐる巻きにされたウタは、ふわふわと浮く謎風船によってゆっくりと地上へと降りていく。ウタは藻掻くがぴくりとも緩まない腕を忌々しそうに睨むと直接言葉を投げ掛ける。

 

「『ルフィ!! あんたが強くて不思議な力を持っているのはわかった!! でもね……!』」

 

 ウタは地面に落下したトットムジカに視線をやる。

 

「『それでも魔王には敵わない!!! こんなに好き勝手暴れても傷一つ付けられてないのがその証拠!!!』」

 

 土煙から姿を現わす魔王。その傷一つ無い姿にウタは安堵と忌ま忌ましさを混ぜた皮肉気な笑みを浮かべる。

 

「『どう? だからもう無駄な抵抗は止め―――』」

「…………」

「『……え?』」

 

 言葉が詰まる。ウタはそこでようやく気付いた。

 地面に下りてぐるぐる巻きだった腕を解いた彼は息を吐き出して風船も解除する。ウタはそんな彼の顔を瞳に映して驚愕を露わにする。

 

「『嘘でしょルフィ……もしかしてあんた』」

「…………」

 

 そう。あれだけ自由に暴れ回っていた彼、ルフィは―――

 

「『ね、寝てる……!!?』」

「……Zzz……くかー……すぴー……」

 

 眠っていた。眠ったままの状態でルフィは今まで戦っていたのだった。

 

 

 

 

 ウタワールドでは現在ウソップとチョッパーがルフィを()()しながら必死に逃げていた。

 

「ギャァアああああ~~ッ!!?」

「死ぬゥうううう~~ッ!!?」

 

 連射される怪光線の弾幕に次々に襲い掛かる音符戦士。それを右へ左へ上へ下への大逃走。

 

「『逃げるなァ!!!』」

 

 鬼気迫る形相で攻勢を強めるウタはそんな自分を止めようとトットムジカへ攻撃を仕掛けてくる麦わらの一味に舌打ちする。

 

「お前らァ!!! 絶対にルフィを落とさせるんじゃねェぞ!!!」

 

 ゾロの三刀流がトットムジカを斬り付けた。傷付けることは出来ないが注意を自分に向けることは出来る。

 

「んなことはわかってんだよクソマリモ!!! 問題はその次!!!」

「何とかしてウソップが“見聞色”の覇気を使える時間を作るんじゃ!!!」

 

 サンジの飛び蹴りとジンベエの上段蹴りがトットムジカに炸裂してその進行を僅かに食い止めた。

 

「ロビン! やっぱり無理!?」

「無理みたい。やはりウタとトットムジカに直接咲かせることが出来ないわ」

 

 降り注ぐゼウスの雷と地面や壁から咲かせたハナハナの巨大な手足がトットムジカを翻弄する。

 

「ルフィはやらせはせぬぞ!!! “芳香脚(パフューム・フェムル)”―――“閃風(ウェルテクス)”!!!」

「手ェ貸すぜ海賊女帝!!! “風来砲(クー・ド・ヴァン)”!!!」

 

 ハンコックによる覇気を纏った回転蹴りとフランキーの空気砲がルフィを狙おうとしたトットムジカの腕を押し留める。

 

「『くっ! 邪魔ばかり!!!』」

 

 この世界に居る全員が力を合わせて戦う。“動かなくなったルフィ”を守りながら全力で魔王へと立ち向かっていく。何とかして今のルフィを叩きたいウタは歯噛みしながら能力を行使し続ける。

 そんな凄まじい大決戦の中でルフィの安全確保の為に奔走するウソップとチョッパーは滑り込むようにして建物の中へと身を隠した。

 

「うおおおおおお!!? 大丈夫か!!? 大丈夫なのかこれ!!?」

「おおおお落ち着け落ち着け落ち着けェ~~!!?」

「お前が落ち着けチョッパー!!?」

 

 動かないルフィを寝かせた2人はその周りをぐるぐる回る。

 

「チョッパー!!! ルフィの奴これ本当に平気なのか!!? ヤバいんじゃねェのか!!?」

「そんなのおれだってわかんねェよ!!?」

 

 混乱と動揺で一向に冷静になれない2人。それも仕方が無いのかもしれない。何故なら―――

 

 ドンドットット♫ ドンドットット♫

 

 まるで眠るように動かなくなったルフィだがその心臓の音だけは周囲を震わせる程に響いているのだから。現に心臓のドラムはこの建物をも震動させていた。

 

「近くに居るだけでおれ達も痺れそうだ!!? これが心臓の出す音か!!?」

「普通は有り得ねェよ!!? こんなデカさで心臓が拍ったら体が爆発しても不思議じゃない!!!」

「ギャアアア~~!!? ルフィが爆発するゥうううう~~!!?」

 

 このような状態になってしまったルフィを前に2人はぎゃあぎゃあと泣き喚きながら何とか“魔王打倒”の為の糸口を探ろうとしていた。

 

 何故ウタワールドはこんな状況になっているのか? それは少し前、ルフィがウタに向かって「助ける」と告げた時よりもほんの少しだけ遡る―――

 

 

 

 

 ルフィはサニーをハンコックに托して駆け出す。ウタワールド内は暴れるトットムジカによって破壊の音色が満ちていた。

 

『お前らァーー!!!』

 

 そんな中でルフィは仲間に向かって叫ぶ。

 

()()()()は頼んだァーー!!!』

『はぁ? おいルフィ! それは一体何の……って聞けコラ!!?』

 

 詳細が見えないルフィの言葉。当然ながら仲間達はその意味を聞こうとするのだがルフィは振り返ること無くウタに向かって一直線に向かう。

 

 そしてルフィの宣言が終わり“解放のドラム”が鳴り響く。

 

『上がれ心臓の音!!! “ギア(フィフス)”!!!』

 

 一瞬だけ、ルフィの頭髪から衣服に至るまで白く変化するとその直後―――

 

『アハハハハハハ! アハハハハハハ! アハハ―――……ふぅ……』

 

 倒れた。何の前触れも無くルフィはその場に倒れ伏したのだ。

 

『ルフィ!!?』

 

 全員がその状況に驚く。仲間達は初めはウタが何かしたのかと疑ったが彼女も予想外だったらしく表情を見ればそれは明らかだった。

 故に倒れたのはルフィ自身が何かをしたからなのだと察することが出来た。直前に「後は頼む」と云った言葉を残していたのも大きい。

 ドンドットット♫ ドンドットット♫

 倒れたのに鳴り響き続けるルフィの心臓。誰もが状況を飲み込めていない中で―――

 

『何だありゃ!!?』

 

 異変は直ぐに起こった。

 始まりはトットムジカの“転倒”。誰もそんな攻撃はしていないのに突然仰向けに引っ繰り返ったのだ。新手の攻撃その前触れかと警戒する麦わらの一味だが……次の異変で違うことを知る。

 転倒から復帰したトットムジカ、その片腕片脚が“ゴムのように伸びた”のである。もうそこで半ば確信する……現実でルフィが戦っているのだと。

 

 それは現実の自分と感覚を共有している夢の世界のウタはもっと早くから知っていた。しかし“ギア5”の暴れっぷりの所為で思考が盛大に乱され対応が遅れていた。

 

『『ルフィ!!!』』

 

 よって両者は同時に動く。ウタはルフィを仕留める為に、仲間達は彼を守る為に。

 

『ルフィの体を守れ!!! 方法はわからねェがこいつは()()で戦ってる!!!』

『最初で最後かもしれんチャンスじゃ!!!』

 

 トットムジカに対して唯一ダメージを通せる方法、現実世界とウタワールドでの同箇所・同時攻撃。

 

『ウソップ!!! お前の“見聞色の覇気”でこっちのルフィの意識を探れ!!!』

『お、おれェ!?』

『もしかしたら現実のルフィの感じている景色を見られるかもしれねェ!!!』

『ちょっと待てよ!? そんな出来る保証が―――』

 

 トットムジカの四肢が大地を砕くように叩き付けられる。何度も何度も何度も。

 

『ぎゃああああ!!? 危ねェ~~!!?』

 

 その暴れっぷりはまるで少しでも早く目障りな何かを仕留めようとしているようで……それだけトットムジカとウタが何かに焦っている証拠でもあった。

 

『時間が無さそうなのはおれ達もそうだが……ウタちゃんの焦り方を見るにルフィの奴、かなり暴れてやがるな』

 

 にやりと笑う麦わらの一味。ぐにょ~んと顔面が陥没して後頭部が伸びるトットムジカを前に彼等は“温存”していた全力を解き放つ。

 

『よし!!! ルフィに続くぞお前らァ!!!』

『『『『おおおお!!!』』』』

 

 

 

 

 麦わらの一味が勢いづいたのとトットムジカが現実からの影響を受けてリズムを崩されたのを見たウタは腹の底から湧き上がる怒りを感じた。

 

「『舐めるなァアアああああッ!!!』」

 

 全身から噴き上がる黒いオーラがまるで羽のようになってウタを包み込む。

 

「ッ!! 何だ!?」

 

 トットムジカごと包み込んだ黒い竜巻。その内で収まりきらぬエネルギーの奔流が稲妻のようになって周囲に弾ける。微かに見える影はだんだんとその姿を変えていく。

 まるで蛹。内側に在るトットムジカは羽化を待つ蟲の如く胎動する。

 

「……向こうも今から本気って訳だ」

 

 その変化はウタワールドだけで無く現実世界にも起きていた。

 

 

 

 

「―――『……もう手遅れだよ、ルフィ』」

 

 ルフィの手によってトットムジカから引き離されたウタはしかし不利な状況など一切感じさせない不敵な笑みを浮かべてそう告げる。

 

「『今のわたしはトットムジカと深く繋がってる。だからわかる……』」

 

 左腕全体と胴の一部だった侵食が一気に広がる。地べたに座り込んでいたウタは立ち上がると黒い竜巻に飲み込まれたトットムジカに目をやり手を伸ばす。

 

「『12年前、シャンクスでも勝てなかった魔王……それを“超える力”が目覚める!!!』」

 

 そう言った直後―――黒い竜巻は爆発するように弾け飛び、その内から更なる変化を遂げた魔王が姿を現わした。

 

「派手に変わりやがったな……ッ!!」

「化け物がもっととんでもない化け物になったべェ!!?」

 

 魔王の隻眼が赤く輝く。四本になった腕と2本の脚が地面を掴み、背中からは禍々しい黒い翼が生えて帽子の意匠が双頭の竜となる。その身から発せられる魔力は先程までの比では無く空の色さえ変化させ、エレジアを包み込んでいた特異な領域も加速度的に広がっていった。

 これこそが魔王トットムジカの第三楽章。呼吸さえ凍て付く魔力が周囲を満たす。

 

「…………」

 

 そんな中にあってなお眠りながら立つルフィは一歩も退くこと無く魔王と相対する。そんな彼にウタは覚束ない足取りで近付くと忠告してやる。

 

「『やる気なのルフィ? 止めなよ。ああなった魔王に勝てる人なんて誰も―――』」

「……!!」

「『あ』」

 

 しかしルフィはそんな言葉など意に介さず、そもそも眠っているので聞いているのかさえ怪しいが……ウタのそれを遮るように彼女の手から“麦わら帽子”を取り上げる。

 それはシャンクスが被っていた物であり彼の手からルフィに預けられた大事な物。ウタは眠っていようとも無意識に取り返したのかと思ったが―――

 

「……ん!」

「『きゃ!』」

 

 ぽすんとウタの頭にその麦わら帽子が被せられた。ルフィの手によって。

 

「『ル、ルフィ……?』」

 

 困惑するウタに何も答えずルフィは歩き出す。

 

「しししし!!」

 

 ただ笑って、トットムジカに向かって一歩ずつ胸を張った堂々とした足取りで。そんなルフィの背中をウタは麦わら帽子を被ったまま呆然と見送る。

 

「『――――――』」

 

 その後ろ姿が大きく見えた。広い背中。

 ウタの目にルフィの姿が大好きだった人の姿と重なった。

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