ONEPIECE FILM N.G.   作:悠々―ゆうゆう―

15 / 18
祈りの歌

 それはまるで夢を見ているような感覚。見えるもの、聞くもの、触れるもの、全てが朧気で明瞭さは無く。

 

「アッハッハッハッハ!!!」

 

 しかし己がすべきことはこれ以上無い程に理解出来る。ドラムの音を打つ心臓が教えてくれる。

 だからルフィはただ真っ直ぐ拳を振り抜くのだ。何度も何度も何度も。

 

「おりゃりゃりゃりゃァア!!!」

 

 手応えは在る。だがダメージは毛ほども通っていない。巨大な存在感を放つそれに有効なダメージを与えるにはやはり特殊な方法、2つの世界からの同時攻撃が必要なのだ。

 

「……ゼェ、ゼェ……! ……しししし!!」

 

 2つの世界で鳴り渡るドラムが動かせない筈の肉体を踊らせる。それは途切れた心と体を共鳴によって同調させて無理矢理繋げる行為。その代償は重い負担となってルフィに降り掛かる。

 

「オオオオオオオオォ~~~~ッッ!!!」

 

 発動すれば能力者に更なる腕力と自由を与える“ギア5”はゴムゴムの実の覚醒により遙か昔に存在した神威をその身に降ろす。使用するだけで著しく体力を消耗する到達点。それを今は1つの肉体を動かすのに“2つ”使っているに等しい状況。

 

 ドンドットット♫ ドンドットット♫

 

 二倍の負担。それが一度に降り掛かる肉体への影響は二倍では効かない。一歩進むごとに体力がごっそりと持って行かれるのをルフィは感じている。この状態を維持出来る時間はそう長くない。攻撃が通用しない相手に対してかなり絶望的と思える状況。

 

「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」

 

 ルフィはただ真っ直ぐに拳を振り抜くのだ。何度も何度も。

 己がすべきことはこれ以上ない程に理解している。熱く燃えたぎる心臓が教えてくれる。

 

 “友達(ウタ)が泣いていた”

 

 ルフィが命を賭ける理由などそれで十分だった。それに―――

 

「お? ……ニッ!!」

 

 パンチで魔王の羽の一部が()()()()。それを感じてルフィは笑みを浮かべる。そう、彼は一人で戦っているのでは無い。

 頼れる仲間が、大事な仲間達が一緒に戦ってくれているのだから。

 

 

 

 

 それは偶然だった。

 

「―――ん? 今、羽千切れなかったか?」

 

 誰かの攻撃によってトットムジカの黒翼、その一部が舞うように千切れ飛んだのだ。

 

「なるほど、やっぱり同時攻撃は有効らしいな」

 

 一味の中でも血の気が多い者達はそれを見て凶悪な笑顔を浮かべる。攻撃が通るなら倒せる、つまり目の前の魔王は決して絶対無敵の存在では無いのだ。

 

「あとはタイミングをどう合わせるか……おいウソップ!!! 頼んだぞ!!!」

 

 この魔王に攻撃を通す為に要となるのはウソップの見聞色であるとゾロは告げ、反撃へのピースは全て揃い後は合わせるだけだと判断した彼は“地獄の大王”を起こす。

 

「―――出し惜しみはもう無しだ……“閻魔(えんま)”!!!」

 

 その声とと共に“閻魔”がゾロから大量の覇気を吸い上げる。並みの者なら一瞬で干上がる程のそれを耐えてゾロは三刀全てに閻魔によって増幅された覇気を流す。

 

「“閻王(えんおう)三刀流”」

 

 既に覇気によって黒く染まっていた刀が更なる妖気を纏う。内に留まり切らぬ力が雷のように刃から迸り、これよりゾロの使う剣技は全て格が上がることになる。

 

「―――泣いてるレディを、ルフィの幼馴染みを救う為!」

 

 脚に纏う炎が揺らめく。それはサンジの思いに呼応して更なる熱を引き出す前触れ。炎の色が変わる。その色は冷たくも見える灼熱の“蒼炎”。

 

「“魔神風脚(イフリートジャンブ)”!!!」

 

 魔王との戦いで過熱した脚が宿す脅威の力。行儀の出来ていない獲物を刺激的に調理する

 

 麦わらの一味。船長であるルフィの両翼を担う二人が消耗度外視の全力を出したことで他の者達も同じように魔王へと立ち向かう。

 ここに来て戦いの激しさは最高潮に達しようとしてた。

 

 

 

 

「……落ち着けェ~、落ち着くんだキャプテン・ウソップ~!!? 冷静になって皆を助けねェと!!!」

 

 ウソップは外で発生する凄まじい戦闘音を聞きながらチョッパーと共にルフィを守りつつ、勝利の為のピースである“現実での光景”を手に入れる為に見聞色の覇気を使おうとしていた。

 

「深呼吸だ!! 落ち着くには深呼吸が一番!!」

「すぅーはぁーすぅーはぁー」

「お前がしても意味無ェだろ!!?」

 

 チョッパーの深呼吸に突っ込むウソップ。何だかそれで逆に落ち着いてきたので結果オーライだった。

 

「ま、待ってろよルフィ! 今からおれ達が助けるからな!!!」

 

 そうしてウソップは少しでも覇気の精度を上げる為にルフィの胸に手を置く。ドンドットット♫という心臓の鼓動が掌を伝ってウソップの体を震わせる。周囲に響かせる鼓動の音を肌で感じたことでより一層その負荷を思い知る。

 

「まったくお前って奴はいっつも無茶しやがって! 付き合うおれ達の身にもなれってんだ!!!」

 

 そんな愚痴を溢すがウソップの顔に浮かぶ表情は笑顔。彼は目を閉じて更に集中力を高める。

 

「助けようぜ皆で!!! プリンセス・ウタを……いや!」

 

 極限の集中が耳から入る雑音を消し去る。閉ざした視界は黒一色。聞こえるのはルフィの鼓動だけの世界でウソップは力強く言葉にする。

 

「お前の幼馴染み……ウタを助けてやろうぜ!!!」

 

 深く沈み込んだ意識が―――繋がる。

 

 

 

 現実で激化するトットムジカとの戦い。その渦中で他者を救おうと動く男がここにも一人。

 

「クソが!! どうなってやがる()()()()()()ぞ!?」

「『……無駄だよ。今のわたしはトットムジカと深く繋がってるから』」

 

 ルフィの手によってトットムジカから引き離され地面に座り込むウタ。その身を包む黒衣の侵食は止まらず徐々に彼女の姿を覆っていく。そんなウタを傍で診たローは彼女の生命活動がどんどん低下していることを知ると直ぐに“オペオペの実”の能力で黒衣からの切り離しを試みる……しかし結果は不発。進行を遅らせることすら出来ない。

 

「『これはトットムジカの力そのもの……他人がどうこう出来る物じゃない』」

「うるせェ!!! 黙って座ってやがれ歌姫屋!!!」

「ウタ様にうるせェとは何だべトラファルガー!!?」

「ややこしくなるからお前は話しに入ってくんじゃねェよ!!?」

 

 ローは表情を険しくするとウタの左手を取る。傷が有る筈のそこはしかし溢れ出す魔力によって処置することも出来ない。

 

「……あれが居るんじゃ手当も出来ねェってわけか」

 

 ローは吐き捨てるようにそう言うと立ち上がる。足を動かして向かう先はルフィと激しい戦いを繰り広げる魔王の元。

 

「行く気かトラファルガー!」

「ああ……歌姫屋のお守りは任せた」

 

 “ROOM”の力。本来なら空間に広げてしか使えなかった能力を“覚醒”によって物質への直接付与を可能にする。

 

「“K・ROOM(クローム)”」

 

 改造自在の力が宿った鬼哭の刀身が数倍に伸びる。ローはそれを肩に担ぐと“シャンブルズ”で空間を跳躍―――

 

「……医者の治療を邪魔するような輩は……お引き取り願おうか!」

 

 飛んだ先は無論、トットムジカの直ぐ近く。ルフィと肩を並べたローは共に魔王へと挑むのだった。

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……フゥ……」

 

 眠りに落ちながら命を削るように戦うルフィ。極限状態の中で彼の脳裏にはいつか聞いた言葉が再び過ぎっていた。

 

 “お前は生き物の感情を感じ取る力に長けている様だ”

 

 それは恩人でもあり師でもあるレイリーの言葉。かつて強敵シャーロット・カタクリとの激闘の最中でも思い出したそれをルフィは再び意識に浮き上がらせていた。

 何故それを今になって思い出したのか。それはトットムジカと戦う中で発生した“現象”に起因する。

 

 トットムジカが放つ光線を掻い潜り蹴りを浴びせる。鍵盤状の手足に当たったそれは本物のピアノの如く音を奏でる。

 

『―――誰か助けて!!―――』

 

 音色が耳朶を打つと同時に誰かの嘆きが届く。顔も知らない誰かの声。

 

『―――海賊のせいだ……全部、全部!!!―――』

 

 一度だけでは無い。それは攻撃によって音が鳴り渡る度に頭の中に響く。

 

『―――助けてくれない海軍も悪いよ……でも―――』

『―――海賊が一番悪い!!!―――』

 

 それは誰の嘆き? 誰に向けられた物?

 

『―――助けて、“ウタ”―――』

 

 奏でるは悲劇。舞台に吊り上げられるは……憐れな少女が一人。

 

「ッ!!!」

 

『―――海賊が街を襲った!』『妻が殺された!!!』『わたしの夫は海に沈められた!!!』『ああ……いつも泣いてばかりさ』『ウタちゃんの歌をずっと聴いていたいよ』『ウタちゃん!!!』『プリンセス・ウタは僕らを救ってくれる!!!』『ウタはわたし達民衆の救世主なのよ!!!』『おれを、家族を救ってくれ―――』

 

 悲劇の舞台に立った少女は願う。

 

『―――みんなが救われる世界はないのかな?―――』

 

 皆の救世主になることを。

 苦痛や悲しみに満ちたこの世界に生きる大勢の人を……自分を頼りにしてくれたファンの皆の期待に応える為に。

 

「……ッ!!! ~~~~ッ!!!」

 

 ルフィは群がる音符兵士を全方位へ向けたパンチの雨で叩き潰す。その僅かな隙を突いてトットムジカが鉄槌でも振り下ろすように腕を叩き付ける。それをルフィは頭突きで真っ向から受け止める―――また、音が鳴り響く。

 

『―――いやだァーーッ!!? 置いて行かないでェーーッ!!?―――』

 

 それは救世主になろうと決めた少女の記憶、その根幹を形作る物。

 

『―――何でだよォおおおおおおッ!!?―――』

 

 大好きだった家族に裏切られ捨てられた記憶。

 

『シャンクスゥううううーーッ!!! ァアアああああああああああッ!!?』

 

 心を引き裂くような叫びがルフィの脳を揺らす。全てが彼の知らない記憶、光景。だがそれは決してただの幻なんかでは無い。

 

「……う……あ、あァ……!」

 

 空気を蹴って縦横無尽に飛び回りながらルフィはトットムジカを全周囲から攻撃する。時にはその巨体を足場にして走り、攻撃を受け止め防御した反動も利用して。

 エレジアに鍵盤を激しく掻き鳴らした音が轟く。

 

『―――……なーんだ。やっぱりシャンクスは悪くなかったんだ―――』

 

 それは少女が溢した安堵の声。そして―――

 

『―――わたしが……皆を殺した―――』

 

 絶望の声。

 

『―――……い、いやっ……違う! 違うの! こ、こんな……っ……ぅうう……ああああ……ああああああああああ!!?―――」

 

 大好きな人に罪を押し付けていたのだと知った、自分こそが地獄を作ったの張本人なのだと知った少女の悲痛の声。

 

『―――ごめん……ッ! ……ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい違うのわたしじゃないわたしは悪くっ……ううううッ!!! うあああああああああ!!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! ごめんなさいごめんなさ―――』

 

 幾ら泣き喚いた所で戻ってくるものなど何一つ無いと云うのに少女はただ顔を覆って慟哭する。

 

「おおおおああァアアーーーーッ!!!」

 

 その慟哭を腹の底から吐き出すようにルフィは咆える。自分目掛けて放たれた光線に向かって拳を突き出す。

 黒い稲妻が迸り光線と共に消え去る。吹き荒れる攻撃の余波の真ん中を突き抜けてルフィはトットムジカの直ぐ近くにまで接近した。

 

「……お、まえが……!!!」

 

 眠っている。だから現実での意識は無い……その筈なのに。

 

「……あいつの、ウタの所為な訳が……あるか……ッ!!! 全部、全部……!!!」

 

 太陽の温かな笑みが―――怒りの業火に変わる。

 振り上げた右脚が雲を貫くが如く伸びた。その脚の先は巨大に膨らみ武装色の覇気によって強く硬く成る。ただそこに在るだけで周囲へ圧力を与える強大な力の塊、それをルフィは力の限り引き落とす。

 

「お前が居る所為だろうがァアアああああああああーーーーッ!!!」

 

 振り下ろされた“斧”。それはトットムジカの脳天へ向かって真っ直ぐ落ちる。

 魔王は避けない。利かないと分かっているから。どれだけ人間が必死に藻掻こうとも己が害されることなど有り得ない。

 ―――そう思っていた魔王の過信を、()()は打ち砕く。

 

 

 

 

「行っけェええええーー!!! ルフィーー!!!」

 

 ウソップは声の限り伝える。想いを。何処までも真っ直ぐ突き進むルフィの想いを仲間へと届ける為に。

 

「“ゼウス”!!!」

「“魚人空手”!!!」

 

 ナミが呼び出した雷雲ゼウスがジンベエの覇気を纏った正拳へと巻き付き、トットムジカの遙か頭上から打ち下ろされる。

 

「「“雷公槍(サンダーランス)―――“鬼瓦正拳”!!!」」

 

 その拳は大槍の如し。降るは鬼の雷。

 

 

 

 

 現実とウタワールドその両方で同時同箇所へと放たれた攻撃が―――遂に魔王へと届く。

 トットムジカの顔面、その左半分が大きく引き裂かれた。

 

 エレジアに響く魔王の絶叫。久しく忘れていた身を裂かれる痛みにトットムジカは眼を真っ赤に染めて怒り狂う。その標的は無論この傷を負わせた憎き人間、麦わらの一味。

 

「……ッ!!!」

 

 羽虫を叩き潰す。動作としてはそれに近いがトットムジカがその攻撃に込めた殺意は息苦しくなる程に重い。それを真面に受けたルフィは魔王の掌の内でぺしゃんこに潰され、手の打ち合わせで発生した衝撃波が地面を捲り上げる。

 

「~~~~ッうがァアああああ!!!」

 

 意識が飛びそうな威力、それをルフィは歯を食い縛って耐えると自分を潰す両手を体を回転させて左右に弾き飛ばす。額から流れる血が眼球を伝おうとも視線は真っ直ぐ魔王を捉える。

 高速で回転したまま地面を強く蹴り出す。

 

「あいつの“新時代”の夢をォーー!!!」

 

 拳の暴風雨が魔王に向かって降り注ぐ。

 

「お前がァアああああーーッ!!!」

 

 

 

 

 ただ真っ直ぐに、ルフィがただ真っ直ぐに狙いを定める場所をウソップは見聞色で感じ取り仲間へと伝える。

 

「胴体!!!」

 

 妖刀が覇王を纏い、魂の喪剣に黄泉の冷気が宿る。

 

「“閻王三刀龍”―――」

「“フラーズダルム”―――」

 

 剣士が2人、仲間が開いた道を駆け抜けて渾身の一撃を叩き込む。

 

「“一百三情(いっぴゃくさんじょう)飛龍侍極(ひりゅうじごく)”!!!」

「“オーケストラ”!!!」

 

 地獄の大王の刃は森羅万象斬り捨て、魂の王(ソウルキング)の刃は死者を凍て付かせる。

 

 

 

 トットムジカの胴体、その前面部分が半壊した。絶叫は上げずとも魔王の表情は痛みに歪み胴体の傷から怨念を溢れ出させる。遙か昔から積み重ねられた幾千幾万もの負の感情がまるで現代に甦ったように生々しい慟哭と怨嗟をエレジアの大地へ轟かせる。

 

「『……いやァ……!? あ、あ……ああァ……!!』」

 

 トットムジカと深く繋がるウタはそれを頭に直接流し込まれる。その慟哭と怨嗟は彼女の心の傷を開いて抉り、かつて自分の手によって起きてしまったエレジアの悲劇を当時のままに呼び起こす。

 

「『わ、わたし……わたしの所為で……! みんな死ぬ……うあああ!? わた、しが……殺した……いやああァア、ああああああ!!?』」

「おおおお落ち着くべウタ様!!? しっかりしてけろ!!?」

 

 眠る麦わらの一味を戦闘の余波から守っていたバルトロメオ。彼はウタも同じように保護していたのだが急に錯乱し出した彼女に狼狽える。何とか声を掛けて落ち着かせようとするもウタの耳に届かない。彼女の目に映るのは屍となったエレジアの人々の姿、耳に聞こえるのはそんな彼等の悲鳴と怨嗟のみ。

 

「『……わ、わたしが……なに? ……殺してない……だって肉体が滅んでも……こ、心は……! ううゥ……!? 違う!!? わたしの“新時代”は!!! みんなを……!!?』」

 

 幾ら自分に言い聞かせようとも過去は変わらず、犠牲者達の血と腐臭はまるで少女の両手に絡み付くように染み込む。

 

「『わたしは救世主……だから……みんなを救って―――』」

 

 伸ばした掌は穢れていた。

 

「『……“この手”で?』」

 

 国一つ滅ぼした穢らわしい手。世界中の皆が喜んでくれる歌声こそ何の罪も無い人々を死に追いやった最低最悪の代物。

 ウタは黒く染まっていく視界で夜空を見上げる。

 

「『……ああ……そうだ、わたし……ただ、“逃げたかった”だけ……』」

 

 魔王の暴走で炎上するエレジアに照らされる夜空。光によって更に昏くなった星の消えた空を見上げてウタは呟く。

 

「『わたしみたいな人間を頼ってくれた……みんなと……逃げたかったんだ……この世界の全部から……何もかもから』」

 

 理解してしまう。

 

「『……“ウタワールド”はわたしの世界、わたしの物……どうしたって皆の物には、ならない。自分の意志で行くことも帰ることも出来ない世界なんて―――』」

 

 物心付いた時から“ウタウタの実”の能力を持っていたが故にこれまで正しく認識出来ていなかった事実を。

 

「『そんな世界……牢獄と同じ……これじゃあ……“心”を救えない!!!』」

 

 心さえ救われれば肉体がどうなろうと構わない。その考えが根底に在って初めて成り立つのがウタの計画。“新時代”の夢。

 

「『……ふっ……あは! あははははははははは!!? はははははははははは!!?』」

 

 事がここに至ってウタはようやく気付く、気付いてしまった。自分が作ろうとしていた“新時代”では世界中の人々を救うことなんて土台無理な話だったのだと。過去の悲劇で盲目になり“独善”を押し付けようとしていたのだと。

 自分の言う“新時代”は所詮、国を滅ぼし大勢の人々を死に追いやった人間の世迷い言だったのだ。

 

 ウタはそう理解し……全てに絶望した。

 

 魔王の攻撃の余波が眼前に迫る。それはバルトロメオが展開したバリアによって防がれ内側は無事、だが外は当然ながら地面が砕け建物は崩壊……その光景が余計にウタの心をかき乱す。

 いつだって傷付くのは自分以外の何か。

 

「『もう……いいよ、ルフィ……』」

 

 傷だらけのルフィにウタは告げる。地形さえ変わる程の激闘の中で届いているのかわらかない。だがそれでも彼女は伝えるのだ。

 

「『もう戦わなくていい。わたしが……わたしが死ねば……それで全部終わるから』」

 

 ウタは自分の体を包む魔王の力に目を向ける。それはまるで骨の髄にまで根を張るかの如く彼女を縛り付けている。当初ウタが望んだ“死ぬ瞬間まで目覚めている”と云うそれをトットムジカが叶えようとする力の顕れ。時間が一秒一秒と過ぎる度に命の灯火が小さくなるのを感じる。

 

「『……ごめんね。皆……やっぱりわたしなんかが、救世主なんて……成れるわけ無かったんだ』」

 

 ナイフを取り出す。自分の左手を貫いた刃を。

 

「『こんな……血塗れの手なんかで』」

 

 ウタはその鋒を今度は自身の喉元へと突き付けた。

 

「ッ!!? 何しようとしてるべ!!? 止めるべウタ様!!?」

 

 今のウタには制止の声も届かない。魔王の闇に当てられ過去のトラウマを呼び起こされた彼女には地獄しか感じられない。

 ウタには見える、エレジアで亡くなった人々の憎悪に満ちた目と惨たらし姿が。

 ウタには聞こえる、エレジアで亡くなった人々の悲鳴と自分に向けられた呪詛が。

 それら全てが1人の少女に向けられている。罪悪感が心をズタズタに引き裂いて磨り潰していく。

 

「『……これで全部、終わるから』」

 

 もう耐えきれない。ウタは目を閉じ首に刃を突き立てて何もかも終わらせようとした―――

 

「うるせェー!!! バカ野郎ォー!!!」

「『ッ!!?』」

 

 だが出来なかった。身が竦む怒声を浴びせられてナイフを握る手が止まる。

 

「『……ル、フィ?』」

 

 ルフィだった。地面に手を着き荒い息を吐いて喘ぐその姿は弱々しく見える。心臓のドラムも初めと比べればかなり小さい。無理をした反動がここに来て表出したのだ。

 それでも叫ぶその声は力強く。

 

「何度も、言わせんな!!! まだ、わかんねェのか……!!! お前はァ!!!」

 

 地面に叩き落とした拳を支えにルフィは震える脚で立ち上がるとウタに告げる。

 

「お前が今!!! 苦しんでんのも!!! 泣いてんのも!!! この“歌”が在る所為だろうが!!!」

 

 ドン!!!と再び鼓動が強く打つ。解放のドラムが息を吹き返す。これが命を削る行為なのだとしてもルフィは意に介さない。

 勝つ為に。勝って彼女を救う為に―――

 

「こんなのが、あるから!!! ……いけねえんだ!!!」

 

 両の拳を強く握り締め。

 

「お前を苦しめるだけの歌なんて……おれが全部ぶっ壊してやる!!!」

 

 放つのは拳の乱れ打ち。

 

「ああああああああァーーッ!!!」

 

 魔王の地盤ごと抉るような蹴り脚に激突する銃乱打(ガトリング)

 

 

 

 

「―――右脚!!!」

 

 蒼炎が猛り、悪魔が咲く。

 

「“魔神風脚(イフリートジャンブ)”!!!」

「“悪魔咲き(デモニオフルール)”!!!」

 

 ロビンは己自身を核にハナハナの能力で巨体を咲かせる。その姿はまるで悪魔の如く、ロビンはこの巨体を活用してトットムジカの脚を捻り押さえ込む。

 

「“大渦潮(グランジャグジー)クラッチ”!!!」

 

 本来なら関節技に使うその技を今は拘束として用いる。それも全ては仲間の攻撃を最大限に威力を引き出すために。

 

「“牛肉(ブフ)バースト”ォーー!!!」

 

 蒼い爆炎が魔王の脚を蹴り砕いた。

 

 

 

 

 トットムジカの右脚が砕けたと同時にルフィが吹き飛ばされた。

 

「うわァああー!!?」

 

 それは鞭のようにしならせたトットムジカの左脚。それを真面に受けてルフィの体は地面を削りながら飛ばされていく。

 

「麦わら屋!!! まだ目を逸らすんじゃねェぞ!!!」

 

 ローが吹き飛ばされたルフィの代わりに前へ出ると、鬼哭を突き出しその刀身を地平まで届くのではと思わせる程に伸長させた。

 

「“麻酔(アナススィージャ)

 

 刃がトットムジカの脚を貫通する。物理的な破壊を伴わないからこそ貫けた刃。このままでは無意味な貫通だが……これは次の攻撃への布石。刀身を伸ばせば伸ばす程にそれを使用した時の“波動”は強力になる。

 

「……悪ィが修繕費なんて請求すんじゃねェぞ」

 

 トットムジカを貫いて伸び続けた刃が断崖へと突き刺さる。頂上にエレジアの城が立つ崖に。

 

「“穿刺波動(パンクチャーヴィレ)”!!!」

 

 凄まじい破壊の衝撃が刀身から発生、刀身の先端が突き刺さった崖が大きく陥没して崩壊する程の威力が魔王に炸裂した。

 

 

 

 

「左脚だー!!!」

 

 鉄人が空気砲を構え、彼を包むように幻影の船が包む。

 

「夢の世界だからか? 不思議なことも在るじゃねェか、なあサニー!!!」

「サ~……! ニ~……!」

 

 フランキーの頭の上に乗ったサニー号が気合いで体を震わせる。それに呼応してか幻影の船……“サウザンド・サニー号”の姿はどんどんと色濃くなっていき、遂には幻想的に輝く船体を露わにした。

 フランキーの空気砲を依り代にして顕現したサウザンド・サニー号。その船首である獅子の口が開く。

 

「行くぜェ~!!! ウタワールド限定! “スーパー”!!!」

「“ガオォオオオオオオオン”!!!」

 

 サウザンド・サニー号に搭載された最強兵器、射線上の物を破壊し尽くす空気の大砲“ガオン砲”がフランキーの“風来砲(クー・ド・ヴァン)”とサニーの咆吼と共に発射された。

 

 

 

 

 エレジアの城が崩壊する。崩れる崖と共に落ちて地鳴りを起こす。

 

「『…………』」

 

 12年。それだけの間過ごしてきた故郷とも呼べる“家”が失われて行くのをウタは黙って見送る。今日死ぬと決意していた筈なのに帰る場所が壊れていく光景に胸が締め付けられた。

 

 瓦礫と土砂が吹き荒ぶ中でトットムジカの咆吼が轟く。音の津波が土煙と混ざり合い周囲の全てを破壊しながら迫り来る。鉄壁のバリアの中でウタは視界を覆い隠す土色の音撃へと手を伸ばす。その手の先に居たのは自分に麦わら帽子を托した男。

 

「『……ル、フィ……』」

 

 バリアの壁に手を触れる。感覚を失った指先で縋り付きながらウタは彼の名前を呼ぶ。

 

「『ルフィ』」

 

 何度も否定した。何度も拒絶した。それでも自分を救うことを諦めなかった男の名を。

 

「『ルフィ!』」

 

 ウタは熱い物が目から溢れ出したのを感じた。魔王の力の影響で五感の殆どが失われている筈なのに、どうしてこんなにも熱く感じるのか。それはきっと―――

 

「『ルフィーッ!!!』」

 

 初めて、心の深海へ沈めていた“想い”を汲み上げたから。

 

「『お願い……』」

 

 ずっとずっとずっと言いたくて、でも口に出せなかった言葉。自分に言う資格など無いと思っていた。エレジアの人々を皆殺しにした大罪人である己がそれを求めるなど、死んでしまった彼等に対する冒涜だと思っていたのだ。きっとエレジアの悲劇の真相を知れば彼女を責め立てる者は大勢居るだろう。だからウタはその想いをずっと胸の内に留めていたそれを、今初めて伝える。

 

 

「『“助けて”』」

 

 

 だってきっと彼は待っていたから。彼女からその言葉を聞くことを、ずっとずっとずっと。

 

「……!!!」

 

 音の津波が消し飛ぶ。爆発のような衝撃の中心に居たのはウタが呼び掛け救いを求めた男。彼は光輝くような白い姿で宙を舞いながら魔王の咆吼よりも大きな声で応える。

 

 

「当たり前だァああああああああーーッ!!!」

 

 

 託された想いで心臓のドラムを叩く解放の戦士は全身に力を漲らせる。

 全ては眼前の魔王を倒し“自由”を勝ち取る為に。

 

 トットムジカは度重なるダメージによって肉体を欠損しているが逆に憎悪や憤怒を抱くことで力を増幅させ、そうして更に強大になった力で以て目の前の小さくも目障りな男を消し去ろうと動き出す。

 振るうのは2対の腕。魔力を限界近くまで込めた四本の腕は宵闇の中で妖しく輝く。爪の先が掠るだけでも甚大な破壊を齎すであろう“死の腕”がルフィへと向かって振るわれる。

 

 だとしても。彼が怯むことは無い。

 

「“ゴムゴムの”ォオおおおおーーッ!!!」

 

 ルフィの両腕が視界に映らぬ高速で打ち出される。

 覇王色の黒い稲妻を纏って長く長く伸びる腕が空中を乱反射するように曲がりくねりながら疾走、黒き大蛇の群れがその顎によって音符兵士を食い破りその(こぶし)を目指すべき先へと連れて行く。

 

「“九十九(ナーガ)―――!!!」

 

 魔王の(うで)と黒き大蛇が衝突する。百に迫る黒蛇の群れが凄まじい疾さでトットムジカの腕に牙を突き立て覇気(どく)による破壊の花を咲かせる。

 

「―――蛇神(ラージャ)”ァアアアアああああーーッ!!!」

 

 黒き蛇神の牙と死を運ぶ魔王の腕とのぶつかり合いが世界を揺るがす。覇王色の覇気を纏った攻撃特有の波動―――それが瞬く間に百を超えて発生する。

 

「おおおおォオオオオーーッ!!!」

 

 蛇神の力が続く限り黒蛇は生まれ続ける。宵闇さえ喰らい尽くさんばかりに黒蛇の群れがエレジアを駆け抜ける。魔王さえ身動き取れなくなる程の打撃の応酬が放たれ続ける。

 

 解放のドラムが鳴り渡る。

 

 

 

 

 ウタワールドに居るウタの肉体は既に9割以上が闇の吞まれいつ消滅してもおかしくない状態。この世界での支配権はもう魔王が掌握していると言って良い。

 

 そんな中で魔王の動きが止まった。あれだけ暴虐の限りを尽くしていたトットムジカが現実での猛攻を受けて一時的に隙が生まれたのだ。両脚も失ってその場に崩れ落ちる魔王の巨体。

 

「うおおおおおおー!!! 今だお前らァーーッ!!!」

 

 ウソップの叫び。彼はチョッパーと共に全速力で駆けながら仲間達に呼び掛ける。

 

「ウソップ!? あんた何泣いてんのよ!?」

「それは気にすんな!! 今はとにかく!!」

 

 ウソップは涙を拭い瞳に力を込めるとカブトを成長(グローアップ)させそれを地面へと突き立て構える。

 

「ルフィの想いを!!! あいつの友達を救いたいって願いを―――!!!」

 

 見聞色の覇気でルフィを視ていたウソップには現実の光景と同時に彼の()()が流れ込んでいた。

 苦しくて、悲しくて。それでも皆を救いたくて……でも助けて欲しい。そう嘆く(ウタ)を救いたいと命を燃やして戦うルフィの想いが。

 

「おれ達が未来(さき)へ繋げろォーーッ!!!」」

「……!!!」

 

 もう彼等は何も聞かない。ただ一丸となって動き出す。

 

「ソニア! マリー! 露払いをせよ!! わらわ達の武威でルフィの征く道を……切り拓け!!!」

「「はい姉様!!!」」

 

 ハンコックの強大な覇気が込められた蹴りが軍勢に風穴を開け、サンダーソニアとマリーゴールドが人獣形態へと変形しその巨体を活かして散り散りになった音符兵士を薙ぎ払う。

 

「迷子になるなよマリモヘッド!!!」

「ほざけクソコック!!!」

 

 切り拓かれた道をルフィの両翼が真っ先に駆け抜ける。そんな彼等に続けと麦わらの一味全員が渾身の力を込めてトットムジカへと向かう。

 地獄の大王宿りし三刀が、燃え上がる魔神の脚が、黒雲から降り注ぐ雷が、全てを狙い撃つ星が、怪物の巨大な蹄が、咲き誇る巨躯が、超合金の将軍が、凍て付く黄泉の魂が。武技を極めし正拳が。

 

 魔王の腕を打ち砕いた。

 

 

 

 

 魔王トットムジカは困惑する。己がこれ程までに追い詰められたのは過去に一度しか無かったから。何故(なにゆえ)己が目覚める時機でこのような強き者達が集うのか……それは幾ら考えようとも答えの出ない問い。だが目覚めたからには魔王としての役目は果たさなければ。

 “破滅させる”。それだけが魔王(おのれ)の存在理由、この世界から“痛み”を消す為の唯一の手段。

 

 トットムジカは自身に集積された怒りと呪いを力に変える。欠損した箇所がまるで砲身の如く光を発し始め、今にも爆発してしまいそうな力の高まりを感じさせる。

 

 忌々しいあのゴム人間はもう力尽きた。あれだけ無茶を重ねたのだ、指一本すら動かせなくなっているだろう。ドラムのような心臓の音も今は聞こえてこない。そう考えたトットムジカはエレジアを丸ごと消し飛ばす気持ちで蓄積した魔力を放とうとして―――

 

 ……ドン……ド……

 

 その音を聞いてしまう。

 

 ……トッ……ト……

 

 一体何度目なのか。何度起き上がってくれば気が済むのか。

 

 ドン、ドッ……トッ……ト……!

 

 どうして? 何故―――

 

 ドンドットット! ドンドットット!

 

 ()()()()()()あの男は起き上がってきたのか?

 トットムジカにはわからない。ウタウタの能力者やその力によって生み出された魔王自身でも無い限り両方の世界で同時に活動するなど不可能な筈なのに。

 

 ドンドットット!! ドンドットット!!

 

 何がこの男をそこまで突き動かすのか?

 

「『……“ゴム……ゴム、の”ォ……!!!』」

 

 現実とウタワールドを映す魔王の眼に映し出される“巨腕”。両方の世界で振り上げられた小さな島よりも巨大な拳が引き絞られながら大気を震わす程の力と覇気を込めていく。それと同時に鳴り響くドンドットット♫ドンドットット♫と云うドラムの音がエレジア中に響き渡る。

 

『……a……a、a……』

 

 遙か昔、何処かで聴いた気がする……そうトットムジカが風化した過去の情景に思いを馳せた時―――

 

「『“猿神銃(バジュラングガン)”ッ!!!!』」

『―――!!!』

 

 神の鉄槌が振り下ろされた。四肢を失えども巨大な魔王の体をねじ伏せて余りある程の拳が叩き付けられる。トットムジカは最後の力を振り絞って全ての魔力をこの拳に抗する為に放出する。

 二つの世界で激突する二つの力。迸る覇王の黒き雷がまるで世界に走った亀裂のように広がる。

 互角のように見えるぶつかり合い、しかし拳の表面が魔力の放出によって引き裂かれていくのを見た魔王は勝利の可能性に笑みを浮かべ―――

 

「『もう誰も失わねえように!!! 誰も遠くになんか行かせねえように!!!』」

『……ッ!!?』

 

 拳が更に強く押し込まれ、魔王の肉体が崩壊を始める。

 

「『おれはァ!!!』」

『~~ッ!!!』

 

 トットムジカは歯を食いしばる。世界の怒りと呪いを一身に集めた己が一人の人間に負けるなど“二度”と在ってはならないのだ。そうでなければいけない。そうでなくては―――

 

 

「―――ᚷ(g)……ᚨᚺ(ah)―――」

『――――――』

 

 

 そんな時、魔王はその“歌”を聴いた。

 

「―――ᛉᚨᚾ(zan)……ᛏᚨᚲ(tak)―――」

 

 本来ならそれは魔王を顕現させて魔力を奮わせる破滅の歌。それが聴こえる方へ目を向ければ(トットムジカ)の歌い手たるウタが今にも息絶えそうな様子でその“歌”を紡いでいた。

 破滅の歌なのに、それなのにどうして? どうして魔王(じぶん)の力が弱まり、反対に目の前の人間の力が強まるのか?

 

「―――ᚷᚨᚺ(gah) ᛉᚨᚾ(zan)―――」

 

 困惑する。何故、どうして、と。

 魔王は涙を流しながら自分を見詰めるウタを見る。何故自分を見てそんな悲しそうな顔をするのかわからなかった。憎まれこそすれ、そのような憐憫の目を向けられる理由など無かった筈なのに。

 

「―――ᛏᚨᛏ(tat) ᛏᚨᛏ(tat)―――」

 

 一体あの娘は何を“見た”のか“聞いた”のか。

 解放のドラムによって掘り起こされた風化した記憶、その果てに魔王と深く繋がっていた少女は何を知ったのか。

 わからない。わからない。自分がどのようにして生まれたのかさえ忘却してしまった魔王はもう思い出すことなど出来はしない。

 ただ―――

 

「――― ᛒᚱᚨᚲ(brak)―――」

 

 枯れ果てた筈の泪が溢れそうな程に懐かしく狂おしいその歌を聴いて……ああ、自分はようやく“終われる”のだと……そう思えた。

 

『――――――』

 

 神の鉄槌、その衝撃が魔王の全身に突き刺さる。

 

「『ああああァーーッ!!!!』」

『――――――』

 

 解放の戦士が打ち出した“祝福されし一撃”を受け入れた魔王は―――その存在を粉々に砕いて散らしたのであった。

 

 

 

 

 白い結晶が降り注ぐ。

 まるで雪のような、しかし指先で触れると温かなそれがウタワールドを幻想的な輝きで染め上げる。

 

 配信を見ていたファン達は突然ウタの周囲に降り始めたそれを見て驚く。だがそれを微笑みながら掌で受け止める彼女を見てこの光景も何かしらの演出なのだと思う。それに何より―――

 

『皆、今日はたくさんわたしの歌を聴いてくれてありがとう』

 

 その笑顔は美しかった。

 

『名残惜しいけど……そろそろお開きにしよっか』

 

 これまでも魅力的な笑顔を見せてくれる皆の歌姫だったウタ。だけど今浮かべているそれは何処か違っていて。

 

『遅くまで観てくれて本当にありがとう……それでね、最後に皆にちょっとしたお願いが在るんだ』

 

 水のように透き通った柔らかな、でも少し悲しそうな……大事だった“重荷”を下ろしてしまったような微笑みでウタはこの配信を観る全ての人々に伝える。

 

『三日後、ああ日付変わってるから明後日かな。その日にライブする会場のエレジアだけど……実はあんまり綺麗じゃないんだ』

 

 えへへと照れ臭そうに笑いながら困ったように“事実”を伝える。

 

『誰も居ない、寂れて、(すた)れた……だけど12年、わたしが過ごしたエレジアでどうしても初めてのライブをしたかったの』

 

 映像に映るライブ会場は夜の闇もあいまって寒々しさを見る者に感じさせる。ウタワールドなら幾らでも華やかに彩ることが出来る筈なのにウタはそれをしない。夢の中だが彼女は出来るだけありのままの光景を映し出させる。

 

『本当はもっと夢のような素敵なライブ会場にしたかったんだけど……あはは、駄目だ言い訳ばっかり浮かんでくる。そうじゃ無いの。本当に皆に伝えたいのは―――』

 

 ウタは正面からファンと向き合う。

 

『エレジアは寂しくて悲しい場所……だけど、それでも、皆にわたしの歌を聴きに来て欲しいです』

 

 そうしてウタはこの配信を観る全ての人々に願いを伝えた。それを聞いた彼女のファンの返答は勿論。

 

「そんなの当たり前だよ!」

「場所なんか関係無いさ!」

「ぼく達はウタのファンなんだから!!!」

 

 行くに決まっている。だって貴女の歌が好きなのだから。

 

「「「「ウタの歌を聴きに行くよ!!!」」」」

 

 貴女が歌ってくれるのが好きなのだから。

 

『……うん……うん!』

 

 ウタは瞳から溢れそうになる物を堪えながら、とびっきりの笑顔で締め括る。

 

『わたしも! 皆を待ってる!!!』

 

 そうして初ライブの前に急遽始められたゲリラ配信“N.G.”は終わりを迎えた。ファン達にとっては本番前の嬉しいサプライズで、ウタにとっては大きな転換点。

 

 

 

 

「……待ってるから」

 

 配信を切ると共に“ウタワールド”が閉じられたことで眠りに付いた電伝虫を撫でるウタ。彼女も既に体力の限界、もう目を開けていることさえ辛かった。

 それでもウタには眠る前にするべきことが在った。彼女はバルトロメオの肩を借りながら頼りない足取りでルフィの元へと向かう。トットムジカを倒してそのまま地面に倒れ込んだルフィの元へと。

 

「ルフィ」

「ん」

 

 仰向けに寝そべるルフィの傍に腰を落としたウタ。彼女は自分の頭に被せられていた麦わら帽子を手に取るとルフィの頭へと返す。

 

「いつの間にか……こんなにもこの帽子が似合う男になってたんだね」

「そうかァ?」

「うん。本当に、よく似合ってる」

 

 そう言ってウタは水平線を見る。そこは薄らとだが夜の闇だけではない青さが生まれてきていた。それは“夜明け”の証、だんだんと広がる光がエレジアを群青に染めていく。

 

「ルフィ」

「ん」

 

 もう見ることは無いと覚悟していた光を全身に受けながら、少女は笑顔を浮かべて少年に伝える。

 

「ありがとう」

 

 一言、だけど多くの想いを込めて伝えられた感謝の言葉にルフィも笑顔を返す。

 

「ししし! ……おう!!!」

 

 斯くして魔王との激闘は幕を下ろし、一人の少女の命は懐かしき少年の手によって救われた。

 

 

 

 

「―――目標、“歌姫ウタ”を発見」

 

 しかしそれは同時に新たな戦いの幕開けを意味する。空気を裂く飛翔音、黒翼を羽ばたかせながらその存在は瞳に彼女の姿を映す。

 

「任務、“歌姫ウタの抹殺”を開始」

 

 夜明けは近く……だが太陽は未だ昇らない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。