ONEPIECE FILM N.G.   作:悠々―ゆうゆう―

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12/13(火)の更新は上下に分けての2話更新になります


夜明けの風―Musica― 上

 その者達の接近に気付いた麦わらの一味は疲労困憊の身を押して臨戦態勢に入った。

 空気を切り裂く甲高い飛行音が鳴り響き、直後―――

 

「―――!」

 

 地面を砕いて着地する“セラフィム”。少女の姿をした兵器は自身の両肩に捕まっていた大将2人を下ろすと掌を前方に向けて構え、そこに眩しい輝きを伴う光熱を収束させる。

 

「何だ!!?」

「子供!? でもすごく大きい!!」

「ッ!!? ヤベーぞ!! ありゃ()()()()だ!!!」

 

 セラフィム……“PX(パシフィスタ)”の基本武装として搭載された光学兵器“レーザー”の照準が誰に向けられているのを全員が察する。

 

「狙いはウタだ!!!」

 

 突如現れた存在に命を狙われるウタ。急転する事態に付いて行けず呆然とするウタは目が眩むような光を見詰める。

 

「……ッ!!!」

 

 或る者は戦う為に駆け出し、或る者は守る為に駆け寄る。そうして新たな戦いの火蓋が切って落とされようとした―――

 

()()()()

 

 その時だった。

 

「……少し待ってはくれやせんか?」

 

 大将の1人である藤虎イッショウが待ったを掛けた。

 

「…………」

 

 その言葉を受けたセラフィムはレーザーを放つ為にチャージしていたエネルギーを霧散させると微笑みを浮かべたままイッショウをじっと見詰める。それは感情の読めない表情ではあるが何故こんな命令を下したのか説明を求めているようにも思えた。

 

「あ! おっさん久し振り! 元気してたか?」

「……ええどうも。ちょっと会わねェ間に随分と強くなったようで。一味の皆さん共々」

 

 ルフィの言葉にイッショウは笑顔で応える。海賊と海軍という敵対する立場であるが互いに好意的な印象を持っており少々緊張感に欠ける邂逅であった。

 その緩みかけた空気がもう1人の大将であるボルサリーノが口を開いたことで再び張り詰める。

 

「おやおや~? 攻撃を止めたりしてどうする気だい~?」

「…………」

「元帥からわっしらが請け負った仕事は“歌姫ウタの無力化”……勿論生死は問わずのね~。今が千載一遇のチャンスだと思うが~?」

 

 生死問わずの無力化。それを聞いた麦わらの一味からヒリつくような怒りが発せられる。

 一触即発の空気。それを止めるのはやはりイッショウであった。

 

「まあまあ落ち着きなさいや。どうも状況が海軍(こちら)が想定していたのとは違うようで……」

 

 イッショウは激しい戦闘が在ったと一目でわかる、もとい臭いや肌で感じた彼は荒れ果てたエレジアの地を踏み締めながら己が考えを口にする。

 

「歌姫さん、()()()()と行きましょう。何があんたを心変わりさせたのか……興味が在りやす」

「…………」

「後日改めて、と行きたい所ですがあっしらもそう余裕は無くてね。今から手早く済ませましょうや」

 

 海軍はウタがライブで“世界転覆計画”を実行すると考えていた。だが実際にはその三日前に急遽始められたゲリラ配信で計画を実行……結果的に未遂だったが海軍も世界政府も気が気では無かった。

 もし仮にウタが最後のタイミングで“ウタウタの実”の能力を使っていたら……5割以上の人々が夢の世界に囚われていた筈。それなのに現実ではそのような事件は発生することも無く“N.G.”の配信はただただ静かに幕を下ろしていた。

 イッショウは穏やかだが芯の通った声でウタにその真意を問う。

 

「世界中の人を夢の世界へ(とりこ)にする筈だった計画、どうしてあんたは止めたんですかい?」

「…………」

「この場の状況から麦わらのルフィとその一味……そして他にも名立たりし海賊が協力して計画を阻止したのだろうと推測できやす。だがそれでも断行は出来たでしょうに」

 

 そう問われたウタは左手に視線を落とす。治療により新たに包帯が巻かれたそこにはもう“新時代”を誓ったマークは存在しない。鈍い痛みと滲む赤だけが在るだけ。

 

「わたしが止めたのは……」

 

 心身共に限界まで疲弊したウタは擦れる意識を辛うじて繋ぎ止めながら、しかしはっきりと今の想いを言葉にする。

 

「……この力で……皆を本当に幸せにするのは無理だって、気付いたから」

「…………」

現実(ここ)から夢の世界(ウタワールド)に逃げ込めれば幸せになれると思ってた。でもそれは皆がわたしの力に囚われるってことで……それはきっと誰かにとっての牢獄」

 

 自由を愛する者にとってウタが創る“新時代”は窮屈で息苦しい場所であっただろう。ウタは自分を守る為に前に立つルフィの背を見ながら改めて思う。

 

「“大切な友達”1人満足させられない世界じゃあ……皆を救うなんて土台無理だったんだよ。だからわたしは叶えるのを止めたんだ、新時代の夢を」

 

 そうして今の思いを伝えたウタ。彼女の真意を聞いたイッショウは薄く笑むと頷く。

 

「……成る程。よくわかりやした」

 

 イッショウは懐から電伝虫を取り出すとそれに向かって話し掛ける。

 

「だそうですが? ……あっし的にはもう脅威は無いと思うんですがねェ?」

 

 電伝虫から応答がくる。聞く者全員が直ぐにわかる程の怒りを滾らせた声で。

 

『―――おどれは毎度毎度……!!』

 

 念話の相手、元帥サカズキが咆える。

 

『どれだけ勝手すりゃ気が済む!!! ええ!!? 藤虎ァ!!!』

 

 電伝虫越しだと云うのに気の弱い者であればそれだけで腰が抜けてしまいそうな迫力で以て怒声を放つサカズキ、しかしイッショウは全く堪えた様子も無く言葉を返す。

 

「勝手と言いますが……あっしの前に居る子はファンの為に歌を贈ろうとする一人の歌手。海軍が動く理由は無くなったと愚考しやすが?」

『……ッ!!! 呆れたことを抜かす!! おどれは本当に理解しちょるんか!!? 目の前の女がどういった存在なのかを!!!』

 

 何かを叩き割った音が鳴り、次に燃えて爆ぜる音が響く。サカズキが拳を振り下ろしたテーブルが破壊されて熔岩の熱により火を上げたのだ。

 正に火山の如く怒るサカズキはその意識をウタに向けて言う。

 

『ウタ!!! わしは貴様を見逃す気は毛頭無い!!! 貴様の言葉には何一つ信用に足る物が存在しない!!!』

「……!」

 

 ウタの背筋が震える。サカズキの炎よりも熱く鋭い眼光が見えた気がして息が苦しくなった。

 

『心変わり? 無理だとわかった? ……巫山戯ちょるんかァッ!!?』

 

 サカズキはウタに対しての不信の理由を怒気と共に鋭くぶつける。

 

『土壇場になって止めるような軟弱者が……!!! 何処でまた心変わりするかわかったもんじゃありゃせんわ!!!』

「ッ!!?」

『小娘一人の気まぐれで世界が振り回されたとあっちゃ秩序が成り立たんじゃろがァ!!! 計画を企てた時点で貴様の処遇は決まったも同然!!! 悪の芽は可能性から潰す!!! 世界を揺るがす力を持ちながら確固たる信念も無い歌姫ウタに対してわしの出す答えは一つ―――!!!』

 

 元帥、()いては海軍として。サカズキは“正義”を背負って告げる。

 

『ここで死ね!!! 世界の為に!!!』

 

 徹底的な正義。サカズキはその信条の元にウタの存在を許しはしない。

 

「―――それじゃあ元帥の決定が下ったことだし……」

 

 よって海軍大将は己が務めを果たそうと動き出す。

 

「歌姫ウタ。光の速度で蹴られたことは在るかい?」

 

 閃光。

 

「え?」

 

 瞳が瞬くよりも速く()()はウタの眼前へと迫り来る。彼女は自身に襲い掛かる脅威に反応出来ず、ただそれを視界に収めることしか出来ない。

 ボルサリーノが放つ強力な蹴り。それがウタの頭部へと叩き込まれる―――

 

「……!!!」

「おやァ~……!? これはこれは」

 

 それをルフィが脚を割り込ませて止めたのをボルサリーノは驚嘆の面持ちで見る。“ピカピカの実”の能力による常人では視認不可能な速度の攻撃に追い付いた……いやそれよりも()()行動に移っていたのだ。

 見聞色の覇気による“未来視”で。

 

「満身創痍なのによく動く。それだけ彼女が大事かい? 麦わらのルフィ~」

「当然だ!! ウタはおれの友達だ!!!」

 

 立ち上がるのさえ辛い状態の筈。だがルフィは一歩も退かず大将と向き合う。

 

「ウタをやるってんならおれが相手だ!!!」

「……2年でこれとは……若者の成長は予想を越えてくるねェ~」

 

 ボルサリーノは覇気を込めて武装した自らの脚に掛かってくる圧力に一筋の汗を流す。気を抜けば打ち破られると感じさせる程のルフィの覇気にボルサリーノは認識を改める。

 

「“四皇”相手は骨が折れるなァ~……!!」

 

 今、目の前に居るのは2年前の力不足だった若者では無い。海軍最高戦力である大将が本気で相手取らないといけない難敵……四皇の一角であると。

 ボルサリーノから発せられる空気が張り詰めたの感じたイッショウは溜息を吐きつつ仕込み杖から刃を引き抜く。

 

「……変わりやせんね麦わらのルフィ……友の為に命を懸けやすか。あっしとしては気乗りはしません、ですがこれも大将としての務め」

 

 イッショウの周囲に掛かる重力が増して範囲内の地面が僅かに沈む。“ズシズシの実”の重力操作によって大地を軋ませながら大将藤虎は光の映さぬ目で睨め付ける。

 

「であれば……此方も命を賭けてお相手しやす! ()()()()!!!」

「……歌姫ウタの抹殺を再開」

「ッ!!? 来るぞ!!!」

 

 大将2人の本気、そしてイッショウの号令と共に戦闘行動を再開させるセラフィム。その三名を前に麦わらの一味を初めとした海賊達が迎え撃とうと動き出す。

 激突は必至。

 

「―――待ってくれェーッ!!?」

「……!!!」

 

 そんな両者の間に身を晒して待ったを掛けたのは……ゴードンだった。

 

()()()セラフィム!!?」

「……!!!」

 

 イッショウが間一髪の所でセラフィムを制止する。ゴードンの胸には“石の槍”の鋭い先端がギリギリの所で止まっていた。

 

「…………」

 

 セラフィムは長大な石槍に変化させていた左手を突き出した体勢のままイッショウに顔を向ける。感情が無い筈なのにまるで無言の抗議でもしているように感じるのは短時間で命令を二転三転させたからか。しかし命令は絶対なのかセラフィムは大人しく石槍を崩壊、バラバラと纏わり付いていた物が剥がれるように元の左手に戻した。

 

「……一体どういうつもりですかい? 元エレジアの国王さん。下手すりゃ今ので死んでましたよ?」

「ゴードン……どうして……」

 

 困惑しながら問いかけるイッショウとウタ、そんな彼等にゴードンは涙ながらに答える。

 

「……これ以上……!!! もうこれ以上この子達を傷付けるのは止めてくれェー!!! 全ては私の責任だ!!! ウタは何も悪く無い!!! ……全部……全部私が招いてしまったことなんだ!!!」

 

 出血により顔色は悪く息も荒い、それでもゴードンは力の限り訴える。

 

「私が救ってやらねばいけなかったのに……! あの子の心に踏み込むのを恐れてしまったんだ!!! 薄々気付いていた筈なのに、私は彼女の計画をただ見ていることしか出来なかった……私は大馬鹿者だ!!!」

 

 痛む傷など知らぬとばかりに立つ姿。その背を見るウタは何を思うのか。

 

「ウタウタの能力やトットムジカの危険性ばかり不安視して私はウタから人との交流を、当たり前の日常を取り上げた……間違いだったと今ならわかる! 彼女に本当に必要だったのは辛い時に支え合える、喜びを分かち合える人との“繋がり”だった!!!」

 

 暗く濁った目をした少女が歌姫としての役割を得て光を取り戻した。しかし過去の真実は再び彼女に影を落とす。国を滅ぼした自責の闇は少女が背負えるような物では無く、遂には“新時代”に希望を托してそこへ逃げ込もうとした。一度閉じてしまえば二度と戻っては来られない牢獄(らくえん)へ、世界中の人々を引き連れて逃げ込もうとしたのだ。

 

「ウタをそこまで追い詰めてしまったのは私だ!! 弱い私は彼女の手を引いてやれなかった!! だからこそ―――」

 

 悲しくて、辛くて、苦しくて。この世界から逃げ出した……そんなウタの手を掴んで離さないでくれた人が居た。

 手を離せば何処までも羽ばたいていく鳥のような彼女を、自身が傷付くことも厭わず手を伸ばし続けて掴み取ってくれた人が居た。

 

「ようやく手にしたウタの“繋がり”を今度こそ守る!! もし貴方方がウタの罪を問うと言うならば……その罪の全ては私の物、私が背負うべき物だァ!!!」

 

 それがエレジアの悲劇で生き残った己が命の使い道なのだとゴードンは海軍大将に対して一歩も臆すること無く叫んだ。

 ゴードンの秘めた思いを聞いたウタは胸が締め付けられるように痛んだ。

 

「ゴードン……!!」

 

 ウタにとってゴードンは音楽の全てを教わった先生であり、そして12年の時を過ごした……赤髪海賊団の皆とは違うもう一人の家族。そんな家族からの愛情をずっと受けていたのだと今になって知ったウタは涙を溢す。

 

「……泣けるね~2人の絆。引き裂くのが心苦しいねェ~」

 

 だが。

 

「どいてくだせェ。アンタのような良い人を傷付けたくはねェ」

 

 既に元帥からの指令は下されている。ならば世界政府管轄の暴力装置たる海軍本部大将はその絶大な力を振るうのみ。

 触れる者を焼き尽くす光と全てを圧し潰す重力が迸る。

 

「……退がってろおっさん」

「ルフィ君! だが……!」

「海賊と海軍が面と向かってんだ!! やることは一つしかねェ!!!」

 

 ルフィは鼓動のドラムを鳴らそうとするが出来ず、代わりに血流を加速させてボロボロな体の力を底上げさせる。そして同じように満身創痍の体に鞭を打って立ち上がる仲間達に号令を掛ける。

 

「行くぞお前らァーー!!!」

「「「「おう!!!」」」」

 

 戦いは止められない。海賊に守りたいものが在るように海軍にも通すべき正義が在る。

 新たなる四皇とそれに味方する海賊、そして大将と平和主義の兵器。両者の凄まじい激突が荒れ果てたエレジアの地を大きく揺るがした。

 

「―――ウ、ウタ様達の守りはおれに任せるべよォ!!!」

 

 バルトロメオのバリアによって身の安全は保証されたウタとゴードン。それは同時に戦闘による余波を気にしなくて良くなったことを意味する。

 

「“八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)”」

「ギャア!? 眩し過ぎだべ~!?」

 

 ボルサリーノから飛来する無数の光弾がバリアを連続して叩く。物理的な被害は完全に遮断するバリアであるが眩しいのだけはどうにもならない。

 

「レディに向かって……何しやがるゴラァーー!!!」

「おおっと~!」

 

 サンジが繰り出す燃え盛る蹴りをボルサリーノも同じく蹴りで迎撃、両者の熱が干渉し合ってより強い熱を呼ぶ。

 

「やる気かい~? “黒足”。それに~……」

「“海流一本背負い”!!!」

 

 激突する両者に向かって襲い来るのは水の塊。ボルサリーノを標的として放たれたそれを彼は光となって高速回避する。

 ジンベエが魚人柔術によって投げ出した海流はボルサリーノが消えた後も残留していた光熱にぶつかり大量の水蒸気を発生させた。近くに居たサンジも頭から水を被ったような状態になったが気にした様子も無くただ“悪魔風脚(ディアブルジャンブ)”の火力を燃え上がらせ続ける。

 

「“フォグ・蜃気楼(ミラージュ)=テンポ”―――“幻霧妖精(ウィウィアヌス)”!!!」

 

 発生した水蒸気をナミが天候棒により霧として定着させ周囲一帯に幻の風景を作り出す。

 

「光は空気に満ちる水によって拡散されて弱まる……能力者相手に何処まで通用するかわかんないけど!!」

「流石だぜナミさん!!」

「わしらが相手じゃ……黄猿!!!」

 

 強力なピカピカの能力に対して有利な戦場を作りだした彼等はボルサリーノと相対する。

 

「う~ん。船長が傑物なら部下も厄介この上無いねェ~……」

 

 ボルサリーノは指先から撃ったレーザーが想定よりも威力が出ないことを確認すると苦笑し、それでも余裕の在る態度は崩さずに動き出した。

 

 戦場の一角が霧に包まれたと同時に他の戦場も大きく動き出す。

 

「……歌姫ウタの抹殺……優先順位の変更……障害の排除を優先」

 

 セラフィムは命令を遂行する為に現在必要な行動を選択する。その不遜とも言える態度が腹に据えかねたのかセラフィムと似た顔立ちをした女……ボア・ハンコックが立ち塞がる。

 

「ふん! やれるものならやってみるが良い……“虜の矢(スレイブアロー)”!!!」

「ッ!!!」

 

 先手必勝。ハンコックは撃ち抜く物全てを石化させるハートの矢を放ち、それがセラフィムに直撃した。

 

「話しには聞いていたが、本当に昔のわらわそっくりじゃな……忌々しい! この場で蹴り砕いてくれる!!」

 

 幼い自分の姿を模した海軍の兵器。世界政府が大きく関わるその存在を目にして否応なしに過去のトラウマが甦ってくる。

 ハンコックは憤怒の形相を浮かべて完全に石化したセラフィムへ強烈な蹴りを放つ―――

 

「ッ!? 何じゃと!?」

 

 しかしその蹴りは空を切った。絶対に当たる軌道だった筈。ハンコックは直前に見た光景が信じられずに()()へと目を向ける。

 石化したセラフィムは蹴りが当たる直前……地面へと飲み込まれるように沈んで消えたのだ。

 

「姉様が石化させて動けるわけが無い! 他にも能力者が!?」

 

 サンダーソニアとマリーゴールドは一緒になって消えたセラフィムの行方と、そのセラフィムを庇ったと思われる謎の存在を探ろうと見聞色の覇気を用いる。だが―――

 

「……ッ!!? 違う!!! 避けろソニア!!! マリー!!!」

「え?」

 

 謎の存在、そんな者は最初から存在しなかった。

 

「……な!!? これは……!!?」

 

 大地が隆起する。“岩石”が、サンダーソニアとマリーゴールドを挟むように地面から巨大な“岩石の掌”が急激にせり上がってきたのである。

 

「“千紫万紅(ミルフルール)”!!!」

 

 岩石の手に叩き潰される……それよりも早くロビンが咲かせた無数の腕がハンコックの妹達を引き寄せて回収、無事に圧殺攻撃から回避させた。

 

「助かったわニコ・ロビン!!」

「どういたしまして……でもこれは……!」

 

 岩石の手が地面に着く。それは身を起こすようにエレジアの大地から“体”を引き抜いた。

 大質量の岩石が動き出したことで地震が発生する。ロビンとハンコック達に大きな影が掛かり、眼前に現れた威容に呆然とする。

 

「……岩石の……巨人!」

「――――――」

 

 それは彼女達がこれまで見たことが無い程の“巨兵”。あのトットムジカすら赤子に思える程の巨体、まるで山一つが動き出したに等しいサイズ。

 

「……障害の排除を開始します」

 

 岩石の巨兵となったセラフィムは感情の無い目で見下ろすと拳を振り上げる。そんな動作でさえ大気は悲鳴を上げるように唸り、これから繰り出される攻撃の威力が途方も無い物であることを物語る。

 

「わらわに任せてお前達は下がっておれ!!! 芳香(パフューム)―――」

 

 ハンコックはメロメロの石化能力が何故か効かずしかも岩石で巨兵を作り上げたセラフィムの相手は妹達では荷が重いと判断、自分が前に出て打倒しようとする。

 

「―――荒廃の世の自我(エゴ) 斬り裂けり……“二刀流・居合い”」

 

 そんなハンコックよりも何故か、いつの間にか前に出ていた男が一人。

 

「“鬼怨(きえん)・羅生門”!!!」

「……!!?」

 

 二刀で放つ居合い斬りが振り下ろした拳が真っ二つに……斬撃はそこで留まらず更に腕を斬り裂き遂には肩口まで切断され、土砂崩れの如く片腕を崩壊させた。これに動揺したのかセラフィムは喪失した腕を押さえるようにして後退る。

 ゾロは岩石の巨兵を見上げながら訝しげに眉を顰める。

 

「……何処かで見た能力だな」

「そなたはルフィの……! まさかわらわを助けたつもりか!?」

「ああァ? おれはうちの仲間を助けに来ただけだ」

 

 そう、ロビンはロビンが此方の戦場へと向かったのを見て助太刀に入ったのだ。流石にこの重く硬い巨兵が相手ではハナハナの能力も十分な効果が発揮されにくいと考えてのことだ。それに個人的にあの“セラフィムの容姿”は気になっていた。

 

(黒い翼に背中の炎……あいつと同じ種族か? デカイし)

 

 百獣海賊団を統べる“百獣のカイドウ”の右腕である“火災のキング”を思い浮かべながらゾロは三刀目を口に咥える。もし想像通りの相手なら尚更自分が戦うのが適任だろうと刃を研ぎ澄ます。

 

「ゾロと云ったな! 巷ではルフィの右腕だと騒がれているようじゃが……ルフィの隣りに相応しいのはわらわだと此処で証明してやろう!!!」

「……急に何言ってんだお前?」

 

 研ぎ澄ました刃が萎えそうになった。いきなり脈絡も無くそんなことを言われれば誰だってそうなる。

 

「……いやじゃが乙女は三歩下がって夫の後を歩くと聞いたことも? ……ル、ルフィはどっちが好みか知っておるか?♡」

「知るか」

「何で知らんのじゃ!!! 副船長じゃろう!!!」

「何に切れてんだお前は!?」

 

 理不尽な怒られ方をされたゾロは腹が立つよりも驚愕が勝った。目の前の女が何を言っているのか全く理解出来ない。きっと自分とは違う価値観で生きているのだろうと深く考えるのは止めることにした。

 

「……危ない姉様!!?」

「ゾロ!!!」

 

 そして敵はいつまでも待っていてはくれない。良く分からない言い合いをしている二人に向かってセラフィムは残った腕で薙ぎ払うような攻撃を放つ。

 

「ふむ……どうやらゆっくり話す暇は無いようじゃな」

「……通じてたか? 話し」

 

 一方的に喋ってただけだろうとゾロは思ったがそれを口に出せば余計拗れそうだと腹の内に留め……迫り来る脅威へと対応する。

 

「とにかく」

「先ずは」

 

 剛剣と剛脚が巨兵の腕を打ち抜く。砕け散る腕、それによってバランスを崩したセラフィムは尻餅を着いて倒れた。

 

「「こいつ(これ)を片付けてからだ(じゃ)!!!」」

「~~~ッ!!? ……排除対象……最優先に設定」

 

 セラフィムはこの2人がこの場で最も脅威であると判断し己が出せる全能力を駆使して戦闘行動に移る。

 山が動くかの如き凄まじい戦いがここに始まったのであった。

 

 ―――イッショウが能力を付与した刀を振る。

 

「“重力刀(グラビとう)”」

 

 刀身が通り抜けた空間が歪む。数倍から十数倍にまで増幅された過重力はそのまま押し寄せる大波の如くルフィの元へと奔る。

 

「ぐっ!!? ……ぬああああァー!!!」

 

 重力波を受けたルフィは自重が数倍に膨れ上がった影響で足を地面にめり込ませるもイッショウの攻撃を何とか耐えて反撃に移る。

 

「殴る! 蹴り上げ、からのーー!! ……踵落としィ!!!」

「またですかい!? 律儀に口に出さずと良いでしょうに!!! 敵同士なら弱味を突くことぐらいしたらどうです!!!」

「うるせェこれがおれのやり方だ!!!」

 

 盲目のイッショウ、されどその身のこなしと刀捌きは一切それを感じさせない冴えを見せる。しかしルフィは以前にもそうしたようにイッショウに対して攻撃する時はその攻撃方法を伝えながら振るう。嫌いじゃない相手に不意打ちするような行動は出来ないのだ。

 

「……それで本当にあっしらから歌姫を守れると思ってんですか!!? あんまり“大将”を舐めんでくだせェ!!! ―――“重力刀・猛虎”!!!」

「殴る!!! おおおおォーー!!!」

 

 イッショウの覇気と重力を纏った刀の一撃をルフィは拳で迎え打つ。覇王色を纏って放たれた拳は黒い力場を迸らせながら刃と拮抗する。

 

「ぬゥ!? 強烈……! だが精彩を欠いてやす!!!」

「ぎ!!?」

 

 イッショウが全力で刃を押し込むとルフィは片膝を着く。

 

「そっちが万全ならこっちが押し負けていたでしょうが……今のあんたじゃァあっしを止められやァしやせん!!!」

 

 満身創痍のルフィと万全な状態のイッショウ。純粋な力勝負ではこのような結果になるのはわかりきっていた。

 

「あんたらに恩義は在るがァこっちにも通すべき筋が在る!!! 歌姫共々……ひと思いに押し潰してあげやしょう!!!」

 

 イッショウの放つ重力が更に重くなる。真正面から浴びたルフィの脚が足首まで地面に埋まる程の重力。もし持ち堪えているルフィが倒れてしまえばこの重力の奔流は彼の背後に居るウタにまで届くだろう。

 

「ぐゥ~~ッ!!?」

 

 歯を食いしばって耐えるルフィ。

 

「そんな状態でよく耐え―――……!!?」

 

 イッショウはこんな傷だらけの体で良くやったとルフィに対して称賛を覚えながらも止めを刺そうとした。

 しかしそれは突如頭上から飛来した“弾”によって阻止される。

 

「“カマキリ流星”!!!」

 

 曲射の弾道。重力の影響を考慮したパチンコ弾は寸分違わずイッショウの元へと届き込められた火薬が起爆、成長(グローアップ)した黒カブトによって放てる重量上限一杯の火薬を詰め込まれた弾は凄まじい爆発を引き起こした。

 

「どうだ見たかァ~!!? 大将がなんぼのもんじゃァ~い!!?」

 

 ウソップはヤケクソ気味にそう言いながらカブトを構えた体勢を維持、こんな攻撃で倒せるなど彼自身思ってはいないのだ。

 

「悪ぃウソップ! 助かった!」

「無茶し過ぎたルフィ!!」

 

 先の射撃は一瞬の隙を作ってルフィが逃げる時間を稼ぐ為の物。爆発の煙に巻かれているイッショウから直ぐに距離を取ったルフィはウソップに礼を言う。時間にして一分も経っていない攻防だったと云うのにルフィの息は既に荒い。

 

「ルフィ! ウタを連れて逃げようぜ!? 皆だっていつまで戦えるかわかんねェんだぞ!」

「ハァ、ハァ……! できねェ!!! おっさん達からは逃げられねェ!!! だからここで倒す!!!」

「それが無茶だって言って―――」

 

 ウソップは何とかこの場から仲間全員を生かして乗り切る為の方法を考えるが……それは息が詰まりそうな重苦しい空気によって止まる。

 

「……お仲間の言う通り……無茶ってもんです」

 

 爆煙の切れ間から姿を現わす無傷のイッショウ。彼は刀の鞘を地面に突き立てながら告げる。

 

「今のあんたらじゃァ……万に一つも勝ち目はありやせん!!!」

 

 天を突くような重力波がイッショウから立ち上った。夜空を貫いた重力が大地へと引き寄せるのは宇宙に漂う―――

 

「い、いいい……()()だァ~~!!?」

 

 隕石が、ルフィ達の遙か上空から堕ちてきた。バリアの中でウタの容態を診ていたチョッパーはバルトロメオと共に目を剥いてその光景を見る。

 

「おれが壊ッ……あれ……?」

 

 雲を突き破って落下してくる隕石を迎え打とうとしたルフィだが、ガクンと膝から力が抜けてその場に両手を着く。立っているのも限界な程に体力を消耗していたのだ。何とか立ち上がろうとするルフィだが肉体は言うことを聞かず、隕石はその間もどんどん近付いてくる。

 

「うぎゃァああ~~!!? 死ぬゥ~~!!?」

 

 天から堕ちる脅威。大きさはセラフィム巨兵の十分の一も無いがそれだけの質量が落下による速度を得ることで予測困難な破壊力を秘める。もしこのまま落下すれば周囲一帯が吹き飛ぶだろう。

 

「―――“R・ROOM(リ・ルーム)”」

 

 そんな恐るべき隕石が特殊な力場に包まれる。隕石自体から発生した力場は卵の殻の如く包みこむとその効果を発揮する。

 

「“シャンブルズ”」

 

 その瞬間、隕石の落下エネルギーが“引っ繰り返った”。

 隕石から落下する力が一瞬だけ消失するも直ぐに落下を始める……下から空へと突き上げる反転された力はそのままに。

 

「……砕けろ!!!」

 

 ローがそう言うと同時に隕石は上下から掛かる圧力に挟まれ自壊、粉々に弾け飛んだ。

 飛来する隕石の欠片。放っておけば危険極まり無いがそれもローは展開した状態だった“R・ROOM”によって全て地面へと転移、被害を出さずに処理した。

 

「……どうしてこう、こいつらと関わると次から次へと問題がやって来るんだ……!」

 

 ローは居るだけでトラブルを起こす・巻き込まれる麦わらの一味に嫌そうな目を向けると大きく溜息を吐く。

 

「トラファルガー。今のは“覚醒”の力ですかい? こりゃァかなり厄介そうだ」

「ばかすか隕石落とす奴に言われたくねェな!!」

 

 ローが鬼哭に“K・ROOM(クローム)”を付与する後ろではベポが拳を構えて戦意を漲らせている。ファンの一人としてウタを殺めようとするのが許さないのだ。

 

「おい麦わら屋」

「どうしたトラ男」

「ロボ屋とホネ屋と同じくお前も動いて良いような体じゃねェ……それをわかった上でここに立ってるんだろうな?」

 

 そうローが言うように現実でのダメージが大きいフランキーとブルックはバリアの内側で少しでも体力の回復に努めていた。ルフィはそんな2人よりも更に深刻なダメージを背負っているのにこうして大将と相対しているのだ。

 ローが言っていることなどルフィ自身も重々承知している。その上で彼は戦うことを選んだのだ。

 

「ここでおれが戦わねェと……皆を守れねェだろうが!!!」

「……無茶する野郎だ。言っとくが別におれはお前らと共闘する気は無ェからな? 自分に降り掛かる火の粉を払ってるだけだ」

「そうか、ありがとう!」

「礼を言うんじゃねェよ!? まるでおれがお前らを助けてるみたいになるじゃねェか!!」

 

 船長同士がそんなやり取りをしているのを黙って聞いていたイッショウは一区切り付いたと判断し刀を構える。

 

「仲が良いのは結構……あっしとしてはそろそろ大手を振って軍の敷居を跨ぎたいんで2人の首、この場で頂戴いたしやすが?」

 

 イッショウの覇気と重力が膨れ上がる。

 

「やってみろ!!!」

「自分の首を心配するんだな!」

 

 ルフィとローも覇気を漲らせる。2人とも体力の消耗が著しいが……その目に宿る闘志は一片の陰りも無い。不利な状況だと云うのに絶対に勝つ気でいるのだ。

 

「そうでなくちゃァ伊達に“四皇”とは呼ばれやしやせんね……! 相手にとって不足無し!!!」

 

 どれだけ弱っていようと油断して良い相手では無い。イッショウは威勢の良い若者を前に笑みを浮かべて攻撃を仕掛けるのであった。

 

 

 

 

 意識が明滅する。各所で起きている激戦の音が遠く聞こえる。

 ウタは地面に爪を立てて強く握る。

 

(眠っちゃ……駄目、なのに……)

 

 眠りに落ちるとはよく言ったものだ。もしこの手を離してしまえば崖から転げ落ちるように意識も手放してしまうだろう。ウタはそれに耐えながら、自分の為に命を懸けて戦ってくれているルフィ達を見る。ただ見ていることしか出来ない。

 

「……ルフィ……みんな……」

 

 チョッパーから先程処方された薬、極僅かだが体内に吸収されたかもしれないネズキノコを解毒する薬を飲んだウタは霞む意識を必死に引き留める。

 歯を食いしばって起き続けようとするウタにチョッパーは慌てる。

 

「おい無茶はダメだ! もう寝た方が良い! 手の傷は塞いだけど失った血も体力も直ぐには戻らねェんだぞ!?」

「ウタ。チョッパー君の言うとおりだ。今、私達に出来ることは何も無い……だからお前は休んで―――」

「そんなの出来ない!!!」

 

 チョッパーの意見に続くゴードンの言葉をウタは否定した。

 

「全部全部!!? わたしが悪いんだよ!!? それで皆が傷付いてるのに……眠れるわけ―――ヅゥッ!!?」

 

 自らの叫び声が頭に響き激痛が走る。まるで頭蓋に釘を叩き付けたような痛みにウタは頭を抱えて蹲る。

 

「ウタ!!? 大丈夫かウタ!!? ウタ―――」

「~~~~ッ!!?」

 

 呼び掛けるゴードンの声が遠くなる。ウタの耳に届くのはバリア越しに聞こえてくる戦闘音だけ。

 

(痛い痛い痛いいたいいたいいたいッ!!?)

 

 痛み。戦いの中で誰かが傷付き傷付けられる度にそれはウタの頭の中で荒れ狂う。今までも頭痛が起きることは有ったが今回のこれはその比では無かった。痛みに暴れるウタの体をゴードンやチョッパーが押さえ込むが……彼女のそれは無意識の行動であり押さえ込まれている感覚さえ満足に感じられていない。

 悲鳴が上がる。喉が裂けんばかりの痛々しい悲鳴。ウタは自分の喉が震えているのを微かに感じてその悲鳴が自分の物であると知る。それが無ければ自分が叫んでいるとはわからなかっただろう。

 

(うァ……これ、ヤバ……もしかしてわたし、死ぬの……?)

 

 そんな自分が上げている悲鳴さえ直ぐに聞こえなくなったウタは死を意識する。意識が急速に闇へと沈んでいく。それなのに戦い争う音だけはしっかりと鼓膜を打ち脳は痛みを訴える。

 

(……みんな……ルフィ)

 

 意識が消える、温度の無い水に沈むような浮遊感が全身を包んだ時だった。

 

 

 

 

 ウタの意識が“ウタワールド”で再び目覚めた。

 

「え?」

 

 ウタウタの能力者であるウタは自分がどっちの世界に居るかが感覚で直ぐに理解出来る。そもそも現実とウタワールドの両方で存在出来る彼女の意識からすれば考えるまでも無くわかることだが……今は事情が違った。

 

「何で……?」

 

 “黒一色”の世界でウタは戸惑い、怯える。本来なら現実と遜色の無い色彩で溢れる夢の世界が闇に沈んでいた。

 ウタは自分の姿以外は一寸先も見通せない闇に向かって手を伸ばす。そうしながら彼女は最も自分を恐怖させている事実に目を向ける。

 

「……どうして……“現実(そと)が見えない”の?」

 

 此処にしか自分は居なかった。

 現実とウタワールドの両方で存在する筈の自分が、この闇に染まったウタワールドの中にしか居ないのだ。

 

「うそ」

 

 ウタはあれだけ自分を苦しめていた頭痛が消えたことを喜ぶこともせず青褪めさせる。

 

「……うそだ……」

 

 現実から消え、ウタワールドのみに存在する。その事実が意味することを考えてウタは信じたくないと叫ぶ。だってそれは彼女が計画していた“新時代”の―――

 

「嘘だ!!?」

 

 だから認められるわけが無かった。自分が“死んでしまった”かもしれないなんて。

 

「ヤダヤダ!! いやだ!!?」

 

 ウタは走り出す。当て所無く逃げるように。

 

「……ルフィ!? ゴードン!? 皆ァ……!!?」

 

 助けを求めるようにウタは親しかった者の名を呼ぶ。しかしこの世界でその悲痛な声を聞いてくれる者など居らず。ウタは子供のように泣きながらただ黒い世界の中を一人走り続ける。

 

「なんで……ここはわたしの世界なのに……!?」

 

 何度も何度もウタは能力を使ってウタワールドを操ろうとした……だが出来ない。この世界を閉じて現実に帰ることはおろか自然の風景を初めとしたエレジアを写し出すことすら出来なかった。

 何一つ思い通りにならない世界を駆けずり回るウタの心を埋めるのは恐怖だった。

 

「どうして、どうして!? ―――……ぅあ!?」

 

 脚をもつれさせて転ぶ。何も無い場所で転倒してしまうのはひとえにウタの揺れる精神の影響が肉体にも及んだ為。

 前後左右に上下、触感や温度さえ感じられない世界でウタは倒れ込んだまま呟く。

 

「だれか……」

 

 救いを求める声。

 

「だれか……お願い……だれか……」

 

 闇に閉ざされた牢獄で、彼女が最後に口にするのは―――

 

「……シャンクス……!」

 

 父の名。ウタは孤独な世界に涙を溢しながら自分が愛した父の名を呼ぶ。

 

「会いたいよォ……シャンクス……!」

 

 捨てられた。裏切られた。そう思い続け、エレジアの真相を知った時にそれが間違いだったと気付いた。だからウタは彼等を恨み続けていた自分には会う資格が無いと思った。どれだけ恋しくても、もう一度家族として過ごしたいと願っても……それを口にするには自分の背負った“罪”が重すぎると。

 

「シャンクスぅ……ああァー!! ……会いたい、またみんなに会いたいよォ……!?」

 

 それでも、この絶望に沈んだような世界でウタが最後に心から溢れ出した思いは“家族と会いたい”という願いだった。

 それは幼子のような思いだった。迷子になった子供が泣きながら親を求めるように。

 

「うう……! うああああァ~!?」

 

 ただ一人泣き叫ぶ。その声は闇に吸い込まれて誰にも届かない。

 

『……て』

 

 そんな時だった。

 

『おきて』

「……え?」

 

 この世界に自分以外の“誰か”が居たことに、その者から声を掛けられたことで気付いたウタ。彼女は涙を拭い鼻をすすりながら顔を上げ、自分のことを屈み込んで見ている相手を見て……驚愕する。

 

『やっとこっち見た』

「……“わたし”?」

 

 見ていたのは自分(ウタ)だった。ウタの姿をした“彼女”は意識が自分に向いたのが嬉しかったのか微笑みを浮かべて手を差し伸べる。

 

『泣き虫。お手は必要?』

「……ッ!? 誰なのあんた!?」

 

 ウタは自分と同じ姿をした存在を不気味に思って差し出された手を払って自力で立ち上がる。手を叩かれた“彼女”は『いったーい』と大仰に痛がりながらクスクスと笑って自分も立ち上がる。

 

「…………」

 

 自分と同じ顔をした“彼女”と向かい合うウタ。その姿形を確かめるように上から下までつぶさに観察する。そうしてウタが見ていると“彼女”は紅潮した頬に両手を添えてふりふりと身を振る。

 

『そんなに熱い視線向けられるとちょっと照れるなー』

「うるさい黙ってて」

 

 ウタに怒られた“彼女”は『は~い』と言って降参するようにバンザイするとそのまま唇をきゅっと拭くんで(だんま)りする。そんな数々の仕草がどうにも癪に障ってウタはイライラするが、何とか気持ちを落ち着かせて目の前の自分をしっかりと見た。

 

(……黒い……魔女? でもこの格好って……)

 

 黒い帽子に鍵盤のような袖をした黒いドレス、背中には本物か偽物かわからない黒い翼。このウタワールドに相応しい黒に染め上げられた装いに身を包んだ“彼女”の格好を見てウタはあの存在を想起させる。

 

「……“トットムジカ”?」

 

 有り得ない、そう思いながらウタが出したのはあの忌まわしき楽譜の名称……トットムジカ。

 

『…………』

 

 そう呼ばれた“彼女”は先程まで戯けていた人物とは思えない寂しげな笑みを浮かべると、ウタに背を向けて歩き出す。

 

「ちょ、ちょっと!? 何処に行くの!?」

『……うん。そのままわたしに付いて来て……ちゃんと“ここから出られる”から』

「出られるって……」

 

 慌てて追い掛けるウタがきちんと付いて来られるようにゆっくりとした足取りで黒い世界を進む“彼女”。時折後ろを見てはぐれていないか確認するその表情はとても優しく……ウタは自分が推測した“彼女”の正体が本当に当たっているのか疑い出す。

 

「あんたは本当にトットムジカなの? どうしてこんな……わたしを助けるようなことを?」

『…………』

「この黒いウタワールドは何? あんたの影響なの? 現実のわたしは死んだんじゃないの?」

 

 先程まで孤独だった反動かウタは矢継ぎ早に“彼女”の背中へ疑問を投げ掛ける。

 

「もしあんたがトットムジカなら、わたし……言いたいことが―――」

『駄目』

「……!」

 

 ウタが“何か”を言おうとした時、“彼女”はそれが言葉になる前にウタの唇へ指を当てて止めた。

 

『貴女はそれを私に言っちゃ駄目だし、私は貴女にそれを言ってもらったら駄目』

「何で……」

『わかって。お願い。良い子でしょ?』

 

 “彼女”はウタの頭をよしよしと優しく撫でる。何故か……嫌じゃなかった。それがウタにとって意外だった。家族でも友達でもない、ましてや正体が想像通りの相手なら嫌悪して然るべきなのに。

 ウタはそのあたたかい手を払いのけることが、どうしても出来なかった。

 

『……うん、よくできました。ご褒美にお菓子をあげよっか?』

「いらない」

『そっか……まあ欲しいって言われても今の私は何にも持ってないから困ってたんだけどね! あははははは! あ。お菓子の代わりに手品とかどう?』

 

 “彼女”は『はい、親指が外れまーす』とありきたりな手品を披露する。

 

「何それ……ふっ。変なの」

 

 よっぽど幼い子供でもない限り喜んでくれなさそうな粗末な芸。ウタはそれが逆におかしくって笑いを溢した。“彼女”の振る舞いはまるで自ら馬鹿をやって周りの者を笑わせる道化師のようではないか。そして何よりウタへの接し方はどうにも―――

 

『あ、笑ってくれた! うんうん! やっぱり子供は笑顔が一番だね!』

 

 幼い子供に対してのそれに近かった。そのことに気付いたウタはどうして“彼女”に最初苛立ちを覚えていたのか理解する。

 

「……子供扱いはやめてくれない?」

 

 子供扱いしてくる、それが原因だった。

 目線を合わせてくるのも。明るく朗らかな声を出すのも。小まめに様子を見ながら歩調を合わせるのも。大袈裟に褒めるのも―――目の前の子が笑顔になればまるで我が事のように笑うのも……全部全部、大人から子供へ行う振る舞いだった。

 

『ごめんねー? 貴女は立派な大人のレディだもんね。偉い偉い♡』

「説得力!?」

 

 また撫でようとした“彼女”の手をウタは今度は避ける。何処からどう見ても子供扱いしてきていた。それで撫でられなくてちょっと残念そうにする所なんてただの子供好きの反応である。

 

(調子が狂う……)

 

 ウタは困る。そう困ったのだ。

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