ONEPIECE FILM N.G.   作:悠々―ゆうゆう―

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12/13(火)の更新は上下に分けての2話更新になります


夜明けの風―Musica― 下

 トットムジカかもしれない相手にウタは怒りも恨みもせず……出来なくて、ただ困惑する。

 

(……やっぱり、()()()見えたのは本当で……この人は―――)

 

 あの時。ルフィとトットムジカとの戦いが佳境に入った時、ウタの脳裏にはある人物の“記憶”を断片的にだが垣間見た。それを見た……見てしまった所為で、今のウタは“彼女”に怒りや恨みを純粋にぶつけることが出来なくなってしまった。

 

『―――えい!』

「ぅぶ……!?」

『また泣きそうな顔してる!! ()()も駄目ー!!』

 

 ウタの顔を両手で挟んでほっぺたをぶにゅっと潰した“彼女”はプンプンと全く怖くない怒り方をしながら言う。

 

『貴女はね? 私が貴女に対してやったことを絶対に忘れちゃ駄目。怒りも恨みも私に向けられて然るべき物。わかる?』

「で、でも……」

『わかったって言わないとチューするぞ?♡』

「ぎゃああああ!!? やめて気持ち悪い!!?」

 

 自分と同じ顔にキスされるなんて悪夢以外の何物でも無い。湖面に映る己に惚れるような性癖など持っていないのだ。そうして本気で嫌がるウタを“彼女”はケタケタと笑って解放してやる。

 

『ケケケケ! どうだ思い知ったかー! 私を怒らせると怖いんだぞー!』

「……ゼェ、ゼェ……ああ、うん。十分理解したよ」

 

 ウタは痛みそうになる胸に手を当てて息を整える。どうやら“彼女”は絶対に自分から“その想い”を受け取る気は無いのだと理解して気を取り直す。

 

「……それで? 何処まで歩けば良いわけ?」

『お。元気になってくれたみたいでお姉さんは嬉しいよ~! はいはい行き先はこちらで~す♪』

 

 そうして2人は進み出す。足音も立たず真っ直ぐ進めているのかさえわからない黒々とした世界を。

 “彼女”は道中の退屈を紛らわせる為か鼻歌を歌い、興が乗ったのか本格的に歌い出した。

 

『……みなみの し~まは あったけェ~ あたまポカポカ アホばっか~♪』

「いや選曲!?」

『アハハ~。私これ好きなんだよね~』

 

 まさかの歌にウタは突っ込みを入れる。懐かしいと言うか何と言うか……幼少の時にルフィが歌っていた物だった。

 “彼女”が歩きながら片手を伸ばす。歩きながら目に見えない壁でも撫でるして黒い世界の表面に指を這わせると……その軌跡を追うように()()()()()()が写真のように現れる。

 

「これ……」

 

 幾つも現れたそれはフーシャ村での一幕を切り取った思い出の数々。チキンレースやバードレースそれにボートレースなどの勝負ごとの思い出も有れば、何気無い日常を切り取った物まで。

 

「子供の頃のわたし達」

 

 幼かった頃のウタ。幼かった頃のルフィ。そして―――

 

「シャンクス……皆」

 

 ウタの家族。父であるシャンクスと船の仲間達が笑顔で並ぶ光景。そこには勿論ウタとルフィの姿も在った。今でも鮮明に思い出せる幸福だった日々。ウタはそれを見て自然と笑顔が溢れた。

 そうして過去の光景を眺めていると、不意に“彼女”が口を開く。

 

『……私は“皆”の笑顔が好きだった』

 

 “彼女”は独り言のような小さな声で話す。

 

『いつか、世界中の皆を笑顔に……幸せにしたいって思ってた』

「…………」

 

 浮かび上がらせていた思い出が煙のように掻き消え、黒に戻った世界で“彼女”はウタに尋ねる。

 

『貴女もそうでしょう?』

「…………」

『歌で世界中の皆を幸せにしたい、その為の夢の世界だった』

「……うん。そうだね」

 

 ウタは頷く。ライブを利用してファンの皆を、延いては世界中の人々をウタワールドに取り込もうと考えたのが彼女の“新時代”の計画。

 

「わたしには無理だったけど」

 

 友達に阻まれた計画。結局それで世界中の皆を救うことなど不可能なのだと自覚してしまった幻想。理想郷はやはり理想でしかなかった。

 そんな風に自らの行いは愚かだったと言うウタだったが―――

 

『そんなこと無い!』

 

 “彼女”はウタの言葉を否定する。

 

『貴女の歌には皆を幸せに出来る力が在る!』

 

 それは力強い言葉。いったい何を根拠にそう言い切れるのか。

 

「……どうして? 結局わたしが作ろうとした“新時代”は独り善がりだったのに……」

『独り善がりで結構!!!』

 

 “彼女”はウタに伝える。

 

『貴女自身が否定したって無駄よ! だって―――』

 

 黒い世界に新たな思い出が浮かび上がる。

 

『だって貴女の“皆に幸せになってほしい”って願いは紛れも無く本物だったから!!!』

 

 過去の思い出が消えた世界に、今の光景が映し出される。

 

「――――――」

 

 それはウタワールドを覆い尽くすように、ウタの視界に彼女の歌を聴いて笑顔になった人々の姿が映し出された。

 

『皆良い笑顔! それだけ貴女の歌が大好きなんだよ!!』

「…………」

 

 それは配信で何度も見てきた筈の姿。ウタが配信で歌を届ければ彼等はいつも嬉しそうに笑ってくれていた。

 不思議な気持ちだった。ファンのその姿はウタが何よりも好きだった物の一つ、それなのに―――

 

(皆はいつだってわたしに笑顔を向けてくれていた。それなのに)

 

 笑顔よりも、嘆きや救いを求める姿ばかり見るようになったのは。

 いったいいつから?

 

「……この世界に平和や平等なんて物は存在しないのかもしれない」

 

 そしてウタは思い出す。シャンクスが自分に言った言葉を。

 

「わたし……不幸ばかり見るようになってた」

 

 あの日から。エレジアを襲った悲劇の真相を知ってしまったあの日から、ウタの目には人々の笑顔よりも苦しみや悲しみに怒り涙を流す姿ばかり映るようになった。

 

『“あなたの歌を聴いて今日も頑張れる”』

 

 “彼女”は伝える。

 

『“希望が持てた”』

 

 ウタがその耳で確かに聞いていた、でも聞こえなくなっていた彼等の言葉を。

 

『“ありがとう、ウタ”』

「――――――」

 

 風が吹いた。そんな気がした。

 大切なことに気付いたウタの様子に“彼女”は背を向けたまま笑う。

 

『フフフ。どう? 思い出せた?』

「……うん」

 

 ウタは目を瞑る。

 

「そうだ。わたしはこの風が好きだったんだ」

 

 何処までも吹き抜けていく、世界の果てに居ても届く、そんな風が。

 

「わたしの歌を何処までも運んでくれる……」

 

 ウタは目を閉じたままこの風に身を任せた。背を押されるように踏み出した足が浮くように軽い。踊るような歩みは一歩踏み出す度に波紋を広げる。

 波は音を生み、音が色を帯びる。ウタワールドに音楽が響く。

 

 ―――瞼の向こうに光を感じた。

 

『さあ、もう直ぐだよ……皆が貴女を待っている』

 

 ウタの手を“彼女”の手が優しく包み光の差す方へと導いていく。

 

『私には出来なかったこと』

 

 硝子が罅割れるような音が鳴る。

 

『きっと貴女なら出来るから』

 

 パラパラと欠けて、ガラガラと崩れていく。

 

『皆に届けよう』

 

 魔王が砕けた欠片から生まれた刹那の奇跡。罅割れが楽譜を作る確率は如何ほどか、そんな(かな)しい時間で“彼女”は精一杯ウタを導く。

 

『貴女と云う歌を、世界に』

 

 前を歩いていた“彼女”は立ち止まると手を離してウタを前へと進める。肩を支えるように優しく押し出されたウタはそこで目を開ける。

 

「…………」

 

 眼前に広がる光は温かく、まるで太陽のようで―――

 

「……きっと」

 

 ウタは振り向く。光に照らされたそこには体から色を失って足下から砂のように崩れて消えていく“彼女”の姿が在った。そうしてもう二度と会うことは無いだろう“彼女”にウタは伝える。

 

「きっと……世界を滅ぼす絶望は、世界を救えるぐらい優しい人の歌から生まれた」

『…………』

「わたしはそう思う」

 

 そしてウタは“彼女”から止められた感謝でも謝罪でも無い言葉を以て伝える。

 

「あんたも寂しかったんだね」

『――――――』

 

 遙か昔、愛した人達の骸の中で絶望の歌を叫んだ人が居た。慟哭と怨嗟によって世界に刻まれた譜は千年の時を超えて現代まで残り……破滅を振り撒き続けた。

 平和と皆の笑顔を愛していた人は、その深すぎる愛ゆえに魔王を生んだ。

 

「大丈夫」

『あ……』

 

 今度はウタが“彼女”の手を取る。逃げようとするその手をしっかり握って離さずに。

 

「あんたが本当に届けたかった想い……わたしが歌に―――」

 

 消えゆく“彼女”にウタは笑顔で言う。それがきっと一番良い筈だから。

 

「楽しい歌にしてあげるから」

 

 だから笑顔で見送ってあげよう。

 

『……本当にこの子は……もう……』

 

 全身を罅割れさせながら“彼女”は笑う。隻眼から涙を、潰れた目からは血を、同じくらい熱いそれらを流しながら“彼女”は笑い泣く。

 

『地獄に行く私には過ぎた言葉だよ。でも』

 

 奇跡の時間。その全てを使って“彼女”はウタを救おうと思った。

 

『この力を継いだのが貴女で良かった』

 

 そう思っていた。だけど。

 

『ありがとう』

 

 本当に救われたのはきっと―――

 

「――――――」

 

 そうして“彼女”の存在は完全に砕け散った。残ったのは温かく吹き抜けていく風だけ。

 ウタはまた一人になった。あれだけ恐ろしかった孤独……でも今はもう怖くない。

 

「こっちこそ……」

 

 ウタはもう届かない言葉を口に出すと光の方へと向き直る。そうして風を背に受けながら彼女は光の中へ踏み出す。

 

 ウタワールドが砕けていく。

 それはもう以前のような形には戻らない。全てが望み通りになる夢の世界、物心付いた頃から当たり前のように存在していたウタにとってのもう一つの現実。それが壊れて消えていく。

 自分の力の最も大きかった部分が消えながらもウタに後悔は無い。何故なら彼女は自分の歌の在り方を完全に思い出したのだから。

 

「……わたしはウタ」

 

 砕けたウタワールドをその身で受け止めながらウタは力強く宣言する。

 

「歌で“新時代”を創る女よ!!!」

 

 現実から逃げないと決めたウタ。その心が己を―――覚醒(めざめ)させる。

 

 

 

 

 

 

 ゾロは苛立ちながら岩石の巨兵を上下に分断する。

 

「やっぱりあの“ソプラノ野郎”と同じ能力みてェだな!!! ちょこまかと逃げ回りやがって!!!」

 

 ドレスローザで戦ったドフラミンゴファミリーの幹部、“イシイシの実”の能力者である岩石同化人間ピーカを思い出しながらゾロはその時の攻略法で戦う。それは分断を繰り返して岩石に潜んだ本体を追い詰めていくと云う物だが……ピーカとは決定的に違う点が今回の敵には在った。

 

「離脱……」

「あ!? てめェ!!?」

 

 いよいよ逃げ場が無くなった段階、セラフィムは小さくなった岩石から抜け出すとその背中の翼で飛んで逃げるのだ。そして再び岩石と同化して巨兵を創造する。それの繰り返しを強制されてはゾロの怒りも溜まってくると云う物。

 

「わらわの顔で随分と舐めた真似を!! 逃げずに戦かわぬかァ!!!」

 

 ハンコックもまた苛立たしげに巨兵の四肢を粉砕していくが、当然ながら岩石を幾ら破壊した所でセラフィム本体には欠片もダメージは通らない。

 

「…………」

 

 炎を背負い羽ばたくセラフィム。逃げて逃げて……ただ逃げ回っている訳では無く、それは静かに勝利を目指して行動する。

 セラフィムは手近の岩石と同化すると幾度目かになる巨兵を創造する。それにゾロとハンコックが跳び掛かり両断と粉砕で隠れる場所を狭めていく。

 

「そろそろ掴めたぞてめェの気配!!!」

「これ以上逃げられると思うな!!!」

 

 岩石を潜行するセラフィムの気配を見聞色で察知したゾロとハンコックは真っ直ぐにそこへと駆け抜ける。踏み入る必殺の間合い、これで勝負を決めると2人が覇気を込めた―――

 

「……“海賊狩りのゾロ”、“海賊女帝ボア・ハンコック”」

 

 この瞬間をセラフィムは待っていた。

 

「がっ!!?」

「ぐ!?」

 

 二条の光が輝いた。

 岩石に孔を空けてゾロの腹とハンコックの肩を焼き貫いたそれは“レーザー”。セラフィムは岩石の巨兵を目眩ましにレーザーで致命傷を負わせようと虎視眈々と機会を窺っていたのだ。

 レーザーに込められた光熱が標的と接触したことにより炸裂する。セラフィムの両手から発射されたレーザーが直撃した2人は光の爆発に包まれそのまま地面へと落ちていく。

 

「……排除」

 

 身を焼かれて落ちていった2人にセラフィムは容赦無く追撃を仕掛ける。操る岩石を巨大な爪にしてゾロとハンコックに止めを刺そうとする。

 

「“巨大樹(ヒガンテスコ・マーノ)―――!!!」

 

 その岩石の爪に対して真っ向から衝突するのは巨大な2本の腕による掌底。

 

「“魚人空手・花葱(ギガンチウム)”!!!」

 

 その掌底は魚人空手の流れを汲む技。革命軍に世話になった時期に教わったその攻撃でロビンは仲間に襲い掛かる岩石の爪を破壊した。

 

「うァ……!?」

 

 だが大質量の岩石を打ち壊した反動でロビンの腕の骨が罅割れ皮膚が裂ける。

 

「姉様ァーー!!?」

 

 ロビンが身を削って得た時間でサンダーソニアとマリーゴールドがゾロとハンコックを救う。息は有るが……しかし魔王との戦いから連戦でこのダメージ、2人は意識を失っていた。

 

「…………」

 

 セラフィムは岩石から抜け出して次の標的を定める。感情の読めない薄ら笑いが月明かりで不気味に照らされ、ロビン達へ向けられた掌に光熱が収束する。

 

 光の槍が無慈悲に放たれた。

 

 

 

 

「―――ロビンちゃん!!?」

 

 サンジの目に映るのはロビン達が居た場所がレーザーの爆炎に包まれる瞬間。

 動揺、怒り、不安……それらは今この場では致命的な隙に繋がってしまう。

 

「霧の中じゃあ光が減衰する……それならァ~」

「しまッ!?」

 

 サンジの目の前でボルサリーノが地面に足先を突き立て、直後にその地面が一気に膨張―――

 

「単純な火力で吹っ飛ばせば解決だねェ~」

 

 それはレーザー。ただしPXに搭載された再現兵器では無い本家本元のそれは桁違いの威力を発揮する。水蒸気で拡散されないよう地中で発射されたレーザーはまるで爆弾。

 

「……ガ……ッ!!!」

 

 地面が大きく抉れる程の大爆発はサンジの体を焦がし、発生する衝撃波は霧を呆気無く吹き飛ばした。

 

「きゃああーー!!?」

 

 爆風にあおられ転がるナミだが途中でゼウスがクッションになって受け止めてくれたので大した怪我は無かった。しかし直ぐに状況を見て顔を青褪めさせる。

 

「……痛ゥ……! ……サンジ君!? 大丈夫なの!!?」

 

 倒れ伏すサンジからの返事は無い。死んではいないがこのままでは拙いのは理解出来た。

 

「ん~……やっぱり夜は星空が見えるのが一番だねェ~。そう思うだろう?」

「“魚人空手奥義・無頼か―――」

 

 ジンベエの拳が空を切る。

 

「ッ!!?」

「元七武海。怖いねェ~……もし元気だったらと思うとゾッとするよォ~?」

 

 ボルサリーノの蹴り上げが顎に直撃したジンベエは僅かな時間意識を飛ばす。そんな彼にボルサリーノは淡々と光で作った剣を振り抜く。袈裟斬りにされたジンベエは血を吹き出して地面に膝を着く。

 

「……ぐ……ぬゥ!?」

「さァ~て、と」

 

 大怪我を負って動けなくなったジンベエを脅威無しと判断したボルサリーノの次の標的は勿論、歌姫。

 

「任務とはいえ辛いねェ~? ……女の子を殺すなんて」

「……! く、来るなら来いべ!!? おれのバリアは絶対無敵―――」

 

 ボルサリーノは軽い足取りで地面を蹴る。

 光が瞬く。バルトロメオはバリア越しでも眩しいそれに目を瞑り……次に目を開けた時に呆然とする。

 

「……は?」

「わっしから見えて、そっちもわっしが見えてる。つまり~」

 

 バリアの内側にボルサリーノが立って居た。

 

「光が通ってるってことだねェ~。うーん、やっぱり攻撃じゃ無くて()()なら通れちゃったねェ~?」

「ッ!!! “バリバリの―――」

 

 拳をバリアで覆って直接殴り掛かるバルトロメオ。

 

「これで邪魔者は居なくなったよォ~」

「……ッ!!?」

 

 だがボルサリーノは誇りでも払うような気安さでバルトロメオを蹴り飛ばした。ピカピカの超高速の蹴りを受けたバルトロメオはそのまま自分の張ったバリアに激突、意識を手放した。能力者の気絶と同時にバリアは空気に溶けるように消失する。

 

「さあ~、歌姫ウタ。眠ってるところ悪いけどわっしは気にせず殺すよォ~?」

 

 地面に寝かされたウタにボルサリーノの光る指先が向けられる。それは次の瞬間にもレーザーを放っていただろう。

 

「……おやおや~? そこに立たれると危ないよ~?」

「…………」

「死ぬ気かい? 元国王~」

 

 ウタの盾になるようにボルサリーノの前に立つのはゴードンだった。彼は自分の命なんて簡単に奪える恐るべき光から目を逸らさず口を開く。

 

「決めたんだ私はッ!!! ウタを守るとッ!!!」

 

 血を吐くような叫び。

 

「彼女が私より先に死ぬなど……絶対に在ってはならないんだァああーー!!!」

 

 強い覚悟を以て放たれた言葉にボルサリーノは目を細める。

 

「……自己犠牲、天晴れと言いたいが~……力無き者がやった所で意味が無いね~。悲しいねェ」

 

 ボルサリーノが突き出す指先の光がどんどん強まっていく。それは確実に標的を絶命させられるよう絶大な力を込めていく。その光に照らされたゴードンはこれが己の死神なのだと思い、その鎌が振り下ろされる時を来るのを歯を食いしばって待った。

 

 

 

 

 

 

 

 ルフィの身体は限界だった。

 

「……ゲフッ……ゴホッ!?」

 

 ギア5によって酷使された体にはギア2の負荷ですら重くまるで心臓が張り裂けたと思わせる激痛が全身を貫いた。

 

「随分と辛そうで」

「……ッ! うああああァーー!!?」

 

 動きが鈍ったルフィにイッショウの放つ“重力刀・猛虎”が直撃する。地形を変える程の威力を持つ重力波が真横に発生、胸を深く斬り裂かれたルフィはそのまま重力の奔流に呑まれて瓦礫ごと吹き飛ばされた。

 

「……ぅ……ぎ……ッ!!!」

 

 廃墟の瓦礫と共に大地にめり込んだルフィは骨身をギシギシと押し潰してくる重力から何とか這い出そうとする……だが満身創痍の体は全く云う事を聞かない。

 

 

「麦わら屋!!? やっぱり限界じゃねーかあいつ!!?」

 

 これ以上の戦いは命に関わる。ルフィの姿を見ていた全員がそう思う程に彼の覇気はか細く弱り切っていたのだ。

 

「……運の尽き……此処であっしらと出会った不運を呪ってくだせェ!」

 

 イッショウは一個人としてルフィを好ましい人物であると思っている。だが海軍と海賊という立場がそんな感情を踏み越えさせ、手に持った刀で止めを刺そうと一息に距離を詰めて行く。

 

「させるか!!! おれを忘れてんじゃねェぞ藤虎!!!」

「……! トラファルガー・ロー、流石の強さと言いたい所ですが……あんただって万全とは程遠い!!!」

「ッ!!!」

 

 ルフィを殺させはしないと間に飛び込んできたローだったがイッショウの言う通りローの体力もトットムジカとの戦いで殆ど使い切っていた。オペオペの能力と覇気の二重の消耗は指先を動かすのすら普段よりも重く感じられ、刀同士での打ち合いもジリジリと押し込まれていく。

 

「―――“緑星・花火花”!!!」

 

 大将としての実力を遺憾なく奮うイッショウ。そんな彼の足下にウソップの射撃が着弾、小さな爆発がまるで火花のように連続して炸裂する。

 

「やったか!?」

「残念、外れやした」

 

 花火花の爆煙から指向性を持った重力が放たれる。それは寸分の狂いも無くウソップの居る場所へと飛来した。

 

「ガ……ギャアアーッ!?」

 

 まるで重力で作られた大槌、それで全身を打ち抜かれたウソップはひとたまりも無い。狙撃手を仕留めたイッショウは粉塵が舞うそこに背を向けてローに刃を向ける。

 

「……さて、まだ勝ちの目は見えやすかい?」

「ああ、クソッ。ムカつく……!」

 

 ローはうんざりした様子でそう吐き捨て、そして―――

 

「賽の目になんか、あいつは祈らねェよ」

 

 不敵な笑みを浮かべた。

 

「……何?」

 

 イッショウはその態度に違和感を覚え……そしていつの間にかルフィの姿が消えていたことにそこで気付く。

 

「麦わらのルフィは何処へ?」

「決まってる。本当にムカつく野郎だ……! 同盟も解消された敵同士だってわかってんのかあいつは!」

 

 ローは自分にイッショウの相手を任せてこの場から離れたルフィに愚痴を溢す。強敵相手に1人残された怒りは本気で感じている、だがそれでも笑みを浮かべているのは“誰か大事な人を救いたい”という一心で無茶を繰り返す姿に懐かしさを覚えたからか。

 ルフィが一目散に向かった先は―――

 

 

 

 

 ボルサリーノが指先に集めた光が膨れ上がる。それは発射の前触れであり、前兆である筈の光でさえ肌を焼きそうな熱量を有していた。

 

「……!!」

 

 死を覚悟するゴードン。己の身を盾に背後で眠るウタが無事で在るようにと願い両手を大きく広げる。

 

「ふ~ん……エレジアでたった2人生き残った者を殺さなくちゃいけないなんてね~」

 

 最後の慈悲と言わんばかりにボルサリーノはレーザーの照準をしっかりと合わせる。もし狙いが逸れて苦痛が長引くことになれば可哀想だと考えてのことだ。指先がゴードンの心臓へ、そしてウタの頭部に続くように向けられた。

 

「さあ殺すよ~? 痛いだろうが一瞬で終わる……さようなら」

 

 ボルサリーノの指先からレーザーが―――

 

「ふんがァーー!!!」

「ッ!!?」

 

 放たれる直前、この場に駆け付けたルフィがその腕を蹴り上げてレーザーの矛先を上空へと無理矢理向けさせた。

 

「おれが相手だァ!!!」

 

 流星のように夜空を切り裂くレーザーの光に照らされながら立つルフィの瞳には陰ることの無い闘志の火が燃えている。覇王色の覇気を伴うその圧力を肌で感じながらボルサリーノは顔から笑みを消す。

 

「……成る程、大海賊に相応しいね~……ここで落として行こうか四皇の一角」

 

 ボルサリーノはこれ以上ルフィを野放しにすればいよいよ手に負えないような、世界を大きく揺るがす四皇さえ越えた“何か”に至るだろうと直感する。故に弱り切ったこの状態こそ絶好の機会。胸の斬り傷から血を流し何時(いつ)倒れても不思議では無いルフィだがそれを目の前にするボルサリーノに油断は一切無い。

 

「持てる手段は全部使う」

「ああァ?」

「海賊を相手するのにお行儀良くする理由は無いからねェ~」

 

 それはただの時間稼ぎ。だが体力を消耗して見聞色が十全に使えていないルフィに()()を回避することは出来なかった。

 

「……ッ!!?」

 

 上空から一直線に落ちてきたのはセラフィム。背中の炎を消しての超高速飛行でルフィに接近―――そのまま地面にねじ伏せるように強力な蹴りを放った。

 

「ぐあああァーー!!?」

 

 攻撃を食らって倒されたルフィは痛みで悲鳴を上げる。ゴムゴムの能力によって打撃全般は覇気でも纏っていない限り殆ど効果は無い……しかしセラフィムは冷静に自身が持つ情報を元に有効な打撃を食らわせた。

 蹴り脚を胸の“傷口”にめり込ませながらルフィを地面に抑え付けるセラフィムは背中の炎を灯すとボルサリーノに顔を向ける。

 

「……麦わらのルフィ。生死は?」

「ん~? 海賊だよ~?」

「了承。最も確実な手段で身柄を確保します」

 

 岩石を操作してルフィの四肢を拘束、そして頭上にまるで断頭台の如く巨大な岩刀を作り出す。

 持ち帰るのは別に“頭部”だけで十分なのだから。

 

「……ぬゥうう~~ァああああああああーーッ!!!」

「……!!?」

 

 それでもルフィを留めておくには足らない。四肢を拘束する岩石が罅割れ傷口にめり込ませた足先が押し返されたことでセラフィムは目を見開く。傷だらけの男がここまで動けるのが予想外だったのだ。歯を食いしばりながらセラフィムを睨み付けるルフィ。彼のそんな目に悪寒を感じたセラフィムは断頭台に炎を纏わせて殺傷力を極限まで高める。そうしなければこの男は殺せないかもしれないと思ったのだ。

 

 絶体絶命。もしこれが自分一人の命で終わるならルフィはいつかのように笑って受け入れただろう。だが彼の命の後ろには友達(ウタ)の命が掛かっている。

 

「おおおおォーーッ!!!」

 

 何処からそんな力が出ているのか、抑え付ける地面が砕ける程の力でルフィは抵抗する。このままでは拘束から抜け出すのも時間の問題……故にセラフィムは燃え盛る断頭の刃を落とす。一秒でも早くこの男の首を落とさなければ自分達が危ないと刃に岩石の鎖を繋ぎ力を込め引っ張り落とし速度を更に早めた。

 

「―――!!!」

 

 迫り来る刃。ルフィはそれから目を逸らすこと無く全力で抵抗を続ける。例え状況がどれだけ絶望的であろうと諦める訳にはいかない、ウタの為に此処で死ぬ訳にはいかないのだ。

 しかしルフィのそんな強い想いも虚しく刃は彼の首元目掛けて落下していく。次の瞬間にもルフィの首は刎ね飛ばされる―――

 

 

 その時だった。

 

 

「―――ᚷᚨᚺ(gah) ᛉᚨᚾ(zan)ᛏᚨᚲ(tak)―――」

 

 歌が。

 

「―――ᚷᚨᚺ(gah) ᛉᚨᚾ(zan)―――」

 

 祝福の歌が。

 

「―――ᛏᚨᛏ(tat) ᛏᚨᛏ(tat)―――」

 

 世界を変える祈りが。

 

「―――ᛒᚱᚨᚲ(brak)―――」

 

 エレジアに響き渡った。

 

 

 

 

 何が起きたのか誰も理解出来なかった。

 

「――――――」

 

 セラフィムは手中から()()()()凶器の残骸を見て硬直する。岩石の鎖も刃も、焼き尽くす炎も……全て水が流れ落ちるように崩れ去った。

 

「ん~……? こ、れは……」

 

 ボルサリーノは異変を察知して直ぐにレーザーを撃とうとしたが出来なかった。虚脱感。突然理由の分からない著しい体力の消耗を感じて膝を着く。

 

「……力が抜ける……! 何でございやしょうこれは……ッ」

 

 イッショウは周囲を圧し潰す重力を発生させようとするがレーザー同様無理だった。どれだけズシズシの能力を使おうとしても不発に終わりその代わりとでも言うように体力だけが大きく削られる。覇気を纏った刀身でさえまるで(なまくら)のように斬れ味を失いイッショウはそれを地面に突き立てて支えとする。

 

 エレジアに満ちていた闘争の全てが消える。武器は他者を傷付けられず能力者は害意を以て能力を使うことが出来なくなった。戦う術を失った後に残るのは木々のざわめき海の波音、そして―――

 

「……ウタ?」

 

 歌声。

 

 倒れ伏していたウタは手を付いて身を起こす。睡魔や疲労が重く残った体は緩慢な動きしか出来ない、だが彼女は確かに自らの力で立ち上がったのだ。そんなウタの口からは静かな声が……しかしエレジアに存在する全てに届く歌声が発せられる。

 

「―――ᛗᛁᛖ(mie) ᚾᛖᚷ(neg) ᛟᚾ(on)―――」

 

 祈りと願いの意味を失われて久しい古き(ことば)で紡がれるのは魔王を喚ぶ歌―――全ては世界を救いたいと願った“彼女”の絶望から始まった歪み。

  世界一優しい人から生まれた世界を滅ぼす魔王(ちから)がウタウタの力を今に知られる形へと変え果ててしまった。

 

 誰も知らない。現在のウタウタの実は食べれば自覚無しに“覚醒”の力を奮わせる異常な悪魔の実であったことを。

 

「―――ᚷᛁᛖᚲ(giek) ᚷᛁᛖᚲ(giek)―――」

 

 夢の世界も眠りし者を操る力も全ては魔王が創られた時に生まれた副産物。ウタウタの能力を覚醒させた“彼女”が世界を滅ぼす為に元々の形を崩して作り替えた絶望の塊。故に能力者は“覚醒している能力”の負荷に耐えきれず瞬く間に体力を消耗し眠りに落ちる。

 

「―――ᚾᚨᚺ(nah) ᛈᚺᚨᛋ(phas)―――」

 

 だがその歌は詞の意味を思い出したことで姿を変えた。ルフィ達との戦いで魔王“トットムジカ”を破壊されたことで深く結び付いていた“ウタウタの実”の能力に大きな変化が起こった―――

 

 否、元に戻ったと云うのが正しい。

 

「―――ᛏᛖᛉᛉᛖ(tezze) ᛚᚨᚺ(lah)―――」

 

 夢の牢獄(ウタワールド)はもう要らない。人の心を虜囚(とら)えて操る糸など手放せ。それらは元々在りはしなかった力。

 

【響け、届け】

 

 七色の光が立ち昇りそこから輝く五線譜が生まれ鮮やかなる音色が彩る。眼前に浮かぶそれらに手を伸ばせば指を擦り抜けて、だけど温もりは感じられて。

 夢現の境界が消えて新たに誕生するのは唯々美しい景色。この歌を聴く者全てに見せる幻想的で心躍る楽しい光景。

 

【歌を愛し、愛を歌え】

 

 これこそがウタウタの実の力。歴史の彼方へ消えていた……この実の()()()()と共に忘れ去られていた力が甦る。

 

【其は音楽の神に愛されし、歌と共に生まれし者】

 

 動物(ゾオン)系ヒトヒトの実幻獣種―――

 

「……これ以上わたしの前で!!」

 

 モデル“ムジカ”。それは太古の昔、心に響く音色によって世界中の人々を楽しませた者の名。

 

「誰も傷付けさせない!!!」

 

 真の覚醒を経たその実は能力者に“風に乗る歌声”と“幻想を映す力”を与える。

 

 その力はウタの歌声が届く場所全てに影響を及ぼしていく。彼女の足下からは周囲の戦意・害意を体力と共に吸い上げて作られた黄金の結晶が花の蕾のように顔を出す。普通の植物と違うのはウタが歩けばその動きに追従して動くことか。

 

「お願い、退いて」

 

 ウタは大将達と向かい合ってそう言う。ボルサリーノやイッショウは何とかして攻撃出来ないか試しているが全ては文字通り徒労に終わる。ウタの足下の蕾が数を増やし大きく成長していく。

 

「……参ったね~、これは」

「手も足も出ないとは正にこのことですかね」

 

 やるだけ無駄。そう判断したボルサリーノは戦意を引っ込め、イッショウは少しばかり愉快そうに刀を鞘に納める。セラフィムも表情は変わらないが一旦戦闘行為を止めてくれたらしいのは突然その場に三角座りした姿から判断出来た。

 

「……ふぅ……ルフィ! 大丈夫!?」

 

 一時的かもしれないが戦闘を止められたウタは先程まで窮地に陥っていたルフィへと駆け寄る。これまでの戦闘の負担や先程の大将との戦い……本当に心配で仕方なかったのだ。

 

「おう大丈夫だぞおれは! 助かったよ、ありがとうなウタ!!」

 

 ただ当の本人は殺され掛けてたとは思えないぐらいケロッとしていた。それどころかウタが能力で創った幻想を眺めて楽しむ余裕すら有った。

 

「しっかしこれウタワールドみたいだなー。でもこっちの方が好きだな!!」

 

 シャボン玉のように浮かぶ光を指でつつくルフィ。あくまで幻想なので触れはしないが何かしらの影響は有るらしく、ルフィは自分の体に重くのし掛かっていた痛みや疲労が温かく和らいでいくのを感じていた。

 

「……何リラックスしてんのよもう、人の気も知らないで」

 

 ウタはちょっとムカついたのでルフィにチョップを食らわせようとしたのだが……急に疲労感が出て頭を少しふらつかせる。

 

「ふあ~……って自分の能力なのに面倒臭ッ!!?」

 

 非常に強力な不戦の領域。しかしその強力さ故にか無差別であり能力者本人にも影響を及ぼしていた。

 無論この能力の影響範囲が“歌声の聞こえる範囲”であるならば―――

 

 

 

 

 サカズキは自身の手から熱が引いていくのを眉を顰めて見る。マグマグの実の能力者である彼の体は熔岩であり激情に呼応して高熱を発していたのだが、電伝虫からウタの歌声が聞こえてきた瞬間から急速に鎮火してしまった、

 

「……こりゃあ一体何事じゃ。これもウタウタの力か?」

 

 海軍に集められた悪魔の実の記録。膨大な情報量を誇る其処には無論ウタウタの実の記述も存在する。しかしこのような戦う力を奪うような記述は一切無かった。

 現場に居る大将2人に戦闘兵器であるセラフィムさえも抗えない力。それを突破する手段が何かないのかサカズキが考え始めた時である。

 

「厄介な力に目覚めてくれたのォ! 音域の外からの狙撃、もしくは間接的に―――」

 

 政府から通信が入ったのは。

 

「ッ! こんなクソ忙しい時に!! ……こちらサカズキ、何用ですか!!!」

 

 苛立たしげにサカズキは政府からの連絡に出て―――そうして伝えられた命令を最初は理解出来なかった。

 

『……中断だ』

「……何?」

『ウタとの戦闘行為を止めて撤退せよ』

「…………」

 

 少しずつ言葉の意味が頭に入っていく度にサカズキの怒りが高まっていく、

 

「そいつァ何の冗談で……?」

『…………』

「この絶好の機会を逃して退く理由は!! いったい何だと聞いとるんですよわしァ!!?」

 

 通信の相手である五老星は電伝虫越しで見ることは出来ないが皆一様に険しい表情を浮かべていた。彼等とて傷付き弱った麦わらの一味、特にルフィを仕留めておきたい気持ちは在ったがそれを強行するには拙い“情報”を手に入れてしまったのである。

 

『……歌姫ウタはある海賊の縁者……娘であると情報を得た』

「……! そうれが如何したと!!? 海賊からの報復が怖くて海軍なぞやってられんでしょうが!!!」 

『ただの一海賊ならそれで通っただろう! だが今回は違う!!』

 

 五老星は自分達の元に直接連絡を取ってきた海賊を思い浮かべながら拳を強く握り締める。

 

『……赤髪』

 

 海の皇帝の一角。

 

『歌姫ウタは赤髪のシャンクスの娘だ!!』

「ッ!!!」

 

 その名を聞いてサカズキは表情をより強い怒りで歪ませる。

 

「……そりゃァ確かな情報で?」

『……ああ。当人が言ったことだからな』

「…………」

 

 この情報が意味する所はエレジアに向かわせたボルサリーノとイッショウが無事に帰還出来る保証が無くなったと云うこと。麦わらの一味と他の有力海賊、全員弱っているが確実に倒すとなれば消耗は避けられず……その状態で赤髪と戦うとなれば―――

 

「忌々しいッ!!!」

 

 先行させたことが裏目に出た。シャンクスが何処まで海軍の動きを読んでいるのか不明だがこのタイミングでこの情報を開示してきたということは『自分の身内に手を出す意味』を此方に問うてきたことに他ならない。おそらく現在地もエレジアに程近いのだろう、それこそウタと麦わらの一味を仕留めて帰還する3人を待ち伏せて叩けるぐらいには近い場所に。

 如何に大将2人にセラフィムと言えど消耗した状態で万全の赤髪海賊団に狙われるとなれば分が悪いなんて話しでは無い。

 

(下手を打てば大将2人を失う……この情勢下では絶対に避けるべきリスク!!)

 

 サカズキは歯軋りする。彼の信条はこの場でウタも麦わらの一味も仕留めろと言っているが……元帥の立場がそれを許さない。

 

「……退かせる」

 

 命令を受け入れよう、今この時だけは。

 

「ただし退かせるのは後続する部隊に合流するまで!!! その後再び本来の予定通り全戦力で以てウタの討伐へ向かう!!!」

『……サカズキ貴様!!?』

「赤髪がなんぼ程のもんじゃ!!! 現時点での戦力が足りないなら総力で当てるまで!!! そもそもが世界を滅ぼす魔王を想定しての出撃……四皇の一角が出張ってきたからと尻尾巻いて帰らせる理由になんぞなりゃせんでしょうが!!!」

 

 サカズキの瞳には熔岩の如く煮え滾る戦意が宿っていた。彼の手の中に有る受話器が軋みを上げる。

 

「海賊の顔色窺って何が秩序!!! 海軍であるわしらが武力を行使する理由は一つ!!!」

 

 通信の向こうで未だ何かを言っていた五老星の言葉を押し潰すように受話器を粉々に握り砕いたサカズキは猛る。

 

「“絶対的正義”の名のもとに!!!」

 

 ああ仕切り直そう、だが再戦は直ぐ……その時に全ての決着を付ける。サカズキはそう決断してエレジアに居る部下達に連絡を取るのであった、

 

 

 

 

 

 元帥からの指令を受けた大将は矛を収めるとルフィ達に背を向ける。

 

「ままならないね~本当に」

 

 討つなら絶好の機会……しかしウタの未知なる力によって戦闘行為を封じられそれを破る手立ても今は無いとなれば撤退も致し方なし。

 

「麦わらのルフィ。あんたァやっぱり不思議な運を持ってやすね」

 

 ボルサリーノとイッショウは後続する部隊と合流する為に来た道を戻ろうと歩き始める。

 

「……セラフィム? どうしたんで? 一時撤退ですが」

「…………」

 

 座ってウタを見詰めていたセラフィムはイッショウから再度呼び掛けられたことで腰を上げる。そうして大将の後を追い掛けるのだが何度か後ろを振り向いてはウタを見る。その視線にどんな意味が有るのかわからないウタは取り敢えず手でも振っておく。

 

「……えーっと……ばいばい?」

 

 本当に何となくだった。命を狙ってきた相手からの返事など期待はしていない。だからだろう……

 

「バイバイ」

「――――――」

 

 セラフィムがそう言ったことにウタは目を瞠る。無表情、しかしあの感情の読めない笑顔と比べれば素に近く思えるようなそんな表情でセラフィムは別れの言葉を告げた。

 ウタはそんなセラフィムに何かを言おうと口を開くが、しかしその時にはもう黒翼を大きく広げて飛び上がり大将2人の手を掴むと瞬く間に空高く飛翔して行ってしまった。

 

 大将とセラフィムが去った。それを見送ったルフィ達は―――

 

「ブヘェ~~!!! 疲れたァ~~!!!」

 

 全員その場に座り込むか寝そべるかして緊張を解いていた。本当にもう色々と限界だった、ウタも彼等に倣って覚醒した能力を解除すると寝転がるルフィの隣りに腰を落とす。その際に消えていく黄金の蕾が僅かにだが“咲きそう”に見えたのが……何かの見間違いかとウタは気に留めずルフィに話し掛ける。

 

「……人生で一番疲れた日かも……」

「そうか? おれは何度目かもうわかんねェや」

「あんた一体どんな人生歩んでんのよ」

 

 死に掛けた回数なんてもう片手では数えられないぐらいになってしまったルフィ。そんな壮絶な生き方を軽い様子で語る彼にウタはちょっと引く。それで生き残っているのだからルフィの生存能力か悪運は恐ろしく強いのだろう。

 

「本当に無茶ばっかりして。こんな生き方続けてたんじゃ命が幾つ有っても足らないでしょ」

「平気だ。おれは強ェからな!」

「言うじゃない。どうせ仲間の皆に助けてもらってるくせに!」

 

 ウタはからかい混じりにそう言う。どうせ反論してくるだろうと思っての言葉だったがルフィの返答に意表を突かれることとなる。

 

「当たり前だ」

「……え?」

「おれは誰かに助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある!!!」

「……!!?」

 

 堂々と言うにはあんまりな言葉にウタは絶句する。しかし周囲の仲間達は気を悪くする所か楽しそうに笑っている。

 そして誰よりも一番良い笑顔でルフィはウタを見上げる。

 

「だからさ、ウタ」

 

 突き上げた拳をウタの目の前に掲げてルフィは伝える。

 

「お前に何かあったら……おれ達が助けてやる」

「――――――」

「しししし!!」

 

 助ける。その言葉通りウタを救ったルフィの言葉。それを聞いて目の奥が熱くなったウタは笑顔を浮かべてその熱が溢れないようにする。

 

「……そっか……うん、わかった! 何かあったら助けてって呼ぶね!」

「おう!! 任せとけ!!」

 

 ルフィがそう言うと仲間達は続くように口を開く。

 

「おいおれ達も忘れんじゃねーぞルフィ!!!」

「そうだぜルフィばっかりカッコ付けんじゃねェぞ!」

「おれも全力でウタちゅわんを助けるよー!!」

「そうよ! 荒事ならこいつらに任せときなさい!」

「怪我や病気もおれが治すからな!」

「ふふふ。私も手を貸すわ」

「あう! スーパー任せとけや!」

「同じアーティストとして助力出来るかと」

「わしも力になろう」

 

 海賊が言ってるとは思えないお人好し過ぎる言葉にウタは腹を抱えて笑う。

 

「アハハハハハハ! あ~可笑しい! 笑いすぎて涙出ちゃうよもう……でもありがとう皆! すっごく嬉しいよ!!」

 

 微笑みながら目尻を手で拭うウタ。そんな彼女の頬をふわりとした温かな空気が撫でる。

 

「あ……」

 

 温もりの出所、それは水平線の彼方。ウタとルフィ達も同じ方向へ顔を向ける。

 

「……夜が……明ける」

 

 眩しさに目を細める。それはもう二度と見ることは無いと思っていた輝き。

 太陽が昇る。その大きな光がエレジアを照らしていく。

 

 長かった夜が明けた。太陽がもたらしたその光はルフィ達やウタに束の間の平穏を与えてくれる温かな光であった。

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