ONEPIECE FILM N.G.   作:悠々―ゆうゆう―

18 / 18
最終章“N.G.”
ライブに向けて


 苦しい戦いを乗り越えたルフィ達。緊張の糸が解けた彼等は最低限の手当や事後処理をすると……辛うじて屋根の残る建物を見繕って(※住居として使っていたエレジアの城は崖の崩落と共に壊れた。ローの所為で)気を失うように眠りに落ちた。深い深い眠り、一度落ちれば自然と起きるまで何が有っても目覚めないような眠り。

 

「―――う~ん、何でだろう?」

 

 ウタもそれは例外では無かった。その筈だった。

 

「めちゃくちゃ元気なんだけどわたし!?」

 

 全員が寝静まっている中で何故かウタだけは昼前に目覚めてしまった。

 夜明けからまだ3~4時間ぐらいしか経っていない。それだけの睡眠でウタはすっかり回復してしまっていた。寧ろ昨日までの自分より調子が良いまで有る。死に掛けていたのが嘘のようだ。

 

「どうしよう、皆まだ寝てるしなァ……痛たたたた。自分で刺しといて何だけど馬鹿じゃないこれ?」

 

 ウタは左手の包帯を巻き直そうと枕元に置かれていた治療道具に手を伸ばす。傷口は2人の医者によって縫い合わされ治療を施されているが僅かに滲み出る血が包帯を赤黒く汚していた。ウタは痛い痛いと言いながら張り付いたそれをベリベリと剥がし傷薬を塗って新しい包帯に巻き直した。

 

「ん! これでよし!」

 

 セットもしていないボサボサの髪を適当に手櫛で撫で付けるとそのまま外へと向かう……廃墟の家なので扉も何も無いが。

 そうして外へと踏み出すと全身で日の光を浴びる。布団も無い固いベッドで寝てた体を解すように「う~ん!」と伸びをしたウタは今から()()()ことに取り掛かる。

 

「さ~て……ライブの準備するぞー!!!」

 

 そう。ライブはもう明日に迫っているのだ。

 

 

 

 

「―――何て言ったは良いものの……」

 

 ステージを見渡して独りごちる。

 

「やること無いね」

 

 先日まで麦わらの一味総出で作業に取り掛かってくれたステージはこれ以上手の施しようが無い程に完成していた。流石に当初予定していた“ウタワールド”のライブステージと比べれば見劣りするだろうが……エレジアの現状を思えば上等過ぎるぐらいの出来映えである。

 

「すっかり綺麗になっちゃって」

 

 メインステージに立つと以前までとの違いがはっきりと理解出来る。

 所々に罅割れや破損が目立っていたメイン・センターステージも一部を新しい石材に置き換えたりパテを塗り込んだりして新品同然に仕上がっており、備え付けられたカラーライトで照らせばそれだけで見る者を楽しませてくれるだろう。出来上がったこれを見せられた時はつい「変態みたいな出来映え」とちょっと失礼なことを言ってしまったりもした……まあルフィの所の船大工は喜んでいたので無問題だったが。

 

 ウタはステージの具合を確かめるようにステップを踏む。そして軽やかな足取りでメインステージからセンターステージまで一息に駆け抜ける。視界全体に広がる客席は当たり前だが無人、しかしこれも明日になれば空きが無い程に埋まるのだろう。

 

「ふぅ」

 

 歌無しで振り付けを一通り熟すと休憩を入れる。クールダウンを兼ねて客席まで移動してゆっくりと歩いて回る。

 

(……やっぱりおかしい)

 

 ライブ当日の来客の動線を確認しながらウタは自らの肉体の変調に意識を向け―――

 

(能力を酷使して、吐いちゃったけど毒キノコ食べて、そして……トットムジカで死に掛けて)

 

 客席から小島のアリーナ席まで()()する。

 

「よっ……と!」

 

 まるで飛ぶようにウタの体は跳ね……そして危うげ無く着地する。客席から一番近いアリーナ席だったとはいえ驚くべき跳躍。

 

「まあルフィや皆と比べれば大したこと無いんだろうけど……」

 

 ウタにしてみれば大した身体能力なのである。ダンスやパフォーマンスで動き回るので運動には自信が有る方だったが今の跳躍力は以前の倍以上になっていた。

 

「本当にどうしちゃったんだろうわたしの体?」

 

 アリーナ席からアリーナ席へ、そうしてセンターステージに程近い枡席へと飛び移って行ったウタはそこで「う~ん」と悩ましげに首を傾げる。

 ルフィ達に用意した枡席でウタは腕を組んで考えて考えて……

 

「―――まあいっか! ぴょんぴょん動いた方がファンの皆も喜んでくれるでしょ!」

 

 気にしないことにした。何なら前よりも動けるようになってラッキーぐらいに思ってるのがこの歌姫である。

 だって仕方が無い、自分が動物(ゾオン)系悪魔の実の能力者だなんて知らないんだから。覚醒の影響で身体能力や回復力が強化されたなんてわかる筈が無い。寧ろ知っている人間が誰一人として居ないので一生知らないままの可能性が大。ルフィの友達やってただけはあるメンタルの持ち主だ。

 

 ウタはそうして少し助走を付けるとセンターステージ目掛けて幅跳びを敢行、危うげ無く降り立つと柔軟をしながら入念に“準備”を行う。

 

「じゃあ試してみよっか、新しくなった力!」

 

 昨夜の戦いから様変わりしたウタウタの実の能力。ウタは今日それをライブ当日までにどう変質したのか確認する為にこの場所に赴いたのだ。

 

「―――Ah~~♪―――」

 

 ウタは軽く発声を行いながら能力を使用する。そうすれば以前までとの違いは直ぐにわかった。

 

(……やっぱり“ウタワールド”は無くなってる……わたしだけの夢の世界が)

 

 物心付いた頃から自分の中に存在していたもう一つの世界ウタワールド。それが一切感じ取れなくなっていたのをウタは自分の胸に手を当てながら受け止める。

 

「さみしいな……」

 

 半身を失ったかのような寂寥感。歌を歌えばいつだって自分の心に寄り添ってくれていた世界が消えた……それを噛み締めて彼女は前を見据える。

 

「でも、これが皆にとっての当たり前なんだ」

 

 手放したことを後悔しない。何故ならこの気持ちは言葉通りの寂寥感、別離に伴う隙間風。ウタの心に生まれた隙間にはもう新しい風が吹き込んできてくれている。

 

「……楽しい歌にしてあげるって約束したしね」

 

 魔王の力なんかでは無い本来の力で以て“彼女”との約束を果たす。それが世界の平和を夢に見て、しかし世界に絶望してしまった“彼女”に贈れる唯一の(はなむけ)になるだろうから。

 

「うん! しんみり終わり! 検証検証!! ライブまで時間無いんだし!!」

 

 気を取り直すと更に能力の検証を進めていく。

 

「―――あーあーあー♪―――……う~ん何だろう? マイク使ってないのに使ってる感じ?」

 

 ウタワールド消失の次に気付くのは声量の変化だった。元々地声でもかなりの声量を誇っていたウタだが能力を併用した時の歌声はその比では無い。拡声器(マイク)を用いず同等以上の声を周囲に響かせられるようになっていたのだ。

 そして歌声の変化はそれだけでは無い。

 

「―――ラ~♪ Ah~♪ ……ラ(Ah)~~♪―――……ってヤバ!? 独唱(ソロ)なのに二重唱(デュエット)出来そう!!? ぅははは~気持ち悪っ!!? でも楽しいんだけど!!!」

 

 歌声を“重ねた”。しかも同じ歌を重複させるのでは無くそれぞれ独立した歌を重ねられたのだ。人体でそれを行う不自然さは感じるがそれ以上にウタはこれを気に入った。

 

「練習すれば三重唱(トリオ)でも四重唱(カルテット)……ううん、もっと沢山だって出来る。これは歌の幅が広がっちゃうね~」

 

 覚醒能力の一つである“風に乗る歌声”で上機嫌のままウタは能力を更に行使する。

 

「ふんふん……これは海軍の大将が来てた時も出せてたな~。使い心地はウタワールドでの創造と似てる? でもこっちのは実体無しの立体映像みたいな物だね」

 

 ウタワールド内で行っていたように現実世界でも色彩豊かな音符や五線譜、円を描く虹に光の雨、果ては玩具やぬいぐるみまで宙に浮かべる。それらは手を伸ばせば触れられそうな程の現実感(リアリティ)を持っている、だが実際には触れずに透けるだけで其処に存在した物質では無いことが理解出来る。

 一言で言ってしまえば幻影。普通の人には見かけばかりのハリボテにしか思えないだろうが……ウタは別の視点から評価する。

 

「……これも中々良いね。影響表現(エフェクト)として使えばこれ以上に優秀な力は無いんじゃない?」

 

 ウタはそう言いながら“花火”を打ち上げ光弾がピュ~と空高く上がって行きパーンッと“音を立てて”咲き燃えるのを確認すると頷く。

 

「音の再現も出来る、っと。ふ~ん……じゃあこれは?」

 

 試しにグランドピアノの幻影を目の前に作り出して鍵盤を指で叩く。勿論触れはしないが……そのピアノはウタが“設定”したように指で触れた鍵盤に対応した音を奏でた。

 幻影に条件付与を行えることを確認出来たウタはその凄さに反して微妙そうな顔をする。

 

「あ~……これはちょっと難しい。“重ね歌”一つ分……いや2つ分? ぐらいの意識をずっと割かないと維持出来ないや」

 

 花火のように単純で一瞬だけの音ならそう難しくは無いが楽器に関してははっきり言って割に合わない。これなら実物を用意した方がずっと楽である

 

「でも良いフレーズやメロディが思い付いた時は即興で試せるから良さそう。それにこの能力……ライブをすっごく盛り上げられそう!」

 

 ウタはウタワールドの中でしか出来ないと思っていたファンを楽しませるアレやコレやを思い浮かべて色々とライブ当日の計画を組み直していく。

 もう一つの覚醒能力である“幻想を映す力”も非常に有用そうで更に御満悦になるウタ。

 

「どっちも全然疲れないから使いやすいし楽しい~♡ ……で、最後の能力だけど―――」

 

 そうして二つの能力を確認したウタ。彼女最後に海軍大将との戦いで使ったあの戦闘力を奪う力を発動してみる。

 

「……これはいったい何なんだろう?」

 

 ウタは能力発動と共に足下に生まれた黄金の結晶を屈んで見る。初めて使用した時との違いは小さな物がたった一つだけしか生まれなかったことか。

 

「う~ん……やっぱり蕾っぽい。何かの花なのかな?」

 

 ウタが蕾と称したそれの出現に伴いシャボン玉のような光球が発生する。これも能力に付随する現象なのだとここで知る。それに触れればルフィが言っていたように温かく癒やされる気持ちになった。

 

「こっちはちょっと疲れやすい……気がする」

 

 能力的には最初の二つよりも疲労度が高く多様は出来ないとウタは考えた。ただしそれもウタワールドを使っていた時と比べれば軽すぎる程の疲労度ではある。

 そうしてウタはそれを最後に能力を解除する。

 

「能力の検証はこれぐらいで良いかな?」

 

 概ね今の能力に満足したウタは次にすることを考えて―――

 

 ぐぅ~……

 

「…………」

 

 鳴ったお腹を手で押さえる。

 

「……そういえば起きてから何も食べてないや。皆の分も用意した方が良さそうだね」

 

 時間的には昼食と言った所か。ウタは城の崩壊と共に食料も潰れてしまっただろうと(※ローの所為で)、自然で採取出来る物で何か代用出来ないかと考えながらルフィ達が眠る場所へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 そうして皆の所に戻って来たウタは驚く。

 

「よおウタちゃん! 飯が出来るのもう少し掛かるからあとちょっとだけ待っててくれるか?」

 

 青空の下、サンジが超巨大な鍋を前に大量の煮込み料理を作っていたのだ。ウタの驚きはもう目覚めたのかという驚き、そして起きていたのは彼だけでは無かったという理由。

 

「お~いサンジ~! 使えそうな食材取ってきたぞォー!!」

 

 森や海の方からやって来るのは他の麦わらの一味達。彼等は各々が思い思いの食材を担ぎ此処まで運んで来ていた。

 ウソップとチョッパー、ナミにロビンやブルックは森での山菜・果実の採取。ローは別口で鳥獣の捕獲と簡単な解体。

 ゾロとフランキー、そしてジンベエは海での漁を担当。それにハンコック率いる九蛇海賊団が協力して海王類を仕留めていた。

 そうして用意された食材は正に山となって積み上がる程。これだけ有れば全員の胃袋を十分に満たせるだろう、そんな量の食材がバルトロメオを初めとした手空きの者達によってサンジの指示の下せっせと下処理を施されていく。

 

「皆もう動いて大丈夫なの?」

 

 ウタは自分の出番は無かったなと考えながらも元気そうに動き回る彼等に心配の声を掛ける。それに答えたのは丁度彼女の横を通り過ぎようとしていたゾロだった。彼は巨大な海王類の肉を運びながら何でも無い風に言う。

 

「大丈夫も何も普通だ。他の奴らも似たようなもんだぞ」

「普通って……あんだけ戦った後だよ?」

 

 疲労がそう簡単に抜ける筈は無い。そう思っての言葉だったがウタは自分で言ってて気付く。

 

「あれ? 人のこと言えないな、わたし」

「バカなこと言える元気が有るなら手伝え」

「おいクソマリモ!! てめェウタちゃんにバカって言ったか!!?」

 

 どうして皆元気なんだろう? ウタはそんなことを考えながら後ろで勃発するゾロとサンジの喧嘩を尻目に“とある人物達”を探す。

 

「……ルフィとゴードンは?」

 

 そして見当たらぬ2人の存在に気付いたウタは近くの者に彼等の居場所を尋ねるのであった。

 

 

 

 

「―――……ああ、ウタ。元気そうで何よりだ」

 

 とある廃屋。そこに足を踏み入れたウタを出迎えたのは椅子に座ったゴードンだった。彼はウタの無事を心から喜び微笑みを浮かべている。

 

「ゴードン」

「わかっている。ルフィ君に会いに来たんだろう?」

 

 ゴードンは昨夜負った傷が痛むのか緩慢な動きで立ち上がろうとする。それを見てウタは慌てて声を掛けて押し留める。

 

「いいよいいよ動かないで! ……ごめん。痛いよね?」

 

 服で隠れてはいるがその傷は音符兵士によって負わされた物。ウタは目を伏せながら罪悪感で表情を曇らせ……ゴードンはそんな彼女の肩に優しく手を掛ける。

 

「確かに、痛い。だがウタ」

 

 苦痛が残る体だというのにゴードンはそう感じさせない穏やかな声で伝える。

 

「お前はもっと痛かった、辛かった筈だ」

「ッ!」

「こんな傷の痛みなんて些細な物。本当に謝るべきは私の方だ。恐れに囚われ……お前の心を自由にしてやることが出来なかった」

 

 あの事件から何年も経つというのにゴードンの目に映るウタの姿は幼かった日のままだった。それは再び悲劇が起きることを恐れた彼の心が見せていた虚像。どれだけ年月を重ねてもそれは心の奥深くにこびり付いていた。

 恐れ。そう、恐れだ。ゴードンもまたあの日の悲劇によって心に深い傷を負っていたのだ。エレジアの国王だった彼にとってこの島に住む国民は皆音楽を愛する同志であり、同時に守るべき家族であったのだから。それが一夜にして灰燼に帰した彼の喪失感は易々と語れる程軽くない。

 

 エレジアの悲劇を生き残った二人は心に昏い昏い影を落としていた。

 

「ウタ」

 

 しかし光は在ったのだ。

 

「お前は幸せになって良いんだ。少なくともそれを望む私(もの)が此処に一人、そして―――」

 

 伏せていた目を上げたウタにゴードンは指し示す。

 

「きっと彼等だって。そう願ってくれている」

 

 陽光が差し込む部屋。ウタの為にその身を賭して戦った男が居る部屋へとゴードンは導いてやる。

 

「……うん……うん。わかったよゴードン」

 

 ウタは僅かに滲んだ涙を拭うとその部屋に向かって歩き出し、そして自分を優しく見送るゴードンに一度振り返ると満面の笑みを見せる。

 

「ありがとう!! 一緒に居てくれたのがゴードンで本当に良かった!!」

「―――ッ!!!」

 

 ウタはそれだけを伝えると足早にルフィが居るであろう部屋へと踏み込んでいき、この部屋に一人残ったゴードンは止めどなく溢れ出す涙を抑えながら静かに言葉を紡ぐ。

 

「……私の方こそ……お前が居てくれて……救われていたよ。ウタ」

 

 もう過去に囚われた幼い少女は居ない。立派な大人の女性へと成長したウタが光の方へ進んでいくのをゴードンは嬉しそうに、本当に嬉しそうに見届けた。

 

 

 

 

 ウタは静かに部屋を覗き込む。

 

「……ルフィ~?」

 

 返事は無い。それもそうだ。

 

「くか~……くか~……」

「やっぱり寝てた」

 

 ルフィは口を大きく開け、気持ち良さそうにいびきを掻いて熟睡していた。

 ウタはベッドの近くで膝を着くとその縁に肘を付いて凭れ掛かりルフィの寝顔を横から眺める。

 

「…………」

 

 間近で見ていても起きる気配の無いルフィ。彼女はそのまま手を伸ばすとルフィの頬を突く。押し付けられる指先に合わせて沈み込む頬と目の下の古傷。

 

「間抜けな顔で眠っちゃって。子供みたい」

 

 ゴムらしくグニグニと変形する頬を弄くり回しながらウタはぽつりと呟く。

 

「戦ってる時はあんなにカッコ良かったのにな~」

 

 悪戯をするのが楽しくなってきて今度は頬を摘まんで伸ばす。引っ張れば引っ張った分だけ伸びるのが面白い。腕の長さぐらい伸ばした所でパッと離せば勢いよく縮みバヂンと音を立ててルフィの顔がめり込む。

 

「う゛……! ……すや~……」

 

 それでも目を覚まさない所か熟睡を続けるルフィ。本人の図太さも在るだろうが、無論それだけでは無い。

 

「ふふ、バーカ。こんなに疲れるまで頑張っちゃうなんて」

 

 ウタは笑みを溢すとルフィの左手に自分の左手を重ね合わせる。

 

「……ごめんね。わたし達のマークに穴空けちゃって」

 

 掌の傷の所為で上手く力が入らない手でウタはルフィの手を優しく一撫でし、そして手を離す。

 

「ねえルフィ。わたし……頑張るから」

 

 眠るルフィに告げるのはこれからのこと。

 

「世界中の皆を救うような人には成れなかったけど……それでも、だからこそ……聴いた人が笑って明日を迎えられる、そんな歌を届けられる歌手に成るから」

 

 まだはっきりとした形にはなっていない。しかしウタは前を向いて新しい“夢”を思い描いていく。

 

「だから、ルフィ。その時は―――」

 

 ウタはそうして眠るルフィに“約束”を取り付けると……静かに部屋から立ち去るのであった。

 

 

 

 

 食事が完成した。サンジが腕を振るった絶品料理の数々が芳しい香りを放ち腹を空かせた者達を魅了していく。

 

「さあお前ら!! 腹一杯食いやがれェ!!!」

「ヤッホォー!!!」

 

 もう我慢できないとばかりに料理に群がる海賊達。自分の取り分を手にするとパクパクと口に運んでいく。調理中も賑やかだったが今の騒々しさはその比では無い。

 

「このキノコの炒め物美味しい~」

「昨日の今日よ?」

 

 ニコニコしながら木の実とキノコの山菜ソテーを頬張るウタに隣りに座っていたナミが変な物を見るような目を向ける。昨晩に毒キノコを食らっていたとは思えない神経の図太さだ。皿に盛っていた分を早々に平らげたウタは次に香味野菜と海王類ミンチのキッシュを確保すると疑問に思っていたこを口にする。

 

「でも本当にルフィ起こさなくて良かったの? あいつ絶対に後から文句言ってくるでしょ?」

 

 それはルフィを待たずにこの食事が始まったことに対しての疑問だった。いくら熟睡しているとは云えあんな食欲が人の形をして歩いているような男を放って置いて良いのかとウタは思っていた。そんな彼女にロビンがクスクスと笑いながら答える。

 

「大丈夫よ。うちの船長さんならきっと―――」

 

 料理の香りが広がる。その広がりは森に棲む動物達さえ覗きに来る程に食欲を刺激する素晴らしい香り。そんな香りを嗅いであの男が目覚めない筈が無い。

 

「香りに誘われて起きてくるから」

「―――メ~~シィーーーーッ!!!」

 

 言った傍からだった。もし扉が有れば蹴り破りそうな勢いでルフィが廃屋から飛び出してきた。

 

「サンジー!!! 飯飯飯メシ~~~~!!!」

「もう出来てるから好きなだけ―――」

「こりゃうめェ!!?」

「早ェよ!? 何でおれに声掛けた!?」

 

 ルフィは料理に辿り着くなり豪快に口へと放り込んで舌鼓を打つ。彼の登場によりこの場の賑やかさは更に盛り上がっていく。

 

「あ!? オイ麦わら屋!!! 今おれの皿から取りやがったな!!? 同盟が解消されたおれ達はもう敵同士だって忘れてんじゃねェだろうな!!?」

「ル、ルルルルッ……ルフィ! わ、わらわも作ったのじゃが……た、食べてみぬか♡ あ、あとついでにわらわを娶らぬか?♡」

「流石ルフィ先輩だべ!! 自分の体積以上の料理もあんな簡単に!!! おれも負けてらんねェべさ~!!! バクバクバクバク~!!! ……うぶっ……!」

 

 ルフィはローに詰め寄られると顔を逸らして口笛を吹いて誤魔化し(誤魔化せてない)、ハンコックが用意してくれた料理を喜んで食べ(結婚は断る)、無理に料理を掻き込んで蒼白になるバルトロメオを笑う(ローに脇腹を蹴られて顔を青くする)。

 

「……いっきにうるさくなったなー」

 

 先程まで寝込んでいたとは信じられないぐらいに騒ぐルフィ達にウタは呆れながらも安心したように笑みを浮かべる。

 

「ん?」

 

 そこでルフィとウタの目が合った。ルフィは自分を挟んで言い争いを始めたローとハンコックをスルーしてウタの方へと駆け寄る。

 

「ぼほほ~い! くっふぇるふぁ~~!? ウファ!」

「うん?」

「おふぁふぇ、ふぃっふぁふぃふふぁふぇ~ふぉいふぇねェぼ!」

「……う、うん。わたしは大丈夫、だよ?」

「ん!!!」

 

 ウタの返事に満足したのかルフィは頷くと再び料理の山へと突進して行った。それを見送ってからウタは近くに居るナミやロビンに向かって尋ねる。

 

「……で? ルフィは何て言ってたの?」

「さあ? 気にする程のことでも無いでしょ」

「ウタがご飯を食べてるか確認しに来たのかしら?」

 

 真意は本人のみぞ知る……ただしロビンの推測が正しくそしてナミが言うように気にする程のことでも無いので考えるだけ無駄である。ウタは「それもそっか」と納得すると新しい料理を取りに行く。そうして歩けば目に入る皆の笑顔、誰も彼もが楽しそうにこの宴を満喫していた。その輪の中には勿論ウタも居る。

 

「あははははは!」

 

 程良くお腹が満たされた者達が芸人のように余興を始め、それを見て皆が笑う。

 戦いの日を間近に控えた一時だがそれでも彼等は腹の底から笑う。

 

「よーし、次はウタ!! 歌っちゃいまーす!!!」

「良いぞ良いぞォ~!!!」

「歌姫の歌だー!」

 

 辛く苦しい現実。だからこそそんな世界で彼等は力の限り精一杯生きるのだ。

 

「みなみの し~まは あったけェ~ あたまポカポカ アホばっか~♪」

「選曲それかよ!? でも上手い!」

「よ~しおれも歌うぞ~!!」

 

 この世界で見つけた掛け替えのない大切なものを守る為に。

 

「―――明日のライブも!!! 頑張るからね!!!」

 

 先の見えない未来にも恐れず……例え恐れていようとも、歩みを続けるのだ。

 

 

 

 

 数時間前、セラフィム“S-スネーク”の飛行によって軍艦へと戻ったボルサリーノとイッショウは部下である海兵達に出迎えられた所まで遡る。

 

「ご無事での帰還なによりです!」

「はいはいご苦労さ~ん、とォ」

 

 降り立ったセラフィムから手を離したボルサリーノは慌ただしい甲板の様子に首を傾げる。

 

「……おや~? わっしらが居ない間に何か問題でも?」

「そっ、それが……!」

 

 自分達が留守の間に発生していた問題の報告を受ける大将の2人。その内容を聞いて彼等は眉を顰める。

 

「―――あ~あ~……参っちゃうね~」

「これも歌姫の影響力……厄介事とは重なるもんですが、巻き込まれる方は溜まったもんじゃありやせんね」

 

 2人の纏う空気が張り詰める。近くに居た海兵達はただならぬ雰囲気に息を吞むも……その緊張感は次の瞬間には霧散した。

 

「ふ~。“来る”ものは仕方が無いねェ~。元帥からの指示ならわっしは戦うのみ」

 

 ボルサリーノは「やれやれ疲れた疲れた」と船内へと引っ込む。それに続くようにイッショウも動き出し、扉の前で立ち止まると海兵達に言葉を掛ける。

 

「……ライブ当日に備えてあんたらも休みなさい」

「え? で、ですが……」

「今から慌てても体力を無駄にするばかり。なら力を抜く所ではしっかり抜くべきじゃござんせんか?」

 

 “決戦”はウタのライブ当時。故にそれまで英気を養えとイッショウは言う。

 

「わ、わかりました!! 他の艦にもそう伝達しておきます!!」

「ええ、そうしなさい。それじゃああっしらは少し眠らせていただきやす」

「おやすみなさいませ!!」

 

 ボルサリーノは早々に部屋へ入って横になりイッショウも自分の部屋で休息しようと艦内に足を踏み入れる。自分以外誰も居ない通路を進みながらイッショウは思う。

 

(……ウタウタは強力な能力。その存在を“奴さん”が知っているならこの動きもそう不思議は無い)

 

 海兵から聞いた報告に初めは驚いた、だが冷静に考えれば理解出来る内容。

 

「だが」

 

 イッショウは虚空を睨むように光の差さない目を開く。

 

「無粋に感じるのは……それだけ彼等を気に入っちまったってことでしょうね」

 

 報告の内容はエレジアに()()()()()が向かって来ているという物。イッショウは顔を見たいと思った麦わらの男と懸命に生きようとする歌姫、その2人に迫るだろう脅威に僅かな怒りを滲ませる。

 

「まったく。海軍なのにいけねェいけねェ、どっちも倒すべき相手だってのに」

 

 イッショウはしかしそんな怒りを飲み干して気持ちを静める。これから休もうというのにこれでは眠れなくなる。

 

「“能力者狩り”……これは麦わらのルフィと歌姫ウタ、どっちが出した賽の目ですかい?」

 

 イッショウは部屋へ入ると扉を閉める。先までの戦いよりも尚激しくなるであろう明日のライブに備えて体を休める為に、今はただ眠るのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。