ONEPIECE FILM N.G.   作:悠々―ゆうゆう―

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奏血のパレード
“新時代”の為に


 ■■■

 

 おこられ バカにされ きずついても

 その人は がんばりました

 

『子どもたちが わらえる あしたの ために』

 

 がんばって がんばって がんばって

 きずついて きずついて きずついて

 うしなって うしなって うしなって

 

 それでも 世界を 平和にする その日まで

 その人は がんばると 心に きめていたのです

 

 ■■■

 

 

 

 

 ライブの準備は滞りなく進んだ。それこそウタが当初予定した会場の状態より余程素晴らしい仕上がりに近付いている。

 

「―――この風は―――」

 

 此処からは月がよく見えた。

 ウタは城の屋根に上って一人夜空に向かって歌う。月光に照らされ星々だけが観客の舞台は静謐な空気に包まれ彼女の姿を幻想的に輝かせる。

 

「―――問いかけても―――」

 

 木々のざわめき水のせせらぎ、そして歌声だけが宵闇に浸るエレジアへ響き渡る。

 その音はただただ優しく撫でるように空気を震わせる。

 

「―――見つけたいよ―――」

 

 全てを夢の中へ誘うような、優しい歌。彼女一人だけの舞台。

 

「―――ただひとつの―――」

 

 ―――その筈だった場所に誰かがやって来る。

 

「よっと!」

 

 勢いよく伸びた腕が屋根の向こうから飛び出しその手が縁を掴む。

 

「…………」

 

 伸びた腕が縮む反動で屋根の上へと躍り出てきたのはルフィ。ウタは歌を中断し黙ってルフィを見る。これまでなら幼馴染みの登場に笑顔の一つでも返していたが……今その顔に可憐な花を咲かせる様子は無い。

 

「ルフィ」

「よォ、ウタ。今の懐かしいなァ! 昔よく歌ってくれたやつだろ?」

 

 ルフィはウタの冷たさの理由には触れず彼女の傍に行くと隣りへ腰を下ろす。

 

「シャンクスがうちの歌姫のステージだって、それでみんなでお前の歌聞いて。楽しかったなァ」

「…………」

「なあ、ウタ」

 

 ルフィはエレジアの街を、廃墟を眺めながら静かに尋ねる。

 

()()()、シャンクス達と……何があった?」

「…………」

 

 直ぐに答えは返ってこなかった。しかしルフィは構わず続ける。

 

「あの日、フーシャ村へ来たシャンクスの船に、お前は居なかった」

 

 

 

 

 12年前。

 夕暮れに染まるフーシャ村の港に赤髪海賊団の船が停まる。幾度も交流を重ねすっかり彼らに懐いていたルフィは喜びを全身に漲らせて出迎える。

 

『―――おかえり!! 今回はどんな冒険してきたんだ!?』

 

 船を下りてくる海賊達。もう全員の顔を覚えていたルフィは彼らの足下に駆け寄って冒険の話しをねだる。しかしどれだけルフィが「なあ聞かせてくれよォ!」と言っても暗い顔で俯くばかり。

 胸騒ぎがした。彼等の口から()()を聞くのに言い知れない忌避感を覚える。しかしそれを認めるにはルフィは未だ幼くその持て余した感情を怒りや不機嫌でしか表せない。ただ拗ねたように大人達にそっぽを向く。

 

『……良いよ!! ウタに聞くから!!』

 

 ルフィは年の近い少女ウタを探す。彼女であればきっと皆と違って話してくれるだろうから。

 

『ウタ―!! ウタ―!!』

 

 最近では次はどんな勝負をしようか、どんな遊びをしようか、なんてことばかり考えている。一人で居ることが嫌いなルフィにとって彼女の存在は本当に貴重で掛け替えが無かった。

 大事な友達だった。

 

『どこだよウタ―!! また冒険の自慢話しきいてやるよ!! ウタ―!!』

 

 だから探した。探して探して……最後に船から下りてきたシャンクスを見て、胸の奥が鉛でも詰め込まれたかのように重くなった。

 

『シャンクス! ウタは? ウタは……どこに行ったの?』

『…………』

 

 シャンクスは快活に笑う男だった。それなのに、その時の彼は沈痛な面持ちで口を閉ざしていた。まるで―――

 

『……ウソだろ? もしかして……ウタに、なんかあったのか?』

 

 大切な何かを失ったかのように。

 ルフィはシャンクス達がそれだけ()()()を負って帰ってきたのだと幼心に感じ取った。声が震え目の端からは熱い涙が溢れてくる。

 

『……心配するなルフィ』

 

 それまで黙り込んでいたシャンクスだったが、ルフィのそんな姿を見てようやくその顔に笑顔を浮かべた。子供を安心させようと浮かべた笑顔、だがそれが取り繕った物であることは直ぐにわかった。ルフィは自分の頭を撫でるシャンクスの手が僅かに震えていたのを覚えている。

 

『ウタはな、歌手に成るために船を下りた。ただそれだけだ』

 

 憧れの男が見せた強がり。それがルフィにとってはショックだった。

 

『―――どうしてだよ!!?』

 

 撫でる手を強かに打って払う。

 

『あいつ!! シャンクスのこと大好きだったんだぞ!!』

 

 思い出すウタはいつだって自分の父親を誇らしげに語っていた。少し照れ臭そうに、だけどそれ以上に嬉しそうに。ルフィはそんな彼女から冒険の話しを聞くのが好きだった。

 

『なのに船を下りるわけない!!! なんかあったんだろ!!?』

 

 彼女はいつだって言っていた。『わたしは赤髪海賊団の音楽家ウタ』だと。本当に嬉しそうに、誇らしそうに言っていたのだ。

 

『答えろよシャンクスーッ!!!』

 

 だからルフィは本当の答えを求めた。ウタの行方を。皆がどうして心に傷を負ってしまったのかを。

 

『…………』

 

 それでも、シャンクスは教えてはくれなかった。その心の内に隠した本音を。

 どれだけルフィが泣き喚いても。一言も、彼はただ優しく微笑むだけで。

 

 それが幼少期のルフィとウタとの別れだった。

 

 

 

 

「―――結局、シャンクスの口からは何も聞けなかった。歌手に成るためだって、それだけしか。まあおれがもう聞かねェって言ったんだけど」

 

 ルフィはウタの顔を見ない。ただ伝えておきたかった。

 

「皆、すっげー暗くてさ~。おれのことも無視すんの」

 

 赤髪海賊団にとってどれだけウタという少女が大きな存在だったのか。

 

「そんだけ皆お前のこと大す―――」

 

 ちゃんと知って欲しかったのだ。

 

「やめてッ!!!」

 

 だがルフィのその言葉は彼女の激しい拒絶の声によって遮られた。

 見上げたウタの顔には隠しきれない怒りが滲み、瞳は射貫くように鋭い光を宿している。

 

「あの日ッ!!! シャンクスはわたしを捨てた!!!」

 

 血を吐くような激情で叫ぶウタ。

 

「それはもうどうやったって変えられない!!! 今さらあいつらがわたしをどう思ってようが関係無い!!!」

 

 ルフィに向かって怒鳴りながら、ふらりと蹌踉(よろ)けるように後退るウタ。

 二人の間に距離が空く。ルフィは立ち上がり、左手で顔を押さえるウタと向かい合う。指の間から覗く彼女の眼光は先よりも鋭さを増し―――

 

「ルフィ」

 

 かつて幼馴染みだった少女は自らが引いた一線を()()()()()()()少年にその目を向ける。

 

「アナタも……わたしの“邪魔”をするの? じゃあ―――」

 

 敵意を孕んだその目を。

 

()()()()()()()

 

 その言葉が始まりだった。もうルフィの幼馴染みだった少女では無い。今の彼女はこの世界が望んだ“救世主”。

 

「悪い海賊は……やっつけないと」

「ウタ、お前」

 

 ルフィが一歩近付く―――その前に、ウタは指揮者のように掌を頭上へと勢いよく掲げる。

 

「ッ!!!」

 

 エレジアの街が輝いた。

 七色の光の柱が爆発するように立ち昇り夜の闇を引き裂く。

 

「なんだ!!?」

 

 突如発生した眩しい光りを腕で遮りながらルフィは困惑した様子で周囲を見渡す。

 ギラギラと輝く七色の光柱に囲まれた城の屋上で、ウタはまるで役者然とした素振りで朗々と告げる。

 

「ライブの日……“約束の日”まであと三日。本当は一緒にその日を迎えて欲しかった―――……けど、もう駄目」

 

 光を全身で浴びるように両腕を大きく広げるウタ。

 

「わたしは……“歌姫ウタ”は悪い海賊を決して許さない」

 

 彼女の瞳は周囲の光よりもなお強く輝く。

 

「“新時代”を迎える前に、今日ここで……始末してあげる」

「…………」

 

 真っ直ぐ。ルフィはただ真っ直ぐに少女と向かい合う。彼の強く握り締められた拳に何が込められているのか。

 

 今ここに、譲れぬ思いを掛けた両者のぶつかり合いが始まる。

 

 

 

 

 ―――昨日の昼。

 ウタがファンに向けての配信があるからと一人部屋に籠もった時を見計らってのこと。

 

『君達に教えておきたいことが有る』

 

 そう言ってゴードンはルフィとその仲間達を城の地下へと招いていた。

 

『ここは資料室かしら。古い様式の建築……随分と時代を感じるわ』

 

 壁一面を埋め尽くす膨大な数の書物。外界の陽光は完全に遮られ、淡い光を放つ照明によって照らされるそこはエレジア最大の蔵書施設。この国の文化や歴史を現代に伝える資料を保存する場所だった。

 

『で? おっさんはおれ達をここに呼んで何の用だ? 肉でもくれんのか』

『さっき昼飯食ったばかりだろ手前ェ』

『肉は無いんだ、すまない』

『真面目か!? さっさと本題を進めろよ!!』

 

 ゴードンは重々しく頷き彼らをこの場に呼んだ理由を口にする。

 

『言いたいことは他でも無い、君達にウタを……止めて欲しい』

『……止める?』

 

 ウタを止めて欲しい。そう言ったゴードンは高い高い天井を見上げる。そこは照明の明かりが十分に届かず暗い影が掛かっていたが、だが何か大きな天井画が描かれていることだけは見て取れた。

 不気味な絵画。それを見てからゴードンは話しを続ける。

 

『ウタの“計画”。彼女はライブ当日に―――』

 

 ゴードンの口から聞かされるウタの目的、真意。

 

『…………』

 

 それを聞いたルフィは―――

 

 

 

 

 ドン!と足場に拳を叩き付けてルフィは前傾姿勢に、戦闘態勢に入る。

 

「ウタ!!!」

 

 血流が唸りを上げる。蒸気機関の脈動のような音と共にルフィの肉体から湯気が立ち上る。

 強い決意を秘めた目がウタを映す。

 

「お前は()()()()()!!!」

 

 告げられた言葉にウタは目を細める。

 

「……死ぬ? 死ぬって何? ……ああ、ゴードンから何か聞いたんだ」

 

 ウタは小さな声で「勝手なことを」と冷たく言い放つ。

 

「ルフィが何を聞いたか……興味無い。でもね? わたしの“新時代”の夢は絶対に邪魔はさせない」

 

 歌姫が指先(タクト)を振るう。七色の光柱から黄金の五線譜が大量に噴き出る。それは凄まじい速度でエレジアを駆け抜けると島一帯をドーム状に包み込む。

 

「君も、君の仲間も……わたしの力で愉しい愉しい“歌”にしてあげる」

「ウタァーーッッ!!!」

 

 ルフィの姿が消えた。そう思える程のスピードで動き出したのだ。次の瞬間にはもうルフィの姿ははウタの直ぐ傍に有って彼女に向かい手を伸ばしていた。

 今のルフィの速度を捉えることなどそれこそ四皇幹部クラスでも無いと不可能。それより格下の者では何が起きたかも理解出来ず一撃で沈められる。

 “ギア(セカンド)”。拡縮させた肉体をポンプにして血流を加速、高速化した血流によって身体能力を向上させる技。これを用いてルフィはこの場を一瞬で収めようと考えていた。

 だがしかし。

 

「速いね」

 

 ウタには通じない。

 

「わたしには意味無いけど」

「ッ!!?」

 

 ルフィが伸ばした手。ウタを掴もうとした手が……直前で阻まれた。

 エレジアを覆った黄金と同じ五線譜がいつの間にかウタの周囲を旋回し、それが障壁となってルフィの手を防いだのだ。

 

「強くなったんだね、ルフィ」

 

 触れる者全てを反発する力により掌と五線譜の間でバチバチと閃光が弾ける。ウタはその光に目を細めながら自らもまた手を伸ばす。

 

 五線譜越しに互いの手が重なる。

 

 小さい女の手と大きな男の手。昔は自分の方が大きかったのにと、ウタはそんなことを思った。こんな些細なことでも過ぎ去った時間の重さを知る。

 ルフィは強くなった。昔の我儘でやんちゃなだけの弱い子供はもういない。

 

「でも、わたしの方がもっと“強い”」

 

 五線譜に触れたウタの手からより強い力が流れ込む。輝きが視界を焼かんばかりに強まり反発する力も呼応するように増した。

 

「くっ!!? うわァああああああ~~ッ!!?」

 

 爆風にでも当たったかのようにルフィの体が吹き飛ばされた。

 

「ルフィ!! ここで―――」

 

 その隙を突いてウタが勝負を決めようと動く。周囲に展開していた五線譜を枝分かれさせ帯のように飛ばす。大量の五線譜の指先がルフィの体を包もうとした―――

 その時だった。

 

「“三刀流”」

「 !!? 」

 

 三つの軌跡が空間を走る。

 

「“(ウル)……虎狩(トラが)り”ィいいッ!!!」

 

 剛剣によってまとめて断ち斬られる五線譜。力を失ったそれは粒子となって夜空に溶けて消えてく。

 

「……勝手におっぱじめやがってこのバカが」

「ゾロ!!!」

 

 ゾロは自分の隣りに降り立ったルフィに厳しい目を向ける。

 

「……しかし、これがゴードンが言ってた“ウタワールド”ってやつか」

 

 エレジアを照らす七色の光柱をゾロは眩しそうに睨み、そして刀の(きっさき)をウタへと定めながら構える。

 

「本当に“無敵”かどうか試して―――」

「このクソマリモォーーッ!!! レディに剣を向けるたァどういう了見だ!!?」

「うお!!?」

 

 ゾロに向かって振り抜かれる炎の脚。咄嗟に刀で防いだが一撃の重さは冗談では済まない威力が込められていた。

 勿論蹴ったのはサンジだった。

 

「テメェ、このアホコック!!! 急に何しやがる!!?」

「うるせェ!! アホはお前だ!! 先ずは()()()()で何とかするって決めただろうが!!! その無駄に多い血の気をコックとして抜いてやろうか!? ああン!?」

「……!」

 

 なんか怒りで全身から炎を迸らせているサンジが暑苦しくてにゾロは距離を取る。だがサンジの言い分は至極もっともでゾロは素直に刀を下ろす。

 ウタは訝しげにルフィ達を睨む。

 

「……話し合い?」

 

 聞き捨てならないとでも言うように表情を(しか)めるウタ。そんな彼女に新たに屋上へと上がってきた者達が言葉を掛ける。

 

「そっ! そうだプリンセス・ウタ!!! おれ達は話し合いに来たんだ!!!」

「そうだぞ!! おれ達の話しを聞いてくれェ!!」

「ウタちゃん!! こんなことはもうやめて!!!」

 

 ウソップ、チョッパー、ナミ。3人はジンベエにしがみついた状態で屋上へと姿を表す。見ようによっては巨体の影に隠れているようにも見える。

 

「お主ら……もう上がったんじゃ、そろそろ前に出て―――」

「バカ野郎親分!? 周りを見ろォ!? とんでもねェ状況じゃねえか!!?」

「そうだぞバカやろー!? 意味わかんなくておっかねェんだぞこのやろー!?」

 

 泣き喚く2人に溜息を吐きたくなるジンベエ。そんな中でナミだけは良い表情で力強く言う。

 

「頼りにしてるわよジンベエ!!」

「このタイミングで言うのか!?」

 

 別に変なことは言ってないはずだが色々と台無しな感じを覚えたジンベエはついツッコミを入れてしまった。

 

「…………」

 

 どんな緊迫した状況であろうと発揮してしまう麦わらの一味特有の緩い空気。だがウタはそれに飲まれること無く毅然と立つ。

 

「あー、まー……何だ、その……ウタちゃん。少しだけでも良いからおれ達の話しを聞いてくれないか? 君と戦うのはおれ達の本意じゃねェ」

 

 この場ではジンベエに次いで冷静で同時に深く物事を考えているサンジがウタに対して話しを切り出す。

 

「君だってこんなこと望んじゃいねえんだろ? だから物騒な表情はしないでくれ。可愛い顔が台無しだ」

「わたしはいつも可愛い」

「いやそこは問題じゃねえだろ!!?」

 

 ウタのズレた反論にウソップが突っ込む。

 

「テメェこらウソップ!!! ウタちゃんが可愛くねえってのか!!?」

「お前は話しを拗らせんじゃねェ!!?」

 

 ウソップツッコミ2連続。

 一気に騒がしくなった城の屋上。ウタは一つ溜息を吐くと指をパチンと鳴らす。

 

「……何人来たところで変わらないよ」

 

 フィンガースナップの音が物質化する。大きな音符となって出現したそれにウタは足を乗せると宙に浮き上がる。

 麦わらの一味を見下ろす高さにまで飛んだウタはエレジアを一望するようにその場で回る。

 

「ゴードンから話しを聞いたなら……今のわたしに“勝てない”こともわかってるよね?」

 

 回る、回る、回る。踊るように回るウタの指先が宙を撫で、その軌跡を追うように大小様々な音符が出現して空中を漂う。

 

「この世界―――“ウタワールド”はわたしの思い通りになる、わたしだけの世界」

 

 回転を止めたウタは片手を天高く掲げると再び指を鳴らす。

 パチンと響くと同時に、音符の全てが“食べ物”や“おもちゃ”に姿を変えた。無から有を生み出す。創り出す物も思いのまま。肉や野菜に果物、ぬいぐるみや積み木が七色の光に照らされながら宙に浮く。

 現実感の無い光景―――否。

 

「悪魔の実。“ウタウタの実”の能力者であるわたしはこの“夢の中”では無敵なんだから」

「…………」

 

 此処は現実では無い。ウタが言う通りこの世界は“夢の世界”なのだ。

 

 

 

 

 ゴードンがルフィ達にウタの能力を伝える。

 

『“ウタウタの実”の能力者はその歌声を聞いた者を眠らせ……そうして夢の世界へと(いざな)う』

『夢の世界?』

『ああ。だが夢の中と言っても意識ははっきりしている。それ故に術中に嵌まった者はそれが夢の中だと気付くことは難しい』

『夢から抜け出すには?』

『術者が任意で解除する、または眠った時に自動で解ける……能力の使用は体力の消耗が激しいようで3曲も歌えばウタはいつも眠そうにしていた』

 

 ゴードンがそう言うとルフィは「ああ」と手を叩く。

 

『どお~りであいつが歌うとみんな直ぐ寝ちまってたのか~』

『……知ってたのかルフィ君。ウタが能力を持っていると』

『いやだってあいつ、“自分の思い通りになる特別なステージがある”って昔からよく言ってたし』

 

 ルフィのその言葉に仲間の全員が呆れる。

 

『……知ってたんなら早く教えろよ』

『いや~、あははは!! ……忘れてたァ』

 

 だって12年も前のことだったから。他にも大変なこといっぱい在ったし。

 

『ほんと、肝心なことばっかり忘れるんだから……』

 

 文句は言うが別にそこまで責めてはいない。そもそもウタと敵対することが無ければ知る必要すら無かった事柄である。お互いに懐かしい友に再会出来たことの方が重要だったのだ。

 

 ゴードンは一度咳払いすると持ち込んでいたノートを開いて絵を描いていく。

 

『……ウタの能力は非常に強力だ。それは夢の中に限った話しでは無い』

 

 線を引いて上下二分割にしたページ、それぞれにデフォルメされたウタの顔を描く。

 

『おっさん顔に似合わずかわいい絵描くんだな』

『教鞭を執る時、こういうのを描けた方が子供受けが良かったからね』

 

 そうして上下別々に“夢”と“現実”を書き加える。

 

『もし君達がウタと相対した時、彼女が本気で排除を考えたなら……勝ち目は無いと思った方が良い』

『何でだ? 強ェぞおれたち』

『単純な強さは無意味……むしろ相手が強い程ウタが“有利になる”と言えるかもしれない』

 

 現実のウタに音符を描き加えて歌っていると表現する。

 

『彼女の歌を聞いて夢の世界に取り込まれたなら、それはもう既に生殺与奪を握られたと思って行動した方が良い』

 

 現実の方に人々の絵を描き足していき、それが夢のウタから伸びる線によって繋げられる。それはまるで糸で吊すマリオネットのように。

 

『……情けない限りだが、私ではあの子を救えなかった』

 

 ウタの絵は笑顔。それは紙に描いた作り物……だがそれは皮肉にも現実の彼女と比べて大きな違いは無い。

 

 偽りの表情。笑顔の仮面に隠された孤独な想い。

 

 故にゴードンは頼る。ルフィ達を。彼女のあんなにも楽しそうな笑顔を引き出してくれた彼らを。それはまるで12年振りの……“あの事件”が起きる以前の彼女の笑顔のようにゴードンは見えたのだ。

 

『だからどうか、どうかあの子を―――』

 

 ゴードンは托す。自分には出来なかったことを。

 

『救ってくれ』

 

 その胸を引き裂くような切ない願いを、彼はこれまで隠してきた“12年前の真実”と共にルフィ達に托すのだった。

 

 

 

 

 ■■■

 

 少し その人は つかれていました

 

『いっかい ふるさとに かえろうか』

 

 こころも からだも きずだらけ

 

『子どもたちは げんきかな』

 

 それでも がんばれたのは

 子どもたちの えがおが こころにあったから

 

 だから

 

『あれ』

 

 だから ふるさとが せんそうで ほろび

 

『みんな』

 

 だいすきだった 子どもたちも みんな

 

『死んじゃった』

 

 なくなったことを しって

 その人は こわれました  

 

 ■■■

 

 

 

 

 ウタは自らの能力によってルフィ達を夢の世界……“ウタワールド”に取り込んだことで勝ちを確信している。

 

(ウタワールドでは無敵。現実の方じゃルフィ達は眠っている……)

 

 ()()()()()()()は静まり返った城内を一人歩く。

 ウタワールドを展開している時、ウタは“2人”になる。

 

(色々と“企んでいた”ようだけど……どんなに強い人だって眠っている間は無力)

 

 夢の中、城の屋上でルフィ達と相対するウタ。そして現実で城内を征くウタ。

 別々の物を見聞きして動くことが可能であると同時にどちらも正真正銘彼女自身。記憶も感覚も感情も共有している。それを利用してウタは現実でのルフィ達を拘束しようと考えていた。

 

(夢でも現実でも絶対的有利な立場に立てる。これがわたしの“ウタウタの実”の力)

 

 余裕を感じさせる足取りでウタは城内を進む。

 勝利はもう目前。

 

「―――ッ!!」

 

 そんなウタの足取りが急にふらついた。まるで立ち眩みのような症状、だが彼女はそうなることを予想していたようで壁に手を着き姿勢を正す。

 

「……ふぅ」

 

 症状は軽かったようでもう調子を取り戻すウタ。彼女の意識を混濁させた原因は“睡魔”だった。

 

「あと、2曲……3曲はいけるかな」

 

 心地の良い睡魔。夜に布団の中で感じるならばこれ程素晴らしい物は無いが……彼女にとってそれは邪魔でしかない。

 

 絶対無敵とも思えるウタウタの能力。だがその強力な力の代償として著しく体力を消耗するのだ。

 夢と現実。その両方で存在する2人分の感覚と情報を一つの心で処理する負荷は睡魔という形でウタを襲う。はっきり言って長期戦には不向きだ。

 

「……早く決着を付けよう」

 

 話し合い、ウタの望む所である。歌による増強(ブースト)を使わなくて済むならその方が体力の消費を少なく出来る。夢の世界で倒してしまうのも有りだがそれは現実の首根っこを握ってしまっても同じこと。

 ウタは冷笑を浮かべる。通路の窓に彼女のそんな顔が反射している。

 

「……うん。可愛い」

 

 自画自賛でモチベを上げつつウタは“ルフィが眠っている部屋”へと向かうのであった。

 

 

 

 

 気迫の籠もる強い眼差し。ウタはルフィのその視線と真っ向から対峙しながら戦闘態勢に入る。

 

「残念だけどルフィ。“話し合い”なんて言葉で気を逸らして私を捕まえようと考えてたみたいだけど……ちょっと迂闊すぎたね」

 

 初めから話し合いに応じる気などウタには毛頭無かった。だから彼女は容赦無く自らの敵へ力を振るう。

 ウタは頭上に掲げた両手で拍子を打つ。一定のリズムを取って打ち鳴らすそれは周囲へと影響を及ぼしていく。

 

 拍子が打たれる度にウタの周囲を飛んでいた食べ物やおもちゃが再び姿を変える。その形が崩壊するように小さな音符の集合体になると、それは再び一つの形になるよう構成される。

 ―――姿を表したのは“戦士”。

 音符の意匠を施された武装した戦士。槍や盾、機銃を携えて彼らは歌姫を守る為に現れる。

 

「な、何だこりゃ……」

 

 ウタが無数に創造していた食べ物やおもちゃ、その全てが戦士に変わる。100や200ではきかない軍勢。突如として創られたそれに麦わらの一味は息を吞む。

 同時に夜空へ鳴り渡る演奏。音符の戦士一人一人から鳴るそれは一つの曲を作る。

 

「わたしに“作戦”を聞かれていたのが運の尽き。抵抗は無駄……」

 

 歌姫は歌う。

 

「―――散々な思い出は―――」

 

 そうして世界に示すのだ。自らの心に科した使命を。

 戦士達は武器を構える。主の敵を殲滅せんと。

 

「……お前に話し合いをする気が無いってんなら」

 

 だが臆さない。こんな物は何も怖くない。

 

「無理矢理にでも!!! その気にさせてやる!!!」

 

 頑なな幼馴染みの心を開かせる為に、その拳を強く握り締めて彼は真っ先に駆け出す。

 

「―――あんたらわかっちゃいないだろ―――」

 

 音符の戦士、その軍勢が一斉に進軍する。

 

「―――今だけ箍外してきて―――」

 

 思いと思いがぶつかる。

 

「―――怒りよ―――!!!」

「おおおおおおおォーーーーッ!!!」

 

 黒い閃光。

 音符の戦士、その一番槍が雷光の如き黒い波動を纏った拳を受け―――弾け飛ぶ。

 

「ウタァああーーッ!!!」

 

 戦士の一体一体が並みの海賊など歯牙にも掛けない力を有する筈なのにその男が放つ拳打と蹴撃によって次々に消し飛ばされる。

 軍勢が蹂躙される。

 

「ッ!!!」

 

 覇王の威光が歌姫の世界を震撼させた。それはルフィのみならず彼の仲間達もその勢いに続けとばかりに武器を振るって戦士達を打ち倒していく。

 これまで幾つもの海を越え、2年間の修行を行い、立ち塞がる敵を打ち倒してきた。そうして身に付けた凄まじき強さで麦わらの一味は軍勢を返り討ちにしていく。

 見る間に数を減らす音符戦士。

 

「―――そう怒りを―――!!!」

 

 だが彼女の心は揺るがない。10の戦士が落ちたなら11の戦士を生む。100が落ちれば110を。

 歌によって増強される“ウタウタの実”の能力。神に愛され悪魔に愛されたウタの歌声によってそれは真価を発揮する。

 

「ッ!!!」

 

 500でも1000でも創造して進軍させる。打ち倒す数よりも早く増殖する戦士にルフィ達は瞠目する。

 尽きること無き不死の軍勢。文字通りのそれにルフィ達の快進撃は止まり、膠着状態に陥る。それはつまり―――

 

「これは……ッ!!?」

 

 ()()と同義である。

 

「―――逆光よォおおッ―――!!!」

 

 1万の軍勢が夜空に生まれる。歌との共鳴によって星々の如く輝く戦士達は創造主の敵へ武器を向ける。

 

「――――――」

 

 その光景は圧倒的で、絶望的。普通なら勝負すら投げ出して許しを請うであろう一方的な状況。

 だがしかし、それは相手が常人だった時の話。

 

「―――来いッ、まとめてぶっ飛ばしてやるッ!!! 行くぞお前らァ!!!」

「「「「おう!!!」」」」

 

 彼らの目から輝きは失われない。欠片も諦めていない。こんな物、絶望的でも何でも無いのだから。

 押し込めていた筈の音符戦士が……押し返された。膠着状態に陥っていた時よりも遙かに多い1万の軍勢であるにも関わらず。

 

「ッ!!?」

 

 ウタの足が半歩後ろに退いた、退いてしまった。

 

(強いッ!!?)

 

 その戦闘力はウタの想像を越える物だった。最初のルフィとの激突も、彼は信じられないぐらい手を抜いていたのだと今の光景から見て取れる。

 

(今まで撃退してきた海賊と比べ物にならない!)

 

 この底力は何? ウタはそう戸惑う。まるで追い詰められれば追い詰められる程、彼らの力が増していくようではないか。

 

「ッ! だけど!! それでも!!!」

 

 ウタは押し切れない現状に歯噛みしたがそれでも自分の勝利は揺るがないのだと思い直し、()()での行動に重きを置く。

 

「全員が眠っている今!!! だれもわたしを止めることなんて―――」

 

 現実の体さえ掌握してしまえばルフィ達がどれだけ“ウタワールド”で奮闘しようと無に帰するのだ。だからウタは冷静に対処しようとする。彼我の戦力差を見極め確実に相手を倒す為に。

 だからこそ気付く。

 

「……え? ……あれ? ……何で」

 

 冷静になったからこそ、気付いてしまった。

 

「……全員……()()()()?」

 

 ルフィの必死さと、彼の仲間達の本気の戦いに気を取られてウタは見落としていた。

 その見落としは自分の能力を過信していたが為。城内全てに届くように歌ったのだから全員眠らせられたのだという思い込み。まだ合流していないからだと考えて後回しにしていた油断。

 

 ロビン。フランキー。ブルック。

 

 ここでようやくウタは“現実で行動している”麦わらの一味が居ることに気付いたのだった。

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