ぎい、という音とともに数人の声が地下牢に反響する。流れ出る汚水の音の中で。みな思い思い、声量は違えどこちらに近づいて来たのは紛れもなかった。確かに聞こえた。いてもたってもいられなかったのだ。
「町長って言ったってよお。物語じゃああるまいし、こんなところに隠し事なんてしないと思うぞ?」
「……わからないですよ。仮に彼が隠し事をしなくても、ノクテムの城主が何を考えているか分かったものではありませんからね」
「じゅーろくばんは もっともおっと あそんで たべて ぶっこわしたいのにー!はやくこわさせてよー!」
「もう少し待ってろな?これが終わったらご飯だぞ」といった様子で地下牢の広間にたどり着いた。
地下牢の中は異臭が漂い、酷く多湿で、酷く暗かった。ここにいる連中は皆、鼻が曲がってしまっているであろう。
その鼻と同じくして曲がりくねった通路を歩む3人は、円形に伸びた広い通路にたどり着いた。松明の薄明かりがここだけ道なりにどこまでも続いており、奥が見えないほどだった。
少し進んだ際、31番が風切る速さで腕を上げ2人を制止した。危うく16番の鼻が曲がってしまうだけでは済まない程に速かった。
「うおっ!なんだってんだ」
「……ここだけやけに広いですね、何かありそうです」
「そうか?死骸みたいな固形物も流すって言われてるから広いところも必要だろう。言うまでもない」
「しかし広すぎます。下水道の用途とはまた別に作られた可能性があります。僕たちがここに来るまで、人はおろか屍の罹患者がいなかった。あったのはまだ新しい死体のみ。しかも何か嫌な予感がします。そこがここかも、警戒しましょう」
「エビデンス(根拠)は?」
「……[勘]です」
10番は、31番に煩わしく感じるも従った。また勘か、と。
しかし16番は違ったようだ。2人の話をほとんど聞いていない彼女はいの一番に、脇目も振らず、脱兎の如き速さで走っていった。
「あっ!ちょっと待て!」
「あははは!ひろーい!」
小柄な身体の16番は、その円柱状の通路を縦横無尽に飛び跳ねながら奥へとかけて行く。まるで、ところ構わず弾むゴム製のボールのようだった。
2人は彼女の後を追いかけた。さすがに無駄な体力を使う訳には行くまいか。少し緩やかに走る。しかし16番は追いかける2人を尻目に、反響する足音を背景に小躍りを描いた。
何か変だということは10番にもわかった。
「16番!そこで止まれ!」そう言い切る前に、16番は10番の真横をかすめ、後ろへ飛んで行ったかとおもえば、地面を転がって行ったのだ。
何が起こったのだろう、それは2人が同時に思った言葉である。10番、31番は後ろに引き摺られたように飛ばされた16番を瞬時にやめ、前を見据えた。
薄明かりの中なにかがこちらに来ているのが見える。
獣のよう立ち振る舞いで、四足歩行のようだ。それでいて前足の1本が無いようにもみえる。なにかの動物のようだが体毛がない、長いたてがみで顔は見えないが、そこから見え隠れする赤く光った目が2人を既に捉えてるのは事実であった。
2人は戦闘態勢に入る。10番はコートを脱ぎ捨て、3本の鉤爪を露にした。
31番はそのまま両手を構える。
「おいおいお前、まさか素手で戦う気かよ」
「……広いとはいえ此処は円形、武装を使うとしても爆破範囲を鑑みて誤射は免れないかと。あとオーバーヒート対策と、帰りしなにガス欠になりたくありませんから」
「はっ、後悔のないようにな」
そう言い合っている間にも、得体の知れないものはこちらへ躙り寄る。
それは16番に狙いを定めたようだ。飛び跳ねた瞬間、壁に張り付き彼女に爪牙を剥いた。すかさず彼女は鉤爪を盾に、爪を縫わせ口をわざと噛ませ突き飛ばし、それをいなした。
「なんて爪と牙だ、相当な年月研がないで飲まず食わずに暮らしていないと…!」
こんな長さにはならない、と言い切る暇を与えずに、10番に2度目の攻撃を与えてきた。今度は彼女が盾として使っていた鉤爪を掻い潜り、懐に潜り込んだのちに腹部に頭突きの一撃を与えてきたのだ。10番は一瞬にして吹っ飛び、先程の16番の所まで転がされた。
「う、ぐ……」
何も言えまい。胃の辺りから混み上がって来るものを押えつつ16番に目をやる、杖を抜いた途中で気絶したようだ、近くに虚しく転がっている。
「お、起きろ。食い殺されるぞ……ひ……」
気づけば、既に仰臥位になっている10番の頭上に獣の姿が見えた。近くで見るとよく分かる。それは獣なんかではなく、鬣と思われた部位は驚くほど長い毛髪で、前足と認識していた腕には指が5つ、丸く長い爪、尾がない、体毛もない。
そう、霊長類。いや、紛れもない、間違えもしない、考えたくもなかった。
隻腕の人間であった。
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