イオは長い夢をみている   作:荒井三塔空

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少しでも安寧を。

 「10番さん」

 

 31番がそう叫び(本人曰く叫んだそうだ)、呆然と真上の怪物を見ていた彼女がはっとし我へと帰った。

 

 「離れろ、化け物!」

 

 彼女はちょうど脚の位置に当たりそうな胸骨部を上へ蹴り上げた。「少年」は弓なりに飛ばされ、仰臥位に大の字で落下した。いくら化け物とはいえ、華奢な体躯は10番の蹴りには適わなかった。暴れながらぎゃあ、と絶叫している。この「あ」がいくつあっても足りない、聞いた事のない鳴き声の獣だった。今思えば人間の声を極限まで叫び発したような鳴き声だった。

 

 「ゲッホゲッホ……撤退、撤退!」

 

 「……いや……こんなのがのさばってるので在れば黙ってはいられません。あれも初めて見る個体です、こちらからしたら標本も欲しい。早急に対処しなければ……なるべくここは壊したくないですが」

 

 というように、10番は16番を担ぎあげ帰る準備を始める。しかし、31番は聞く耳を持たなかった。

 

 「んな事言ったって……ああもう!わァったやるよ!ゴホ……お前は前衛にまわれ。私に近距離は分が悪い。作戦続行」

 

 10番は後退し16番を安全な場所に置いた。念の為に杖は背中に差しておき31番の方に向かった。合流した時にはもう戦闘は始まっていた。

 「それ」は先程の勢いを既に取り戻していた、怒りのこもった眼差しをしているような。先程の顔、人間の顔のようだったが気のせいか。

 重力に逆らいながら壁とは名ばかりの石畳を蹴りあげ飛びかかるといった、不規則な動きをしている。隻腕であることを利用し、重心を使った動きをしているようだった。ある程度は予想していたが、後頭部を強打したにも関わらずなぜあんなにも動けるのか。大きくむきだした歯牙は鋭いが、あの体毛の無い華奢な身体は一体なんだろう。栄養が摂れていないためか肋骨が浮き出ている。

 31番は拳を使って防御をしている。素早く動いているそれとは裏腹に壁を蹴り食まんとする攻撃に手を焼いているようだった。10番はなるべく鉤爪の鋭利な部位をあまり使わずに、甲の部分を使い叩き払っているが加減が効かない。やはり2人とも「仕掛け」ないと本気を出せないようだった。

 されど化け物の方に疲労は溜まっている様子は無かった。何度投げ飛ばされ、何度殴り飛ばしても、体力を削られている様子は無い。隻腕の獣は衰えを知らない。

 31番は大きな溜息をつくと、

 

 「……仕方ないですね。少し荒々しくなってしまいますが、多少破壊しても致し方ないと思います」

 

 31番は、くいと手招きをし、10番に耳打ちした。嵩瞬あとに機械の左腕に付いているロープを強く引いた。たちまちセル音とエンジン音が鳴り響く。

 

 「お前……最初は壊したくないとか言ってた癖に……」

 

 「……なるべく、と言ったまでです。よしんばあれだけ手加減しても倒れないならそう簡単にやられないでしょう。多少は力でねじ伏せます。いいから集中してください」

 

 「まだ試作段階だから使うなって言う意味なんだが……わァったよ……」

 

 少々不貞腐れている10番を尻目に、31番は化け物に歩みを進める。10番も鉤爪を展開させる。開かれた中身は暗がりでこうこうと輝いている。「新型」は調子がいいようだ。

 化け物は2人を睨んでいた。その目は、月光に照らされたクオーリアの屍のそれのように白く光っていた。

 3人は線で繋げると丁度三角になるような位置にいた。右が31番。

 華奢な身体の生物は少し後ずさった。

 見れば見るほど筆舌に尽くし難い、なんなんだあいつは。滴り落ちる汗が伝うのが分かる。全ての時が止まっているように感じる。それに反比例するように増える呼吸と脈拍。今は私たち3人の世界だった。

 最初に飛び出したのは奴だった。2人は、奴の、誰よりも先に蹴りあげた地面と共に分かれるように二手に駆け出した。奴は右側に向かった。

 その瞬間、31番は前腕部を外し、10番の方に左手で投げつけたのだった。化け物に似たそれは、動いた腕の方に目が行ったように大きく左を向いた。それを見逃さなかった31番。熱くなった左拳を、奴の顔に殴り当てたのだ。その後飛んできた腕を掴んだ10番は、鉤爪から煌々と放たれた火薬を爆発させ、同じく飛ばされてきた皮膚から浮き出た脊柱に、両足で倍になった蹴りを当てたのだ。

 化け物は痛々しく叫びながら遠く飛ばされ、大きな音を立てながら牢を破壊し飛び込んで行った。

 

 「はあ……はあ……やった、だろうか……」

 

 10番は、蹴りにより転倒したままの状態で、息遣い荒く言った。

 

 「……手応えはありました。こちらからしたら、やったと思います」

 

 10番は起き上がり、機械の右前腕を31番に手渡した。右手を開いたり握ったりを数回繰り返しながら、化け物が飛ばされた牢屋の中に入って行く。

 

 「気をつけろ、まだ現役かもしれない」

 

 「……大丈夫ですよ。背骨は折ったんでしょ?」

 

 中に入った31番の右手には、女性の手でも楽に掴めるような下腿を持った奴が引き摺られて出てきた。

 31番は、「見てください」と言いながら10番の前に落とした。ぐったりしているようだが呼吸が見られる。なんて生命力だ。

 10番は近くにあった松明を取り上げ「それ」をよく観察するためにまじまじと照らしてみると、暗くてよく見えなかった顔が明らかになった。やはり先程近くで見たものは間違いではなかったのだと確信した。

 それは少女のような、少年のような中性的な顔つきの裸の人間であった。頭の毛、おそらく髪を少しかき分けてみる。苦しそうな表情で気絶しているようだった。それもそのはず、背部を見ると脊柱は酷く損傷しており、開放骨折をしているようだ。丸い火傷のような跡がある。これは私らがつけたものでは無さそうだ。

 無意識に大きなため息が出てしまう。以前武器を持ったクオーリアを見かけたことがあるが、このような地の利を得た動きをするのは非常にレアケース、いや、見たことがなかった。しかも汗をかいており、体も火照っている。死人では無い、間違いなく屍の奴らでは無いのは確かだった。

 10番は背中に差していた杖を取り出し、31番に手渡しながら、バツが悪そうに言った。

 

 「こいつは私が責任もって運ぶ。お前は16番を頼む」

 

 31番は何も言わずに杖を貰い、16番と、もと来た地上に続く階段へと歩みを進めた。

 彼女は数歩歩いて立ち止まり、振り向かずに10番に言った。

 

 「……この街の代名詞ってところですね。その子」

 

 10番は小さく答えた。

 

 「ああ、違いない」




ひとえに春と言うものは、出会いと別れ、喜びと悲しみの季節ですね。新しい環境というものはなんとも忙しいです。かくいう私も4つとも既に経験しました。皆様はいかがお過ごしですか?
今年はとても暑いですね。春夏秋冬の春と秋の概念がほぼ無くなってきていると感じるのは気のせいでしょうか……春が一瞬で過ぎ去るように、一瞬で過ぎ去ってしまう人生を力の限り生きていきたいものです。

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