お待たせしました皆さんお待ちかねの競走馬”メグリメグル号”の紹介です。
紹介といっても、父母(祖父と祖母まで)、G1クラスのレースなどを紹介させていただきます。
(なお、史実と全くかけ離れてる!そんなことありえない!ルールすら知らないのかggrks!という点はフィクションということで大目に見てもらえると助かります。
作者も検索をかけながら執筆しておりますがどうしても見落としするときがあり、ここがおかしい!などの問題点は優しく教えてくれるとありがたいです。)
追記
メグリメグル号のオークスの欄でタイムオーバーに関する言及がありましたが、有識者の方より「レコードが出た際はタイムオーバーは発生しない」とご指摘いただき修正させていただきました!(2023年2月7日)
競走馬メグリメグル号
生年月日:2010年3月6日
死亡:2013年10月16日
調教師:―――――(栗東)
馬主:―――(―――複合カンパニー)
生産者:―――ファーム
生産地:―――
セリ取引:7500万円(2010年セレクトセール)
獲得賞金:――――円
通算成績:――戦――勝
主な勝ち鞍:12′阪神ジュベナイルフィリーズ
13′桜花賞
13′優駿牝馬
13′秋華賞
父:マンハッタンカフェ
父父:サンデーサイレンス
父母:―――――
母:ストームロード
母父:シンボリルドルフ
母母:イクノディクタス
血のつながった競走馬
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デビュー前
――――年に凱旋門賞の旗を日本に持ち帰ってきた名馬”ストームロード”の最初の生産馬。しかし、その誕生はとても不安なもので平均的な生まれた仔馬が立ち上がるまでの時間を20分ほど遅れて立ち上がった。
牧場関係者の話によると、ストームロード特有の賢さとサンデーサイレンスの身体の強さを持って生まれた”奇跡を超えた仔馬”と語られていた。(葦毛がどこから遺伝したのかはまったくもって不明だったが…)
そして幼少期は仔馬らしい活発な性格だが、かなり体躯のいい猫にビビりストームロードから常に離れず活発といえども牧場関係者の手を煩わせないリンゴが大好きないい子だったと、××飼育員はメモに残している。だが、一度だけ好奇心に負けたのか放馬しその類い稀なる身体能力で飼育員たちの包囲網を潜り抜けて―――牧場を一周したとも記されている。
2012年デビュー戦
メグリメグル号のデビュー戦は、いくらストームロードの子といえども、その血統から8番人気。オッズも――倍と非常に低いものだった。
しかし、メグリメグル号のその走りはいつの日かシンボリルドルフが見せた差しの走りであった。その走りから”シンボリルドルフの再来”と当時の競馬新聞紙が騒ぎ立て、当時はネットが普及し始めたことからその後に走った条件戦では、G1並みの観客が―――競馬場に集ったとされている。そのシンボリルドルフを彷彿とされる差しの走りは見る人すべてを魅了し、メグリメグル号の容姿から”オグリキャップの再来”の再来とも呼ばれ始めた。また、多数のオープン戦、2歳馬限定のG3をも勝ち上がったメグリメグル号はそのまま、阪神ジュベナイルフィリーズを圧勝。最優秀2歳牝馬に選出され、桜花賞、優駿牝馬、秋華賞への優先出走権が与えられた。
条件戦を完勝したのち、メグリメグル号は(馬主がそもそも関西ということもあり)中部の――県―――牧場から、関西の栗東トレーニングセンター「―――厩舎」へと移動し本格的なトレーニングを開始、その際…当時現役でハッチャけていたゴールドシップが偶然見た瞬間に大人しくなりしばらくメグリメグル号を見ていたという。(その時のゴールドシップを見た担当調教師と厩務員は目を丸くして驚いていた。)
2013年クラシック戦
伝説の2頭の再来といわれているメグリメグル号はティアラ路線へと進む。
2歳馬優秀牝馬とされたメグリメグル号は綿密なトレーニングと同時に細々とオープン戦や重賞レースへと出走、競馬ファンから鬼畜を超える”悪魔ローテ”と称されるローテーションで走っていたメグリメグル号であったが、母母”イクノディクタス”のどれだけ走っても壊れない丈夫な体それとイクノディクタス並みの魔性を持っていたらしく、レースでへとへとになっても次の日にはケロッとしていた。
同時に、メグリメグル号は多数のレースに出ることから競走馬だけでなくアイドルとしても愛されており(その分悪魔ローテが目立ったのだが)、馬主の会社が作ったメグリメグルのグッズは即日完売し再販の声が多く上がっていたほどだこれでまだ3歳の桜花賞出走前だぜ?嘘みたいだろ??。
しかし、愛された理由はメグリメグル号が強かった…というわけではなかった、途絶えていたと思われていたシンボリルドルフの血筋を引いたというのもあるが、その容姿からオグリキャップを連想させ…また出走したレースでも大健闘の末に敗北した(しかし、掲示板から外れたことはなかった)というまさにドラマ、いや映画というレベルのストーリーがその時点で作り上げられていた。
そして、ついに来た桜花賞。みんなのアイドル、メグリメグル号を迎え撃った牝馬たちはメグリメグル号を追い詰めたものの、終盤に大外から強襲しそのまま当時の競走馬としてはあり得ない二段加速を行い、撫で斬りどころか辻斬りとまで言われるほどのごぼう抜きを見せた。この時、メグリメグル号の主戦騎手の”――――”はG1を2勝した勢いで落馬しかけたのは笑い話だ。
ちなみに、この時までゴールドシップとのかかわりはないように思えるが、実はゴールドシップとは放牧地がお隣でメグリメグルが放牧されている間ゴールドシップは――調教師の前でも大人しく従い、何なら普段のはっちゃけぷりと破天荒さはどこへやら。かつての大人しさを取り戻したかのように静かだったらしい。(メグリメグルがいなくなった途端に元に戻ったと―――厩務員は語っている)
そしてメグリメグル号が叩き出した伝説、2013年の優駿牝馬…通称”オークス”。
この時は、一番人気でオッズは――倍。賭けても損するといわれるぐらいまでの脅威のオッズをたたき出していた。
しかし、当時メグリメグルは様々なレースに出馬しその”差し”の走り方の手札をすべて公開している状態であった。むろん、他の競走馬たちはメグリメグル対策をしてきているだろう。
この時のメグリメグルの単馬券を買った人々は、記念馬券として購入したのがほとんどではあったが……メグリメグルはその日、調教師や厩務員、果ては主戦騎手までもが”恐ろしいほどの絶好調”としか言わないような日だった。
そして始まるレースは……もはや規格外。今まで通り、差しで来ると思われていたメグリメグルはスタートダッシュと同時に疾走を開始、主戦騎手の手綱さばきのもとスルスルと前へ飛び出した。
差しで来ると思われていたメグリメグルが”大逃げ”を選択し、神がかり的な加速と速度のままメグリメグルは大差1着。
遅れて響いた歓声は、掲示板に表示された『1:53:31』の文字と共に、大歓声へと変わった。
短距離のレースでも見ているかのようなあまりの速さに観客は大歓声もつかの間、困惑へと変わる。
そして同時に疑われる『ドーピング疑惑』、あまりに早すぎるそのワールドレコードは喜びよりも困惑、そして恐怖を招いていた。
当レースに出走した牝馬の多くはメグリメグル号との大差の距離、そしてその圧倒的なスピードにより既に走るというよりも軽く歩いているようにしていたという。(同時にこのオークスを走っていた牝馬の過半数が心を折られてしまいそのまま消息不明が相次いだという。)、くだんのメグリメグルもドーピング検査で何十時間も拘束を受けストレスのあまりしばらく飼い葉を食べなくなり、なついていた担当厩務員ですら威嚇してしまうほど人間不信に陥った。しつこいくらいの検査の末にドーピング疑惑は晴れたが、それでもメグリメグルに向けられる目は厳しかった。
そのオークスからしばらくは、レースには出走せずに休養・リハビリしていたが、来る秋華賞のためにオープン戦や重賞に出走表明した途端、そのオープン戦や重賞を出走するはずだった競走馬たちが辞退する事態が起きていた。
そのため馬主は、秋華賞までのレース出走をすべて中止…秋華賞までトレーニングでつなげることを選択した。
そして、来るべき秋華賞。
この時の京都競馬場は、根強いメグリメグルのファンと…もう一頭の規格外”エーペックスエイジ”のファンたちにより競馬場から人があふれる状況に陥っていた。
圧倒的なメグリメグルに対して、ここまで無敗2冠…秋華賞に勝てば変則無敗3冠という偉業を達成するエーペックスエイジ。その二頭の激突が注目されていたが…京都競馬場を包む空気はただ一つ。
「どうせ、エーペックスエイジはメグリメグルに勝てはしない」という諦観の空気だった。いくら、ここまで無敗2冠のエーペックスエイジでもそこまでの戦績は安田記念とNHKマイルカップを勝利しているとはいえ…あの『1:53:31』をたたき出したメグリメグル相手では力不足という見解がされていたのだ。今回、ファンたちが見に来たのはあくまでメグリメグルのトリプルティアラ達成の瞬間。そのレースはしょせん、結果の決まったレースだったのだ。
しかし、結果から言えばそのレースはその諦観を吹き飛ばし、メグリメグルとエーペックスエイジの規格外同士の大激戦だった。
今回も勝利を狙うために全力の大逃げを展開したメグリメグル、競馬場の空気はもはや終わった後も同然だったが、エーペックスエイジはそれに喰らい付いた。
逃げ馬がメグリメグルこともあったが、エーペックスエイジは逃げのような先行策でぴったりとメグリメグルをマーク、最終直線でエーペックスエイズが勝負を仕掛けメグリメグルとのつばぜり合いが起きた。
それを見たファンたちは、かつての情熱を思い出し…メグリメグルを、そしてエーペックスエイジを応援した。この時の実況である
「エーペックスエイジが仕掛けた!並んだ並んだ!!
その掲示板に表示されたのは、オークスの記録を超える『1:52:53』。そして一着で輝くメグリメグル号の番号。
二着のエーペックスエイジとの着差は、わずか3センチ。
この時、メグリメグル号はオークス以上の速度を出したせいか、イクノディクタス譲りの丈夫な体であっても左後ろ足をかばうようにしていた。
その後の診断では左後ろ足の大腿の骨が、動かしすぎで折れかけている。とされ、しばらくのレースは休むように診断されたという。
悲劇
桜花賞、優駿牝馬、秋華賞を勝ったメグリメグルは1日も経たずに再び日本中のアイドルホースとして返り咲いた。
しかし―――その事件は起こった。
『メグリメグル号襲撃事件』
日本競馬業界における空前絶後の大事件。
京都競馬場からメグリメグル号の所属する厩舎への帰り道、メグリメグル号を乗せた馬運車が一台のトラックに追突され、二人組の覆面を被った男が馬運車へと襲い掛かった。
その後その二人組の男は大急ぎでトラックに乗り逃げ…残された馬運車には、同乗していた担当厩務員の遺体と…『メグリメグル号の遺体』があった。
馬運車の運転手も下半身不随という…2013年最大最凶の事件。
幸い、犯人はすぐに捕まった。その犯人は、地元の―――建設企業社員二人組。
その二人は、エーペックスエイジ号の熱狂的なファンでメグリメグル号のアンチだった。
そこまで無敗だったエーペックスエイジ号を負けさせたメグリメグル号を許せなくなり、怒りに身を任せたまま行った犯行だった。
この時の馬主は、ショックのあまり病院に緊急搬送。
担当調教師は、驚きのあまり膝から崩れ落ち…メグリメグル号の主戦騎手は、絶望のどん底へと叩き落された。
そして、速報のニュースで日本中は混乱の渦へと突入していった。
もしかしたら
もし、メグリメグル号襲撃事件が起きていなければ、休養明けのシニア級路線でエーペックスエイジと共に大暴れしていたかもしれないメグリメグル号。
あの皇帝の二つ名を継いだものとして日本を背負う存在になったのかもしれない。
あの葦毛の怪物に名を連ねていたのかもしれない。
アメリカ、もしくは欧州…どこかで彼女は偉大なる成績を残したのかもしれない。
そして、もしメグリメグル号が生きていたらどれだけ素晴らしい血統が日本に生まれていたのか、という嘆きの声が今日もどこかで上がっている。
凱旋門賞を制したストームロードの最初の子供、メグリメグル。
彼女を失った悲劇の傷は、いまだに癒えていない。
これにてメグリメグル号の競走馬紹介を終わります。
本当なら、最終話まで引っ張りたかったのですが物語の境目ですし、ちょうどいいやということで投稿しました。