アイズによく睨まれるんだけど多分絶対に黒竜のせい   作:川瀬ユン

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ざけんなや
書き溜め作らん
ドブカスが


どこで間違えたかが分からない

 

 

 漆黒が天に坐する。

 終焉の炎が一切の森羅を滅相する。

 咆哮はただ、避けることができない焼滅を告げる。

 解き放たれた黒炎は、希望も絆も想いも、意に介さずに焼き尽くした。

 

 圧倒。

 絶滅。

 不条理。

 

 絶望に抗う勇気を手に立ち向かう人々を、その劫火は不平等なまでに平等に焼き尽くす。

 遍く神威すらもそれを止めることは叶わず。

 天にて終焉を冠する竜は邪悪に目を細め──────闇黒の顎は全てを飲み込み、漆黒の奔流が左腕に注ぎ込まれた。

 

 

 

 

「──────ッ!!」

 

 鳥の鳴き声が僅かに聞こえ薄光が差し込む早朝。

 掛け布団を跳ね飛ばして起きたグランは、全身に浮かぶ汗を気にも止めずに荒い息を吐く。

 吐いて、吸って、落ち着きを取り戻すようにまた深く息を吐く。

 

「またあの夢かよ…………」

 

 追憶の中で満ちたのは耐え難い憤懣に、堪えようがない憎悪、そして黒竜滅殺の誓いだけだった。

 

 顔を苦渋に歪め、忌まわしき過去の追憶を忘れようと目をつぶる。

 暗闇に支配された視界は、ただグランの心を掻きむしるだけだった。

 

 

 

 

 

 朝の鍛錬も程々に、グランはホームを出てを目的地に向かって大通りを歩いていた。

 目指す先は【ディアンケヒト・ファリミア】。医療系のファミリアとして最大手であり都市最高の治癒術師を誇り、【ロキ・ファミリア】とのパイプも大きい。

 

(あっぶねー。アミッドとの約束すっぽ抜かすとこだった……)

 

 とある事情から【ディアンケヒト・ファミリア】、いや【戦場の聖女(ディア・セイント)】と親密な関係にあるグランは、遠征に向けて道具(アイテム)補充ともう一つの目的のために時間を取ってもらっている。

 

(いやぁ、この前ガチ忘れで修行してたら二週間口聞いてくれなくなったからな……マジで気をつけよ)

 

 表情には微塵も出さずにグランは心の中で震えに震えていた。

 怒りを露わにしたアミッドは歴戦の猛者であり常日頃から知能指数が低い考えしかしないグランからしても格段に恐ろしい。

 

 大通りには日中ほど賑わってはいないものの、数人の影は地面に浮かんでいる。

 その少ない人たちの全ての視線を浴びながら、グランはアミッドへの恐怖に怯えるのに忙しく気づかないまま、目的地にたどり着く。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしていました、今回は約束を守ってくれたようでありがたいです」

「うっ、あー…………すまん」

 

 入り口から入ったグランに声をかけたのは鉄仮面の上からジト目を向けてくる銀髪の美少女だった。

 遅刻、ドタキャンの常習犯であるグランへのアミッドの信用は限りなく零に等し、それを自覚しているグランもまた肩身がどうしようもなく狭かった。

 

「……まぁ、それは置いときまして。まずは何かご購入しますか?」

「ん、そうだな……高等回復薬(ハイ・ポーション)精神力回復薬(マジックポーション)を10ずつに高等精神力回復薬(ハイ・マジックポーション)を5本頼む」

「あなたはどうせ無茶するんですから回復薬がもっと必要だと思うのですが……毎回治癒するのも大変なんですよ?」

 

 軽くため息をついたアミッドは慣れた仕草で棚から回復薬を取り出しながら愚痴にも似た小言をぶつける。

 彼が個人的にアミッドと深い関わりがある理由、呪いの鎮静以外にも治療を何度も行っている。

 

 そんな命の恩人からの痛い言葉を受け、ギクリと体が固まる。

 

「い、いや……そりゃ分かってるんだけどさ……」

 

 冷や汗を流しながら出たのは、弁明になっていない言い訳。

 カチン、と何かが押されたような音と共にアミッドから凄まじい威圧感が立ち上る。

 

 一歩、無意識に足を下げていて。

 確定した終わりを前に今までの感謝を述べているような顔つきを浮かべる。

 流石に反省の意を浮かべているのだろう。

 

(え、どこで選択肢間違えた!?いやでもまぁ、毎回なんとかなってるし大丈夫か!)

 

 全くそんなことは無かった。

 とことん楽観的である。

 こんな思考をする奴、地獄を見て正解だ。

 その意を受信したかのようにアミッドは怒涛の責めを敢行した。

 

「分かってる? 分かっていないから何時も無茶をして大怪我で此処にやってくるのでしょう!」

「まずあなたは自分の身をもう少し大事にしなさい! 治療をすると重傷すぎて何度卒倒しかけたことか!」

「人を助けることは讃えられるべき善行ですが、自分を犠牲にするやり方はどんな悪行にも劣らない愚行です」

「それに約束ぐらいは必ず守ってください! 今まで何回すっぽ抜かしてきたのですか! あなたの()()は類を見ないほど危なく、恐ろしいのですよ!」

「…………心配する、こっちの身にもなってください…………」

 

 

「…………本当にすまん」

 

 ぐぅの音も出ない圧倒的に正しい糾弾、さらには懇願にも似た思いも告げられた。

 さしものグランも、それを前にたじたじになる。

戦場の聖女(ディア・セイント)】から放たれた人を殺しかねない正論機関銃は余りに威力が強すぎた。

 

「まぁ、何を言ってもあなたには無意味なんでしょうが……」

 

 一際大きいため息をついたアミッドは少々ぶっきらぼうにポーションを渡す。

 苦笑を浮かべ代金を払うグランの決意に似た炎が迸る目を見たアミッドは頭を悩ませながらも糾弾をやめる。

 言ってやめるような男ではないことなど、随分前から知っているのだ。

 

「まったく……ほら、奥に来てください」

「あぁ、よろしく頼む」

 

 アミッドに連れられて、グランは奥の工房に足を踏み入れる。

 植物から鉱物といった多様な素材と薬品や調合器具で所狭しに埋め尽くされた、通い慣れたアミッドの工房。

 

 いつものように椅子に座り、上着を脱ぐ。

 引き締まった体には回復薬(ポーション)により殆どの傷跡は残っておらず、目立つものは二つ。

 胸に刻まれた大きな爪で切り裂かれたような跡と─────真白の包帯。精霊の気配を色濃く感じさせるその()()()を慎重に解くと、黒く、何かに侵食されているように変色した左腕が異質な存在感を放っていた。

 

「…………侵食状況に悪化は見られませんね。前のような出力での解放をしない限りでは完全に制御下に置かれています」

「本当か。安心……はできないだろうけど、まぁ気をつけるよ」

 

 極小の魔法円を展開し、巫山戯た『魔力』がグランの左腕───その深奥に潜む呪いを正確に看破する。

 アミッド級の最高位以外では干渉すら不可能な呪いに対して、解呪に一極集中した砲撃に見合う、いや超える程の出力で『魔法』を発動。

 

 白銀の粒子は収束し鎖を象る。

 聖なる輝きを秘めた全癒魔法は封をするように左腕に絡みつき、何かと拮抗するように火花を散らせ、数秒後に粒子へ還る。

 

「いつものように侵食抑制を行いました。…………解呪は、残念ながら……」

「アミッドが気にすることじゃない。ありがとな、これで遠征でも全力で戦える」

 

 全力での『魔法』使用で乱れる息を整えながらアミッドは表情を曇らせる。

 そのことを微塵も察知せずに、グランは微笑を浮かべ感謝を述べる。

 

(よっしゃ、これで完璧! 遠征でも暴れたるぞー!!)

 

 腕を軽く回しながら蛮族に似た思考回路を回すグランは気づかない。

 自分の姿を、痛ましいものを見るように見るアミッドに、気がつかない。 

 いや、正確に言えば視線には気づいている。

 

(ん、アミッドどうかしたのかな? まぁ、ディアンケヒト様の相手してたらそりゃ体調も悪くなるわ。いつもより労うか!)

 

 考えていることがとんでもなく不敬である。

 世が世なら晒し者になり磔にされているだろう。

 ディアンケヒトが聞けば憤死して送還されそうだ。

 

「いつも、本当に感謝している。ありがとう、アミッド。これからもよろしく頼む」

「…………あなたは、本当に」

「ん?」

「いえ、これからも【ディアンケヒト・ファミリア】をご贔屓にお願いします」

 

 何故か固い態度で見送るアミッドに困惑しながらグランは大通りに出る。

 そして、急に固い態度に変わったアミッドに対して首を傾げた。

 

(なんだ? めっちゃ怖かったんだけど最後の感じ。やっぱりストレス溜まってんのかな…………?)

 

 この男、感情の機微を悟るのが絶望的に下手くそだった。

 脳内の姿が現実に投影されたら、知性を感じさせない顔が浮かぶだろう。

 とんでもない間抜け面である。

 

(んじゃホーム帰って飯でも食うか、肉だ肉!)

 

 脳内に肉厚のステーキを浮かべ足を弾ませ(当社比)ながら帰路を辿っていると突然、何かに足を掴まれた。

 下を見るとそこには溢れんばかりに涙を浮かべた小さな少女がいる。

 

(何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何??????)

 

 脳がバグった。

 彼は前世からコミュニケーション能力が低かった。

 

「ママ……何処ぉ?」

 

 どこから見ても完全な迷子の少女だ。

 

(何で???? どうすりゃいいの?????)

 

 迷子の少女への対応。

 これまでで最難関の障壁。

『冒険』を、しよう(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 アミッド・テアサナーレにとって、グラン・ブレイズは放っておけない青年であった。

 彼との始めての邂逅は、ボロ雑巾のようなグランの治療だった。

 自分より一歳年下の少年が、生死の境を揺蕩っているのだ。

 与えられた衝撃は今になっても鮮明に思い出せる。

 

 次に会ったのは、グランが【ディアンケヒト・ファミリア】に来たときのこと。

 グランの主神であるロキとディアンケヒトは数度言葉を交わすとアミッドとグランを連れて工房に行った。

 そこで、真白の包帯を解いた奥に、途方も無い邪気を放つ左腕が顕れた。

 

 ただ、恐ろしかった。

 感じた威圧感に足が竦み─────苦痛に歪んだグランの顔を見て、震えは止まった。

 その顔が、助けを求めているように見えて、その時からアミッドはグランを気にするようになった。

 ───そして、余りに非力な自身に愕然とした。

 

『偉業』の後に重傷を負ったグランを癒やすことしかできず。

 呪いを解呪しようとして抑制しかできず。

 無茶を繰り返すグランを止めることはできず。

 

 それでも『ありがとう』と言って前進を続けるグランを前にして、不甲斐なさで潰されそうになって。

 形容できない感情に満ちて。

 死にたくなるほどの無力感が溢れて。

 

「…………どうしたらあなたは─────」

 

 その後に。

『止まってくれるのか』と言おうとしたのか、また別の言葉を言おうとしたのか、それはアミッドにさえも分からなかった。

 




アミッドさんは恋愛とは違う感じの激重感情持っててほしい。

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