アイズによく睨まれるんだけど多分絶対に黒竜のせい 作:川瀬ユン
ベルがグランに師事する事になった翌日。
ベルは一人、いつものようにダンジョンを探索していた。
ダンジョンの2階層に怪物の鳴き声が響く。
目の前で威嚇をしてくるのは、二体のコボルト。
今までなら通路の角に隠れて一体を撃破、続けて二体目も始末するという奇襲に近い戦法を取っていたがグランから教わった内容を反復させて、少し趣向を変える。
(今の僕でも、余裕を持って捌ける。落ち着け……!)
短刀を握る手の平がじわりと湿る。
恩恵を授かってから一ヶ月と経っていないせいか、真正面からモンスターと戦うということに、未だ慣れきってはいない。
軽く息を吐いた直後、飛びかかる一体にステップを刻み回避する。
(意識するのは、相手の機動と自分の動き! 突っ込んだ後の体は無防備!)
「フッ!!」
眼前に広がる鋭い牙に湧く恐怖を無視して、鋭く吐いた息と共に短刀を首筋に振り抜く。
抵抗なくその血肉を切り裂いた体勢から、勢いをそのままに回転。
(一体が瞬殺された、動揺で動けないだろ!?)
急速に移り変わる景色の中、逆手から順手に切り替え、呆然と立つ二体目のコボルトの胸に突き刺す。
ガリ、と魔石に傷が入ったのかその体躯を灰へと変わり、迷宮内は静寂に包まれた。
「よし……!」
今朝から始まったグランとの特訓で行ったことは基礎的な能力の確認だった。
使用武器である短刀の基本的な振り方や鍛錬方法をグランの助言のもと行う中で、常日頃の探索で意識しろと言われたことは2つ。
1つ目は戦闘に関してはズブの素人であるベルは動きの無駄が多い。故に無意識で行っている戦闘の行動をより
回避は何時もより攻撃を引き付けてから行い、斬撃はコンパクトに収める。
一発の威力が高いとは言えない短刀だからこそ必要となる技術を、思考することで通常よりも早くその身に定着させるため、つまるところは技術の早熟だ。
2つ目は相手の行動を五感から得られる情報から読み解き、複数の行動パターンを作るように思考しろということ。
(一体目が突っ込んだ時にもう一体も攻撃してきたら、どうすればよかった?)
複数のパターン構築能力は、一朝一夕で身につくものでは無い。
だからこそ必要なのは
鍛錬とは積み重ねであり、どんなに僅かな事でも繰り返すことで大きな力に至るもの、とはグランの言である。
呑気に歩くゴブリンに背後からこっそり近づき
足音を消して動き、一撃で終わらせるための速く鋭い刺突。
普段の探索に比べて、精神的な消耗が早い。
行動一つ一つに意識を集中させているのだから当たり前ではあるが、被弾の可能性も当然増える。
「うわっ!?」
ゴブリンから取った魔石──正確に言えば『魔石の欠片』をバックパックに仕舞った直後、角から飛び出してきたゴブリンが獰猛に牙を突き立ててくる。
バックパックは動きに支障が出るほど重くなく、いつもなら避けれない一撃では無いが、乱れた集中力では対応は困難だった。
お返しとばかりに土手っ腹に蹴りをぶちまかす。直撃したゴブリンは派手に宙を飛び、地面に激突。
洞窟に近い荒れた地面を削りながら転がるゴブリンは四、五と回転した後に動きを止めた。
「……フゥ」
(意識することが増えるだけで、めちゃくちゃきつい……!)
今まで無意識下で行ってきた動作を能動的な意識のもと行う。
それは処理しなくてはいけない情報量も、当然跳ね上がっている事も表している。
額から流れる汗を無造作に拭い、荒れる息を整える。
吐いた息は溜まった熱を放出するように熱い。
グランに、Lv.6の冒険者に師事する。
まるで物語のようで、何かに期待していた。
特別な特訓。秘められた能力の覚醒。
頑張れば頑張るだけ、能力が天井知らずに伸びると、心の何処かで期待していた。
(───そんなこと、あるわけないだろッ!)
足りないのは圧倒的に修練時間。
冒険者になって半年も経っていない正真正銘の素人であるベルは、今この瞬間に零から全てを積み上げなくてはならない。
その事実はただ重く、のしかかったそれに、ベルは足を止める。
「…………でも」
それでも、強くなりたいと望んだのだから。
ベルに諦めるという選択肢は欠片も存在せず、心に灯った気炎は消えることなく燃えている。
「ブレイ……グランさん、今何してるのかな……」
名前で呼んでくれと言ったあの冒険者は。
地下迷宮から遠く離れた蒼穹の下で、何をしているのだろうかと、思いを馳せる。
淡い憧憬の相手に少しでも近づこうと自らの心を奮起させて、ベルは新たに壁から産まれたコボルトにナイフを向けた。
ベルがそんな思考を浮かべていたのと同時刻。
【ロキ・ファミリア】の鍛錬場に、超絶たる剣戟の嵐が吹き荒れていた。
嵐の中心にて斬撃を奏で合うのは、グランとアイズ。
閃く銀の軌跡と、破断を齎す黒鉄の斬撃。
収束された刹那に夥しい程の斬撃が互いを喰らわんと空間を走り、間隙を突かんとばかりに時の流れすらも穿つ。
衝突し合う銀と黒鉄であるが、走る斬閃の数は銀のそれが黒鉄を超えている。
いかにレベルの差が隔絶とした能力差を生み出すとしても至高に近しい領域まで鍛えられた剣術は片手剣の特性も合わせて、神速となった。
階層主すら斬断する連閃が、幾重にも重なり怒涛を象り表す。
「───不足しているぞ」
「ッッ!!」
だが。
疾風怒濤の剣撃を前に、対抗するのは大斬撃。
描かれた軌跡は、数多の銀閃とぶつかり、喰い破る。
この瞬間も、放たれた七の閃きと剛撃が相殺された。
斬撃と斬撃が衝突する度に空間は耐えきれないと歪み、衝突音は蒼穹の果てまで響き渡る。
レベル5とレベル6の常識を彼方に放り捨てた
始まりは、アイズから提案された軽いものだった。
朝日すら姿を見せない早朝にいつもより早く目を覚ましたアイズはこっそりとホームを出るグランを目撃した。
こんな早くからどこに行くのかと不審に思ったアイズはこれまでの冒険者人生で培われた気配消しと
母の風を使う理由に、心のなかで幼いアイズが目を細めて見てくるのが、少々辛かった。
そうして尾行の甲斐があり、壁上でグランが見るからに初心者な白兎に似た少年に短刀の扱い方を教えていることが判明した。
別にアイズは他派閥の冒険者と関わりを持ったり、指導をする事をだめとは思っていない。それにアイズ自身もグランから剣を習っていた事もあり、その光景に懐かしさを覚えたのも事実。
(…………むぅ)
しかし、その一方で釈然としないのも、また事実。
その時間があるのなら、
何故か脳裏に思い浮かぶ『もっと構って!』と書かれた旗を振っている幼い自分の光景を振り払う。
これ以上あの場に居ればグランに勘づかれるだろうと、衝撃に胸を打たれながらアイズはホームに帰った。
調度品が殆どない自室に戻り、グランに貰ったジャガ丸くんを模したぬいぐるみを抱えベットに倒れ込む。
目をつむり、思い浮かべるのは先程の光景。
あの白兎に似た少年に戦い方を教えるグランを思い出すと、なんだかつまらないと思う。
それが嫉妬に似た感情と気づかないアイズは足をばたつかせ、頬を膨らませた。
それからモヤモヤとした感情に支配されジタバタとしていたアイズはティオナから朝食を告げられ食堂に向かった。
着いた食堂で真っ先に目についたのは一人だけ明らかに料理の量が多いグランだ。目の前に積まれた料理の山は瞬く間に胃袋に吸い込まれていく。
呑気に食事に勤しむグランに、八つ当たりに近いモヤッとしたものが生まれる。
心のなかで小さなアイズも両手を振り回して怒りの念を示していた。
ちょこんと、空いているグランの隣に座ったアイズはちらりとその横顔を見る。
「…………? どうかしたか?」
「グラン、今朝どこか行った?」
ストライクゾーンど真ん中をアイズは突っ込んでいった。
腹の探り合いなど知らんとばかりに真っ直ぐ投げた疑問にグランは少し目を見開いた。
「…………い、いや別に、どこにも行ってないけど……なんでだ?」
「ううん、特に何も無いよ……」
視線が彷徨いまくってるグランと、余りにも苦しいはぐらかしをするアイズ。
腹の探り合いが下手くそにも程があると言いたくなるほどに見るも無惨であった。
これがオラリオの誇る第一級冒険者と知ったら憧れを抱く子どもたちは気絶どころではすまないだろう。
「ん……今日、しない?」
「……そういえば最近やってなかったか、あぁいいぞ」
戦闘狂のきらいがある二人の交流手段には手合わせがいの一番に現れる。
要所要所を省きすぎな会話に、二人とも気づかなかったが、近くで驚きのあまり山吹色の髪を逆立たせるエルフがいた。
魔法円を展開して大騒ぎになりかけたのは余談である。
そうして始まった手合わせ。
最初は二人ともギアを抑え軽く始まったそれは、時間が経つに連れ激化していった。
今に至っては両者トップギアに迫る速さで剣戟が展開されている。
全力で振るった『デスペレート』が銀の斜線を描き、迫りくる黒鉄塊と衝突、衝撃波が生み出される。
刃を通して襲う衝撃は剣を取り落としかねない程に大きく、たまらずアイズは後退した。
(やっぱり、私と比べて一撃が重い……!)
荒く地面を削りながら止まったアイズは
スキルでも魔法でも無い、技術による飛ぶ斬撃。グランが行使する理外の神技を弾き、地面を蹴り砕く事で突貫を敢行する。
その速度に暴風が吹き荒れ、アイズの金髪が舞う。
全速力での突撃、構えられた大剣に不壊剣がぶつかり、爆発音と聴き紛うような大音量の衝突音が天高くまで響いた。
魔法を使用していないとはいえ、桁外れの身体能力から放たれたその突撃は深層域のモンスターまで消し飛ばす威力を持っている。
だというのに。
(完全、防御……!?)
その黒鉄は、不動を貫いた。
全身を固定するように足を地面を叩きつけ、万力を以て行われた防御は渾身の突撃を完璧に受け止めてみせた。
両者の距離は零。大剣を振るには近すぎる距離にグランが選んだのは回し蹴り。
大剣を突き刺し回転。遠心力を乗せた高速の蹴撃にアイズは咄嗟に剣を滑り込ませる。次瞬に全身を衝撃が駆け巡り、アイズはまたしても弾き飛ばされた。
剣を地面に突き刺し、減速。
不壊属性が故に折れない剣だとしてもたまらず悲鳴を上げている。
ある程度まで減速した後、地面を蹴り宙で回転、着地する。
「ハァ……ハァ……!」
呼吸を乱し、荒く肩を揺らすアイズと、疲れを感じぬ動きで大剣を構えるグラン。
続く戦闘の中で、やはり現れるのはレベルの差。
未だグランと同じ領域に至っていない自分に焦りを覚え、無意識のうちに風を集める。
高まる【魔力】はマジックユーザーと見紛う大きさで、集う風は嵐に成ろうとしている。
対面するグランもまた、左腕から黒炎を揺らし、魔法を使った全力体勢に移行しようとしている。
それに伴って溢れてくる黒竜の気配に心の内で黒い炎が猛るが、
故に、顕現するのは
「【
「そこまでだ。鍛錬場を壊す気なのか、お前らは……」
黒風が解放され、黒炎が奔る寸前、玲瓏な声が響いた。
二人揃って声の方向に振り向く。その先にいたのはこちらをじっと睨むリヴェリアがいた。
まずい、と辺りを見渡せば、そこらじゅうに刻まれた斬撃に粉砕され、半壊状態の鍛錬場がそこにあった。
つーと、冷や汗が流れる。これまでの経験があろうがなかろうが、どうやったって叱られる未来しか見えない。
助けを求めてグランを見るが無表情のまま、その目は悟ったように光を消している。
その表情がやけに面白くて、小さな笑みが浮かんで、次の瞬間には怒気を迸っているリヴェリアに青ざめた。
そうして、正座で加減を知らない事を叱られながら、ちらとグランを見る。
(私も……早くいかなきゃ……Lv.6に。グランの、隣に)
追いつきたいと、離れたくないと、置いていかないで、とアイズは更なる高みへの昇華を考えた。
(まじあっぶね。アイズ怖すぎだろ、あんなんもろ殺す気だって、あんなガチの斬撃駄目でしょ普通)
目に穴でも空いているのか?
発言が余りにブーメランだ。全力で大剣を振っていたのは自分も同じだというのに厚顔無恥がすぎる。
正座で説教を聞きながら、グランは内心冷や汗を拭った。
(魔法使う前にリヴェリア来てくれて本当に助かったわ。どう見たって【復讐姫】と接続してたろあれ、俺も魔法使わなかったら即死だから怖いんだよな。でも魔法使ったらなんかアミッド分かるみたいだし、遠征前に無駄に使ってるとまた叱られるから軽く詰んでたんだよな)
先日、調子に乗って魔法を使った後、アミッドと早すぎる再会をしたグランは死んだ魚と同等で生気を失うまで叱られた。
顔の良い女とおとなしい性格の人ほど怒れば恐ろしいのだと、グランは今世で骨身に染みている。
(そういやベルくん頑張ってるかな? 原作前の早熟なしだからステイタス強化より技術メインでやるつもりだけど、そんな成長期待できないかなぁ。原作始まるまでに並列思考とある程度の身体操作ができれば良いかな)
精神状態のイカれ方なら世界クラスではある。
考えていることが指導者として最底辺をぶっちぎりで通過している。ダンジョンでめちゃくちゃ頑張っているベルに向けるには、流石に酷すぎた。
それに、求めるレベルが高すぎる。並列思考とかそんな短期間でできるレベルじゃないから。身体操作も、こいつの想定の内容は戦闘機動に壁蹴りとバク転を完璧に組み込むレベルである。チャートがガバガバというか、要求がハイレベルすぎる。
(まっ、俺が原作以上にベルくん強化しちゃうから。原作よりもイージーモードなるんじゃね? 感謝してくれよ、ベルくん? まあ俺より強くなったらキレ散らかすけどなァッ!?)
バグってる情緒の忙しさで既にキレている。
もう少しだけでもLv.6の貫禄を見せてほしい。
(遠征は来週辺りだっけ? あー何か新種が出てくる……とかそんなんだったよな? ま、俺がちょちょいのちょいって感じで倒してちゃうか!)
死語を宣いながら戯言を溢すな。
見せてほしいのは馬鹿の貫禄じゃねぇよ。
そろそろ原作突入したいしガチ目の戦闘パートも書きたいですね