アイズによく睨まれるんだけど多分絶対に黒竜のせい   作:川瀬ユン

5 / 6
アルゴノゥトめちゃくちゃ面白いですね
あと本作は時間とか日数とかあまり考えずに書いてるので矛盾とかあったら心のなかで笑っていてください


(この耐性の低さは)間違っていて欲しかった

 

 グランとの鍛錬は開始してから一週間ほどが経過した。

【ロキ・ファミリア】の遠征は明日に控えてあり、この時間も終わりが近づいていた。

 いつものように振りと機動の効率化指導を行い、追加された模擬戦を行う。

 訓練用の刃引きされた短剣を構えるグランめがけて短刀を振るう、シンプルかつ超高難易度。

 

 白刃を振って、振って、振るう。

 この一週間で積み上げるだけ積み上げた『技』と『駆け引き』のありったけをぶつける。

 

 振れば振るほど、彼我の実力差が明確に突きつけられる。

 動けば動くほど、自分の杜撰さが死にたくなるほど目につく。

 

 空気を切りながら迫る白刃に横から軌道を変えるよう短剣を叩く。面白いぐらいに体勢が崩れた。

 斬撃に続くように放った蹴撃を、僅かな身じろぎで躱す。まるで蹴り自体が外れにいったようだ。

 

 自身の最大の武器である『敏捷』を駆使して、最速の連撃が閃く。

 野兎のような瞬発性、冒険者になって一ヶ月も経っていない者のステイタスでは考えられない速度で短剣が鈍い光の軌跡を多重に描く。

 

「まだだ、全身の駆動が足りないぞ。斬撃の精度が低い。もっとだ、もっと思考を速めろ」

「グッ……!? 分かり、ました!」

 

 その全てが、意味をなさない。

 極みの領域に手が届いている隔絶した技量が、全てを撃ち落としていく。

 身体能力によるゴリ押しではない、単純に鍛え上げられた技術が空間もろとも斬撃を喰い破る。

 

 全身ごと弾かれたベルは勢いそのまま、再突撃。

 より巧く、より速く、斬撃を重ねていく。

 全身の動きを連結して、より効率良く力を腕に伝達させ、斜線を生み出す。

 愚直なまでに教えを血肉へ変え、死にたくなるほどの無力感すらも心の奥で迸る炎の燃料とし、更に先へと加速する。

 

 斬撃の勢いを利用され、弾き飛ばされる。空中で体勢を制御、着地する。息を吐くと同時に足を前へと振るい、兎のように地を駆け、ステップを刻みフェイント、直手に握った短刀を突き出し、刺突。

 

 横から叩かれ軌道を変えられる。しかし、僅かに狙いから逸れたのか少し、足の位置が不安定になっている。

 

(ここッ!)

 

 半ば無理矢理勢いを回転に転換。沈んだかのように深くしゃがみ、足を刈るように蹴りを放つ。当たるかどうかの瀬戸際、手応えは感じない。脳が警告を全開で鳴らす、まずいと知覚したときにはもう目の前に蹴撃が迸る。

 威力も速度も、自分と大きな開きはない。それでも顎を掠ったその一撃は、ベルの脳を容易く揺らした。

 

「ガッッ! …………グフォ…………」

「不用意に隙に飛びつくな。わざと餌を残す、『駆け引き』の基本だ。回避手段を確保してから攻撃に移れ」

「はい……!」

 

 揺れる視界としっちゃかめっちゃか動き回る脳を必死に抑えながら、指導を脳に叩き込む。

 気を抜けば倒れそうな体に喝を入れながら思考を回した。

 

(あんな見え見えなの、罠に決まってるだろ! 蹴りより深く沈んだ体制からの斬撃のほうが対応の幅も広がった…………!)

 

 自省と改善点を洗い出し、脳の一番奥にぶち込む。荒れる息を必死に整えながら短刀を構え、グランがわざと作っている隙を精査する。

 

(防御態勢が右に傾いている。なら左を…………どうやって左を空けさせる? あぉ、くそッ! 崩せる組み合わせがどれかが分からない!)

 

 一週間のうちに叩き込んだ思考の高速化。

 回転する思考回路が複数の手を浮かべるも、どれとどれを合わせるのが最適解かが分からない。がむしゃらに選んだ手段では、意味がない、教えから外れている。

 

 思考の奥、闇の底に沈んだベルは動けず、その姿を見てグランは構えを変える。

 ハッと、その姿を確認したベルは慌てて防御を固めた。

 先程までのは攻撃型の戦闘機動、思考回路の効率化。これから始まるのは防御の訓練。

 

「辞め、変えるぞ。受けて、避けて───未来の己を追い越せ」

「はいッッ!」

 

 ベルがギリギリ捌けない速度で、軌跡が円弧を多重に描く。

 歯を食いしばり被弾の硬直を無視、より多くの斬撃を受け流す。

 

 求められるのは、現在の超克。限界を知るかと踏み越え、更なる高みに手を伸ばすことだけ。

 白熱する脳をより酷使し、ベルは剣戟の嵐に真っ向から立ち向かった。

 

 

 

「終わりだ。飲め、倒れるぞ」

「ハァッ、ハァッ、ハァッ…………ありがとう、ございます……!」

 

 迫る無限に等しい攻撃を、避けて受けて流して逸して弾いて利用して反撃して、ベルは壁上に倒れ込んでいた。

 視界の焦点が定まらない、呼吸をしなければ死にそうなのに息を吸うたびに肺が痛む、四肢が極度の疲労から不細工に痙攣した。

 なんとか上体を起こし、水筒を受け取ったベルは中身を一気に流し込んだ。ポーション特有の甘味を僅かに感じる、グランがいつも持ってくるドリンク。

 水で薄めたポーションにダンジョン産の果実や天然塩をブレンドした特製ドリンクを嚥下すれば、溜まった疲労が薄まり、呼吸が安定化する。

 

「昨日に比べて、攻防どちらも反応が鋭くなっていた。斬撃の精度、防御の精密性も高まっている。だが、駆け引きが甘い。合計で十回は似たような餌に引っかかっているぞ」

「駆け引き…………」

「そうだ、上層のモンスターは知性が薄い。故に罠を仕掛けることは無いが、その先、中層レベルからは訳が違う。考えもせず攻撃すれば、待っているのは全滅だ」

 

 だから思考を回し、相手よりも駆け引きで上手に立つことが必須なのだと、グランは言う。

 確かに、ゴブリンやコボルト、ダンジョンリザードと接敵しても繰り出されるのは単調な攻撃ばかりだった。

 

「俺は明日からしばらくダンジョンに行く。俺がいない間も……言うまでもないか」

「えっと、遠征ですよね? グランさん達は本当に深層域まで行くんですか?」

 

 奇妙な縁のもとグランに師事をしているベルだが、ふとした時に目の前にいる師が雲の上の存在と思い出す。

 深層域、ベルには想像もつかない別次元の場所とはどんなところなのか、疑問に思った。

 

「深層域……あそこからは全部が変わる。…………詳しく話してもいいが、それは戻ってからにしよう」

「えっ……遠征が終わってもまだ指導してくれるんですか!?」

「その気だったが…………そちらの意思による。嫌ならば──」

「ぜんっぜん嫌じゃないです!! むしろ嬉しいというか、ありがたいというか、ええっと……」

 

 食い気味に言うベルにグランは少し驚いたように口を閉じる。そして言いよどむベルを見て、頬を緩めた。

 

「そうか……なら俺が驚くほど成長してみせろ。我が弟子」

「え…………ッ!! は、はい、師匠!!」

 

 強くなりたいと思って指導を請い、己を鍛えてくれている人から、弟子と呼ばれて。

 夢に描いた『英雄』に等しい存在から、期待をしてもらって。

 誰よりも愚直に力を積み上げようとするベルが、燃えないわけがなく。

 胸で迸る炎は絶えず燃え盛り、この人に追いつきたいと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

(我が、弟子……師匠……? グランの、弟子? な、なんで…………?)

 

 その光景を遠くから眺めていたアイズは軽く脳が破壊された。

 この一週間で魔法を使った隠形は格段に精度を上げていた。そう、アイズは毎日二人の修行風景を観察していたのである。

 普通にストーカーだが、その風の使い方を非難していた心の中の幼い自分も今や興味津々といった感じで凝視し、頬を膨らませ抗議するように何度も跳ねている。

 

 魔法を乗せた風が二人の会話を届け、アイズは謎の衝動に全身を貫かれていた。

 ずっと一緒にいて、これからも一緒に居ると思っていた青年に懐く少年と頬を緩める青年。

 今にも寝込んでしまいそうな体を必死に抑え、ホームを目指す。

 

 纏う空気はおどろおどろしく、子供が見れば普通に泣くだろう。

 人が殆どいない早朝で本当に良かった。

 ホラー作品主演のような空気のままアイズは自室に戻る。門番をしていた団員は直面した直後に気絶したが、残念なことにアイズは気づいていない。

 

 自室にドス黒いオーラを撒き散らす空気汚染機が完成しているが、誰もそんなことには気がつかない。

 当たり前だ。こんな早くから起きている方が少ない。

 この日、【ロキ・ファミリア】内で突如悪夢を見る者が多数出たのは完全な余談である。

 

 この一週間、脳破壊の嵐だった。

 グランが偶に見せる笑みやベルを褒める言葉の数々に、苦しさが溢れた。

 ころころと表情を変え、喜びを表す少年によくわからないもの(嫉妬)が溢れた。

 小さなアイズも両目に涙を溜め込んでいる。洪水寸前だ。

 

 もっと近くにいたい。もっといっしょにいたい。

 そんな思いがとめどなく生まれて、胸の中を満たしていく。

 

「グラン…………」

 

 名前を言うと、切なさが止まらない。体中を舐めるように熱が全身を巡り、顔が熱くなる。

 今日もまた、アイズは理解の範囲外にある感情に振り回される。

 

「遠征で、隣に並べれるように、頑張ろう」

 

 その切なさも奮起に変えて。

 明日からの遠征でグランに並べれるようにと、気合を入れて───

 

「師匠……むぅ……グランの、ばか……」

 

 それでもやっぱり、頬を膨らませ、今も壁上にいるはずのグランに、そっとそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ベルくん思ってたより強くなってなくね??)

 

 ベルと別れたグランは一人、困惑の渦に呑まれていた。

 

 早熟スキル無しのベルではさして成長の見込みは無いだろうと考えていた割に、難しすぎる期待をしていたグランは思った通りにならない指導に苦戦していた。

 いや、普通に見ればベルの動きは格段に洗練されているし、成長速度もかなり早いのだが期待がデカすぎる。指導者に問題ありまくりだ。

 

(いや、確かに原作よりかは強くなってると思うよ? でも普通に餌に飛びつくし、もっとこう……なんかないのかな)

 

 指導精神が赤特のグランは首を傾げながら身震いをする。

 なんだか、毎日誰かに監視されているように感じる。

 

(明日から遠征……帰ったあとは早熟スキルゲットしてるだろうし、俺も手数倍にしようかなぁ)

 

 やめろ、死ぬぞ。

 今でも毎回死にかけまで頑張ってるベルに対して試練が多すぎる。

 しかし、グランの信条は『気合と根性でゴリ押し』なため少々脳が筋肉寄りになっている。

 近々、いつもよりボロボロのベルに仰天するヘスティアの姿が幻視できた。

 

 そんな考えを浮かべながら、裏路地を歩くグランの前から、ローブを着た人物が現れる。

 

 姿は見えない。だが、漂う雰囲気は婬靡で、蕩けてしまうほどに甘く、美しい。

 そのオーラには、いや、神威には覚えがあった。

【ロキ・ ファミリア】に所属しているが故に、何度か対面したことがある、オラリオの『頂天』が所属するファミリアの主神。

 

「美の神フレイヤが、俺に何の用だ」

「あら、ばれちゃった。特に用はないわ、でもあなたと少し、お話したいと思って」

 

 顕になる美貌は時が止まるほどに美しく、優美な笑みを浮かべている。

『美』という概念が押し込められたその存在に、しかしてグランは眉一つ動かさない。

 

「話……?」

「えぇ、そうよ。今までもあなたと話してみたかったんだけど、あなた、いつも忙しそうだったから」

 

 今なら大丈夫と思って、来ちゃった。と笑みを携えグランに近寄るフレイヤ。

 ここに、『美の女神』と『終焉滅竜(フロレスタン)』の会合が果たされた。

 

 

 

 

(ちょっとまってちょっとまって、顔近いって近いよ顔。えっ、顔良すぎだろこの女神。まって心臓ヤバいって、え、はぁ〜〜??? 距離感バグってるだろお前オタク勘違いさせる系の女神様なの??)

 

 今までにないほど動揺していた。

 グランという男は、顔のいい女に尽く弱い。というか実は耐性が低いのだ。

 今まではアイズには恐怖、アミッドにも恐怖、リヴェリアにも恐怖…………恐怖しかないが別の感情があり大して現れなかったがこの男、恋愛面はクソ雑魚なのだ。

 

 綺麗すぎる女神が好意を持ってると勘違いしてしまうほど近距離で微笑んでいる。その事実だけでもう脳内はショートしきっている。

 

(あぁこんな美人とお茶とか緊張どころじゃないって、そ、素数数えよ……1、2、3、4、5、6…………)

 

 数えているのは素数ではなく自然数だ。

 そんなことにも気づかないぐらいには、グランはパニクっている。

 

「…………こちらが場所を指定していいのなら、構わない」

「フフッ、ならエスコートよろしくね? 悪い竜さん?」

 

 そう言って、フレイヤはグランの腕に自らの腕を絡ませる。

 それにしたがって、胸部の豊かな装甲もまた、グランに押し付けられ形を変えていた。

 最後には吐息でグランの耳にダイレクトアタック。完全な勝ちである。

 

(くぁwせdrftgyふじこlp?????????)

 

 お前これでいいのか? 

 そんなグランの内心を知ってか知らずか、フレイヤは面白そうに笑みを深めるのだった。

 




俺はラブコメが書きたかったはずなのに何でヒロインの脳を破壊して主人公を恋愛クソ雑魚の馬鹿にしたんだろう?誰か教えてくれ……

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