咲-side story- A 作:小走やえ
Ep1.「誇り」一本場
21世紀・・・世界の麻雀競技人口は数億人を越え、世界で麻雀を知らぬ者はいない程であった。我が国日本でも大規模な全国大会が毎年開催され、プロに直結する成績を残すべく高校麻雀部員達が覇を競っていた
…冬を越え、暖かな空気が街を包む。朱色の光が照らされる道を二人の少女が歩く。
由華「先輩、今日の私の打ち筋はどうでしたか?何か変な所あったりしませんでしたか?」
やえ「由華、お前も一年間一生懸命麻雀に取り組んできたんだ。それも、王者”晩成”の麻雀部でだ…そろそろ自信を持って麻雀に臨んでも良いんじゃないか」
由華「いえ、私はまだ自分に頑張ってるとは言いたくないんです…後悔したくない、ですから…」
やえ「そうか…ん、良い心掛けだ」
話を途中にしながらも、お互いの帰路につく。やえは後輩に自信をつけさせる為にどうしようかと、思考を悶々とさせながら。
やえ「ただいまー……また、か」
やえはリビングに入り気づく、煙は天井を汚し臭いは不快な気持ちにさせる。やえの姉、小走一重(かずえ)がどこか遠くを見つめる様に煙草を燻らせていた。
やえ「姉貴、今日も行ってきたのか?」
一重「あー、やえおかえりー。うん、いってきたよー雀荘。また、かてないしまけなかったよー」
一重は十年前晩成高校の麻雀部に所属しており、レギュラーを張っていた。そして、その年の晩成高校には30年連続の県大会優勝兼インターハイ出場が掛かっていた。
やえ「まだ、普通の…普通に頑張って考えて打つ麻雀は出来そうにない、の、かな」
晩成高校が未踏の記録に手を掛けた手を払った者がいた、阿知賀女子学院麻雀部である。一重は大将を務めていた、その時阿知賀との点差は普通ではなく、晩成の優勝はほぼ決まっていたはずだった…。
一重「だって、かてないけどまけもしないんだもん。まけるのはこわい、こわくてふるえてしまうから」
赤土晴絵、それは晩成高校の栄光を打ち破った阿知賀の伝説。勝利を諦めない彼女の意思と、少しだけ麻雀の神様に愛されていたお陰で阿知賀はオーラスにドラマを起こした。阿知賀と晩成高校の点差は31800点、子の阿知賀は三倍満をツモるか倍満を晩成より直取りしなくてはならない状況だった。
南4局 0本場 13巡目 ドラ6
一重(仲間から受け継いだ点棒を守り切って、優勝するんだ!)
トンッ
スッ
赤土(役満も三倍満も今はいらない、対面の晩成から直取りの倍満を和了って決める…まぁ、そこまでの手が入ってないだけなんだけどね)
タンッ
トンッ
赤土(それ、私の当たり牌なんだよねぇ…ま、見逃してツモ切りだね)
トンッ
タンッ
一重(これは染め手の阿知賀に厳しい牌、けれど下家が切った後にツモ切りしてる…だから)
タンッ
赤土「ロン!面混一七対子赤ドラドラ、16000です」
小走一重の中に亀裂や歪みが生じたのはこの頃だった。プレッシャーに圧し潰される事なく、冷静に打牌を続けていた彼女は突如に現れた違和感と喪失感によってそれらが崩れた。
一重「………。お、めで、とう…ござい、ます…」
涙を流して、僅かばかりの声量で声を震わせて祝辞を述べた。この時はまだ、彼女の中に悔しさと反骨心が残っていたのかもしれない。
やえ「姉貴、今日は夕飯はどうする?」
どこか遠くを見据える一重にやえが問い掛ける、けれどやえが期待した返事は返ってこない。いつかの昔から変わらない一言。
一重「食べてきたから要らない」
感情の起伏も表情の変化もない淡々とした言葉。やえは諦めて自室に戻る。
やえ「今年の大会で何かを見せる事が出来ないなら、私達は変われないんだろうな…」
ネット麻雀を数回繰り返して、一つ一つの対局の牌譜を眺めながらごちる。今のままでは県はともかく全国は厳しい、それが重くやえの両肩に現実としてのしかかる。
やえ「明日は新入生歓迎会だったな、この辺で終わりにし眠るとしよう」
パジャマに着替えてベッドに潜る。最近良い夢見てないと思いながらも、寝息をたてて暗闇に落ちていく。