咲-side story- A 作:小走やえ
合宿の最中で目立った事などはなかった。晩成の層は厚い、それをまた再確認出来たぐらいだろうなとやえは一人思う。共に切磋琢磨しあうライバルがいるから頑張ります、とは岡橋初瀬の言である。私には近くにはいない、全国の地に立ってそこで悔しい想いをした。先輩方の涙や表情は今も忘れてはいない、そして10年前の姉の事も。
やえ「今の私でどこまでの高みへ登れるのだろう、案外麓で頂きを見上げるだけかもしれないよなぁ……ったぁ!」
背中に痛みが走る、隣には良子が立っていた。良子は手をさすりながら話す。
良子「私らの代で全国を知ってるのはあんただけだ、でもそいつがしょぼくれていちゃあ…話にならないだろう。私らは、あんたに着いて行くと決めたんだ。なぁ、大将?」
あんたは先鋒だけどな、と冗談まじりに語るが良子は厳しい視線を向けていた。無論、私にだ。そう、だな。後輩もいるんだ、恰好悪い所は見せてられないよな。
初瀬「小走先輩!私の同じ中学で麻雀していた子がいたんですけど、それが阿知賀で麻雀部だったんです!」
岡橋が血相を変えてコンビニから出てくる、そして私にとっての衝撃の発言をしていたことに遅れて気付く。阿知賀で麻雀部、だと?あのジャージの子もってことか。視線をジャージを着た少女に写し、観察する。然し、あれ下に履いてるんだよな、短いだけだよな。
やえ「あれは、相当打っているんだろう。ここからでも分かるぐらいに手にマメが出来ている」
初瀬「そ、そんな!?」
後輩に恰好付けるのは先輩の特権だろう?良子。
やえ「ふふん、心配しなさんな。私は小学生の頃よりマメすら出来んぐらい打ってる!」
初瀬「小走先輩!」
岡橋が尊敬の眼差しを向けている事は分かるが、良子や紀子、由華と日菜は口に手を当て体を震わせていた。あいつら、笑っていやがる。
良子「まぁ、そのぐらいの方が心強いさ」
日菜「そうだね、やえはそのぐらいが丁度良いかもしれない」
紀子「やえは部長だからもっと頑張らないと、ね」
由華「先輩、輝いてます!」
来週からいよいよインターハイ県予選が始まるというのに、かなり気が抜けてしまったな。学校についてからの解散式では、引き締めるような挨拶をしないとだな、うん。
背中より刺激を受けて振り返る、その刺激の正体は良子の手ではなかった。夕焼けにより大きく影が伸びているからだろうか、山を背景にしたジャージの子が大きく、物語に出てくる怪物の様に錯覚してしまう。その子はこちらを見据えているのだろうか、その視線は私の体から動きを奪っているようだ。
良子「やえ?バスがでるでー?」
日菜「部長だろうが、規律を守らなければ置いて行く。それがやえの言葉、だから運転手さん出発してください」
紀子「いや、ダメでしょ日菜」
由華「先輩?」
やえ「い、いや。なんでもない、行こう」
最近、今みたいな感覚を知っている気がする。恐怖というよりなんだろう得体の知れないものが自分の周りを囲い、まとわりつくような。気のせいだと良いんだけど。
数日後。
県予選前日の事である。やえは、姉が帰宅しても見当たらない事に気付き外に出る。姉の行き場所など、昔ならすぐに分かったものだけれど、最近の姉の行く場所など思い浮かばない。
やえ「はぁ…はぁ…。どこに行ったんだ、あの不良姉」
まさか、と。やえは街中の雀荘へと足を向ける。前に見知らぬ二人は言っていた、オカルトに魅せられた者はオカルトが絡まなくとも後遺症が残る事があると。そして、それは姉にとっては麻雀という博打をするという中毒なのではないかと。魅せられたかは、別として姉は麻雀への想いは強い、それが良いものか悪いものかはまた別としてだが。
そして、そこに一人の女性が現れる。
桜「あれ、やえちゃんだ。どうしたの?そんな息切らして」
やえ「姉が帰って来ないんです、もしかして心当たりとかあったりしますか?」
桜「……。静かにしてられるなら案内してあげるよ?」
どういう意味があるんだ、その言葉は。場所は知っているが、私がそこにいると不味い場所ってことか?いや、だけど姉がそこにいるのなら。
やえ「分かりました、静かにしますので案内して下さい」
桜「お姉さん想いだね、羨ましいよ。……ほんとに」
後半は小声で聞こえなかったが、着いておいでと案内してくれた。その間、会話は一切なかったけど。そして、案内された場所はやはり雀荘だった。中に入ると、姉達は奥の個室で打ってると話す。奥部屋のドアの窓からこっそり覗いてね、と言われ気付かれない様に中の様子を窺う。
女性「弱いな、弱すぎる。意志も薄弱、技術も下手。そんなだから、オカルトに身を心を滅ぼされそうになる」
芳香「まぁまぁ、弱きは力を欲するもんだと言ってたのもあんただろ?なら、仕方がないさ」
女性「なら、悪魔に取り憑かれてまで叶える願いが歪で正しくないものだとも言っただろう?こいつは、犯した罪を清算して初めて前に進める、そうだろう?小走一重」
一重「……そうだ、私はそれだけの罪を犯した。家族、チームメイト、友人、監督とコーチにも迷惑だけをずっと掛けてきた。その恩を返すには私自身が前と同じではいけない、変わらなくてはならないんだ」
芳香「良い姉妹、だな」
一重「やえは自慢の妹さ、だからこそ私はかっこいいお姉ちゃんじゃないといけないのさ」
女性「箱ラスを何度も繰り返してる人間の台詞とは思えんな、少しはましになったってことか」
一重「ふん、まだ心までは負けてない。それに、麻雀をしっかり打つのは久しぶりなんだ」ズズッ
芳香「力が溢れてんな、引き締めていこうか」
女性「当然だ、有象無象に負けては我々の面子に関わるだろう」
なんだ、このオカルトにまみれた麻雀は。なぜ、そこでカンをする意味があるんだ。それに、その手を降りたら次はないかもしれないんだぞ。ドラ12だと?ずっと、この状況で箱ラスを続けたというのか……姉は、本気で昔に戻って本気で変わろうとしてるってことか。
やえ「私も頑張らないとな」
桜「そうだよー、明日は頑張ってね」
やえはお礼を告げ、その場を後にした。そして、中ではようやくのことでトップを取った一重の姿があった。
一重「ツモ、立直一発ツモ………四暗刻」
深く息を吐いて、手に眼を向ける。ありがとう、こんな私に来てくれて。