私にとって国は家で、国民は家族だった。そして友であり、同志だった。共に音楽の国で生まれ育った戦友、音楽を愛する使徒たち。無数の努力家と数多の秀才、一握りの天才がいた。
そしてあの日、それら全てと引き換えに天より遣わされた歌が残された。
疑いようのない惨事に、ほんの僅かだが賛辞を送っている私がいたことは嘆かわしいことに事実で、パンドラの箱に残された希望を私は愛さずにはいられなかった。
不幸中の幸いと言うべきか、エレジアの一握りの天才の一人は難を逃れた。こんなことになるのなら、もっと国の外での演奏会も積極的に開催するべきだったなどと後悔したところでもう遅い。私にできることは、せめてこの残された二人を守っていくことだけなのだ。そう決意した気持ちに嘘はない。けれど、覚悟は足りなかったのだろう。二人を見送ってそれを思い知らされた。
あの子たちは決めていた。自分がどうやって生き、どう死ぬかを。再び失うことも厭わずに決めたのだ。ほんの僅かにでも、偽りの家族と穏やかに生きてゆきたいと願ってしまった臆病で愚かな私と違って。
私には覚悟がなかった。『Tot Musica』を葬り去る覚悟も、ウタを世に送り出す覚悟も、オトが諦めた事実を受け入れる覚悟も。あらゆるものを先延ばしにして、微睡と共に揺蕩う日々を尊重してしまった。
あの楽譜を燃やしていれば。ウタを外に連れ出していれば。オトの挫折を受け止めていれば。
考えても仕方がないことを考える時間が増えてしまったのは、遅すぎる私への罰なのだろう。十二年間受けてこなかった罰だ。だから今こそ、私は考えなくてはならないのだと思う。たとえどれほど遅かろうと、考えることが大切なのだ。あの子を正しく弔うためにも。
「音がうまく出せないんだ」
魔王の惨劇による爪痕は、国外講演によって奇跡的にその難を逃れたかのように見えた天才のこころを引き裂いた。
無理もない。当時すでに大人顔負けの音楽家であったものの、彼女はまだ十代半ばの子供だった。焼け野原と墓石に代わってしまった故郷にショックを受けないはずがなかった。
そしてオトは、感情のままの音を出すことしかできなくなった。奏者としては致命的なことで、彼女は以来楽曲を奏でることをやめた。音楽の素晴らしさと作曲者の想い、ほんの僅かなオトの音が入り混じったこの世の至高の一つは、あの日永遠に失われた。
それでも、オトの音が悲しみや絶望一色に染まらずに済んだのは、ウタの存在のおかげだった。あまりにも皮肉が強くて、私は笑いにくくなった。地獄の救世主にこころを焼かれたオト、呼び出すことができる唯一のウタ。そしてそれを捨てられない愚かな私。
何もかもが歪だった私たち三人は、やはり虚構であったのだろう。だからお互いの決意も、秘密も、共有されずにバラバラになった。そうして今も分かり合えないままで、互いに会うこともおそらく二度とない。
「それを、悲しいなどと思うから、私は呑気だと叱られるんだろうな」
そして頼られることもなく、いのちの置き場所だけを託される。結局、私にできるのはその程度なのだと、強く聡いあの子たちは知っていた。残ったのはどうしようもない後悔だけで、本当に救いようがない。
私にはもう二人は救えない。ウタの喪失感を埋めてやることはできない。オトのいのちを取り戻すことはできない。私にできることは、いつだって音楽を愛することだけだ。
音楽を奏でよう。音楽を愛する人を増やそう。音楽の素晴らしさを伝えよう。そうして、新たに紡がれる音楽がいつか巡り巡って二人のこころを救ってくれると信じている。
ウタが偽りのない音に守られたように。
オトが空を裂く天上の歌に救われたように。
私たちの拠り所はいつだって音楽だと、信じ続けることが私の、エレジアの最後の国王の役目であるはずだ。
次で完全に終わります。