【完結】都立西方浄土高校女子だらだら部部長にして華麗なるお嬢様崋山危懼子ならびにその他女子部員らの活動記録、あるいはなぜだらだらの日常はあっけなく崩壊したかということに関する簡潔な報告 作:ほいれんで・くー
脱出艇はかなり大きかった。前部と後部との二つの部分に脱出艇は分かれていた。前部には普通のスワンボートのような座席と足漕ぎペダルのワンセットが並列する形で設置されており、天蓋付きの後部キャビンには細長いシートが縦に二本並んでいた。シートの表面は薄い緑色のビニールであった。キャビンは6畳間ほどの広さがあった。6畳間といえば成人男性一人がわびしい生活を送れるほどに広いが、8名にもなる少女たちが乗り込むにはいささか手狭であった。「冷蔵庫にテレビまである」とキャビンを覗き込んだメイドが言った。「豪勢なことだ」 しかしテレビはブラウン管式の古びたものであった。
四の五の言っていられる時間はなかった。水はいよいよキラリナデッキの上にも迫りつつあった。危懼子たちはさっそく脱出艇に乗り込んだ。3リットル近くものテネシー・ウィスキーを一気飲みした天使はぶっ倒れたままであったので、全員が協力して運ぶ必要があった。天使は羽毛のように軽かった。魔女が言った。「ようやくこの天使が天使らしいところを見せたわね。これで
水がキラリナデッキの上に満ちた。脱出艇はふわりと水に浮かんだ。危懼子が言った。「間一髪といったところでしたが、なんとかなりましたわね」「依然、危機的状況であるのは変わりないけどね」と命賭が答えた。「この後、どうしたら良いのかな。関東は水没しちゃったし、もうおうちには帰れないよ、これじゃ。家族のみんなもどうなったのかな」 深刻なことを口にした命賭であったが、その口調はごく軽かった。それは彼女があえてそのような声音にしたのではなく、彼女が元から天性の楽天家であったためであった。「でもまあ、なんとなくだけど、みんな無事だと思うんだよね」と命賭は言葉を続けた。「本当にシリアスな状況になっているという気がしないよ」 マルタが言った。「『気がする』と言っている人に『どうして?』っていう問いで具体的な根拠を求めるのもどうかと思うけど、どうしてそう思うの?」
命賭は天蓋の外へ顔を出して、夜空を指さした。マルタはその指先を見た。そこには月が浮かんでいた。月には顔があった。月はにこやかな表情を浮かべていた。眉は剃り落されていた。薄く頬紅があしらわれたその顔は、ふてぶてしいまでの福々しさを湛えていた。命賭が言った。「ほら、本当に世界が滅亡して私たち以外みんないなくなっちゃったんだったら、もっと月が禍々しい顔をしていると思うんだよね。地球に対するルサンチマン丸出し、みたいな顔をさ」「ふぅん。そんなものかしら」 マルタが半信半疑という声を出すと、突然月が口を開いた。「そうだよ」 その声は落ち着いていた。「大丈夫大丈夫、なるようになるよ」 声には渋みと深みがあり、円熟した人格を感じさせた。「僕もなるようになると思って45億年過ごしてきた。そして45億年の間けっこう隕石とかが降り注いで大変だったけど、結局なんとかならなかったことなんて一度もなかった。だから君たちもきっと大丈夫だ」 そんな声を聞くと、マルタも「まあなんとかなるかな」という気になった。
メイドが口を開いた。「月のことはまあどうでも良いとして、とりあえず誰かが前の席についてこの舟を操縦した方が良いだろう。だんだん波が高くなってきた」 そう言いながらメイドはその大きな体を動かして、前の座席へと移動した。メイドは声をあげた。「むっ、何か貼り紙がしてあるな」 座席に貼りつけられていたA4版の紙をメイドはべりべりと引き剝がした。メイドは紙に書かれている文言を読み上げた。「なになに……『俺は意地悪なスワンボート。俺を漕げる人間には条件がある。心も体も通じ合っている人間二人。そういう人間でなければ俺は漕げない。ざまあみろ、バカップル共。お前たちは心も体も通じあっていると思い込んでいるが、今この瞬間になってお前たちは実のところ体も心も通じ合ってなどいないことを思い知り、絶望するのだ。井の頭公園の池よりも深く』 なんだこれ、気持ち悪っ!」 スワンボートはこれまでバカップルを乗せ過ぎていた。ここに至って日々溜め込んできた黒い感情が爆発したようだった。そんなことを気にも留めず、メイドは左側の席について言った。「誰か来て、手伝ってくれ」
「良いでしょう」 一番近くにいた危懼子が移動して右側の席についた。二人は足に力を込めてペダルを踏もうとした。「あれ? 動かんぞ」 しかしペダルはまったく動かなかった。可動部を溶接したかのようにペダルは固着していた。「ハンドルも動きませんわね」と危懼子が言った。「確かに『心も体も通じ合っている人間二人』でなければ動かないようですわ」 危懼子の隣に座っているメイドが落ち込んだように言った。「私はメイドであるからお嬢様に絶対的な忠誠を誓っているのだが、それでは足りないというのか……」 危懼子が慰めるように言った。「それは仕方がありませんわ。主人とメイドとの心の関係性はどうしても非対称的なものとなります。所詮は雇用者と被雇用者ですし」 メイドは頷いた。「それもそうだな。それに、仮に心が通じ合っていたとしても体が通じ合っていない。今一つ『体が通じ合っている』という意味が分からないが」
その時、魔女が後部キャビンから大きな声で言った。「この
メイドが呆れたように言った。「ああ、セックスのことを言いたいのか? しかしそれだけでは『体が通じ合っている』とは言わないだろう」 危懼子も口を開いた。「やはりお子様ね、
そう言いながら危懼子はまた後部キャビンへと移動した。危懼子は双子に近づいた。双子はカバンから数学の教科書とノートを取り出し、今日の授業の復習に励んでいた。時刻はすでに22時頃である。双子は毎日その時間までに入浴を済ませ、復習をし、そして寝るのである。危懼子は双子に声をかけた。「双子様たち! あなたたちの出番ですわ! 今このスワンボートに乗っている人間の中で、『心も体も通じ合っている人間二人』とはあなたたち双子をおいて他にありません! さあ、前部の席へ移ってペダルを漕ぐのです!」 双子は顔をあげて危懼子を見た。危懼子の予想に反して、双子の表情には怯えの色が見え隠れした。桜子の方が口を開いた。「私、怖い」 薫子も続いた。「怖い。私も、怖い」 見比べるようにして双子の顔を見ていたマルタが言った。「どうして? あなたたち、心も体も通じ合っているじゃない。あなたたちはいつも息がぴったりだし、体だって一卵性双生児で同一の遺伝情報を有しているんだから通じ合っているでしょう?」 双子はまったく同じ動きで首を左右に振った。「あの座席に座ってペダルを漕いだら」「
「ああー」と命賭が納得したように言った。「なんかごめんね、二人とも。そりゃそうだよね。私たちからすれば双子なんだから心も体も通じ合っていて当然って思ってしまうけど、当人たちからすればそういう疑問があってもおかしくないよねぇ。もしペダルが動かなかったら……私たち以上に精神的ダメージはきっと大きい」 桜子が答えた。「私たち、肉体的には一緒」 薫子が続いた。「でも、中身は違う」「中身とは魂のこと」「私たち、お母さんのお腹の中からずっと一緒に過ごしてきた」「お互いのことはよく分かってる」「好きなことも、嫌いなことも」「夢も、希望も」「でも、もしペダルが動かなかったら?」「私たちの魂は別。だから心も別」「別なのだから通じ合っていなくても当然」「それは理解している」「でも、『お前たちの心は通じ合っていない』と第三者によって端的に示されるかもしれないのは」「とても怖い」 双子は俯いた。マルタは申し訳なさそうな顔をした。「ごめんなさい。私、あなたたちの心のことを全然考えていなかったわ。そうね。体は同じかもしれないけど、魂は違うものね」 マルタは己を恥じた。イエスの教えを奉じておきながら、双子の魂の問題について無思慮であった自分を恥じた。彼女はむっつりであったが至極真面目でもあった。
危懼子もまた頭を下げた。「そうですわね。双子なのだから心も一緒と見なすのは、ひどく乱暴な考え方でしたわ。謝罪します」 魔女が月に向かって言った。「ねえ、どう? お月様。この双子、心も体も通じ合っていると思う?」「うーん」と月は答えた。「僕はこれまで384,400キロ離れたこの虚空から地球の様子をずっと見てきたけど、その双子はこれまでに見た人間たちの中でも一、二を争うほどに同一の遺伝子情報を有する二つのヒトの個体だと思うよ。でも、心の中までは分からないなぁ。双子なのに仲違いをして殺し合いまでした人たちはこれまでにもたくさんいたしね。ほら、ローマ建国の祖のロムルスとレムスとかさ」 危懼子が言った。「仕方ありませんわね。双子の気が進まない以上、私たちはこのまま漂流を続けるしかありません。無理強いをして二人の魂の権利を侵害するわけにはいきませんもの」
双子はお互いを見つめた。二人は、自分たちがそっくりであることを再確認した。鏡で映したように二人はそっくりだった。むしろ、鏡で映す以上に、互いは互いにとっての生き写しであるようだった。透き通った瞳、艶やかな黒髪、長い睫毛、桃色の唇。華奢な骨格、胸の大きさと形、腰の細さに至るまで同一のように思われた。
やがて、桜子が言った。「私、小学校三年生の頃、理由はなんだか分からないけど、どうしても薫子が憎くてたまらなくなったことがある。夢の中で、私は大きなダンプカーのタイヤに乗っていて、それで薫子を轢き殺したの。あの時目が覚めて、私は悲しくなった。私は薫子と一緒じゃない。薫子と私は別なんだって。それで私は泣いた」 薫子が言った。「私、小学校三年生の頃、理由はなんだか分からないけど、どうしても桜子が憎くてたまらなくなったことがある。夢の中で私は果物ナイフを持っていて、桜子の胸を突き刺したの。あの時目が覚めて、私は悲しくなった。私と桜子は一緒じゃない。桜子と私は別なんだって。それで私は泣いた」 桜子が微笑んだ。薫子も微笑んだ。二人の笑みはまったく一緒だった。「私たち、きっとこれからも一緒。でも、きっと心は違ったまま」「違ったまま一緒で、でも心は一緒に別れ続けていく」「だから私たちは双子なんだね」「違った心で、違い続けていく心を見つめている」「さみしいけど、嬉しいかな」「さみしいけど、嬉しいね」 それから双子はなにやら双子言語でぼそぼそと話し合った。桜子が手でチョキの形を作ると、薫子がそれにグーの手を乗せた。二人のカタツムリはしばらくのろのろとシートの上を這った。
それから、双子はおもむろに立ち上がると、前部の座席へと向かった。メイドが席から離れた。桜子は左側の席につこうとした。薫子が言った。「いや、私は左側に座る」 桜子が応じた。「いや、私の定位置は左側。写真を撮る時も道を歩く時も左側」 薫子が答えた。「いや、ボートの時は話が別。私、左側じゃないと落ち着かない」「なにそれ、今初めて聞いた」と桜子が言った。「今初めて言ったから」と薫子が言った。二人はしばらく無言で見つめ合った。これ以上言葉を応酬するとケンカになることを二人はよく理解していた。やがて、薫子が右側の席へ無言で移った。「左側じゃなくて良いの?」と桜子が尋ねると、薫子は短く「良い」と答えた。二人は席につくと、足に力を込めてペダルを漕ぎ始めた。ペダルは滑らかに動いた。外輪式の推進装置が作動し、スワンボートは意志を持った存在であるかのように水の上を進み始めた。「
「ありがとうございます、双子様」と危懼子が言った。「おかげで、波のまにまに漂流することは避けられたな」と、メイドが腕を組みつつ言葉を発した。メイドは
「目的地は、群馬県です」 突然、危懼子の首からさがっているネックレスが声を発した。「うわっ!」と危懼子たちは一様に叫んだ。危懼子が言った。「黄金のカタツムリ様、生きていらしたのですね。しばらく何も喋っていなかったものですから、てっきり死んだものと思っておりましたわ」 無論、それは危懼子なりの軽口であった。ネックレスは答えた。「すみません。しばらくアイデンティティ・クライシスに耐えていたもので。なにせ、自分が神ではなく道具に過ぎないと知ったものですから。でも、もう大丈夫です」 命賭が口を開いた。「本当に大丈夫?」 ネックレスは言った。「大丈夫です。私は私なりに結論を出しました。やはり、私は神ではなく、『オルガノン』であるようです。あの店で天使が言ったことは筋が通っていますし、それに私の製品カタログとして天使が見せた画像は本物だと思います」
マルタが言った。「でも、天使があなたを騙すために画像を合成した可能性だって残ってるわ。近頃じゃAIが画像を自動生成するし、あの程度の画像だったら数分で作れそうなものじゃない」 ネックレスは微光を発した。「それはそうかもしれません。私は、もう少し慎重に答えを出すべきかもしれません。しかし、
危懼子が言った。「それで、なぜ群馬県なのですか?」「それはですね……」とネックレスが答えようとした瞬間だった。何か、遠雷のようなどよめきが遠くの水上から響いてきた。少女たちが目をやると、そこでは海戦が繰り広げられていた。二組の艦隊が整然とした隊列を組み、互いに砲火を応酬している。ピンク色、紫色、青緑色の水柱が林立し、砲塔が旋回し、マストが吹き飛び、火焔をあげて船体が傾いていく。艦隊はレゴブロック製だった。メイドが言った。「もう海戦の一つや二つくらいじゃ驚かなくなったな。ありきたりというか、まあ普通にそういうこともあるだろうという感じだ」「話の腰を折られましたが、気にせずに話を続けましょう」とネックレスが言った。「そもそも私がなぜあなたたちの高校に来たのか。そこから話したいと思います」 命賭が頷いた。「ああ、そういえばそうだよねぇ。なんであの時、うちの高校の中庭にいたの?」
「それは……」とネックレスが答えようとした瞬間、双子が前の方から声をかけてきた。「喉が渇いた」「何か飲みたい」 ペダルを漕ぐのは膨大なカロリーを消費するものである。1時間でおよそ300キロカロリーが消費される。魔女が呆れたような声をあげた。「ええ……でも、冷蔵庫の中にはカラスミとワンカップ大関しか入ってないわよ」「私に任せてください」 ネックレスが光を発した。光が消えると、魔女の両手にコーラの缶があった。魔女は前部へ行って缶を渡した。「ほら、双子。飲み物よ」 ネックレスがまた声を発した。「話の腰を折られましたが、気にせずに話を続けましょう。あの日、私は群馬県の白い家にいました。家の中で私はキャベツを食べていました。群馬のキャベツは格別です。白衣を纏った『天使』が私の世話をしてくれていました。そこに、突然黒ずくめの女が来たのです、そう、今まさにそこで暢気に寝ている女が」
少女たちは、今は横になって
「えっ、なに? 電子レンジ?」とマルタが疑問の声をあげた時、また前部から双子の声がしてきた。「これ、コーラ」「私たち、コーラが好きじゃない」「ドクターペッパーが欲しい」「ああ、はいはい。ドクターペッパーですね」 ネックレスが光を発すると、双子から満足げな溜息が聞こえてきた。「これこれ」「やっぱりこれじゃないと」 遠くで行われている海戦の音はまだ止んでいない。ネックレスはめげずに話を続けた。「話の腰を折られましたが、気にせずに話を続けましょう。電子レンジは東芝製のでっかくて黒くて古くてゴツイやつでしたが、私は家電マニアではないので詳しい型番を知りません。とにかく、天使は私をその電子レンジに入れると、扉を閉めてボタンを操作しました。ブーンという嫌な音を立てて回転テーブルが回り始めました。私の黄金の殻がマイクロウェーブに反応してバチバチと音を立て始めました。その時の私は自分自身のことを神と信じていたわけですが、神の身でありながら死の恐怖を覚えました。窓の外では私の天使と黒ずくめの女とが掴み合いの喧嘩をしていました。どうなることかと思っていると、次第に意識が遠くなり、気が付いた時には緑豊かで涼やかな風が吹き抜ける、あの場所にいたのです」 命賭が言った。「それが、私たちの高校だったわけだね」「そうです」とネックレスが答えた。
「それは電子レンジじゃなくて、転送装置だったのよ」と突然声がした。その声の主は天使だった。天使は「ふわあ」と大きなあくびをし、手を上へと伸ばした。「ゴン」という音がして手が繊維強化プラスチック製の天井にぶち当たり、天使は「いてっ!」と声をあげた。天使は痛みを誤魔化すように手を振ると、また続けて言った。「あの女、私から逃げられないと悟ったらすぐに『オルガノン』を転送装置に入れたのよ。私と取っ組み合いをしている間に『オルガノン』はどこかに行ってしまった。あの女、下界に降りてからたっぷり休息をとったせいか、妙に元気で本当に手こずったわ……まあ私は柔道3段だから普通に勝ったけどね。女を取り押さえてから転送先を確認したら、そこには『天国』と書いてあったの」 マルタが口を挟んだ。「天国? なんで天国に送ったはずがうちの高校に来たのよ?」 危懼子が天使の代わりに答えた。「ああ、分かりましたわ。おそらく、私たちの高校の名前が関係しているのでしょう。ほら、私たちの高校は『都立西方浄土高等学校』ですから。仏教において西方浄土は極楽を意味します。キリスト教の天国と仏教の極楽は異なりますが、まあなにか手違いがあったのでしょう」
天使は頷いた。「そう、あの女は自分が
天使は冷蔵庫を開けると、中からカラスミとワンカップ大関を取り出した。天使は一人で酒盛りを始めた。「ここまでの情報を解析するのに半時間くらいかかった。私は『オルガノン』が東京都杉並区の『都立西方浄土高校』へ送り込まれたことを知ったわ。私は迷った。捕縛した女を先に天国へ送還するか、『オルガノン』の回収を優先するか。こういう時、私の他に人がいれば良いんだけど、うちの職場は人手が足りてないから……結局、私はまず『オルガノン』を回収することにしたわ。だって『オルガノン』に何かがあったら下界が大変なことになるからね。私は急いで前橋駅に出てJR
「いや、あんた天使なんだから飛べば良かったじゃない」と魔女が言った。「その翼は何よ、飾りなの?」 天使はカラスミを齧り、ワンカップ大関をぐびりと一口飲んでから、頭をぽりぽりと掻いて答えた。「いや、そのね……最近運動不足で、飛んで群馬から東京まで行くのには自信がなかったの……逆にあなたたちに訊くけど、たとえばあなたたちが魚から『足があるんだから歩いていけば良かったじゃないか』と言われたとしてさ、群馬から東京まで歩くことってできる?」 天使はワンカップ大関を飲み干し、また冷蔵庫を開けて、別のワンカップ大関を取り出した。「で、吉祥寺に来たら、オルガノンがネックレスになってるのを発見したってわけ。ねえねえ、どうしてオルガノンがネックレスになったの?」 命賭が天使に対して答えた。「それはね、黄金のカタツムリがマイマイカブリに……」 天使は熱心に命賭の言うところに耳を傾けた。危懼子はネックレスに尋ねた。「それで、話はまた元に戻りますが、どうして私たちは群馬県へ行かねばならないのですか?」「それは……」 ネックレスは答えようとした、その瞬間だった。
「大変だ!」と突然月が叫んだ。「なに? 今度は何なの?」とマルタが疲れたような声をあげた。事実、彼女は疲れ切っていた。月は構わずにまた叫んだ。「テレビ! テレビをつけてごらん! 大変なことになってる!」「どれどれ」 後部キャビンの天井近くに備え付けられているテレビへとメイドは手を伸ばし、スイッチを入れた。液晶式と違い、ブラウン管式のテレビは画面が映るまでに時間がかかる。「じれったいわね。これだから昔のテレビは……」と魔女が言った。その数秒後、テレビはある光景を映し出した。
そこには、カピバラたちと争いながらキャベツを貪り食っている白衣の女が映っていた。その顔は、今カラスミを齧りながらワンカップ大関を飲んでいる天使とそっくりだった。
(つづく)
次回もお楽しみに!(ちゃんと終わるのかよこれ……)
※「海原の 道遠みかも 月読の 光少き 夜は更けにつつ」 斎藤茂吉の『万葉秀歌』によると、「海岸にいて、夜更けにのぼった月を見ると、光が清明でなく幾らか霞んでいるように見える。それをば、海上遥かなために、月もよく光らないというよう、作者が感じたから、こういう表現を取ったものであろう」とのことです。作者不詳。