【完結】都立西方浄土高校女子だらだら部部長にして華麗なるお嬢様崋山危懼子ならびにその他女子部員らの活動記録、あるいはなぜだらだらの日常はあっけなく崩壊したかということに関する簡潔な報告   作:ほいれんで・くー

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第2話 かたつむり そろそろ登れ 富士の山

「はい、おしまい! もう全部おしまいでーす!」

 

 謎の声はどこか投げやりな雰囲気を纏っていた。男とも女とも若いとも老いているともとれない微妙な響きを持つ声だった。江戸時代の人間ならばおそらく幽玄めいた何かをその声に感じたのであろうが、あいにく女子だらだら部の五人の少女たちは現代っ子であるがゆえそのような感性は持ち合わせていなかった。

 

 はたして「もう全部おしまい」とはどういう意味であろうか。危懼子(きくこ)は疑問を覚えたが、その直後に彼女の心の中へとやってきたのは苛立ちであった。「ぎゃあぎゃあ(わめ)くな!」 そのように彼女は言いたかった。しかし、そんなことを公言するのはお嬢様としての沽券(こけん)にかかわる。金銭的に貧しいのは美徳の一つとも世間では見なされるが(ただし大人の場合しっかりと納税していることが前提となる)、精神的に貧しいと見なされるのは体面として致命的である。

 

 苛立ち紛れに口から出そうになる言葉を抑えるため、彼女はあえて殊勝なことを言ってのけた。

 

「私は心が広いので次のようなことは申しません。つまり『もう全部おしまい!』と恥も外聞もなく喚き散らすようなやつは真剣に生きていない、ないしは根性が足りていないだとか、喚き散らせるのならばまだ余力が残っている、本当に全力を出して余剰の力一切なしという時になって初めて声というものには説得力が生まれるが、この声にはそういう類の切迫した説得力が欠けているだとか、そういう血も涙もないことは私申しませんわ。ええ、申しませんとも。良いではありませんか、弱音を吐いてしまっても。ちょっとでも辛いとか苦しいとか感じたら、すぐに弱音を吐けば良いんです。それが長生きのコツですし、理想的なだらだらとも言えます」

 

 いざこのように言ってみると自身本当にそのように思えてくるのが危懼子には不思議だった。

 

 命賭(めと)は危懼子の言葉に対して表向き感心したような表情を見せた。

 

「ほほーう」

 

 それなりに付き合いの長い彼女は現在の危懼子の内心をある程度見抜いていたのであるが、それを正面から指摘しないのは彼女が優れただらだらであるからだった。

 

「随分と物分かりが良いことを言うねぇ。流石は部長。貫禄があるねぇ。まるでそう言いたいのをあえて我慢して正反対の意見を陳述しているような、そういういじらしさが危懼子ちゃんにはある」

「お褒めに与り恐縮……と申し上げたいところですが、『貫禄がある』っていう言葉には少し反論したいところですわ。なんだかそれだと私が太いみたいではありませんか。こう、なんというか、物理的に太い。オレンジ色の中央線の車両みたいにごん(ぶと)い感じですわ」

「いいんじゃない、物理的に太くてもさ。痩せてると遭難して絶海の孤島に漂着したり核戦争で世界が滅亡した後で大変だよ。前になんかの本で読んだけど、太っている人間の方が極限状態下では生き残りやすいんだって。ポリネシア民族は丸木舟で広大な太平洋を旅したんだけど、太りやすい人、食べたものを脂肪として蓄えやすい人が結果的に生き残ったんだってさ。こう考えると『貫禄がある』って言葉、すごく良いね。精神的にも物理的にも相手を褒めることができる。短い言葉で。言葉が節約できるから、言語の経済性という観点から見てもちょうど良いんじゃない?」

 

 ここでマルタが横から口を出した。

 

「あれ? アンドレ・マルティネが説くところの『言語の経済性の原理』ってそういう意味じゃなかった気がするけど……」

 

「アンドレ・マルティネはフランスの言語学者。かのアントワーヌ・メイエの弟子」と桜子が注釈を入れた。「日本だと『一般言語学要理』とか『言語機能論』とかでその理論を読むことができる。『二重分節理論』だとか、それこそ『言語の経済性』だとか」と薫子が続けた。「でも私たちは一般的な高校生で日々の教科の学習で忙しい。読めない」「私たち、数学と国語と英語と世界史と地理と化学、物理、その他もろもろで毎日殺人的な『お勉強』の嵐」「はたしてこんな教科学習が真の『お勉強』と言えるのか」「私たちはもっと輝くために生まれてきたのではないのか」「募る疑問に私たちの双子生命力(エネルゲイア)は常に枯渇寸前」「だから私たちは沈黙する。しばらくさようなら」「これにて通信を切ります」 双子は勝手に口を出した挙句、勝手に落ち込み、沈黙した。双子はまたもやひしと抱き合った。大きな胸と胸が合わさり、形を変えて潰れた。

 

「なんなのこの双子……日本の双子ってみんなこんなんなの……? ポーランドの双子はもっと常識的よ。はぁ、おうちに帰りたい……」 マルタは呆れた。

 

 命賭はなだめるようにマルタに言った。

 

「まあまあ、どうせ私たち高校生だし、ちょっとでも聞いたことは口から垂れ流さないと気が済まない年頃なんだから、大目に見てよ。シスター・マルタ」

 

 そのように言われるとマルタは目の前に開いていた聖書をバラーっと捲り、目的の箇所を迅速に開いた。マルタはブツブツとその字句を唱えた。

 

「『憎しみを隠す者には偽りのくちびるがあり、そしりを口に出す者は愚かな者である。言葉が多ければ、(とが)を免れない。自分の(くちびる)を制する者は知恵がある。正しい者の舌は精銀である、悪しき者の心は価値が少ない』 あなたたちももう少し沈黙というものの価値を学ぶべきだわ」

 

 通信を切ったはずの双子がまたもや口を開いた。「『箴言(しんげん)』」と桜子。「第10章第18節から第20節」 マルタはうんざりしたような顔をした。「ご丁寧にどうも。いつも出典を言う必要がなくて助かるわ。はぁ、本当に変な双子……」

 

「はい、おしまい! もう全部おしまいでーす!」

 

 突如として、また五人の耳にあの声が響いた。その声が発せられた有様がさながらホラー映画の演出そっくりだったので、五人の少女の美しい背筋にぞわっとした悪寒が走った。声はなおも繰り返された。

 

「はい、おしまい! もう全部おしまいでーす!」

「ええい、うるさいですわね! 成敗するぞコラァ! 踏み潰してやる! 私たちの神聖なるだらだら道を邪魔する奴はこの世から抹殺してやりますわ!」

 

 ここに至って危懼子はお嬢様としての体面も捨てて憤然としてキレた。思わず彼女は手に持っていた新書(例の捏造神学者の本である)を畳に叩きつけようとしたが、せっかく貴重な部費を費やして新しくしたこの青々とした美しい畳を傷つけるのに忍びず、そっと机の上に置くにとどめた。その動作はどこか気品があった。やはり彼女はお嬢様であった。彼女は咳ばらいをすると、四人の部員たちに言った。

 

「行って、声の主を確かめてみましょう。それで、『うるさいからとっとと井の頭公園にでも行ってそこで思う存分叫べ。たぶん警察が来るだろうけど思う存分叫べ』とでも言ってやりましょう」

 

「賛成」と命賭が言った。「この『おしまいです』は明らかにかまってちゃんが言っているよ。しつこいし。『ぼくはおしまいだけどそのおしまいになった経緯について誰か聞いてくださーい』という感じだよねぇ。まあ動物の世界だとしつこすぎるくらいにしつこくないと求愛が上手くいかないらしいけど」

 

 マルタがはぁと溜息をついた。彼女としても危懼子に賛同していた。聖書を読む時は心満たされて、神の愛を感じ、自己に関する省察に耽りたいのに、こうひっきりなしに「おしまいです」などと脳内に響くのは耐え難いものがあった。加えて、久しぶりに日本という異国の地で母語であるポーランド語が聞こえてきたのに、それが「おしまいです」などというネガティブ極まるものでは彼女の鬱っぽい気持ちはますます落ち込むのであった。

 

「私も賛成。さっさと見つけ出してやりましょう。でも、この声って明らかに普通じゃないよね? 声もなんかおかしいし、聞こえ方が人それぞれで異なるし。もしかしたら声の主が人間ではない可能性だってあるわ。幽霊(duch)とかだったらこっちとしては手も足も出ないじゃない。そういう存在をどうやって見つけ出したら良いのかしら。ああ、祖国ではこんな怪奇現象は起こらなかった。祖国は神様に守られていた。ああ、おうちに帰りたい……」

 

 懸念を表明するマルタに対し、危懼子は自慢げに堂々と大きく胸を張った。大きく張られた彼女の胸はそもそもあまり大きくなかったので、胸を張った危懼子は危ういところで胸の怪物になることを免れた。

 

「心配無用、シスター・マルタ! こんなこともあろうかと、私は双子をこの部にスカウトしておいたのですわ。しかも比較的ありふれている二卵性双生児ではなく、正真正銘の一卵性双生児の双子を! さあ、双子! 桜子様、薫子様! 双子に特有の超自然的直感力(なんかものすげぇテレパシー)で声の主の居場所を指し示しなさい!」

 

 しかし、双子の反応は鈍かった。抱き合っていた双子はじっとりとした粘度の高い視線を危懼子に向けると、また自分たち同士で見つめ合い始め、手遊びを交えつつ、何かごにょごにょとした不可解な言語で話し合いを始めた。

 

「なにやってるの、あれ?」 マルタがそう言うと、命賭が説明した。「あれは石畳(いしだたみ)家の双子に特有の言語だよ。二人だけで何か相談する時は双子言語を話すの。傍から聞いているとプロキシマ星系から飛来した宇宙人が仲間の宇宙人と小惑星の資産価値について相談しているようにしか聞こえないよね」

 

 数分が経ち、双子の間で結論が出たようだった。双子はすっくと同時に畳から立ち上がると、危懼子、命賭、マルタの三人に対し、軽く手で部室を出て行くように促した。

 

「やはり双子は素晴らしいですわ」と危懼子は言った。「双子は現代に残された神秘。双子には計り知れない力がある」 命賭が懐疑的な表情をした。「それは双子という存在を買い被りすぎじゃないかなぁ。生物学的に見れば一卵性双生児は同一の遺伝子情報を持つ二つのヒトの個体でしかないわけじゃない?」 危懼子は首を振った。「このあいだ私が吉祥寺(きちじょうじ)で財布を落とした時も、たまたまあの双子がいてくれたからすぐに見つけることができたのですわ。あの時に私は双子の力を確信しましたの」 興味を惹かれたマルタが言った。「へえ、どんなふうに双子は財布を見つけたの?」 危懼子はなんということはないふうに答えた。「双子は真っ先に交番へ向かったのです。財布はそこにありました。私はアトレのトイレにあると思っていましたのに……ほらね? 双子の直感力には神秘的な色彩があることがこれでお分かりになりましたでしょう?」 マルタはまた溜息をついた。「あぁ……そうね……すごいわね……」

 

 双子は部室を出ると、廊下を進んでいった。三人もそれに続いた。廊下の床は薄青色に塗装されており、ワックスは剥がれかかっていた。ところどころに黒い線が走っている。誰かが廊下を走っている時に急ブレーキでもかけたのだろう。節電のため、照明は切ってあった。薄暗い空間のどこかから軽音楽部の演奏が聞こえてくる。「禁じられた遊び 愛のロマンス」だった。「私、この曲好きですわ」「ミッシェール! ミッシェール!」 危懼子と命賭の軽口にマルタは加わらなかった。マルタは溜息をついた。「はぁ」

 

 双子は迷うことなく歩を進めていく。階段を降り、一階に行き、ロビーと休憩場所を兼ねた大きなエントランスをくぐって二人は外へ出ていった。どうやら中庭へ行くようだった。三人もそれに続いた。他に生徒の姿は見られなかった。

 

 もう何度目になるか分からない声が五人の頭の中に響いた。

 

「はい、おしまい! もう全部おしまいでーす!」

 

 命賭が口を開いた。「むむ? ちょっと声が大きくなったかな?」 危懼子もそれに頷いた。「ええ、はっきりと聞こえるようになりましたわ。少なくとも幽霊っぽさはなくなりましたわね」 マルタが言った。「声の主に近づいているということかしら」

 

 ちょうど季節ということもあり、中庭の樹々は鬱蒼と生い茂っていた。中央部にはレンガ造りの噴水があり、その見た目はなかなか悪くない。噴水は夏になるとボウフラの巣窟となるので生徒からは嫌われているが、その噴水の前で告白をすると恋が成就するという言い伝えもまた生徒に信じられていた。高校生は実にピュアな心を持っているのだ。

 

 噴水と緑濃き樹木の庭園はさながら緑の楽園だった。都立西方浄土高校が学校紹介パンフレットを作る時は、必ずこの中庭の写真が載せられるほどである。「またここの写真かよ」とはOB、OGなら必ず一度は口にする言葉である。

 

 双子はずんずん奥へ進んでいった。しかし、中ほどまで来て急に足を止めた。「どうしたんですの?」と危懼子が声をかけると、薫子の方が先に口を開いた。「燃料切れ、行動不能」 桜子が続いた。「至急燃料補給を要請する」 そう言うと双子は立ったままひしと抱き合った。燃料が補給されない限り一歩も動かないという固い決意が感じられた。

 

「燃料っていったい何なの?」 マルタが言うと、命賭が答えた。「この双子が好きなのはドクターペッパーだよ、文化部棟の一階の自販機にあるから、私が今買ってくるね……」 走り去っていく命賭を見つつ、危懼子はマルタに言った。「そういやこういうのも経費として計上できるのかしら?」「さあ……私にそういう難しい話をしないで。私は(ひら)の部員だから」 マルタの目は明らかに疲労感を湛えていた。「はやくおうちに帰りたい……」 マルタのホームシックはやはり割と重症だった。

 

「はい、ドクターペッパーだよ」

 

 命賭はドクターペッパーを一本しか買ってこなかったが、双子にとってはそれで良かった。「ありがとう、命賭」と桜子。「これで燃料が入る」と薫子。二人は一口飲むたびに缶を相手に渡し、ちょうど正確に半分ずつ缶の中身を飲み干した。空き缶をゴミ箱に放り込むと、二人は縁石を乗り越え、樹木の立ち並んでいる草地へと足を踏み入れた。危懼子ら三人は一瞬だけ躊躇したが、何も言うことなくそのまま続けてその場所に入った。

 

 草地を行くこと数分が経った。「あ」と双子が同時に声をあげた。怖いものでも見たのか、二人は抱き合っている。

 

「どうかしましたの!?」と危懼子は声を上げると、自慢の脚力(彼女の50メートル走の記録は8秒57であった)を駆使して双子に駆け寄った。命賭とマルタも続いた。

 

「あれを」と桜子が指さした。「見て、岩の上」と薫子も同じところを指さした。危懼子と命賭とマルタは、その指さす方向へ視線を向けた。

 

 ついに声の主が見つかる。危懼子にとって、その一瞬はぞくぞくとした高揚感と不安感とによって心地よく感じられた。

 

 それは、そこに確かにいた。小さいながらも兀突(ごつとつ)とした岩の上にいた。

 

「はい、おしまい! もう全部おしまいでーす!」

 

「カタツムリ?」と危懼子が首を傾げつつ言った。

 

「うわぁ、かわいい。カタツムリだぁ」と命賭は喜んでいた。命賭は生き物ならばなんでも好きな性質(たち)である。

 

「しかも黄金に輝いているわね……」 あまりありがたくなさそうにマルタが言った。マルタは黄金色がさほど好きではなかった。

 

 双子が口々に言った。というより、歌っていた。「デンデンムシムシ♪」「かたつむり♪」「お前の財布はどこにある♪」「(カネ)出せ(ゼニ)出せクレカ出せ♪」

 

 カタツムリは日本の関東地方でごく一般的に見られる、普通のミスジマイマイだった。しかしカタツムリは巨大だった。野球ボールほどの大きさだった。しかもその殻は黄金色に輝いていた。大きな殻の後ろから超自然的な存在から祝福を受けているかのように後光が差しており、一種荘厳な雰囲気をあたりにもたらしていた。現代っ子であるがゆえに敬虔さというものをろくに持たない五人も、このカタツムリを見て口を閉じ、取り囲むようにして静かに立ちつくしていた。

 

 黄金のカタツムリは五人が来るのを待っていたようだった。カタツムリはうねうねと触覚を動かしながら、どこかぞんざいな口調で言った。

 

「はい、おしまい! もう全部おしまいでーす!」

「あの、どうして全部おしまいなのかしら? というより、あなたはなんなんですの?」

 

 危懼子がそのように問うと、黄金のカタツムリはのろのろと動いて体の向きを変え、例の聞く者にとってあまり気分が良いとは言えない声を発した。

 

「素敵なお嬢さん、この私の声を聞き、この私を見つけて話しかけるとは、なかなかできますね。今の世の中にはあなたのような人間がものすごく少なくなってしまった……そう、だらだら人間が……」

 

 双子が抗議した。「見つけたのは私たち」「私たち双子があなたを見つけた」「私たちの生体レーダーのおかげ」「危懼子は何もしてない」

 

 危懼子は両手を振り上げて双子に威嚇をした。「フシャーッ! しばし黙れこの双子共が! 今はこの黄金のカタツムリに集中しなさい!……ごほん、失礼しましたわ。ところで、私は崋山危懼子、こちらの小さくて眠たそうなのが馬場命賭。このポーランド人はシスター・マルタ。この発育過剰な一卵性双生児は石畳桜子と薫子ですわ。改めてあなたのお名前を窺ってもよろしいでしょうか」

 

「名、ですか……」

 

 黄金のカタツムリはどこか遠い目をした。薫子が持っていた爪楊枝で目を突くと、目は即座に引っ込み、また外に出てきた。桜子が同じようなことをしようとすると、さすがにカタツムリは不快そうな身振りをした。双子は今度は弁えて動かなかった。黄金のカタツムリはまた話し始めた。

 

「あなた方人間のような名を私は持ちませんが、それに近い呼び名は持っています」

「それは?」と危懼子が訊いた。

 

 その時、黄金のカタツムリは樹々の間から降り注ぐ午後の柔らかな黄色い陽光を浴びて、一層荘厳に輝いた。そして、彼は重々しく言った。

 

「私は神です」

 

 しばらくの間、沈黙があたりを支配した。カタツムリは沈黙の持つ効果を充分に確認した後、また話し始めた。

 

「そして……はい、おしまい! もう全部おしまいでーす!」

「えええ……」

 

 唖然とする五人の前で、神と名乗る黄金のカタツムリはカタツムリらしからぬ気色悪い素早さで岩を上り下りし、また岩を上り下りし、「はい、おしまい! もう全部おしまいでーす!」と絶叫を続けた。

 

 桜子が言った。「かたつむり そろそろ登れ 富士の山」

 薫子が続けた。「小林一茶」

 

 爆速で動き回りながらカタツムリは絶叫を続けている。

 

「はい、おしまい! もう全部おしまいでーす!」

 

 一方で危懼子はキレていた。憤怒を撒き散らしていた。

 

「うっさいですわ! 静かになさい! この軟体動物が!」

 

 命賭はじっとカタツムリを観察していた。手にはスマホを持っている。彼女は写真を何枚か撮った。

 

「この子、家で飼えるかなぁ。LINEでマザーにきいてみよっと」

 

「はぁ……なに、この……なに? あぁ、はやくおうちに帰りたい……」

 

 切なる思いのこもったマルタの言葉は喧騒の中でふわりと浮かび上がり、虚空へと消えていった。

 

(つづく)




次回をお楽しみに!
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