【完結】都立西方浄土高校女子だらだら部部長にして華麗なるお嬢様崋山危懼子ならびにその他女子部員らの活動記録、あるいはなぜだらだらの日常はあっけなく崩壊したかということに関する簡潔な報告   作:ほいれんで・くー

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第5話 もっと光を

 ものの本によると、アメフトで用いられるアメフトボールの大きさはだいたい直径28センチ、長い方の外周はだいたい71センチ、短い方の外周はだいたい52センチである。だいたいというのは、つまりだいたいという意味である。正確な数字を知っているのはアメフトボールの職人、あるいはアメフトボールの3Dモデルを作ろうとする3Dモデラーくらいなものだろう。熱心なアメフトプレイヤーでもボールに関する細かな数字を知っている者はごく少数であると思われる。たとえば、将棋の駒の正確な大きさを知っている将棋指しがいったいこの世にどれくらいいるだろうか。ちなみに駒は王将が一番大きく高さだいたい31ミリ、幅28ミリ。歩が一番小さく高さだいたい27ミリ、幅22ミリである。このような知識をいくら蓄積しても教養にはなり得ない。少なくとも将棋は強くならない。残念なことだ。

 

 アメフトボールの重さはだいたい400グラムから420グラムである。だいたい硬式野球ボールの2.7倍の重さであるが、スポーツをいっさいやらないインドア派、光を嫌い暗がりを好む文系あるいは理系、またはスマホとゲームが大好きな21世紀型人間には今一つぴんとこない数字であろう。一円玉400枚分の重さと言われたほうがまだ分かりやすい。逆に考えれば400グラムの重さのものの例を出す時には「だいたいアメフトボール一個分」と言えば良いことになる。ものは言いようだ。それに日常生活で「400グラムってだいたいどれくらいの重さ?」と訊かれることなどほぼあり得ないから安心して良い。可愛いが意地悪な彼女・彼氏がそのように尋ねてきたら、堂々と胸を張って言えば良い。「それはアメフトボール一個分に匹敵する」と。

 

 アメフトボールの素材は革である。アメリカ英語の俗語で「pigskin」と言えばこれは「アメフトボール」を意味するが、今日の世界において豚の革が素材に用いられることはない。主に牛の本革か、あるいは合成皮革が用いられる。豚の神様はただでさえ可愛い我が子らが人類によってソーセージにされたりハムにされたり角煮にされたりすることにあまり良い感情を抱いていないので、現在豚の革がアメフトボールの素材に用いられていないのは実に良かったと言える。そうでなければ豚の神は激怒して天上の豚の楽園から豚の大軍勢(レギオン)をこの世界に送り込んだであろう。豚は怒りの生き物だからである。

 

「あっ」 アメフトボールが飛来した時、女子だらだら部の五人の少女たちはいっせいに間の抜けた声を上げた。五人とも「きゃあ」とは言わなかった。危懼子は「きゃあ」と叫ぶにはあまりにもお嬢様であったし、命賭は年齢に比して強大な胆力を有しているためボールが飛来したぐらいでは悲鳴を上げない。双子は外界に対して元から関心が薄く、関心が薄いゆえに悲鳴という外界への反応も見せない。五人の中で一番悲鳴をあげそうなのはマルタであり、実際飛来したボールは彼女の長い金髪をあと数ミリのところでかすめたのであるから彼女には立派に悲鳴をあげる権利があったのだが、彼女は重いホームシックであるため悲鳴をあげることができなかった。ホームシックの人間には悲鳴をあげる力すら残されていないのである。

 

「あっ」 だいたい直径28センチ、重さ400グラム、合成皮革製のアメフトボールが、今まさに黄金のカタツムリの最後の軟肉(やわにく)の一切れに消化液を注入せんとしていたマイマイカブリを完全に圧し潰した時も、少女たちは「きゃあ」と言わなかった。感動詞の一つである「あっ」としか彼女たちは言葉を発さなかった。そして、やはりマルタは流石に日本語上級者と言えた。というのは、ポーランド語で日本語の感動詞「あっ」に相当するのは「och(オフ)」あるいは「ojej(オイェイ)」であるのだが、彼女はその時完璧な発音で「あっ」と言ったからである。それほどまでに完璧に日本語を操れるという事実こそがマルタのホームシックを一段と加速させている一大要因であったのだが、気の毒なことに彼女はそれに無自覚であった。

 

「ぐぎゃあ!」 アメフトボールがそこに落ちたのはまったくの偶然であったが、まるで悪意を持った神が狙いすましたかのようにボールは正確にマイマイカブリに命中した。

 

 英雄的な精神とそれに見合った尊大な口調とを有していたマイマイカブリであったが、突然訪れたその生の終幕においては「ぐぎゃあ!」という、あたかもバトル漫画などで主人公に惨殺されるザコ敵のようなやられボイスしか発することができなかった。彼は英雄であるがためにこれまでおのれの死を意識したことはほとんどなく、そうであるから死に(さい)してどのような言葉が最もふさわしいか考えたことすらなかった。(つね)日頃の修養こそが良い死に様を約束するという良き教訓として銘記すべきである。

 

 飛来し、マイマイカブリを圧し潰し、また跳ねたアメフトボールは、勢い良くまたどこかへと跳んでいった。「ガサッ」とボールが当たった梢が鳴った。その不規則な軌道こそアメフトボールの本領であった。かつてカナダ人地質学者レジナルド・デイリーは「月の誕生は天体衝突によるものである」とする「ジャイアント・インパクト仮説」を提唱したが、おそらく彼の念頭にあったのはこのアメフトボールの跳ね方であろう。アメフトボールのような天体が地球に衝突した後、また不規則な軌道を描いて宇宙のどこかへと跳んでいったと彼が考えても不思議ではない。しかし残念ながらこれは妄想の類に過ぎない。信じてはならない。そもそも彼はカナダ人であり、アメフトにそこまで愛着がなかった可能性も充分にある。

 

「アメフトボールがマイマイカブリ様を圧し潰しましたわ!」 危懼子はそう言った。目の前で現に展開されている事態を正確に、かつ端的に言葉に出して表現することは正しい認識の大前提である。危懼子はその前提に従ったに過ぎない。「ここから練習場までけっこう距離があるんだけどねぇ、だいたい100メートルくらいかな」と命賭が感心したように言った。「可哀想に、完全に潰れてるわね」とマルタが至極気の毒そうに言った。事実、彼女は本当にマイマイカブリのことを気の毒に思っていた。先ほどまでは「日本(ヤポニア)の気色悪い虫」としか彼女は思っていなかったが、その死に対しては素直に悲しみの念を抱いた。彼女は優しい性格をしていたからである。双子の反応はいつもどおりだった。「アメフトボールではなく」と桜子が言った。「ラグビーボールだったのなら」と薫子が続けた。「マイマイカブリもワンチャン(もしかしたら)死ななかったかも」 二人は仲良く声を合わせて言った。

 

 しかしながら、マイマイカブリは死んでいなかった。「ぐ、ぐおおお……」と彼は呻き声を上げた。「うわ!」 少女たちは叫んだ。この世のありとあらゆる虫が瀕死の際にこのような呻き声を上げることができるのならば、きっと昆虫大好き少年(昆虫大好き青年も老年もいるが)によって殺戮される虫の数も減ることだろう。それほどまでにその呻き声は恐ろしかった。

 

 ボトリと音を立てて、黄金のカタツムリの殻がマイマイカブリの頭部から落ちた。「コロリ」ではなく「ボトリ」というところにその殻の有する重量感が表れていた。マイマイカブリはさながら玉座の上にあって反逆者に討たれ、王冠を落とした王のようであった。その後胸部(こうきょうぶ)と腹部は見るも無残に潰れていたが、辛うじて頭部と前胸部(ぜんきょうぶ)(かぶ)っていた殻のおかげで無事だった。それゆえ彼は未だに生命を保っていたのである。マイマイカブリは潰れた身体から生えている、見る者に嫌悪感を催させる細長い脚をしばらく動かした。そうすることでまだ己に余剰の生命力があるか否かを確かめようとしているようだった。しかしそれは今度こそ訪れる確実な死を早めることにしかならなかった。

 

「私は……し、死ぬのか……!?」

 

 死。死である。(さみ)しく、重く、闇よりも黒い死の実感が、マイマイカブリの精神の中にじんわりと満ちた。無念だ。マイマイカブリはそう思った。しかし無念でありつつも、どこか爽やかな達成感もまた確かにあった。彼はその生を精一杯生きた。何事もなし得なかった生であったかもしれないが、何事かをなそうと必死に戦った。その事実が、彼に達成感をもたらしたのであろう。もし笑えるのならば彼はきっと莞爾(かんじ)とした笑みを浮かべていたに違いない。彼はその頭部を、あたかも最後の抵抗を試みるように、己へ突然の死をもたらした憎き天へと向けた。

 

 そしてその英雄的な生の締めくくりに相応しく、気高く誇示するように大顎を開いて、威厳に満ちた声で言った。「つひに行く……」 そこまで言ってから再び彼は沈黙した。

 

「あっ、辞世の句を残そうとしてる!」と命賭が言った。危懼子がぴりっとした口調で言った。「傾聴!」

 

「そういえば」 マルタが不思議そうな顔をした。「なんで『辞世の句』っていうのかしら。『句』は『俳句』のことを指すんでしょう? 五七五の俳句を。でも日本人が『辞世の句』と言う時には明らかに俳句だけじゃなくて、和歌も狂歌も、それに漢詩も、時には『()』すらも含まれるじゃない。前からけっこう不思議に思っているのよ」「それは今度時間のある時に、古文の先生にでもおききになってくださいまし」 危懼子が神妙な顔をして言った。「今はマイマイカブリ様の最期の言葉を聞きましょう。だらだらと」「そうね、だらだらとね」 マルタは頷いた。

 

「つひに行く……」とマイマイカブリはもう一度言った。今度は淀みなく言葉が続いた。「道とはかねて……聞きしかど……昨日今日とは、思はざりしを……」 マルタは双子を見た。双子は口を開いた。「在原業平」と桜子。「『古今和歌集』、あるいは『伊勢物語』」と薫子。「パクリだ」「辞世の句をパクった」 二人は残念そうに首を振った。「しかし虫であるゆえ仕方ない」

 

 マルタが双子に尋ねた。「この歌の、だいたいの意味は?」 双子が答える前に危懼子が口を開いた。「つひに行く 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思はざりしを。『誰もが最後に行く道、つまり死のことは前々から聞いていましたが、まさか自分にとっての死が昨日今日のようにすぐそこへ迫ったことであるとは思ってもみなかったなぁ』という、だいたいそんな意味の歌ですわ」 危懼子はお嬢様であるから和歌に関する造詣が深かった。お嬢様という存在は古今東西の詩歌に通じているものである。「なるほど」とマルタが言った。「たしかにアメフトボールに潰されるなんて、思ってもみなかったでしょうね」

 

「がっくり」 マルタの言葉が終わると同時に、マイマイカブリはうなだれ、ついに絶命した。彼の魂は天へと昇って行った。その天はおそらく美味しいカタツムリでいっぱいであろう。

 

 その次の瞬間であった。潰れたマイマイカブリの体から、眩い光が発せられた。黄金色の光だった。五人の少女たちは突如として発生した光によって暴力的に網膜を焼かれ、一斉に「うわ、まぶし!」という声を上げた。

 

 光はしばらくの間、周囲に満ち満ちた。少女たちは光を追い払うかのようにもう一度言った。「うわ、まぶし!」 光は戸惑ったようにその場にとどまった。半信半疑という感じだった。光は己が光であるがゆえに誰からも拒絶されることはないと信じていたようだった。「うわ、まぶし!」 少女たちはまた言った。光は今度こそ自分が拒絶されたことに気づいたようだった。光は泣くような軌跡を描いて、球体となって辺りを飛び回った。

 

 物理現象を無視したその振舞い方からして、明らかにその光はただの光ではなかった。数秒後、光は我慢できなくなったかのように、破裂した。破裂して撒き散らされた無数の光の粒子が、マイマイカブリの潰れた死体と黄金のカタツムリの殻が転がっているその岩から緑地全体へと、また緑地全体から中庭全体へと、そして都立西方浄土高校の敷地全体へと広がっていった。その時、その場にいたすべての人々が同じように「うわ、まぶし!」という声を上げた。

 

 光はますます拡散していった。西方浄土高校が所在する杉並区全体へ、また杉並区から排気ガスにまみれた東京都全体へ、未開の地(最後のフロンティア)群馬県を含む関東地方全体へ、死にそうな顔をして働く人々が死にそうな顔をして職場を這いずり回っている日本全体へ、日本全体から世界有数の工業地帯である東アジア世界全体へ、そしてだいたい80億の人間が悲喜こもごもに住んでいる地球全体へと、光は拡がっていった。80億の人びとがほぼ同時に声を上げた。「うわ、まぶし!」 その「うわ、まぶし!」は人類が話す総数だいたい6900種類に及ぶそれぞれの言語によって発音された。

 

 数十秒か、あるいは数分が経ったのであろうか。時間の感覚を曖昧にするほどに強い光はやがて消えた。危懼子は目を(こす)った。他の四人も目を擦っていた。

 

 その時、なぜか全員がぶるっと体を震わせた。不吉な予感だった。全世界の人間が同じ時、同じように体を震わせたことを彼女たちは知らなかった。危懼子が虚勢を張るように軽口をたたいた。「天地開闢(かいびゃく)以来の光でしたわね」 危懼子がそのように言うと、マルタが答えた。「『神は光あれと言われた。すると光があった。神はその光を見て、良しとされた。神はその光と闇とを分けられた』」 桜子が口を開いた。「『神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた』」 薫子が続いた。「『夕となり、また朝となった。第一日である』」 双子は声を合わせた。「『創世記』第1章第3節から第5節」

 

「そうなると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」 命賭は、自分自身でそう言っておきながら、何かその言葉によって背筋が凍るような思いがした。危懼子が尋ねた。「その……それは、どういう意味ですの?」 命賭は答えた。「いやさ、聖書だと『光あれ』で世界の第一日目が始まったじゃない? ならさ、今の光が危懼子ちゃんの言うように『開闢(世界が始まって)以来の』光なら、さっきの光が新しい世界の第一日目の始まりを意味しているんじゃないかって」

 

「それなら新しい世界ってなんですの?」と危懼子は憤然として言った。「食べてもお腹が減らなくなり、貧乏な人は金持ちに、性格の悪い人は聖人になり、じいさんは男の子に、女の子はばあさんに、一万円札は性別を有するようになって生殖し増殖し、吉祥寺(きちじょうじ)のアトレはマジノ線に、京王井の頭線は万里の長城にでもなるのかしら?」「そこまでは分からないよぉ」 命賭は誤魔化すように頭をかいた。

 

 マルタがじっと考え込むように言った。「イエス様は新しい世界について山の上でこうおっしゃられたわ。『こころの貧しい人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである。悲しんでいる人たちは、さいわいである。彼らは慰められるであろう。柔和な人たちは、さいわいである。彼らは地を受け継ぐであろう』」 双子が言った。「『マタイ福音書』第5章第3節から第5節」 マルタは解説するように言った。「イエス様は新しい世界について、少なくともアトレがマジノ線になるとはおっしゃってないわね」

 

「おっしゃっていたらたまったものではありませんわ」と危懼子は言った。「アトレがマジノ線化したらK陽軒の月餅(げっぺい)が買えなくなりますもの」 命賭が面白がっているような口調で言った。「月餅を買うために兵隊がマジノ線のトーチカに向かって突撃するの?」

 

「『私の財布は爆薬、私のクレカは火炎放射器、私の口座は弾薬庫ですわ』」 危懼子の言葉を聞いてマルタは反射的に双子を見た。双子は静かに左右に首を振った。「いや、今のは」「あきらかに危懼子のオリジナル」「考えなくとも分かるでしょう」 マルタは負け惜しみのように言った。「別に私だってそんなことくらい分かっているわ! ただ、あなたたち双子がいつも注釈だの出典だのをすぐに補足するから、なにか名言っぽいものが出てきた時は反射的にあなたたちを見る癖がついてしまったのよ!」 双子は頭をさげた。「なんかごめん」

 

「どうもねぇ、私は」と命賭が気を落としたように言った。「さっきの光がもし新しい世界の始まりだとしてもだよ、その新しい世界について、残念ながらイエス様の言うようにはならないと思うんだよねぇ」 マルタはその言葉に反論しようとしたが、口を(つぐ)んだ。全員が同じことを感じていた。

 

 さっきの光は、新しい世界の始まりだとしたら、明らかに不吉な感じだった。

 

「パンドラの壺かもしれませんわね。マイマイカブリ様の死体から光になって飛び出したものは、ありとあらゆる悪いものだったのかもしれない」 潰れたマイマイカブリの死体を見ながら危懼子が言った。「壺? 箱じゃなくて?」と命賭が訊いた。危懼子はふふんと自慢げな口調で答えた。「ヘシオドスの『労働と日々』にはちゃんと書いてありますわ、パンドラの『壺』と」

 

 マルタはその危懼子の言葉を聞いて反射的に双子を見た。その時、双子は何やら謎の言語でぼそぼそと話し合いながら手遊びをしていた。二人はまったく危懼子の話を聞いていなかった。危懼子は話を続けた。「後の時代になってエラスムスが『壺』を『箱』に訳し直したのですわ」「ふーん」

 

「そもそもなんでマイマイカブリの体から光が出たんだろう?」と命賭が言った。「日本の虫って潰れたら光が出るものなの?」 マルタがそのように訊くと、命賭は手を軽く振って(いな)と示した。「やっぱりさ」と命賭は言った。「マイマイカブリが直前に食べていたものが原因だと思うんだよね」

 

「マイマイカブリ様が直前に食べていたのは……」 危懼子は分かりきったことを口にするのがなぜか恐ろしかった。「神。神である黄金のカタツムリ。神にして全知全能である黄金のカタツムリ。その肉を、マイマイカブリ様は食べましたわね」「そう、消化液を注入してね」「肉を溶かして」「ずずずと溶けた肉を(すす)ってね」「生きたままですわ」 マルタが身震いして叫んだ。「やめて!」

 

「こう考えてみると、黄金のカタツムリ様にはやっぱり何か力があったんだと思いますわ。全知全能ではなかったにしても、何らかの力がきっとあった」 危懼子は岩の上に転がっている黄金のカタツムリの殻を拾い上げた。それは野球ボールほどの大きさで、金色の見た目に違わず、ずっしりと重たかった。お嬢様として数々の貴金属製品に触れてきた危懼子にはそれが本物の金(24金か22金)であることが明白に分かった。

 

 渦巻き模様が美しい。その美しさからは、やはり何らかの力が感じられた。「力を持った存在の肉を食らい、その力を受け継いでいたマイマイカブリ様がアメフトボールに潰されて、その力が拡散した。そのように考えるのが一番辻褄が合うような気がしますわ」 危懼子は両手で黄金の殻を(もてあそ)んだ。

 

「ところで」とマルタが言った。「どうして黄金のカタツムリはパラドックスに陥ったのかしら? あれさえ突破できればカタツムリはまだなんとか生き延びることができたと思うんだけど」

 

 双子が口を開いた。「おそらく」「カタツムリが創られた存在だったから」「カタツムリは神だったかもしれないが、創られた存在だった」「神は造物主にして全世界の秩序だが、一方で黄金のカタツムリは神と同等の力を持っていても創られた神に過ぎず」「したがってまた世界の秩序の一部に過ぎなかった」「すべては、『神』という同じ言葉を吟味することなく使ってしまったために生じたコンフュージョン(混乱)のせい」「パラドックスではなく、ただのコンフュージョン(混乱)だった」 双子は声を合わせて言った。「そんなところじゃない? シスター・マルタ」 双子は言い終わった後すぐに抱き合った。難しいことを考えたせいで疲れたようだった。

 

「では、誰が黄金のカタツムリを創ったのでしょう?」と危懼子が言った。命賭がメモを開いて記述を確認しながら言った。「そりゃ、群馬の研究所でしょ?」「群馬の研究所で、確か、天使とかなんとかが」「そう、天使とかなんとか言ってたね」「その天使が群馬県で黄金のカタツムリを生み出した」「そうだったね」「なんのために?」「さあ……そのことについて語る前にマイマイカブリが降ってきたからねぇ……」

 

 危懼子はその手に持っている黄金の殻をじっと見つめた。「やっぱりこれ、パンドラの壺かもしれませんわ」 マルタが怯えたように言った。「じゃあ、さっきのまぶしい光は『疫病』だの『嘆き』だの『困窮』だのといった災いで……」「災い欲張りパック」「あるいは災いスターターセット」 沈黙していたはずの桜子と薫子が口を挟んだ。マルタは無視した。「それじゃあ今、殻の中に残っているのは『希望』かしら」

 

「カタツムリの殻に希望がある。それこそ我が『女子だらだら部』にふさわしいですわ。なんとなく」 晴れやかな顔をして危懼子が言った。ようやく彼女の心の中に何か明るいものが兆したのであった。「これは私たちが責任を持って大切に保管しましょう」

 

 命賭もマルタもぎこちなく笑った。「まあカタツムリだったら『だらだら』じゃなくて『のろのろ』だろうけど」「確かに私たちの部活にふさわしいかもね」 双子も頷いた。「綺麗に洗浄して」「磨いて」「神棚に飾ろう」 命賭が言った。「部室に神棚はないけどね」

 

「そうですわね。殻を洗って、磨いて、神棚に飾りましょう。神棚は新しく作りましょう。それが、死んでしまった黄金のカタツムリ様への何よりの供養になりますわ」 危懼子がそう言うと、マルタも真面目な顔をした。「そうね、私もイエス様にお祈りをするわ」「そうそう、お祈りは大事ですわ」 危懼子がうんうんと頷くと、命賭と双子も同意した。「大事だよね、お祈り」「お祈り大事」

 

「ではさっそく、亡くなった黄金のカタツムリ様の供養を……」

 

 危懼子がそのように言った、その直後だった。

 

「実は、まだ私は死んでいないんですよ」

 

「きゃあ!」 ようやく、五人の少女は悲鳴らしい悲鳴を上げた。

 

(つづく)




次回をお楽しみに!(字数が……減らない……)
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