【完結】都立西方浄土高校女子だらだら部部長にして華麗なるお嬢様崋山危懼子ならびにその他女子部員らの活動記録、あるいはなぜだらだらの日常はあっけなく崩壊したかということに関する簡潔な報告   作:ほいれんで・くー

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第6話 ここでメイドが登場する

「不覚だったよぉ」と命賭が言った。「こういう、『明らかに死んだと思っていた存在が実は生きていて終わりかけになって声をあげる』っていうのは鉄板ネタだった。ホラー映画でもよくあるよね。倒したと思った怪物が実は生きていて声をあげる、みたいなさ」 双子がうんうんと頷いた。「(はなは)だしい例になると」「声をあげて登場人物たちが驚いた後に」「暗転」「『ギャーンッ!』という爆音エレキギターと共に」「突然のスタッフロール」 危懼子が言った。「明らかに続編を意識した終わり方ですわね」 マルタが続いた。「そしてそんなことが続編でも繰り返されて、次第に第一作目で敵だった怪物がメインキャラになり、人気になって」「スピンオフ作品が作られるんだよね」 命賭が締めくくった。

 

 危懼子の手の中にある、黄金のカタツムリの殻から声が発せられた。「私は怪物ではありません。私は神です」 黄金の殻のどこから声が出ているのかは分からなかったが、その声の調子はけっこう落ち着いていた。危懼子が感心したように手の中の存在に向けて言った。「まあ、とにかくその、お元気そうで何よりですわ。先ほどまで生きたまま肉を溶かされ啜られていたとは思えないほどお元気そうで……」 黄金の殻は言った。「非常に苦しく、辛い思いをしました。これほどの苦しみを耐え抜くことができるのかと途中で非常に心配になりましたが、かの救世主も十字架の上で『神よ、何ゆえに我を見捨てたもうや』と言ったくらいですから、それなら神である私も耐えられるだろうと思って頑張りました」

 

 マルタが言った。「イエス様は神でありながら人として苦しまれたのよ。十字架の上でだけではないわ。いわゆる最後の晩餐の後、ゲッセマネの園に行ったイエス様は『父よ、みこころならば、どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころが成るようにしてください』とお祈りをされたの」 双子が補足した。「『ルカ福音書』」「第22章第42節」 マルタは続けた。「『そのとき、御使(みつかい)が天からあらわれてイエスを力づけた』 イエス様の苦しみようは天使が見過ごしにできないほど深いものだった。これから自分が乗り越えないといけない苦しみ、すべての人々のために十字架にかけられる苦しみが、イエス様にはもう分かっていた。だから『イエスは苦しみもだえて、ますます切に祈られた。そして、その汗が血のしたたりのように地に落ちた』 この「汗が血のしたたりのように地に落ちた」というところが優れた書き方よね」 双子がまた補足した。「『ルカ福音書』第22章43節から44節」 危懼子が言った。「なるほど、聖書というものは文学的にみてもけっこう面白いんですのね」 そしてまた言った。「私は真言宗ですけれど」

 

 黄金の殻が言った。「ところで、マイマイカブリはもういなくなりましたか?」 命賭がしんみりとした口調で答えた。「死んじゃったよ。アメフトボールが直撃して、潰れちゃった」 双子もどこか沈んだ声で言った。「辞世の句を残した」「在原業平」「最後の最後にパクリしか言えなかった」「パクリ野郎(copy cat)」 それに答える殻の声も薄っすらと悲哀の色を帯びていた。「在原業平の辞世の句を最期に言ったということは、彼は自分のことを在原業平に見立てていたのでしょうか。そうであるなら彼は相当なプレイボーイだったのでしょうね」 命賭はポケットティッシュを取り出すと手のひらに広げ、潰れて岩の上に貼り付いたようになっているマイマイカブリの死骸を指でつまみ、ティッシュの上に乗せ、丁寧に(くる)んだ。「ちょっとそこらへんに埋葬してくるよ」 命賭はその場から離れた。双子がそれを見送りながら言った。「プレイボーイの死は」「いつもどこかさみしい」「プレイボーイに実際に会ったことはないけど」

 

「ところで、あなたはいったいどうやって喋ってらっしゃるの?」と危懼子が黄金の殻に向かって尋ねた。「あなたの本体……本体? 本体というか、肉は、マイマイカブリ様に食べ尽くされたものだと思っていましたけど」 殻は答えた。「おっしゃる通り、私の肉はほとんど残っていません。しかし私は全知全能なので辛うじて殻だけになっても喋ることができているのです。いや、全知全能だったというべきでしょうが」

 

「全知全能『だった』? どうして過去形なの?」 マルタがそのように問うと、黄金の殻は答えた。「それは当然、マイマイカブリが私の肉を食べてしまったからです。私は現在、全知全能性を失っています。いうなれば、全知全能の形骸と化しているのです。もっと言うなら残りカスです」「残りカスでも」と桜子が言った。「使い道はある」と薫子。「たとえば大豆の搾りカスは家畜の飼料に……」

 

「おだまりなさい、双子! 使い道などと言ってはなりません!」と危懼子が(たしな)めるように言った。「『織田満里奈斎(おだまりなさい)』?」と桜子が言った。薫子が続いた。「(さい)は雅号・芸名につける語」「伊藤仁斎(いとうじんさい)とか」「葛飾北斎(かつしかほくさい)とか」「中華麺啜啜斎(ちゅうかめんずるずるさい)とか」 双子の言葉をマルタが手帳にメモした。「なるほど、勉強になったわ。葛飾北斎って芸名(ペンネーム)だったのね」 マルタのメモにはしっかりと「中華麺啜啜斎(ちゅうかめんずるずるさい)」と書かれた。

 

「ちなみに葛飾北斎の本名は中島鉄蔵ですわ。さあ、もう良いでしょう。ところで黄金のカタツムリ様。あなたはこれからどうなされますの?」 危懼子は黄金の殻に言った。「あなた、このままでは二進(にっち)三進(さっち)もいかないのではなくて?」

 

 黄金の殻は答えた。「二進も三進もいきませんし、四進(よっち)五進(ごっち)もいきません。四進とか五進とかいう日本語があるのかは知りませんが。恥を忍んでお頼みしますが、どうか助けてください」 危懼子は即座に頷いた。「先ほどはマイマイカブリ様の毒液を怖れて助けることができませんでした。今から思うと手が爛れても良いからお助けするべきでしたわ。まずは謝ります。それで、私はあなたをお助けしたいと思いますけれども、どのようにお助けすれば良いのでしょう?」 しばらく黄金の殻は沈黙した。いつの間にか命賭が戻ってきていて、「マイマイカブリを埋めてきたよ」と何かやり遂げたような口調で言った。

 

 やがて、黄金の殻は霊妙な響きを有する声で言った。「私を装身具(アクセサリー)にしてください」 奇妙な提案に危懼子はお嬢様らしからぬ声を発した。「はあ?」 彼女はすぐに咳払いをしてそれを誤魔化した。「あの、どうしてあなたをアクセサリーにすることがあなたを助けることになるんですの?」

 

「それは、アクセサリーが力の象徴だからです」 その返答に危懼子は首を傾げた。命賭も首を傾げた。マルタはなんとかその意味を理解しようと思考力を働かせた。双子は二人とも頭の上に目に見えない「?」を浮かべた。浮かべられた「?」は次第に空気に溶けて消えていった。実に、この世の大気には目に見えない無数の「?」マークが溶けている。その大気を吸うから人間は飽きもせずいつも「なぜ?」と問い続けるのである。

 

 ややあって、マルタが言った。「アクセサリーが力の象徴というのはよく言われていることね。古代の世界ではアクセサリーを身につけることで自然の力を、さらにいうなら自然をつかさどる神々の力を借りようとしたとかなんとか。よく知らないけど」

 

 頭の上にまたいくつかの「?」を浮かべていた双子がマルタの言葉に反応した。「人間の宗教生活におけるシンボルの役割の重要性については」と桜子が言った。「ミルチャ・エリアーデの『聖と俗 宗教的なるものの本質について』を読もう」と薫子が続いた。命賭が尋ねた。「桜子ちゃんと薫子ちゃんはそれ、読んだの?」 双子はふるふると首を振った。「読んでない」「お父さんの本棚にあった」「お父さん、本を買うだけ買って本棚に詰め込む」「もう家の中、本でいっぱい」「お母さんも本を買う」「買うだけ買って本棚に詰め込む」「もう家の中、本でいっぱい」 命賭は同情したように言った。「大変だねぇ」 双子はさらに言った。「お姉ちゃんたちも本を買うし」「私たちも本を買う」「家の中、本で溢れている」「本でいっぱい」

 

 次第に双子は興が乗ってきたようだった。彼女たちは相変わらず無表情だったが、声に力を増してさらに言った。「ビアトリクス・ポター、『りすのナトキンのおはなし』」「石井桃子訳」「『うちんなか いっぱい! あなんなか いっぱい! それでもちゃわん(茶碗)にゃ はんぶんもないもの なあに!』」「答えは煙。煙が家の中にいっぱい」 マルタはげんなりとした。「私、この双子のことがいまだによく分からないわ……」 命賭が慰めるように言った。「この子たちは部活の方針に忠実なだけだよ。ただのだらだら話」 双子が頷いた。「そう、ただのだらだら話」「気にしてはいけない」

 

 命賭、マルタ、双子が無駄話に興じている間、部長としての職責から黄金のカタツムリの殻の言葉についてじっくりと考えていた危懼子が、ようやく口を開いた。「あなたは全知全能の残りカスを自称しているとはいえ、まだ何らかの力があると思いますわ。そうでなければ話すこともできないでしょうし。であるなら、私はアクセサリーになったあなたから間接的にあなたの力を得ることになると思いますの。それこそ、古代人たちが宝石によって自然の力を借りようとしたように。それは私にとっての助けにはなるでしょうが、あなたにとっての助けになるとは思えませんわ。どうしてあなたをアクセサリーにすることが、あなたの助けになるのですの?」

 

 黄金の殻は答えた。「いいえ、それがけっこう私のためになるんですよ。まあ聞いてください。あなたは確かにアクセサリーとなった私を身につけることで私の力を借りることができます。その点ではあなたは一方的に私から助けられているように感じられるでしょう。しかし、あなたはそうやって助けられた時、程度の差こそあれ、きっと『このアクセサリーのおかげで助かった』と感じるはずです。そのように感じるというのがまさに重要なのです」

 

 命賭が言った。「なんとなく分かってきた。そうやって『殻のおかげ』と感じてもらうことで、力をもらおうということなんだね?」 マルタは未だに話が呑み込めていないようだった。「いえ、よく分からないんですけど……」 命賭の表情は確信に満ちていた。「ホラー映画とか、ホラー漫画とかでも鉄板ネタじゃん。魔力とか呪力を持った、指輪とかネックレスとかさ。たいていそういうアイテムって、『もともとはただの指輪だったが、持ち主の強い恨みの念を長年にわたり受け続けて呪物化した』とか、そういう説明がされるでしょ。それと同じことをこの殻はやりたいんじゃないかって。『感謝されることで力を得る』とかそういう感じじゃない?」

 

 マルタはようやく納得したようだった。「なるほど、そういうことなのね。でも映画だけじゃなくて、現実世界にもそういう呪いのアイテムの話はあるじゃない。ほら、例の『ホープ・ダイヤモンド』とか」 ホープ・ダイヤモンドとは45.52カラットのブルーダイヤモンドで、代々の持ち主をもれなく破滅させてきたといういわくつきの宝石である。しかし、双子が口を挟んだ。「『ホープ・ダイヤモンド』の伝説は」「ほとんどが後世になって脚色されたもの」「所詮はただのダイヤモンド」

 

 マルタはがっかりした。「そうだったの……私のお母さん(mamusia)が教えてくれたのは嘘話(うそばなし)だったのね……」 双子が慰めるようにマルタの肩を軽く叩いた。桜子は右肩を、薫子は左肩を叩いた。二人は言った。「気を落とさないで」「所詮この世は嘘だらけ」 マルタは気を取り直した。「そうね、この世は所詮嘘だらけね。信じられるものは愛と神様だけよ」 命賭が言った。「あとお金も信じられるね」 双子が頷いた。「お金大事」

 

 危懼子が言った。「いいえ、お金は信じられませんわ。外国為替相場とか、目が覚めたら1ドルが突然140円になってたり、次の日には138円になってたり、また次の日には100円になってたりすることはざらですもの。私はお嬢様なのでお金の恐ろしさを知っています。さあ、だらだら話はここまでにしましょう」 危懼子は黄金の殻に向かって言った。「先ほど命賭様が言いました。『感謝されることで力を増す』と。そのような理解で良いのですね?」 黄金の殻は答えた。「まあだいたいそういうところです。そのような理解で構いません。私は神ですが、力を失った神です。その神が力を再び取り戻すには、あなた方の感謝の念だとか、思いだとか、祈りが必要なのです。近代人はあまりにも無自覚になってしまったことですが、そもそも人が神に信仰を捧げるというのは人の意志にのみよるのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。というわけで、さっさと私をアクセサリーにしてください」

 

「ええ、では是非そうさせてもらいましょう」と危懼子は言った。しかし途端に難しい顔をした。「ですが、ここで問題になってくるのは、誰がアクセサリーになったあなたを身につけるのか、ということですわ。私たちは『女子だらだら部』として部活に励んでいる時にあなたと出会いました。ですから、あなたとの出会いは私たち五人の部員全員の、いわば『共同成果』ということができます。共同の成果なのですから、私たち全員があなたをアクセサリーとして身につける権利があります。誰か一人のものとするわけにはいきません。部長としてこのことはしっかりと明言しておきます」

 

 命賭が言った。「危懼子ちゃんは真面目だねぇ。私はアクセサリーとか興味ないから、別にその権利はいらないんだけど……」 マルタも言った。「私、ここでこういうことを言うのはどうかと自分でも思うんだけど、そもそも虫が苦手なのよ。だからその、当人を目の前にして言うのは憚られるんだけど……いや、当『人』? 当『(ちゅう)』?」 マルタが言葉を濁すと、殻は言った。「気にしないでください。ですが、ちょっとおしゃれな貝のアクセサリーだと思えばまた見方が変わりませんか? ほら、カタツムリは陸生貝類の一種ですし」 双子が頷いた。「フランス人もエスカルゴを食べるが」「彼らもエスカルゴのことは虫だとは思っていないはず」「貝の一種だと思っているはず」 マルタはそれでも首を縦に振らなかった。「……やっぱりごめんなさい」

 

 危懼子は命賭とマルタに威厳のある口調で言った。「命賭様、シスター・マルタ。権利というものは勝手に放棄して良いものではありませんわ。少なくとも個人的な趣味・嗜好によって放棄して良いものではありません。それは権利そのものをないがしろにすることですわ。権利とは個人に属するものではありますが、個人が自由に放棄して良いものではないのです。なぜなら権利は社会や組織の中での関係性によって生み出されるものですから。放棄するのならば、まずその放棄するという決断によってその社会や組織にどのような影響があるのかみんなで議論をして……」

 

 双子が言った。「また面倒な話が始まった」「部長の話はいつも長い」「面倒だから殻を五等分にしよう」「五等分にしてそれぞれが保管する義務を負えば良い」「五等分すれば虫っぽさもなくなるからマルタも持つことができる」 マルタは見るからに嫌そうな顔をした。「ええ……」

 

「五等分にするのはどうかやめてください」と殻が言った。「殻を割って五等分にしたらただでさえ残り少ない力が完全に失われます。単純に、殻が壊れるので。もし私を五等分にしたら、それは『五等分になったカタツムリの殻のアクセサリー』ではなく、『五等分になり原型を留めなくなったカタツムリの残骸』に過ぎなくなります。何も力を持たない残骸をありがたがってアクセサリー扱いするのは悲しいまでに滑稽なことではありませんか」「そうだねぇ」 命賭がしみじみと言った。「なんかそういう話、グリム童話とかにありそうだね。願いを叶える何かを分けようとしたら、何も願いが叶わなくなっちゃった、みたいな。そういう話、グリム童話とか、世界の民話とかにない?」 命賭は双子にそのように問いかけたが、双子は顔を見合わせた。「ある?」「あるかも」「でも、ない気もする」「ない気もするね」 二人は命賭を同じ目つきでじっと見つめて言った。「現在のところ回答は保留します」「なんか……ごめんね」 命賭はとりあえず謝った。

 

「議論は尽くさねばなりませんが、時間は有限です」と危懼子が言った。「あと二時間もすれば完全に日が暮れます。女子だらだら部は日没後も活動を続けるような熱心な部活ではありません。女子だらだら部が熱心にだらだらしたらそれこそパラドックスになります。そろそろ一応の結論を出してしまわなければなりません」

 

 双子がまず手を挙げて発言の許可を求めた。「双子、どうぞ」 危懼子の許可が出ると、桜子が話し始めた。「持ち回り制にすれば良い」 薫子が続いた。「日ごとに所有者を変える」「今日は部長」「明日は命賭」「次の日はマルタ」「そういう感じで」 危懼子は呆れたような顔をした。「じゃあ双子様たち、あなたたちはどうするのかしら?」 双子は動揺したような気配を示した。桜子が言った。「私のものは薫子のもの」 薫子が言った。「私のものは桜子のもの」「私たち、いつもすべてを分け合ってきた」「食べ物も飲み物も、機会も順番も、幸運も不運も」 双子は困ったように互いを見つめ合った。「薫子、あなたが先に身につけて」「いいえ、桜子、あなたが先に身につけて」「いえ、あなたが」「いえいえ、あなたが」「い、あ」「い、あ」

 

 危懼子はやれやれというふうに頭に手を当てた。「ほら、やっぱりこういうことになると思っていましたわ。双子の間で結論が出ない限り、持ち回り制にはできません。他にご意見はありません?」

 

 マルタがここで発言した。「それじゃあ、誰が身につけるかという議論はいったん保留して、とりあえず先に殻をアクセサリーにしてしまうってのはどうかしら? 命賭も私も、もしかしたらアクセサリーになった殻を見て『やっぱり身につけたい』と思うかもしれないし」 命賭はその言葉に頷いた。「賛成かなぁ。やっぱり実物を見て初めて『これは良いものだ』と思うってのはあると思うよ。だいいち、今のままだと殻を見ても『マイマイカブリが生きたまま肉を啜っていた』光景がまず思い浮かんじゃうんだよね。生々しすぎて、今一つアクセサリーとして見れないというか……」「それもそうですわね。そもそもこの殻は、さっきまで触角を生やした肉が詰まっていて、『もう全部おしまいでーす!』と叫びながら爆速で岩の上を這いずり回っていたものでした。そう考えると私もこうして手に持っているのが、なんとなく……その、なんとなく……」 危懼子は言葉を濁した。殻が言った。「気持ち悪いと」 危懼子は言った。「決して気持ち悪くはありませんが、色々と思うところはございます」

 

「でも、どうやったら殻を上手い具合にアクセサリーにできるの?」と命賭が言った。「危懼子ちゃんはお嬢様だから、アクセサリーの加工業者とか職人とか、詳しいんじゃない?」 危懼子は首を振った。「確かに私はその手の業界に詳しいですわ。ですが、ここで私が私の家の伝手(つて)を頼って職人に殻の加工を依頼するとしましょう。費用も私が出すとしましょう。しかしそれは私個人の力によるものであって、『女子だらだら部』全体で成し遂げたことにはなりません。それにお金もきっと高くつきます。技術料というのは安くないんですのよ。それに職人にはブランド価値を守る必要がありますから、その分だけ費用に上乗せが……」「そっかぁ……そう言われてみればそうだよねぇ」 命賭はそう受け答えつつも、希望を捨てずに言った。「で、でもさ。それなら部費で払えば良いんじゃない? とりあえず危懼子ちゃんに建て替えてもらうという形でさ……」 

 

 危懼子は命賭の肩に手をやって言った。「部費はもうすっからかんですわ。この間、部室の畳を張り替えたのをお忘れになって?」「そう、そうだよね……」 あの畳は高かったなぁ、と命賭は思った。双子が横から口を出した。「うちは所詮(しょせん)都立だから」「部費も雀の涙ほどしかない」「こういうのを『素寒貧(すかんぴん)』という」 マルタが手帳を取り出してメモした。「スカンピンね。なるほど、勉強になったわ」

 

「それではお手上げというわけですか? あるいは手も足も出ない? 私はカタツムリゆえ手も足もなく、そのような言葉に内包されている心情を心の底から理解することはできませんが」 黄金の殻が沈んだ声を発した。

 

「そうですわね……」 危懼子は考えた。「そうだねぇ……」 命賭は考えたが、考えつつもたぶん何も思いつかないだろうなと思っていた。「私は何も打開策を思いつかないわ」 マルタはごく率直な口調で言った。「マルタに同じく」「私たちも何も浮かばない」 双子は手遊びをしていた。桜子が薫子の肩の上に、手で作ったカタツムリを這わせていた。右手でじゃんけんの「チョキ」の形を作り、左手で握りこぶしの殻を作って、その上に乗せていた。真面目に考えているのは危懼子だけだった。その孤独こそ部長にふさわしいものだった。

 

 しばらく、沈黙があたりに満ちた。桜子のカタツムリは肩の上から移動を始め、薫子の柔らかく大きな胸を這い始めていた。

 

 沈黙に耐えかねたように、黄金の殻が絶望感に染まりきった声で叫んだ。「ああ、もうダメだ! はい、おしまい。もう全部おしまいでーす!」

 

「おしまいでは、ない!」 突如として、女子だらだら部の五人以外の声がその場に響いた。それは若い女性の声だった。

 

「うわっ!」 びっくりした五人が声のした方向へ一斉に顔を向けた。

 

「私がその殻の加工を受け持とう!」

 

 ここでメイドが登場する。そこに立っていたのは、メイド服に身を包んだ少女だった。シンプルなロングドレス型のヴィクトリアンメイド服だった。その胸は大きく盛り上がっていた。

 

 双子が言った。「門松は」「メイドの旅の」「一里塚」「めでたくもあり、めでたくもなし」 二人は声を合わせた。「一休宗純(いっきゅうそうじゅん)

 

「なるほど、勉強になったわ」 マルタは手帳にメモをした。それは彼女の現実逃避願望の表れだった。彼女は祖国に帰りたい気持ちでいっぱいだった。

 

(つづく)




次回もお楽しみに!
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