【完結】都立西方浄土高校女子だらだら部部長にして華麗なるお嬢様崋山危懼子ならびにその他女子部員らの活動記録、あるいはなぜだらだらの日常はあっけなく崩壊したかということに関する簡潔な報告   作:ほいれんで・くー

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第7話 メイドはいろいろと大きかった

「メイド、ですって?」 危懼子がそのように言うと、突然登場したメイドは自信たっぷりな口調で言った。「そのとおり、私はメイドである!」 メイドはぐんと胸を張った。大きな胸であった。服の上からでもありありと形が分かるほどだった。しかし、それは元から大きな胸であるがゆえに大きな胸であるのか、それともその口調に象徴されるような膨大な自信(セルフ・コンフィデンス)が胸を膨張させているのか、そのいずれとも分からなかった。あるいはその両方であるのかもしれなかった。

 

 メイドの眼光は鋭かった。眼光の鋭さだけでおそらく剣道三段に匹敵した。そしてメイドは背が高かった。おそらく身長は170センチを超えているであろう。ちなみに令和元年の高校生女子の平均身長はだいたい157センチから158センチである。昭和2年(1927年)11月30日に制定された「兵役法施行令」第68条においては「現役に適する者は身長1.55メートル以上にして身体強健なる者とす」とされており、とにかく身長が155センチ以上で元気であれば甲種合格(あるいは乙種合格)と判定されたことを考えれば、現代の女子高校生たちは昔の男と比べて大きいと見ることができる。身長が170センチ以上あるメイドはとりわけ大きいと言えよう。

 

「メイドにしては……その」 目が鋭くて大きなメイドに危懼子は違和感を覚えた。彼女は生れながらのお嬢様であるので、生体メイドレーダーをしっかりとその身に備えていた。そのレーダーが頻々(ひんぴん)と警報を伝えてくる。そのメイドが大きすぎるからではない。その逆に、何かが足りない。何かが足りない気がする。そのように危懼子はレーダーからの警報を解釈した。

 

 メイドをメイドと見抜くことができない、またはメイドではない者をメイドと見なしてしまう、そうなればお嬢様としての資質が問われることになりかねない。危懼子は慎重に質問を発することにした。つまり、まず当たり障りのない質問を発したのである。「メイドさんですわね? お名前は?」 メイドは答えた。「手造(てつくり)(このむ)!」

 

「ええっ!?」 先ほどからしきりに首をかしげていた命賭が驚いたような声をあげた。事実、彼女は心の底から驚いていた。「あなた、(このむ)ちゃんなの?」「知っているの?」とマルタが問うと、命賭はぶんぶんと首を縦に振った。「知ってるも何も、(このむ)ちゃんは私と同じクラスだよぉ。2年D組」 メイドは言った。「D組のDはダイナマイトのD! つまりクラスの(みな)(みな)、アルフレッド・ノーベルの子である!」 双子が口を開いた。「ニトログリセリンは融点摂氏14度」「沸点摂氏50度」「感度が高くて困っちゃう」 メイドは頷いた。「そうだ。2年D組はみんな感度がビンビンだ。私もいろいろビンビンだ」

 

「で、でも……その……(このむ)ちゃんは……」 命賭は戸惑いを隠しきれないように言った。「もっとこう、なんというか、大人しい印象だったと思うんだけど……」「そうなんですの?」 そのように問う危懼子に、命賭は頷いた。「うん」 命賭の記憶の中にある手造(てつくり)(このむ)は長い黒髪を三つ編みにした、眼鏡をかけている大人しい女子であった。大人しいというより地味であった。いつも静かにしていて、静かに編み物をしていた。たまに文庫本を開いていて、ちょっと読んでは物憂げな顔をしているのが印象的といえば印象的だった。彼女は毎日いつの間にかひっそりと登校しており、休み時間の時も昼食の時もHR(ホーム・ルーム)の時も椅子に座ったままであまり立ち歩くということはしなかったため、その上背(うわぜい)についてはクラスのほとんど誰もが意識したことがなかった。当然命賭もあまり好の背の高さについて意識したことはなかった。

 

 ところが今、目の前にいる(このむ)は、命賭の記憶の中の好とまるで違う。好と名乗るメイドは不敵な笑みを浮かべていて、腰に手をやって悠然とそこに佇んでいる。メイドは美人だった。この世のすべてを憎んでいるようなひねくれ者以外は誰でも彼女のことを美人と言うであろう。ロングドレスのヴィクトリアンメイド服の裾が緑地の中を涼やかに吹き抜ける微風を受けて軽く(なび)いている。頭にかぶったレース付きのホワイトブリムが髪の黒さを引き立てていた。

 

 感に堪えないというように命賭は声をあげた。「好ちゃん、立派なメイドさんになったねぇ」「どうもありがとう」 メイドは礼を言った。そしてメイドは腕を組んだ。組んだ腕のせいでただでさえ大きい胸がさらに強調された。「立派なメイドさんだねぇ」 命賭が感に堪えないように言った。

 

「油断してはなりませんわよ、命賭様」と危懼子は未だに警戒心を纏った表情を浮かべて言った。「この世の中にはメイドに化けて人間を襲うメイド型宇宙人がいるとおばあさまから聞いたことがあります。宇宙の邪悪な統一意志を唯一神と奉じるそのプロキシマ星系第五惑星人は高度な星間航行技術とメイド擬装(カモフラ)能力を持ち、メイドなら何でもありがたがるダメな日本人を(さら)っては大脳新皮質を奪い取っていくそうです。大脳新皮質はチーズにするらしいですわ。この手造(このむ)と名乗るメイドも実はその一人かもしれない」 マルタが微妙な顔をして口を挟んだ。「このメイドさんが宇宙人であるよりも、あなたのおばあさんが嘘をついている可能性の方が高いんじゃないかしら」

 

「なにごとも慎重を期した方が間違いは起こりません」 危懼子はそのように言い、さらに質問をした。「(このむ)様、あなたのご年齢は?」 メイドは組んでいた腕を解いた。「16歳! ちなみに早生まれ(3月1日生まれ)なので私はメイドキャラでもあれば妹キャラでもある!」「ご住所は?」「東京都杉並区高円寺北5丁目……」「ああ、それ以上はけっこうですわ。好きな人体の部位は?」「大脳新皮質! ないと死ぬからな」「それはすべての臓器について言えることだと思いますが、まあ良いでしょう。それで、チーズは好きですか?」「好き!」「大脳新皮質のチーズに興味はありますか?」「興味はない!」「宇宙人ではない?」「宇宙人ではない!」 どうやら宇宙人ではないようだった。それでも危懼子は渋い顔をしていた。「やっぱり怪しいですわね……」 やはり、メイドにしては何かが足りない。危懼子はまた質問をした。「それで、あなたはメイドさんということですが、メイド歴は何年ですの?」

 

「30分少々!」 とメイドは堂々と言った。「はあ?」 流石にそのような返答を想定していなかった危懼子たちは間の抜けた声をあげた。「どういうことなの?」と命賭が尋ねると、メイドはここに至って初めて困ったような顔をした。「自分でもよく分からない! 混乱している!」 メイドは近くに立っていた木を苛立ち紛れに両腕で揺らし始めた。幹が揺れ、枝がわさわさと鳴った。メイド服の中でメイドの両胸がわさわさと揺れているのがありありと分かった。双子が慄いたように言った。「枝が揺れ」「木が揺れ」「地が揺れ」「お(ちち)揺れ」 危懼子が(たし)めるように叫んだ。「おやめなさい、若い娘が(ちち)などと言うのは! お胸と言いなさい!」 双子が訂正した。「お胸揺れ」「お胸が揺れ揺れお胸揺れ」 危懼子は満足したように頷いた。「よろしい」

 

「そ、その、メイドさん。順を追って説明してくれるとありがたいんだけど……」 マルタが努めて優しい口調で話しかけた。すぐさまメイドは落ち着きを取り戻した。「では順を追って説明しよう。私は授業が終わるといつものとおりひっそりと誰にも気づかれないように教室を出た」「これは長くなりそうだねぇ」と命賭が言った。

 

 メイドは話を続けた。「ひっそりと誰にも気づかれないようにというのは、私は生まれつき目立つことが嫌いだからだ。母の胎内にいた時しばらくエコー検査を掻い潜っていたほどの筋金入りだ。まあそんなことはどうでも良い。とにかく私は授業が終わった後にいつものように文化部棟へ向かった。そこの地下一階にある手芸部室が私の放課後の居場所だからだ」「え、ちょっと待って、文化部棟に地下なんてあったの?」 マルタが口を挟むと、「ある!」とメイドが断言した。危懼子も言った。「ありますわ」 マルタが言った。「そうだったの……ごめんなさい、話を続けて」 

 

「うむ。私は手芸部室に入った。いつものようにがらんとした部室を見て、私はほっとすると同時に幾ばくかの寂寥感をも覚えた。手芸部には現在のところ私しかいない。去年までは部員が五人いたのだが、先輩が3月にみんな卒業してしまったのだ。部員が定員に満たないということで手芸部は廃部となったが、先生は私の願いを聞き入れて部室だけは残してくれた。私はドアを閉めると鍵をかけ、そこで服をすべて脱いで全裸になった」

 

 メイドがそこまで言うと、途端に沈黙があたりに満ちた。その沈黙を破るにはなかなか勇気が必要だった。しかし、強い胆力の持ち主である命賭が沈黙を破るのに成功した。「え? ごめん、もう一度言ってくれない?」と命賭は言った。「私はドアを閉めると鍵をかけ、そこで服をすべて脱いで全裸になった。何度も言わせないでほしい。私は従順なメイドであるから乞われればこのような恥ずかしいことを何度でも言うが、普通は16歳のうら若い乙女にしつこく全裸になったくだりを繰り返させるのは顰蹙(ひんしゅく)ものだぞ」「ご、ごめん……」 命賭は謝った。

 

「なんで部室で全裸になったの?」とマルタが訊いた。メイドは答えた。「いつも部室では全裸になっている。いわば部室で全裸になることは私にとって習慣と化している。先輩がいた去年は全裸になっていなかったが、先輩たちがいなくなってからは全裸になることに何も障害はなくなった。全裸は良いぞ。その開放感はなにものにも代えがたい。いつも教室で目立たないようにひっそりとしているのはけっこう窮屈なのだ」 マルタは唖然としたが、メイドはそれにおかまいなしに話を続けた。

 

「そして、全裸になってしばらく椅子に座って本を読んでいた。ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』だ。昨日本屋で買ったものだ。タイトルがカッコよかったから買った」 双子が言った。桜子が先に言葉を発した。「『永劫回帰(えいごうかいき)という考えは秘密に包まれていて』」 薫子が続いた。「『ニーチェはその考えで、自分以外の哲学者を困惑させた』」「『われわれがすでに一度経験したことが何もかももう一度繰り返され』」「『そしてその繰り返しがさらに際限なく繰り返されるであろうと考えるなんて!』」 双子は補足するように最後に言った。「千野栄一訳」 マルタが言った。「一番有名な冒頭の箇所ね。その部分さえ暗誦(あんしょう)できれば『存在の耐えられない軽さ』を知っていると思わせることができる」 双子は痛いところを突かれたというような顔をした。「ぎくっ」「ぎくぎくっ」

 

 メイドはそんな双子を気にもかけず、重々しく頷きながら言った。「私にとってクンデラのその文章は非常に納得のいくものだった。私がこうして全裸になっているのは過去に誰かが全裸になったからであり、また未来永劫に渡って誰かが私と同じように全裸になっていくであろう。そもそも人類は発生した当初から全裸である。永劫回帰の思想に則れば、私が全裸になることには何も不思議はない。なにしろ私は、永劫回帰的に全裸にならざるを得ないのだからな。私は自分が部室で全裸になるのは、私自身のやむを得ざる必要によるものだと確信していたが、しかし心のどこかで全裸になることを正当化する理論的支柱を求めていたのかもしれない」 マルタは言った。「『すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた』」 双子が補足した。「『創世記』」「第3章第7節」

 

「全裸になって『存在の耐えられない軽さ』を読んで、それでどうなったんですの?」 辛抱強く話を聞いていた危懼子が先を促した。メイドはさらに話し始めた。「読書を30分ほど続けた後、私はまた服を着ることにした。30分以上全裸でいると風邪をひくからな。それにあまり全裸でいるのもそれこそ慎みがない。私にはアダムとイブが知恵を得た後にまずいちじくの葉で体を隠した気持ちがよく分かる。しかし、服を着る前、私は喉の渇きを覚えた。ちょうどバッグにコーラを入れていたのを思い出し、私はコーラのボトルの蓋をひねった。すると、炭酸が爆発して勢い良く中身が噴き出した。コーラは床に脱ぎ捨てられていた私の服に降りかかった。私の服は上から下までコーラ色に染まった!」 その時の悔しさを思い出したのか、メイドはまた木を揺らし始めた。木の近くにいた双子も揺れた。「揺れ揺れ揺れ」「地も木もお胸も揺れ揺れ揺れ」

 

 ひとしきり木を揺らした後にメイドは言った。「私は焦った。このままでは家に帰れない。コーラに染め上げられた服を着たまま総武線(そうぶせん)に乗ることはできない。総武線はただでさえ変人が多い。私まで変人の一人と思われるのは嫌だ。私は狼狽(うろた)えながら強く思った。いや、願った。強く願った。『ああ、ここに着替えがあったら!』と。その時だった。ドアの鍵穴が光った。その次の瞬間、部室の中が黄金色の光に満たされたのだ」

 

「えっ!?」 危懼子たちは驚いた。そんな五人の様子を気にも留めず、メイドは話を続けた。「私は思わず『うわ、まぶし!』と叫んだ。黄金色の光はしばらく部室の中に留まり、私の網膜を(まぶた)越しに焼き続けた。やがて、光が消えた。部室の中は平常に戻った。そして、私は気が付いたらメイド服を身に纏っていた。ロングドレスの、ヴィクトリアンスタイルの、あまりいやらしい感じのしないメイド服だった。頭にはホワイトブリムがあった。いや、単にメイド服を身に纏っていただけではない。私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。心の底から私はメイドになっていた。甘美な感慨が私の胸の中を満たした……」 メイドはうっとりとしたような表情を浮かべた。

 

 そんなメイドを余所(よそ)にして、危懼子たちはひそひそと話を始めた。命賭が言った。「ねえ、好ちゃんが言ってるその光って……」 マルタが言った。「間違いなく、さっきの光よね」 双子が頷いた。「マイマイカブリが潰れて」「光が飛び出した」 危懼子が言った。「あの光、やっぱりただの光にしてはどこか普通ではないと思いましたが……いえ、そもそもマイマイカブリから出てくる光が普通であるはずがありませんが……とにかく、光がなにかしらの力を持っていたというのはこれで明らかになりましたわね。ねえ、黄金のカタツムリ様、あの光はいったいなんだったんですの?」 危懼子は手に持っている黄金の殻へ問いを発した。「そういえば、そもそもあの光について殻に訊くのを忘れていたね」と命賭が言った。「うっかりしてたわ。それもこれも私たちがだらだらとお喋りをしているから……」とマルタが言うと、双子が抗議するような声を返した。「だらだらは、私たちの務め」「だらだらを捨てたら私たちただの高校生」「発言の訂正を要求する」「ごめんなさい、失言だったわ」 マルタは謝った。マルタ自身、自分のホームシックはだらだら部の活動のおかげで相当程度和らげられていると思っていた。

 

「もう予想はついていると思いますが、マイマイカブリから出た光は私の全能の力です」 黄金の殻は答えた。「しかし、その全能の力は、私の思っている全能の力とは異なっていると思われます」「どういうことかしら?」 危懼子は殻を撫でながら問いを投げかけた。殻はつるつるとしていて触り心地が良かった。「マイマイカブリは私の肉に消化液を注入し、私の肉を啜って、あの醜悪な黒いボディに私の肉を溜め込みました。おお、おぞましい! その一連の過程で、私の全能の力が何らかの形で歪められたのではないかと考えます。なにせ、マイマイカブリは世界の秩序において、全知全能である私を食べることが許されている唯一の存在ですから。そして、マイマイカブリの腹の中で歪められた力がマイマイカブリの圧死によって一気に解放され、全世界に飛び散ってしまった。ここにいるメイドは、最初にその力の影響を受けたのでしょう。私の力が、彼女がその時に心に抱いていた強い願い、強い欲求を、歪んだ形で叶えたのではないか。まあそんなところです」

 

 いつの間にか近くに寄って五人と一緒に黄金の殻の話を聞いていたメイドは言った。「歪んだ形であるかどうかは分からない。私は前から手芸部の活動の一環としてメイド服を自作することを考えていた。文化祭の時にそれを着てPRをし、新入部員を集めようと思っていた。無論、着るのは私ではない。私自身が着るなどとは思いもよらない。私は目立ちたがりではないからな。ともかく、私の心の中にはメイド服について何らかのイメージがあった。それは確かだ」

 

「でも、仮にその考えが功を奏して手芸部に新入部員が来たとしたら、好ちゃんは部室で全裸になれなくなると思うんだけど」と命賭が言った。メイドは手をポンと打った。「それもそうだな。それは盲点だった」「盲点だったんだね」 命賭が言った。

 

 マルタが考えながら言った。「……願いがかなえられるのは必ずしもその当人にとって幸せを意味しないかもしれないわ。念願のスポーツカーを手に入れたと思ったらすぐに交通事故で死んじゃったり、宝くじに当たってラッキーだと思っていたら生活が破綻して人生そのものが破滅する人もいるし」 マルタは聖書の一節を思い起こした。「『多くの人は言う、どうか、私たちに良いことが見られるように。主よ、どうか、み顔の光をわたしたちの上に照されるように』 でも、その良いことというのは物質的なものではない。『あなたがわたしの心にお与えになった喜びは、穀物と、ぶどう酒の豊かな時の喜びにまさるものでした』」 双子が言った。「『詩篇』第4篇第6節から第7節」 桜子が言った。「まあ、物質的な喜びの方が分かりやすいけど」 薫子が続いた。「誕生日のプレゼントで」「お父さんとお母さんが『プレゼントは私たちの愛だ』と言って」「なにもくれなかったら」「私たちは泣く」

 

(このむ)様は服が欲しいと願っていた。そして、光はその願いを部分的に叶えた。本来ならば新しい服が与えられるところでしたが、光は好様にメイド服を与え、しかも心の底からメイドにしてしまった。そういうこととして今は理解しておきましょう」 そう言っておいて、危懼子は何か冷ややかなものが背筋を走るのを感じた。このメイドと同じような目に遭っている人がまだいるのではないか? 強く願っていて、その願いが歪められて叶えられた人が。いや、絶対にいるはずだ。しかもそれは一人や二人ではないだろう。それこそ日本中、もしかしたら世界中に光は拡がって、そして人々の歪んだ願いを叶えて……

 

 そうであるなら、あっけなく、このだらだらの日常が崩壊するかもしれない。

 

「馬鹿な! あり得ませんわ!」 危懼子はそこまで考えて、暗い予感を振り払うように頭を振った。彼女は自分の部員たちを見た。命賭もマルタも、その表情はこわばっていた。危懼子と同じような懸念を抱いているのがすぐに分かった。しかし双子はメイドと三人で自撮りをしていた。「もうちょっと、もうちょっと屈んで」「メイドさん、もうちょっとだけ屈んで」「ああ、屈もう。屈むとも」 横一列に大きな胸が並んだ。ここまで胸の数が多いとあまりありがたいという感じはなかった。メイドの胸の形が服の上からでもよく分かった。危懼子は「やっぱり、何かが足りないですわ」と呟いた。その何かは未だによく分からなかった。

 

「それで、どうして私たちのところへいらっしゃったのかしら?」 三人がひとしきり自撮りを終えたのを見計らって、危懼子はメイドに声をかけた。メイドは再び話し始めた。「私はメイドになった。心の底からメイドになったのだ。メイドになったからには誰かにご奉仕しなければならない。ご主人様とか、お嬢様とかに……私は一瞬だけ困惑した。しかし、すぐに私の中で何かが動き出すのが感じられた。それはありとあらゆる職業の中でも特にメイドだけが有する一種の感覚だった。それが働き始めたのだ。優れた主を見つけ出そうとする第六感、いや、第七感でも第八感でも良いが、そのような生体レーダーのごときものが作動したのだ。私はそのレーダーの反応に従い、部室のドアを開けて外へ出た。文化部棟の一階へ上がり、噴水の前を通り、緑地に入って、ここまで来た。そこには五人の女の子が立っていた」

 

「ああー、なるほどね。好ちゃんは危懼子ちゃんに惹かれてやって来たんだね」 命賭は感心したように言った。メイドは力強く頷いた。「五人の中にいかにもお嬢様という人がいた。私のレーダーが強くそれを告げていた。烏の濡羽のような黒髪、凛とした顔立ち、俊敏さを感じさせるスレンダーな姿……この人こそが私の新しい(あるじ)、私の新しいお嬢様にちがいない! 私は確信した。すぐにでも声をかけたかったが、しばらく私は様子を窺った。五人はずいぶんと熱心に話し込んでいた。どうやら話は、その黄金の殻をどのようにしてアクセサリーに加工すれば良いかという内容のようだった。アクセサリーの加工は私の専門分野だ。非常に興味を惹かれたが、やはり声をかけるわけにはいかない。いきなり割り込んで話を中断させるのはメイドとしてふさわしくないからだ。私は待った。そして、焦れた。焦れたので、『はい、おしまい。もう全部おしまいでーす!』という声を聞いて飛び出してしまったというわけだ」

 

 話し終えると、メイドは危懼子に言った。「というわけでお嬢様、その黄金の殻を私に渡せ。私はメイドであるが手芸部でもある。都立西方浄土高校の中で一番技術力があるのが手芸部だ。たぶん。私がその黄金の殻をアクセサリーにしてみせよう。さあ、さあ」

 

 ずいずいとメイドは危懼子に対して距離を詰めた。鼻先と鼻先が触れそうなほどに二人は接近した。危懼子は至近距離からメイドとメイド服を観察した。「わかりましたわ」 ここに至って、危懼子はようやくメイドに足りていないものが何であるか悟った。

 

 お嬢様としての優雅さをもって危懼子はメイドに言った。「あなたに何か足りないものがあると、出会った時から分かっていましたわ」 メイドの顔は自信に満ちていた。「それはなんだろうか?」

 

 びしっと指差して危懼子は断言した。「あなた、もしかしなくてもノーブラでしょう!」 そのように言われたメイドは、悪びれもせずに答えた。「ノーブラどころか、パンツすら履いていない。メイドというものはノーブラ、ノーパンであると決まっている。そもそも私はメイドになる前からいつもノーブラ、ノーパンだ」

 

 双子が口を開いた。「うわ、変態だ」「大変だ」「大変な変態だ」 そういって双子はメイドをゆさゆさと揺さぶった。

 

「やめてくれ」 メイドの大きな胸が服の中でゆさゆさと揺れた。

 

(つづく)




次回をお楽しみに!(だらだら書いているので字数が増えてしまう)
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