【完結】都立西方浄土高校女子だらだら部部長にして華麗なるお嬢様崋山危懼子ならびにその他女子部員らの活動記録、あるいはなぜだらだらの日常はあっけなく崩壊したかということに関する簡潔な報告 作:ほいれんで・くー
その女は、文化部棟の二階の廊下の暗がりにしゃがんで隠れていた。
「畳がこんにゃくになってる!」という叫びを聞いて、その女は飛び出そうとした。飛び出して「私がやったのよ!」と、女は返そうとした。しかし6月の日暮れ時はけっこう肌寒く、しかも隠れている時間が長かったため、彼女はある生理的欲求を覚え始めていた。このまま対決に臨むと大変なことになるかもしれない。彼女は大急ぎでトイレへと向かった。
そういうわけだから心置きなくこんにゃくについて語ることができるのである。
実にこんにゃくほど手間のかかる食べ物はない。手間がかかるというのは調理の手間がかかるということだけを意味しない。そもそもこんにゃくそのものを作ることからして手間なのである。こんにゃくは周知のとおりこんにゃく芋から作られる。学名はAmorphophallus konjacである。アモルフォファルス・コニャクとでも読めば良いが、この学名の「Amorphophallus」は「不格好なペニ◯」という意味である。なんということだ。気になる人はこのワードでネット検索をかければいくらでも画像が出てくる。その意味するところを即座に悟ることができるであろう。こんにゃく芋は作付けから三年目にしてようやく収穫することができるが、「ペ◯ス」という意味からして明らかなように寒さに弱いため(ごく一般的な「◯ニス」は寒さに弱い)、寒い冬の間は芋の部分が土から回収され、保管庫で厳重に保存される。春がくればまた芋は畑に植えられる。そして冬がくればまた土から回収される。こんなことで三年間をかけてこんにゃく芋はじっくりと育てられる。
人間の場合、生まれて三年もすれば幼稚園ないしは保育園に入り、あのいやらしくも必要不可欠な社会性を身につけ始めることになるが(それは人生の悲劇の幕開けをも同時に意味する)、こんにゃく芋の場合は三年も経てば立派な大人である。そして死を迎える。こんにゃく芋は畑から収穫されてまずマイナス20℃の冷凍庫で保存される。寒さに弱いために手厚くケアを受けていたこんにゃく芋は、その生の終幕において人間から裏切りともとれる手酷い仕打ちを受けることになるのだ。しかるのちにこんにゃく芋は工場へ送られる。機械で細かく切り刻まれ、粉砕され、
かように面倒くさい製法によって生み出されるこんにゃくであるが、このこんにゃくが戦略物資として国家の行く末を左右した時期があったことはあまり知られていない。太平洋戦争末期の1944年11月から、日本軍はアメリカ本土を直接攻撃できる兵器としていわゆる「風船爆弾」を開発し、実戦に投入した。小型の爆弾を吊るした風船を偏西風に乗せ、北太平洋を横断させ、アメリカ西海岸を攻撃するのである。むろん、直径10メートルもの巨大風船とはいえ、搭載できる爆弾などたかが知れた量である。日本軍は物質的な損害よりもアメリカに対する心理的な効果を期待した。つまり嫌がらせである。そしてそれはある程度成功したのであるが、重要なのはその風船が和紙とこんにゃくによって作られていたことである。こんにゃくは和紙と和紙を貼り合わせる糊として用いられたのであった。日本軍が投入した風船爆弾はおよそ9300発、その分だけ本来ならば日本国民の胃の腑に収まるはずであったこんにゃくが兵器として使われたことになる。アメリカへの嫌がらせとして。
そのこんにゃくが今や、「女子だらだら部」の畳にとって代わっていた。部長である崋山危懼子が4月に各方面と交渉し、少ない部費をお嬢様らしい鷹揚さで「えいやっ!」と費やして交換した、青々とした立派な新しい畳12枚は現在、どういう理由によるものかすべてこんにゃくにとって代わられていたのである。こんにゃくは薄暗い部屋の中でそのプルプルとした表面を怪しく輝かせていた。
「嫌がらせですわ!」 危懼子は怒りを爆発させて叫んだ。「風船爆弾しかり、こんにゃくほど嫌がらせ効果のあるものはありません! これは
「それにしても誰がこんなことをしたんだ」とメイドが言った。メイドはこんにゃくに触れた。こんにゃくは小気味良いほどに弾力があった。次にメイドは自分の大きなノーブラの胸を揉んだ。そして言った。「うむ、確かにこんにゃくだ。それもけっこう高い感じのこんにゃくだ。私の胸の柔らかさには負けるが、そもそもこんにゃくは柔らかさを競う食べ物ではない」 メイドは部室の電灯のスイッチを押した。パキパキと音を立てて蛍光灯が白い光を発した。いざ光が灯ってみると、こんにゃくはますますこんにゃくだった。意外なことにこんにゃくは黒くなく、白かった。
マルタが「あっ」と声を発した。「そういえば、私、ポズナンのショッピングモールでこんにゃくを見たことがあるわ。『日本のダイエット食品』とかいう触れ込みで売ってた。そのこんにゃくも白かった気がする。ちょうどこんな色をしていたわ」 マルタは急に声のトーンを落とした。「ああ、ポーランドに帰りたい……静かで知的な雰囲気のアダム・ミツキェヴィチ大学の構内、私と同じ名前の湖、かわいい路面電車……」 ぶつぶつとポーランド語で何かを呟き始めたマルタに対して、双子が気の毒そうに言った。「ポーランドの女の子が」「日本のこんにゃくで故国を思い出す」「哀れなり」
ようやく落ち着きを取り戻した危懼子が言った。「誰がこんなことをしたのか、というのはもちろん問題ですわ。犯人が判明したらたっぷりとこんにゃくを食らわせてやります。ええ、そいつの臓器がすべてこんにゃくに置き換わるまでこんにゃくを食べさせてやりますとも。しかしそれ以上に大事なことがあります」 命賭が問いを投げかけた。「畳がこんにゃくになるって割と異常事態だけど、それ以上に大切なことってあるの?」 危懼子は頷いた。「ええ、ありますわ。それはちょうど5分前に下校時刻が過ぎたということです。つまり本日の『女子だらだら部』の活動はこれできっぱりと終了して、みんな直ちにおうちに帰らなければなりません。我が『女子だらだら部』は理想的なだらだらスタイルを追求する部活動、下校時刻を超えてまで活動を継続することは
「荷物をとるなら、このこんにゃくの上を歩いていかないといけないけど」 命賭が苦々しげな口調で言った。「やだなぁ、こんにゃくを踏むのは。なんか、食べ物を粗末にしているみたいで」 危懼子も同意した。「そうですわね。私も嫌ですわ。私、テレビでも食べ物を粗末にする系の番組は許せませんの」 命賭が言った。「でも最近は放送倫理にひっかかるからそういうあからさまに食べ物を粗末にする番組はなくなったって聞いたことがあるよ。パイ投げのパイだって全部フェイクのものを使ってるらしいし」 双子が言った。「パイのクリームは」「シェービングフォームで代用されている」 メイドが言った。「私はメイドゆえ犯罪以外ならばどんな汚れ仕事でもやるぞ。ご命令があればこのこんにゃくの海を渡って五人の荷物をとってこよう」
「いえ、ちょっと待ってください」 わずか一日のうちに生きたカタツムリから黄金の殻へ、黄金の殻からネックレスへと二回も転身を遂げた元黄金のカタツムリのネックレスが、危懼子の胸の上から声を発した。「こういう時こそ私の力を用いるべきです」 マルタが言った。「あなたの力を、どういうふうに使うの?」 ネックレスは言った。「私の力ならば、こんにゃくを元通りに畳に戻す程度のことは充分に可能です。なにせ私は神ですから。海を割ったり、雷を降らせたり、
「さっそくやりましょう。ていうか、もうやります。やりました」 ネックレスがそう言った瞬間、部室の床全体が黄金色に輝いた。輝きは数秒間続いた。終わった時には、美しく規則正しい畳目模様が目の前に広がっていた。「素晴らしいですわ!」と危懼子が叫んだ。「これぞまさに神の力です! 今日は黄金のカタツムリ様が生きたままマイマイカブリ様に肉を啜られたり、マイマイカブリ様がアメフトボールに潰されたり、光ったり、ノーパンメイドが出現したりといろいろなことが起こりましたが、これほど感動したのは初めてですわ!」「ノーパンではない、私はノーブラでもある」とメイドが口を挟んだ。ネックレスはどことなく誇らしげな口調で言った。「ああ、今、あなたから感謝と崇拝の念が私に向かって流れ込んできているのを感じます。神としてこのような気持ちを味わうのは久しぶりです」
「これで心置きなく部室に入れるね」と命賭が言った。六人は靴を脱いで部室に上がった。五人は荷物を手にした。マルタは座卓の上に置いてあった大きな聖書を丁寧に革のケースに収めた。「この聖書までこんにゃくになってしまっていたら、私きっと立ち直れなかったと思うわ。これ、日本に行く時にお母さんが私にくれた大事なものなの」 彼女は革のケースを愛おしそうに撫でながら言った。
「じゃあ、それをこんにゃくにしてあげましょうか?」 突然部室に響いたその声に、六人全員がはっとして顔を上げた。声は部室の入口から発せられていた。そこには女が一人立っていた。「まったく、予想外だったわ。こんなにもあっけなくこんにゃくを元通りにされるなんて……」
女は魔女だった。女は
「こんにゃくを舐めるんじゃないわよ!」 魔女が叫んだ。「特に下茹でする前のこんにゃくは!」 魔女はなおも叫んだ。「ちなみにこの『舐める』はダブルミーニングというやつよ!」
「ノーパンメイドの次はこんにゃくの魔女なの?」 と命賭が呆れたように言った。「出来の悪い学園もののアニメ見てるような気がしてきたよぉ」 メイドが言った。「魔女の次はなんだろうか。
魔女は咳ばらいをしたあとにまた口を開いた。「崋山危懼子ならびにその他女子部員ら、あとメイド。よくも私をこけにしてくれましたわね! 私の必殺のこんにゃく魔法を無効化するとは!」 底冷えするような魔女の声は、しかしどこか舌っ足らずだった。いうなればロリっぽかった。魔女の背丈もその幼い声に見合ったものだった。魔女は小さかった。身長145センチの命賭と良い勝負ができそうだった。しかし命賭は小さいながらも出るところは出ており、引っ込むところは引っ込んでいるが、その魔女の体格はゆったりとしたローブのおかげで判然としなかった。「こけにするという日本語の『こけ』は
「こんにゃくにしちまうぞ!」 突然、魔女は吼えた。六人の少女はびくりと体を震わせた。「『女子だらだら部』から『女子ぷるぷる部』に改名させてやる!」 魔女は杖を掲げ、六人に向けた。大きな鍔の下に隠れていた顔が明らかになった。顔は幼いながらも可愛らしかった。掲げられた杖の切っ先は明らかに危懼子に向いていた。「ぐぬおおお、魔力よ集まれ……」 魔女の掛け声はカッコ悪かった。双子が呟いた。「ひどい掛け声だ」 魔女の体から紫色の光が発せられた。紫色の光は杖に集まり、先端へとのぼっていった。先端で膨大なエネルギーが蓄積された。杖の先端はビカビカと光った。「やばそう」と双子が言った。
しかし魔女は、数秒間杖を保持して、力なく杖を下げた。「お、重い……この杖やっぱり重いわ……」 魔女にはまったく筋力がなかった。おそらくポテトチップスの袋を開けるのにも苦労するほどだろう。メイドが言った。「筋トレした方が良い。プランクとか」 しかし賛同する者は誰もいなかった。
危懼子が言った。「随分と私たちに、いえ、私に対して強い恨みの念を抱いていらっしゃるようですけど、あなたは何者ですか? 恨みがあるならばそれはそれで構いません。お嬢様というものは存在するだけで人から恨みを買うものですから。しかし初対面の人に向かって名前を名乗らないというのは
「初対面じゃないわ!」 と魔女は叫んだ。「私はあなたのことをよく知っているし、あなたも私のことをよく知っているはずよ! よく見て、思い出しなさい!」 魔女はぐんと胸を張った。その胸は平坦だった。マルタはその平坦さを見て、祖国ポーランドの広々とした平原を思い出した。そもそもポーランドはポーランド語で「ポルスカ」というが、この「ポルスカ」という言葉は平原を意味する「ポーレ」から由来しているという。「おうちに帰りたい」とマルタは言った。「あの魔女っ子を見ていたらおうちに帰りたくなった。おうちに帰りたい」 マルタの声は哀切に満ちていた。
双子が歌を歌い始めた。「ほら、そこ、黒い川の流れのそばで♪」「若いコサックが馬に乗っている♪」「彼は悲しげに女の子へ♪」「そしてもっと悲しげにウクライナへ♪」「別れを告げている♪」「へい、へい、へい、ハヤブサよ!♪」「山も、森も、谷も飛んで越えてゆけ♪」「鳴らせ、鳴らせ、鳴らせ、小さな鈴を♪」「草原のひばりよ、鈴を鳴らせ♪」 マルタが大きな声で叫んだ。「ああ、『Hej Sokoły』(おい、ハヤブサよ)じゃない! 懐かしい歌! ますますおうちに帰りたくなってきた……」 双子が美しい声で歌う祖国の愛唱歌はマルタの胸を刺すようだった。ちなみに双子が歌っている歌詞は英語からの重訳であるため正確であるかどうかは分からない。信じてはならない。
双子が歌っている最中にも、危懼子はその注意力と観察力とを働かせていた。やがて彼女は一つの結論に達したようだったが、それでもなお彼女は半信半疑という
「
「この女の子はマジの
危懼子は言った。「この方、小さいのにやたらと威勢が良く、ことあるごとに私にバトルを挑んで来るのですわ。そしてそのたびに私に負かされて、泣いて家に帰っていきますの。でもまさか同じこの西方浄土高校に通っていたなんて……」 魔女はまた胸を張った。やはりその胸は平坦だった。「今年の四月に入学してきたのよ! 今年から私は高校生! あなた、私があなたより学年が一個下なの忘れたの?」 魔女の声は憤りに満ちていた。
危懼子はこともなげに言った。「そういえばそうでしたわね。それで、どう釈明するおつもりかしら?」 魔女は冷ややかな視線を返した。そこには敵意と嘲りとが含まれていた。「釈明? なんのことかしら?」 魔女に対して危懼子は冷静な声で言った。「私たちの神聖なる部室の畳をこんにゃくに変えたことに対する釈明ですわ。内容
マルタが言った。「こんにゃく漬けの刑ってなに? 東洋的な前近代性剥き出しの刑罰の一種?」 危懼子が答えた。「この子のご実家の住所は分かっております。敵地の情報は筒抜けですわ。お嬢様としての資金力を活かして
魔女は勝ち誇ったような顔をした。「ぶつぶつと何を言っているのか分からないけど、そうね。あなたたちをこんにゃくにする前に、私があなたたちをこんにゃくにする理由を教えてあげるわ。こんにゃくとなってこの世の終わりまでこんにゃくのまま過ごす間、そのこんにゃくの脳みその中で私の話を反芻して後悔と絶望の念を増幅させるためにね!」 双子が言った。「こんにゃくの賞味期限は」「だいたい30日から90日」「この世の終わりまでは到底もたない」「でも魔女の魔法によるこんにゃくならばあるいは」 マルタが
「そう、あれは今日の放課後のことだったわ」 魔女はうっとりとした表情を浮かべた。「これはまた長くなりそうだねぇ」と命賭が言った。「私たち、もう下校時刻もとっくに過ぎてるし、そろそろ帰りたいんだけど」 魔女は腕時計を見た。「そうね、確かに下校時刻ね。どうしたものかしら。あまり帰りが遅くなるとお父さんとお母さんが心配するし……」 魔女は考え込んだ。鍔広の帽子を傾かせ、じっと思考に耽っている。
「しめた。ああなった
先頭を行くメイドが、ドアのノブに手をかけたその瞬間だった。
「馬鹿ね、素通りなんてさせないわ! 隙あり!」
紫色の閃光が走った。魔女はメイドを狙ったが筋力不足のため杖の狙いが保持できず、当たらなかった。放たれた魔力はドアに直撃し、ドアを瞬時にして分厚く大きな白いこんにゃくに変えた。
メイドが頭をかきながら言った。「困ったな。これまでの16年の短い人生で多くのドアを開け閉めしてきたが、こんにゃくのドアは初めて見る。これじゃ外に出られないぞ」
魔女が改めてうっとりとした表情を浮かべて言った。「そう、あれは今日の放課後のことだったわ……」 命賭が言った。「無理やり話を再開したよこの子」 危懼子が諦めたように言った。「これは話を聞かないといけない感じですわね……」
双子が締めくくるように言った。「こんにゃくの」「裏と表のあやしさを」「歳晩のよる」「誰か見ている」「岡部桂一郎」
「おうちにかえりたい」 マルタは嘆いた。
(つづく)
次回もお楽しみに!(字数が減らない……)