ようこそ恋愛に目覚めた綾小路がいる教室へ   作:炉鈴

1 / 6
四月とはヒロインに出会う季節である。

 

 

 

 

 

 

オレにとって恋愛とは何か。

 

誰かに好意を抱く、愛する、焦がれる。そういった経験がないオレが恋愛を語るのは不可能に近い。

 

知識でしか理解していないオレと、知識と実技を経験した一般人。果たしてどちらに軍配が上がると言えば、それは言うまでもなく後者だ。

 

テレビや本でしか得られないその曖昧な物。オレはいつしか、その恋愛とやらに手を伸ばしたくなった。

 

知識欲か、探究心か。もしくはそれら全てか。未だに見えない恋愛の二文字を探しに行く。あの高度育成高等学校に。

 

 

 

 

─────人生には、二つの道しかない。一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ─────

アルベルト・アインシュタイン//

 

 

 

 

 

 

 

///////////

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四月、バス内にて。オレは片手に本を持ち、久々にラノベから恋愛とは何かを学んでいた。

 

 

曰く、恋愛とは甘酸っぱいものだ。

 

曰く、恋愛とは儚いものだ。

 

曰く、恋愛とは人間種の本能が促しているものだ。

 

 

今まで読んできたジャンルの中で最も多かった恋愛への見解が三つ。創作内で語るのは年上の人間か、もしくは恋愛を経験した幼なじみだったり友人だったりが多い。

 

無愛想な主人公に対して恋愛を促すヒロイン。熱血な主人公が恋に一途になる展開。始めは奇抜な発想だと思いきやありきたりな設定だったと後々知ることになり、オレは稀に見ない落胆を味わったものだ。

 

一ページごとに綴られる恋愛模様。この手に取っている本は可愛らしい悪事を働くも主人公に許されたヒロインと主人公のためなら何でもすると誓うもう一人のヒロインが取り合いをする展開らしく、オレはその展開の先を見たいが為に視線の移ろいを早くしていた。

 

そうして数分か、バスに揺られていると何やら車内が騒がしいことに気がつく。横目で確認してみれば、どうやら席の譲り合いで揉めている最中らしい。

 

 

「あ、あの⋯席を譲ってもらえませんか?」

 

 

見た目可愛らしい少女が健気に席を譲ってくれる相手を探している。隣には老婆が疲弊した表情で少女を見つめ、気にしないでと声を掛けていた。

 

だが、やはり。仮にあの少女が周りに願おうがそれが現実に起こるとは限らない。誰も譲らず、誰も見ず。ほとんどの人間は知らん振りを決め込む。

 

これが当たり前だ。郷に入れば郷に従えとの言葉があるように、オレも民衆に倣って反応しなければ何も起こらない。が、その考えは一年前の成長がなかったオレであることはオレ自身が知っている。

 

 

「⋯あの、良ければどうぞ」

 

 

バスが一時停止したタイミングで立ち上がり、老婆を見つめて座るように促す。オレの席は二人用で通路側を空けた形になり、そのまま老婆は短くお礼を述べて座席に座る。

 

これでいい。今のところは計画通りと言ったところか。

 

 

「⋯ありがとねっ。まさかキミが譲ってくれるとは思わなかったよ」

 

「そうか。ちょうどオレは立ちたかった所だし、譲った甲斐があったってものだ」

 

 

恋愛において初手の肝は出会いだ。仲を深める第一歩として出会いは非常に重要なプロセスであり、逆に言うとそれさえ越えればヒロインと一定の仲を築ける場合が多い。

 

この状況下で喩えるなら目の前の少女の声掛けに応え、席を譲った。逆に他のヤツらは知らん振りを決め込んでいたわけだから、オレへの印象は好意的になっているだろう。

 

現に目の前の少女⋯恐らく今年入学する生徒だと思われる彼女は、オレに対して感謝の気持ちを伝えている。まさかラノベの通りにファーストコンタクトが上手くいくとはな。あながち、リアルでも通用してくれるんだろう。

 

 

「キミ、もしかして入学生?だとしたら私と同じだねっ」

 

「あぁ。⋯綾小路清隆だ。宜しくな」

 

「綾小路くんかぁ⋯あ、私は櫛田桔梗っていいます。これからよろしくね?」

 

 

バスの車内なので小声になりつつも会話を弾ませる。願ってもみないことに名前までゲットしてしまい、オレはラノベで得た知識もバカにならないなと関心した。

 

さて、そうしている内にバスは目的の場所へと到着。ほとんどの乗客が高度育成高等学校の生徒なのは制服からも明らかであり、オレと櫛田もその人波に並んで共にバスから出て校門へと進んでいく。

 

 

「わぁ⋯とっても大きいね。噂だとひろーいショッピングモールとか映画館もあるみたいだし⋯って、まだ入学式もしてないのに気持ちが早まっちゃった⋯えへへ」

 

「良いことだと思うぞ。目の前の不安を憂うよりも未来に希望を見出す方がよっぽど良い」

 

「うん、そうだねっ。綾小路くんの言う通りかも!よーし、まずはお友達作りから頑張っちゃうぞー!」

 

「頑張ってくれ。⋯クラス、同じになるといいな」

 

 

はしゃぐ櫛田の横で歩くオレに向け、なんだコイツと男子たちからの視線が刺さる。

 

その原因は言うまでもなく櫛田のヒロイン属性にあるのは承知済みだ。可愛らしい容姿、話しかけやすい雰囲気、好かれやすい人物像。どれをとっても恋愛小説に登場するヒロインとして一人前に等しい。

 

ならばこそ、オレは隣を歩く。ラノベの主人公がいちいち他人を気にしながらヒロインと歩いたりするか?否、主人公はそもそもヒロインにしか視線を向けない。要はそういうことだ。

 

 

「⋯えーっと⋯あ、クラス表ってこれかな?」

 

「らしいな。AからDでクラス分けされてるみたいだ。オレは⋯Aだな」

 

「私はDかぁ⋯残念、初めてできた友達とは一緒のクラスが良かったのに」

 

「そうだな。⋯って、もう友達レベルにまでなったのか⋯」

 

 

クラス表のA枠にはオレが、D枠に櫛田が所属することになっていた。そうなれば話す機会も減ってきてしまうだろうに、全くもってこの采配には納得できないが。

 

というか⋯櫛田はいま()()と言ったのか?まだお友達になりましょうの言葉を交わしていないんだが。まぁ、事実は小説よりも奇なりと言うし、櫛田が友達と形容してくれたならこちらとしても助かる。なんせ、友達ゼロ人じゃ寂しいからな。

 

 

「あ、この後は入学式みたいだよ。一旦ここでさよならになっちゃうね⋯」

 

 

櫛田が眉を下げて別れを惜しむ。これもまたアニメやラノベより味が出てて⋯と、これ以上考えるのは良した方が身のためだ。オレはラノベ系主人公から色々と知識を得てはいるが、それを丸ごと再現する気はない。色々とイメージを膨らませていては固定概念に縛られすぎてしまうだろう。

 

こいつはイメージと違った、残念だと。そんな失礼な考えを持たない為にも、オレは自制する選択肢を取る。

 

 

「たとえクラスが違くても友達は友達だ。それに櫛田、お前ならすぐ友だちが出来ると思うぞ」

 

「え、ほんと?そっかぁ⋯うん、それじゃあ友達作り頑張ってみるね!」

 

 

恋愛とは焦った方が負ける。この別れは惜しむべき出来事だがいずれチャンスは巡ってくるはずだ。それに、櫛田に続けて友達作りに励みたいと考えているしな。

 

学生間の恋愛は友人の有無で大きく左右される。この認識がなければオレは日陰族となっていただろう。こうしてラノベや恋愛アニメに出会えたことを感謝しておくと共に、櫛田に友達ができることを願っておこう。案ずる必要すらないだろうが。

 

 

「それじゃあ櫛田。また後で」

 

「うんっ。落ち着いたらまた会おうね?」

 

 

こうしてオレと櫛田は別れ、入学式へと望んだ。

 

 

 

 

 

 

 

///////////

 

 

 

 

 

 

 

長い長い入学式が終わり、教室への道を歩く途中。暇を持て余して窓の外に見てやれば、高度育成高等学校の敷地が視界全体に映った。規模からして広大、国が主導しているともあれば規格外なのは間違いない。

 

確か櫛田も言っていたが大きなショッピングモールや映画館、その他施設が一通り揃っているとか。これは学生たるオレたちにとって手厚い優遇なのは間違いないだろう。

 

 

「⋯オレの席は⋯⋯」

 

 

オレにとって些末なことを思い出している間に教室へと辿り着いて席が何処にあるかを探し出す。教卓から見て右奥、最後尾の窓側。

 

この場所なら教室全体が見やすくて助かる。大雑把にでもクラスメイトの容姿を確かめられるし、後々起こるだろう自己紹介イベントで生徒の顔を見ることできる。そこで得られるものは言うまでもなくオレへの印象。

 

もしも、万が一にオレの出身を知ってるヤツがいるなら。僅かな表情筋の変化、目線さえあれば察しがつく。オレにとって過去を知る人間からの接触は邪魔でしかなく、またオレの恋愛にほんの少しでも傷を残すようないわばイレギュラー的な事象が起こる確率が上がってしまう。そうならない為にもある程度の不穏分子は把握しなければならない。

 

素早く席に座り、オレはこの先のシチュエーションを幾つか頭に浮かべていった。

 

 

「⋯先行きが不安だな」

 

「⋯⋯ねぇ、早く取って」

 

 

思い耽るオレに割り込んできたのは女の声。前の席にいる女子が資料を渡してきたらしいがオレは気付かず、余計な手間をかけさせてしまったらしい。

 

 

「⋯すまん」

 

 

失態だな。つい恋愛を(つつが)なく遂行する術を考えると意識を逸らしてしまう。呆れた目でオレを見る女子には後で改めて謝っておくか。友達作りの二番手で転けるのは幸先不安になる。

 

 

「⋯資料は行き渡ったようだな。ではこれより、当校についての説明を行う」

 

 

教室全体を見渡し、全ての生徒に資料が行き届いていることを確認してAクラス担任の真嶋先生が説明を始めた。

 

 

「まず当校は全寮制である。そして卒業まで外部との連絡は制限され、学校の敷地内から出ることもできない」

 

 

要するに三年間はこの学校に縛られるということか。他の人間ならともかくオレとしてはその方が都合が良い。

 

 

「当校にはあらゆる施設が揃っている。君たちの想像するあらゆる施設が、だ。敷地内から出られないことを除けば普段通りの生活ができるだろう」

 

 

櫛田の言っていたショッピングモールや映画館が該当するのか。なら納得だな。

学校から出られない以上、敷地内に施設を備え付けるのは当然だ。

 

 

「ここでは現金の代わりにポイントと呼ばれるものがある。買い物やその他用途、全てにおいてこのポイントは使用可能だ。皆が所持している学生証端末を見れば分かると思うが、今月は一人あたり10万ポイントを支給している。そのポイントは1ポイント1円の価値であることを覚えておくように」

 

 

学生であるオレたちが現金を持たない代わりのポイントか。端末は後々覗くとして、一人あたり10万も支給するとは太っ腹だな。それとも10万ポイントに意味があるのか。

何にせよポイントは無駄遣いしないように気を付けるとするか。全てにおいて使えるのなら、貯めておいて損は無い。

 

 

「最後にポイントの振込日についてだが、毎月一日に支給される予定になっている。基本的に例外はない。その他、何か質問があれば聞きに来るように」

 

 

資料を捲りながら教師の説明を聞き、大方はこの学校について理解したがまだ初日。把握するには時間が欲しいのが正直なところだな。

 

説明が終わってから今日のところは下校。Aクラスの生徒は続々と教室から抜けていき、謝ろうと思った前の席にいた女子も気が付けば居なくなっていた。そして、オレは友達作りに出遅れたことを理解する。

 

オレが櫛田と仲を深めていたように、他のヤツらも同じようにしていたのか。とにかく、今後の恋愛を滞りなく進めるために一人か二人は友達を作っておきたい。そう思い立つも、オレは初日の出遅れを反省してコンビニへと赴いた。糖分補給も兼ねて。

 

結局、各々が気の合う人間と輪を作った形になり自己紹介イベントは起こらなかった。後々起こるかもしれないが。

 

 

 

 

 

///////////

 

 

 

 

 

 

コンビニまでの道のりはそう遠くない。傍らでは生徒らが談笑していたり、人目気にせず騒いでいたり。またこの先にあるモールには多くの人間が出入りしてる様子だ。服、家電、雑貨、日用品。全てが学校の敷地内で完結するとなれば、その店舗の場所も限られてくるのだろう。

 

服屋、レストラン、その他。今後の為に場所を覚えておいて損はない。不審にならない程度に周りを観察し、オレはコンビニへと入っていった。糖分⋯無難にシュークリームでも買ってしまおうか。多少のポイントなら使っても問題ないだろうし、ポイントが本当に使えるのか試してみたい。

 

品定めをし、これだと見つけたシュークリームを手に取ろうとする。その時、気になる人影を見つけてオレは伸ばした手を元に戻した。

 

 

「⋯あれは……」

 

 

確か、オレの前の席にいた女子だ。赤紫の髪を下に伸ばし、サイドテールで髪を結んでいる。雰囲気からクール系ヒロインを漂わせているから間違いなくあの女子だろう。

 

ここで改めて謝罪する機会を得られるとはな。ついでに謝罪からの出会いで仲を深めるのも悪くないだろう。などと先人たちの描いたラノベ展開を浮かべていると、その相手といえば妙に不審な動きをしている風に見受けられる。

 

 

「⋯そういう事か」

 

 

目を離せば起きたことすら知覚できない。手際の良さと素早さ、それと明らかに手馴れているその手段。

 

彼女は、オレが謝ろうとしていた女子はあろう事か棚に置かれた日用品を鞄にしまいこんでいた。鮮やかな、流れ作業のように。

 

 

「まさか初日にこんな出会いをするとはな⋯」

 

 

少し前から辺りに視線を巡らせていることからもしやと思いカメラを回していた⋯断じて下心を抱えて起こしてはいない行動で、常習犯らしい女子の行為は全て録画済み。

 

オレはてっきり謝罪から始まる青春を期待していたのに、これは一体どういう状況か。何百冊と呼んだ本の中にも窃盗シーンから始まる関係なんてほとんどなかったぞ。

 

それよりも、窃盗を働いたあの生徒についてだ。オレがいることは気付かれてはいないし、このまま撮影は続けることにするべきか。もし常習犯だというなら一品だけ盗んで終わりにはしない。あとひとつ、と欲を出す。その瞬間をまずは抑えることにした。

 

 

「⋯来たか」

 

 

気も抜けない数十秒を過ごし、オレはその瞬間が来たと気配を悟られないよう注意を払って端末による撮影を敢行した。

 

顔から制服から盗んだものまで、全てオレの端末に保存。こうなればいくら言い逃れしようが証拠があることで手詰まりになる。また、オレが撮影せずとも別の視点で捉えられてはいるのだが。

 

結局、オレは見過ごす真似はせず端末の録画を切って相手に近付く。確たる証拠を手に、平然とした顔で。

 

 

「⋯お前、これはどういうことだ?」

 

 

開口一番の脅し文句。展開次第ではヒロインの弱みを手にあれやこれやとなりそうなものを、オレはそこまで計画性のない行動を取ったりしない。外から少しずつ逃げ場をなくしていく方法を取った。

 

突然声を掛けられ、どういうことだと問い詰められた彼女が初めに示したのは困惑と懐疑心。なんだコイツ、という目線と一抹の不安が過ぎったのだろう。顔色は変わらずとも目が数ミリ程度泳いでいる。

 

 

「⋯見てたの」

 

「あぁ。一部始終、全部見ていた。証拠も勿論ある」

 

「⋯それ、どうするつもり?」

 

「⋯どうする、か。そうだな⋯とりあえず話でもしないか?此処じゃ話しにくいこともある」

 

 

もう少し言い訳をしたりするかと思えば、あっさりと口にせずとも遠回しに認めたことは驚きだ。人は(いや)しい事実を抱えた時、必ず己の非を四方へ割くか逃げようとする生き物だ。

 

なのに、この生徒は認めた。隠すでもなく、否定するでもなく。窃盗の常習⋯癖、とでも言うべきか?そういう人間があっさりと降参したことにオレは興味を惹かれていた。

 

その興味はほんの僅かだ。欠片程度にしかない。だが、恋愛含む青春を謳歌することを目的としたオレは他人に興味をなくすことはない。

 

人への興味。薄かった他者への関心。恋愛をするにおいてオレの改善点と理解している。故に僅かながらでも興味を持って接することにした。

 

 

「近くに個室の料亭があるみたいでな。少なくともそこなら心配要らないだろ」

 

 

短いやり取りで彼女は言葉に頷いてこっそりと鞄に入れた品を棚に戻し、そしてオレが前を歩きコンビニを出る。あのシュークリームは今度にお預けだな。

 

つい先ほど、コンビニまで歩く途中で見つけたモールにある店舗。記憶違いでなければ学校の資料に日本食を提供する個室料理店があったはず。話が話だからな、カフェなんかで話をして他方に漏れたら困る。

 

それにオレにとってこの機会を使わない手はない。現状、オレは一人の少女の弱みを握っているといった過言じゃないからだ。

 

悪役のキャラクターなら何かと弱みをチラつかせて従わせたりするのだろうか。アニメでもあったな、そんな展開。最後は正義に裁かれるんだけど。

 

 

「二人でお願いします。あと、なるべく隅の方で」

 

 

店員に軽く人数を告げて案内された個室。見る限り外からの視線は遮られていて、会話にはもってこいの場所だ。

 

ちなみに後ろにいる彼女は膨れた頬を隠すことなくオレを睨んでる。怖い、しかも頬膨らませるって⋯さてはツンデレか?この状況で。

 

 

「⋯で、何を話すわけ」

 

 

個室に入ってから数分、互いに沈黙の時間が続いたと思えば彼女の方から口を開いた。

 

そりゃ、呼んでおいて何も話さないのは不審だよな。その間オレはこの先の展開を想像してた、とか正直に言えるわけもないし。

 

オレは案内を終えた店員にオススメの定食を二人分頼み、そのまま彼女と対面。店員は素早く去っていった。

 

 

「単刀直入に聞く。お前、なんで物を盗んだりしたんだ」

 

「⋯あんたに話す必要あるの?」

 

「ある。オレがこうして話を聞いてる意味、分かってるのか?」

 

 

さすがに易々と理由を話したりはしないらしい。ここに来て黙るつもりならそれは都合が良い話ではあるんだが、彼女はまだこの状況を飲み込めていないのだろう。薄々は気が付いてるかもしれないが。

 

 

「オレはお前が盗みを働いた証拠を握ってる。入学して初日の窃盗。もし持っている動画を教師に見せたら退学は確定だろう」

 

 

間違っているのなら反論すればいい。だが彼女は口を開くことなく、黙ってオレの言葉に耳を傾けていた。

 

 

「オレはいつでも学校側に証拠を提示できる。物を返したからといって犯罪を起こしていないことにはならない。確かにお前は懐に商品を入れ、持ち去ろうとした。コンビニには当然監視カメラがあるし、言い逃れは無駄だ」

 

 

あの時、オレは端末で録画を撮っている時と並行して監視カメラの位置を探していた。当然、コンビニやその他施設には監視カメラが備わっている。位置的には彼女の盗みは見えない位置だが、だとしてもオレの撮影した動画があれば十分な状況証拠になり得る。

 

それを分かってか、あるいは窃盗への興奮で考えすら過ぎらなかったか。この際どちらでも構わないが、話を聞かない限りはこの先の判断をし兼ねる。

 

 

「⋯お前なら分かるだろ。こうして話す場を設けた意味が。⋯こっちは生殺与奪を握ってる。生かすも殺すもオレ次第ってわけだ。オレは判断する側で、お前は言葉を待つ側。理由を話すなら情状酌量の余地を与えてやってもいい」

 

「⋯分かった、話せばいいんでしょ」

 

 

素っ気なく髪弄りをしながら、彼女は少しずつ話を始めていく。睨む視線は変えることなく、時々目を合わせてくるが。

 

聞くところによると、まずこの窃盗は初めてではないこと。今までバレなかったから、今度もバレないと思っていたこと。入学初日に盗みをしようと思ったのはスリルを味わいたかったからということ。

 

盗むなら盗むで別日にすれば良かったものを。スリルなんてものに踊らされ、よりによって初日の新一年生が多い状況でとはな。逆に勇気がいるぞ。

 

しかしまぁ、こうしてスリルの為に行動を起こすヒロイン候補は一定数いるものだ。現実だとあまりシャレにならないのが難点だけどな。

 

 

「なるほど。要は盗みの癖が付いていたのか」

 

「そういうこと。⋯ちゃんと話したから、処遇は軽くして」

 

 

理由は概ね把握した。相変わらず態度が厳しく軟化の兆しが見られないのが残念だが、恋愛ラノベ系なら徐々に親しくなっていく過程が必要となる。

 

出会った当初は笑顔を見せなくとも、苦難を乗り越えた結果にヒロインの笑顔が見られる。その為なら努力でも何でもしよう。全てはオレの恋愛を成就させる為にな。

 

 

「⋯ひとつ聞かせてくれ。お前は⋯」

 

「お前、じゃない。⋯神室、真澄」

 

「⋯⋯分かった」

 

 

どうやら個室に入るまで不服そうにしていたのはお前呼びが気に食わなかったかららしい。何とも可愛い理由で拗ねてたものだ。名前は神室真澄⋯ヒロインで居そうな名前だな、と口にしそうになってオレは静かに閉口した。

 

 

「で、神室。ひとつ聞きたいんだが。⋯お前はオレに対して何が出来る?」

 

「⋯どういうこと?」

 

「そのままの意味だ。神室も気付いていると思うが、この学校のルールは余所と比べて異常だ。特にポイントの扱いについて解釈が大きすぎる。担任の真嶋先生も言ってたろ、全ての用途においてポイントは使えると」

 

「⋯ポイントならどんなことにでも使えるってことね」

 

「その通り。今後、このポイントを巡って争いが起きる可能性は否定できない。それに巻き込まれない為にも、オレはお前が優秀なら手を組みたいと考えている」

 

 

ポイントとは現金の代わりだと真嶋先生は言った。しかし蓋を開けてみれば、それ以上の価値に等しいのは自ずと理解が及ぶ。

 

ポイントでの物品購入は勿論のこと、他者から他者へのポイント移動や挙句の果てには()()()()()()()()()()()()()()まで購入することが出来る、とオレは見ている。

 

それはつまり、ポイント自体の価値が相当に高いことを意味しているに他ならない。よって、今後は個人間かクラス間で争いが起きると仮定した。

 

オレからしてみれば争いなんてする気も起きないが、もしオレの計画の邪魔になる人間がいるなら排除する必要がある。ならばこそ、人手もとい協力者は集めておくに越したことはない。

 

共犯というスパイスがあれば自ずと仲は深められる。そう見越して。

 

 

「手を組みたい、ってさ。対等な立場の人たちが言うもんでしょ。私はあんたに弱みを握られてるのに」

 

「⋯綾小路清隆だ。⋯オレはな、正直なところ神室が盗みを働こうが知ったことではない。弱みを握った立場なら有効な方法、脅したり従わせたりはできるけどな。人をたった一つの毒で制御しようと思えば、いずれは自分にも毒が回って死に至る。強制で従わせるより自主的に協力してくれる方が良くないか?」

 

 

オレは悪として成敗される気は毛頭ない。脅し、服従。いつだって卑劣な悪側は主人公のパンチや警察にお縄だとか流れが決まっている。

 

入学早々女子の弱みを握ったオレが起こす行動。間違いなく、仲を深めること以外にあるものか。

 

入学式前は櫛田と、今は目の前に居る神室と。既に二人のヒロインを見つけた幸運を手放す真似はできっこない。そも、オレは恋愛をしたいがために有名な高度育成高等学校の戸を叩いたんだ。

 

 

「⋯待ってて。考えるから」

 

 

オレの言葉に思うことがあったのか、神室は目を伏せて悩み込む。考えるとは今後の身の振り方か?それとも自身の有用性についてか?

 

⋯にしても、神室の見た目は恋愛ラノベに必要な要素を全て満たしてるよな。クールキャラ、話し方も素っ気ない感じ。容姿から惚れ惚れする要素が詰まっている。やはりオレの恋愛はこれから⋯

 

 

「あ、どうも」

 

 

神室とはまた違った考えを脳内展開していたところで店員が料理を運んできたらしく、そのまま互いの目の前に配膳を終えすぐさま去っていく。すまない店員さん、オレは食事よりもヒロイン攻略について悩んでしまった。この詫びは食事を堪能して返すとしよう。

 

 

「⋯で、考えは纏まったか?」

 

 

料理は運ばれてきたが未だに口は付けずに神室の言葉を待つ。先に食べるのは以ての外、話を終えてからの方が美味しく頂けるだろう。

 

オレから返答を促すが言葉を発する様子もなく、神室は悩み続けている。そりゃあ今後の生活に響く話題でもあるからな。即決できない気持ちは察するが。

 

 

「⋯わかった。それでいい」

 

「⋯オレの協力者になるってことだな」

 

 

ふと開かれた口から了承の言葉を聞き、オレはまず一歩目は成功したことに安堵する。オレが恋愛至上主義を貫く為にも協力者的位置のヒロインは必須級だったからだ。

 

情報とは時に武器として、時に盾に変わる。これから起こるかもしれないイベントに向けて情報の有無は大きな差を作る。それに降りかかる寸前の火の粉を払うことにも使えることだろう。

 

 

「⋯協力者にはなる。でも、ひとつだけ条件を付けたい」

 

「神室から条件を付けるのか?⋯分かった。内容次第だが聞くには聞こう」

 

 

まさか神室から条件を付けられるとはな。この場においてオレの方が立場的には上となってしまう状況で豪胆なことだ。

 

しかしオレは協力者なら対等だと暗に示している。それを知ってかこの提案を投げかけてきたんだろう。なら、内容次第では受け入れるのも(やぶさ)かではない。オレは神室に続きを促した。

 

 

「⋯私のこと、守ってほしい」

 

「⋯⋯守る、って何からだ?」

 

「全部から。⋯綾小路が言う話を信じるなら、これからポイントの奪い合いが始まるんでしょ。なら私にもその奪い合いの火の粉が飛んでくるかもしれない」

 

「つまりは⋯あらゆる危険から守れ、と?」

 

 

大層な条件だ。オレの話を信じた上で争いから守れという身勝手な願い。オレが確認の為に聞き返すと、神室は一度だけ頷いた。

 

馬鹿馬鹿しい願いだ、とオレは考える。あくまで立場が対等だと考えても、此方側の負担が明らかに大きい。オレにとってたかが一人を守るだけならそこまで苦でもないものを、だが鵜呑みにして了承するにもオレへのメリットが少ないことから頷きはできない。

 

その思考を見越してか、神室は様子を伺いながらオレを見据えて言い放つ。

 

 

「もしあんたが条件を飲んでくれるなら⋯私はひとつだけお願いを聞く。どんな事でも、何をするでも。⋯バラされるよりはマシだから」

 

「⋯自分自身を対価に、か」

 

 

神室はオレの協力者となり、オレは神室を守る。窃盗の件を考慮するなら、これだけでは対等な取引とはいかない。だからこそ、神室は自分自身を差し出した。願いを叶えるという相手からすればメリットしかない提案を。

 

何でも、と囁かれれば抗えないのが人間の本質。オレとて例外ではない。尤も、オレの考えていることは違ってくるが。

 

ともあれ、これで神室の負担とオレの負担で対価は見合ったと見て良いだろう。故にオレは募らせていた疑問を問う。

 

 

「提案は魅力的だ。だがな、神室。出会ったばかりの相手に自らを差し出すのはあまり宜しくないんじゃないか?」

 

「⋯そうかもね。でも、綾小路は他の男とは目が違う気がするし」

 

「⋯オレなら変な行為はしでかさないと踏んだのか」

 

「そういうこと。私はさ、これでもモテるから。変な人が来やすいし、何度も男の変な目ってのを見てきた。だから何となく、あんたはそういうことをしないって。それに⋯()()()()()()()()()()()から」

 

 

神室は言う。オレは下心がないと、何かをしでかすようには見えないと。その観察眼は何処で成熟されたのか、言うまでもなく過去の経験からか。

 

この点は褒められるべき長所だろう。今時、高校生になって相手の真意を見抜けるヤツはそう居ない。これだけでも手を取る意味はあった。

 

神室のように相手の真意を朧気でも見抜く力、オレが求めていた能力。ならばこそ協力者に相応しい。そして守る価値を見出すことができた。

 

 

「分かった。⋯神室、オレはお前を守ることにする。オレにとってお前は庇護下に置くに相応しいと思ったからな」

 

「そ。じゃ、これから何がなんでも守って。怪我させたら容赦しないから」

 

「⋯⋯暴力系ヒロインは良くないと思うぞ」

 

「⋯私がヒロイン⋯?何言ってんの?」

 

 

その後、ヒロインという意味を問い詰められながら定食を食べられたのは数分後の事だった。ちなみに味は美味で良かったな。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。