ヒロインは神室真澄ちゃんです。
オレにとって学校生活とは憧れに等しいものだった。幼少の頃から友達や親しい間柄の異性は作れず、外に出て仲間と一緒に遊びに興じたりも経験がない。
それ故にオレはラノベやアニメで学校生活もとい学生の良さを学んで思い知った訳だが、今となってはそれらが全て創作上の出来事だったと理解している。都合よく主人公の友達や恋人ができたりなんてことはなく、人によっては三年間をボッチで過ごすこともザラにある。
世間で浸透している陽キャの存在、そのひと握りだけが学生の本分たる青春や恋愛を謳歌できるのだというのは、言わずもがな誰もが知っているだろう。
何かを求めるなら何かを成さなければならない。
受け身のまま待っていても友人は作れず、恋人は以ての外。求めるのなら行動を起こす他ない。
なら、その通りにしよう。オレが恋愛の二文字を知る為にも、オレ自身の手で求めるものを掴み取る。
そのプロセスで生じた障害を取り除く力が、生憎と備わっているからな。
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楽しいことや新しいこと、人がそれらを体験すると時が早く進んだように錯覚する。オレに限った話で言うなら常々期待していた学生生活が最たる例だろう。
ラノベやアニメで補完する学校というシステムの知識、青春や恋愛といった未体験のもの。高度育成高等学校に入学して一週間は正に新鮮な光景ばかりが目に映り、あっという間に時が流れたように感じていた。
四限目の終わりが近い数分、オレは教室を後ろから俯瞰して思い耽る。想像の通りラノベのようなご都合展開もなければライバルも現れない日常だが、意外と平穏な日々を謳歌するのも悪くない。平凡もまた素晴らしい、と。
「⋯今日の授業はここまでだ」
思考の海に揺蕩うオレを呼び覚ましたのは社会担当の茶柱先生の声だ。こうして授業を受けるのは二週間も経つと慣れたもので、クラスの生徒らも初日から続いた緊張は見られていない。
ポイントの存在やその他不確定要素、高校生にとって慣れないシステムを体験しながら既に適応しているとは、やはり今どきの若者は順応力が高いのか。それ故に無駄な心配をせずとも済むのは朗報だ。
「⋯綾小路」
終業のチャイムが鳴って間もなく。青春の二文字を謳歌せんとするクラスメイトたちと同様、オレも席を立って小腹の空いた感覚を満たそうと足先を学食へと向ける。だが、それを一言で静止した存在がいた。
「神室⋯何か用か。オレはいまから昼食を摂りに行くんだが」
Aクラスの生徒として生活してから出来た数少ない友人。否、友人と言うよりは利害関係で結ばれた縁か。こういう時に良い例えが浮かばないのは瑕に等しいが、ともかくとして。オレの目の前にいる少女は、言うまでもなくクーデレっぽいヒロインである。
オレは道を塞ぐ神室に視線を下げながら、さも平然と差し止めた理由を遠回しで問いただした。
「⋯約束、忘れてないよね。ちゃんと守ってよ」
「ああ、もちろん忘れていない。だが⋯今、お前に差し迫った危険が及ぶようには見えないが?」
利害関係で結ばれた縁。オレが彼女を守り、彼女はその対価として一つ要望を聞く。そんな契約をした記憶は日に浅く、すぐに回想で記憶が呼び起こされた。
しかし、神室よ。オレは全面的にお前を守る為の力を惜しまないつもりだが、まさか昼食時にまで身辺警護を任せる気じゃないだろうな。たとえこれが親密度が上がるイベントだったとしても、さすがのオレも休憩時間程度は確保したいものだが。
「⋯ん」
有り得る選択肢だ、と溜息が溢れそうになり飲み込む。オレの葛藤を恐らく目の前で見ていた⋯かは定かじゃないが、オレが中々首を縦に振らないことに気付き、神室は目線を一度だけ真横に逸らして首背した。
一瞬だけ逸れる顔。端正な顔立ちから覗く不満気な表情と僅かに尖った唇が指すものは、つまるところ恋愛小説に出てくるツンデレヒロインの仕草と重なっている。これは、つまり。
「ツン⋯じゃなかった。神室、お前は何か理由があってオレに話し掛けたはずだ。まずは用件を聞かないと判断も何も無い」
「⋯ごめん」
うっかりとこれはツンデレのテンプレートか?と口端から零しかけたタイミングで自制心を働かせ、オレは話を本題に戻す。とは言っても、事情を聞くまではどうにも動くことは出来ない。
その意図を察したのか、神室は小さく眉を下げて謝罪を口にした。これはアレか、普段強気な女の子がしょんぼりしている姿を見て可愛いと思う男の気持ちなのか。
活字の中でしか存在していないと思われていた現象を目の当たりにした経験は恐らく、今後の青春を送る為の糧となるだろう。如何にして感情を引き出すか、その手段が増えるに等しい。
「とりあえず⋯付いてきて。話はそこで、するから」
「分かった。ただ、昼は学食で済ます予定だったんだが⋯」
腹を空かせたオレを他所にツンかつクーデレヒロインは教室を後にする。対するオレは我儘なお嬢様に接するラノベ系主人公のようにやれやれ、なんてポーズを取ろうかとも考えたが、さすがに人目がある場所で平然と気取るつもりはない。
オレがもしも美男子として名を馳せていればその様も幾分か綺麗に見えただろうが、残念なことにオレは平凡だ。
だが、それでも現実はそう捨てたもんじゃないと感じることはある。
「⋯あんたの弁当、作ってるんだからいいでしょ」
「ヒロインの弁当。⋯ご褒美か」
「ほんとに何言ってんの?」
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午前の授業から解放されたお昼時。普段通りならばオレは寂しく一人のランチを楽しんでいたところ、今日は筆頭ヒロインである神室からの誘いで野外のベンチに腰を掛けていた。辺りにはちらほらと生徒たちの様子が窺えることからも、ここはランチを楽しむのに適した場所であることが分かる。
確かにラノベでは男女二人が中庭だとか屋上などで恒例のあーんをしていたシーンもあったし、高校生ともなればこれが日常なのだろう。と、オレは勝手に己を納得させていた。少なくとも創作の世界でしか有り得ないだろうと思っていたのは内緒だ。
何せ、今のオレはその創作でしかない状況に直面しようとしているのだから。
「⋯美味そうだな」
桜色の弁当箱。平均サイズとも言えるそれを無言で手渡されたオレは、早速とフタを開いて中を確認する。そこには白米はもちろんのこと、卵焼きやほうれん草の炒め物に限らずハンバーグなどの主食、果てにはりんごのオマケ付き。しっかりと料理別で小さな容器に区切っているのは女子力が高いのではないだろうか。よく分からないが。
「五時半から起きて作ったの。感謝して」
「⋯お前、普段はそんなに早起きか?」
「⋯⋯弁当作る為に早起きしたに決まってるでしょ」
「なるほど。つまり、これはオレのために作ったと」
「⋯」
どうやらこの弁当は神室の有難い早起きによって作られたようだ。オレが冗談交じりに問いかけをしてみれば、彼女は軽く視線を逸らしながらツンと主張をする。
ああ、これだ。オレが正しく待ち望んでいた展開はこれなんじゃないか?美少女ヒロインからの愛情─────ではなく、努力の篭ったお弁当。渡し方もさることながらツンデレとしての要素も満たしている。やはりオレの観察眼に間違いはない。
改めてオレは先人たちに感謝をする。ラノベ作者から恋愛青春アニメの原作者に至るまで、恋愛の礎を築いた者たちがいなければ今のオレは存在していないだろう。
「食べてもいいか?」
「味は保証しない。それでも良ければ」
「お前の作ったものが不味い訳ないからな。それじゃあ⋯いただきます」
神室の許可を得て、オレはまず卵焼きへと舌を唸らせる。しっとりと甘く、焼き加減もちょうど良い食感。隠し味は蜂蜜か?ともかく、この卵焼きは絶品だ。
「やっぱり美味いな。俺の好みな味だ」
「⋯そ。なら良かった」
「このハンバーグも⋯ああ、美味い。まさかとは思うが⋯」
「全部手作りに決まってるでしょ。何、もしかして疑ってるわけ?」
「いや、ここ二週間のお前を見ていたら不思議と納得してな。授業は真面目に受けているし、生活態度も問題ない。おまけに手が器用なのも含めて腑に落ちた」
「⋯最後は余計だから」
不満げに唇を尖らせた姿を尻目に、オレは小柄なハンバーグから白米へと箸を進め。対して神室は自分用に作った弁当箱を開き、同様に昼食を取り始めた。
いいな、こういうの。ふと青空を見上げながらオレの内心は凪のように穏やかで、波風ひとつすら立たない心境が広がる。学生といえば長いようで短い期間、青春の二文字は貴重そのもの。男子学生としてこれほど謳歌している日常もそうはないはずだ。
だが、それはあくまでも普通の学生生活に於ける感想であることを忘れてはならない。オレと彼女は単なる友人といった単純な縁ではなく、いわば互いの利害関係を視野に入れた付き合いであると。
「⋯神室。そろそろ本題に入ってもいいか?」
オレが数分を掛けて絶品料理を堪能し終えた後、ゆっくりと息を吐いて神室を見つめる。その顔は普段通り無愛想な雰囲気にも見て取れるが、表情は何処か疲れきった様子に映った。
「オレを態々昼食に誘った理由。それが純粋にお弁当を味わってほしいだとか、そういう単純な考えではないだろう」
「⋯まぁ、ね」
「話してくれ。⋯何があった?」
生徒たちの会話が飛び交う野外でも、オレたちのいる場所だけは周りから隔絶されたような。そよ風と、それから温かな陽気と。たった二人だけが残された静寂さを含んで神室の言葉を待ち望む。
高度育成高等学校に入学してから二週間。神室との協力関係を結んでから度々交流をしていたとはいえ、全ての時間を共有している訳ではない。オレの知らないところで問題が発生していてもおかしくない、そう仮定するのは当然だ。
現にオレから何があったのかと返してみれば、案の定か神室は斜め下に視線を向けて沈黙する。やはり何かしらの問題が発生したと見て良いだろう。
「お前が黙り込むのを察するに⋯そうだな。初日の万引きがバレた、とかか」
「⋯」
沈黙、言い換えれば肯定の意。神室がすんなりと話題を持ち込まなかったのは、自身の失態で何かしらの不利益が生じる可能性が出てきた。その一点に尽きる。
要するに、だ。真面目に生活してきた彼女にとって唯一の汚点となり得る行為─────即ち、オレとの関係を築く原因となった初日のコンビニで犯した万引きしか有り得ない。
オレが目線を微かに鋭くしてみれば、神室はまるで子犬のようにびくりと震え縮まってしまった。普段はツンツンなヒロインがシュンとしている姿も可愛いものだと口にしたい衝動はあったものの、ここはひとまず抑えることにしよう。
「⋯神室」
「ごめん、綾小路。私のせい⋯」
「ハッキリ言ってくれ。⋯神室、何があった?」
必死に事情を話そうと試みる神室を見つめ、オレは思考に耽る。Aクラスに配属されたクラスメイト、クールな雰囲気を纏いながらも社交性はある。成績も上位に食い込むほどには頭脳があり、人一倍に観察眼は備わっているのは言うまでもない。
この関係を結んだ理由から、そうオレ自身は神室真澄という少女に好意的な見解を示している。尤も、彼女の万引きが第三者に知られることは想定していたケースだ。と言っても、それをオレが口にした所で彼女の罪悪感が晴れることはないだろう。
彼女は悔いている。己の過ちと、この関係にヒビが入る問題を抱えてしまったことに。ならば、オレはどうするべきか?そんなものは古今東西、先人たちが築いたノウハウが選択肢を提示している。
「昨日、坂柳って同じクラスの人に呼ばれたの。放課後⋯あんたが帰って暫くして」
「⋯それで?」
「教室にはまだ人がいた。なのに、坂柳は私に近づいてこう言ってた。────初日の犯行はお見事でした、って」
「坂柳⋯か」
「私、その言葉を聞いて⋯思わず、坂柳を無視して家に帰った。綾小路以外にバレてるなんて考えてなかったし、何より私が冷静じゃないのは一番⋯分かってたから」
話を纏めると、昨日に神室は坂柳という生徒に揺さぶりを掛けられた。それも初日の犯行を知っているかのような、そんな口振りで。
神室からすれば驚く他ないことだろうな。言ってみればこの関係はオレだけが万引きの事実を把握しているという前提から来ているものなのに、そこへと見知らぬ相手が私も知っているぞと半ば脅しにも似た言葉を囁くのだから。
とはいえ、どうやら最悪のケースには至らなかったようで何よりだ。神室が激昂して反論したり、少しでも場に居続けたりすれば何が起こったか。
「ごめん、私が迂闊だった。⋯これじゃあ、あんたとの約束守れそうにない」
オレは神室をあらゆる外敵から守り、神室は条件問わず一度だけ言うことを聞く。歪にも思える関係はオレ自身が彼女の万引きを証拠として持っているからであって、坂柳という生徒が新しく浮上してきたからには事態もややこしくなるのは必然だ。
神室は言うまでもなく優秀。頭脳はもとより、知恵もある。並の生徒ではない故にリスクとリターンを読み違えない。脅されたとなれば相応に思考を広げる。だが、そんなことは重要とは言えない。全くもって問題にはならないことも明白だ。
坂柳という生徒が何を考えているかは大方想像もつく。クラスでの手足、いわば
オレは恋愛という二文字を経験するために此処へ来た。やっと神室との関係が一定値に達したところで邪魔をされては、正直に言って不快だ。ヒロインを守る力がなければまた違ってくるだろうが、少なくともオレであれば何の問題もない。
「神室、もしお前が困っているのならオレは助けよう」
「綾小路⋯?」
「苦しいなら吐き出せ。辛いなら寄りかかれ。確かにお前は犯罪に手を掛けたのかもしれないが、幸運なことに未遂だ。それに神室自身も分かってるだろ?後ろめたい事実は必ず自分に返ってくると」
淡々と、オレは神室の目を見て告げる。彼女は寄り添うような態度に双眸を見開き、ただ静かに傾聴する。
「ここ二週間、お前の生活態度を見てきた。だからハッキリと、お前に言ってやりたい。⋯ただ頼れ、神室真澄。何があってもオレがお前を守ってやる」
神室はこの二週間で悔いてきたはずだ。己の過ちを恥じて、真面目に生活を送っていたのをオレは知っている。でなければ坂柳に接触された時点で態度に出ていたことだろう。
彼女は後悔している。なら、それでいいんじゃないか?ヒロインが己の過ちを認めて更正するのもまた、若人の青春らしくていいじゃないか。それを手助けするのがオレというのも悪くない。
幸運か、オレには一人の少女を守り抜く力がある。外敵を退ける頭脳と身体能力、現在進行形で美少女ヒロインと仲を深めていく関係値。たかが揺さぶり程度は障害ですらない。
「言ってみろ。オレにどうしてほしいのか、その口で」
彼女は動揺する。言ってしまえばいいのか、それとも自ら蒔いた種を己で刈り取らねばならないのかと。
───────あと一押しか。そう考えたオレは片手を神室の頬に添え、意識を釘付けにする。
言ってしまえばいい。神室真澄、お前が頼れる相手はただ一人だけだ。
「⋯けて」
「神室」
「⋯私を、たすけて─────綾小路⋯っ!」
助けを乞う、一人の少女。涙を溜めて縋るようにオレを見つめる視線、制服の袖を掴むその仕草。もはや羞恥を捨てて一心に意識を傾けている。
ああ、とくと見せてもらった。神室のヒロイン力と、その雰囲気を。ならば、今度はオレの番だ。
助けを求めるヒロインを救うのに理由は要らない、だったか。常套句でも何でも、今のオレは頼られている。⋯それだけでいい。
「⋯任せろ。オレが必ず神室を助けてやる」
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「ランチではとても愉快な光景を演出なされていたようですね、綾小路くん」
「⋯どうやら盗み見のセンスがあるらしいな。いや、正しくはお前の側近の方か?────坂柳」
アニメでの一年生編が終わり、四期が近付いて来たのを皮切りに投稿再開しました。なお、エタりはありません。
神室真澄ちゃんはやはりクーデレ力が高い。