よう実作品内でラブコメするのがメインになりつつあります。
学生が過ごす休日は幅が広い。日頃の疲れを充分な睡眠で労ったり、友人と遊びに出掛けたり、部活動へと精を出したりと─────かくいうオレも例に漏れず、一学生の身分で土曜日を迎えることとなった。
目覚めたのは正午前、すっかり陽も登って昼に突入する時間に起床というのも中々に良いものだと自覚した。若人たるもの規則正しい生活を送るべきであるのは承知の上、学生だからと許容しても罰は下らないはず。
「⋯まずは返事から、か」
だが、休みとはいえいつまでも怠惰でいるつもりはない。これはオレの経験上に基く結論だ。
仮に、だが。神室から来ていたメッセージに反応し忘れたケースを想定してみてほしい。オレの端末にメッセージを何十件と送りながら、いざ返答がないと分かれば心配で部屋にまで足を運ぶことは目に見えている。
「⋯先人達の教えは大切だからな」
ヒロインが部屋まで訪問する、それは創作で喩えれば理想的なシチュエーションだろう。然しながら、現実でその展開を熱望したり焦燥に駆られ事を運んでも好機に転じはしない。
必死に距離を縮めたとて、それがかえって相手の反感を生む可能性があるのは目に見えている。以前読んでいたラノベでは意中の女性に猛アタックを仕掛け、結果的にこっ酷く振られるといった流れもあったくらいだ。現実もそう違うことはないはず。
神室は貴重なクーデレのヒロイン、それは否定しようもない。個人的な嗜好はどうであれ世間的に見ても美人な部類に入る。あのツンと張った空気感に時々零れる微笑みが、まさに創作上の人物が出てきたと錯覚するほどに。
遠からず異性に告白されたりだとか、そんな未来もあるんだろう。しかし焦ってはいけない、だが────悠長に事を構えるのは言語道断だ。
「恋は駆け引き⋯だったな」
ともすれば、この先いい感じに精神的な距離を近付けていきたいが。よく考えるとオレから神室にしてやれることはないんじゃないか?一般的な案としてプレゼントを見繕ったり何処かへと連れて行ったり、若人らしい歩み寄り方を真似することは容易い。しかし、その程度でクーデレな神室が好意を抱くかには疑問の余地が残る。あの美貌だ、中学校ではさぞ男子に好意を向けられていたはずであって、並大抵の案は却下すべきとオレは判断した。
加えて、神室はオレに守られているという自覚が芽生えているのは明白。決定的になったのは坂柳のアプローチから、となれば何をしようにも素直に受け取ってもらえない可能性すら危惧される。
「ここまで悩んだ経験はなかった。ある意味、貴重か」
明確に結論を導くことができない。テストのように問いがあって、答えが用意されているなんて都合の良い話はない。悩んで、考えて、相手のことを一番に想う。
オレは精神的かつ感情論で動いたことはほとんどなかった。想定の上、全てを計算して。
だが、恋愛には回答がない。結ばれるという未来を掴めるかは己次第だ。
「⋯まずは勉強にでも誘ってみるか」
──────本を読んでも、物語や歴史に聞くところからでも、真実の恋は滑らかに運んだ試しがない─────
ウィリアム・シェイクスピア///
///////////
「⋯まさか電話が来るとは思ってなかったぞ」
『おや。私から綾小路くんに掛けてはいけない、という規則はないと思いますが』
神室への恒例であるおはようのメッセージを送った後、落ち着いた合間に珈琲を味わっていたタイミングでオレの端末が震え、見慣れた名前が画面に表示されていた。
愉快そうに、悪戯を仕掛ける子供みたいな声色を紡ぐ坂柳の声。年齢としてはオレと同じではあるが、何処か幼さも感じられる。⋯これを口にしたら最後、オレは日の目を見ることが叶わなくなるので口が裂けでも言うことはないが。
「それで、急に電話をしてきたのには理由があるんじゃないのか」
当然の返しで電話口の坂柳に問い掛けると、少しの無言の間を経てゆったりと言葉が届く。
『⋯ただ綾小路くんとお話がしたい、という理由ではご納得いただけませんか?』
さも平然と、はっきりした口調で目的を口にしていく。その声は普段から耳にしているトーンから微かに上がった、緊張を含んだ声色に思えた。
確かに友人間では暇だから雑談しようと通話をすることはあるらしいが、まさか今になってオレが体験するとは考えもしていなかったな。いや、友人を作る過程でいつかは通る道だと理解はしていたが、実際に掛けられる立場になると緊張してしまう。
だが、それは坂柳も同じだろう。むしろ彼女の方が肩に力が入っているに違いない。なら、オレが少しでも楽に会話を交わせるよう努力しておくべきだ。
「奇遇だな。オレも坂柳とは通話をして駄弁りたい、と。そう考えていた」
『まさか。綾小路くんから⋯駄弁る、なんて言葉を聞く日が来ようとは⋯』
「これでも普通の高校生だからな、オレは。友達と駄弁りながら暇電をするのが生き甲斐だ」
『暇電⋯ふふっ⋯ええ、そうですね⋯それなら取り留めのない、友達同士の会話をしてみましょう』
オレのラフな伝え方に驚いたのか、小さく笑いを零していく坂柳の声。こうして非対面であろうと、彼女の表情は容易に想像出来た。
今はAクラスのクラスメイトとして。中間テストに勝負を控えている関係であろうと、今のオレたちはただの友人⋯友達だ。仲良く会話をして、なんて事ない話題を振って。互いに時間が流れていく感覚を忘れて気が付けば熱中しているような。
坂柳有栖がどんな人物かは凡そ理解している。聡明かつ頭脳明晰、この学校でいえば間違いなく優秀な生徒の一人。気品すら醸すその雰囲気は孤高を演出する。
だが─────────
『────綾小路くんと再会し、同じクラスメイトとして過ごすことが本当に楽しいんです』
寝具に腰を掛け、耳を傾ける。通話から届くその声は教室では溢れない無邪気さがあった。
『でも、綾小路くんは幼馴染の私を全く覚えていらっしゃらないようで⋯』
「実際に対面した訳でもないからな。とはいえ、これからは何度も顔を合わせることになる。その幼馴染っていうのも活きてくるんじゃないか?」
『名前だけの関係では味気ないですから。堂々と幼馴染の顔で隣に立ち、真澄さんを牽制するとしましょう』
「前に勃発していた朝の言い争いは勘弁してくれ。周囲から注がれる視線で明らかに怨恨が混じってたぞ、あれは。それと牽制っていう話はなんだ」
『⋯やはり鈍感ですね、綾小路くんは』
呆れたと表面上は溜息を吐き、けれど心地好く続く会話。休日にこうして通話をしてみるのも悪くない、そう思った。
////////////
「⋯そろそろか」
休日のケヤキモールは生徒たちが多く集まり、混雑にも近しい状況を作り出していた。周りには仲が良さそうなグループやら和気藹々と男女の仲を楽しむ人々が多く行き交い、各々が思う存分土曜日を堪能しているようだ。
まあ、オレもこの雰囲気へはこれから馴染むつもりでいる以上、四方に視線を向けるといった不要な観察は控えるべきだろう。
ひとまず手持ち無沙汰を解消するべく、オレは片手に端末を持って暫く待つ。何故こうして外出しているかと問われれば単純明快、オレが腹を括って勉強会の誘いをしてみたからに尽きる。当然、相手はクーデレヒロインこと神室宛に。
『 休日に悪い。今夜にでもオレの部屋で勉強会なんてどうだ? 』
このメッセージを送信したのが正午を過ぎた数十分後。手早くシャワーを浴びて熟考した末の一文である。ちなみに勉強会自体は五月に入って早々に誘っていたし、自然な導入と言えるだろう。
『 行く。 何時から?』
そうして数分も経たず、神室からは悩む素振りもない返しが届いていた。
『具体的には決めてないな。晩御飯の後にでも、とは思っているが』
『 分かった。じゃあ、ついでに買い出しもする。作りに行ってもいいでしょ? 』
『 それは有難いが。良いのか? 』
『 別にいい。むしろ綾小路が迷惑じゃないかだけ心配 』
『 神室の手作りなら毎日でも食べたいくらいだな 』
『 そ。なら遠慮なく荷物持ちを任せとく 』
『 任せてくれ 』
淀みなく『 行く 』というメッセージから始まり『 買い出しもする 』と神室にリードされてしまったことで、オレはいつにもなく予定の十八時までに電子ラノベを読み漁り今一度恋愛とは何かを脳に刻み込んでいた。なお、ヒロインと結ばれる前の焦れったい攻防を重点的に履修したのは言うまでもない。
場所で言えばモールの入口付近で待機。飛び交う愉しげな声を背景にあれこれと思考を広げていた矢先、急ぎ駆け寄る足音を耳にしオレは目線を端末より上へと動かした。
「ごめん、綾小路。待たせたかも」
そこに居たのはオレの知る相手であって、ただ普段とは違った雰囲気の女子生徒だった。
全体的に整っていて、シンプルでありつつぴたりと容貌に重なっているコーデ。白の長袖ブラウス、胸上あたりにはリボンらしきもの。また、黒の膝丈に届く程度はあるプリーツスカートを合わせることで自分の良さを存分に引き出す格好を目の当たりにし、オレは数秒の間だけ言葉を失う。
惚れ込んだ────いや、これは驚いたという感情が先走っているだろうか。
普段は授業を終えた放課後に買い物を済ませることが殆どで、制服自体は何度も目にする機会はあった。オレ自身、こうして神室の私服を拝むのは初めてだろう。
幸運なことにオレの表情は保たれたままなので、まずは思考を回して男子の役割を果たすことにした。まさか、こんな時になって表情筋の硬さに感謝したのは言うまでもない。
「待ってはいない。オレもちょうど来たところだ」
「そっか。ならいいんだけど」
分かりやすく眉を下げた神室を眺め、意図もなく素直に思ったことをオレは口にする。テンプレかという話はこの際棚に上げておくとしよう。
それにしても、この姿はとても新鮮だ。オレは脚先から姿を流すように見つめ、自然と口元は言葉を吐露していた。
「⋯私服、似合ってるぞ。神室の魅力が真っ直ぐに伝わってくる」
「大袈裟すぎ。でも⋯ありがと」
オレが素直な褒め言葉を口にしたのが意外だったのか、瞼を微かに見開いて神室は目線を逸らす。横髪を指で弄びながらの仕草まで付随して。
よく考えてみれば、オレが人生で異性の服装を褒めた試しは一度たりともないことに気が付いた。ホワイトルームではそういった教育を受けていなかったし、俗世間の知識なんて不要だと思われていたのだろう。あの男からすれば道具であるオレの恋愛観など育てる意味はなかった、そう理解している。
だが、今のオレは違うはずだ。数多くの先人が築いてきた恋愛という土台の上に立っている。そこから先、オレが何を積み上げられるかは努力次第。まずは服装から素直に褒めることで好感を得るところから始めていく。
「そういう綾小路も⋯似合ってる、と⋯思うけど」
「⋯それならいいんだが」
ちなみにオレは凝ってアレンジを加えるべきか、はたまたシンプルに無難な選択肢を取るかで悩んだ挙句に後者を取った。ここひと月で『 女性にモテモテ!?あなたのコーデを選んでみよう! 』というメンズファッションの電子雑誌を何往復かした末の決断である。
グレーのスラックスに黒のシャツ、羽織っているのは紺色の腰付近までのサイズがあるライトアウター。ああ、改めて意識しても無難だ。
恐らく恋愛の二文字を意識しない過去のオレであったならば、このような私服なんて然程気に留めずにいたことは想像に難くない。雑誌なんて以ての外だろう。
やはり人生は何が起こるかは分からない。ここまでオレの恋愛観を刺激する俗世間ってやつに対し、暫く興味を失うことは無いはずだ。
「取り敢えず歩くか。神室、休日は人が多い。はぐれないようにな」
「ん、分かってる」
「⋯少し肌寒いか?」
「多少、ね。でも、このくらいなら平気」
五月の上旬。今日は比較的温かく外套を着ていれば暑さすら覚える、そんな時期。しかし陽が落ちたとなれば寒さが肌を撫でる気温だ。人によっては上着を着込んでいたりもする。
そんな周囲への人間観察を終え、オレはお節介にも春コーデを着飾った少女へと着用していた薄手のアウターを羽織らせた。
尤も、このお節介が神室にとって有難いものなのかは測りようがない。さり気なく自然にを意識してはいたが、さすがに今のはやり過ぎか?異性でも好意を抱いていない男からの施しは厄介でしかないと危機感を覚え、オレはゆっくりと視線を横顔へと移す。
「あ⋯っ⋯り、がと⋯」
唇を結んで、アウターをぎゅっと掴む。その仕草が、気の所為か頬を朱色に染めている様子が、オレの視界に映った。そんな気がする。
「もう、早く気付いてよ。─────鈍感」
ふと、呼吸の合間に漏れ出した言葉。何を呟いたかは分からないが、神室の機嫌は何処か良さそうにも見えた。