いじめの描写が少し生々しいのでお気をつけください。
影女ってシルエットだけなので逆に妄想の幅が広がりますよね…。
午前8時、窓の向こうでわいわいがやがやと学生達が或いは楽しそうに或いは面倒臭そうに登校している
彼らと同じくらいの歳の僕だが今はもうその世界にはいなかった。
僕が不登校になって1ヶ月が経っていた。
きっかけはよくある話だった。
クラスのいじめグループが1人の男子をターゲットにしてゲームをしていた。
靴や体操服を隠す、トイレの個室に閉じ込めホースで水をかけ続ける、帰りに待ち伏せして連れて行く
それを繰り返して学校に何日で来なくなるかを楽しんでいるのだ。
僕は自分の中の小さな正義感から先生に相談した。
先生の対応は早かった。いじめグループは先生に指導されいじめられていた子に謝って終了した。
しかし誰かが僕が先生に相談したことを見ていた様でいじめグループは今度は僕をターゲットにした。
僕は耐えた。僕は何も間違ったことはしていない。いじめられていた彼は助かったんだ。
そんな気持ちはある日突然崩れていった。
放課後連れて行かれて壁に立たされてグループが順番にボールを投げていく。なるほど彼はこんなことをされていたのか辛かっただろうなと考えているといじめられていた彼がいた。目の前でボールを振りかぶって。
僕は何もかもがそして誰も信じられなくなった。
不登校になって最初は学校へ行けと怒鳴る父さんも泣きながら不登校なんかになってはいけないと叫ぶ母さんも家から出ようとする度にトイレへ向かい吐き続ける僕に次第に何も言わなくなり、やがて決まった時間に部屋の前にご飯を置く。夜は父さんが仕事から帰ってくると2人で出かけて僕が寝た後に帰ってくる様になった。
僕の世界は部屋が全てになり、世界には僕1人になった。
誰とも喋らなくて済むと楽なのだが、それはそれで悩みがある。
誰かと喋りたい、誰かの声が聞きたい、でも世界の外には出たくない、そんな悩みから僕は自分の影に話をし始めていた。
側から見れば僕は影に向かってぶつぶつ言ってる変人だ。昼間は母さんがいるので夜にこれをしていた。
内容は至って陳腐だ。いじめていた奴等を凄い力を手に入れてやっつける、転生してチート能力で異世界を旅する、そんな夢物語をずっと話していた。
そんなある日だった。僕はいつもの凄い力を手に入れて無双する話をしているととても甘ったるいそれでいて色っぽい女性の声が聞こえてきた。
「それで?そこからどうなるの?」
僕は咄嗟に身構えた。誰だろうか、僕以外家にはいないはず、泥棒か、女の声だったな、そんな考えがグルグル頭の中で回り続けるとまた声が聞こえた。
「だから!続きはどうなるのってきいてるのよ!」
さっきと一緒の声だけど今度は少し怒っている様なイラついてる様な感じだった。
僕はどこにいるのか尋ねてみる。すると声が少しからかう様に少し面白そうに答えた。
「ここよ、ここ。君のか、げ。」
驚いて僕の影を見てみるとさっきまで僕と同じ姿だった形が全く違っている。
つば広のハット帽に髪の長いシルエット、間違いなく女性のシルエットだ。
声が思う様に出ないぼくをよそに彼女は続き、続きと急かしてくる。
なんとか絞り出した声で妄想の続きを完結させた。
彼女は満足そうにでも心からといった感じで
「ありがとう!いつも聞いてて面白かったからつい出てきちゃった!」
と笑っている。次第に落ち着いてきた僕は彼女に色々な質問をしてみた。君は誰か、何故僕の影にいるのか、何が目的か、彼女はどれも答えてくれた。
彼女は影女という妖怪でいつもは女性の影なだけで話すことは無いけど自分の影に話してる僕に興味を持ったそうだ。そして我慢できなくて話しかけてきたそうだ。
必死で謝る彼女…と言っても影がお辞儀してるだけなのだがそんな姿を見ていると恐怖など何処かへ行ってしまった。
それどころかそんな彼女が来てくれたことに喜びすら感じてしまっている。
我ながら人間不信になっても人に飢えてるのかと呆れながら自己紹介をした。
それから毎晩、色々な話をした。僕の突拍子もない妄想話に彼女はいつも笑顔で聞き入ってくれる。ある時は彼女の影としての過ごした日々や体験を聞いて過ごした。気がつけば僕は夜が待ち遠しくなっていた。
ある日、彼女はちょっとした疑問に思ったようで尋ねてきた。
「学校には行かないの?」
心臓の血が冷たくなった様な気がする。目の前がぐるぐる回る。僕の空想の世界が終わってしまう…。
気がつけば僕は大泣きして今までの色々なことを話していた。いじめを庇ってターゲットになったことそしてその日から体操服がゴミ箱に捨ててあったり、机に罵詈雑言の落書きと教科書がビリビリにされていたこと、放課後に壁に立たされいじめグループが的当てとしてボールをぶつけてきたこと、そしてそこに助けた彼が参加していたこと、全てが嫌になって不登校になったこと…全てを吐き出し終わってうずくまる僕の背中を彼女は優しくさすってくれている。
いや、待て…おかしい。何故さすってくれているんだ。彼女は影で触れられない筈なのに。
「そんな世界が嫌なら、一緒に逃げようか。」
優しくそして妖艶な声に顔を上げるとつば広の帽子を被った女性がモヤのかかった姿で立っていた。
驚く僕を残して彼女は話を続けた。
影の中にも世界があってそこには僕と彼女の考えたものが実現すること、その世界には彼女と僕以外いないので誰もいじめてこないこと、それらをモヤでよく見えないが優しい笑顔で教えてくれた。
しばらく悩んだけど僕の答えは決まった。
一緒に行こう。そう告げると彼女はなら行きましょうと僕の手を握った。そして足元から影に沈んでいく、それは水に浸かった様に沈んでいく様だが温かく心地よい感じで気持ちも穏やかになっていく。
膝まで浸かった頃にそれは起こった。
いじめた奴等はこれからも新しいターゲットを見つけて楽しむんだろうな、そしていなくなった僕を嘲笑って生きていくんだろうな、せめてあいつらに一矢報いたかったな、そんな僕の声が聞こえてくるのと合わせる様に足は冷たくヌメヌメとした不快感に包まれる。
僕は彼女に、ごめんと謝って手を離した。足はすぐ床に戻りさっきまでの影は引いていく。
どうしたのかと聞く彼女に僕は気持ちを伝える。
いじめた奴等にやられっぱなしで悔しい、せめて一矢報いてやりたい、やれるだけやりたい、それから君と一緒にいよう。
影が僕の考えが実現する世界ならさっきの声と足元の不快感は間違いなく僕の未練なのだ。それが果たせないと影に行っても楽しい世界なんてないんだ。
彼女はそう…と呟くといつものそれでいて少し寂しそうな笑顔で消えていった。
それから1週間後、僕は震える脚を抑え学校へ向かった。
この1週間色々あった。
まずは家族にいじめのことを伝えた。父さんは黙っていたことを怒るかと思っていたら怒鳴ってすまなかった、よく頑張ったと言ってくれ、母さんは辛かったね、そんな僕を避けてごめんねと泣いていた。
転校しようかと相談してくれたけど断った。
あとは仕返しする覚悟と気持ちの整理に時間を使った。
教室の前まで来る、脚は震えている。1発でも殴ってやろう、それで彼女と影に行こう。
扉を勢いよく開ける、一斉にこちらを見る、悲鳴が聞こえる。
…悲鳴、何故。見るといじめグループが泣き叫びながら逃げていく。どういう事だろう。
その答えは放課後にすぐわかった。放課後呼び出された僕の前に彼はいた。元いじめのターゲットだ。
彼は僕に泣きながら謝ってきた。助けてくれたのにまた自分がターゲットになるのが怖かったから裏切った、本当にごめんなさいと、聞くと彼といじめグループはこの1週間夜になると影の中に飲み込まれる夢を見たそうだ。その中で彼は自分の罪の意識がずっと聞こえてきた後に女の声で二度と僕に手を出すなと言われたそうだ。
特にいじめグループは恐ろしい体験をしたそうで女の姿もおぞましかったらしく僕が学校へ来る日までをビクビクして過ごしていたそうだ。
「頑張ってね。また素敵なお話聞かせてね。」
後ろから甘い声が聞こえる。振り返ると壁に伸びた僕の影だけ。ありがとうと呟くと影は陽炎の様に少し揺れた。