自分の理想と性癖をぶっ込んだら凄く長くなりそうで…
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ジメジメとした梅雨も終わって暑い日が始まった7月の初め頃…。
緑の木がサーっと音を立てる中、俺はそんな緑とは対照的な真っ赤な髪のお姉さんと出会った。
あの日から俺の毎日は全く違うものになった…。
「礼‼︎ありがとうございました‼︎」
土曜日の昼過ぎ、蝉が賑やかに鳴いているがそれよりも大きな声が剣道場で響く。俺は面の紐を解いてぷはぁっとため息と一緒に勢いよく外す。
朝練が終わって更衣室に入ると道場のピリッとした空気から一気に解放される。
剣道は小学校に入学した時から今の6年生になるまでずっと続けてきたけどやっぱり毎年この季節は暑くて汗がボトボトになる。
「暑かったー‼︎今日は帰ってご飯食べたらプール行きたい!」
「マジでそれな!ヤベッ⁉︎面と籠手の匂い臭すぎる…。」
厳しい稽古が終わって同級生皆で何して遊ぶかを話し始める。
「なー!プール行こうって話してるけどお前も来るよな?」
友達の1人が聞いてくる。俺は特に予定も無かったし
「オッケー!俺も行くよー!」
そう言うと汗でびちょびちょになった防具に消臭剤を振りかけた。
こんな暑い日は冷たいプールは楽しみだった。
道場からの帰り道、道着姿の男3人でのんびり歩いてる。洗濯物を増やしたくない母さん達はそのまま帰ってくるのは賛成で俺たちもなんだかカッコいいと理由で全然嫌じゃなかった。
ただ臭いのだけは気になったからミントのスプレーとスースーする汗拭きシートだけはしっかりしている。
「マジで必殺技みたいなの欲しいよなー。」
そういうのは健助、ガサツだけど気のいいやつだ。
「なんかオリジナル技みたいなのは欲しいよね。」
答えるのは光輝、爽やかな感じだけどこういうノリにも乗ってくれる。
「こう、ズバッて速い振りとか?」
俺も必殺技みたいなのには憧れてるから答える。
そんなことを話ながら駅の近くまで着いた。流石にバスや電車に乗ると臭いが迷惑なので友達2人は車で迎えに来てもらって俺は家が近いので歩いて帰る。
友達の迎えが来るまでわいわいと話していると近くの花時計の前でキーホルダーやアクセサリーを売っているのを見つけた。木を削った物に凄く大きな黒い鳥の羽根を飾り付けたキーホルダー、同じ羽根を使ったイヤリング…。それらはどこか無骨なデザインだけど少しかっこいいと感じる。
でもそれよりもインパクトがあったのが売っている女の人だった。
この暑い日に足元までありそうな黒のコート、服の色とは正反対の真っ赤な髪が腰くらいまで伸びている。そして髪の間から見える片耳にはいくつものピアスが開けられていて口には黒いタバコを咥えている。目はカラコンだろうか、黄色い瞳が真っ直ぐみている。
「なぁ、あれヤバくないか?」
「やめなよ、きっとヤンキーだよ!」
友達2人は赤い髪の女の人を怖さ半分、興味半分で見ている。
女の人はそんな俺たちをギロッと睨むと黙らせてまた真っ直ぐ前を見る。友達は完全にビビってしまって迎えが早く来ないかとソワソワして無言でスマホを触り続けている。
待ち合わせ場所の目印は花時計なのでここから動くことも出来ない…。
気まずいシーンとした空気が続く…。早くこの場所から消えたい、帰りたい。そんなことを考えていると女の人に話しかける人が現れた。
「お姉さん♪何してるの?」
「ていうかなんだこれ?鳥の羽根のキーホルダー?こんなの売れるのか?」
男の人が2人、女の人に話しかけている。ナンパだろうか。1人は金髪で口元にピアスを付けていてもう1人はゴツい感じの坊主頭のタンクトップで腕に刺青をしてる。
「こんなの売ってても全然儲かんないっしょ?俺たちと一緒に遊んでくれたら沢山お金あげちゃうよ〜?車もそこに止めてるからお出掛けしようよ〜?」
「もう、いいんじゃね?拉致ってあとはヤク食わせりゃいいだろ。ここ全然人いねぇし誰もも見てねぇよ。なぁ⁉︎」
タンクトップの男が急に俺たちを見る。俺たちはビクッとして跳ね上がる。正直むちゃくちゃ怖い…。
「逃げるぞ!」
健助の合図で友達2人が走っていってしまう。
ヤバい…突然のことでタイミングを逃した。パニックになって固まってしまって全く動けない…。どうしよう、どうしよう!
「おいガキ、お前は行かねえのかよ?なんかしようって考えてるならブチ殺すぞ!あぁ⁉︎」
「もういいよ、そんなガキ何も出来ねえよ。それよりこの女かなりの上物よ?早く連れて行こうぜ。さぁお姉さん!行こうか〜!」
金髪が女の人をまじまじ見ながら腕を掴もうとして手を伸ばしている。
最初は俺を睨んでたタンクトップも女の人の方へ戻っていく。何を言ってるのかは全くわからないけどナンパとかじゃないことは間違いないし女の人だってピンチだ。でも怖い、俺の倍以上ある大人に足が動かない。
「…やめろよ、放せ。」
掴まれそうになった腕を払い除けながら冷たい声で女の人が言う。
「いって〜。何なの?俺たち優しくしようとしてるのよ?暴力は良くないよ〜?」
「もういいだろ?腹でも殴れば大人しくなるだろ。なぁ!」
タンクトップは怒鳴りながら女の人が売っていたキーホルダーなどを蹴り飛ばす。気が付けば周りも人が大分集まってきている。でも誰も助けようとしない。皆怖いんだろうな…俺だって怖い…でも…!
「お姉ちゃん‼︎」
意外に大きな声が出たと思う。金髪もタンクトップも女の人も周りを避けていた人も皆こっちを見ていた。
ヤバい…ここからどう繋げよう…。もうなる様になれだ!
「お姉ちゃん!俺、さっき練習が終わったところだよ!お父さんももうすぐ迎えに来てくれるってさっき連絡あったよ‼︎」
俺は力一杯大きな声で続ける。こんなの全部でたらめだ。俺は1人っ子だ。
「おい、ガキ…!お前らどこが姉弟なんだよ?なんかしたらブチ殺すって言ったよなぁ⁉︎」
タンクトップが俺の道着の襟元を掴みながら拳を振り下ろそうとしている。俺は恐怖のあまりギュッと目を瞑る。
「おい!やめろ‼︎」
俺の顔に風がブワッと来た瞬間に怒鳴り声が聞こえる。恐る恐る目を開けるともう拳がすぐそこまで来てる…。止めたのは誰かと固まった首でタンクトップの視線の先を追う。金髪だ。さっきまで女の人に話してた生暖かい口調とは全く違うドスの効いた声だ。
「周り見てみろよ。ここでそのガキ殴ったら終わりだぞ俺ら。」
周りには相変わらずの人だ。でも違うのはほとんどの人がスマホを掲げている。写真や動画を撮ってるのだろうか。中には警察らしき所に電話している人もいる。
タンクトップは俺の道着を突き飛ばす様に離すと思いっきり睨んで金髪と去っていった。
俺はほっとしたと同時に今頃になって脚がガクガクと震えだす。力を抜いたら腰が抜けてしまいそうだ。
でもまだ駄目だ。最後にもう一個やることがある!
周りでは人だかりが更に増えてピロン、ピロンと音がする。女の人はカメラが嫌みたいで必死にコートのフードで顔を隠しながら蹴られた売り物を集めている。俺は自分でも驚くくらいのスピードでそれらを回収すると女の人の腕を掴んで人混みから連れ出す
「お姉ちゃん!行こう!」
俺はコート越しの腕から何かフワフワした感触に違和感を感じながらもその場所から目いっぱい走った。
どれくらい走っただろうか。駅はもう大分小さくなっていてここは隣町の河川敷だ。
「ごめ…ハァ…ん…ハァ…結構…ハァ…遠くまで走っちゃって…ハァ…ハァ…」
全速力で走ったからまともに言葉が出ない。肺がキリキリ痛む。ふと女の人の顔を見る。
汗をかいてないどころか息切れ1つ無く少し警戒した様子で俺を見てる。小学生とはいえこれでも6年剣道に打ち込んできて体力に自信があった分この差は流石に凹む…。
「なんで助けてくれたのさ?怖かったんじゃないの?」
女の人は落ち込んでいる俺にはお構いなしで聞いてくる。怖かったよ!怖かったに決まってる!それでも…!
「放っておける訳ないよ!危なかったもん!」
そう言ってヘナヘナと腰が抜ける。今頃になって緊張が完全に解けた。そんなへたり込んだ俺を見て女の人はさっきまでの怖い顔じゃなくなっていっておかしそうに笑い出した。
「フフフ…。そっか、確かに危なかったね。あの2人は大人だし男だし大きかったし。」
女の人の余裕がある雰囲気に顔が赤くなっていく。
もしかして大変だと思っていたのは俺だけで実はこの人だけでも何とかなった?空回り?そんなことが頭の中でグルグルと回る。
「でもね、さっきは凄く格好良かったよー。ありがとうね、サムライくん。」
女の人はそういうと売り物だった丸い木彫りに黒い羽を一杯付けたキーホルダーを握らせてくれた。
手袋越しだけど初めて握った女性の手にドキドキしてると
「じゃ、それはあげるよー。お姉さんの家はここから近いし今日はもう商売は無理そうだし歩いて帰るよ。またどこかで会えるといいね〜サムライくん。」
そう言って俺の頭を撫でると手を振りながら帰っていった。残された俺はさっきの怖いとは少し違うドキドキを感じながら立てる様になるのを待っていた。
「ねぇ、あれから大丈夫だったの?」
「走ってしばらくしてからお前が着いてきてないってなって戻ってみたらやたらと人がいるけどお前いないしさぁ…。」
「そうそう、しかも色々動画が上がってて顔にぼかし入ってるけどこれ…お前だよね。」
今日の昼の件があってまだ頭の整理がついてないまま気が付けば夕方になっていた。
プールに行く約束を完全に忘れていた俺は2人からグループ通話で電話が来てようやくそのことを思い出していた。確かにスマホを見ると着信履歴がいくつもある。
友達はかなり心配していた様で怪我などはないかとか色々心配してくれていてあの騒動も投稿されていたと動画を送ってくれた。
なるほど、確かに顔はわからない様になっているけど俺の道着姿、女の人の赤い髪はばっちり映っている。
「一応さ、動画は削除依頼しといたけど本当にあの後何もなかったの?」
「警察はあのあと来てたみたいだけどお前もあの女の人もあいつらもいないからすぐ帰っちゃったし…」
俺は自分の頭を撫でながら貰ったキーホルダーを眺めて思い出す。
(格好良かったよ、サムライくん)
(また会えるといいね〜サムライくん)
顔が途端に熱くなる。赤い髪から覗く鋭い目が優しそうに笑ってた。
「お〜い、大丈夫だったのか?」
ボーっとしていて返事がなかったからか健助が心配そうに聞いてくる。
「あ、あぁ?お礼にキーホルダーを貰ってそれで終わりだよ。それ以外は何もなかったよ。」
しどろもどろになりながらも何とか返事を返す。頭を撫でてもらったことやサムライくんと呼ばれたこと、隣町に住んでることは何故か内緒にしたかった。
「それならよかったけどさ…。どうする?今日はもう無理だったけど明日も休みだしプールは行く?」
光輝の提案に俺は少し悩んだあと、明日はゆっくりするよと伝えた。2人もそうかと言って電話は終了した。
晩ご飯、母さんと父さんが俺が食べようとする前に話があると言ってさえぎる。きっと今日のことだろうなと思って手を膝に置く。
「今日、健助君のお母さん達から連絡きたのよ。危なそうな人達に絡まれたって?母さん全然聞いてないわよ。」
母さんは心配そうに、でも責めない感じで聞いてくる。
「ごめんなさい…。俺も頭の整理が全然出来てなかったから…。でも絡まれたんじゃなくて絡まれてる人を助けたんだよ!怪我もなかったし!」
俺は必死に弁解する。あの時見て見ぬ振りはどうしても出来なかった。
「そうだとしてもな。危なそうな大人2人だったんだろう?今日は怪我が無かったかもしれないがもし手を出してきたらどうする?お前は剣道もやって力も強いがまだ小学生だ…。隠れて通報だって出来ただろう?」
父さんはゆっくりと諭してくる。確かに父さんの言う通りだ。俺は小学生…。大人の迫力にビビってたのも本当だ。
俺が下を向いて黙っていると父さんは続けて
「別に怒っている訳ではないんだ。お前が危ない人から助けたのは勇気がいることだったと思う。きっと心の中では逃げたかったのにその怖さに立ち向かったのは凄く褒めたい。でもな、お前に何かあったら父さんと母さんが凄く辛いことも覚えておいてくれ。」
そう優しく言うと母さんに、もういいだろと言ってご飯を食べようといつもの笑顔に戻る。母さんも
「今日は頑張ったみたいだからご飯たっぷりよそうわね。」
と笑顔で茶碗いっぱいのお米を出してくれた。母さんが作ってくれたハンバーグは凄く美味しかった。
日曜日、健助達とのプールの約束も断った俺は家でのんびりと朝の番組を見ていた。
テレビの中では格好良いヒーローが剣で敵の怪人をやっつけている。1年生の頃に同じ様なヒーローに憧れて剣道を始めてなんだかんだで今もずっと観ている。
「昨日も竹刀は持っていたのになぁ…」
憧れていた悪者と戦う場面、実際は怖くて怖くて一緒に逃げるだけで精一杯で父さんと母さんにも心配掛けて…。
「そういえばあの人あれから大丈夫だったかな…。」
あんなにカッコ悪かった俺をカッコよかったと言ってくれたお姉さん…。
あの花時計の所でまたアクセサリーを売ってるのかな…。
やることもないから走り込みだけ、それでちょっと花時計の所も見るだけだから…。
なんだか自分に言い訳してるみたいだけどなんとなくあのお姉さんに会いたかった。
「母さん、ちょっと走り込みしてくる!」
俺はそう言うと靴を急いではいて玄関を飛び出した。玄関の向こうでは
「危ないところには行ったら駄目よー!気をつけるのよー!」
と母さんの注意する声が聞こえた。
息を切らせながら駅前に着く。花時計は10時半を回っている。周りには色々な人で溢れているけどあのお姉さんはいない。やっぱり昨日の今日では流石にいないか…。どうしようかな、これで帰るには走り込みとしては時間が凄く短いし…。そんなことを考えているとある言葉を思い出した。
(お姉さんの家はここから近いし商売は無理そうだし歩いて帰るよ。)
もしかしたら隣町に行けば会えるかもしれない。何故かはわからないけどお姉さんに会いたい。俺は不思議なドキドキする気持ちを抑えられないまま走り出した。
昨日の河川敷、お姉さんが俺をサムライくんと呼んでキーホルダーをくれて頭を撫でてくれた場所…。
昨日は目一杯走ってヘトヘトだったけど今日は違う。普段ならここまで走るくらいなんてことはない。
「ここから歩いていける距離か…。」
もし住んでるならどこだろう。確か隣町には小さな商店街があったはず…。
俺は商店街でばったり会うんじゃないかと期待をこめて行ってみることにした。
…そんな偶然がそうそう起きることがないって気付いたのは母さんからのお昼ご飯を忘れてお叱りの電話を受けた時だった。
「しかし先週は大変だったねー!」
「マジでそれな。俺んちはしばらくどこへ行くのも親か姉貴が一緒だよ。マジでだるい。」
お姉さんを探して1週間が経った。今は土曜日の剣道場の稽古が終わって更衣室で話している。もちろん先週の事件についてだ。
「お前んちはどうだった?1番危ない目にあってたから学校以外行けなかったんじゃねーの?」
俺に話題が振られる。
…言えない。日曜日のあとも諦められず毎日学校帰りにお姉さんを探して隣町に行ってたなんて。
「えーと…、俺の家は…」
言葉に詰まっていると健助の興味は俺のカバンに移る。
「あれ?お前がカバンにつけてるそれってあの女の人が売ってたやつ?」
健助が俺のカバンを指差す。なんとなくこれをつけてるとあのお姉さんに会える気がして普段から付けていた。
「あ、あぁ…これ貰ったし何となくカッコいいから気に入ってるんだよ。」
「そうかー?なんか羽根はデカいし木彫りもなんかこわくね?」
俺の必死の言い訳もズバッと切り返される。何となくカッコいいは本心だっただけにちょっとショックだ。
俺がどう答えようか迷ってると光輝が
「まぁまぁ、コレがこいつにはカッコいいならそれでいいじゃない?ね?」
となだめてくれた。正直ありがたいけどなんだそのニヤニヤした顔は。
「とりあえず帰ろう!」
何となくいたたまれない気持ちになった俺は急いで更衣室を出ようとしたら
「あー、わりぃ!この前のことがあったから姉貴が車で迎えに来るんだよ!先帰っててくれ!」
「僕はこの近くに婆ちゃんの家があるから夕方までいて迎えに来てもらうんだよ。」
2人はどうやら一緒には帰れないみたいだ。なら仕方ないと帰ろうとすると
「そういう訳で例の人探し頑張れよ。」
光輝がそっと耳打ちしてきた。俺は光輝を見返すと含みのある笑顔で親指を立てていた。
…光輝はこういう時は勘が鋭い。俺はなんとも言えない気持ちで道場を後にするのだった。
とりあえずまずは駅前だ。花時計の周りを見よう。お姉さんは…いない。やっぱり隣町かな?今日は母さんはご近所さん達とお出かけと言っていたからお昼ご飯のお金ももらってるし1日探せる。
急いで着替えてまた探そうと走り出そうとすると後ろからふいに呼び止められた。
「おい、坊主?」
咄嗟に後ろを振り返ると女性が立っていた。大学生くらいだろうかな。少し明るい茶色の長い髪で青いスカジャン姿…。これぞヤンキーといったスタイルだ。
「最近、赤髪の女を探してるのってあんただよな?」
女の人はじっと俺の顔を見てくる。この前の金髪やタンクトップみたいな脅そうとする雰囲気は無いけどやっぱりちょっと怖い。赤髪の…ってお姉さんのことだろうか。何も言えず固まっていると女の人の目線は俺のカバンに移っていった。
「そのキーホルダー…。それにその格好、あんたがもしかしてサムライくんか?」
サムライくん…!思わずその言葉に頷くと女の人はプッと笑い出した。
「いやー!わりぃわりぃ。ここんとこ周りを嗅ぎ回ってる奴がいるってんで顔は防犯カメラに映ってたから確認してたけどまさかサムライくんだったとは。」
俺の背中をバシバシと叩きながらケラケラ笑っている。なんのことかさっぱりわからない俺が呆気に取られていると続けて
「説明がまだだったな。あーしは明美。あんたが探してる赤髪のお姉さんの知り合いだよ。これからサムライくんをお姉さんのとこへ連れてってやるよ。」
明美さんは近くに停めてあったバイクにまたがるとヘルメットを俺に渡して後ろに乗るように言った。
俺はどうしようか迷っていたけど明美さんの
「お姉さんのとこへ行きたくないのかー?」
の人声に慌ててバイクに飛び乗った。
バイクで走って10分くらい経った。
ここは最初に探した商店街だ。おかしいな?ここは最初に探したけど誰も知らないって…。
明美さんに聞こうとすると突然バイクを止めた。
「着いたよ。ここがあんたが探してるお姉さんの家だ。」
商店街の端に小さな木造アパートがあった。最初に見た時は何とも思わなかったけどかなり昔にできたみたいなテレビや映画に出てきそうな感じだ。
明美さんは扉をガラガラと引いて入っていく。俺も遅れないように急いで着いていくと中も昭和みたいな感じで廊下に電灯がいくつかチカチカと光っている。
「婆ちゃーーん!いるかーーー?」
明美さんの大きな声が廊下に響く。すると1番手前の扉が開いて中から腰の曲がったお婆さんが顔を覗かせた。お婆さんは凄く面倒そうな顔で明美さんと俺を交互に見る。
「なんだい、明美。わたしゃうるさいのは嫌いだって言ってるだろう?それにそいつは誰だい?知らない奴をここに呼ぶなって言ってるだろ?」
ぶっきらぼうな口調に明美さんは慣れてる様で笑いながらお婆さんと話を続ける。
「こいつだよ。先週から天ちゃんのこと探してたヤツって。しかも驚くなよ?こいつなんと…」
明美さんの話が終わらないうちにお婆さんが俺の元へ一気に近付く。次の瞬間、俺の視界はグルっと回転してお婆さんの足元を横たわる感じで見ていた。
「あんたかい!最近ここいらを嗅ぎ回ってるのは⁉︎天使さんに何のようだい⁉︎返事次第では…」
何が何なのかさっぱりわからない。天使?え?誰?というか俺投げられた?頭が着いて行ってない俺を庇うように明美さんがお婆さんを必死に止める。
「待てって!婆ちゃん!この子‼︎この子が例のサムライくん‼︎」
お婆さんはハッとした様子で屈むと申し訳なさそうに頭を地面に擦り始める。
「あんたがサムライくんだったなんて…!本当にすまないことをした!恩人に酷いことを…!」
何度も頭をグリグリとするお婆さんに俺は投げられた時の腕の痛みも忘れて止めに入る。
「こっちこそ色々ごめんなさい!ただあの後お姉さんは大丈夫だったかなって。またもう一回会いたいなって探してただけなんで‼︎」
とっさになって余計なことを言った気がする。明美さんがニヤニヤしながら俺を見てる。
とにかく1度落ち着こう。俺はお婆さんを立ち上がらせるとひとまずお姉さんのことを聞いた。
「その格好は間違いなく天使さんの言ってたサムライくんだねぇ。それにその羽飾りもあの娘のものだ。この前はうちの天使さんをありがとうねぇ…。」
聞くとお婆さんがこのアパートの大家さんでお姉さんはここで暮らしているようだ。でも天使さんってどういうことだろう。俺が名前なのか明美さんに聞くと
「まぁ、見ればわかるって」
とニヤッと笑うだけで教えてくれない。
大家さんは俺に天使さんは2階の奥だよというと部屋の前まで案内してくれた。
「天使さん、お客さんだよ〜」
ノックをして大家さんはゆっくりしておいきと興味津々な感じの明美さんを引っ張って階段を降りていく。
扉の向こうから
「入りなよ〜」
と返事が返ってくる。間違いない、この前のお姉さんの声だ。俺はバクバク鳴り続ける胸を抑えがら静かに扉を開けた。
「失礼しまー…」
言葉は最後まで出なかった。目の前には深く赤く長い髪と耳にはいくつものピアス、鋭く黄色い瞳と口には黒いタバコ、間違いなくあの時のお姉さんだ。
でもあの時と違うのは黒いコートではなく白いノースリーブにデニムの短パン、そしてコートで見えなかった腕には大きな黒い羽があってその先には人の大きさくらいの手はあるけど黄色く爪は黒く鋭い。脚も同じで膝から下はまるで大きな鳥の足みたいだ。
俺が口を開けて固まっているとお姉さんが
「そこでいられても落ち着かないからさぁ、とりあえずこっち来て座りなよ。」
そう言って俺の肩を掴んで部屋へ入れた。俺はされるがままに座らされていた。
頭が落ち着かず部屋をあっちこっちに目をやってしまう。お姉さんの布団の近くにはコンビニでよくみる缶のお酒がいくつか転がっていてストロングって書いてある。お酒が好きなのかな?あ、あれは売ってたキーホルダーとかだ。黒い羽根飾りなのはやっぱり…俺はそう言ってお姉さんを見る。
やっぱり腕には大きな真っ黒の羽がありその先の手で口元のタバコを摘んでいる。
「それでさぁ…」
お姉さんは煙をプゥーっと吐くと話を始める。
「最近、お姉さんの周りを嗅ぎ回っているのがいるって聞いてたからどんな奴かと思ってたらサムライくんだったとはねー。」
俺はビクッとする。もしかしてお姉さん怒ってる?
「あの時助けてくれた格好いい子はまさかのストーカーで付け狙っていましたかー。お姉さんショックだなー。」
お姉さんの言葉に涙が溢れてくる。嫌われた。もう駄目だ。せめて謝ろう。
「あ、あの、ごめんなさ「ウ・ソ」」
俺の言葉に被せる様にお姉さんが言葉を被せる。
「わかってるよ。下の声も丸聞こえだったし、サムライくんはそんなことする子じゃないもんね。」
お姉さんはタバコの煙を吐きながら笑っている。
良かった。嫌われたわけじゃなかったんだ。
「そ、それじゃ「でもねぇ…」」
また俺が喋ろうとすると被せてくる。
「お姉さんのこの本当の姿は秘密でね。人には言わないで欲しいけどサムライくん誰にも言わないでくれるかなー?」
やっぱり秘密なんだ。だからあんなコートを…。
「誰にも言わないよ!約束する!」
俺が必死に言ってもお姉さんは表情を変えない。
「口では何でも言えるんだよね。お姉さんも秘密が欲しいなぁ…。そうだ、サムライくん。お姉さんがいいよって言うまで目を瞑って。」
俺は言われるままに目をつぶる。何をされるのかは怖いけどお姉さんが許してくれるなら…。
真っ暗な中で口元に何かが当たる感触…。これは…細い棒…?そしてカシャっという音。
「いいよー」
お姉さんの声で目を開けると口元には黒いタバコ、目の前にはスマホを構えたお姉さん。
「サムライくんタバコ吸って悪いんだー。証拠も撮ったからバラされたくなければお姉さんのことは内緒ね。」
いやいやいや、そんなことよりお姉さんの手にはさっきまでのタバコが無いってことはやっぱりこれって間接キス…!
「サムライくんにタバコあげちゃったから無くなっちゃったなー。」
そう言って新しいタバコを口に咥え始めて…そのまま俺に顔を近付ける。え?え?え?って言ってる俺の口元のタバコに自分のタバコの先を当て始める。
「ちょっと火を貰うよ。」
お姉さんのタバコに火がついて煙をプゥーっと吐き始める。俺はとにかく慌てて口元のタバコを灰皿に捨てて部屋を出ようとする…しかしお姉さんの脚で襟首を掴まれ一気に寄せられる。俺の頭は今、お姉さんの胸に当たってる。柔らかい感触にドキドキが止まらない。
お姉さんは知ってか知らずか耳元で囁くように
「今のはね、シガーキスっていうんだ。さっきのタバコも間接キスだし今日だけで2回もお姉さんとキスしちゃったね。」
そう言うとすっと掴んでいた脚の力を緩めて
「それじゃ、バイバイ。お姉さんの秘密は言っちゃ駄目だよ。」
そう言っていた。部屋を出た俺はどうやって帰ったのか覚えていない。
帰る時に大家さんの、またおいでの声が遠くで聞こえた気がした。