理想のシチュ   作:モン娘好きの勿忘草

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番外編です
1話から3話までのキャラがでますが読んでなくても楽しめます。
こんな形で各話のキャラ達が出会うのが好きなのでちょくちょくこういうのも挟みたいと思っています。


番外編 影のお宿

 朝6時、俺はいつもの時間に目を覚ます。

ここに引っ越して随分経った。無理矢理な形で退職したがなんとか退職金も貰えたのでそれを元手にやりくりしながら仕事を探そうと思っていたが意外とすんなり見つかった。なんでもお爺ちゃんの孫なら大歓迎とのことだった。田舎とはいえやはり顔が広かったんだなと改めて思う。

 

「どうしたんだい?休みの日まで早起きかい?」

 

クスクス笑いと共にベッドの隣で声がする。見るとさっきまで寝ていたのだろうがいつものからかう様な笑顔、そして額にちょこんと生えた角がトレードマークの可愛い嫁がこっちをじっと見ていた。

 

「どうしても毎日の習慣って抜けないものでね。でも朝起きて夜寝る生活のリズムって凄く大事だって痛感してるよ。」

 

 俺は彼女の角を撫でながらそう答える。前の仕事を辞めた後もしばらく夜に眠れずその都度嫁が話を聞いてくれていた。そうして撫でていると照れ臭いのか嫁はいじわるそうなでも恥ずかしそうな様子で

 

「夜に寝てるねぇ…。本当にそうかな?」

 

とからかってくる。俺は昨日の夜を思い出す。確かに昨日は夜はお互いに遅くまで求め合った。

仕方ないじゃないか。昔は色々あって会えなくなってようやく再会出来てしかもこんなに美人になってるんだもの…。俺にとっては今この瞬間こそがまるで夢の様で少しでも現実だって感じたいんだ…。

そんなことを考えていると嫁は段々と顔が赤くなっていき掠れるような声で

 

「…考えてることが全部、口に出てるよ。」

 

と耳打ちしてきた。

さぁ…急いで朝ごはんを食べよう、そうしよう。

俺たちは何も言わず服を着てリビングに向かった。

 

 リビングでテレビを見ながらキッチンで料理している嫁を見る。最初はご飯は2人で作ろうと提案したが嫁はそれをピシャリと断った。

 

「君好みの料理を作りたいんだ。こればっかりは嫁である私の特権だよ。」

 

嫁は頑なだった。母さんから好みを教わっているようで確かに嫁の料理は絶品で外食なんてする気にもならない。

 味噌汁の香りがふわっと鼻をくすぐる。確か昨日ご近所さんからお野菜をお裾分けしてもらったと言ってたっけ。本来鬼である嫁が近所付き合いや母さんとも仲が良いのは全部お爺ちゃんのお陰だ。お爺ちゃんが頑張ってくれたから今の幸せがある…。

そんなことを考えていると玄関から郵便です、と声が聞こえてきた。どこか甘ったるい様な不思議な声だ。

俺は玄関に向かって返事をして判子を持っていく。しかし扉の向こうには誰もいないし誰かいた気配もない。不思議に思っていると足元に俺と嫁宛ての封筒がポツンと置いてあった。

 

『この度は新しくできた旅館にご招待したく手紙を綴りました。人ではない方でも気軽に泊まれる様に配慮してあります。気持ちのいい温泉と心地よい夢を提供します。もしご興味がありましたら来週の土曜日朝8時にお迎えにあがります。それまでに封筒に2人分の料金をお支払いの上、ご自宅の郵便受けにお入れ下さい。

                影のお宿  』

 

嫁と2人で読み終わると互いに顔を見合わせた。

 

「鬼の一族…ではないよね?」

 

「当たり前だよ。君も知っているだろう?私の集落は人間と関わりたがらないから…。」

 

そう、嫁の集落の鬼たちは人と関わらない。むしろ俺と一緒にいる嫁は集落に戻ることはないと覚悟している位だ。

ここらでも影のお宿なんて聞いたことも無いし新しい旅館なんて話もない。

いたずらにしては手が込んでいるし何より嫁が人間じゃないことを前提とした内容だ。

手紙の裏は料金表になっていて大人、子供と値段も丁寧に書いてある。

…ばかばかしいと一蹴したくなるがふと思う。嫁は近所付き合いもよく色々な所に行けるがそれはこの

田舎に限った話だ。ここから出て他の例えばちょっと街に出ればすぐさま好奇の目に晒されるだろう…。それは嫁も望むところではないようで基本近所と母さんしか関わりを持っていない。

 

「…騙されたと思って行ってみるか。」

 

俺がそういうと嫁は驚いたような戸惑った様な顔で

 

「ちょっと待ってよ。色々おかしいじゃないか。もし変な興味本位の奴に見せ物にでもされたらどうするんだい?そんなことになってまた離れ離れになったらもう耐えられない…。」

 

嫁の声が震える。確かに嫁とまた会えなくなるのは俺だって耐えられない。きっともう生きている意味すらなくなるだろう。だからこそ俺は嫁を抱きしめながらこう言った。

 

「俺だって一緒にいられなくなるのはもう二度とごめんだ。でもこの田舎で引きこもって他との交流を無くしてしまうのはそれこそお前が嫌がった集落と一緒じゃないか。それに俺にはお前が必要なんだ。もし離れ離れにしようとしても絶対に守ってやる。どんな手を使っても一緒にいる。」

 

嫁は震えていたがやがて決意を固めたようでそっと離れると涙まじりで赤らんだ顔でクスクスと笑いながら

 

「全く…。いつからそんな格好良い台詞が出るようになったんだい?思わずにやけちゃうじゃないか。頼りにしてるよ旦那様。」

 

と肩を預けてくれた。

 

 それから1週間はあっという間だった。俺たちは2人分の料金を封筒に入れて郵便受けに入れてすぐにカタンと音がなりあっという間に封筒は消えていた。

嫁は旅行の準備をしながら俺は仕事に帰ってから手伝った。嫁は不安そうだったけど俺の顔を見ると安心した様に笑顔になる。

思えば新婚旅行なんて行っていない。嫁と言っているが鬼の彼女と婚姻届なんて出せるわけがないからお互いに結婚していると言っているだけだ。

なんだかんだ不安半分楽しみ半分な自分がいる。

もし手紙通りなら素敵な温泉があるのだろう。

嫁と2人で温泉か…。なんて考えていると嫁がジトーっとした目で

 

「鼻の下が伸びているよ。…スケベ。」

 

いかんいかん、どうやら浮き足だっている様だ。俺は慌てて荷物をカバンに詰め込んだ。

 

 土曜日朝8時前、そろそろ迎えが来る時間だ。2人でソワソワしていると嫁はどんどん不安と緊張が入り混じった顔になっていく。俺は嫁の手をギュッと握る。お互いに顔を合わせてどんどん顔の距離が近くなっていく。ふと目をやると影だけが伸びて2人が重なっている。影は壁まで伸びてまるでアーチの様だ…。そう思っているとアーチから声が聞こえてきた。

 

「お迎えに上がりました。さぁ、この影を通った先が我が旅館なります。準備はよろしいですか?どうぞいらっしゃいませ。」

 

2人で変な声が出た。影のお宿とは言っていたけど本当に影にあるのか?壁に向かって歩いて行くのか?色々な疑問が浮かびながらも俺は嫁の手をしっかりと握って影の中に飛び込んで行った。

壁に激突…とはならずに暖かい暗闇が広がっていった。

 

 暗闇から抜けるとそこには静かな竹林の中に新しい、それでいて趣のある小さな旅館があった。風がサーっと吹き抜ける感じが気持ちいい。

ふと嫁に目をやると驚いた様なでも楽しみなことを隠しきれていない様な顔で俺を見ている。

とりあえず入ろうか。そう言って入り口の扉を開ける。するとそこには俺と同年代くらいだろうか。着物を着こなした男が立っていた。

 

「ようこそいらっしゃいました。突然の招待状で申し訳ありませんでした。お客様方のことは風の…いえ影の噂で聞いておりましたのでぜひ来ていただきたいと思っておりまして…。」

 

男はそう言うと深々と頭を下げる。聞くと男はこの旅館の主人らしく夫婦で営んでいるそうだ。

 

「奥さん…いや女将さんはどちらに?」

 

そう尋ねると男はにこにこと笑顔を崩さず自分の影に目をやるとこう言った。

 

「この影が私の女房です。今挨拶しますので。」

 

そういうと男の影がどんどん壁に伸びていきやがて形を変えて女性の姿に変わっていった。

 

「ようこそいらっしゃいました。私は影のお宿の女将の影女と申します。本日はごゆるりとお過ごし下さい。」

 

甘ったるい様なそれで色気のある声でそう言った。

 

 彼女に案内されるままに部屋にたどり着いた俺たちは荷物を下ろして伸びをしていた。

彼女は案内後に

 

「他のお客様もいらっしゃいますのでもし騒がしかったりした場合はお伝えください。」

 

と言って去っていった。

鬼以外にも人間じゃない種族っているんだなぁと嫁に言うと嫁も知らなかった様で

 

「びっくりしたよ…。影なのに喋って案内までしてくれるなんて。ひょっとすると自分達以外にも人間じゃない種族もいるのかも…。」

 

と衝撃を受けていた。

さて、これからどうしようか。旅館といっても温泉街みたいに色々ある訳でもなさそうだしかと言って今から風呂に入るのもなぁ…。そんなことを考えていると廊下の方から元気な子供の声が聞こえてくる。

そういえば他の客もいると言ってたな…。

この宿の招待客ならもしかすると同じ様に人じゃないのかもしれない。

そんな好奇心から扉越しに廊下を覗く。

すると凄く楽しそうなはちきれんばかりの笑顔ではしゃぐ男の子とそれを一所懸命制しながらも振り回されてる女性がいた。ただ1つ女性の特徴を挙げるなら彼女の腰から下が蜘蛛だってことだった。

 

「今日はりょこうだ!2人でりょこうだ!ありがとうクモ姉ちゃん!」

 

「わかったから少し静かにしなさい…。他のお客さんもいるって言ってたでしょ。」

 

そんな会話をしながら歩いている。親子…では無いよな。そんなことを考えているとふと蜘蛛の女性と目が合った。ビクッと警戒した様な表情をしてこちらを見ている。俺は咄嗟に

 

「…どうも。」

 

と会釈した。すると嫁もどうしたのかと顔を出して同じ様にどうもと会釈するのだった。

 

 今現在俺たちはロビーにいる。俺と嫁とさっきの少年とクモ姉さんのメンバーだ。

クモ姉さんも1週間前に手紙が来た様で最初は怪しんでいたが少年が旅館でお泊まりというワードに目を光らせたのでやむなく行くことにしたそうだ。

 

「なにかあったらぼくがクモ姉ちゃんをまもるからね!」

 

少年が胸を叩いて言うとクモ姉さんはありがとね、と少年の頭を撫でる。少年は顔を赤くしながらも振り払おうとはしない。よく見るとクモ姉さんも何処か照れ隠しの様にも見える。

そんな様子に嫁が

 

「しかし驚いたよ。鬼以外にも色々な種族がいたこともだけど私みたいに人と縁を結んでるなんて。」

 

その言葉にクモ姉さんは顔を真っ赤にして捲し立てる。

 

「え、縁って!この子とはたまたま色々あって一緒にいるだけだから!」

 

「ねーねー、えんってなーにー?」

 

少年が俺に質問してくる。俺は出会うきっかけや仲良くなることだよと教えた。

 

「それならそのえんはクモ姉ちゃんのおかげだよ!クモ姉ちゃんはいつもぼくをたすけてくれるんだ!」

 

笑顔の少年からクモ姉さんは顔を逸らして助けてもらってるのは私の方だっての…と呟いていた。

 

 色々と話しているとそろそろ夕食の時間だと女将さんが伝えてくれたのでお互い部屋に戻ることにした。嫁は滅多に外食はしない。それというのも地元の田舎にはファミレスなんかは無く少し街にまで行けないからでどうしても家で作れないものなんかはご近所さんがテイクアウトして持ってきてくれていた。竹林の中の料理だしきっと山菜みたいな山の幸の料理だろうか。

結論から言うと想像した食事とは全く違っていた。お造りの盛り合わせにサザエやあわびと言った海鮮尽くし、しかも漁れたての様にコリコリしている。

嫁は山で育ってきて魚といえば田舎にある魚屋でしか買ったことがないからかあまりの美味しさに目を輝かせている。でもこんな近くに潮の香りもしない場所でどうやったらこんなに新鮮なものを…。

食器を下げに来た主人に聞いてみると主人はにっこりと笑い

 

「妻がですね、色々な影の繋がりがありまして。新鮮な魚から採れたての山菜まで提供できるのですよ。今回、お客様は山の近くにお住まいと聞いていましたので海の幸をご用意致しました。お口に合いましたか?」

 

なるほど、ここでの影の繋がりとは裏とかではなく本当に影なんだろう。そういえばここに来た時も影の噂と言ってたな…。きっと女将さんは影を通して色々な所に繋がれたりするのだろう。俺と嫁は最高でしたと告げると主人は満足そうに去っていった。

…ここからは1番のお楽しみ、温泉だ!

 

 …なんてことだ。家族風呂がない…だと。俺は嫁と一緒にお風呂に入れると思ってわくわくしてたのに大浴場しかなくしかも男、女と別れているじゃないか…。あからさまにガッカリしていたのだろう。嫁は俺の顔を見て

 

「…スケベ。」

 

と言うと女と書かれた暖簾をくぐって行ってしまった。まぁいいか。きっとあの少年は小さかったのでクモ姉さんと女湯に入っているだろうし大きな風呂を独り占めだ。と半分ヤケになりながら服を脱いでいく。引き戸の曇りガラス越しに見えるが露天風呂の様だ。竹林の中で月を見ながらのんびり浸かるのもいいだろう。そう思い勢いよく戸を引くと既に先客がいた。あの少年だった。

 

「あれ?クモ姉さんと一緒に入らなかったのか?」

 

そう聞くと少年は恥ずかしそうに話し始めた。

 

「今日のばんごはんの時におさけがでたんだ。それでクモ姉ちゃんはぼくもいるしおさけはいらないって言っておちゃをたのんだんだ…。そしたら前にコーヒーをプレゼントした時みたいになっちゃって…。」

 

そう話していると壁一枚隔てた女湯から大きな声が聞こえてきた。

 

「らからね!あろ子はこんな見た目のわらしに格好良いって言ってくれらんらよ!しかも強面のおろこらちに立ち向かってくれらんらよ⁉︎あー‼︎もうらいすき‼︎‼︎」

 

「そ、そうか…。それは凄いことだね。ところで少し落ち着いたらどうだい?」

 

最初に会ったクモ姉さんとは別人の様に捲し立てている。そういえば蜘蛛はカフェインで酔うと聞いたことがある。ならクモ姉さんもそういうことなのかな?それにしてもあの嫁が完全にたじたじなのも珍しいな…。

少年に目をやると恥ずかしそうに湯船に顔から半分浸かってぶくぶくとしている。

なるほど、きっと前もこんな感じだったんだろうな。でもこの子もきっと…

 

「なぁ、クモ姉さんは好き?」

 

俺が聞くと少年は顔を真っ赤にしながら

 

「…うん。すきだと…おもう。」

 

と小さな声で呟いてクモ姉ちゃんには内緒ね!とすぐに釘を指してきた。もちろん言うつもりなんてない。

 

「それならな、どんなことがあっても一緒にいろよ。」

 

俺は少年の頭をくしゃくしゃと撫でながらそう伝える。少年はうわーと言いながらも笑いながら俺の手を受け入れていた。

 

 しばらくして風呂から上がって女性陣を待っていると身体の疲れみたいなのが取れてふわふわした心地良い感じの感覚が包み込んでいる。今なら布団に入るとすぐに寝てしまうだろう。少年も同じ様で既にゆっくりと船を漕ぎ始めている。少年を俺にもたれさせ椅子に座っていると壁の影が徐々に近づいてきた。俺は女将さんだと気付いて会釈すると女将さんはゆっくりと話し始めた。

 

「今日は、1日ありがとうございました。当温泉には疲労回復の他にも安眠作用などがあります。そしてこの宿ならではでお客様に最高の夢をもてなすことができます。ですので今晩は夜更かしなどせず早めに寝られますようお願いします。」

 

最高の夢、確か手紙にも書いてあったな…。キャッチフレーズじゃなくて文字通り夢なのか。まぁこんな不思議な旅館だし今更驚かないし俺もこの心地のままで寝てしまいたい気持ちもある。

そうしていると女性陣がやってきた。嫁も俺と同じ様にふわふわした感じになっているがクモ姉さんは…真っ赤になった顔を手で必死に隠している。

あの赤みは酔いではないだろうな。

嫁はコソッと俺に

 

「あの温泉に浸かっていると酔いも覚めてきたみたいなんだけど、自分の言葉に恥ずかしくなっちゃったみたい…。」

 

と耳打ちした。なるほどあの温泉にはそんな効果もあるのか…。そんなことを考えているとクモ姉さんは必死な顔で

 

「何も!聞こえてないわよね⁉︎」

 

と確認してくる。俺はすぐに首を横に振った。何も聞こえなかったともなぁ?と少年を見るともう完全に寝かかっている。なるほどさっきから会話に参加しないのはそういうことか。

俺はさっき女将さんが言ってたことを伝えると2人は不思議そうな顔をしながらもまぁこの旅館ならと納得していた。

俺たちはここで解散してお互いの部屋に戻ることにした。俺は少年を抱えようかとクモ姉さんに尋ねたが大丈夫と抱えていった。抱えた瞬間の顔は何というかとても愛おしい宝物を抱きしめる様に見えた。

 

 

 蝉の声が賑やかにあっちこっちで聞こえる。汗が頬を伝って溢れてくる。俺は麦わら帽子と虫取り網を持ってかつての湧水の場所に立っていた。あぁ…これは夢だ。それも忘れられない小学6年の夏の夢…。彼女と会えなくなる夏の夢。ほら、あそこに彼女が立っている。泣き腫らした後を隠す様に笑っている。思った通り彼女は俺にこう言うのだ。

 

「もう君とは会えなくなってしまった。」

 

俺はその言葉を言い終わる前に彼女の手を握った。

驚く彼女に俺は精一杯の言葉を伝えた。

 

「俺はお前が好きだ!集落の掟がなんだ!そんなもので俺はもう離れたくない!もう二度とあんな悲しい手紙はごめんだ‼︎…俺にはお前のいない毎日なんてもう考えられない。だから…ずっと一緒にいようよ。」

 

必死に言ったから息が上がっている。でもこれが俺の気持ちだ。あの時出来なかった俺の後悔だ。

彼女は一瞬驚いた様な顔をしたけどすぐにクスッと笑った。…それはいつも見ているあの笑顔だった。

 

「わかっているよ。旦那様。」

 

 

 俺と嫁が目を覚ましたのはほぼ同時だった。夢の中ではあの告白のあと色々なことをして遊んだ。進学して高校、大学となっても俺たちは一緒に成長した。そして当時出来なかったことを沢山した。

嫁におはようと言って急に照れ臭くなる。夢とはいえ流石に恥ずかしい。ふと目をやると嫁も顔を真っ赤にしている。

…もしかして。

 

「昨日どんな夢を見た?」

 

なんとなく答えは分かってたけど確認してみる。

 

「…多分、一緒の夢だよ。旦那様。」

 

嫁はクスクスとそれでも晴れやかな笑顔で答えるのだった。

 

 

 身支度も済んだしそろそろ帰る準備も出来た。あの少年とクモ姉さんはお父さんが泊まりから帰って来るからと早めにチェックアウトした。

2人にどんな夢を見たか聞いてみると少年は

 

「クモ姉ちゃんといっしょにゆうえんちとかどうぶつえんとか色んなところに行ったんだ!たのしかった。にっきにわすれないように書いておくんだ。」

 

とはしゃいでいた。クモ姉さんはというと…

 

「大人になったこの子と…なんでもないわよ。内緒よ!内緒!」

 

と教えてくれなかったが隠し切れてない赤い顔がいい夢の証拠だろう。

嫁と2人で主人と女将さんに挨拶に行く。いい夢は見れましたかと聞かれたので2人で最高でした、と答えると主人は満足そうに

 

「それは良かったです。実は女将の力でお客様達の理想の世界をお楽しみいただきたく当旅館を造りました。ですのでその言葉こそが1番ありがたいのです。」

 

そして深々と頭を下げ、女将さんが

 

「今後また泊まられたくなりましたら今回と同じ様にご自宅の郵便受けに手紙を入れていただくと都合のいい日にご予約しますのでまたお待ちしております。」

 

そう言うと影を扉みたいにしてお出口ですと案内してくれた。

扉をくぐる時に俺は嫁の手をしっかり握り嫁にしか聞こえないような声で

 

「夢みたいにあの日に離れなかったらって思うことはあるけど、今は今で最高に幸せだから、俺。」

 

そう伝えると嫁はクスクス笑いながら小さな声で

 

「私もだよ。」

 

と囁いた。

 

 

 

 

 

 

「…今日のお客様達も満足そうだったね。ありがとう影女。」

 

僕は身体を伸ばしながら彼女にお礼を言う。昔彼女に助けられてからずっと一緒にいた僕は色々な話を聞いた。その中には彼女みたいに人じゃない存在もいて中には人とそういう仲になっているそうだと。

僕は夢がなかったけどこの時にそうだと思った。

そういう人達は基本的に何処かに遊びに行けない。それならそういう場所を作ればいいんだと。僕は色々なことを勉強して影女も手伝ってくれたおかげでこの影のお宿は完成した。

 

…でも彼女は今ちょっと拗ねた様な顔をしている。と言っても影なので表情はわからないが。

 

「いーなぁ…。あの人達は手を繋いだりできて。あたしも手を繋いだりしてみたいなぁ…。」

 

なるほど影だものな。一度だけ影から出てきたことはあったけどあれは特別だしあの時だって触ることは出来なかった。

 

「あぁ…確かに。それならほら、そっちの柱の影に移って。」

 

彼女はキョトンとしながら僕の影から柱に移る。僕は伸びた影の手を彼女の手に重ねる。

 

「こんなのじゃ…駄目かな?」

 

自分て提案したけど少し自信が無くなってきた。

彼女は自分の手を見て凄く明るい甘えた様な声で

 

「ううん…!最高!ありがとう!ところで今日はこれで終わりって訳じゃないよね?」

 

とはしゃいでいる。僕は喜んでる彼女に満足して

 

「もちろん!今日は色んな話を思いついたんだ。いっぱい話をしよう。」

 

そう言って2人並んで部屋に帰っていった。

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